大戦以前から駆逐艦は機動力重視だから、
旋回性能、速力を上げる為に軽量化され装甲は二の次と言われていた。
板厚数ミリの鉄板で船体を覆っているだけで、建造後数年で外板がベコべコに
歪んでしまう。
その見た目からの貧弱さを皮肉って、乗組員に缶艦とかブリキ艦と
呼ばれていたと文献で読んだ事がある。
戦闘機の機銃掃射で装甲は容易に貫通し、艦内に居ながらにして多く殉職していたと。
嵐による荒波で船首がもぎ取られる事故も多かったと。
それは現代でもそれ程変わらないようだ。
コンテナ満載の2万トン級コンテナ船と、8千トン級のイージス駆逐艦の衝突は、
車で言えば、積み荷を満載したトラックと乗用小型車の衝突のようなものだろう。
軽い側のダメージが大きいのは当然。
沈没、あるいは転覆しなかっただけでも不幸中の幸いで、
多くのミサイル、弾薬類を満載しているイージス艦なので、
火災による引火爆発の危険もあっただろうが、とても強運だったんだろうと思えた。
艦の沈没は免れたが、犠牲者が出た事はとても残念に思う。
行方不明の乗組員達は、めくれ上がった外板から海に投げ出されてしまったと思われる。
艦の沈没、火災が起きていればもっと多くの犠牲者が出ていた事だろう、
犠牲になられた乗組員に心からご冥福を祈ります。