自然エネルギーを考える川口市民の会

【ソーラーシェアリングの魅力】

 今のメガソーラーをはじめとした野立てタイプ太陽光発電設備の現状を見てみると、山を切り崩して、木を切り倒して下にビールで覆ったり砕石を置いたりしているので、山の生態系は壊れ、パネルの下の土は死んでいます。地面は呼吸しなくなったり、ビニールを張れば他の所に水は行ってしまい、設備の回りの環境を壊してしいます。

 また太陽光パネルは温度が上がると発電量が下がってしまうのですが、ソーラーシェアリングですとパネルが高い所に有り下は植物があるので温度が上がりずらいので発電効率が野立てタイプよりが高くなります。

 

 通常のパネル一枚の重さは245キロあり屋根に付けると危ないので、素人には設置したり直したりできない。変な風に付けると雨漏りもしちゃう。田舎の人は単管パイプなどを使って小屋をつくるのは普通にやっているので、ソーラーシェアリングだと自分達でも作れるしとりもなおさず治したりする事も出来る。多くの人が建設に携わることが出来てその後のメンテナンスにも携わる。同時に多くの人に利益が分配されます。(風力発電などは中心の部分が80㍍はあるので大きな設備となり素人には建設もメンテナンスもできません。)

 夏の草むしりなども時々日影があるだけで凄く楽になります。また冬場は放射性冷却を防ぎ雪解けが34倍早く霜が降りずらい。それがソーラーシェアリングの農業面での良い所です。

 

 

【ソーラーシェアリングの課題】

 課題は認知がまだ低いこと。現状は全国で1500件、50都道府県で割ると各県30設備くらいの割合になります。千葉県は長島さんの試験場などがあることで突出して数が多く500ぐらいあり鳥取は1個しかない。千葉県ではそれなりに認知が上がってきていますが、それ以外の県では許可する農業委員会も知らない人が多くてなかなか許可されない。それでもここ数年は先例が出来て取りやすくなって来ている。

 それと金融機関の借入金返済はおおむね15年になるのですが、農業委員会の許可が3年毎の更新ということで、3年毎に上手くいくのかというと金融機関にとってはクエスチョンになってしまっていて農家さんに普通の銀行は簡単にはお金を貸しくれてない。

 それでも2年前に全国信用金庫の幹事的役割を担っている城南信用金庫さんは、うちの会社も含めて農家さんに貸し出すという事がパラパラと出て来ている。日本政策金融公庫も貸し出すようになって来たり、千葉銀行は絶対にダメだったのが現在は話を聞いてもらえて検討してもらえるようにはなってきました。。東北の福島の方では農林中金と言って政府系の金融機関で億単位で貸し出すようになって来た。まだまだですけれど大分変ってきています。

 建設費に関しては普通のソーラーパネルに比べて1.5倍程高い。全国で広くすすめることでコストダウンにつなげたい。今以上に安くしたい。

 農業面ではネックではないのですけれど20年耕作をつづけなければいけないので、その体制づくりをするのが大変です。若い跡取りがいる農家さんだと良いですけれど。

各地で耕作放棄が多くなって来ている中で、『それじゃどうするのか』『これからこれからの農業をどうするんだ。』などと地域で考えてみんなの力を出し合い地域を守って形成していくのには良いきっかけとなる法律ないのではないかと思っています。

 

【匝瑳メガソーラーシェアリング】

3月でちょうど通電して1年になりました。城南信用金庫から22千万を借りたのですが、この時資本金90万円の会社でしたので良く貸しくれたと思っています。小泉元首相と思いっきり脱原発を情報発信していた城南信金前理事長の吉原さんがここに何回も来てくれた。「これ、一番環境的負荷少ないよね」という鶴の一声で借りられたという所がある。 年間4700万円ぐらい見込んでいたところ昨日計算したら5400万円ほどの売電があり凄いパフォーマンスが出来ている。その内の200万円を地元の環境保全会に寄付して村の皆さんに相談して使ってもらっている。それと200万円をここの農業生産法人に渡している。農家さんはタダで土地を借りられて200万円売電収入が有り生産した物は全て入り、そうすると事で350万円~400万円ぐらいの収入になる。新規就農者を始める30代ぐらいの人ならギリギリ一家族が食べていける。実際のところここでの農業従事日数は365日の内60日なので残りの時間は自分好みのニワトリを飼ってトマトを作ってみたり葉物を野菜パックにして自分らしい家庭農業ができる。オーガニックをやりつつ収入も安定していることになる。これが達成できて本当に良かったです。

 耕作は小麦と大豆がエリアごとに分けて行われており、夏季/大豆が育っている間に麦の畑では緑肥の代わりにヒマワリを育てていた。ヒマワリは高さ3mあるので調度パネルの裏まで育っていて発電量が5%多かった。よくいう緑カーテンをやると気化熱で10度ぐらい下がる。それと同じことがここでも起きて凄く良かった。

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ちなみにここは全部で3.2町歩、32千平米なんですけれど半分近くは耕作放棄地でした。私たちがソーラーシェアリングをやる場合出来るだけ耕作放棄地を使う事にしている。草ぼうぼうだったところを農業を復活させて雇用を生み出す事になる。

