2011年12月04日

お散歩>駒村清明堂の水車

 なんか雲行きが怪しくなってきたので、真壁を切り上げて、湯袋峠を超えて柿岡・石岡方面へ。峠を越えるとそこはもう石岡市なんだよなあ。広域合併って何なんでしょうかとか思いつつ、駒村清明堂へ。

 駒村清明堂は、筑波山・加波山の東側の山麓で、古くから杉線香を製造してきた線香製造業者。旧行政区は八郷町。
 杉線香というのは、杉の葉を粉砕して粉にし、それを水でこねて細長くしたものを乾かして線香としたもの。過去には杉葉を粉にするために水車が使われることが多かったようなのですが、今ではまあ、水車を使うことは稀になってきています。が、駒村清明堂では2011年現在も水車を使っており、保存物件や再現物件ではない実動水車・実用水車としてそれなりに有名です。それを見にいこうというわけ。

 杉線香の製造用水車としては、2011年現在、他に栃木県の日光大室の水車や福岡県の馬場水車場の水車があるようです。場所・名称はつかめていませんが、福岡県の馬場水車場の近所にもう一軒あるとの情報も。
 なお、このWeblogの水車関連の過去エントリは以下のとおり。

本>日本初「水車の作り方」の本(2011年01月04日)
実用水車はどこにあるのか(2011年02月27日)

 んで、今回は特に後半戦で文字が多いぞ、と先に予告しておきます(=^_^;=)。

   *

 いやあ。天気予報では降水確率は20%くらいだったはずなんですが、前線が通過してしまい、一気に天候は悪化。雨は降ってくるわ雲はかかってくるわで、まだ16時台なんですが暗くなっちゃってどうしたもんか状態でしたが、まあせっかくだからということで駒村清明堂に立ち寄ることに。まずは杉線香を購入。ご主人に「水車を見せてもらえないか」と聞いたところ、快くOKがいただけました。見学のOKがいただけただけではなく、ご主人自らがご案内くださるということに(=^_^;=)。いやあ申し訳ない(=^_^;=)。
 順序としては、まず水車小屋の中を拝見し、それから取水口に行き、水路に沿って下って水車小屋の外観を見せていただくという流れになりましたが、写真は取水口から並べます。

 で、まずは取水口。
 筑波山・加波山の山塊から流れ出てくる沢が水源で、そこから取水しています。とりあえずざっくり分流した上で、必要な水量以外は沢に戻すという構造物が設けられていました。
 お話によると、以前には、杉線香用だけではなく精米用なども含めてずいぶんな数(十基以上?)の水車がこの近辺にはあったとのことですが、現在残るのは駒村清明堂の水車だけとなってしまった、ということでした。確かに沢はそれなりの水量があり、また傾斜地でもあって、水車を使うにはいい立地のように見えました。現役の水車ではなくなっていても、水車小屋の跡とかならば、探せばまだ見つけられるのかもしれません。
 

s3p71474 - 2011/11/20 16:36
茨城県石岡市小幡
駒村清明堂の水車。取水部のある沢。
s3p71470 - 2011/11/20 16:35
茨城県石岡市小幡
駒村清明堂の水車。取水部。いったんざっくりと取水した上で、量を調整して不要な水を戻すようになっています。
 
 水路です。
 取水口からしばらくの間は地表に刻まれた水路を流れます。水車小屋はやや落差のある崖の下にあり、崖から水車までは木製の樋となり、水車の水輪を上掛けで回すことになります。事前に見た写真ではこの樋がけっこう長く見え、樋が長いということは無理な立地なんじゃないかという疑問があったんですが、それはどうも写真のマジックだったようで。樋は案外短く、すぐに水車に至っています。
 上掛け水車(水輪の上から水を流す水車)は、パワーは出るけれども落差を稼ぐのが難しいという問題があるわけですが、条件にもめぐまれて、わりとあっさり上掛け水車とすることができた、ということのようです。

 この現在使われている水路の横に細長いコンクリートの構造物があったんですが、お話によると、これがなんと水力発電用の水路だったのだそうで。集落の発電用として作られた小規模水力発電所があったとのことで、それは螺旋水車によるものだったらしい。発電所があったという場所には痕跡は皆無でしたけれども。
 

s3p71482 - 2011/11/20 16:39
茨城県石岡市小幡
駒村清明堂の水車。水路。手前は地表に刻まれた溝で、奥は水車に至る樋(高架水路)。
s3p71486 - 2011/11/20 16:39
茨城県石岡市小幡
駒村清明堂の水車。樋(高架水路)と水車。並行しているコンクリートの構造物ですが、なんとこれが水力発電用水路の跡だそうで、昔はこの先に螺旋型水車かなんかと発電機があったのだそうです。
 
