2005年12月31日

大空と大地の中で

今日はあいにくこちらは曇り空ですが
気分は清々しい朝を迎えました。
今年最後の朝です。


決して裕福な生活ではありませんが
わたくしにとっての人間らしい生活が
やっと出来るようになった今日この頃です。



果てしない大空と広い大地のその中で
いつの日か 幸せを
自分の腕でつかむよう  
 (松山千春 大空と大地の中で)



わたくしの叔母の元旦那様が
昔・・あるローカルテレビ局の記者で
若い時でしたのであおい輝彦さん似の
やさしげないい男でして・・
その叔父に憧れて記者さんや物書きさんになりたいと
子供の頃から夢見たわたくしです。


速記文字とやらもそのために
通信教育を受けた時期があります。



かぁさんはそんなわたくしにために
何も言わずにお金も用立ててくれて・・
きっと生活も苦しかったでしょうに
そんな気配も見せずに協力してくれました。



月に1度の○○大学でのスクーリングも
運転免許ももちろん車もないかぁさんは
朝早くからバスに乗って・・永い時間を
わたくしのために付き合ってくれました。
まだ中学生でしたから・・



いつのまにかそんな夢もどこへやら・・
心の中に眠ったままでくすぶっていますが
記者さんには(マスコミ)最近ちょいと
幻滅を感じていますし・・なれるはずもないでしょうが
物書きさんへの夢をもう一度と・・
甘いなぁー 笑



生きる事がつらいとか
苦しいだとかいう前に
野に育つ花ならば力の限り生きてやれ 



こんな母親と違って息子殿は
ただ自分の夢まっしぐら・・
とりあえずストレートに入り口をつかんで
わが子ながら尊敬の一言です。
ファッション関係はわたくしも好きで
ショップに勤めてたくらいですから
息子殿の想いもとてもわかるのでいいことです。


わたくしも負けないように頑張ります!!
継続は力なり・・ですよね。  

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2005年12月30日

時代


そんな時代もあったねといつか話せる日が来るわ
あんな時代もあったねときっと笑って話せるわ
だから今日はくよくよしないで・・ 
(中島みゆき 時代)


「ヤマハポピュラーソングコンテスト」
略してポプコン。(1969年〜1986年)
この”時代”って曲が
第10回ポプコン本選会グランプリ受賞した時に
わたくしはテレビで見ていてとても感動しました。
まだ子供といっていい年頃でも感動したくらいだから
今の年齢になってあらためて聞くと
ほんとに素晴らしい唄だったのだと確信しました。

そんな時代も・・あんな時代もあったねと
多少なりとも振り返られる年齢になれたからです。
まだまだこれからだって何があるかわかりませんが
これまでの事を考えれば少々のことでは
ビクともしないぞーって自信があります。

昨日は”自殺”について書きましたが
わたくしだって偉そうなことは言えないのです。
かぁさんが亡くなってからのわたくしは
何だか頑張りがきかなくなって
何度も死にたいと思ったことがあるのですから・・
でも・・”痛い” ”苦しい” ”怖い”が嫌で
それを乗り越えてまで死ぬ勇気がなかっただけです。

そして今思えば、ほんとは誰かに救って欲しくて
何かしら信号をおくっていたなぁと思います。
どっかで・・死ななくてすむなら死にたくないと
きっと甘く考えていたのでしょうね。
過去の記事に ”死にた〜い願望”ってのがあります。
是非・・読んでみてください。
何かの時、強くなれるヒントになるかもしれません。
でも決してマイナスの方のヒントにとらえないでね。


まわるまわるよ 時代はまわる
喜び悲しみくり返し
今日は別れた恋人たちも
生まれ変わってめぐりあうよ 

大事なひとに
”わたしにとってあなたは大事なひとだから・・”と
心から伝えてあげてください。  
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2005年12月29日

陽はまた昇る


夢を削りながら年老いてゆくことに
気がついた時 はじめて気付く空の青さに

・・・・・・・・・

陽はまた昇る どんな人の心にも
ああ生きてるとは燃えながら暮らすこと
春まだ遠く哀しむ人よ 貴方を愛す  ♪
(谷村新司 陽はまた昇る)


今日はまた・・やりきれないニュース。
19歳の予備校生(男性)の50階のビルからの飛び降り。
原因や深い話はありませんでしたが・・
夢につまづいてしまったのでしょうか?

