ねこぱんだのひとりごと

〈人間的なことで私に関係しないことはない〉という考えで、さまざまな事象にふれられれば、と思います。 基本的にネタバレ(初出レベルで)ありです。ご了解ください。 基本的に画像は使いません。これもご了解を。

2012年09月

よくわからない

娘のところに行くときには、京都で新幹線から乗り継ぐのだが、関西圏はエスカレーターの右によって左をあけるのが常道だというのに、京都駅は、どこでも関東と同じように、左によって右をあけている。どうしてそうなるのか、かわらないままにきているのだが、どなたか、教えていただけないだろうか。

大変だけど

集英社新書から、一条ゆかり・もりたじゅん・弓月光の3人の回想記の『同期生』という本が出た。当時の裏話めいたものや、現在のかれらのマンガに関しての考え方などいろいろとおもしろいものではある。
巻末には3人の作品リストがあって、これだけ調べるのはご苦労だったろう。ただ、もりたじゅんの項目にもれがある。1978年の8月号か9月号かの『りぼん』の別冊ふろくで、被爆二世の話を描いているのが抜けている。正確なタイトルはいま忘れてしまったが。

軸足ふたたび

隠岐の海と日馬富士の対戦、攻める隠岐を土俵際で左から大関が投げを打つ。ところが、この段階で、大関の右足は土俵の上の空間で浮き上がり、左足は土俵内で返っている。隠岐の体が落ちるのと、大関が死に体になったのと、同時とみるのが妥当ではなかったろうか。軍配は隠岐にあがるべきで、同体取り直しでよかったのではないだろうか。単に手をついたかどうかではないだろうに。

軸足

初日の魁聖と把瑠都との対戦が問題になっているようだが、たしかに、相撲の流れでいえば、大関の右足が完全に土俵の外の空中にあって、そこから土俵内に戻ることは不可能な位置にあったことは間違いない。右足が浮いた状態で左から投げを打つのは不可能だから、行司が魁聖に軍配をあげたのは当然のことなのだ。ただ、かばい手だとか、死に体ほどの明確な規定が、足が浮いたときには定められていないので(確か、足が土俵外の空中にあっても、そのあとで土俵内に着地すれば勝負は継続するという規定はあったはずだが)、混乱が生じているようには思う。
その辺の見解をはっきりさせる必要があるのではないか。
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