STAR WARS~The Last Jedi~

スターウォーズ・シリーズの8作目「The Last Jedi」見ました。


Episode7そして8を見終えての感想は
Episode4~6のオマージュ?って感じでしょうか。
ストーリーの流れですが、4~6に似ているな~っと。

まず反乱軍のリーダーが(どちらもレイアですが)ジェダイの生き残りを捜索
4ではオビ・ワンを、7ではルークが捜索対象ですね。
で、帝国或いはファースト・オーダーの手が伸びてドロイドだけが脱出
そして新たなるジェダイとなる者と出会う。
新たなるヒーローは戸惑いながらも”ミレニアム・ファルコン”で冒険の旅へ出発
成り行きで反乱軍に参加する事となり、反乱軍は帝国の超巨大兵器の破壊に成功
しかし大切な仲間を一人失います。

4&7はこんな感じでほぼ同じ展開と言ってしまって構わないと思います。


そしてその続きはと言うと
帝国の反乱軍への攻撃は激しさを増し、辛くも脱出に成功する反乱軍
しかし帝国の追撃は尚も続きます。
主人公は反乱軍と別行動となり唯一人のジェダイ・マスターのところで修行
その間にも反乱軍と仲間は徐々に追い詰められていきます。
5と8とではこの辺りから流れが異なってきます。

重要な点が同じですね。

5ではダース・ベイダーがルークの父であったという事が判明
8ではレイの両親が何者でもなかった、ただの普通の人たちだったという事が判明します。
これは恐らく対比させているのでしょうね。
生まれながらに特別な存在となる事が運命付けられていたルーク
スカイウォーカーの血脈が持つ強いフォース
しかしレイの両親は普通の人ですが彼女には強いフォースが宿っています。

Episode6の公開後にルーカス監督が語っていましたが
「STARWARSはダース・ベイダー(アナキン・スカイウォーカー)の物語だ」と。
確かにその通り、Ep1~3はアナキンがベイダーへと変わっていく話で
Ep4~6はベイダーがアナキンへと戻る話です。
ベイダーの物語は幕を閉じたわけで、新しい物語が始まる
それがEpisode7以降に描かれる物語になるわけです。

ルークとレイの対比もスカイウォーカーの特別な存在が英雄となるわけではない
という事ではないかと思います。
それがサブタイトルの「The Last Jedi」に通ずる暗喩となるわけですが
Episode8の終盤でレンとルークが対峙します。
その時の会話で「私は最後のジェダイではない」と言いますが
私が最後ではない、第二・第三の~・・・なんてのがありますが
まぁそう言う事なんですよね。

”最後のジェダイ”となる者は存在しない、これはシスにも当てはまる事なんですが
ルークの言葉はレイの存在を指しての言葉ではなく
これからもフォース感応者は現れ続けるし、その者が正しくフォースを理解し扱う者であれば
それはジェダイなのです。
例えジェダイ・マスターから教えを受けていなくても
人の内にある正しき心こそがジェダイの精神、ヨーダが経典を焼き払ったことがその証ですね。

スタッフロールの直前のシーンで子供たちがルークの話をしていますが
あれは石の惑星クレイトからの脱出劇でしょう。
外部の情報を得る手段のない彼らがどうして知っているのか?
フォースで遠くの出来事を見る事ができたりしますが、恐らくはそれによって知り得たのでしょう。
そして更にその後、外に出た子供は箒を手に取る時にフォースを使って引き寄せていますね。
彼らもまた未来のジェダイなのです。


Episode1~6はダース・ベイダーの物語であり、スカイウォーカーという特別な存在が
世の流れにおいて重要な因子となっています。
ですがEpisode7以降は、カイロ・レンというスカイウォーカーの血筋もいますが
特別な存在として生まれてきた者ではなく、自分でそうなる道を選んでいく人たちの物語って事ではないかと。
乱暴な言い方をすれば、もうスカイウォーカーは必要ないって事です。


しかし
Episode9で完結するはずですが、反乱軍の立て直しだとか
これからも現れ続けるフォース感応者とか
そういった要素を後一本の映画でまとめられるのでしょうか?
Episode9以降にも更に続く感じじゃないと・・・と思うのです。
しかし正直なところ、もうこれ以上続けるのはどうかな~って感じです。
そもそも悪役と言えばシス、スノークの存在でもちょっとくどいと思ったのに
またシスが出てくるとなると・・・。
そして”フォースにバランスをもたらす”というのが重要なキーワードの一つなんですが
Episode9でそれが実現してしまい、その後の時代の話でジェダイとシスの対立があったとしたら
それはやっぱりくどいって感じになってしまいます。
またジェダイとシスという概念が存在しない世界となった場合でも
恐らくただのバトルアクションとなってしまうでしょう。
さて、Episode9はどうなるのか?




最後に割りとどうでも良い事ですが
ルークとレンの立ち合いでレンの攻撃をルークがかわし、互いの位置が入れ替わった直後の
ルークが右足を引き寄せるシーンですが、塩がめくれてないんですよね。
レンが攻撃する前の足元のシーンでは塩がめくれてその下の赤い地面が見えるんですが。
ルークの実体が無いって事を表現してるのかな、と。
だとしたら相当に芸の細かいって感じですよね。

Pirates of Caribbean~Dead men tell no tales もう終わりで良くない?