ここ数年の間にわたくしのまわりでも
(直接的なお付き合いはない方ですが)
借金を苦にした男性の排気ガス自殺。

多分、会社内の人事異動の結果・・
悩んだあげくの男性の首吊り自殺。

こういう事を目の当たりにするたびに
思うことがあります。
どちらかというと男性が多いみたいですが
みんな一人ではなく家族がいるというのに
そこまで思いつめる心のつかえを打ち明ける・・
それが出来なかったのだろうかと・・

それと家族は彼等の苦しみに
気付いてあげられなかったのか・・
会話はなかったのだろうか・・
もしも気付いていたとしたら
守り包み込んであげることが出来なかったのだろうかと・・

とりあえず亡くなっったかぁさんとわたくしは
どんなことも友達みたいに話していました。
子供として・・親として・・同じ女として・・

そして今・・息子殿とは
今のところはわたくしの一方的な友達感覚で
優しい息子殿が合わせてくれてるふうです。
ちょいとうるさいと思われるとしても
今の調子でいきたいとまた強く思いました。

だけど死に急ぐ人たちを救うには
ほんとは一体どうしてあげたらいいのでしょうか?
賢明なすべがあるのでしょうか?
それとも・・・?

陽はまた昇る どんな人の心にも
ああ生きてるとは燃えながら暮らすこと ♪
  
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2005年12月28日

ひこうき雲


あまりにも若すぎたと
ただ思うだけ けれどしあわせ

空に憧れて 空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲  
 (荒井由美)

先日、この曲をテレビで本人が唄っているのを聞いて
6年前を思い出しました。
S君・・まだ確か28か・・29歳でした。
急なことで心筋梗塞で亡くなりました。

以前にわたくしがメンズショップに暫らく勤めていて
そこで一緒でした。
えっ! 考えてみると今24歳になる息子殿が
当時は小学5年か6年だったのでずいぶん昔になりますね。

彼はずっとそこで働いていて決して大げさではなく
まるでメンズ雑誌から抜け出たような
顔立ちもスタイルもセンスも素晴らしくて
それなのに性格は謙虚でおとなしいひとで
わたくしは感心して見ていました。

その彼が結婚して子供も出来て・・
でも奥さんが幼い子供をおいて出て行き
彼は子供の世話をしながら昼間はそのショップ。
夜はスナックに働きに出ているとは聞いていました。

女がそういう生活をするのは珍しくなく
かえって女は強いので心配いらないのですが
彼は男性でまだ若いのに大変だと気になっていました。
・・で1度。

”あんた・・まともにご飯食べよるね?”

そう言って呼び出してもつ鍋を食べさせに連れていった事。
何だかついこの前の事みたいです。

世の中は狭いものでその後わたくしが知り合って
バイトさせてもらうことになった運転代行。
そこの社長が彼の従弟にあたる人で
社長からの慌てた電話。

”あんたのお気に入りの○○が医大に運ばれて
もダメかもしれんけん・・こんね(おいで)!”

ほんとに早すぎる旅立ちでした。
きっとこういうのを過労死っていうのでは・・?
お通夜でお棺の蓋を開けてのぞいた彼の顔。
閉じた瞳のつけまつげみたいな長いまつげ。
印象的でした。

幼い彼の子供は面倒みれる人がいなくて
施設へいったとのことだったけれど・・?
何だかやりきれない想いでした。


空に憧れて空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲  
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2005年12月27日

線香花火

線香花火のとてもかぼそい炎・・
見ているとせめて1秒でも永く・・と
炎を守ってあげたくなるのはなぜでしょう?

燃え尽きる時の姿が人の姿と重なって
何だかとても哀しく映るのはなぜでしょう?

