3.公園でディナー

 ネットカフェはあいだに都電の線路を2本はさんだ二車線道路沿いの商店街の角地にある。
 踏切を渡ったむこうに24時間営業の100円ショップがあって、そこで聞いたことのないメーカーの外国産の缶ビールとカップ麺を買ってレジの横で湯をいれた。

 隣の小さな公園に移動してベンチに腰をおろすと、けつっぺたがひんやりした。

 冷たい風に体を冷やされながら、わずかに揺れるブランコや暗闇のなかを幻想的に走る都電を眺めながら2分半ほど待って、固めの麺をすすって、しょうゆ味のスープを飲んだ。

 ナルトは小さいが、こりこりした歯ごたえのメンマはなかなか美味かった。

 今日は午後1時におにぎりひとつ食べたきりだったので、あっという間に麺を平らげて、スープも飲み干すと、体が芯まで温まっていた。


 ここに常駐しはじめたころは、3袋入り100円の袋麺を100円ショップで買って、ネカフェの簡易台所でつくっていたが、具材を保存しておく冷蔵庫がないので、素ラーメンで食べていたらさすがに物足りなく、鍋で湯を沸かして丼に移す手間も面倒くさくなった。

 つぎに、ここから1キロほどの距離にある大型スーパーにPBの78円のカップ麺をまとめ買いにいって、台所で湯を沸かして食べていたが、往復2キロの行き来と湯を沸かす手間がめんどうになって、結局、店までの近さと、レジの横にポットがあることと、隣に公園があることと、飯どきくらい外の空気を吸って気分転換したほうがいいと思ったのとで、この食事方法に落ち着いた。

 
 割り箸の刺さったカップ麺の空き容器をベンチ脇のくずかごに投げ入れると、コンビニ袋からビールを取り出した。

 オークションで商品が売れたときだけ、祝杯としてビールを開けることにしている。

 いつもは近所の酒屋の自販機で発泡酒を買っているが、陳列棚に並んだ虎のデザインに惹かれて、はじめて100円ショップでビールを買ってみた。

 外灯に照らされて金の地に浮かぶ虎の絵は勇壮美麗。

 缶をまわして原産国を見ると東南アジアのとある国だった。

 プルタブを開けると、細かい泡が溢れ出てきて左手の指先を覆ったので、泡をズッと啜るとちょっと妙な味がした。

 缶を右手に持ち替えて泡のついた手を振ったが、指先にまとわりついたままで、仕方なくズボンのポケットで拭い取った。
 一息ついたところで、あらためて口をつけると、ビールに錆と泥を混ぜたような味で飲めたものではなかった。
 ささやかな祝杯を無駄にしたくないと思い、ちびちびと3分の1ほど飲みすすめたが、段々と気分が悪くなってきたので、飲むのをやめ、缶を包むようにもった両手を両腿のうえに乗せて、こんなことならいつも通り自販機で買っておくんだったと後悔しながら、風でキーキーと揺れ動くブランコを見つめた。
 そろそろネカフェに戻るかと都電の線路沿いに目をやると、暗闇のなかに男が立っていた。
                              (つづく)

2.カトウとキクチとオババとタンゴ

 20時間近くつけっぱなしで強い熱をもったパソコンの電源を落とすと、パソコンが載っている高さ40センチの文机の下に丸めこんだジャンパーと全財産の入ったナップザックをとってスニーカーを突っかけた。
 茶室のような小さいドアをくぐって廊下にでると、左から黒のタンクトップにぶかぶかのズボン、首にタオルをかけた男が長渕剛の「とんぼ」を口ずさみながらやってきた。
 地声なのか物まねなのか判別しがたい不快な歌いかただ。
 男はオレと同い年くらい。
 名はカトウといい、シャワーを浴びてきた濡れた金髪が仁王のような顔のうえにオールバックに撫でつけられている。
 季節かまわず肌は褐色に焼けていて、タンクトップから伸びた丸太んぼうの右腕には雷神、左腕には風神が鎮座ましましている。

 健康サンダルをぺたんぺたんと鳴らしながら二メートル近くまでくると、「おう」と唸り声のような挨拶をしてきたので、「ばんは」と小さな声で受けこたえた。

 狭い廊下を肩で風をきりながら歩いてくるので、体が触れないようさっと壁に貼りつき道をあけると、対面にある部屋のドアにぶつかった。

 ここに常駐しはじめて間もないころ、近所のコンビニ前にたむろしている高校生数人をニッカポッカで現場から戻ってきたカトウがタコ殴りにしているのを見たので、なるべくかかわりあいになりたくない。

