最後に、若者に言っておきたいこと。

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「子どもいる自宅での喫煙制限、小池新党が公約で条例検討」っていうニュースがあり、それを受けて私が書いたFacebookのコメント。


だったらもう、一箱5000円くらいにするか、非合法化しろよ。めんどくせえよ、ばかやろうが。ちまちまやってんじゃねえよ。合法なものをこれほど過剰に規制することがおかしいだろうが。どっちかにしろ、ボケ。


ムカついてますw

いやね、別に子供がいるところでタバコを吸わないようにするとか、受動喫煙を避けるようにするとか、そういうことをしてくれていいんですよ、全然。

全然いいんですけど、タバコって今現在、合法でしょ?

タバコを吸うことは違法ではないし、タバコを吸う人が犯罪者なわけでもないでしょ?

国で認められているものでしょ?

規制するのは構わないんですが、排除に近いことをする意味がわからないんですよ。

今は、電車で移動する際には、まず、タバコは吸えません。列車の中はもちろん、ホームでも駅でも吸えないので、私が新宿方面に野暮用がある時は、目的地が新宿じゃなくても、1回降りることが多いんですね。

そこでタバコを吸えるから。

けどね、私が頻繁に利用する西武新宿線にしろ、JRの西口にしろ、駅前の喫煙スペースはドンドン狭くなっているんですね。

「タバコを規制したい側」からすれば、「喫煙スペースが減れば、喫煙する人も減る」とでも思っているのかもしれませんが、実際はそんなわけはない。

新宿駅は世界で最大の利用客を誇るらしいメガステーションなんですよ。何人使っているのかしらんけれど、少なくても、私が回ったことのある大きな都市、パリ、ローマ、ロンドン、フランクフルト、ベルリンなんかと比べても、圧倒的な差をつけて新宿がぶっちぎり1位の人の多さです。

そんな巨大ステーション付近にね、なんであんなハナクソみたいな喫煙スペースしかないわけ?

規制する人たちって何をしたいんだかわからない。

しかもね、駅の中なんてどこも吸えないのにね、キオスクではしっかりとタバコを売っているんですよ。

なめてんのか!


で、そういう腹の立つタバコ規制事情を思うと、ふと脳裏に浮かぶのは「ヤクザ」のことです。

暴力団構成員。

あらかじめ言っておきますがね、私はヤクザは大嫌いです。

嫌いな上で言いますがね、現在の暴力団に対する排除の感じというのは、行き過ぎであると思うし、やり過ぎであると思います。

憲法14条の1項に、

すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

とありますが、それは嘘です。

明確にヤクザは差別されます。

一般の人間が犯罪を犯した場合と、ヤクザが犯罪を犯した場合では、ヤクザの方が明確に量刑が重くなりますし。

まあね、本人たちは本人たちの覚悟の上でやっていたりもするのでしょうから、その辺はしょうがないとしても、ヤクザの子供、ヤクザの家族というだけでも差別されたりする現状がある。

それって良いことか?

少なくても、ヤクザがヤクザであるだけで犯罪者になるわけではありません。そういう人間の家族を虐げるようなことって、社会として良いことなのでしょうか?

気に食わない人間や、少数の害悪は、駆逐してしまえばそれでオッケーってことなんでしょうか?

私が言いたいのはね、「タバコ」は規制すれば、まずかなりの確率で日本からなくなるでしょう。タバコを非合法化するか、超高額にすれば、タバコの存在は激減するだろうし、それによって迷惑をこうむる人も激減するはずです。

タバコの煙はなくなるでしょう。

でもね、ヤクザを徹底的に叩いて、徹底的に排除しても、「社会からおちこぼれてしまった人」や、「社会に上手く適応出来なかった人」「不幸な境遇にあり、暴力や非合法なことをしないと生きてこれなかった人」というのは減りません。

日本がこの先、どれだけ良い国になったとしても、そういう層の人たちというのは、必ずある一定の人数は生まれてしまうはずです。

でね、ヤクザとう人たち、暴力団という組織には、当然、弊害もあるわけですが、それはある一面からすると、アウトローな人間を家族として受け入れてそれなりの教育を施し、確かな命令系統を作り上げ、「カネがないしムシャクシャするからコンビニを襲う」なんていうことを起こさせない規律というものを作っていたことも確かなわけです。

「カタギの人には手を出さない」なんていう任侠漫画にあるような事実が今もあるかは知りませんが、目的が正義であろうが悪であろうが、組織が組織である以上、その組織を弱体化させるような不平分子を組織が放っておくことなんてことはありえず、ある程度の自律的な統制が取れていたはず。

でも、今、ヤクザ絶滅の為の法律を作り、「暴力団であることを名乗り、組織を作り、その構成員であることがわかった場合、全員、逮捕する」っていうようなことになって、ヤクザはいなくなります?

