November 19, 2004

げんしけんとあ〜るについての議論に参戦

俺専用メモ
 なにやらげんしけんと究極超人あ〜るの相関うんぬんについての議論があって、それがなかなかに面白いのでメモ。
http://d.hatena.ne.jp/kanose/20041116#tosaka
http://d.hatena.ne.jp/kanose/20041115#kyukyoku

そして参戦

 そもそも事の発端がなんだったのか見回してみてもよく分からなかったのですが、つまるところ争点になってるのは
 ・げんしけんはリアルタイムであ〜るを読んでいた世代の嫌悪対象である
 ・いやいや、それどころかげんしけんこそが現代版の究極超人あ〜るたりえるのではないか?
という二点っぽい。

 げんしけんと究極超人あ〜るが似ているなんて、個人的にはまったくもってそんな風に考えたことも無く非常に意外だったのだけれども、つまるところこの議論は両者を「オタク文化」と一括りにしようとしたことの弊害なんじゃなかろうか、と言う気がする。

 最近電気街へ行ってみれば必ずどこかのカメラが取材している光景を見ますし、実際雑誌やテレビでも盛んに「アキバ系が!オタクが!」なんて言って特集しているけれど、みんなオタクを画一化しようとし過ぎている気がしてならないのですよ。メディアにせよ特集される当事者にせよ。
 もとよりオタクがさまざまな分野に存在していると言うことを考慮の対象としてないような気がする。

 そもそも今メディアで盛んに特集されている「オタク」って主に「美少女をフューチャーした作品とそれに関連する商品を好む人」ぐらいにしか認識していないように感じられるのですが、げんしけんなんてそれを助長するような内容なので、よりそう思えるのかもしれない。細かい点で見ていけば、彼らにしたところでキングスフィールドやアーマードコアなどのゲームを嗜好していることを窺わせる描写もあるのですが、やっぱり彼らのオタク活動は「美少女もの」の占めるウェイトが大きいように描かれているので輪をかけてそう見えます。

 で、まぁ自分としてはそもそもあ〜るとげんしけんでは扱っているオタクと言う言葉の意味がそもそも違う、という説を主張してみるわけです。オタク文化も結局のところは流行り廃りのある流動的なものなので、時代の影響を受けないわけなんて無いのですから、描写されている時代に20年も隔たりがあったら、そりゃあ枠は同じでも全然別物だろうさ、という理屈。なので「あ〜る好きがげんしけんを許せない」というのはそもそもなんか間違ってる様に思えるのです。ヌルいオタク生活が許せない、というのがその発端であるらしいのだけれども、なんだろう、『ヌルい』って。

 で、その「『ヌルい』ってなんだ?」的なもやもやしていた部分はここでばっさりとやられていたわけです。
 http://d.hatena.ne.jp/goito-mineral/20040527
 これは確かにあると思う。古い世代にはオタク自体のスタンスが変わったと言うことを受け入れ難いんじゃなかろうか。 つまるところ彼らの信じる(容認する)オタクって言う生き物は、一般受けしなかったり限定された分野ではあっても関連分野であれば貪欲に知識を吸収する存在であり、いま世間で騒がれているオタクなんぞ消費者として消費文化を享受しているだけで我々とは根本的に違うんだ、みたいな。
 で、リンク先に書いてあることについては個人的には某オタキングなんかを見ていると最近そういう気持ちになってきます。どうも若い世代の新しいオタクたちを小馬鹿にしている様に感じられる。個人的にはオタキングのことは人間的には好きではないのだけれども、彼の携わった作品は面白いものが多いので、そういうスタンスをとっていることは非常に残念だったりします。まぁ若い人は若い人で「オタキングって誰ですか?」と言う程度の認識なのでちょうどバランスは取れているのかもしれない。

 げんしけんの生臭い感じが嫌だ、という意見もあるようですが、これって男性特有の奇妙な貞操観念というものが少なからずあるんじゃないでしょうか。まぁ大学のサークルなんて意識的に規制しないと「誰と誰がくっついた・別れた」なんて話ばっかりなのでその辺が「リアルだ」なんていわれる理由なんでしょうねぇ。
 げんしけんに比べれば、あ〜るは色んな意味で断然ファンタジーなのでそもそもそのあたりを比較しては可愛そうだよなぁ、とは思います。
 書いている人間の作風というのもあるでしょうし。むしろげんしけんの作者の別作品なんてさらっと立ち読みした限りだと本当に同じ人が書いてるんだろうか?ぐらい
違いますし。作風が。

 今ふと思いついたのですけれど、げんしけんが「現代オタクの生態観察日記」であるとすればあ〜るは「光画部の中の人の手記」みたいな違いなのではないかと思ったのだけどどうだろう?


 以上、げんしけんの大野が色んな意味で嫌いな昭和50年代後半生まれのオタクの戯言でした。
 
 Q,サブカル文化とオタク文化の違いが明確に理解していないのですが、両者を識別するものと言うのは具体的になんなのでしょうか? ニュアンスとしては分かるのですが定義としてはよく分からないので教えていただければ幸いです。

nemo151224 at 20:40│Comments(1)TrackBack(1)雑記 

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1. コメントはこちらにどうぞ  [ 新・あ〜るの部屋 ]   December 05, 2004 01:31
「新・あ〜るの部屋」を開設してから間もなく1ヶ月になります。アクセスの方はそれなりに頂いていますが、旧「あ〜るの部屋」のように、掲示板の書き込みで盛り上がるということがないので、ちょっと寂しく思っています。あの当時に比べるともうファンが減ってしまったのでし

この記事へのコメント

1. Posted by (・∀・)斑目   November 20, 2004 23:31
識別というかオタ文化はサブカルに内包されるのでは?

げんしけんははっきり言ってヌルい。漏れは自分の温度があんなもんなんですっごい親近感湧くわけですが。

キチクさんあたりに言わせると実情をリアルに描写したいならやっぱ大同人だなってことになるわけで。
でもヒラコーの漫画はとてもじゃないけどアニメ化できませんヽ(´ー`)ノ

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