ねこぱんだのひとりごと

〈人間的なことで私に関係しないことはない〉という考えで、さまざまな事象にふれられれば、と思います。 基本的にネタバレ(初出レベルで)ありです。ご了解ください。 基本的に画像は使いません。これもご了解を。

2007年04月

手際

実は、うちのつれあいは、昨年の夏の甲子園の決勝戦を本試合・再試合ともフルにみていて、それ以来、斎藤くんに対して関心をもつようになっていた。
それで、おとといの夜に、「日曜日に神宮に行くか」と水を向けてみたら、子どもたちは「行く」といったので、みんなでいくことにしていた。
ところが、昨日の朝になって、つれあいは「出ないかもしれないから、やっぱり行かない」と言い出す。しかたがないので、子どもたちと神宮に出かけた。
どうせだと思って、外野席で第1試合からみていたのだが、2試合ともワンサイドゲームになってしまって、試合としてのおもしろみは残念ながらなかった。
やはり斎藤くんを目当てにした人も多くて、第2試合のエール交換の途中で先発メンバーが発表されると、法政側が校歌を歌っている最中に拍手喝采というありさまである。
娘はヤクルトグッズを帰りがけに買うことが出来て、それでゴキゲンだったようであった。
それにしても、プロ併用日ということで、28000の観客を入れ替えて、1時間で試合を始めるという、球場側の手際のよさはみごとなものだと思う。特に、帰るためにバスに乗ろうとする早稲田の選手たちを、「出待ち」している人たちがたくさんいた中でのことだから、大変だったろう。

コインの両面

高校野球の特待制度が問題になっている。
考えてみれば、〈学校の名をあげるため〉に大学進学実績をあげようとして起こした科目未履修問題と、〈学校の名をあげるため〉に甲子園をめざして特待制度をつくるのとは、結局は同じことになるではないか。
経済的な事情での修学がむずかしいのなら、公費助成をふやすとか、ヨーロッパのように大学の学費を基本無償にするとか、そうした根本的なところの改革をしていかないと、生徒や学生だけがふりまわされることになる。
これは、おとなの責任であって、〈野球部長〉をスケープゴートにしてすむ問題ではない。だいいち、そういう学校の野球の指導は監督主導で、部長が飾りになっているところも多いだろう。本来、法人の責任者が責任をとるべきことだ。

昔を今に

去年の「あの歌がきこえる」以来、NHKの水曜夜は、中年層をターゲットにしているようだ。23時からの「SONGS」では、チューリップの特集。
生演奏で財津和夫や姫野達也が歌うというのも、当時を思わせるし、歌うものが「夢中さ君に」や「私のアイドル」など、選曲もあきらかに狙っている。
でも、財津も姫野も、ともかく聞くに堪える歌を歌っているのは評価できる。
来週に続くそうだが、今年でチューリップとしての活動には区切りをつけるという。たしかに、昔の歌ばかりを期待されては、現役の彼らにはつらいこともあるだろう。

向き不向き

井上和郎の『葵デストラクション』を買ってしまった。童顔でとても39歳に見えないシングルファーザーの父親と、高校生の息子との、心あたたまる?ファミリーコメディである。(かな?)
「あいこら」でも思ったのだが、こうしたいっけんばかばかしくみえる設定で、そこそこ人物を動かしているのは、井上の才能なのかなと思う。
そういう意味では、この人は少年誌で活躍すべきひとで、青年誌では逆に働き場所がないように思える。
こういう才能は貴重だろう。

すっきりしない

「涼風」の展開が予想以上に早かった。てっきり、もう1週ひっぱるかと思ったのだが。しかし、どうもあまり後味がよくない。ふたりが結ばれてよかったねとも言いにくい。2年前の場合は、ともかく西野の想いがかなったということで、(前にも述べたと思うが、西野はある段階からずっと〈淳平くんひとすじ〉のキャラになっていたから、あの決心はきわめて自然な流れだった)それはそれでよかったのだが、今度のは、むかしの北崎拓の「たとえばこんなラブソング」の結ばれた場面さえ思い出してしまった。(こういうことを書くとある方向から石が飛んでくるかもしれないが)
「あいこら」の前田・天幕のカップルが、けっこうほほえましく見えるのに対して、どうもこのコンビはよくわからない。

