2008年03月13日

Alice 9/15-A


休日の池袋は人で溢れ返っていた。
待ち合わせ場所である池ふくろう周辺は特にひどく、無事に相手を見つけられるか僕は少し不安になる。

だが、その心配は杞憂に終わった。
ふくろうの石像の近くで佇んでいる人はたくさんいるが、その中に13歳程度の年齢に見える女性は1人しかいなかったからだ。

念のため教えてもらった携帯番号にかけてみると、すぐにその少女がバッグをごそごそと探るのが見えた。
間違いないだろう。
おもむろに側に近づいていき、小さく声をかける。

「あの、りかさんですか?」

はっとした顔でこちらを見る少女は、髪を茶色に染めていなければ化粧もしていない。
遊園地に小学生の料金でも入れそうなその外見は、とてもではないが援助交際をやりなれているようには見えなかった。
彼女が初めて出会い系サイトを利用したに違いないという僕の推測は、どうやら間違えていなかったようだ。
だけど――。

「あ、はい。そうです。筒井さん……ですか?」

その姿に妙な既視感を覚え、声をかけられているにも関わらず、僕は思わず考えこんでしまった。
なんだろう……。どこかでこの子の顔を、見たことがある気がする……。
だけどどこで?
自慢にも何にもならないが、今までに関係を持った少女の顔は全て暗記している。
その中には、彼女の顔はない。

となると一体、どこで見たのだろう。
佐々木さんが送ってきた動画に出てきた少女たちとも違う。
記憶の糸を辿ってみるが、答えは見つからなかった。

「あの……? 筒井さんじゃないんですか……?」

返事をしない僕を不審に思ったのか、少女が再度声をかけてくる。
僕は考えることをやめ、慌てて言葉を返した。

「あ、そうです。えーと、ここじゃなんだからちょっと移動しましょうか」

周りの視線を気にして、僕はすぐさま少女を先導して歩き始めた。
何しろ、30歳になろうかという男が13歳の女の子に声をかけているのだ。
不審者に見えないわけがないのだから、出来るだけ人目にはつかないほうがいい。

それと同時に、僕は注意深く周囲に目を走らせた。
自分たちについてくるような人影がないか確かめるが、それらしき人物はいないようだ。
どうやら美人局やオヤジ狩りの心配は、しなくてもいいらしい。
数分ほど歩いて地上に出る頃には、僕の警戒もだいぶ薄れていた。

落ち着いたところで改めて、右斜め後ろを歩く少女に注意を戻す。
依然として既視感が拭えなかったが、それよりも、なぜこんな子が出会い系サイトを利用して援助交際なんかをしようとしたのかが気になった。

近頃は、学校ではおとなしい普通の子までがそういうことに手を出すような時代になったと世間では騒がれているが、僕から言わせるとその認識は間違えている。
確かに、一見すると優等生タイプの子はたくさんいると思う。
だけど実際に接してみると分かるが、彼女たちの多くは心に何らかの闇を抱えていて、その本質は人々が抱く「普通」のイメージからは大きくかけ離れているのだ。

しかし今、僕のそばにいるこの少女は、そういう子たちとも少し違う気がした。
世の中に拗ねていたりするような部分が感じられないし、好奇心から援助交際に手を出すような子にも見えない。

そのせいか、数度にわたるメールのやり取りで合意のうえのはずなのに、真っ直ぐにホテル街へと向かうことが躊躇われてしまう。
知らず知らずのうちに足取りが重くなり、僕は彼女に声をかけた。

「えーっと……」

「はい?」

「ちょっとどこか寄りますか? 喫茶店とか」

「あ、いいですよ。このまま向かってもらって」

真っ直ぐにこちらを見つめながら、少女が言う。
その目は今まで知り合ったどんな子よりも澄んでいて、こんな幼い女の子にお金を渡して肉体関係を持とうとしている自分に、いつにも増して強い罪悪感をおぼえた。

だけど僕は知っている。
その罪悪感が強ければ強いほど、少女が純真であればあるほど、自分の興奮が高まっていくのだということを。

「じゃあ、このまま向かいます」

少女がこくりと頷く。
それを見て、重くなっていた僕の足取りは元に戻った。


ホテルに入り、ソファに荷物を降ろす。
彼女も同じように荷物を置き、ベッドに腰をかけた。
スカートから伸びる足が艶かしい。
自分の中の獣の欲望が早くも抑えられなくなってくるのを感じながら、僕はおもむろに切り出した。

