自然エネルギーを考える川口市民の会

2016年07月

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     ともにという障害者施設で昼食を頂いた後、芸能活動(歌集を配って歌声ギターとアコーディオン→ドジョウ掬い、→民謡、→銭太鼓) 無料バザーで障害者の人達と交流。

    南相馬市の大野台第6仮設(飯館村の人達がまとまって住んでいる)今でも200世帯の人達が暮らしている。冬も来たことが有り合計で5回は来ている。ここに泊まらせてもらう。夜はお酒を飲みながらの交流会。

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    雨が降ったので集会所でバザーを開く。衣類、瀬戸物、ヘルメット、大きな箪笥、テレビ台などが貰われて行った。衣類などは一枚一枚確かめながら「こんなのがあった」と

お互いに教え合いながら和気あいあいと品定めをしていた。





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    飯館ホームへ芸能活動 ここは爆発が起きた時に避難しないで残った。移動するにも体が不自由であったりご高齢で移動が困難であったからだ。政府はそれを許可したという施設。



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☆今年の3月に解除になった小高地区(12千人の内報道では1割といっているが実際には生活環境が整わず100名しか住んでいない)

・小高神社(野馬追で有名な)のすぐ傍に住むKさんは改築に何百万という費用をかけた。家の中は1.7μsV/h(0.08としたら約20倍)神社の回の木の周辺は4.0という高さが今でもある。9千万円近く補助金をもらってベンツに乗り投げやりな生活をしている人がいる。帰還を促がすために改築費用として補助金が降りる。立派な御殿は出来ても若い人は戻らず年寄りだけが真新しい家に住む。

☆飯舘村の人の話し

・南相馬から飯館村に向かうときに通った山道の作業現場を見た。うっそうとした森に囲まれた除染作業は道路わきの草を刈りそれを集めフレコンパックに詰めるといったものだ。永遠と続くが道路脇だけでそれ以上はやっていない。それ以上入ると無制限に広がる深い森がある。

・飯館の幹線道路を通るとフレコンパックが4重にも5重にも積まれている。おそらく来年の3月に解除が決まっている中でフレコンパックは県道沿からなくなるだろう。山など不耕地など見えないところへ移動するからである。飯館村役場の前の山は重機がうなり続け山がなくなり以前の景観がなくなっている。

・飯館の人が南相馬市の市営住宅に引っ越した。挨拶がてら手拭いを持って行くと、飯館村から来た人は国から沢山の原発事故の保証金をもらっている。自分たちは津波でやられて何もなくなった。そんな人からタオルは貰えないとつかえされた。

・夜の交流会では飯館村に帰る人、戻らず他の地区に住む人など今まで共に苦労を重ね来た仲間なのに耳打ちを立てて話をしている姿が見られた。戻って家はあっても人がいない。神戸淡路震災の時の孤独死が再現されるかもしれない。




福島市にある東北道の脇にある阿部農園の梨畑の除染現況視察



☆阿部農園の梨畑の除染現況視察

<自分が住んでいる住宅地(福島市)では>

自分の敷地内で除染された土は自分で保管するかしかない。一つはコンクリートブロックの中に入れる。フレコンパックなどの袋に入れその上からシートを被せる。あるいは敷地内穴を掘りそこに埋める。埋める事で眼に見えないからと安心して忘れてしまう恐れがある。また毎日自分の庭に置かれている山を見るのはストレスになるどちらが良いのか。小さな子供たちが山の様になっている放射性物質の上で遊んでいる。

<梨園の除染作業>

糖度が15度という甘みをもつ梨園を経営している阿部一子さんの案内で梨畑を見学することが出来ました。この畑は有機農法で梨を育てる。それが東電福島原発の爆発事故で23μsV/hという数値がテレビのテロップに流されていたという。その時にその数値がどれだけの意味を持っている事さえ分からなかった。それからというもの線量計を肌身離さず持っている生活が始まった。

「ここで農業をして生きていく」と

実験的に農園の除染を受けることにした。この費用は環境省から出ている。1.2ヘクタールで3400万円かかった。少しでも梨の放射線量を低くしようと一本一本梨の木の表面を釜で削り取る作業は23時間かかる。汚染された表土を5㎝削り取る。それをどこに保管するのか。園内の敷地に穴を掘りそこに埋める。3年以内にそれを持って行く約束で始めた事業、3年が過ぎ担当者の農政課に電話を入れると人が移動して変わっていた。ここでも誰も責任を取らない。優先されるのは子供たちの所で畑の汚染土は後回し10年後、20年後・・・?。

1kg中38ベクレルの放射線セシウムが検出

セシウム134の半減期は2年→50%(2013年)

セシウム137の半減期は30年→5%(2013年)

表土を5cm削ることで86.7%除去されたと記載。

協力を申し出たのは52件(1割程度)

1.5mの穴を掘り土嚢袋を並べて50cmの土をかぶせる。→98%の遮蔽されるという。

この袋は遮蔽を高めるためにアルミの袋を入れます。この袋が一つ1万円 それを630

めた敷地面積は20a。

梨の実が上手く育たない場合は個人で東電に損害賠償請求を出すようにと言われる。

その結果15度と今までと変わらない美味しい梨が収穫できた。

67日除染は終了

除染前の空間線量→0.70.8μsV/h

除染後  〃  →0.1.0.2μsV/h

※プロの測定技師にお願いしてるSWR(株)、市川のボランティアが来て継続して測定

福島県内の放射性物質で汚染された土を除染するのは可能なのでしょうか。

安倍首相は日本の原発を輸出するためにトルコとの間で原子力協定に署名をした後「原発事故の経験と教訓を世界と共有し原発の安全向上に貢献していくのは日本の責務だ」と語る。故郷に帰れない人達はどうなるのか?出口の見えない問題が山積みしています。カタカナで表記のフクシマが本来の漢字に戻った時に、はじめて「原発事故の経験と教訓」という言葉が使われるべきものではないかと思います。再稼働には反対です。第2のフクシマはいりません。


阿部一子さんが記録に撮った写真

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