 

【系統接続の問題】

 次の大きな予定地は約1メガを計画していてそこも耕作放棄地です。地元の大問題になっていて今度は土地を買い取ってやろうと考えている。先の設備は3億円かかったが、次はここ1年努力し技術の向上や仕入れも変わったので同じ設備なら78千万は安くなったので採算は取れると考えていました。東電の接続料は前回約600万円だったから高くても1千万円と計算していたらなんと11千万円でした。テレビでここ最近やっている京都大学の安田先生なんかが言っている送電網問題ですね。容量がないので7キロ離れた所から送電線をもう1本曳いてくるような問題が全国で出ている。1年ぐらい前までは対岸の火事のように見ていてへぇ~そんなことも有るんだと思っていた。去年の12月、書類が届いて何度もみても桁が違う・・と1千百万ではないのか・・と見直したけれどどうしても11千万円、コストダウン分以上のコストが上がってしまった。FIT32円だったけれど今年から18円になるのでどうなるか。一つの実証として捉えて前向きに只やって行く事でしかない。必ず活路は開けると思っている。

 

【市民エネルギーちば初号機】

 これが1号機で30キロの発電量。先の設備の40分の1サイズで素人7人で作ったのがこれである。750万円ぐらいでつくりました。身内に借金して何とかして短気でパネルオーナーとして125千円で市民のみなさんに購入してもらった。

 当時としてはかなり背伸びした感じで1基作ったが、小さくとも一つの実績を実現したことで3年経たずにああいう大きなものが出来た。やっぱり10でないというか0.1でも0.01でもほんとに小さな1歩でも何かやってみるということは凄く大きい事なんだと体感した設備でした。今も元気に発電しています。

 

【小さいけれど大きなこだわり/木製遮光版】

環境問題はみんな繋がっている。ふつうの太陽光発電業者さんは、パワーコンディショナーの遮光版を金属板をビスでババと止めて安くして長持ちさせる。FIT20年で終わり設備は30年持つと考えている。まあその時ごみは少ない方が良い。僕らは遮光板を間伐材で焼いてから柿渋を塗って一つ一つ手作りしている。10年ぐらいで朽ちてしまうので薪ストーブに使ったり朽ちたら朽ちたで土に戻るという事でやっている。全体として観て数字には現わせないですけれどやれることは精一杯やりたい。

 

【持続可能な地域つくり】

夕張と同じく次は破綻する最右翼だと銚子は言われていて匝瑳市も近い状況にある。

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いま年1.2%以上の下落率で拍車がかかって行っているのが現状。この事は悲しい出来事何ですがピンチをチャンスにして、1メガの3.2町歩をコツコツ創って来た。田舎というのは非常に保守的なので基本的に新しい事をやると拒否反応があるものですが、この地元にはこのままだと村がなくなってしまうという危機感があったので、逆に新らしい事を受け入れてくれる土壌があった。

 うちの会社では殆ど使っていないのに2か月で水道代が4400円。水道代は田舎の方が高く人口が減るとおそらくもっと高くなる。最後は社会インフラがもたなくなってしまう可能性がある。

 だから全体の活動を通して雇用が生まれ人口を増やして行くというのを目的としてやっている。匝瑳市で出来たことを今後、全国にシェアして行きたい。それが竹の子的に全国に拡がって湧いて出てくるようなイメージを夢みている。うちの会社のメンバーが他地域の建設までをすべてやると、工事代金の利益が他県から千葉県に来てしまう。だから最初だけ行って技術移転してすごく細かいノウハウも教えてその後は地元の施工会社にお金が落ちていく仕組みを模索中です。

 

 固定資産税は地元に高い比率で入ってくるので1000kwの設備でトータル2000万円以上が地元に入ってくる。農家さんへは年200万円払い20年で4000万円。土地代が年80万円、耕作放棄地は地代も発生していない。草刈りにお金も払わないといけない。地権者さんも固定資産税を払わないといけないそれ上回るお金も入って来る。

 さらに環境対策費として地元に年200万円払い20年で4000万円の拠出があり、それらは地元の教育や福祉・環境対策に回されている。

 平均年間1200名の方が見学などに訪れている。近所にお弁当頼むことでお金が落ちていく。法人事業税を払う。とにかく地元にお金が落ちていく流れが生まれる。過疎化しているという事は税収も落ちているのでこの事で多少寄与している。

 2018324日、調度1週間前に村づくり協議会が出来ました。構想から2年がかかりました。私たちのエリアは豊和地区という飯塚・大寺・内山の3つの村で構成されていて、それぞれの自治会長さんに参加してもらっています。他にも農家さんの団体、豊和小学校、地元の環境保全会、豊葉会というお祭りの団体、農業生産法人が2社。環境NPO『匝瑳プロジェクト』などが参加しています。

こけら落としのイベントとして415日には藻谷浩介さんを呼んで勉強会をやりました。

 

 協議会にはそれぞれの設備の収益金から年間300万円流れていく。これから出来る2メガ弱からも200万円の予定があり、合わせて年間500万円協賛金助成金という形で20年間行く。その1億円で収穫際とか小学校補修工事に当てたりしている。広い意味で教育か環境であれば何でもいいという事でお金出した人たちが何に使うかは口出しはしない。『地元の人たちで考えてください。』というスタンスです。

