2008年02月20日

Alice 9/9-A


カーテンの隙間から差し込む日の光で目が覚めた。
どうやら昨晩は、ベッドに寝転んで物思いに耽っているうちにそのまま寝てしまったらしい。

時計を見ると、まだ朝の8時半だ。
こんなにも規則正しい時間に起きたのは随分と久しぶりだから、なんだか清々しい気分だった。
やっぱり人間は、社会のリズムという大きな指針に合わせた生活を送らないと、無意識に不安を感じてしまう生き物なのかもしれない。

「よし、起きるか」

1LDKのマンションには僕以外誰もいないのだけど、10年近く1人暮らしをしていると、何かにつけてこうして思ったことを口に出すのがいつの間にか癖のようになっていた。
でもまあ、そうでもしないと一言も言葉を発さないまま日が暮れてしまうことになるから、適度に声を出すことになってちょうど良い。

洗顔を済ませ、トーストをかじりながらパソコンの電源を入れた。
仕事のメールが何件か来ていたので、まずはそれを片付ける。
カタカタカタと、しばらくの間部屋の中に無機質なキーボードのタイピング音が響いた。

2時間ほど集中してそれに打ち込み、今度はメールのアカウントをプライベート用の物に切り替える。
仕事用のアカウントの方とは違い、こっちは受信トレイの中身も随分と寂しいものだ。
スパムメールが数件と、例の佐々木さんからのメールが1件。
それを見て、次は自分が援助交際の相手を探さなければならないのだったということを思い出す。

清々しい気分が一転、ドス黒い獣の欲望が己の中に広がっていくのを感じた。
だけど昔と比べると、それを特別嫌悪したり憂鬱になったりすることはない。
29年という長い時間を生きる中で、僕はこの欲望に体を支配されることに随分と慣れてきてしまっていた。

その代わりに自分の中に生まれたのは諦観だ。
僕はおかしい。だから仕方ない。
そう言い聞かせながら僕は、いつものようにブックマークに入っている出会い系サイトを次々と開いていった。

「ん……?」

何番目かで開いたサイトで目についた投稿があり、僕はマウスをクリックする手を止めた。


投稿者:rika
投稿日時:2007-9/8-21:34

rikaっていいます。13歳です。
サポしてくれる人募集してます。よろしくお願いします。



「13歳か……。どうなんだろこれ……」

援交相手を探すと言っても、そう一筋縄ではいかない。
美人局やオヤジ狩り等の犯罪行為にあう危険性は常に孕んでいるし、せっかく会う約束をしても、待ち合わせ場所に行ったら誰もいないなんてことはザラだ。
それに、今まで遭遇したことはないものの、警察による囮捜査の書き込みがないとも言い切れない。
それらの可能性を常に考慮し、信用に足る書き込みだと思ったものだけにメールを送るのが、僕の中での鉄則だった。

さて、そう考えた場合この書き込みはどうだろう。
文章が短くて判断するための材料は少ないけれど、13歳とストレートに書かれているというのが引っかかる。
最近の中高生は悪知恵が働くので、たとえ18歳に満たない年齢だったとしてもこんな風に直接書くようなことはせず、記号を組み合わせて数字に見える文字列を作り、万が一の際には言い訳が出来るような方法で年齢をこちらに伝えるのだ。

この書き込みをした人間は、その暗黙のルールを知らなかった。
つまり、出会い系を初めて利用する実年齢13歳の少女という投稿者像が考えられる。

だけどもちろん、単なる悪戯かもしれないし、さっき挙げた犯罪狙いの若者の書き込みなどの可能性も十分にある。
けれど、それならば利用者を騙す確率を少しでも上げるために、出来る限り不自然さのない書き込み内容にするのではないだろうか。
それに、騙すためだけならば別に13歳である必要はないはずだ。
ロリコンだけをターゲットに絞らなければならない必然性はどこにもない。
そう考えると、この書き込みが本物である可能性は決して低くない気がした。

「よし、まあメールしてみるか」

自分の勘を信じることにした僕は、「返信」と書かれたボタンをクリックすると、そのrikaと名乗る少女にメールを送ることにした。


宛先:rika
送信者:筒井 賢介

rikaさんはじめまして。
都内に住む29歳です。
サポOKです。よろしければ、一度どこかでお会いできませんか。

##余計なことかもしれませんが、年齢はそのまま書かないほうがいいかも^^;



簡潔な文面のメールを作成し、送信。
最後の1文は、僕なりのアドバイスだ。
続いて、もう1つメールを作成する。


宛先:佐々木さん
送信者:筒井 賢介
件名:昨日の今日ですが

本文:
先ほど、とある出会い系サイトで13歳の少女の書き込みを見つけました。
真偽のほどは分かりませんが、メールしておきましたので、もしかしたら近々会うことになるかもしれません。

取り急ぎ、ご報告までに。
それでは。



「これでよし……と」

小さく呟きながら、パソコンのモニタの電源を落とす。
少し休憩して、午後からまた残りの仕事のメールを片付けよう。

しかし我ながら、不思議なほど落ち着いた気分だ。
援助交際を始めた頃は、出会い系サイトで見つけた少女にメールを送るだけで、いつも罪の意識に苛まれていた。
なのに、ロリータコンプレックスを抱く自分に対する嫌悪感が段々薄れていったのと同じように、お金の力で少女を抱くことに何の抵抗も感じなくなってきている僕がいる。
けれどそれを恐ろしいと思う一方で、相変わらず、どうしようもないのだという気持ちがあった。

今さらやめようとしたところで、もう戻れない。
いや、そもそも最初から、僕には戻る場所なんてどこにもないんだ。


nennmani at 01:50│Comments(4)TrackBack(0)clip!Alice 

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この記事へのコメント

1. Posted by 豆腐DEゴマ   2008年02月21日 12:17
すげぇおもしろいよ!なにこれ!?
2. Posted by YKM   2008年02月21日 22:30
やっぱり面白い…あっという間に読み進めてしまいます。しかも続きを早く読みたくなる…転職するとのことですから、本当に作家になられたらいかがでしょうか?
3. Posted by ap   2008年02月22日 09:48
ご多忙の中、更新おつかれさまです!
前作を凌ぐ勢いでのめり込んでいます。
突出した独創性、予測不能なストーリー展開、リアリティ溢れる心理描写。どこを摘まんでも極上の美味です。
断崖の日記にあるような不幸な日々の反動が、ねんまにさんの創作のモチベーションになっているのでしょうか?
だとしたら、一生不幸でいてほしいです。
4. Posted by ねんまに   2008年02月23日 02:28
>>豆腐DEゴマさん
ありがとうございます!
おばあちゃんにストーリーを考えてもらいました^^

>>YKMさん
ありがとうございます!
一応、読みにくくなってしまわないように気をつけているつもりなので良かったです。
残念ながら、転職支援サイトの連中は、作家という選択肢を用意してくれやがりませんでした……。

>>apさん
予測不能すぎて、唖然とするような展開になってしまったらごめんなさい!

毎日12時頃に帰宅させられるようになったのがきっかけでブログを始めたので、たぶん不幸の反動説は間違えてないです。ていうか、日記も全部そうです。
だけど幸運になるために転職活動しているので残念でした^^

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