だけどわたくしはそんな線香花火が好きです。
地味だけど一生懸命に炎の花を咲かせて
散る一瞬に見せるほんの少し涙。
奥ゆかしさを感じます。

もしもわたくしが男だったらきっと・・
線香花火みたいな可愛い女のひとを
精一杯の愛情をそそいで守ることに
命かけたっていいなぁなんて思います。

そしてそんな時に
男に生まれてきたかったとも思います。

自分の息子殿には
”こがん生きていきにっか世の中に
あんたば男に生んで悪かったねー”なんて謝るくせに。

わたくしから見ると今の世の中は特に
女のほうが生きていきやすいと感じるからです。


きみは線香花火に息をこらして
虫の音に消えそうな小さな声で
いつ帰るのと聞いた  (さだまさし)

でもとりあえず・・わたくしは女です。
線香花火とはほど遠い女に見えるはずです。

誰かさんの瞳にだけ
線香花火みたいに映ってくれたらいいのですが・・  
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2005年12月26日

化粧

21歳の時に某化粧品の販売レディになった。
元夫の車がもとの借金返済のために・・
自由がきいて稼ごうと思えば稼げる仕事。
どちらかというと口下手で女が苦手なわたくしには
正直言って苦になる仕事でしたが贅沢は言えません。
でもこれがまた化粧するのも嫌いだったので
仕事もすっぴんで出かけてました。

所長が(女性)
”たのむけん・・化粧して行ってー!”と嘆く始末。

ところがあれよあれよという間に
かぁさんの付き合いの人たちや同級生の協力もあって
売上グラフはうなぎ昇り。
最初に手にしたお給料は当時でも30万はありました。
販社からどうやって売っているのか教えてくださいと
問い合わせの電話が入るほどになって
メイク部門よりも下地に力を入れた販売なので
流石に所長も化粧して行ってとも言わなくなりました。

でもほんとは社会人になってる女性なら
化粧はひとつの礼儀でありスーツや制服の一部だと
ある大人の男性に説明されて確かにそうだなと納得。
それからはよほどのことがない限り
(体の調子が悪くて病院に駆け込む時とか)
たとえアパートの1階のコンビにに行く時でも
化粧は忘れないようにしています。
はっきり言ってしてもしなくても
変わりばえしない顔ですが・・

これは夜の勤めの頃の話。
そのお店は会社組織のお店で月2回の給料日は
昼間の決まった時間にお店に集まり
ミーティング後に受け渡しと決まっていました。
総勢32〜3名はいるのですが
化粧をして出てきているのはわたくしぐらいなもので
あとはみんなすっぴんです。
最初の時はびっくりしました。

声をかけられても ”あんた・・だれー?”

誰が誰だかわかりません。
化けるとはほんとこの事だと感心しました。
不器用なわたくしはメイクも得意ではないので
デパートの化粧品売り場に行って
別人のように変われるメイクを教えてと
販売のおねぇさんに相談したのですが
一重の人なら可能だけれど二重のわたくしは
そこまで変わらないとあっさりかわされて
ちょっとだけ夢みた瞬間も現実に戻されました。

しかし・・ホステスとは多少の夢を売る仕事。
昼間もどこで誰と会うかわからないので
夢を壊さないためにも化粧は大切ですね。


化粧なんてどうでもいいと思ってきたけれど
今夜死んでもいいからきれいになりたい
こんなことならあいつを捨てなきゃよかったと
最後の最後に あんたに思われたい
(中島みゆき 化粧)  
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2005年12月25日

黒の舟唄


男と女の間には ふかくて暗い河がある
誰も渡れぬ河なれど    
エンヤコラ今夜も舟を出す
 (長谷川きよし 黒の舟唄)

男と女ってやっぱり根本的な何かが違う。
同じ人間でありながら・・・
それが一体なんなのか・・・
突き詰める必要はきっとないのだろうけれど
でも・・突き詰めたいと強く思えたりする
そんな瞬間があったりするのです。

父のことに関してのここ数回のわたくしの記事。
それに対して頂いたコメントからも
男と女の考え方の違いが見えてきて・・
わかってはいるけれど何かしら哀しく・・
どう説明すればいいのかわからない感情を
どこにぶつけようもないはがゆさでため息でした。

以前の記事にも書きましたが
うちの息子殿に対しての性教育の一言として

”・・ただ単にしたいと思うことと
相手を好きだと思うことを勘違いしたらダメ!
したいだけの話なら風俗でお金で解決しなさい”