 お金出して何かやって行くというのは大事なんですけれど、意外と地区ごとの交流がないので地域としてこれからどうして行くんだと真剣に考えて行く場になってくれればと思っています。豊葉会は20代から40代の若手が多く、小学校のPTAだと30代が多いなど年代の違いによって考え方に違いがある。地方だと7080代の発言権が強いのでなかなか保守的で新しいプランが通りづらい。地域に新しい風というか息吹というかそいう意味でもこの協議会は生きてくる。例えば農家さんだけのカテゴリーで考えてしまうのではなく全部縦断する形でこれからの村をどうするんだという話し合いの場がないと衰退の一途だなあと思ってこういう事をやっている。

 農村と都市がつながるきっかけで農家さんも安全な物を作り、都市の人たちもありがとうと思っているのですけれどなかなか頭ではイメージを持っていてもリアルにつかむことが出来ない。ソーラーシェアリングなどの見学に来てくれると実際に農業はこうやっているのだと交流が生まれる。都会の人がたまには畑の仕事してみたいなあと思ってもどこにどう頼めばいいのか分からない。ソーラーシェアリングをつくると人の繋がりが出来るので畑をやりたいと言う人が畑に集まって来るのでそこでも交流が始まる。都市の人が来てくれると農家さんは元気が出る。跡取りの問題の方がTTPの問題よりはるかに大きい。去年の年末だと農業の平均年齢は66.7才ということで歯止めがかかっていない。だけど『うちのお父さんのところには都会の人たちが沢山来るなぁ、、、』などとお父さんは何か良いことをやっているだという事になってプライドが持てる。

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そうすると農業を継いでみたくなる。地域が活性化してくる。都市住民の方でもナチュラル思考の知的好奇心が強い例えば川口の人、神奈川の人、都会の人がそこで出会う。先日もワークショップの形で地元の間伐材を使って小屋作りをしました。神奈川横浜市役所に勤めている女性と千葉県船橋市の人がそこで出会ってほぼ結婚の方向で進んでいる。本当に良い事で東京にいると全国から色々と来るので自分と気の合う人と出会う。こういう場所だと環境、社会問題に関心のある人たちが集い出会いの場としては結構大きいと思う。都会だとたき火も出来ない。月に1回ぐらい思い切りやって見たい。自己実現の場になる。精神的な豊かさ心が大事なのかなと思う。

 

【農業生産法人Threelittle birds

2年前にスリーリトルバースという農業生産法人を作りました。現状78名。

32才と36才の若い二人がリーダーとして頑張っています。

 42才の寺本さんは3年前にユーターンして来て、元々レンチの料理人だったのでこれからカフェでもつくって毎日ではなく農業が中心なので月に一回は料理やってねという形で話している。

 37才の越智君は介護関係の仕事で10年以上働いていてお子さんが出来て食の問題でアレルギーもあって勉強していったら子どもに自然な物を食べさせたいと地方に移住して来た。農業大学校を卒業して設備の農業長になってお子さんが二人いて奥さんも安心して農業が出来る。彼はこれから百匹二百匹のニワトリを飼ってそれも収入にしたいと言っている。

 今後5町歩、5万平方メートルの畑を3年以内に倍ぐらいの規模に持って行く。ここで採れた大豆の半分はここにある工場で味噌をつくっている。今年は実験的に醤油を2樽ぐらい作っている。うまく行ったら醤油工場を建て来年には醤油を出して行きたい。今年の7月にもう一つの農業生産法人をつくるこれは後でお話をします。

 

22世紀のDNAを作る】

 22世紀のDNAをつくるという事で僕たちなりに頑張っているですが日本全体、世界全体でみると微々たる活動なんですけれど僕たちの地域で一つの輪、サイクルができれば全国で出来る所はマネしてもらいたい。規模の大小にこだわらず金型、DNAをつくっているような気持ちである。この企画書は3年前のものでコピペしたもの。それが今少しずつ実現し始めている。まだ出来ていなのが市民農園、カフェも。加工食品講座は2か月に1回色々とやっている。梅干しをつくったり竹の子掘りをやったり収穫祭も一応できた。ゲストハウスも少しずつ始まっている。

 いわゆる観光農業という言葉がありますが、言葉の方向として違和感を持っていて、個人的には『農業観光』のイメージを大切にしています。農村の普段の営みを都市部の人たちが見に来る。都市部の人たちに迎合した企画をして向かい入れるのではなく、元々ある自然、文化、伝統をそのまま見てもらう。ほぼ同じなんですけれどタッチというかテーストが違うと思っている。

 また今年は施設の下で大麦を育て、大した量ではないのですが500キロぐらい作付けしたのでそれを使ってビールをつくる。先ほどいったもう一つの農業生産法人をつくり、こういった6次産業化と農村民泊。最初に作った農業生産法人は耕して生産して1次加工の会社なんですけれど、新しい農業生産法人は色んな構想を実現して行く会社を創って行こうと考えている。当然この地域の地下水を使って基本的には地域の人しか飲めないようにしてそこでおしっこをしてもらって帰るというビールをつくる。収穫祭も去年やって皆さんにも来ていただいてありがたかった。700人ぐらいだったのかな、今年の目標は2000人ということで都内からも天ぷら油を使ったバス2台で来てもらい徐々に広げて行きたい。さつま芋の収穫では紅春香という人気の品種。