パイレーツ・オブ・カリビアンの5作目となる作品です。
”Dead men tell no tales”の訳は”死人は語らない”って感じですが
物語の冒頭でサラザールがヘンリーにこの言葉を言いますね。
邦題では「最後の海賊」となっていますが
ブラックパールが最後の一隻だからでしょうかね?
この辺はよく分かりません。

サラザールのセリフ以外に、バルボッサが最後までカリーナに父である事は話さなかった事
私はこちらの方がサブタイトルの意味合いとしてはしっくりくるのですが。


ざっくりとストーリーですが
ウィル・ターナーの息子ヘンリーは父を呪いから解き放つ方法を求め
海の全ての呪いを解く力を持つポセイドンの三叉槍の伝説に辿り着きます。
ヘンリーの乗った軍艦が魔の三角海域に入り込み、そこでスペインの亡霊船に襲われ
サラザールからジャック・スパローへのメッセンジャーとして一人生かされます。
場所は変わり、自分の父親がどこの誰か知るため、父が残したガリレオの手帳を手掛かりに
ポセイドンの槍を探す女性カリーナと出会い、彼女が槍の在り処へ到るための「判読不能」な地図を
読み解ける人物だと知りますが、カリーナは魔女として投獄。
銀行を襲って金庫を奪うも中は空、やる事なす事全てツイて無いジャックは仲間に見放され
自暴自棄となり”北を指さないコンパス”を酒と交換してしまいます。
そしてジャックもイギリス軍に捕まり投獄となりますが、コンパスは持ち主に捨てられると
その者が最も恐れるものを呼び寄せる呪いが働いてしまうというもので
魔の海域からサラザールを解き放ってしまいます。
カリーナとジャックはお約束の処刑執行間際でヘンリーと元仲間の手引きによって脱走に成功
ポセイドンの三叉槍を探す航海が始まります。
前作で”黒髭(ブラック・ベアード)”の剣を手に入れたバルボッサは無敵の大海賊となっていますが
サラザールの海賊狩りによって次々と船を失い、自分の命も危うくなったためサラザールと取引し
自身の安全と引き換えにジャック・スパローを引き渡す事を約束します。
こうしてポセイドンの三叉槍を巡る冒険が始まるわけです。


ポセイドンの三叉槍を破壊する事で全ての海の呪いは解かれウィルは家族の元に戻り
ジャックは再びブラックパールを取り戻す事が出来ました。
大団円って感じなのですが、スタッフロールの後のオマケ映像で
ウィル夫婦の寝室に忍び寄るデイビー・ジョーンズの影が・・・・・・残念夢オチでした
でも床が濡れている、という海の怪談っぽいのがあるんですよねぇ。
四作目のOn Stranger Tidesの出演俳優たちに五作目と六作目の同時撮影が有り得るので
スケジュール管理ヨロとの通達がディズニーからあったとかで
六作目もあるっぽいんですよねぇ。

パイレーツ・オブ・カリビアンの一作目からジャックの敵として時に協力者として
裏切り裏切られ騙し騙されの関係が続いてきたバルボッサ
四作目ではブラックパールと手下と右足を奪った仇としてブラックベアードを追い
五作目では娘を想う父であり最後まで海賊だった男として非常に存在感が強いですね。
またイギリス公認の海賊として貴族のような出で立ちでの登場や
贅の極みを尽くしたって感じの趣味の悪いキンピカ海賊船とか
笑いの方面でもジャックを食いかねない勢いでした。
そして最後の娘のために命を落とすシーンなども。



やっぱり安定した面白さの作品ですね。
笑いもですし迫力のある映像もですし、ストーリーや話の流れもスムーズで要点も抑えてって感じ。
さすがにディズニーといったところでしょうか。
個人的に一番好きなのは三作目の大渦の中での海戦ですね。
そしてフライング・ダッチマンが駆けつけて二隻で敵艦の両舷への砲撃戦
基本的に白兵戦よりも砲撃戦の方が好きなので。

個人的に非の打ち所が無い作品
アミューズメントやエンターテイメントといったものを良く知っている人間たちが作った
優等生な作品だと思います。
人によっては前衛的なものを好む人もいるでしょうが
こういう安定した面白さというのは空きが来ないですね。

ブラック・ブレットを見て 続き

第二の事件は東京政府のトップである聖天使様暗殺計画です。
大阪のトップが大統領であるのに対して、聖天使様というのはどうなんだ・・・。
しかも前任者の指名による任命という。


海外から暗殺者から主人公が聖天使様を守り、尚且つ幼女が一人増えるという内容。
暗殺にイニシエーターを使うのだから、失敗した時の処分も考慮してあって当然と思うのだが
人間扱いされていないし、色々とインプラントされているし
なのに洗脳の類も強制する装置の類も一切なし、位置を特定するようなものもなし
主人公に負けた時にトップシークレット技術が詰め込まれているから他勢力に流出しないよう
処分するよう主人公に頼みます。
他勢力の人間に処分を頼むんですよ、えぇ。
おかしくね?

