2022年05月23日

遥かなる岩木山

友人から届く岩木山の姿。

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麗しい。

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たおやかに。

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来月は行きたい、

遥かなる津軽。





necorima at 21:26|PermalinkComments(0)

生きてまーす

ブログの更新をせずにいたので

大丈夫??のご連絡をたくさんいただき

ありがとうございます。

生きてます。

エネルギー切れしそうな状態ですが

まだ、なんとか〜。


ベランダで暮らすピオーネの若葉

あまりに、きれいなので

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山梨の農園の売店から

連れてこられて何年でしょう。

都会の狭いベランダで

毎年、律儀に若葉を繁らせてくれます。

まさかの、人生だったことでしょう。

きっと仲間たちは

山梨の広々とした空の下で

すくすく育っているのでしょう。

実りをみることはないけれど

芽吹き

繁り

落ち葉と、一年一年を

全うしています。

キミは、えらい。

見習いたいよ。

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necorima at 17:34|PermalinkComments(0)

スマホを忘れるというポカ

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ふだん

朝起きるとまず

スマホを立ち上げるのですが

充電器から抜いたまでは記憶があるのですが

時間に追われて

スイッチを入れるのも

たいぎになり

そのままバタバタと出かけました。

用事を済ませ、帰りの電車に乗ってから

あれ?そういえばスマホは??

ない。

もしや、自宅から持って出ていない?

自宅に戻って探しましたが

ありません。

なんだか、もう、なくてもよいかー

みたいな、投げ槍な気分にもなり。

いやいや、よくないでしょ。

出先に忘れてきたのか

聞いてみたくても、スマホがないと

連絡先さえ、わかりません。

お手上げです。

また、電車に乗り、出先まで戻ると

小さな手提げ、お忘れでしたよ〜

お電話していたのですが

電源が入ってないらしく〜と先方さま。

すみません、この手提げのなかに

スマホが〜。


昔は、友人の家の電話なども

全部記憶していたものですが

今はからっきし。

思い出したのは

実家の家電と弘前の家電だけという

ていたらく。

スマホを見えなくすると

社会から、切り離された感覚。

久しぶりに味わいました。
















necorima at 16:02|PermalinkComments(0)

2022年05月22日

久しぶりの青空

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なんだか、久しぶりの青空です。

それとも、目に入ってきていなかった

だけでしょうか。

さっぱりしたきもち。


久しぶりに

片目玉焼きも作りました。

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目玉焼きさえ

久しぶり。

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夕べのカレースープと

糠漬けも

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気持ちもリセットして

貴重な日々を

過ごしたいです。




necorima at 12:01|PermalinkComments(0)

ふたたび人生のアクセルを踏む

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たぶん毎日ブログを

読んでくださっている方は

うすうす感じられていたかもしれないけれど

私自身は気づかないように

していたような気もするけれど

この暮らしに限界が近づいているなって。

あと10年、生きるエネルギーがあるなら

それを生かすのは

東京ではないのかも。


三年半勉強した算命学によると

私の晩年(64歳以降くらいから)は

肉親より他人とのご縁をつむいで

とても忙しく生きるのが、

自分らしく過ごすこと、らしい。

それはどういうこと?


たぶん、むつむつとパソコンに向かって

原稿を書き

線路っぷちを散歩してすごす日々は

違うなあって、

自分らしくエネルギーを使ってないなあって

なんか、違うなって。

これでいいんだって、思い込もうと

してきたけれど。


錆びてきている。

地域や、地域のひとたちと関わって

誰かのためや、何かに役立つ生き方が

やっぱりしたい。

それはたぶん、東京ではない。

帰る場所は

決まってる。

どのようにしたらよいのか

これはどう思う?って

仏壇に手をあわせたら

小さな白い羽根がふわりと

落ちてきました。

応援してるよって、はるさんの答えだって

思いました。


私の中央の星

鳳閣星は、食いしん坊の星だったり

伝達、マスコミの星だったり

自然体で、なんとかなるよという

たとえるなら

元気な男の子の星といわれているのだけれど

一番の特徴は

中庸の星であること。

バランスをとって

実は冷静に客観的にものごとをみるって

いわれている、そんな星。

大好きな鳳閣星と

ひとのために尽くす禄存星と

端から見ると、なんてバタバタしてるの?と

思われる天をかける晩年の星

天馳星を生かして

あとの10年

ばたばたの日々に向かって、

ふたたびアクセルを

踏み出そうという考えが

小満の夜、

ふわりと降りてきました。

それをどういうカタチで叶えていくか

ちゃんと考えないと。


いや、違うな。

動き出してから、考えよう。

多分それが、私。










necorima at 07:23|PermalinkComments(0)