 小屋をつくって地元の間伐材を使って正倉院と同じ板倉造りでパコパコはめていく感じで夏涼しくて冬暖かいものを建てている。こだわりは土台に焼いた杉の木を地面に打ち込んでいる。コンクリートを打つと水脈が止まってしまう。微生物の発生が抑えられてしまう。その点焼いた杉の杭を打ち込むと土の中に入った杭の回りに菌が付きぐるぐると育って行く。その事で他の木から育って来た菌糸とそれぞれ絡み合っていく、そうする事でこの地域の生態系が良くなり生えてくる草が変わって来る。小屋一つ作るにもこだわっている。これも最初の1号機設備と同じで助成金150万円もらってプラス50万円はみんなで出合って200万円で作る。パタゴニアとプロジェクトを協力してもらって10戸。HISもソーラーシェアリングにすごく力を入れたいというので20戸、30戸と作って行きたい。そうしたら真ん中にカフェをつくろうとこれも構想3年だったのでまた01になって良かったなあと思っている。他の古民家でも色んな映画会、ヨガ教室と色んな講習会をやったり、NPOだとか地域の新しい人の活動場所に使ってもらう。これとは別の古民家を一昨年匝瑳市から借りて大分直して今年はそれを買い取って国から古民家再生には補助金が出るのでオリンピックまでは良いも悪いも出るので宿泊施設をつくろうという事でそれを使ってリノベーションして活用して行こうと考えている。最初に話しましたが耕作放棄地を開拓して行きたい。

 山の保全も大切です。パッと見、緑色で立派な山にに見えても、間伐もしていないので下草が育たず表土がドンドン取られてしまっている。実際に中に入ると不毛地帯で外から見ると緑だが中に入ってみると砂漠のようである。だから間伐をして光が入るようにして風通しを良くする。下草が生えてもっと広葉樹が増えていかないと日本の森はダメになってしまうのでバイオマス利用もやりたい。

 

【自然エネルギー100%の村つくり】

 太陽光は昼間は良いのですけれど夜や天気が悪い時は発電が出来ないので、バイオマス発電とも協力して、最終的には匝瑳市にも市民電力小売り会社がないので作りたい。他にも時代の流れに応じて色々とやってみたい。豊和地区ではすでに実質的に電気に関しては100%自然エネルギーになっている。

 ドイツのフライブルクのように匝瑳市が環境都市として目立って行ければいいなあと思っている。その事を全国の過疎化していく地域に使ってもらえるところは使って欲しい。

 

【最後に・・ぼくの活動イメージの原点】

 最後に。東京の会社の代表を辞めて千葉にちいさな会社(お店)を創ったのが323才でした。そのお店のエリアは千葉県内でも所得が一番低いところで、近くの県営住宅のごみ捨て場所には中国語、韓国語、台湾語、日本語でゴミ捨ての説明が書かれていました。暴走族が多いところでもあり、店の近くに自動販売機があって、夜はそこにたむろして自販機前の植え込みにエンジンオイルとかジュースを捨てるので土がカチカチなって雑草も生えない状態でした。他の街路樹より背が低く半分か3分の2しかない。その植え込みはうちの店の前にあっったのですが、その時は千葉に初めて来て知人もいなくて心が寂しかったので、その寂しそうな姿が自分と重なって『この木を元気にすると俺もきっと元気になる』と思って世話をすることにしました。

 最初は普通の植物が育たないのでイネ科の雑草を他から持って来て植えたのですが、10個植える9個は枯れてしまう。それでもたまに生き残るものがいてだんだん繁殖し、カチカチだったところへ少しずつ空気が入ってきました。ちなみに雑草は化学物質を分解する力が大きくて通行量の多い国道の空き地の土壌分析をすると驚くほど化学物物質の残留が少ない。雑草は実は環境を浄化する力が大きな存在なのです。

 土に空気が入り、水持ちなども良くなってきたときに、少しずつ雑草以外の植物も植え始めました。カモミールとか弱いハーブは全滅だったけれど、ミント系などの生命力が強いものの何分の1かは生き残るようになりました。。それを増やして行ったら多様性が生まれて僕がいつも来て土をいじっているのでごみを捨てる人もだんだんいなくなってきました。

 ある日、暴走族のみんなが「おじさん何やっているの」と声をかけてきて、私が「おじさんここで家庭菜園やっているから、お前らここでごみ捨てないでくれ」というと、「分かった仲間にも言っておく」と言ってくれて、ごみを捨てないでくれるようになって、そこから3年位経つとどんな植物でもちゃんと育つように変わっていきました。さらにその後、根本の環境が良くなったことでその木の背丈は他を追い抜かしてしまったのです。

