3月31日に第3回「自然エネルギーを考える川口市民の会」総会の時に東さんをお呼びして講演録としてまとめたものです。
(長文な為 2つにわけました。)

千葉県匝瑳市から下道を通って2時間半かかって車で来ました。基本的には無駄なエネルギーを使いたくないので電車で来ようとも思いましたが、普段は狭いエリアで生活しているのでたまには世の中の様子を観察したいと思って今日はあえて千葉県を横切る形で車で来ました。どうぞ一日よろしくお願いします。
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 昨年、自然エネルギーを考える川口市民の会10人ほどの皆さんに設備の方を見ていただきました。今日はまだソーラーシェアリンを知らない方もいらっしゃると思いますので、まずは大豆の収穫をアイホンで撮った映像を見てもらいます。

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地面からパネルまでの高さは約3m、コンバインの背の高いものでも大丈夫。普段はトラクターを走らせ畑の下は関連会社の地域農業生産法人Three little birds合同会社が耕作を請け負っています。太陽光パネルでCO2を減らして夏の青々としている時に光合成の部分でもCO2を減らします。全ての畑は無農薬のジャス規格を取りこだわりつつ、そうすることで土の中に微生物が増えてくる。有機農業を始めて50年間は微生物の炭素や窒素を土の中に蓄えていく。太陽光発電で1段階、光合成で2段階、有機農業で育まれる土壌微生物の力を通して3段階でCO2を減らしたい。

 

私は今年で53才になりますが、234才の時に反原発運動に関わり深夜の晴海ふ頭で六フッ化ウランの搬入があって見に行きました。トラックを取り囲むように100人以上の機動隊の人たちがいたのですが、テレビで見た成田闘争の画像の様に市民をボコボコと殴っているのを見てビビッてしまい、これはとんでもない事をしているのだなぁと思いました。一方、反原発の市民団体の人たちも「反対、反対」と言っているだけで『これではきっと何も変わらないな・・』と正直思い、僕は代替え案を提示する形で反原発をやって行きたいという思うようになりました。それが278年前です。

 

私たちは『ソーラーシェアリングと有機農業の融合による地域づくり』というテーマで日々活動しています。私達の会社は川上さんが作ってくれた模型のように畑の上にパネルを張ったものしかやりません。千葉県の鴨川の方で山を切り崩して造った大きなメガソーラの予定があります。山自体がCO2を減らして自然の生態系を維持している。それを殺して自然エネルギーは増えても他の環境を壊してしまえば悲しいというかむしろ公害であると考えています。大きな企業がお金を何十億も出して造るのでは原発と同じ構造で何も変わっていない。東京電力が小さくなったのと同じでです。自然エネルギー普及の本質は、利益も地域に分配されていくことだと考えています。

 

私も45年前は皆さんと同じで受講側の椅子に座って自然エネルギーの話を聞き学ぶ立場でした。自然エネルギーの良い所は地域分散で地域の人が参加出来る所が一番。僕が生きている間にいろんなエネルギーのうち電気部門だけでも日本国内100%自然エネルギーを達成したいという心意気でやっています。また自然エネルギーは広まっても他の問題はそのままだったり、環境経済が進まなかったりすると逆にもったいないという立場です。自然エネルギーが広まる過程の中で様々な問題が同時に解決されていけばいいなと思っています。

 

環境型の地域づくりという事でアースデイちばや独立型太陽光講座などのNPO活動もしています。話し合いばかりではなく、やむに已まれずその気持ちを少しずつ社会の形に変えて行きたいというテーマでやっています。

22世紀の農村づくりいうことで二つのテーマを掲げている。僕もハードに毎日仕事をしていまして一日3本立てでやっているといろいろなことが発生しますが、トラブルが発生しても22世紀という少し遠くをみることでぶれずにやっていけると思っています。

 

何で頑張れているかの原点は、東京江東区生まれで環境の悪い所で幼少期を過ごしていたのですが、両親の田舎である鹿児島に行ったときに家のすぐ脇を流れる川がとてもキレイで入ることが出来て、魚やサワガニがいることに驚いたことです。。

