おくのみち 〜東北地方・北海道の旅〜

「東北地方」と「北海道」の旅の記録です。旅の道中で新潟県や群馬県にも寄っている場合はそれらも含めて書きます。本館ブログ「かやのうち」、別館ブログ「やねのうえ」もヨロシクです。

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二本松城(2)三の丸跡と、本丸跡へ…☆9月の福島県二本松市の旅・2

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 続きです。二本松城のこの門「箕輪門」や前記事で写真を載せた「附櫓」は再建築物です。
 この門をくぐって曲がると広い場所に出ます。



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 二本松城の全体図です。
 クリックすると大きな画像で見られます。
 二本松城は標高345mの「白旗が峰」に築かれた平山城で、城郭の範囲はかなり広いです。
 「霞ヶ城」の他に、山の名をとって「白旗城」という縁起でもない別名があります…(^ー^;)



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 この広〜い広場は「三の丸跡」です。
 何やら、お祭りか何かの準備がされているようですが・・・・



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 ここは「二本松の菊人形」の会場になるんですね〜。



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 「二本松の菊人形」は二本松市の大イベントです。
 菊の花を着物のようにして着飾った人形が並ぶお祭りなんですよね。
 この日は9月11日だったのですが、10月15日からのお祭りに向けて早くも会場づくりをしているのでした。



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 霞ヶ城公園(二本松城址)の説明書きがありました。
 ちと見づらいですね・・・・。
 クリックすると大きな画像で見られます。

 一応、解説しておきます。
 二本松城の築城は室町時代中期。築城主は畠山氏7代当主・二本松満泰で、1414年(応永21年)もしくは嘉吉年間(1441年 - 1443年)にこの地に二本松城を築いたとされています。
 戦国時代に入って二本松氏は伊達氏の攻撃を受け、1586年(天正14年)に滅亡。二本松城は伊達氏の城となり、伊達政宗側近の片倉景綱(片倉小十郎)、次に伊達成実を二本松城代とします。
 1591年(天正19年)に伊達政宗が転封されると、会津の若松城主蒲生氏郷の支城となり、1598年(慶長3年) 蒲生氏に代わって上杉景勝が会津に転封されると、上杉氏の家臣・下条忠親が城代となります。
 1600年の関ヶ原の戦い後は上杉氏が米沢に移り、蒲生氏が復帰。
 1627年(寛永4年)、蒲生氏が伊予国松山城に転封となり、会津には加藤嘉明が入封。
 1643年(寛永20年)には加藤嘉明の子・明成が改易となり、代わって白河小峰城より丹羽長秀の孫・光重が入城。丹羽光重は二本松藩の藩庁として大改修を行い、この際に、本丸に石垣が積まれ、3重の天守が築かれたとされています。
 以後、明治維新まで丹羽氏の居城となりました。
 福島県内の城って戦国時代〜江戸時代に城主がどんどん変わるんですよね。



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 三の丸跡から歩いて本丸跡まで登るのは大変そうだったので、車で近くまで行ってみました。
 通り抜けができないようなので、本丸のいくらか手前の道の広い場所に車を停めて、そこからは徒歩です。
 山の上に天守台らしきものが見えてきました。



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 しか〜〜〜し!(;゚Д゚)



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 あらら、残念ながら、これより先は立入禁止になっていました。



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 天守台は二本松城の貴重な現存遺構で、平成5〜7年に修復工事もされて綺麗になっているのですが・・・・もう少し近くで見たかったし、登ってみたかったのですけど、仕方ありませんね。ここで引き返しました。


 次は、安達太良山のふもとの温泉「岳温泉」です。お楽しみに〜。


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二本松城(1)少年隊の像 ☆9月の福島県二本松市の旅・1

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 ここからは、「2011年9月:福島県(二本松市)の旅」を書きます。プレリュードで4記事だけ書いたまま途中になっていたんですよね…。
 ちなみに、安達太良山への登山は2011年10月にも行っていて、その旅の記事は既に完結していますので、興味のある方はカテゴリー別アーカイブの「2011年10月:福島県・宮城県・山形県の旅」を見てみてください。
 さて、まずは、安達太良山へ行く前に寄ってみた「二本松城」です。
 二本松城の別名は「霞ヶ城」といいます。
 この場所からは、かの有名な「少年隊」がジャニーズ事務所に出陣したというお話が…



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 って、その少年隊じゃネーヨ!!
 城の入り口には「二本松少年隊」の像があります。



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 慶応4年(1868年)の戊辰戦争の際、大半の兵力が出陣して城下・城内が空慮同然となってしまった中、13歳から17歳の少年62名が出陣を嘆願して、果敢に戦ったものの、二本松城は落城してしまいました。
 少年兵士の悲劇としては会津の白虎隊が有名ですが、ここ、二本松にも少年兵士達の戦いがあったのですね。



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 君だけに ただ 君だけに

 