 で、水車小屋の外観です。
 いやあなんていうの、保存物件や観光物件の水車小屋だと、こじんまりとした茅葺屋根の小奇麗な小屋が田んぼの真ん中にぽつねんと孤立して建っておりそこでゆっくり水輪が回っている、みたいなものが多いわけですが、そういうのとは違うなあと。まあそこらへんのことはあとで書きますけど。
 水車小屋は案外大きい。実用物件であるため「小奇麗」ではありません。また、孤立して建っているわけでもありません。しかしまあ、もろもろ水車が使われる用途とか、水車を取り囲む条件とかを考えると、「いわゆる水車のイメージ」の方がおかしいとしか言いようがなかったりもして。正しい水車のあり方ってこういうものだよなあ、いわゆる水車のイメージなんてリアリティないよなあ、なんてことを考えたりもしたわけでございます。
 とか言いつつ、しかし日光大室の杉線香水車は、実働の実用水車であるくせに、わりと一般的なイメージの「水車小屋」に近いものがあるらしかったりもするわけですが(=^_^;=)。
 
s3p71495 - 2011/11/20 16:41
茨城県石岡市小幡
駒村清明堂の水車。水輪と水車小屋。
s3p71508 - 2011/11/20 16:43
茨城県石岡市小幡
駒村清明堂の水車。水輪と水車小屋。
s3p71518 - 2011/11/20 16:44
茨城県石岡市小幡
駒村清明堂の水車。水輪と水車小屋。
 
 で、水車小屋の内部も見せていただきました。実際の順序としてはこちらが先だったんですが。

 まずは原料の杉葉。杉葉をしばらく乾燥させた原料の山です。なお、杉葉は、ある程度の樹齢に達した杉から採取したものの方が良く、そういうものを選んで使えばつなぎを混ぜなくてもちゃんと線香になる、のだそうです。若い杉の木の葉を使うと粘りが足らなくてつなぎを使わないとまとまらなくなるらしいのですが、駒村清明堂ではつなぎを使わなくても大丈夫な葉を選んで使っているとのことです。
 乾燥させた杉葉は、さらに前処理としてドラムにいれてかき回すことで枝の部分を分離して取り除き、それから搗臼で粉にするとのこと。
 

s3p71447 - 2011/11/20 16:26
茨城県石岡市小幡
駒村清明堂の水車。原料となる杉の葉の山。
 
 水車からの動力を取り入れる部分です。
 左側の歯車が水車から出てくる動力軸で、時計回りにまわっています。右側が搗臼を駆動する軸で、反時計回りに回っています。歯車は木製。木製歯車の作り方などにもいろいろノウハウはあるみたいですが、見た感じここの木製歯車はわりとアバウト(=^_^;=)な作りで。でもちゃんと動いているわけで、見た感じのアバウトさとは裏腹に、けっこうなノウハウが詰まっているのでしょうねえ。
 
s3p71464 - 2011/11/20 16:31
茨城県石岡市小幡
駒村清明堂の水車。歯車。左が水車に直結のもので時計回り、右が杵駆動部につながるもので反時計回り。
s3p71455 - 2011/11/20 16:27
茨城県石岡市小幡
駒村清明堂の水車。木製の歯車と杵の駆動部分。左側歯車が水車につながるもので時計回り、右側歯車が杵の駆動部分につながるもので反時計回り。軸からは杵を持ち上げるためのはね木が飛び出しています。
 
 搗臼の稼働部です。軸からはね木が出ており、それに杵がひっかかって持ち上がり、ある程度持ち上がったところではずれて落ちるという、まあ水車の搗臼としては標準的な仕組みですね。
 ただ、ここの搗臼の場合、狭い間隔で8本もの杵が並んでおり、精米用などのわりと少数の杵と臼が独立して離れて並んでいる、というのとはちょっと違います。このあたりはまあ用途が違うので構造も異なる、ということなのでしょう。また、ひき臼(いわゆる石臼みたいなすり潰す設備)は、この水車小屋にはありません。
 
s3p71456 - 2011/11/20 16:28
茨城県石岡市小幡
駒村清明堂の水車。杵の駆動部分。八角形の軸にはね木が取り付けられており、それが杵を持ち上げるようになっています。手前の歯車は杉葉の前処理をするためのドラムを駆動するためのもの。
s3p71460 - 2011/11/20 16:29
茨城県石岡市小幡
駒村清明堂の水車。木製の歯車と杵の駆動部分。右側の歯車は杉葉の前処理をするためのドラムを駆動するためのもの。
s3p71452 - 2011/11/20 16:27
茨城県石岡市小幡
駒村清明堂の水車。杵の並び。狭い間隔で杵が並んでいます。杵と搗臼が1つづつ組になっていることが多い精米用などとはちょっと異なっています。
 