殺される事もなく、身柄預かりで主人公宅に居候となります。
幼女を増やしたかっただけだろう・・・。


そしてアニメ版最後の事件は32号モノリス崩壊によるガストレア侵攻事件
これを第三次ガストレア戦争とか呼んでますね。
ステージ4のネームド・ガストレアによってモノリスの一つが破壊され
それによって出来た磁場の壁の穴からガストレアが雪崩れ込んでくるという感じ。
ステージ5のゾディアック・ガストレアは固有名が十二星座から取られているので
その例に習いステージ4は天体名になっているようです。

32号モノリスの完全崩壊まで3日という事態になり、主人公たち民間警備会社にも非常呼集が掛かり
東京防衛線が敷かれるわけですが
自衛隊はあっけなく壊滅、後詰のはずの民間警備会社が最終防衛ラインとなります。
水銀を飛ばすガストレアによって多大な被害が出たため、まずそれを倒す事が先決・・・なんですが
そのための部隊を編成せずに、主人公一人にやらせるという訳の分からない事になります。
主人公とその周囲数人以外は無能や卑劣漢ばかりって感じですね、この作品は。
仮面の男の助けを借りて、さくっと水銀ガストレアを仕留めるものの
群れを率いるステージ4を倒す手段がありません。
てか、あのステージ4はフェロモンで他のガストレアを誘導しているんだ!の件は全く意味がなかった・・・。

意味の無い情報が飛び交いながら、とりあえず無限の再生能力を持つステージ4を1発で吹き飛ばせる爆弾(片手サイズ)を体内に放り込んで倒そうって話になります。
外殻が非常に堅いので穴を開けないと~で、何故か主人公が任命されます。
映画アルマゲドンの隕石爆破と同じで、中で爆発させないと効果が薄いですよって事ですが
シン・ゴジラでも使ってました地中貫通型爆弾とか、大口径の徹甲弾とかでもよくね?
まぁ主人公は人間兵器の改造人間ですからね、強いって感じは余りないですが。
そう、強いって感じがないんですよ。
第一の事件ではステージ4から隠れてたし、人間を相手に戦った描写しかないのに
同じくステージ4に穴を開けられるのはお前だけだ!的な流れがしっくりこない。

なんかすごい爆弾(片手サイズ)を体内に入れたのに時限装置の不具合で爆発せず
主人公はパートナーに別れを告げ、単身で特攻を掛けて爆発させようと試み・・・
かけたところで登場回数の少ない兄弟子が横合いから特攻、ステージ4と共に吹き飛びます。


最後の事件を見る頃にはダレ切っていたというか、そんな感じだったので
だって主人公以外はバカしかいない世界だから・・・。
兄弟子とそのパートナー(ネコ耳)は非常呼集が掛かってから登場し
わずか数話で命を落とします。
しかもモノリス崩壊までの数日間、呪われた子供たちの先生を主人公がやっていたのですが
その生徒たちも過激派の爆弾で皆死にます。
元からくどかったのにプラスして、数話の間で登場即死みたいなものが続いたため
これらの死の積み重ねには何ら感情移入もなく、というか
死ぬ必要ある?といった感じ。
ラストのシーンで主人公が周囲の人間の死に慣れていく事を嘆いていましたが
視聴者も慣れてましたので大丈夫です。



幼女が死にまくる作品ブラック・ブレット
第一の事件では盗みを働いた幼女を警官が射殺未遂、大剣使いのパートナーに主人公がトドメを
その他は仮面の男とそのパートナーによって
第二の事件では暗殺者の幼女を聖天使様護衛部隊が射殺未遂
第三の事件では青空教室の生徒全員が爆弾で、ネコ耳幼女が自害、その他ガストレアの侵攻による
といった具合でボロボロ死んでいきます。
感情移入を促すためのちょっとした描写があって後死亡というお手軽な死
アニメの放送期間とストーリーの長さがあってなかった感じですね。
主人公も周囲の女性キャラから諭され・励まされを無駄に繰り返して無駄に尺を取ってた感じ。
チームを組んでいた兄弟子たちよりも、最後に加わった仮面の男の方が印象が強かったし
他のメンバはほぼ空気だったし。
そりゃ、兄弟子が特攻しても軽い感じでしたよ、えぇ。
ネコ耳幼女なんていうハイブリッドなキャラをあっさりと殺す辺りはもう・・・。
主人公が思いを寄せる女子高生社長の肉親に対しての憎悪と狂気、そこまでを描きたかったのでしょうが
ちょーっと放送期間との擦り合わせが上手くいかなかった作品ですね。


ラストシーンは幼女にすがりついて号泣する主人公という
かつて見た事の無いシーンで締め括られ、何とも言えない気持ちになりました。
喜怒哀楽のどれにも属さない何とも名状し難いこの気持ち
人はこれを何と呼ぶのだろう・・・?
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