かつて「ヤクザ」と呼ばれた人はいなくなるかもしれない。

でも、アウトローな人は残ります。

そして、これからも、ある一定の割合でそういう人たちは生まれてくるでしょう。

「組」というものがあった時は、警察の上の方と、組の上の方の人の話し合いで、「ちょっと、しばらくの間はおとなしくしてくれや。」っていうトップ会談があれば、「組織として大人しくなる」っていうことも可能であったかもしれませんが、そういうことも不可能になる。

ヤクザだったら、堂々と「構成員である」ってことを世に知らしめているわけですが、そんな組織がなくなれば、構成員もへったくれもない。

誰がマークすべき人で気をつけなければいけない人であるのかを、全部、個別に判断していく必要があるし、「組織の上の方から抑えてもらう」なんていう方法論も取ることは出来ない。

まあ、「暴力団」という組織があるからこそ、犯罪行為も組織化されて合理化され巨大化しているということも事実であるので、その辺の方法論は置いたとして、私が1番言いたいことは、ヤクザも1人の人間であり、愛する人もいれば、愛する家族がいたりもするということ。

つらいことや悲しいこともあっただろうし、それでも生きていかなければいけない小さな弱い1人の人間でもある。

そういう側面を全部無視して、「いいから、とにかく排除」っていう方法論をとっても、絶対に問題は解決しないし、未来も明るいものにはならないと思うわけです。

排除するのではなく、手を広げて、「ヤクザをやるよりも、こっちの仕事をやってみようよ。出来るだけ応援するから。」っていうことを、少しでもやっていくことが大事なんじゃないかと思うんですよ。

「ヤクザの子供だから」っていう理由だけで、何1つ問題も起こさず何1つ悪いこともしていないのに、周りから差別され、虐げられ、泣かされた子供は、「よし、僕は真っ当な仕事についてみんなを愛し、愛される生き方をしよう♪」っていう心持ちになりますかね?

「排除」は、愛でも思いやりでもないよ。




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人間ね、「自分のダメなところ」というのは出さないようにするものです。

ただね、出さないだけで「ある」わけですね。

みな。

みんな。

あなたも、私も、あの子も、あの人も。


でね、そういうダメなところってのは、出しちゃった方が良かったりもするわけです。なぜなら、それを見て離れる人は当然いるでしょうが、離れない人もいます。

逆に近寄ってくる人もいるものです。

例えばね、私の友人に、大変「めんどうくさいヤツ」がいるんですね。いちいち、説明はしないんですが、とにかく、めんどうくさい。

ちなみに、私、「めんどうな人」が大嫌いです。

人と離れたり距離を置く理由のほぼトップに、「めんどくせえな、こいつ・・・。」っていう思いがあります。

でも、ですよ。

その面倒な友達には、「めんどくせえな、コノヤローはw」っていう思いはあっても、「だから友達をやめよう」とか、「距離を置こう」とかってことは思わないんですね。

しょっちゅう酒を飲むのは面倒なので断りますが、人と人との付き合いをやめようなんてことは全く思わない。

付き合いをやめる人もいるかもしれないけれど、少なくても私はそうではない。

誰も彼もが「ろくでもなさ」というものを抱えているわけですが、「なんなのこの人、絶対に無理!!」って言って離れる人もいれば、「相変わらずろくでもねえなw」って感じで残る人もいる。

「万人に好かれたい♪」っていう絶対に叶わないことを追い求めたい人は別ですが、「自分のことを大事にしてくれて、自分が大事にしたいと思える人を大事にしたい」って感じのことを思っている人は、普通に自分のろくでもなさを出してみてもいいんじゃないかと思うんですよね。

致命的なほど他人に迷惑をかけるような代物だとアウトですが、そうでない限り、許してくれない人もいるかもしれないけれど、許してくれる人もいます。

そして、自分で思っているほどに、他人はその「ろくでもなさ」を、ろくでもないとは感じていないかもしれない。

ろくでもなさを、愛してくれる人がいるかもしれない。

うん。多分、いる。







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前の記事を書いていて思ったんですが。

「むっつりスケベ」っていますね。

人前では寡黙で、情事や色事に対して無関心を装うが、本性は好色でスケベな人のこと。クールなふりして実はエロい人。「むっつり助平」や「むっつり助兵衛」とも表記する。



多くの場合、「むっつりスケベ」は嫌われます。

これね、どう考えても、「スケベ」が嫌われているのではなくて「むっつり」の方が嫌われているわけです。

一般的に「スケベ」であることも、大いに受け入れられるべき素養ではないわけですが、そもそも、それは人間の根源的に持っている欲望であり、「愛」や「愛情」を肉体的に表現する手段のかなりの部分を占める大いなる動機であることなわけです。

なので、宗教的・思想的に病的なまでの厳格な禁欲観を持っている人でもない限り、「なんだかんだで、そりゃ皆スケベだべw」ってことはわかっていることですね。

ただ、それでも、「むっつり」であることは嫌われます。

特に女子には煙たがられます。

それって、多分、答えは明快で、「潔さがない」っていうことに尽きると思うんですね。


「普段は全然エロい感じを出さずに好青年を演じているくせに、なんかちょっとエロいチャンスがあったら、めっちゃそれに食いついてきて鼻の下がのびまくっとるやんけ〜〜!!」っていう。

「言っていることとやっていることが違うんじゃね?」っていう。

「紳士を気取っていただけの、変態紳士ですよね、大変お疲れ様でした。」っていう。



ハゲ歴も20年を超えた私ですが、世間一般に言われているほど、「ハゲはモテない」ってことはありません。

でも、「バーコードハゲ」的なハゲはモテないと思うんですね。

なぜなら、そこにも、「潔さ」がないから。

「スケベ」にしろ、「ハゲ」にしろ、それを隠そうとしたり、ないことにしたりするのって、そこに「卑屈さ」や「自己否定」や「自信のなさ」があるからこそでしょ?

女はスケベが嫌いなわけでもなく、ハゲが嫌いなわけでもなく、卑屈だったり、自分に肯定感を持てなかったり、自信がない人間だったりが嫌いなんだと思うんですよ。

女心はわかりませんが、多分、これは間違いないと思いますよ。


なのでね、胸を張って、堂々とスケベに生きていきましょう♪





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