 で、この水車小屋の心臓部である搗臼です。ここに乾燥した杉葉を入れ、一日半から二日くらいかけて杉粉にしているそうです。
 
s3p71451 - 2011/11/20 16:26
茨城県石岡市小幡
駒村清明堂の水車。搗臼と杉葉の粉。
s3p71448 - 2011/11/20 16:26
茨城県石岡市小幡
駒村清明堂の水車。搗臼と杉葉の粉。
 
 できあがった「水車杉線香」。
 
s3p71586 - 2011/11/24 15:18
茨城県石岡市小幡
駒村清明堂の「水車杉線香」。あ、なんか外箱の水車は「水車のイメージ」に従った茅葺屋根で孤立した水車だったりして(=^_^;=)。
s3p71604 - 2011/11/24 15:22
茨城県石岡市小幡
駒村清明堂の「水車杉線香」。
 
   *

 いやあ。

 おれの鉄道趣味の中核にあるのは「軽便鉄道」というやつで。最初の遠征は越後交通栃尾線だったし、二度目の遠征は尾小屋鉄道下津井電鉄でした。近場にはなかなかないもので、しょうがないから西武鉄道山口線なんかにも行きましたなあ。
 で、その、軽便鉄道。特に模型趣味・レイアウトなんかで顕著に見られる傾向なんですが、なんていうかこう、ひたすら実用性無視雰囲気重視ノスタルジー埋没型っていうか、そういうものが多いことが気になっていました。また、実物資料系でも、古い時代に廃止になった路線や、今ではあり得ないような素朴な車輌・施設などに人気が集まっているような気がする。いわゆる「味噌汁軽便」ってやつだね。逆に、それなりに生き残りそこそこ近代化された路線やそういう時代の車輌・施設・写真などにはあまり人気がないように思う(例。近鉄内部八王子線とか現三岐鉄道北勢線とか)。

 しかし実際には、いくら軽便鉄道といったって実用交通機関なのであり、そんなに牧歌的なもんではなかったわけです。花巻電鉄は敷設当時には輝かしい文明の利器であった水力発電所の送電線を利用して敷かれた路線でしたし、尾小屋鉄道は周囲の山を禿山にしちゃうような日本有数の銅鉱山の鉱山鉄道だった。越後交通栃尾線は急行運転をしてたり末期にはCTCが備えられ総括制御の編成がかっとんでいたし、沼尻鉄道だって発展途上国時代の日本にとって貴重な輸出財だった硫黄の命綱的輸送ルートだった。井笠鉄道だって通勤通学時間帯には長大編成が走っていたし、新鋭気動車の最高速度は時速80キロと記されていたりした(これについては誤記の可能性を否定しませんけれども)。
 ていうか、軽便鉄道がそんなに牧歌的なものであったのなら、そこには交通機関としての実用性なんかないわけで、自家撞着っていうか自己否定っていうか、そういうことになんないかね、と。ま、狭い面積でレイアウトを作りたいからひなびた軽便鉄道を選ばざるを得ない、みたいな事情はわからなくもないんですけど、そんなウサギ小屋(←日本の家は狭い、という文脈で使われたけなし言葉。ウサギファンのみなさんごめんなさい)の事情でイメージを作るな、と。

 資料写真なんかの中には、大昔の記念写真なんかも含まれていることがあります。社員一同が勢ぞろいして写真を撮っていたりする。その人々にとって軽便鉄道は、最新鋭の誇らしい文明の利器だったのであり、今にしてみればみすぼらしいかもしれない蒸気機関車や電車は当時としては目を見張るようなハイテクの塊だったんです。そして、写真に写っている人々は、そういう誇らしげな表情をしているものなのだ。