人間も動物なので、もっと生き物としての喜びを享受できる社会になった方が良いのではないか。目の前に川があれば入りたいし、食べ物も出来る限り地元の物を食べて、エネルギーも自分の地域で取れたものが出来たらいいなあと考えています。

 

僕の師匠の長嶋さんも未来の子供たちの為に行動している。ソーラーシェアリングに関してもすぐに特許をとったのですが、誰でも使って良いようにしている。全国に1500箇所のソーラーシェアリングの場所が出来ている。仮に10万円ずつ特許利用料を取っていれば15千万円になる。『それはとにかくいらないよ・・』と、そうすることで将来の子供たちに引き継げるのではないか。僕もその辺は同じで心にブレがない。農業と太陽とがシェアして5年位やってみると、お金もシェアして人間関係もシェアした方が良い。何でも譲り合い分かち合うそういった精神が背景にあってそれに支えられていて初めてソーラーシェアリングなのかなと思う。関西方面に行くと大きなパネルを使い殆ど光が入らない下でサカキ、ミョウガとか暗い所でも育つ作物を作り、農業を言い訳的につくってお金もうけが目的になっている。農業委員会に撤去されないようにして形はソーラーシェアリングになっていても本質的にソーラーシェアリングになっていないし自然エネルギーの持っているポテンシャルからすると違うのかなと思う。

 

僕も市民運動から始りまして、7年前に地震があって、その当時、やむに已まれず何かを始めなければならないと思い『NPO自然エネルギーちばの会』を立ち上げましたが、1年ほど経って内部で方法論の軋轢が生まれました。僕の方はドンドン市民発電を創っていきたいタイプでしたが、もう一人はじっくりタイプの人だったのです。それで実践的なことを活動していくことを目的に翌年NPOグリーンタートルズを別組織として作り、再出発しました。アオウミガメを英訳するとグリーンタートルになります。ウミガメというのは浜辺に来て産卵しますが、ふだんは幅広く世界を泳ぎ回っています。ふだんはそれぞれの会員が自由闊達に色んな立場で独自に環境問題などに対応し、何かあった時には協力して行こうよということでグリーンタートルズを立ち上げたのです。

20ワットの小さなパネルを使って6年生でも出来るような講座を開催するところから始まった活動ですが、太陽エネルギーの恩恵をソーラーパネルで受け活用できるという感動を講座を通して実感できることは大切な原点だと考えていましては今でも継続しています。

2011311日の午後に震災があったわけですけれど、その午前中に固定価格買取制度(FIT法)が国会で決まりました。もしも朝の8時とか9時に地震が起きていたら成立していなくて、悲しい現実と大きな被害が出たのみで終わってしまっただろうけれども、実際には今思えば奇跡的に成立した。これを活かさない手はないだろうと。徐々に実際の市民発電所建設に心は傾いていきました。

 

20数年前は反原発運動をやっていても、一個人の小さな資本で自然エネルギーに具体的に参加する事は不可能でした。当時、環境問題で進んでいたドイツの事例を見てみると、様々な環境活動がある中、食品を通じての環境運動が最も盛んで長く続いていることを知りました。最初からできれば自然エネルギーの仕事をしたかったのですが、食の仕事を選択し自然食流通を20年間通じて環境問題の仕事に取り組んできました。

234才で自然食品の流通の会社を創ってそのコピーが「大根からソーラーパネルまで」。実際に有機栽培の野菜を並べてその横にソーラーパネルを置きバッテリーに蓄電するセットは年間10セットぐらい売れました。そして他にもチェルノブイリ関係のイベントをサポートしたりなど色々とやってきましたが、原発事故を受けて当時思ったことは『間に合わなかった・・・』という端的な気持ちでした。

 

原発事故とFIT法の成立により『自然エネルギーをやるしかないな!』と思い背水の陣を張ってやり始めました。どうやって行動していくのか色んな先生の話を聞きにいって学び、少しでもやれることはやろうと自分たちでも講座を開催していきました。

