最後に、若者に言っておきたいこと。

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最近ね、しみじみと、「人間っていうものは、優しさが欲しいんだな。」ってことを思うわけです。

当たり前過ぎるほど、当たり前であることなわけですが、当たり前であるはずなのに、「自分はいつでも人に優しくあれるのか?」ってことを問うてみると、全力で、「はい!いつでも優しいです!」って胸を張れる人は少ないはず。

少ないからこそ、彼女や彼氏に求めることは、「優しい人」であったりしますね。

人間稼業をやっていくことにおいて、特に日本の社会においては、なんだかんだで軍隊方式なやり方が残っていることもあり、「怒鳴る」とか、「叱りつける」とかってことを、どこかで「必要悪」としている部分ってのは結構あると思うんですね。

これを読んでくださっている人の中にも、「まあ、時と場合によっては必要だろ。」ってことを思う方も結構いらっしゃると思うんですね。

ただ、実際問題、日々の生活の中で、「怒鳴らなければ伝わらないこと」ってのはどれくらいあるものなのでしょうか?


昔、とある忘れられない事例がありました。

外回りの仕事をしていた時、昼前あたりの時間に公園で休憩していたんですね。

すると、近所の幼稚園なのか保育園なのか、先生数人と子供達20人くらいが、その公園に遊びに来たんです。

で、先生が穏やかな声で言いました。

「今からこの公園で遊びますが、1つだけお約束があります。お帰りの時まではこの公園からは出ないこと。いいですか〜〜!」

「は〜〜〜〜い!!」

的なやりとり。

そして、それとほぼ時を同じくして、近所の小学校からであろう、運動会の練習の声がトラメガを通して聞こえてきたわけです。

「違うわよ!何回言ったらわかるの!前へならえでしょ?しっかりやって!いつまで経っても終わりませんよ!違うわよ、小さく前へならえって言っているでしょう!!!」

っていう、ヒステリックババアの声。

まじ、それを聞いてびっくりしましたよ。いきなり、「前へならえ」から、「小さく前へならえ」に言い換えるじゃねえよw

ありえなすぎて笑ってしまうわけですが、その先生に教わっている子供達はかわいそうだな、って思いましたわ。


これね、幼稚園の先生も、小学校の先生も、どちらも「大きな声」は出していたんです。

でも、前者にはやさしさがあふれていたのに対し、後者には怒りが満ちていた。

「怒鳴る」って言葉に、「怒り」という文字が入っているのは、正にそういう意味を的確に表していると思うわけです。

まあ、この例の場合は、「指導能力のレベルの差」というものが色濃く反映されているわけですが、「大きな声」を出したとしても、そこにやさしさがある場合もあれば、それが微塵もない場合もあり、「優しさがない状態で出す大きな声」が、相手にとっての「怒鳴られた」っていう受け取り方に変わるわけですね。

怒鳴られて良い気分というのは、まずありません。

ちょっと考えましたが、例外的に怒鳴られても嫌な気分がしないのは、「体の具合が悪いにも関わらず、無理をしている人」に対する、「なんで、もっと身体を大事にしないんだよ!早く家に帰って寝ろよ!」とかっていう言葉。

または、「お前はもっと気合を入れてやれば全然良いプレーが出来るのに、今日の試合のこのざまはなんなんだよ!お前はもっと出来るヤツだろ!そうじゃないのかよ!」とかっていう状況の時。

どちらもね、顔的には眉間にシワを寄せた怒り全開モードだとしても、思いっきり相手に対する優しさが満ちていますね。

それは、あたり前に相手に届く。伝わる。

そういう場合には、怒鳴られても嫌な気分はしないですが、「やさしさがない」若しくは、「やさしさが伝わらない」という時には、「怒鳴られた。嫌な気分。なんなんだよ、あいつは。」ってことになりがちです。


