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2009年02月05日

01急逝

 2月5日木曜、01が入院先の病院で急逝しました。

 昨年末12月24日古賀志でのクライミングの後アイスクライミングの約束をして別れたのですが、その後2回ほどアイスクライミングに誘っても風邪で参加せずでした。それでも1月初めには福島の友人宅へ遊びにいったりはしていたようでした。1月11日の古賀志山クライミングの際に、近くなんだから出てきたら?と岩場から誘いの電話をしたら、相変わらず体調不良とのことで声にもいかにも張りがなかったので、さすがに心配になり自宅まで様子を見に行きました。2、3日前から近くの医院で薬をもらっているとのことでしたが、いかにも調子悪そうだったので「よくなる気配なければ12日は祝日だけど救急外来はやっているから」と01かかりつけの病院への紹介状を書いて01邸を後にしました。14日水曜に電話すると病院にいて12日に受診したら即入院となった由。15日に87と一緒にお見舞いにゆくとすでに治療が始まっていて、1年単位の治療計画を説明されたとのことでした。
 インフルエンザ流行中でもあり大勢での入れ替わり立ち替わりのお見舞いは控えるよう申し合わせていましたが、メールやりとりや87のお見舞い情報ではその後2週間は順調な経過だったようです。しかし29日に急変して意識を消失したまま何度かの心停止を乗り越えたものの、2月5日ついに帰らぬ人となってしまいました。



 01には、我々アセントメンバーが行動をともにする以前に、東京や大阪の山岳会でアルパインを中心に山に情熱を注いできた長い長い経歴があります。アセントメンバーとしての01は、その最晩年のほんのわずかな部分であり、01最盛期の山関係の交友はおそらく全国に広がっていると思いますが、自分からそれを話すことはほとんどなく、常々もう山についてはやりたいことはやりおわったんだよ、と言っていました。ときどき行く登山も、山そのものではなく山を通じて知り合った仲間にあうのが楽しみで山にゆくという風情でした。
 だからアセントクラグ立ち上げ後も、現役会員というより顧問としての参加でしたが、それでもやはり自らのアイデンティティを長らく山に捧げた者だけがもつ説得力や見識は抜きん出ており、我々のような凡百のサンデー山屋がいいかげんな山ばかりやっていてはいけないぞと発奮してアセントクラブを立ち上げるにあたって、大事な触媒となってくれたことを心から感謝しています。

 幸い山行講習会、そして飲み会をともにした記録や写真がアセントとNCCブログの中に沢山あり、アセントメンバーのみならず山仲間の方々が晩年の01を偲ぶよすがには事欠かないことでしょう。01の書いた最後の山行記録も、なかなか書かなかったのを何度も催促のあげく、書いてもらってよかったと今となっては思っています。

 入院当初の本人との会話やメールでも、急な入院にも大きな動揺は見せず、治療が一段落したら、こんなことをやろう、あの人に会おうといろいろ前向きに計画していたのは間違いないことです。それだけに、不意の嵐をしのぎきれず力つきたことは本当に無念だったことでしょう。

 1月29日からの急変のことはあとでしらされたのですが、そういった経過が明らかになってみると、1月28日の古賀志での予期せぬエピソードは、やはり厳しい運命を予感した01からの最後のメッセージだったのだという思いを深くしています。

 遠からず冬を生き延びたキチョウが舞う季節となりますよね。そのときにはまた01からのメッセージを受け取ることができるのではないかと、そしてそれが01の幸せを伝えるメッセージであってほしいと願っております。


nccnet1 at 22:45│Comments(3)TrackBack(0) 連絡 

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この記事へのコメント

1. Posted by 11   2009年03月05日 23:43
訃報を知った時、深い悲しみの中で自宅から見える山々を呆然と眺めました。そこにはいつものように照れ笑いをしている01がいました。一緒に過ごせた時間は01の長い山人生の中ではほんの僅かな時間でしたが、その知らせはあまりにも唐突で未だに現実として受け止める事ができません。
01、最期まで頑張って生きようとしたのですね。今頃はどこの山を登っているのでしょうか。いつか01の温もりが残っている古賀志にまた行きたいです。

2. Posted by 66   2009年03月06日 13:16
01とご一緒したのは、私にとって初めての「とある2」。山歩きなどしたことのなく、自分の荷物だけで息を切らせている私を尻目に、共同装備を背負ってマイペースで歩く01の姿が印象的でした。
その後、古賀志でのレスキュートレーニングや、01宅での合宿、Nでの宴会など、思い出に残っています。
ご冥福をおいのりいたします。
3. Posted by 09   2009年03月06日 21:58
今の医療水準では絶望的な病ではないということで、この先再び一緒に活動できると信じていた矢先の訃報で、穴が空いたような感覚にとらわれてしまいました。自分の経歴をひけらかすことなく、物静かで、しかし、聞かれたことには丁寧に答えてくれる、安心感のある人でした。今頃は、天国で山の仲間と再会して、酒でも飲んで語らいながら、僕らのことを見守っていてくれると思います。ご冥福をお祈りします。

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