そんな中、諸団体と一緒に組んで活動しているうちに、5年ほど前にソーラーシェアリングを考え出した長嶋さんと出会いました。日本中の農家さんの所に行くのが自然食時代の僕の仕事だったので最初は『畑の上に太陽光パネルを張るのは違うんじゃないか、たぶん眉唾なんじゃないか・・』と思って文句でも言いに行こうかという気持ちで取り敢えず行ってみた。

 農家さんと1回契約すると他に安い所はあっても一生付き合うようにしてきました。人柄が良い人は良い物を作るのでハートの部分で取引先を選び、土を食べたりしながら畑の様子を数百から千件位見て回ってきました。そんな経験を持ってソーラーシェアリングの実証実験所に行って見てみると思ったより野菜の表情良かった。
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正直、発電重視でヒョロヒョロの野菜だと思っていたのですが、以外とそうではなかったので『これは何かある!』と思い、何回か見てみようと毎週作業があるのでボランティアで通うようになりました。

 

 長嶋さんは大変優秀な技術者で一緒にホームセンターに行くと『あれも私の特許・・』『これも私の特許・・』などと実にたくさんの特許をお持ちの方ですが、農業は未経験だったので堆肥造りなどの畑の手伝いをするようになりました。

 実証実験場に行くと畑の半分は隙間だらけのパネルが貼ってあって、その隣半分は何もない普通の畑になっていました。50種類の種を蒔きどちらにも同じように肥料をやる。それぞれの野菜の育ちも良く、土の中で育つ落花生、ジャガイモなどは押しなべて出来は良かった。それでソーラーシェアリングの良さが分かってどんどんのめり込んでいきました。

 

 長嶋さんは十数年前にこの仕組みを提唱しました。2013331日に農水省から通達があるまでは、農地法で畑の上では農業以外は何もやってはいけない・太陽光発電はやれないという法律でしたが、収量が2割以上落ちなければ営農型ソーラーシェアリングの農業をやっても良い事になり今年でで5年目になります。

 トータルで考えるとソーラーシェアリングは積極的に拡げて行っても良いものだと確信し、20139月に県内のNPO関係者で自然エネルギーに関心のある方々に色々と声を掛けて行きました。『市民発電所やってみませんか!?』と一件、一件口説いて行った。秋の9月頃から始めて会社が出来たのは翌2014年の7月で10カ月かけて準備をし、会社が始まりました。一人10万円の9人で始めたので、資本金は90万円。東京でも2013年の後半にパラパラと市民発電所が出来ていましたが、千葉には市民発電所がなかったので千葉でもやりたいなあという思いがようやくスタートラインに立ちました。

 

 僕自身の給料は時給1200円(※201810月現在は1500円)でそんなに休まないので月30万円で計上してもらっている。僕自身エントロピーの低い生活をしてまして13万円ぐらいあれば生きられる。それを使わないで貯めて増資して今710万円。初年度の売り上げが数百万円だったのが今では一億円を超えました。何が言いたいのかというとコツコツとやって来たという事。日頃色んな仕事を抱えてやって来て、この機会を通して自分を振り返ると同時に皆さんも活動を通して市民発電所をつくられるような事があればパートナーシップとして繋がって行ければなあと思っている。

 

 私たちが実践するソーラーシェアリングでは、パネルが1に対して空間は2の割合で隙間だらけでやる事にこだわっている。光の入る割合が3335%だと何でも育つ。ある程度高い所にあり畳一畳ぐらいの青黒い板をセルと言いますが、これが2列になっている。私たちは2×1224のセルの太陽光パネを使い、普通の太陽光設備ではは6×12330wぐらいを使います。僕らは幅の狭いパネルしか使わない。

