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 JR水戸駅の前には、あのお方が…!
 デン♪デデデデン♪デデデデン♪デデデデデデデデデ♪
 じ〜んせい〜らくありゃ〜く〜もあるさ〜♪

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「静まれ〜!静まれ〜!この紋所が目に入らぬか!」


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「こちらにおわすお方をどなたと心得る!」


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「恐れ多くも先の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ!皆の者!ご老公の御前である!頭が高い!控えおろ〜う!」

 ははぁ〜!!m(_ _)m恐れ入りました。


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 「助さん、格さん、水戸も変わりましたね〜。」


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 駅前には「黄門さまと助さん格さん」についての説明書きのある地図看板がありました。
 ※画像をクリックすると大きな画像で見られます。

 水戸黄門さまこと、水戸光圀こと、「徳川光圀(とくがわ みつくに)」は、江戸時代の水戸藩の2代目藩主です。
 去年の2月に日テレ系列の番組「日本史サスペンス劇場」の「水戸黄門ミステリー」の回で、加藤茶さんが徳川光圀公を演じ、分かりやすい説明がありましたが、実際の徳川光圀公は『国史編纂「大日本史」のために史局員の儒学者らを日本各地へ派遣して史料蒐集を行っているが、光圀自身は世子時代の鎌倉遊歴と藩主時代の江戸と国元の往復や領内巡検をしている程度で、漫遊したという史実はない。(ウィキペディアより)』ということで、自身は時代劇のように諸国漫遊はしていなくて、助さん格さんのモデルとなった「佐々十竹(さっさ じっちく)」や「安積澹泊(あさか たんぱく)」らを各地に派遣していたそうです。

 この「大日本史」編纂には莫大な資金と時間がかかり、水戸藩は財政難に陥ったそうで、水戸藩は、幕閣や譜代大名から「綱條公は将軍の器にあらず」との認識を持たれることとなってしまい、御三家(尾張徳川氏、紀州徳川氏、水戸徳川氏)でありながら将軍を出せず、常に将軍のそばにいることから「天下の副将軍」と俗に言われるようになったそうです。(それは徳川光圀公より後の代の話になりますが。)「皮肉」だったのでしょうかね〜。


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 近くのコンビニの前にはこんな像もありました。
 おそらく水戸黄門とは無関係ですね。


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 他にも、駅前にはこんな像がありましたよ。


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 交通安全を願って設置された像でしょうか?




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