これはずっと言い聞かせています。
よそ様の娘さんを傷つけたりすることのないように。
そのための需要と供給として風俗があるのですから。

<据え膳食わぬは・・>って記事に書いてますので
是非・・読んでみてください。

そしてしつこいようですがもう1度言わせてください。
女の本質はいつの世も変わらないと信じたい・・
女は”愛(性)”に対しては純粋なものです。
わたくしは信じています。


あれからいくとせ漕ぎつづけ大波小波ゆれゆられ
極楽見えたこともある 地獄が見えたこともある  
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2005年12月24日

別れの夜明け

わたくしの忘れられない唄のひとつです。
わたくし自身の思い出というより
父の彼女、最終的に奥さんになりましたが・・
彼女にとっての思い出の唄でしょう。

子供の頃に年に1〜2度会わされていた
知らないおじさんが自分の父親だと気がついたのは
いつもならデパート周辺だけをめぐって
どっからともなく・・消えてたかぁさんが現れて・・
そこでおじさんと別れるパターンなのに
その日は違っていて見知らぬ家に連れて行かれた。
ふっと玄関先で上を見上げると見つけたものは
わたくしと同じ苗字の表札でした。
それでピンときたのです。
きっとこの人はわたくしの実の父親だと・・

その家には女の人が待っていました。
わたくしにとてもおおらかで優しい人でした。
少なくともかぁさんと父が正式に離婚するまでは・・

その日を堺に父に会う時はいつもその家の行き
異常に口数の少ない父と違って
明るい彼女と話をし一緒に過ごすのが常になりました。
わたくしが中学か高校1年くらいの時ですか・・?


(男)おまえは死ぬほどつくしてくれた
(女)あなたは誰より愛してくれた
(男)過去を許してささやかな明日を見つけた恋なのに
(男女)なんで なんで なんで世間は切り離す   ♪
   (石原裕次郎、八代亜紀)

彼女がほんとに嬉しそうにわたくしに見せた。
この歌詞を書いたメモ。
父が彼女に贈った唄らしい。
ただ世間は切り離したりしていない。
父自身がかぁさんと別れようとしないだけなんだけど・・と
心の中で呟いた。

かぁさんが彼女のことをどう思っても
わたくしは彼女を好きでした。
あの歌詞を見せてくれた時の顔は忘れません。
女としてどんなに父のことを想っているのか・・
ただただ可愛い女性に見えました。
子供も出来たことあるけれど
わたくしという子供がいるからってことで
生ませてもらえなかったことも
確か・・この日に彼女から聞いたのです。
父の身勝手さに同じ女として腹がたちました。

かぁさんの人生も彼女の人生も・・
父の我儘に振りまわされているのだと・・

わたくしが高校卒業後にかぁさんと父は離婚。
すぐにお互いに再婚しました。
かぁさんは52歳で亡くなり・・
父は多分73歳ですか・・亡くなりました。
かぁさんと離婚してからの父には1度も会っていないので
亡くなってから2年以上たってから
父の死は知りました。

彼女は健在です。たぶん・・
でもどんな想いでひとりで生きているのだろうかと
実は心配です。

わたくしなら嫌だからです。
もしも彼女の立場なら・・
かぁさんと父があちらで一緒のとこにいるとしたら・・  
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2005年12月23日

ICHIZU (一途)

一途で一生懸命な姿って好きです。
仕事、恋、趣味なんでも・・


わたくしはどちらかというと不器用で
1度に複数のことが出来なくて
それだけならまだいいのですが
ひとつの事に夢中になると半端でないのが
欠点と言えばそうです。
恋愛の場合はそれが逆にいいのかもしれませんが・・




ICHIZU ICHIZU 流行らないけど
涙が出るほど 好きな男性
ICHIZU ICHIZU 不器用だから
本当の恋は死ぬまで これきり
(やしきたかじん ICHIZU)


流行らないって・・
どこで線引きするのでしょうー?
女の本質はいつの世も変わらないと
信じていたいわたくしです。




ため息と一緒に 遊びなら甲斐性だと
          落ち着いてみせたって



男性の遊びが甲斐性って言葉で
どこか許されているのと同じで・・


男女平等なんて考えがはびこってしまって
何もかもが同じだと勘違いされがちだけれど
男と女は違うんだと思います。
だから差別ではなく・・区別はするべきだと
わたくしは・・思っています。