 散乱光も含めて光がスムーズに畑に落ちる。普通のパネルと比べてソーラーシェアリングのパネルだと畑の下は明るい。パネルが斜めになっていて大きいパネルだと大量の雨だれになってしまう。細いとポタポタぐらいなので作物に影響が少ない。太陽光パネルだと光を中心に考えてしまうがソーラーシェアリングの場合7364で農業を中心に考えている。それと法律的に3年ごとに農業委員会に申請し許可を受けないといけない。畑をきちんとやっているという事が重要なので農業生産法人もやっている。農家さんと20年間やってどんな状況でも作物を育てられるような環境をつくる事で初めてお願いが出来る。そこで幅の狭いパネルが必要になる。

 

 2004年に長島さんがソーラーシェアリングを思いついて14年が経ちました。だんだん目立つようになり、農水省の方々もグループで見に来てくれるようになっったので少しずつ提言をしています。農家さんが自分の土地で作物を育て、太陽光発電もきちんとして出来ている場合は3年毎ではなく20年にして下さいと言っている。そうすると金融機関が融資しやすくなる。農水省の正式発表では1500件、実際は何だかんだ言って17001800になっている。今、じわ~と件数が増え続けていますが、もっと急速に普及件数が上がってほしいなあと思っている。

 

 100年間で地球温暖化がドンドン進んでいる。CO2が実際に増えて温度が0.7度上がっている。海の炭素の量を調べてみるともう一杯いっぱいでほぼ飽和点に近づいている。CO2がいっぱい増えているのに温度が上がらない理由は海に今のところ溶け込んでいる為と考えられている。また南極と北極の氷が融けていくことでも気温の上昇が抑えられてきたとも考えられています。これからは排出量と温度が比例する時代が来ると思うので現状を肯定する様な仕組みを創ってしまうと10年後20年後に農家さんが困ってしまうので僕らは細いパネルで隙間だらけの太陽光パネルでやるということを守り続けたいと考えている。

 

 ここ最近の施工工事では農業優先事業として明渠と言いまして水はけを良くする溝を掘ったり、暗渠という土中にパイプを入れなどの工事も発電事業と合わせて同時に環境整備も行っている。

 トラクターの後ろのアタッチメントが2mなので行って帰って来ると4mの畑が耕せるので、最初は5×5mだった支柱スパンを4×4mに変更しました。いずれにせよ農家さんとコミュニケーションを取ることがソーラーシェアリングでは大切だと考えているのです。

 最初のころは他の農家さんから『そんなの付けて育つのか!?』と言われて来ましたが、実際の畑を見てもらうと、プロの方ほど理解が早く作物に問題がない事が分かってもらえるようになりました。

 種にもこだわっていてアメリカの自然食品店などに行くとオーガニックシードと言って在来種、固定種で消毒とか薬品処理していない種を売っている。私達も地元の風土にあった昔からの種を使うようにしている。直接関係ないように感じますが環境問題というのは一つに繋がっているので在来種の種にもこだわっている。ソーラーシェアリングでは、農業はじめ、様々な問題を総合的に考えていくことが大切なのです。

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 影が出来ても作物は育つのですかという質問があります。

光飽和点という言葉が高校の生物の教科書に出るようになりましてほとんどの植物は50ルックスが一つのポイントになっています。サトウキビとトウモロコシは光飽和点がない植物で光を当てれば当てるほど育つと言われていますけれどこのグラフは温度が一定の状態で光の量を替えている。これは実験的なものですが実際は光を当てれば温度は上がって行く。トウモロコシもソーラーシェアリングの下で育てていますが、殆ど変わらないかむしろ逆に良く育っている。

 

 自然食の流通を20数年やってきた経験を経て、ソーラーシェアリングを始めてしばらくしてふと気づいた事がある。自然界には畑のような完全な野っぱらというのはめったにない。のっぱらも鳥の糞から低い灌木が生えて来る。5年もするとちょっとした林になってしまう。殆どの野菜は木陰で育って来た中で人間が食べられるものを捜して来て培養した。だから多少の陰のもと作物を育てることは自然なのではないか!?そんな自分の中の納得からもソーラーシェアリングに対しての確信は増していきました。