 カトウは脇を通りすぎると、廊下のどんつきまでゆき、右奥の部屋のドアを開けてなかに消えた。

 そのタイミングを見計らったように、オレの対面の部屋のドアがちょっとだけ開いて、ミサイルのような坊主頭が顔をだした。

 キクチという俺よりやや年下だと思われる巨漢の男だ。

 キクチは左、右と首をふってオレと目が合うと、ひゅっと顔を引っ込めた。


 この廊下にはオレの部屋側に7つ部屋がある。

 1番奥を、オレがここに来るまえからカトウが陣取っていて、あいだにふたり常駐者がいて、4つ目がオレの部屋。

 1部屋あって、トイレとシャワー室が1部屋ずつある。

 廊下を挟んだ向こうには6つ部屋があって、カトウのまえの1番奥の部屋から手前に3人常駐者がいて、キクチの部屋。

 通路があって、そのむこうに常駐者ひとりと共有の簡易台所がある。


 ジャンパーにそでを通してナップザックを肩にかけ、奥とは反対方向に廊下をすすんで角を右に折れて、通路を突き当たって左に折れると、長い廊下を挟んで左右ともに11部屋ずつある。
 こっちの部屋には常駐者はなく、頻繁に左右あちこちの部屋を利用者が出入りしている。

 サラリーマンふうの客と学生ふうの客とすれ違いながら、廊下の先へすすんで右に折れると受付正面にぶつかる。

 受付左には外への自動ドアが、右にはDVDの陳列スペースがある。

 陳列スペースの間口は狭いが、鰻の寝床で、奥にむかって左右に陳列棚が5つずつ並び、そのあいだにも背向かいにした棚が奥に4つずつ置いてある。

 手前に新作コーナー(といっても最新作が2年ほどまえのものだが)、なかほどが名作コーナー、
奥にアダルトコーナーもあってネットカフェ利用者にはタダで、利用者以外にも新作500円、旧作300円で貸し出している。
 受付では、老婆(常駐者や常連客からはオババと呼ばれている)がうつらうつら舟を漕いでいて、カウンターのうえでは黒猫のタンゴが丸くなって眠っているので、起こさないよう自動ドアのマットを静かに踏んで外にでた。
                              (つづく)

1.オレの部屋

 目の前のキーボードの左に積んである3枚のCDが、オレの命をつないでいる。
 REIというミュージシャンのもので、3枚すべて同じシングルだ。

 REIは今やオリコン上位に入る人気ミュージシャンだが、京都出身の彼女は高校を中退し、大阪のとある公園でストリートライブしていたのをスカウトされた。
 
そのころ、手売りしていたのがこのシングルで、1000枚限定で制作されて当時1,000円で売られていたが、いまや40,000円前後で取り引きされている。
 どうやって手に入れたかというと、彼女から買ったわけでなく、ライブしていた公園の周囲にある個人経営のレコード屋にかたっぱしから連絡をとって通販で定価購入した。

 先ほどREIのことをミュージシャンといったが、ファンの前ではけっして言ってはいけない。

 彼女はほとんどすべての曲をみずから作詞作曲しているので、ファンは敬意を払って、古めかしい言いまわしだけど、シンガーソングライターと呼ぶことを譲らない。


 キーボードの右にあるマウスをすべらせ、左クリックをくり返して、目の前のディスプレイにネットオークションの出品画面をひらく。
 1週間前に出品したこのシングルに38,000円の値がついている。
 
オークション終了の21時58分まであと6分。
 あぶら汗のにじんだ手のひらでマウスを覆って、10秒ごとにブラウザのうえにある更新ボタンを押して落札価格を見守る。

 500円単位でじりじりと上がっていき、最終的には44,500円という予想をやや上まわる値段でオークションは終了した。
「よしっ」という息が前歯のスキマから漏れて、少し伸びた無精ヒゲの毛先を揺らす。
 これでひと月の生活費のめぼしがついた。
 フリーメールで落札者にお礼のメールを送ったあと、ディスプレイから左下に目を落とすと、新たなもらい手が決まった未開封のジャケットのREIがセロファン越しにこっちに視線をよこしてくる。
 天使の顔立ちに悪魔のまなざしをもち、大人に媚びないことが支持されているREIのまなざしに睨まれてオレはたまらず目をそらした。

「ふふう……」
 だらしないため息をつきながら、ドドメ色のせんべい座布団にあぐらをかいたまま、1畳よりわずかに小さい部屋にあお向けに寝転んで伸びをすると、両手の甲がコンと後ろのベニアのドアにぶつかって、トゲでチクリとした。
 枕がわりのナップザックに頭を乗せたまま真上をむき、窓のない長方形の部屋の形を再確認すると、あらためてその小ささが胸にこたえる。

 ネットカフェの一室であるこの部屋は1時間50円で利用できる。
 1日1,200円、ひと月36,000円あれば常駐でき、100円で半畳ほどのシャワー室が使え、トイレはタダで使い放題。
 受付の前にあるポットの出がらしの緑茶も飲み放題。

 独居房より狭く、壁の材質も悪いこの部屋になにもなければ、たちまち窮屈さに押し潰されてしまうに違いないが、そのなかにネット接続されたパソコンひとつあれば、ディスプレイの窓が世界に通じているような錯覚をし、狭さも忘れて持ちこたえられるのだから文明の利器とはたいしたものだ。

 11月6日、29歳の誕生日の今日でこの暮らしはちょうど5ヶ月になる。
                              (つづく)
ギャラリー
アーカイブ
カテゴリー
  • ライブドアブログ

Let'sぷにぷに!!
あなたのブログにいつでも触れる猫のニクキュ~!
肉球ブログパーツ新登場。
Powered by KAYAC