「あの、ひとつお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」

敬語をやめてフランクな口調で尋ねる僕に、少女が「あ、はい。なんですか?」と聞き返す。

「実はね、そのさ、カメラで撮影をしたいんだけど……いいかな……?」

それを聞いた少女の表情がこわばるのを見て、僕は慌てて言葉を重ねた。

「もちろん、どこかに流出させたりなんてことは絶対にしないと約束するし、僕が個人的に記録を残したいだけなんだ。お金に関しても、当然上乗せさせてもらうし。だめかな……?」

しばらく考え込むように視線を宙に彷徨わせ、彼女がゆっくりと口を開く。

「それだったら、いいですよ」

「そう? ごめんね、なんか急にこんなこと言い出して」

「いえ、いいです。それと、お金の上乗せも別にいらないです。その代わり、あとで私の話を少し聞いてもらえませんか?」

私の話?
思ってもいなかった言葉に、僕は少し戸惑った。

「あ、うん……。話を聞くぐらいは全然大丈夫だけど、お金はやっぱり、そこはきちんと上乗せさせてもらわないと……」

「いえ、いいんです」

少し強い口調で言い切られ、僕はたじろぐ。
掲示板では「サポ希望」と書いていたけど、彼女にとってはそれは建前であり、どうやら本当の目的はその話とやらを聞いてもらうことにあったらしい。
だけど何を? なんで僕に?

「分かった。そういうことなら、その話っていうのはちゃんと責任を持って聞かせてもらうから……。じゃあ、ちょっと待ってて」

色々と疑問はあったが、とりあえず撮影の許可は得ることが出来たのだ。
僕はごそごそとバッグを探り、そこからデジカメと三脚を取り出した。
それらをベッドのそばにセッティングし、ファインダーを覗きながらピントを調整していく。

「ごめんね、ちょっとかかるから適当にくつろいでて」

「いえ、気にしないでください」

レンズ越しに彼女の姿を見ていると、またしても既視感にとらわれた。
それも、さっきより強い感覚だ。
カメラを通して、僕はこの少女を見たことがある……?
分からない。考えてみようとはするものの、これから起こることへの期待感が僕の思考を妨げる。

はやる気持ちを抑えてセッティングを終え、僕はベッドの方に向かった。
彼女は少しリラックスしてきたのか足を崩し、そのせいで幼い太ももがあらわになっているのが見える。
そこが、僕の我慢の限界だった。
言葉もかけず、唐突に彼女を抱き締めて、押し倒す。

少女は、ミルクの匂いがした。
化粧や香水の匂いでまみれた大人の女にはない、甘いミルクの香り。
何人もの少女を抱いてきたはずの僕だったが、そんな風に思ったのは今日が初めてだった。


nennmani at 14:20│Comments(5)TrackBack(0)clip!Alice 

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この記事へのコメント

1. Posted by ap   2008年03月13日 23:21
非常におもしろいです。

ここ最近、片時も本を手放さない程たくさんの小説を読み耽る生活をしていますが、プロ作家と比べてもなんら遜色がないと思います。
ネットで公開されているような創作は、素人特有のオナニー臭さが鼻につくものがほとんどですが、それが全く感じられません。
改めてねんまにさんの才能に驚嘆しました。

2. Posted by 豆腐DEゴマ   2008年03月14日 09:24
ねんまーにさんおもしろいです。。
apさんの仰るとおり文才極まってますね!
今後に期待です!

僕もバイトやめたいです!
ねんまにさん仕事見つかりそう?
3. Posted by りか   2008年03月28日 20:08
こうしんまってます
4. Posted by tinpo   2008年03月31日 11:53
3 官能小説家デビューまだ?
5. Posted by ねんまに   2008年04月08日 01:06
>>apさん
いつもコメントありがとうございます!
自分で見ると、あまりのオナニー臭さと中二病全快っぷりに辟易してしまうのですが、そう言ってくださると助かります!
早めに更新できるようにがんばります!!

>>豆腐DEゴマさん
仕事は見つかりましたが、悲惨な目にあいました!
もう僕は誰も信じないです!
何度この言葉を言ったか分からないけど、今度こそはマジです!!

>>りかさん
あ、はい!
次はrikaさん視点のシーンなのでがんばります^^

>>tinpoさん
正直、僕ほど自分が書いた文章で欲情できる男もそうそういないと思うのですが、いまだにスカウトの声はかかりません……。

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