 で、水車です。

 水車もさあ、軽便鉄道と同じで、当時としては新鋭の機材であり、手間とお金がかかったハイテク機器であり、誇らしいものだったはずなんですよ。それは決して「集落から離れた場所にぽつねんと存在するのどかなしろもの」だったわけじゃない。もっと生活と経済に密着したものだった。
 まあ水車って立地が限られますから必ずしも集落のそばに作れたわけではないんですが、基本的には水車は「なるべく集落のそばにあるべきもの」だった。その方が便利だし。また、水車というのは実は原動機・エンジンであり、水車小屋というのは工場なわけで、騒々しく活気のあるものだったはずだ。
 ついでに言えば、水車って小規模なものとは限らず大規模なものも数多くあり、大規模な水車となると、集落が組合を組織して作ったり資本家が事業として作ったりしたものってことになるわけで、そういう意味でもあんまし素朴でものどかでもないしろものだった。
 大規模な水車っていってもイメージわかないひとが多そうなんだけど、えーと。いずれもおれはまだ行ったことがないしいずれも保存物件であって現役水車じゃないんですが、例としてすぐに思い浮かんだのは群馬県みどり市大間々の野口水車記念館や東京都三鷹市大沢の峯岸水車場あたり。固有名詞で検索すればすぐに紹介しているサイトや写真が見つかりますので、興味のある方はぜひご覧になってみてください。保存物件なので実物の見学も可能なはずです。

 それがいつの間に「典型的には、田んぼの中にぽつんと建つ茅葺屋根の孤立した建物で、ゆっくりと水輪が回っているのどかなしろもの」というイメージになっちゃったんだろうかと。おれは前からそれが疑問でなあ。だから、イメージに基づいて作られた保存物件とかではない、リアルな現役の実用水車ってやつを見てみたかったわけなんですよ。

 そういうことを意識するようになってはじめて遭遇した実用水車が、この駒村清明堂の水車ということになります。ていうか、過去に保存物件でも再現物件でもない実用水車を見た記憶なんかないわけだが。
 水車小屋に近づいていくと、「どんどんどんどん」という地響きのような音が聞こえてきまして、やぱしのどかとか素朴とかいう感じではなくて工場なんだなあ、という感じがしました。また、町工場のようにそれなりに水車小屋はつぎはぎして使い続けている歴史を示していたり、雑然としていたりして、そういう意味でも保存物件のような取り澄ました感じではなく、なまなましいしろものでした。おれは、「よくあるイメージの中の水車」なんかより、こういうなまなましくて現実として迫ってくるものの方が、やっぱし好きだなあなんてことも思ったり。

 ま、今の時点から見れば、軽便鉄道も水車も、もっと便利なものが誕生しており相対的には実用性に劣るものとなってしまっているのかもしれません。だからノスタルジーの対象になる、と。だけどそれって「今の時点から見た独善」だと思うんすよね。しかも、その「今の時点」って、せいぜい数十年程度のスパンしか持ち得ないかなり限定的なものにすぎない、とも。要するに軽便鉄道や水車についての典型的なイメージって時代的な視野狭窄に陥っていることの証拠である、と。おれは、そういうことに無自覚でいるのって恥ずかしいことだぞ、とか思うんであります。

 今の時点での評価は、それはそれでありだろうと思う。また、今の時点から見て時代遅れになりつつあるものを憐憫の情をもって見るというのも、ありだろうと思う。個人的な好みの偏りってのも、もちろんありだと思う。
 ただ、そういうものは昔からずっとそういうものだったわけではないんだ、と。ほんのちょっと前にはそれらは今とはぜんぜん違って「最新鋭」であり「誇らしいもの」であったのだ、という視点を併せて持っていないと、そのものの意味、それがそこにある意味というやつを見間違えるんじゃないか。
 おれはそんなふうに思うんです。

   *

 ま、そうそう手広くなんでもかんでもやってらんないので「軽便鉄道」はとにかく「水車」にはあまり深入りしないでおこうとか思うんですけど、まあそういうわけでね、「一般的な水車のイメージって正しいのか」みたいなことが気になっていたものですから、とにかくどこかで現役の実働実用水車というものにリアルにご対面してみたかった。で、駒村清明堂さんに伺って、今に生きている実用水車というやつを見せていただいたというわけです。いやあ、いい経験をさせていただきました。

 最後になりましたが、水車がらみだと、こんなサイトがあります。題して「日本すきま漫遊記」。けっこうすごいところであり、おれはときどき立ち寄って眺めてたりしますので、せっかくだから紹介しておきます。

日本すきま漫遊記

 水車を軸にサイトが構成されているわけではないので水車の項目だけを見ようと思うとちょっと苦労しますが、「一覧→水の風景→水車小屋」で扱われている水車の一覧を見ることができます。タブブラウザを使っていたら、項目ごとに右クリックして新たなタブでひらいていき読んだら閉じる、という動線でいくと比較的楽に水車関連をまとめ読みすることができようかと。

 てなこって、ではでは。次回は今回のお散歩の最終回で、茨城県の鉄道の天敵(=^_^;=)である気象庁地磁気観測所です。



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