2008年02月23日

Alice 9/9-B


パソコンの前であたしは思わず、「ほほう」と変な声を出して唸ってしまった。
学校から帰ってきて、昨日の夜に無料で作ったメールアドレスの受信トレイを開いてみると、予想よりも遥かに多い量のメールが届いていたからだ。

タイトルにざっと目を通してみると、あの掲示板の書き込みを見た人から送られてきたものばかりらしい。
全部で20通くらいあるのかな。
あんまり人がいなさそうなサイトだったのに、1日足らずでこんなにもたくさんのメールが来たことに、あたしは少し驚いた。
それが13歳と書いたおかげなのだとしたら、計画どおりである反面、ちょっと複雑な気分だ。

で、どれどれ。みんなどういうこと書いてんのかな。
少しドキドキしながら、受信時間が早いものから順番にメールを開いていく。

「37歳男です。サポします」
「46歳ですが、構いませんか」
「21歳都内に住んでます」

うーん。
なんていうか、必要最低限のことだけを書いた淡白なメールばっかりだ。
別に楽しいメールを期待してるわけじゃないんだけど、そういう冷たい感じの内容ばっかりだとちょっとびびってしまう。
だけど、そんなことだけで恐がってるようなあたしが、いくつも年が離れた男の人と2人きりで会ったりなんて本当に出来るのかな。

不安になりながらも、どんどん読み進めていく。
1通読むのに30秒もかからないから、あっという間に一番最後に送られてきたメールまで到達してしまった。


宛先:rika
送信者:筒井 賢介

rikaさんはじめまして。
都内に住む29歳です。
サポOKです。よろしければ、一度どこかでお会いできませんか。

##余計なことかもしれませんが、年齢はそのまま書かないほうがいいかも^^;



え、なに。この一言アドバイスみたいなの。
もしかしたら、13歳とか書いたらダメだったのかな。

気になって昨日の掲示板を開いてみると、あたしの書き込みはキレイさっぱり削除されてた。マジすか。
どうやら、18歳未満ってことを大っぴらにするのはやっぱりまずかったらしい。
たぶん、このメールを送ってきた人が見たちょっとあとぐらいに管理人に見つかって消されちゃったんだろう。

筒井さん、わざわざご忠告ありがとう。
でもあたしは、ちゃんと自分の年齢が男の人に伝わるように書かないと、こんなことやってる意味がないんだよ。

だけど、初めて事務的なだけじゃない文章を見て、あたしは少しほっとした。
おじさんが頑張って打ち込みましたって感じの顔文字も、悪い気はしない。
メールをくれた人たちの中では、会うとしたらこの人が一番マシだろう。
でも、年齢がなあ。

29歳。
これだと少し、あたしが考えていることの対象としては若すぎるかもしれない。
出来ればやっぱり、40歳を越えてる人の方がいいんだけど……。

そう思ってもう一度他の人からのメールを見返してはみるものの、やっぱりその硬い感じの文章に気後れしてしまう。
うーん、どうすっかなー。

腕を組んで考える。
だけどまあ、29歳のおじさん(29歳はあたしから見たら十分おじさんだ)が、お金を出して13歳の小娘とエッチしたいって言ってるのは十分異常だよね。
つまりは世間の人たちから見ると、変質者でありロリコンであるわけだ。
その条件さえ満たしていれば、あたしの目的には適ってる。

「よーし!」

勢いよく返信ボタンをクリックして、メールの作成ウインドウを表示させた。
結局のところあたしは、びびって妥協しちゃっただけなのかもしれない。
本当は、“あの人”と同じくらいの年齢の人が一番いいに決まってる。
だけどそういう歳の人を選んで、もしエッチだけして話が全然出来ないままバイバイなんてことになっちゃったら、体を張ったあたしの計画が台無しだ。
その点この人なら、きっとあたしの話を聞いてくれる……ような気がした。


宛先:筒井さん
送信者:rika

本文:
こんばんは、rikaです。メールありがとうございます。
年齢書いたらまずかったみたいですね。
さっき見たら、書き込み消されちゃってました(´;ω;`)

会うのオッケーです。どこなら大丈夫ですか?
あたしは、新宿か池袋なら平気です。



送信ボタンの上に、マウスのカーソルをゆっくりと合わせる。
これを押しちゃうと、あたしは多分、本当に後戻りできなくなってしまうだろう。
だけどもう、今さら迷うようなことはしない。

