【ダメな日本の保守シリーズ  ~「道義国家」を目指して夜郎自大化した大日本帝国 ~】
【ダメな日本の保守シリーズ  ~「体罰」を必要として求めてやまない日本人の体罰信仰の理由~】

ダメな日本の保守シリーズ  ~外圧によって維持されている日本人の倫理観と社会の秩序の危さ~

ダメな日本の保守シリーズ  ~軍事思考でなく感傷でとらえたがる日本人の戦争に対する意識~
ダメな日本の保守シリーズ ⑤ ~合理的なつもりで不合理に陥る日本人の思考判断~
ダメな日本の保守シリーズ ⑥ ~保守派が国民に押し付けたがる道徳の正体は道徳ではなく「認知の歪み」の現れ~

ダメな日本の保守シリーズ ⑦ ~特攻礼賛という自家撞着

ダメな日本の保守シリーズ ⑧ ~保守思考の"ズレた"「正義感ブーム」批判~

ダメな日本の保守シリーズ ⑨ ~カタルシスとしての武装攻撃願望~

ダメな日本の保守シリーズ ⑩ ~ペーパーテスト・エリートの妄想リアリズム(旧日本軍の員数主義)~

ダメな日本の保守シリーズ ⑪ ~「だが何も起こらない」ステージへの突入~

ダメな日本の保守シリーズ ⑭ ~インテリたちの求める"リアル"な安全保障政策と核武装信仰~
ダメな日本の保守シリーズ ⑮ ~保守派の「受動史観」~
ダメな日本の保守シリーズ ⑯ ~言論統制、批判潰しが招く国家の破滅~


戦前に、日本の無謀な戦争を止められなかった要因としてマスコミの一斉転向が挙げられるが、そうなってしまったのは現実的な問題で、戦争肯定の記事でなければ売り上げが伸ばせなくなったということが大きかった。

しかし同様のことが現在の日本において、進行中という状況になっている。

新聞が先ず、消費税増税に伴う軽減税率の適用によって、もう政府を厳しく批判できないようになってしまった。

テレビ業界においても、「政治的に公平であること」を定めた放送法第4条の規定によって、もし政治的公平性を欠く放送を繰り返すのであれば、電波法76条に基づき停波を命じる可能性もありうると総務省から脅しをかけられているが、最近では、安倍政権に批判的なキャスターやコメンテーターが次々と更迭され、代わって政権に好意的な人へと入れ替えがあちこちの局で進められている。

ラジオは政権に批判的なコンテンツを持つ番組自体が終了を迎えるというケースが出てきた。

雑誌では新潮の保守化が目立つ。
もともと新潮が自民党寄りだったそうだが、近年では露骨な政権擁護の記事が目立つようになってきた。
水田議員によるLGBTに対する差別的な記事の掲載だけでなく、その水田議員の記事に批判が集るや、すぐに水田議員擁護の特集を組むなど、こうした新潮の動き自体が、まるで自民党安倍政権のプロパガナ機関紙のような感じだった。
新潮45は休刊となったが、あれは休刊に追い込まれたというより、自ら、水田批判、自民党批判に火が付きそうだったのを無理やり鎮火させるための行動だったように思えてならない。
裏で直接言われたってことはないのか。

一方、新潮に対して文春のほうは、「文春砲」などと呼ばれ、取材対象に忖度しない暴露記事でニュースを沸かせているが、悪くみれば"売れ線"でやっているともいえる。

あとはツイッターなんかでも、政権に批判的な人のツイッターが凍結されるということは最近けっこう目にする機会が多くなっているように感じられるが、一方で政権寄りの人たちによる差別的な発言が発覚しても、なかなか凍結されることはないといったような、実際これはどうなのだろう。

いずれにしても、表面的にはすごく穏やかだが(政権に批判的な人や番組が消えていくのだからそれは当然かもしれないが)、
すごい勢いで政権に批判的なマスメディアが消えていっているのは確かだ。

でもそれは、決して内実はそんな穏やかなものではなく、政府からの恫喝まがいの圧力が裏で行われた結果のことだということ。

明治建国のころから、日本の政府は国家に敵対的な組織や言論の弾圧を専らとしてきたが、批判者や敵対者を潰し過ぎて政府のほうが暴走を遂げて自滅した。

情けは人のためならずというが、批判者や敵対者もまた、自らのためになっている面がある。

保守派は左翼を、国家と社会を滅ぼす天敵とみなすが、日本が共産主義で蔓延することを恐れたアメリカから、日米安保の改定といった外交的利益を引き出すことに成功している。

保守派のいう、日本を滅ぼそうとする左翼の革命運動が、回り回って思わぬ外交的成果を引き出し、それは、アメリカとの緊密な連携こそが日本の安全保障を支える核だと主張する保守派ではとても引き出せそうにない政治的・外交的成果だった。

安倍首相なんかも、保守グループの会合では、アメリカから日本の主権を取り戻すといった類の威勢のいい発言もしているようだが、自力では先ず無理なことだ。

倉山満『嘘だらけの日露近現代史』p78,79より
 グスタフ三世に学ぶべきは、大国復活を目指した君主だという点です。本書で描いたスウェーデンの歴史をおさらいすると、グスタフ・アドルフとクリスチーナ女王のときにバルト海に大帝国を築きましたが、カール12世が大北方戦争で敗北して大国の地位から滑り落ちてしまいました。
 東方のロシアに東フィンランドを獲られ、西方のデンマークは隣接するノルウェーを治めていますから、スウェーデン(瑞典)はロシア(露西亜)とデンマーク(丁抹)に、いつでも挟み撃ちにされかねない状況です。
 現に、小国に滑り落ちてからのスウェーデンは、ことあるごとに露丁両国の圧迫にさらされました。
 王家は喪失し、実権を握る貴族たちは周辺諸国に媚びへつらうことこそ「現実主義」だと思い込み、国を建て直そうとする者は時代錯誤の非現実主義者として弾圧をされましたた。
露丁両国の了解の下で、スウェーデンの貴族たちは特権を教授できるのですから、勝手に「敗戦レジーム」を脱却されては困るのです。
 彼らは、もし「敗戦レジーム」からの脱却の動きがみえた場合、相手が王家の者であっても容赦なく排除していきました。これがが50年続きます。
 なんだか、一回戦争に負けたくらいで、大陸国家とその手下の半島国家にペコペコしている極東のどこかの国に似ているようで腹が立ちますね。


自分たちではしない、できないのに、左翼が売国して日本を滅ぼうとするから左翼を潰さなければならないのだと左翼叩き・左翼潰しに躍起になっている。