たとえ流行らなくても・・
ICHIZUに・・一途に・・
生きていきたいです。  
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2005年12月22日

ささやかなこの人生


誰かを愛したその日には
たとえちっぽけな絵葉書にも心が動き
愛をなくしたその日には
街角の唄にもふと足を止めたりする
(伊勢正三・・ささやかなこの人生)

哀しいかな人って・・(自分だけかなぁ?)
この目に見えない何か・・って感じの
”愛”ってものに惑わされて生きています。
”愛”が欲しくて右往左往して
気がつけば道に迷ってる自分がいます。

やっと見つけたと喜び勇んで手を出すと
独りよがりの勘違いだったりもします。

それでも懲りずに求めています。

自分だけにそそがれる ”愛”

どんな事もどんなものも・・
薔薇色に変えてくれる ”愛”

特別なものなんて持ち合わせない
普通の人間のわたくしにひとときでも
不思議な力をくれる ”愛”

”愛”のある無しで
心の目に映るものすべてが違って見えるのですから
ほんとに驚きます。

わたくしはそう・・単純なんです・・笑

ささやかなこの人生。
せっかくなら ”愛”の力にあやかって
生きていきたいですね。

大事な人に ”愛”をそそいでいますか?  
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2005年12月21日

人として

先日、わたくしの記事に
下記のコメントをいただきました。

♪人として人と出会い 人として人に迷い
 人として人に傷つき 人として人と別れる
 それでも人しか愛せない (武田鉄矢 人としてより)
日本中大寒波が吹き荒れた昨日でしたが、
やっぱり人の心をいつも暖めるのは、
ストーブではなく、人なのですね。

ほんとにそうですよね。
今日は佐賀平野も昼間からの寒波と雪で
車の屋根も町並みも白い雪で化粧しています。
やっと帰り着いた部屋は暖房器具で
すぐにあったかくなりますが
ひとりきりの心細さは”人”でないと埋められません。
人肌恋しいとはこういうことですね。

バツイチになってからのわたくしは
それ以前の引っ込み思案でおとなしいわたくしとは
まるで違ったわたくしでないと
こうして生き抜くことは難しく・・・
必死に演じているうちにそれなりに身についてきました。
だからとりあえず変わってしまったこのわたくししか
知らないひとたちは・・
(今ではほとんどがそういうひとたちですが)

”お前は悩みなんかな〜んもなかろ?”

恐いものもなにもなく強い女だと思っているようです。
そんなことなんてないのに・・・
いつだって誰かに守られて生きてみたい。
自分で頑張らなくてもいいようになりたい。
そう願っているわたくしです。

気がつくと最近のわたくしは
ブログで記事を書くということに出会って・・
そのおかげで心暖かいコメントをいっぱいもらって
みなさんに励まされて生きているようです。
感謝しています。
ほんとにありがとうございます!!

それから昨日の記事のかぁさんのことですが
その後に出会った男性と再婚しました。
かぁさんなりに短い間でしたが幸せをつかんで
そして・・他界しました。
父の彼女だった女性はかぁさんと父の離婚後に
晴れて父の籍に入って妻の座におさまりました。
でも父も亡くなり・・彼女も今はひとりです。


人として人と出会い 人として人に迷い
人として人に傷つき 人として人と別れて
それでも人しか愛せない  
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2005年12月20日

ガラスの花

かぁさんと父はわたくしが2歳半の頃から完全別居でした。



かぁさんにすれば父が博多で事業を起こすと
ひとりで島を頻繁に出て行き
かぁさんを厳しい姑、小姑の中に残したまま
挙句は博多で別の女性と暮らしだした時から
「心」はひとりだったのだと思います。




かぁさんはわたくしを連れて逃げ出してから
ずっと父に離婚してくれるように懇願していたらしいのですが
自分は別の女性と暮らしていながら
かぁさんの要求を拒否し続けて・・・
結局はわたくしが高校を卒業した時に
やっと正式離婚を承諾してくれたのです。