どれだけ声が大きくても、やさしさが込められている時、人は喜びの反応をします。

同じ声の大きさでも、そこに優しさがなく、怒りが込められている時、人は悲しみの反応をする。

やさしくあれたほうがいいですね。

相手の為にも、自分の為にも。






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言葉とは「何を言うか」ではなく、「誰が言うか」に尽きる。
その「誰が」に値する生き方をしたい


「イッチロー スズーキー」さんの言葉だそうです。

もう、この時点で沁みますね。

なぜなら、イチローが言っているから。


言葉には、「言葉単体としての力」というものは確かにあると思います。

ですが、多くの場合、多くの人生の場面において、言葉が強い力を帯びてくるのは、その言葉を発した人の人間性とか人格が担保されているからってところも間違いないところであるわけで。

上の言葉もね、イチローさんはもちろんのこと、中田英寿とか、カズさんとか、北島康介とか、そういう人が言ったと思うと染みてきますが、酒井法子とか、田代まさしとかの発言だと思うと、「は?」ってなります。

多くの芸人が言ったとしても、「笑わせるんじゃねえよw」ってことになるでしょうが、松本人志とかビートたけしの発言だとすると、やはり意味合いが変わってくる。

言葉に魂を乗せるには、魂を乗せられるだけの人生を歩んでいる人間でないと難しいところはあるかもしれません。

カズさんの名言として、大事なところでシュートを決めたあとに言った、「足に魂込めました。」ってものと、代表から落選した後の会見で、「日本代表としての誇り、魂みたいなものは、向こうに置いてきたとおもっているんで。」っていう、2つの「魂」という単語を用いた言葉があります。

それね、やはり、カズさんが、「日本代表をワールドカップに連れて行く」っていう目的を強烈に魂を燃やし続けながらやり続けてきたからこそ、自然に出る言葉だと思うんですね。

で、それが沁みる。


「明日から本気出す。」っていう言葉ほど、誰にも何も届かない言葉もないしねw





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結構前の動画っぽいですが。





この、フットブレインっていう番組は、サッカーについての番組なんですが、中々面白い企画をやってくれますね。

この日の内容は、「言葉」について。

柔道のヤワラちゃんこと、谷亮子が、「田村で金、谷でも金」って言葉を言ったことが話題になりましたが、あれは、願望を言葉にすることでそれを強く認識し、大きな力を生むことに繋がっている、っていうような話から、言葉の力を読み解いていく、って感じの流れ。

で、この中で私が感じ入ったのは、ドイツワールドカップの時の予選メンバーだった三浦淳宏の言葉。

当時、チーム状態が良くなかった中で、多分、最年長であった三浦がミーティングで皆を鼓舞するような発言をしたらしいんですね。そのことは後になって報じられましたが、それから、明らかにチーム状態は良くなりました。

南アフリカ大会の時もそうですね。

あの時はドイツの時とは比べ物にならないくらいに状態が悪く、選手からのやる気も感じられないので、私もほとんど代表戦は見てませんでした。

そんな状態で乗り込んだ直前の合宿で、川口がミーティングを開くことを提案し、闘莉王が言いたい放題に言ったことと、岡ちゃんがシステムからなにから全部ひっくり返したことが功を奏し、決勝トーナメントまで上がれました。

フランスの時は、カズさんが落選したことで、チームの状態がグダグダになってしまったことは良く言われています。決勝トーナメントまで進んだ日韓の時と、南アフリカの時は、精神的な支柱になり得るベテランが入っていました。

結局、なんだかんだ言ったって、サッカーも思いっきりメンタルに左右されるスポーツであり、ブラジル大会の時に、香川他の若手に、「バカ野郎、リラックスして行けよw」って言えるベテランがいたらどうなったんだろうか、ってことは少し思います。

必ずしもベテランが必要だとは思わないんですが、やはり経験を積んで敬愛されているベテランからの言葉というものには、大きな力があるもので。

心技体の充実が、結果に大きく影響するものであるわけですが、良い言葉を使うことも、心技体に大きく影響するものですね。


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