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 ああ めぐりあう ために



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 僕は 寂しさと ともに生まれたよ



↓ 歌はこちらでどうぞ〜♪

「少年隊 君だけに 紅白 」

 なんか、二本松少年隊にはこの歌が似合うような気がしました。



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 次に続きます♪


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根城(2)中館跡と本丸 [青森県八戸市]☆年末年始:青森・北海道の旅・64

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 続きです。「中館(なかだて)」の跡地には茅葺き屋根の建物が1棟立っています。



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 なかなか良い「かやのうち」ですね〜♪
 根城の現存遺構は「土塁、堀、井戸」だけなので、この茅葺き屋根の建物も再建築物です。



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 案内図を見ると、この画像で右端の「四阿(あずまや)」がこの茅葺き屋根の建物です。



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 四阿の裏側に行くと眺めの良い場所がありました。
 根城は「馬淵川」という川の河岸段丘上に築かれました。
 この先に馬渕川が流れているようです。



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 こちらが「本丸」です。
 本丸には主殿・中馬屋・工房・鍛冶工房・板倉・納屋・東門が復元されています。
 この日は正月休みで本丸内に入ることはできませんでしたが、旧館日でない日なら本丸内を見学できます(有料)。



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 主殿をズームアップ!
 再建築ですが、忠実に復元されているようですね。


 次は、お昼です。お楽しみに〜。



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根城(1)根城に行ってみよう [青森県八戸市]☆年末年始:青森・北海道の旅・63

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 三八城公園からずっと歩いて根城(ねじょう)にやってきました。
 この入り口の立派な門が、八戸城から移築されたもののようですよ。

 プリントアウトしたグーグルマップを片手に歩いたのですが、ずいぶん迷ってタイムロスしてしまいました。というのも、根城の周辺は広い範囲で「根城○丁目」という地名なんですよね。



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 路線バスが「八戸駅前」から出ていますので、そちらからバスでアクセスしたほうがラクです。(本八戸駅前からは出ていないようです…)
 路線バスの「根城(博物館前)」で降車するとすぐ、入り口になります。



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 入り口に親切な看板がありました。
 画像をクリックすると大きな画像で見られます。
 右端のほうが現在地になります。



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 本丸だけは有料とのことです。
 この日は1月3日だったので本丸には入れないということなのですが、根城広場内に入るのは元々無料で開放されていますので、広場内に入ることはできました。



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 歴史の解説は親切看板にお任せ〜〜〜というわけにもいかないですね。ちょこっとだけ解説しておきます。
 「根城(ねじょう)」は日本百名城に選抜されている城の1城です。青森県からは他に、現存天守を有する「弘前城」がエントリーされています。青森県は大きく分けると「津軽氏」と「南部(なんぶ)氏」のエリアに分かれるのですが、弘前城は津軽氏、根城は南部氏の城になります。
 南部氏の城としては、歴史の長い城になるようで、築城年は鎌倉時代末期の建武元年(1334年)、築城主は南部師行(なんぶ・もろゆき)です。
 南部師行が、『南朝方の根本となる城という願いから「根城」と名付けた』とされています。(建武3年=1336年から南北朝時代に入ります。)



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 「根城広場」というだけあって、広〜〜〜〜〜いです。



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 広〜い広場を冷たい風が吹く抜けるので寒く、広場の端っこには雪が残っていました。
 ここは「馬淵川」という川の河岸段丘上になっているので、川のほうから冷たい風が流れてくるようです。



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 何やら茅葺き屋根のうちが見えてきました。



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 中館(なかだて)の址(あと)ですね。
 もう少し近づいてみましょう〜〜〜〜〜というところで、画像の数が多くなってしまったので、次に続きます♪


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夜の鶴ヶ城と桜のライトアップ・再アタック(2)☆2011年4月:福島県会津の旅・ファイナル

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 続きです。南側から見た鶴ヶ城と桜のコラボレーションを狙ってみました☆



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 この時は鉄門(くろがねもん)が開放されていたので、天守閣西側の桜いっぱいの中から門をくぐって天守閣南側へ出ることができました。



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 夜でも天守閣の瓦が赤色なのが分かります。



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 天守閣の周りを反時計回りに回ってみます。



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 天守閣と桜と、石垣のシルエットも絵になりますね☆



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 天守閣の北側からです。
 このアングルも良いですね。天守閣の白壁も引き立ちます☆



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 この後、残念ながら天守閣ライトアップは時間で終わってしまったのですが、桜のライトアップは続いていました。
 ただ、雨が本降りになってきてしまい、多くの観光客は帰り出してしまいました。
 それでもお花見宴会しているグループは何グループか残っていましたけど。


 これにて、「2011年4月:福島県会津の旅」は終了です。
 次は、すっかり季節外れになってしまいますが、北海道の旅のレポートを再開します。お楽しみに♪



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