 また別のある日、数軒先のお米屋さんがそんなことを公共の場でやって良いのかと聞くので「良いんじゃないですか・・」と答えました。『そうよね・・』という感じのリアクションで他のお店の人たちも別の植込みで参加するようになって、お米屋さん、クリーニング屋さんの前はハーブガーデンに代わって行きました。その通りの反対側の植込みでも団地の人も始めるようになりました。その通りでは、それまで除草剤や殺虫剤を撒いて行政が来て草を刈っていたのですが、「ここら辺はやらなくていいですよ。うちらで管理しますので・・。」と伝えることで、行政の負担は減り、農薬もその通りからなくすことができたのです。

 

 僕の中ではこの一連の変化が今の活動の原型なんです。

 

 ソーラーシェアリングも何の手がかりもない所から始めて『何とか生き残るんだ!』という意思だけが強くあって、途中から色んな人の助けがあってようやくまあこの辺ぐらいまで来たのかなあと思っています。

 まずは「知ること・認識する事が大事」だと今も思います。すぐに解決方法が浮かばなくても、まずは問題は問題として認識して、焦点をそこに当てて行動していくことがまず大事かなあ。と。

 当時も雑草を植えることがあっているかどうか分かりませんでしたが、何もしないよりはした方が良いということで行動してみた。そこで状況に変化が生じる。そうすると生態系の中に自立性が生まれてくる。行動するから失敗があるわけでそれで色んな失敗を通して工夫が生まれる。同じ事をやってもダメでこの段階で同じ事をこうやったら上手く定着する事になって最終的に、循環、発展になりそうという所がある。自分の環境の考え方は基本的にこういう所でやっている。

 人間は誰でも変わるのは怖いのでホメオスタシスという『変わらないようにいよう』という心がある。その心の動きは知ったうえで、『変わっていくのが普通なんだ・・』という感じで変わる事に慣れて行った方が時代の変化に対応していくためにはいいのかなと思っています。

 

 自分が変化してこれたのは、課題を認識し、まずは行動することで、新しい出会いとか新しい知識とか新しい体験などに出会えて、その中で最初は不可能に思えたことに活路が見えてきたからだと思います。

 他の人と違う道を歩んでいると落ち込むようなことも多々ありますが、悪い体験、良い体験などいくつか捨て去ると軽くなって変われこともあるし、自分一人では変われなくても誰かと繋がったりして変われることもあると思います。

 

 私は普段半径2キロ3キロ圏内で引きこもり的に生きていますが、今日はガソリンというエネルギーを使ってここまで来ました。自分自身は変わらないけれど視点を変えてみると世界が違って見える。使わせてもらったガソリンのエネルギー以上にそこで得たインスピレーションを活用して、これからの環境活動に活かしていきたいと思います。

 

 行動する事で変わって行く・・。変われるところから一つずつ変わっていく・・。変わって行く事が日常なんだ・・。などと変わることにフォーカスする中で、『自分て何なんだ。』『自分にとって幸せって何なんだ』と考えていくことで、逆に自分の中の変わらない大切な部分に近づいて行けたらいいなあと思って活動しています。

 

今日のプレゼンテーションは以上です。ありがとうございました。

3月31日に第3回「自然エネルギーを考える川口市民の会」総会の時に東さんをお呼びして講演録としてまとめたものです。
(長文な為 2つにわけました。)

千葉県匝瑳市から下道を通って2時間半かかって車で来ました。基本的には無駄なエネルギーを使いたくないので電車で来ようとも思いましたが、普段は狭いエリアで生活しているのでたまには世の中の様子を観察したいと思って今日はあえて千葉県を横切る形で車で来ました。どうぞ一日よろしくお願いします。
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 昨年、自然エネルギーを考える川口市民の会10人ほどの皆さんに設備の方を見ていただきました。今日はまだソーラーシェアリンを知らない方もいらっしゃると思いますので、まずは大豆の収穫をアイホンで撮った映像を見てもらいます。

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地面からパネルまでの高さは約3m、コンバインの背の高いものでも大丈夫。普段はトラクターを走らせ畑の下は関連会社の地域農業生産法人Three little birds合同会社が耕作を請け負っています。太陽光パネルでCO2を減らして夏の青々としている時に光合成の部分でもCO2を減らします。全ての畑は無農薬のジャス規格を取りこだわりつつ、そうすることで土の中に微生物が増えてくる。有機農業を始めて50年間は微生物の炭素や窒素を土の中に蓄えていく。太陽光発電で1段階、光合成で2段階、有機農業で育まれる土壌微生物の力を通して3段階でCO2を減らしたい。

 

私は今年で53才になりますが、234才の時に反原発運動に関わり深夜の晴海ふ頭で六フッ化ウランの搬入があって見に行きました。トラックを取り囲むように100人以上の機動隊の人たちがいたのですが、テレビで見た成田闘争の画像の様に市民をボコボコと殴っているのを見てビビッてしまい、これはとんでもない事をしているのだなぁと思いました。一方、反原発の市民団体の人たちも「反対、反対」と言っているだけで『これではきっと何も変わらないな・・』と正直思い、僕は代替え案を提示する形で反原発をやって行きたいという思うようになりました。それが278年前です。

 