時代考証

金曜日にNHK-BS2で放映されていたチャングムを見ていたら、女官たちが麻雀をしているのをとがめられる(現在と同じ麻雀牌が映っていた)シーンが出てきた。
これはだれかが既に指摘しているのかもしれないが、麻雀は19世紀に完成されたゲームであるはずだ。18世紀の中国の『紅楼夢』には、女性たちが、麻雀の起源に当たる「馬吊」(だったかな)というゲームをやっている場面が出てくる。この段階では麻雀はまだない。
19世紀上海を描いた『海上花列伝』には、男たちが麻雀をやるシーンがある。このときには、現在とほとんど同じルールでやっているようだ。三好徹に『雀鬼』という小説があって、昔読んだことがあるのだが、そこでは19世紀に麻雀が完成したという記述があったようにおぼろに記憶している。
チャングムの話は16世紀初頭の時代ということになっているはずで、そのころ、現在と同じような麻雀牌があるはずはないと思うのだが、製作者はどういうつもりだったのだろう。

パイオニアの意味

すこしバカなことをやったので、まじめに。
今日は、前にも書いたが、1947年にジャッキー・ロビンソンがメジャーデビューを果たした日である。MLBでは、「ジャッキー・ロビンソン・デー」として、彼の功績をたたえる日としている。
当時ロビンソンは28歳という、選手としてあぶらがのっていた時期だったのだろう。血気さかんな若手でもなく、業績をあげたベテランでもないところに、彼を発掘したドジャーズの目の確かさがある。
同じことは、野茂英雄の場合にもいえる。彼が渡米したのは1995年、27歳である。その10年くらい前に、江夏豊が日本で18シーズン経験した後で渡米したが、結局メジャー入りはかなわなかった。当時の日本人選手の見られ方からすれば、江夏のようなトウの立った選手はお呼びではないわけだ。そこが、今の桑田真澄とちがっている。
マック鈴木が、結局はアメリカでも日本でも中途半端になってしまったことも考えると、道を切り開くことの大変さをあらためて感じる。
その結果、ニグロ・リーグがなくなっても、それは歴史の進歩なのだ。日本のプロ野球がMLBのマイナー化する(かどうかはわからないが)のとはわけがちがう。

どうせなら

まあ、ついでに。
(矢射子)「阿久津は佐渡さんやみどりちゃんのカラダをみなれてるでしょ。私なんかホントに……」
(阿久津)「そんなことない、矢射子がいい、矢射子くらいが俺はいい」
となったら、どうしましょう。

連休前

「涼風」の展開がすさまじい。連休の合併号前に、急展開をしようというのだろう。そういえば、2年前も、一気に連休前に彼らは一線を越えたのだった。
と、考えていたら、ひょっとして太臓で、宏海と矢射子とで、それにひっかけた展開があるのではないかという気がしてきた。『矢射子がいい、矢射子ぐらいが俺はいい』とかね。(でも、じっさいにやったらと思うと、恐ろしいが)

とりこみ

松坂対イチローが話題になっている。日本選手がメジャーリーグで活躍すること自体はわるいとは思わないのだが、何かどこかで間違えているのではないかという気もする。『週刊ベースボール』のコラムで、ニグロ・リーグのことが書かれていたのだが、1947年、ニグロ・リーグで活躍していたジャッキー・ロビンソン選手が、メジャーデビューを果たした。彼は、当時の黒人差別に対して、すぐれたプレーをすることで、雑音を封じ新人王を獲得、その後の黒人選手のメジャー進出の先鞭をつけたのである。ということは、野球好きの人ならみんな知っていることだろう。メジャーの新人王が「ジャッキー・ロビンソン賞」となづけられ、彼の背番号の42番が各球団の永久欠番になっていることも、アメリカ野球に詳しい人は知っているだろう。
しかしその結果、ニグロ・リーグは結局消滅に追い込まれる。ロビンソンが獲得した新人王のタイトルは、結果的にニグロ・リーグをメジャーをトップとするシステムの中にとりこむことになったのだ。
これはアメリカのことだから、差別がともかく解消の方向に向かっていることはいいことなのだが、それを今MLBは、全世界的規模でやっているのではないかという感じがするのだ。
松坂は去年のWBCで最優秀選手になった。決勝で対戦した日本とキューバのチームの中には、MLBの選手はイチローと大塚しかいなかった。それは、ひょっとすると、MLBを頂点とするシステムへの異議申し立てとなった可能性もあったのではないか。MLBとは無縁でも、強力なリーグを維持し、実力を示すことができれば、サッカーのように、ヨーロッパと南米とが並立することも可能になるかもしれない。
野茂やイチローがもらった「新人王」は、「所詮あんたたちのリーグはわれわれの下位に位置づけられるのだよ」という、MLBの戦略だったのかもしれないと、かんぐってもみたくなるのだ。
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