その間は父の女性だってずっと日陰で
子供が出来てもわたくしがいるからと
父に拒絶されて生ませてもらえなかったと聞いています。




男としてかぁさんや彼女やわたくしの事を
どう思って生きてきたのか聞いてみたかったのですが
とうとう答えてもらえないまま・・
父も数年前に亡くなりました。



わたくしとふたりになってからのかぁさんの人生。
女なのですからいくつかの恋をしています。
離婚してもらえない宙ぶらりんのまま・・
その恋をわたくしもそばで見ていました。




2つ目の恋。
それは妻あるひとでした。





まちがいだと気づいてたわ
それはわかりすぎるほど
時に愛は 悪を承知で燃え上がるそれも愛 ♪
(高田みづえ    唄   ガラスの花)





わたくしが中学の頃の話です。
ある日、どこに行くとも聞かされずに
長崎方向の電車にふたり乗りました。




何だか寂しげなかぁさんに何も聞けずに・・
乗り継いでやっと下車した時は暗くなっていて
そこは長崎県の諫早という町でした。
どこに行こうとしてるのか・・・
わたくしはそこで理解しました。




見知らぬ町をとぼとぼ歩いて
緩やかな坂の静かな住宅街。
きっとあの彼の家なのだと・・察しました。
ただ・・ボーっと見てきただけです。
あんなに時間をかけてたどり着いて・・・






マンションの窓灯りが
またひとつ消えてゆく
幸せに暮らしている
貴方を見つけただけね  ♪




いつもならとても自分に自信をもって
堂々としてるかぁさんなのに


★ ねぇ〜。あのひと・・どう思う? (かぁさん)



かぁさんはわたくしに聞きました。



☆ たぶんダメよ!
  家庭(うち)に帰っていくひとさ (わたくし)



わたくしの予想したとうりの結果になりました。




抱きしめてもう一度 
明日はいらないから
一日でこわれてゆく
ガラスの花でいい   ♪
  
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2005年12月19日

わたくしは子供の頃に年に1〜2度の割りで
知らないおじさんに会わされていました。


最初はかぁさんが一緒なのですが
いつだっていつのまにかいなくなって
おじさんとふたりだけになってしまって・・
それが大概・・博多駅でした。



今でもそうですが博多駅は井筒屋という
老舗デパートと一緒になってるって感じで
もちろんその当時もそうで
気がつけばいつも・・口数が少なく
子供の目から見てもとても綺麗(綺麗って表現が合う)な
そんなおじさんとデパートめぐりで・・・



だからなのかふたりで歩いていると
すれ違いざまに振り返って見るひとが多くて
何だかわたくしは恥ずかしかったのを覚えています。


引っ込み思案でおとなしいわたくしは
消えたかぁさんのことを聞くことも出来ずに
不安でたまりませんでした。



何度も繰り返されることなので
かぁさんにも絶対に消えないって約束してもらって
おじさんに会うことを承諾しても
ほんとに上手にわたくしの目を盗んで消えてしまいます。
その日もそうでした。




・・・でわたくしは決死の想いでやってしまいました。
かぁさんの真似しておじさんから脱走。
何とか目を盗んでその場から消えました。



どうやって探し出したのか自分ででもさだかじゃないけれど
博多駅の放送室らしきとこに駆込んで
迷子になったふりしてかぁさんを呼び出してもらったのですが・・・



しばらくすると右側からかぁさん・・
左側から哀しそうな顔のおじさんが・・



そのおじさんが自分の父親だと知ったのは
確か小学校の5年生になっってからでした。
それと同時にあの時のおじさんのあの哀しそうな顔の意味。
やっとわかった気がします。



”駅”は
かぁさんと・・父と・・わたくしの・・複雑な想い。
3人の心の中を見ていたただひとつの証人です。

  
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2005年12月18日

帰ざる日々


最後の電話 握り締めて
何も話さずただじっと
あなたの声を聞けば何もいらない
いのちをのみほして目をとじる
バイバイバイ私のこころ
バイバイバイ私のいのち
バイバイバイバイマイラブ


この唄を聴くと思い出します。
以前・・夜の勤めの頃のこと。
フィリピンの娘とも働きましたが
お店の方針でしばらくポーランドの娘とも働いてて・・
その中のRって娘・・
日本は初めてっていう娘でした。



