テスト勉強遊園地 from 夕奈

2008年12月01日

遊園地 from 朝奈

普段は気にもかけない電車から伝わる振動も、
今はイベントを彩る音楽みたいに聞こえるから不思議。
お姉ちゃんはまだ自分の服装が気になるみたい。
絶対似合ってるから大丈夫なのに。

こうして電車に揺られることになったのは、少し前に遡る。



朝奈「お姉ちゃん、今度の定休日、空いてるかな?」
夕奈「今のところ特に用事はないけど……あ、家の掃除するかも」
朝奈「ふむふむ、取り立てて用事はないわけだね。
    そしたらさ、私と遊園地でデートしよう!」
あ、お姉ちゃんがポカーンとしてる。
夕奈「えーと、まずどこからツッコめばいいかしら」
朝奈「どんとこいだよ」
夕奈「学校は?」
朝奈「創立記念日」
夕奈「なんでまた遊園地?」
朝奈「商店街の福引きで当たったの、ペアチケット。ほら」
ペラペラとなびかせる。
ちょっと前にやっていた、ほぼ5等のキャンディーが当たる福引き。
私としては1等の携帯ゲーム機がほしかったんだけどね……
夕奈「それこそお友達とか彼氏さんとかと行けばいいのに」
朝奈「券が2枚しかなくて、友達はみんな予定あり。彼氏なんて無し」
少しの嘘。
”2枚しか”というのもあるけれど、友達には話していない。
夕奈「ふーん、なるほどね。それじゃあエスコートしてもらおうかしら」
朝奈「やったぁ!」
よーし、約束ゲットだよ。
お姉ちゃんと一緒に遊びに行くなんて久しぶり。
いつもお仕事で疲れてるだろうし、いーっぱい楽しんでもらえたらいいな。

 

朝奈「お姉ちゃん、準備できたよー」
そして当日。
美味しい朝ご飯がいつもにまして美味しかったのは、きっと心のドキドキのせい。
私は身支度を整えて、お気に入りの服に着替えて準備完了。
お姉ちゃんは……あるぇ?
フリースにジーンズ。らしいといえばらしいけど、控えめな印象。
夕奈「おー、朝奈。気合入ってるねぇ」
なんていう始末。うーん、ここは……
朝奈「お姉ちゃん、こっち来て!」

夕奈「あの……朝奈さん?」
朝奈「うん、私の服でもサイズぴったり〜」
キャスケット、長袖ブラウスにウェストコート+タイ。
帽子と同じ柄をあしらったショートスカートにニーソックスなお姉ちゃんがそこに居ました。
朝奈「うん、さすがはお姉ちゃん。カッコいいよー」
夕奈「でもこれ……ちょっと派手すぎない? 何か落ち着かないんだけど」
朝奈「そんなこと無いって。凄く似合ってるよ!」
お姉ちゃんは目を点にして、姿見に映った自分を見ている。
朝、いつも私の服装――タイが曲がってるとか、制服にシワが付いてるとか
そういうことには気がつくけれど、あまり自分のことには関心を持たないお姉ちゃん。
私、絶対勿体無いと思うんだ。
キリっとした目に、羨ましい艶やかな長い髪。
素っ気無い服装は、まるでそれらを隠しているようにすら見えちゃうよ。
だから、今日はちょっとした自慢をしたいんだ。
隣を歩いて、私のお姉ちゃんはこんなに美人なんですよー、って。
朝奈「さぁ、チケットも持ちました。準備完了、忘れ物なし!
では、しゅっぱーつ!」
夕奈「まだこころのじゅんびができてませんがー」


車輪と線路が紡ぐ演奏が、人々の喧騒にバトンタッチ。
日常とは違った空間への入り口が、私たちの前に広がっている。
夕奈「さーて、どこから行くかね、妹よ」
チケットと交換してもらったフリーパス券についていたパンフレット。
それを見ながらお姉ちゃんが問いかける。
朝奈「まずはジェットコースター!」
この内から溢れ出るワクワク感を沈めるには、思いっきり叫ぶしかないね!
こう見えて私、絶叫系のアトラクションが好きだったりするのだ。
夕奈「え゛……」
ん……? お姉ちゃんの顔、少し引きつってるような。
これは、もしかして……
朝奈「あれ、お姉ちゃんジェットコースターとか苦手?」
夕奈「いや、別にそうでもないけれど……」
朝奈「よーし、それじゃあ行くぞー、おー!」
んっふっふ、これは思わぬ発見になるかもね〜。

ありったけの風を感じ、ありったけの声を出した後。
私は半分機能が停止しているお姉ちゃんをベンチに残して、売店の前に居る。
やっぱりお姉ちゃんは絶叫系がニガテみたい。
それでも付き合ってくれたのは嬉しいな。
お礼の気持ちを込めて、何か飲み物でも、と思ったのだけれど……人が多いなぁ。
私は遠巻きに眺めながら、何があるのかと物色中。
男「ねぇ、お嬢さん一人かい?」
ふと、見知らぬ男の人の声。
私に向けられたものだと理解するのに、ちょっと時間がかかった。
男「昼飯の物色中なら一緒にどう? おごるよ?」
そういえばお昼時だったなぁ、なんて暢気なことを考えてる場合じゃないね。
これはナンパさん……だよね。うー、どうしよう。
朝奈「あの……えっと、連れがいますので……」
男「えー、どこにもいないじゃん。とりあえずさ、行こうよ」
うわー……どうしよう。えーっと……
何も思いつかないなぁ……あ、お姉ちゃんだ。
朝奈「お姉ちゃんっ」

良かった、もう安心だ。


夕奈「どう? 落ち着いた?」
朝奈「うん」
タマゴサンドを咀嚼しながら、首を一つ縦に降る。
サンドイッチと飲み物が置かれたテーブルと、カラフルなパラソル。
一悶着あって、休憩がてらお昼にしようか、ってお姉ちゃんが言ったんだっけ。
夕奈「大丈夫? 何かヘンなことされてない?」
朝奈「それは大丈夫、お姉ちゃんがすぐ来てくれたから」
夕奈「それならいいんだけど……またどっちつかずな態度しちゃったんじゃないの?」
う゛。
朝奈「どうかな……あはは」
どうしよう、どうしよう、って思ったら、よくわかんなくなっちゃうんだよね。
朝奈「でもありがとうね、お姉ちゃん。助けてくれて」
夕奈「そりゃ可愛い妹のためだからね〜」
そういって、眩しい笑顔。
どんなに高価な宝石でも色褪せてしまう絵を、私は心のカメラでしっかり撮った。
夕奈「よし、それじゃあ気分転換に午後一番のアトラクションは朝奈に任せたっ」
朝奈「それじゃあじぇt」
夕奈「ただしジェットコースター以外」

ぶぅ。

朝奈「うーん、じゃあお化け屋敷行こうよ、お姉ちゃん」
私はお姉ちゃんの口端がわずかに引きつるのを見逃さなかった。
いつもは見られないお姉ちゃんが、また見られるかもね。


空がオレンジ色のお化粧をし始めた。
私たちは今、”日常”行きの電車を待っている。

いつもと違う服を着て。
いつもと違う電車に乗り。
いつもと違う人と会い。
いつもと違う一面を見て。
いつもと同じ空間に戻っていく。

それでも全然名残惜しくないのは、きっと”いつも”が楽しいからだよね。
お尻にスプリングの反動を感じて間もなく、温かい空気が膝裏を撫でる。
この温かさは、体だけじゃない。
今日一日があって、心も温かいよ。


朝奈「ありがとう、お姉ちゃん――」



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