PoliSci (General)

March 05, 2007

Tucker (2006)

Tucker, Joshua A. (2006). Regional Economic Voting: Russia, Poland, Hungary, Slovakia, and the Czech Republic, 1990-1999. Cambridge: Cambridge University Press.

問題設定
「経済状況により有権者は投票行動を決定する」という先進国の選挙モデルは新興民主主義国であり独特な歴史条件を持つ旧共産圏諸国にどのように当てはまるか.

議論
経済状況の改善/悪化により投票行動を変化させるという仮説は一般に「有権者が経済に敏感である」という仮定がtenableであれば成り立つ.直感的にはアメリカの二大政党制が分かりやすい.共和党政権の下で経済が悪化すると次の選挙で民主党に投票し,民主党政権の元で経済が悪化すると次の選挙で共和党に投票する.

このようにクリアなalternativeがあれば,このreferendum modelは直感的であるが,問題はほとんどの旧共産圏諸国で二大政党制が成立しておらず,多党制が成立しているということである.つまり,このモデルの下では,以下の予測が出来ない.「政党Aが政権を握っているとき,経済が悪化したとすると,有権者は政党Aでなく他の党に投票を行うインセンティヴを有するだろうが,それは旧共産党なのか,国粋政党なのか,リベラル政党なのか,母なるロシア党なのか,はたまたビール愛好者党なのか」

ちなみに「ビール党」はロシア政治の有名なアネクドート.政党政治の分裂度を示す優秀な指標である.

ともかく.そこで著者が導入するのがtransitional identity modelである.この下では,経済の悪化により保守政党(=旧共産党)に投票するインセンティヴが生まれる一方,経済が好転すると新興政党に投票するインセンティヴが生まれるとする.要するに現状に対する不満を過去への回顧と結びつけるかどうか,ということである.これには社会経済的な急変革という背景もある.すなわち,旧共産圏は急激な資本主義の導入を進めており,弱者と強者が生まれる中,弱者は過去への回帰を求めるというわけである.

ここに付け加えられるのが,これらモデルがconditionalであろうということ.すなわち,これらvotingモデルは政権党の責任明確性(clarity of responsibility)や,選挙の重要度,選挙システム(制度が個人主義的か否か)などによっても左右されるというわけである.例えば政権党の責任が有権者にクリアである場合(単一政党が過半数を握っているような場合),有権者は経済悪化の原因を特定しやすくなり,referendum modelもtransitional identity modelの効果が強まることが予想される.

データと方法論
旧共産圏5カ国の選挙データ,1990年から1999年まで.DVが得票率ということで,ログをとってSUM.

こめんと
* これは最近読んだ本の中で一番素晴らしい本でありました.これは安心して薦められます.特にcompの準備にも良いです.各種経済投票モデルが極めて簡潔にまとめられておりますし,旧共産主義諸国の政治制度,政党体制,大統領制/議会制,経済改革など,多くが詰まっています.
* 方法論的にも非常に緻密.SUMをこうして使うのかという良いお手本であります.また,どのように変数をコードするのか,結果からどのようなinferenceを生み出すのか,理論とどのように合致しているのか,本が主張しようとしている全体的な議論や仮説をどのように補完するのか,極めて慎重に説明しています.慎重すぎて多少冗長な部分もありましたけど.
* 著者はHarvard卒業後,直でPrincetonに採用された方ですが,NYUに引き抜かれました.この本を書ける人なら,そりゃ納得です.
* この文脈はラテンアメリカ諸国でも上手く適用できそうな気がします.Stokesなんかもお勧めできます.

December 03, 2005

Brambor, Clark, and Golder (2005)

Thomas Brambor, William R. Clark, and Matt Golder (2005). "Understanding Interaction Models: Improving Empirical Analyses." Political Analysis 13.

問題設定
政治学で「XがYに与える影響はZが存在するときに変化する」といった仮説はかなり一般的に採用されているが,これを試すのに使われる最も有効な手段は,interaction(交差項)をモデルに加えることである.然るに,interactionの正しい利用と解釈が必要だが,少なくない論文で正しくない利用がされているばかりか,解釈も正しく行われない場合が多い.

注意点
・interactionを使うときはconstitutive termsも必ず入れなければならない.入れないと,slopeにbiasが必然的にかかる.
・「Y = b0 + b1X + b2Z + b3XZ + e」の結果を解釈するとき,少なくない学者がb1を「Xが他の項に関わらず不変にYに与える影響」と解釈する.これは間違いである.b1は「Zが0であるときのXの傾き」に他ならない.
・interactionの解釈は煩雑である.上記の例で言うと,b1,b2,b3が95%で有意であるというテーブルを作って終わり,というケースが多い.実際には,Xの傾きが95%の誤差範囲内でどのような変化を示すのか,visiblyに示さないと適切な解釈が出来ない.
・APSR,AJPS,JOPのトップ三誌においてさえ,interactionを正しく利用していないものが30%もある.さらに,正しく解釈できていないものは半分を超える.

こめんと
・目から鱗が落ちました.
・とはいってもAPSRで最優秀賞を受賞した論文でさえ問題があるのだから,私が間違ってもしょうがない.(?)
・刮目してこのページを読むべし!

