2017年05月16日


 
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写真 



生産は日毎に伸びて
躍進の息吹逞し

うふふ

まあ僕は栃木県民であったことはありませんがね


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2017年05月08日


俺の人生はいつからこんなに
自己啓発セミナーの会員みたいな
生活になってしまったのだろうか 

カルト集団がなぜカルト集団になるのか考えると
個々の理由を考えれば
彼らは大なり小なり社会の爪弾きものであり
もしくは自分がそういう思考に至ったという
経緯があって社会と隔絶する
またはせざるをえなくなる結果である
また本人には絶対的権威から指導を受ける
という指導を受けようとする従属的な子の心が強い
例えば家族が全員死んで上京したとか
事故や病気が重なり会社を首になったとか
その結果どうにもならなくなった
そういう社会にばいばいされた人の受け皿なのだ

カルト集団はそういう人たちに
義務とコミューン的社会を提供し
自らの集団を容認すれば個々人を容認する
そうして集団の性向性が決まる

オウムがおかしくなったのは
麻原が集団に対する絶大な権力を持った後に
恐らく本人が完全狂ってしまったからである
教祖自体が何らかの精神的問題を持っているのは
往々にあると思う
たぶん最低限分裂病とまでいかなくとも
分裂気質くらいの性向がなければ
預言的なものは出てこないし
そうなれば教理やドグマははなから存在し得ない

つまり教祖と教徒が狂っているか狂ってないかくらいが
新興宗教として一番の脂の乗りどころであり
一番うまい状況なのである
完全に狂ってしまえば社会にテロを起こし
完全に正気ならそもそも宗教組織など作らないのだから
そしてカルトにのめりこんで最後に
そのカルトの教祖がオウムみたいに
完全に狂ってしまったらもうおしまいである
結果は完全にオウム真理教と同じ経過をたどるだろう

そこで僕はというと狂っているか狂っていないかと
正気の中間くらいに位置している
今後の生活いかんでは狂ってしまうかもしれないが
それでも何とかガス抜きはできている

自分はカルトに入るほどの境遇になってもいなければ
そういう疑似社会的な空間を求めていない
自分には給料もあるしその枠組みで自由に暮らしたい
だからカルトや狂人を眺めるのは
エキサイティングで結構好きだけど
カルトには入らないだろう

これからも頑張らないで
ガス抜きし続ける人生を歩もうと思う
カルトばかり見ていてもそういうものに引き込まれてしまうし
嘆きすぎていてもそういうものに引き込まれてしまう
ただ正気を保ち続けたいだけである
 
まあでもみんな案外そんなもんなのかもね
よくわからない爺さんが
いきなり狂って犯罪犯す世の中だしね 
そうならぬように旅行をしたりスポーツをしたりして
正気を保ち続けたい
そこそこ最低限は道徳的でありたいというのが
自分の自己啓発的な生活の一端である 
 

nekopoo at 09:07コメント(0)トラックバック(0) 
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