先般10日は護国神社サンに参拝することなく、戦没者追悼行事を終わってしまったので、昨日参拝した。
ただし、本来なら本日参拝すべきなのだが、生憎台風で電車がストップするとかの情報もあるので1日だけ
繰り上げさせて頂いた。靖国の神々と成られたまいし方々、その程度でトヤカク言うほど料簡は狭く無かろう。
(護国神社にて、先ずは英霊に最敬礼)


参拝後、この奥に位置する摩耶山に登る。これは参拝に来たついでの話である。
決して摩耶山に行くついでに参拝したのではない。(大汗)
神社から約30分だったか45分だったかの地点。

神社の入り口の貼り紙が気になった。確かに本日(8月15日)は、国民的には戦没者慰霊追悼の日であるに
異論はない。しかるに、この日をもって「終戦の日」とするのは如何なものか。
何となれば、昭和20年8月16日以降も帝國軍隊は戦闘を続けていた。但し相手はソ連軍に限り。
開戦前の時点で、国際的に北千島も南樺太も日本の正当な領土であった。(帝政ロシアとの条約で)
これを火事場泥棒的に、武力を行使して奪取しょうとするソ連軍こそが侵略者なのである。
故に、ソ連軍に対する戦闘は国際法に基づく自衛権行使の戦闘である。この自衛戦闘で戦死した帝國軍隊将兵を指して、
「侵略戦争の犠牲者」なる事をホザく馬鹿マスゴミは、一から国際法の勉強をしてから見解を述べるべきであろう。
言いたいことはまだある。(殆ど毎年書いてますが)
対戦相手国の米英その他の連合国は、戦争の終わった日を「日本側全権が降伏文書に署名した日」または
その翌日の9月2日または3日としている。
よって、8月15日は「戦没者慰霊追悼の日」。9月2または3日こそが「終戦の日」とすべきなのだ。
と、アレコレ小難しいことを考えながら、いつもの山寺尾根でなく、杣谷道を選んで進んだ。
理由は、尾根道は急登でシンドイ。陽射しもキツイ。(この時点ではまだ晴天だった)
反面、谷道は日陰が多くて涼しいからだ。しかも谷の潺(せせらぎ)のマイナスイオン効果もある。

摩耶山・掬星台に到着、大休止。人が少ない。時折強風が吹いて砂塵を巻き上げる。

弁当を使い終わった頃、雨がポツポツしてきた。大慌てで阪急王子公園駅目指して降りたが、降りきった頃、
雨は止んだ。なんじゃこれ。慌てて損した。
ただし、本来なら本日参拝すべきなのだが、生憎台風で電車がストップするとかの情報もあるので1日だけ
繰り上げさせて頂いた。靖国の神々と成られたまいし方々、その程度でトヤカク言うほど料簡は狭く無かろう。
(護国神社にて、先ずは英霊に最敬礼)


参拝後、この奥に位置する摩耶山に登る。これは参拝に来たついでの話である。
決して摩耶山に行くついでに参拝したのではない。(大汗)
神社から約30分だったか45分だったかの地点。

神社の入り口の貼り紙が気になった。確かに本日(8月15日)は、国民的には戦没者慰霊追悼の日であるに
異論はない。しかるに、この日をもって「終戦の日」とするのは如何なものか。
何となれば、昭和20年8月16日以降も帝國軍隊は戦闘を続けていた。但し相手はソ連軍に限り。
開戦前の時点で、国際的に北千島も南樺太も日本の正当な領土であった。(帝政ロシアとの条約で)
これを火事場泥棒的に、武力を行使して奪取しょうとするソ連軍こそが侵略者なのである。
故に、ソ連軍に対する戦闘は国際法に基づく自衛権行使の戦闘である。この自衛戦闘で戦死した帝國軍隊将兵を指して、
「侵略戦争の犠牲者」なる事をホザく馬鹿マスゴミは、一から国際法の勉強をしてから見解を述べるべきであろう。
言いたいことはまだある。(殆ど毎年書いてますが)
対戦相手国の米英その他の連合国は、戦争の終わった日を「日本側全権が降伏文書に署名した日」または
その翌日の9月2日または3日としている。
よって、8月15日は「戦没者慰霊追悼の日」。9月2または3日こそが「終戦の日」とすべきなのだ。
と、アレコレ小難しいことを考えながら、いつもの山寺尾根でなく、杣谷道を選んで進んだ。
理由は、尾根道は急登でシンドイ。陽射しもキツイ。(この時点ではまだ晴天だった)
反面、谷道は日陰が多くて涼しいからだ。しかも谷の潺(せせらぎ)のマイナスイオン効果もある。

摩耶山・掬星台に到着、大休止。人が少ない。時折強風が吹いて砂塵を巻き上げる。

弁当を使い終わった頃、雨がポツポツしてきた。大慌てで阪急王子公園駅目指して降りたが、降りきった頃、
雨は止んだ。なんじゃこれ。慌てて損した。
南鮮の光復節もまた然り。
ともあれ、散華なされし英霊の安らかならん事を。