私たちは『ソーラーシェアリングと有機農業の融合による地域づくり』というテーマで日々活動しています。私達の会社は川上さんが作ってくれた模型のように畑の上にパネルを張ったものしかやりません。千葉県の鴨川の方で山を切り崩して造った大きなメガソーラの予定があります。山自体がCO2を減らして自然の生態系を維持している。それを殺して自然エネルギーは増えても他の環境を壊してしまえば悲しいというかむしろ公害であると考えています。大きな企業がお金を何十億も出して造るのでは原発と同じ構造で何も変わっていない。東京電力が小さくなったのと同じでです。自然エネルギー普及の本質は、利益も地域に分配されていくことだと考えています。

 

私も45年前は皆さんと同じで受講側の椅子に座って自然エネルギーの話を聞き学ぶ立場でした。自然エネルギーの良い所は地域分散で地域の人が参加出来る所が一番。僕が生きている間にいろんなエネルギーのうち電気部門だけでも日本国内100%自然エネルギーを達成したいという心意気でやっています。また自然エネルギーは広まっても他の問題はそのままだったり、環境経済が進まなかったりすると逆にもったいないという立場です。自然エネルギーが広まる過程の中で様々な問題が同時に解決されていけばいいなと思っています。

 

環境型の地域づくりという事でアースデイちばや独立型太陽光講座などのNPO活動もしています。話し合いばかりではなく、やむに已まれずその気持ちを少しずつ社会の形に変えて行きたいというテーマでやっています。

22世紀の農村づくりいうことで二つのテーマを掲げている。僕もハードに毎日仕事をしていまして一日3本立てでやっているといろいろなことが発生しますが、トラブルが発生しても22世紀という少し遠くをみることでぶれずにやっていけると思っています。

 

何で頑張れているかの原点は、東京江東区生まれで環境の悪い所で幼少期を過ごしていたのですが、両親の田舎である鹿児島に行ったときに家のすぐ脇を流れる川がとてもキレイで入ることが出来て、魚やサワガニがいることに驚いたことです。。

人間も動物なので、もっと生き物としての喜びを享受できる社会になった方が良いのではないか。目の前に川があれば入りたいし、食べ物も出来る限り地元の物を食べて、エネルギーも自分の地域で取れたものが出来たらいいなあと考えています。

 

僕の師匠の長嶋さんも未来の子供たちの為に行動している。ソーラーシェアリングに関してもすぐに特許をとったのですが、誰でも使って良いようにしている。全国に1500箇所のソーラーシェアリングの場所が出来ている。仮に10万円ずつ特許利用料を取っていれば15千万円になる。『それはとにかくいらないよ・・』と、そうすることで将来の子供たちに引き継げるのではないか。僕もその辺は同じで心にブレがない。農業と太陽とがシェアして5年位やってみると、お金もシェアして人間関係もシェアした方が良い。何でも譲り合い分かち合うそういった精神が背景にあってそれに支えられていて初めてソーラーシェアリングなのかなと思う。関西方面に行くと大きなパネルを使い殆ど光が入らない下でサカキ、ミョウガとか暗い所でも育つ作物を作り、農業を言い訳的につくってお金もうけが目的になっている。農業委員会に撤去されないようにして形はソーラーシェアリングになっていても本質的にソーラーシェアリングになっていないし自然エネルギーの持っているポテンシャルからすると違うのかなと思う。

 

僕も市民運動から始りまして、7年前に地震があって、その当時、やむに已まれず何かを始めなければならないと思い『NPO自然エネルギーちばの会』を立ち上げましたが、1年ほど経って内部で方法論の軋轢が生まれました。僕の方はドンドン市民発電を創っていきたいタイプでしたが、もう一人はじっくりタイプの人だったのです。それで実践的なことを活動していくことを目的に翌年NPOグリーンタートルズを別組織として作り、再出発しました。アオウミガメを英訳するとグリーンタートルになります。ウミガメというのは浜辺に来て産卵しますが、ふだんは幅広く世界を泳ぎ回っています。ふだんはそれぞれの会員が自由闊達に色んな立場で独自に環境問題などに対応し、何かあった時には協力して行こうよということでグリーンタートルズを立ち上げたのです。

20ワットの小さなパネルを使って6年生でも出来るような講座を開催するところから始まった活動ですが、太陽エネルギーの恩恵をソーラーパネルで受け活用できるという感動を講座を通して実感できることは大切な原点だと考えていましては今でも継続しています。

2011311日の午後に震災があったわけですけれど、その午前中に固定価格買取制度(FIT法)が国会で決まりました。もしも朝の8時とか9時に地震が起きていたら成立していなくて、悲しい現実と大きな被害が出たのみで終わってしまっただろうけれども、実際には今思えば奇跡的に成立した。これを活かさない手はないだろうと。徐々に実際の市民発電所建設に心は傾いていきました。

 

20数年前は反原発運動をやっていても、一個人の小さな資本で自然エネルギーに具体的に参加する事は不可能でした。当時、環境問題で進んでいたドイツの事例を見てみると、様々な環境活動がある中、食品を通じての環境運動が最も盛んで長く続いていることを知りました。最初からできれば自然エネルギーの仕事をしたかったのですが、食の仕事を選択し自然食流通を20年間通じて環境問題の仕事に取り組んできました。