July 12, 2005

贈る言葉

後輩であり旧来の友人としても付き合いの長かった人が留学します.
ゲーム理論を勉強したいということなので若干のアドバイスを.

まずは政治学者の書いた教科書は読まないことです.
政治学者は所詮アマチュアなのでボロが出ます.
MorrowOrdeshookは避けましょう.使い道がありません.

そして,経済学の基本テキストからじっくり読むことです.
経済学や数学と同じで,基礎がなっていないと土台から崩れます.
分かっているつもりでもみっちり反復することです.
差し当たりGibbonsを一通り読みましょう.
こちらは簡単だと思いますが,これにも詰まるようなら,
Dixit and NalebuffKrepsの入門書を紐解くと良いかもしれません.
そしてまた,翻訳は百害あって一利なし.

Gibbonsを理解したならば,MyersonFudenberg and Tiroleを,
やはり証明のやり方などに気をつけながらじっくり読みます.
こちらは経済学でも中級以上で読み応えもあるでしょうが,
Gibbonsが読めたならば何とかついていけるはずです.

それでも,読破するまで長いことかかるでしょうから,
実証研究への応用例に寄り道してもいいかもしれません.
Persson and TabelliniMuellerあたりを読みつつ,政治学への応用例として,
Bueno de Mesquita et alSchultzEpstein and O'HalloranCoxPowellを.
このレベルになると政治学者のゲーム論が子供だましに近いと分かってきます.
また,ゲーム論ができればこれだけつぶしが利くのだ,ということも分かるはず.

この辺を問題なく読みこなせるようになれば,私は既に言うことが無いのですが,^^;
進化ゲームなど,新しい分野のテキストや,
AERQJEJPEなどのトップ経済学誌に触れておくようにしましょう.

...後半はもはや「私はこうしておけばよかった」という願望に近いものもありますが.T_T

January 14, 2005

Riker (1990)

Riker, William H. (1990). "Political Science and Rational Choice." in James E. Alt and Kenneth A. Shepsle. eds. Perspectives on Positive Political Economy. Cambridge, Cambridge University Press: 163-81.

問題
何故,社会科学の発展は自然科学のそれと比べ遅いのか.


社会科学においてrational choiceの導入が遅れているから.

論理
科学の発展には出来事から一般化可能な理論を導き出し,未来(もしくは仮想的な「未来」)についての予測を行うことが求められる.しかるに,一般化には出来事の適当な解釈が求められるが,出来事には観察可能な「行為」や「現象」,また,それら行為や現象の適用する「範囲」が含まれる.

マンハイムやマルクスは,社会科学は事象の解釈において主観性の入り込む余地が大きく,それゆえ自然科学に比べ一般化を難しくしている,と論じている.だが,これは妥当しない.いかなる科学も,設定された「範囲」を動的に観察する際,恣意的にならざるを得ないからである.

では,社会科学の発展を遅らせているのは何か.Rikerによれば,社会科学で分析される出来事は一般に範囲が広大で,多くの行為や現象,さらには多くの行為者を含んでおり,因果関係の特定が難しいからである.壮大な理論があればともかく,これらを適切に論じることは難しい.

そこでRikerは分析対象としての行為や現象を非常に小さなものに限定することを提唱し,その際,rational choiceが分析上優位であることを示している.rational chioceの仮定は簡潔であり,その依拠するequilibriumという概念は,与えられた選好や環境から,どういった社会的結果で落ち着くかを説明するのに適している.

Adam Smith以来,社会科学で最も発展してきたのはミクロ経済学であり,これはミクロ経済学がrational choiceに依拠しているからに他ならない.政治学でも,Rikerをはじめ,様々な理論がrational choiceという仮定から導かれてきた.Rikerは今後rational choiceが支配的となり,政治学がいずれ政治科学となるであろう,と予測・展望する.

コメント
* ここまで来ると宗教じみているような気がしなくもない.
* もちろん,社会科学の対象とする事象は,一般に曖昧かつ広大で,変数の特定が難しく,それゆえに社会科学の依拠する理論も多分に説明的となるというのはよく分かる.
* では,あらゆる学問は科学的たるべきか.文学,歴史学,人類学,言語学,教育学,地理学,天文学,物理学など,あらゆる学問はあれど,これだけ「科学的たれ」と耳が痛くなるほど主張される学問も珍しいのかもしれない.人文系の学問では科学的であることなど考えられないだろうし,理系の学問では「科学的」でないことなどあり得ない.
* rational choiceの利点は一般的にそうであるかといえば,微妙だろう.rational choiceを使わずに因果関係を特定して論じることもできるし,rational choiceを使っていくら洗練されたモデルを構築しても,実証がともなわなければ意味がない.Rikerのfederalismの理論なんて,Rikerは自画自賛しているが,ひどい.
* もちろん,rational choice云々はさておき,少なくない政治学者が,理論の構築,仮説の構築,仮説の実証,因果関係の立証,といった欠くべからざる科学的知の生産を怠っているのも事実.ケーススタディ,理論の欠如した叙述,歴史的事実の羅列で事足れりとする風潮は,アメリカではともかく,根強く残っているのは問題.