自分が、未来政府の著書を強く推している理由とは、
次代の政治手法を先取りしていたと判断しているからである。
日本の政治家達は、ギャビン、 ニューサムを見習うべきだろう。
新たな流れに乗り遅れ、政治フィールドからの退場とならない為にも。
早くその事に気付いた政治家にはアドバンテージとなるだろう。
しかし、今回の参議院選挙で与党は特に自覚できた事だろう。
古い慣習、政治手法に頼っていたのならば次は無いと。
政治IT化を侮るべからず、油断大敵と考えさせる契機となった。
当然、次の衆議院選挙に対し、新たな対応を検討すると思われる。
次の衆議院選挙は、与野党共に同じ手法を取り入れての選挙戦となるだろう。
期待を大いに抱かせるような政治公約、政治理念を示すだろう。
しかし、実現可能でなければ空論で、空想政治、フィクション政治と言える。

今回の参議院選挙で、その流れが重要となる事態が表面化せず、
次の衆議院選挙で、与党が重要性に気づいたのでは手遅れだった。
これは与党にとっては幸いな事だったと考えるべきであり、
野党は、これで次へ繋がると安易に考えない事だ。
次は全くのイーブンであり、ふりだしに戻ったと考えるべきだろう。
政治学者、政治評論家、識者が描く政治予測、有権者意識の解析、分析などは、
各政党も当然想定している事であり、予測を覆される要因となるだけである。
彼ら個人的な希望も混在していると想定し、フェイクニュースと同レベルと捉えるべきだ。

自分ならば前哨戦的な場では絶対に使わない、本命戦となる場でフルに駆使する。
敵に事前研究、対応を検討されては勝率も低下すると考え、
「不退転のぶっつけ本番」で挑むだろう。
ぶっつけ本番は最初の一回が非常に有効であり、二回目はインパクトに欠ける。
一度目に有効だったからと、二度目も有効と考えるのは甘い考えであり、
全く異なる新たな手法が生まれ、前回の新手法への対策は織り込み済みとなり、
勝負の場で揉まれて来た者達は、それを逆手に取って勝機を狙う。
しかし、この期に及んでも「未来政府」からは何も感じ取れず、
汲み取る事も出来ない政治家は、いずれ消える運命だろう。