234才で自然食品の流通の会社を創ってそのコピーが「大根からソーラーパネルまで」。実際に有機栽培の野菜を並べてその横にソーラーパネルを置きバッテリーに蓄電するセットは年間10セットぐらい売れました。そして他にもチェルノブイリ関係のイベントをサポートしたりなど色々とやってきましたが、原発事故を受けて当時思ったことは『間に合わなかった・・・』という端的な気持ちでした。

 

原発事故とFIT法の成立により『自然エネルギーをやるしかないな!』と思い背水の陣を張ってやり始めました。どうやって行動していくのか色んな先生の話を聞きにいって学び、少しでもやれることはやろうと自分たちでも講座を開催していきました。

そんな中、諸団体と一緒に組んで活動しているうちに、5年ほど前にソーラーシェアリングを考え出した長嶋さんと出会いました。日本中の農家さんの所に行くのが自然食時代の僕の仕事だったので最初は『畑の上に太陽光パネルを張るのは違うんじゃないか、たぶん眉唾なんじゃないか・・』と思って文句でも言いに行こうかという気持ちで取り敢えず行ってみた。

 農家さんと1回契約すると他に安い所はあっても一生付き合うようにしてきました。人柄が良い人は良い物を作るのでハートの部分で取引先を選び、土を食べたりしながら畑の様子を数百から千件位見て回ってきました。そんな経験を持ってソーラーシェアリングの実証実験所に行って見てみると思ったより野菜の表情良かった。
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正直、発電重視でヒョロヒョロの野菜だと思っていたのですが、以外とそうではなかったので『これは何かある!』と思い、何回か見てみようと毎週作業があるのでボランティアで通うようになりました。

 

 長嶋さんは大変優秀な技術者で一緒にホームセンターに行くと『あれも私の特許・・』『これも私の特許・・』などと実にたくさんの特許をお持ちの方ですが、農業は未経験だったので堆肥造りなどの畑の手伝いをするようになりました。

 実証実験場に行くと畑の半分は隙間だらけのパネルが貼ってあって、その隣半分は何もない普通の畑になっていました。50種類の種を蒔きどちらにも同じように肥料をやる。それぞれの野菜の育ちも良く、土の中で育つ落花生、ジャガイモなどは押しなべて出来は良かった。それでソーラーシェアリングの良さが分かってどんどんのめり込んでいきました。

 

 長嶋さんは十数年前にこの仕組みを提唱しました。2013331日に農水省から通達があるまでは、農地法で畑の上では農業以外は何もやってはいけない・太陽光発電はやれないという法律でしたが、収量が2割以上落ちなければ営農型ソーラーシェアリングの農業をやっても良い事になり今年でで5年目になります。

 トータルで考えるとソーラーシェアリングは積極的に拡げて行っても良いものだと確信し、20139月に県内のNPO関係者で自然エネルギーに関心のある方々に色々と声を掛けて行きました。『市民発電所やってみませんか!?』と一件、一件口説いて行った。秋の9月頃から始めて会社が出来たのは翌2014年の7月で10カ月かけて準備をし、会社が始まりました。一人10万円の9人で始めたので、資本金は90万円。東京でも2013年の後半にパラパラと市民発電所が出来ていましたが、千葉には市民発電所がなかったので千葉でもやりたいなあという思いがようやくスタートラインに立ちました。

 

 僕自身の給料は時給1200円(※201810月現在は1500円)でそんなに休まないので月30万円で計上してもらっている。僕自身エントロピーの低い生活をしてまして13万円ぐらいあれば生きられる。それを使わないで貯めて増資して今710万円。初年度の売り上げが数百万円だったのが今では一億円を超えました。何が言いたいのかというとコツコツとやって来たという事。日頃色んな仕事を抱えてやって来て、この機会を通して自分を振り返ると同時に皆さんも活動を通して市民発電所をつくられるような事があればパートナーシップとして繋がって行ければなあと思っている。

 

 私たちが実践するソーラーシェアリングでは、パネルが1に対して空間は2の割合で隙間だらけでやる事にこだわっている。光の入る割合が3335%だと何でも育つ。ある程度高い所にあり畳一畳ぐらいの青黒い板をセルと言いますが、これが2列になっている。私たちは2×1224のセルの太陽光パネを使い、普通の太陽光設備ではは6×12330wぐらいを使います。僕らは幅の狭いパネルしか使わない。

 散乱光も含めて光がスムーズに畑に落ちる。普通のパネルと比べてソーラーシェアリングのパネルだと畑の下は明るい。パネルが斜めになっていて大きいパネルだと大量の雨だれになってしまう。細いとポタポタぐらいなので作物に影響が少ない。太陽光パネルだと光を中心に考えてしまうがソーラーシェアリングの場合7364で農業を中心に考えている。それと法律的に3年ごとに農業委員会に申請し許可を受けないといけない。畑をきちんとやっているという事が重要なので農業生産法人もやっている。農家さんと20年間やってどんな状況でも作物を育てられるような環境をつくる事で初めてお願いが出来る。そこで幅の狭いパネルが必要になる。

 