間髪入れずに左クリックして、「送信しました」と表示されるメッセージウインドウを確認すると、あたしは深々と息を吐き出した。
うん、これでいいんだ。

時計を見ると、時刻はもうすぐで晩御飯の時間になろうとしている。
いつものように、7時ぴったりになったらママがあたしを呼ぶだろう。

「美奈ー、ごはんよ」

ほらね。
心の中で呟いて、「はいはいー」と叫びながらあたしは階段を駆け下りた。

「あー、お腹減った。今日はご飯なに?」

ダイニングのドアを開け、中に入る。
するとそこに、珍しい人の姿を見つけてあたしは少し驚いた。

「あれ、パパじゃん。今日は早いんだね」

仕事で帰りが遅いから、パパがあたしたちとご飯を一緒に食べることはほとんどない。
昔はそうでもなかったんだけど、こうやって家族全員で食卓を囲むのは、ここ最近では数ヶ月に1度あるかないかだ。

「仕事が一段落したからな。また、すぐに忙しくなるとは思うが」

「ふーん、そうなんだ」

久しぶりの家族3人での食事は、なんだか不思議な気分だった。
あたしが学校であったことを話す、パパがそれを茶化す、ママが笑う。
それは昔と何も変わってなくて、もしかしたらあの頃に戻れたんじゃないかって思わず錯角してしまう。

だけどよく見たら、ママの笑い顔はやっぱりずっと引き攣っていて、ああ全部変わっちゃったんだなってことを嫌でも思い知らされることになる。
パパだって、もちろんそのことに気がついているんだろう。
そして、その原因が誰にあるのかということにも。
それはあたしと、そして――。

そんなことを考えているのを気取られるのが嫌で、あたしはわざと明るいトーンで「おかわりー!」とママにお茶碗を差し出して、いつも以上のテンションで色んなことを話してみせた。
ママが笑う。パパが笑う。あたしも笑う。
だけどみんな知っている。
これが偽りの家族団欒なんだってこと。
そのことを思うとぞっとして、笑いながらあたしは少し泣きそうになった。

あたしはバカでガキだから、その解決策を出会い系サイトなんかに求めてみた。
そこで知り合うおじさんが、もしかしたら何かを解決する糸口になってくれるんじゃないかって。
たぶんこれは、すごい幼稚で間抜けな思考。そしてたぶんきっと、まるで意味のない行動。
けど、あたしは何かに縋ってでも取り戻したい。あの頃のあたしたち家族の幸せを。
だからあたしは、意味がなくてもなんでもいいから思いついたことはやってみる。

あの筒井さんって人は、そんなあたしの願いを叶えてくれるだろうか。
別に助けたりなんてしてくれなくてもいいし、そんなことは出来っこない。
ただ、あたしがあたしの背中を自分で押すためのほんの少しのきっかけを与えて欲しいんだ。

調子に乗って3杯目のごはんをおかわりすると、案の定半分も食べられなかった。
「あれ、まだ2杯目だと思ってた」と言って頭を掻くと、パパもママも笑ってくれた。
だからあたしは、うん。頑張ろうって思った。


nennmani at 02:21│Comments(4)TrackBack(0)clip!Alice 

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この記事へのコメント

1. Posted by 豆腐DEゴマ   2008年02月23日 12:00
ねんまーに!!
おもしろいでーす!!
おばあちゃんすごいでーす!!!
2. Posted by ap   2008年02月23日 12:11
二つの闇が出会う時、
互いの絶望をより色濃くするか、
それとも光へ転じるか。
一読者として、後者を望みます。
しかし、あの冒頭の壮絶極まるシーンは一体……
3. Posted by ダンボウルマン   2008年02月24日 19:02
Alice はいつ終わりますか?

A あと3ヶ月くらい
B あと3年くらい
C 未完の大作(トガシ)

いや、面白いから読むよ。
圧倒的に読むんだけどね。
4. Posted by ねんまに   2008年03月02日 21:42
>>豆腐DEゴマさん
幼女は出てきますが、おばあちゃんは出てきません!

>>apさん
前作はなんだかんだでハッピーエンドみたいな感じだったので、今回は……的なあれです。
まあ、プロローグで書かれているような展開になるのは間違いないと思っていただいてよいんじゃないかなあと。

>>ダンボウルマンさん
前作と同じくらいの長さで考えてるから、順調に行けば2ヶ月もかからないと思うんですけど、最近の更新ペースから考えるとやばいよね!

転職活動もあと2週間ほどすればだいぶ落ち着いてきそうな感じなので、もうちょっとペースを上げたいと思いました。
富樫先生のようにならないように気をつけます!

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