MUDAI

ジャンルを問わない個人的な考察と独り言

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自分が特にお気に入りのブログをリンクさせて頂いています。

フェイク

あの男が再び現れて自分を諭す。
「これはフェイクで、これで実は何も判ってない無知な奴らが大きな事を言うんだ」
「だからこの前、真北のは時期が延びて真南に二つ三つと言われてただろ」と。

自分はその言葉の意味を自分の解釈ではっきりと確認をした。
「富山の群発地震、関東東方沖の群発地震はフェイクだというのか?
今現在、再び巨大地震の危険はやはり太平洋南方に残ってるのか?
ならば極東方面はまだ先か?
フェイクと言うのならばまだこっちは大丈夫なのか?
これらのあなたの言うフェイクに便乗し、大きな言を言い出す奴らを炙り出し、
実は何も見えず示されてもないのに、さも見通してるような事を
言うかを試す試金石なのか?」と一気に質問した。

あの男は腕組して自分の質問を聞きながら大きく何度もうなずいていた。
「だいたいあってるよ、俺を信じるかはあんたが決めればいいさ、
でも現実がそれを示してると思うんだ、だって南ばかりだろ、
あの方が言ってたのを聞いてたんじゃないの?」と返された。
「不正も次々と暴かれるのもあんたの質問とは無縁ではないんだよ、
これも炙り出されてると言うのかなあ」
スーツを着てたから、炙りだされる対象者の近くに一般人を
装い近づき、様子を伺う為に紛れてる光景が何となく感じ取れた。
この男もフェイクを演じて相手のしっぽを出させるんだよなあ、と思えた。

古い記憶に刻まれた歌詞が再び

「叩き割ったビール瓶握りしめて、血だらけでぶっ倒れている俺に、
お前の慰めのバケツの水は、バックリと裂けた傷口を冷たく洗う、
腫れあがる目に、お前の尖ったヒールが霞んでるぜ。」

突然古い記憶が蘇り、この歌詞が頭の中でリピートする。
印象深い歌詞だったから心に刻まれているのだろう。
このすさんだ光景描写を、身近な事だと思えて共感、支持していた頃の記憶。

岬の白い塔

再びおかっぱが現れたので、「おい、本当に関東は大丈夫なのか?」と尋ねた。
すると不服そうに「この前、こんなんがもうしばらく続くからと言っただろ」、
「反対側の海の底に揺れが行ってるからこっち側は大丈夫だ」と答えた。
自分が、「同じ場所で集中的に起きてるのは何でだよ」と質問すると、
「前にたくさんゆがんだんだから元に戻ってるだけだろ、でもおれに聞くなよな」と。
自分が、「おい、本当に大丈夫だろうな」と念を押すと、
ちっ、と舌打ちして「おまえが塔のてっぺんで安心して寝ててもいいぞ」と。
自分が、「じゃあどこの塔に登ればいいんだよ」と言い返すと、
「おまえの言ってる場所が見える岬の白い塔だよ」と。
つまり、千葉県の灯台の上で昼寝してろと。
じゃあねと、帰るおかっぱの背中に、
「大きな地震を期待するような事を言う奴らには制裁しとけ」と声を掛けた。
それに振り返る事も無く、首を傾けて反応しただけだった。
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