 2004年に長島さんがソーラーシェアリングを思いついて14年が経ちました。だんだん目立つようになり、農水省の方々もグループで見に来てくれるようになっったので少しずつ提言をしています。農家さんが自分の土地で作物を育て、太陽光発電もきちんとして出来ている場合は3年毎ではなく20年にして下さいと言っている。そうすると金融機関が融資しやすくなる。農水省の正式発表では1500件、実際は何だかんだ言って17001800になっている。今、じわ~と件数が増え続けていますが、もっと急速に普及件数が上がってほしいなあと思っている。

 

 100年間で地球温暖化がドンドン進んでいる。CO2が実際に増えて温度が0.7度上がっている。海の炭素の量を調べてみるともう一杯いっぱいでほぼ飽和点に近づいている。CO2がいっぱい増えているのに温度が上がらない理由は海に今のところ溶け込んでいる為と考えられている。また南極と北極の氷が融けていくことでも気温の上昇が抑えられてきたとも考えられています。これからは排出量と温度が比例する時代が来ると思うので現状を肯定する様な仕組みを創ってしまうと10年後20年後に農家さんが困ってしまうので僕らは細いパネルで隙間だらけの太陽光パネルでやるということを守り続けたいと考えている。

 

 ここ最近の施工工事では農業優先事業として明渠と言いまして水はけを良くする溝を掘ったり、暗渠という土中にパイプを入れなどの工事も発電事業と合わせて同時に環境整備も行っている。

 トラクターの後ろのアタッチメントが2mなので行って帰って来ると4mの畑が耕せるので、最初は5×5mだった支柱スパンを4×4mに変更しました。いずれにせよ農家さんとコミュニケーションを取ることがソーラーシェアリングでは大切だと考えているのです。

 最初のころは他の農家さんから『そんなの付けて育つのか!?』と言われて来ましたが、実際の畑を見てもらうと、プロの方ほど理解が早く作物に問題がない事が分かってもらえるようになりました。

 種にもこだわっていてアメリカの自然食品店などに行くとオーガニックシードと言って在来種、固定種で消毒とか薬品処理していない種を売っている。私達も地元の風土にあった昔からの種を使うようにしている。直接関係ないように感じますが環境問題というのは一つに繋がっているので在来種の種にもこだわっている。ソーラーシェアリングでは、農業はじめ、様々な問題を総合的に考えていくことが大切なのです。

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 影が出来ても作物は育つのですかという質問があります。

光飽和点という言葉が高校の生物の教科書に出るようになりましてほとんどの植物は50ルックスが一つのポイントになっています。サトウキビとトウモロコシは光飽和点がない植物で光を当てれば当てるほど育つと言われていますけれどこのグラフは温度が一定の状態で光の量を替えている。これは実験的なものですが実際は光を当てれば温度は上がって行く。トウモロコシもソーラーシェアリングの下で育てていますが、殆ど変わらないかむしろ逆に良く育っている。

 

 自然食の流通を20数年やってきた経験を経て、ソーラーシェアリングを始めてしばらくしてふと気づいた事がある。自然界には畑のような完全な野っぱらというのはめったにない。のっぱらも鳥の糞から低い灌木が生えて来る。5年もするとちょっとした林になってしまう。殆どの野菜は木陰で育って来た中で人間が食べられるものを捜して来て培養した。だから多少の陰のもと作物を育てることは自然なのではないか!?そんな自分の中の納得からもソーラーシェアリングに対しての確信は増していきました。

 



福島第一原子力発電所を海からまじかに見てそこで海がどれだけ放射能で汚染されているか地道に調査を続けている認定NPO法人いわき放射能市民測定室たらちねの海洋調査を紹介します。
以下はサイトをコピペしたものです。


現在、トリチウム汚染水を含む他核種の放射性廃棄物を海洋投棄する動きが進んでおります。みなさまのご協力で、海の汚染の記録を子どもたちに残し、未来をつくる大切な判断の基準とすることができます。


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201111月から始めて毎月データーを採って公開しています。

https://tarachineiwaki.org/radiation/result

その内の海洋調査に参加する事になりました。

 

日時:20181020日(土) 730出航1330帰港予定

(往復移動2時間・調査時間4時間 予定)

集合場所:久之浜漁港 〒979-0333いわき市久之浜町久之浜字館ノ山9

http://www.mapion.co.jp/phonebook/M16006/07204/0246823838-001/

船:第18長栄丸 

船長:石井實

たらちね海洋調査事業責任者:鈴木薫(たらちね事務局長)☎090-7525-5396

 調査内容

1.       海水採取

2.       魚採取

3.       

プランクトン採取

申し込みは直接たらちねの方へ連絡も出来ます。

これからも定期的に調査をして行きますから都合に合わせて申し込みは出来ます。


自然エネルギーを考える川口市民の会では守谷、稲毛が参加します。

まだ定員の13名になっていないとの連絡が入り、今月中に返事をすることになっています。

一緒の行きたい方がいれば、ハイエース(6人乗り)で行く予定です。
【連絡先】
メールアドレス:hiro_1953731@hb.tp1.jp  携帯番号:080-3414-1441

この間の会合で時間が経つと福島を忘れてしまうという話が出ました。
実際に行く事で現地の空気を感じ取りそれを伝えて行きたい。
(守谷)


 


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