2022年05月21日

今日は小満

 
今日は二十四節気の

小満。

陽気が高まり

万物に気が満ちてくるころ。

わたしは

山ウド三昧の日々です。

今日は酢味噌練りゴマ和え

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ウドのきんぴら


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ちくわとアサリとナスと蕪とウドの

カレースープ。

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外は再び

雨になりました。

窓をあけると

ちょっと、ひんやり。





necorima at 20:49|PermalinkComments(0)

スモークツリーの季節近づく

けむり草の夏が

ひたひたと、近づく気配。

真夏もいいけど

雨の季節に向かう助走も

いい。

初々しいスモークツリーの

あかちゃん。

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小さな種を抱いて。

筋トレの帰り道

そのまま家に帰るのがちょっとさみしく

途中にある倉式珈琲へ。

ひとの気配があるだけでもうれしい

走り梅雨の土曜日。





necorima at 12:48|PermalinkComments(0)

朝からプリプリのダイアモンドを歌う

気持ちが凹んでいるときは

どんな音楽も聴きたくない、みたいな

感じになるのだけれど

今朝は、プリンセスプリンセスの

Diamondーダイアモンドを

ユーチューブを見ながら

一緒に歌った。

息が切れた。

でも、二回も歌った。

途中、江ノ電の鎌倉高校前のホームなんかも

出てきて

映像も、わりと好き。

みんな、ソバージュだったり

時代そのものが、エネルギーにあふれてる。

この曲は、そこそこ元気でないと

聴けないし、歌えない。


息がきれて

さっぱりした。



漬けたてのズッキーニとナス。

糠漬け。

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友人たちの糠漬けが美味しそうなので

まねっこ。


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蕪の葉っぱのデオキシオイルがけ。

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トマトジュースのスープかき玉風

なんと

なんと

オリーブの蕾だったのね。

今朝満開に。

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necorima at 09:48|PermalinkComments(0)

2022年05月20日

山うどの炒め煮

今晩の箸休めに

山うどの炒め煮を作りました。
 
鮮やかなグリーン。

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山うどグリーンね。

ウドと茗荷で。



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ナスとピーマンとズッキーニの

甘味噌炒め。

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蕪と大根と茗荷の浅漬け。

食卓も、初夏の野菜が増えてきました。

五月と六月は

日が長くて、うれしい日々です。




necorima at 20:50|PermalinkComments(0)

瀬戸内寂聴さんと川端康成さん

今日もささやかに

原稿書き書きです。

一日中家の中では行き詰まるので

喫茶店などに席をうつします。

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書斎みたいなものも、もちろんない。

喫茶店で原稿書きなんて

優雅な〜などと思うなかれ。

わずかな原稿料から、

お茶代が消えていきます(苦笑)



比べるのが違うけれど

瀬戸内寂聴さん関連の本や

映像が今年はたくさん

出されていますが、

ご長寿もさることながら

最期の最期まで

書くことに意欲と情熱、執念みたいな

熱量があったことが素晴らしい。

それは、作家にとって

生きる欲望そのものみたいな

気がします。


最近、川端康成と三島由紀夫の

ドキュメンタリーを見る機会がありました。

ノーベル文学賞をめぐる

ふたりの大作家の葛藤。

お二人の自殺の真実は

お二人にしか分かりませんが

三島由紀夫が割腹自刃をしたあとの

川端康成の心境は

いかばかりかと。

ノーベル文学賞を受賞したのが

三島由紀夫の方だったら。

その後の二人の作家の運命は

変わっていたのでしょうか。

ノーベル文学賞受賞後

書けなくなったと、川端康成氏は

いわれています。

書けなくなったというのは

ノーベル文学賞作家として

納得のゆく作品や文章が

書けなくなったということなのでしょう。

ノーベル文学賞の重圧でしょうか。

ガス管を口にくわえての自死というのは

高校生のころ、衝撃でした。

余談ですが

三島由紀夫の命日は

私の誕生日11月25日。

川端康成の命日は

はるさんの誕生日、4月16日。

なんて、偶然。


書けない作家ほど

苦しいものはないと思います。

芥川龍之介

太宰治と、自殺は後世に残る作家の

人生最後の選択肢のよう。


それに対し、女性作家は

自殺しませんね。

宇野千代さんなど、私は死ぬ気がしない〜

なんて言葉を発するほど。

女性の作家は案外、野太く

しなじく、生き抜いて

書き抜くのかも、しれません。

瀬戸内寂聴さんの

あの欲望と業と(失礼)

人生のプロデュース力と

自らのブランディング力は

さすがな先輩だなあと思う。


川端康成が80代、90代を生き抜いたなら

どんな作品を残したのだろうと

残念です。

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necorima at 13:29|PermalinkComments(2)