彼女たちはお金のためにこんな日本に来て
言葉の壁から始まって・・
残してきた家族や恋人への想いもぐっと心の中。
いろんな辛さを乗り越えながら
とりあえずの半年を過ごすのです。
半年で1度は帰らなければいけないので・・



人気がでてお店からのリクエストがあれば
また同じお店に戻って来たりします。
それがなければ次回は日本のどこか違うお店へ・・
だから必死です。
仕事は日本人のホステスと変わらない仕事の上に
ショータイムまでこなさなければいけません。
指名もとって・・売り上げも上げて・・


彼女たちとの会話のためにと
わたくしもポーランドの言葉の本も買って
一生懸命でしたが・・ダメダメ。
彼女たちが日本語を覚えるのが早くって・・
カラオケまでいつのまにかマスターしています。
昼間のうちに毎日のように
お店でショータイムのダンスの練習をするので
たぶんその時に唄の練習もするのです。
衣装だって自分たちで縫っているのを見かけました。



ある時、来たばっかりで日本語なんてまったくだったR。
少しずつ覚えてるなぁーっては思っていたけれど
びっくりしました。
お客様を横に・・ステージでカラオケ。

バイバイバイ ワタシノ アナタ


”えっー ! うそやろー 


”ネェー・・イミワカッテル??”って聞いてみました。


”ウン・・ママ ワカルヨ・・ジサツスルウタ


それもびっくりだけれど
そういう唄を好んで歌ってるRの心のうちが
何だかわたくしは心配でした。
でも彼女はあっという間にナンバーワンになりました。
日本人好みのポーランドの娘の割りには小柄で
グラマーな娘ででしたし・・金髪が綺麗で・・


もうひとつ驚いたのは彼女は鯉料理が好きで
中でも鯉こく(鯉の味噌汁)が大好きで・・
その頃はわたくしは免許はあるけど車がなくて
鯉料理で有名な町に連れて行きたくてもできなくて
お客様で信用できる歯医者さんにお願いして
彼女を連れて行ってもらいました。



不景気で大変な世の中になったとはいえ・・
日本人って甘えてるなぁーっと思います。
彼女たちに比べたら・・

  
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2005年12月17日

神田川

かぁさんがわたくしを連れて逃げてから
(嫁ぎ先から・・・)何度か引越ししましたが
わたくしが物心ついた時にいた最初の借家は
ほんとに大きな家でわたくしたち以外に
2階の部屋と離れの家とに2組の別世帯。
そして台所といっても釜戸のある土間のそばに
もうひとつあった小さな部屋にはかぁさんの母・・
おばぁちゃんが住んでいました。

みんな割りと個別した造りになっていて
不思議な説明の難しい家の造り・・?
とにかく生活は別々にできる・・けど
トイレは共同でしたか・・
お風呂もそうで五右衛門風呂といって
子供のわたくしはとても恐くてひとりで入れなかった。

だから ”神田川”って唄みたいに
横町って感じで簡単には行けないけれど
片道30分ほど歩いて銭湯に行くのが楽しみで
かぁさんの後を小走りで歩いて・・
ほんとにたまに贅沢で帰りにかぁさんが寄ってくれた
ホルモン焼き屋さんの味は忘れられません。
そうそう・・お風呂上りのフルーツ牛乳も・・

話はとびますが・・・
その家の庭がまたとんでもなく広くて
50メートル走だって出来るくらいで
柿の木が2本あってそれに縄をはって
ブランコも作ってくれてた。

こんなことを書くとまだわたくしのブログを
最近になってからか・・初めて読むひとは
わたくしの年齢がもうおばぁちゃんに近いって思うかも・・?

まだそこまではいってません。44です。

わたくしたち母娘は一卵性親子と言われるほど
いつだって一緒で離れなかった。
わたくしが中学くらいになるともう親子というより
女ともだちみたいな感覚になっていて
わたくしが恋をして男性に走るまでずっと・・

”神田川”は男と女の恋の唄なんだけれど
わたくしはかぁさんとの子供の頃の情景が
なぜか鮮明に浮んできてしまうのです。
あの銭湯へ続く道のりの緩やかな下り坂。
わたくしと違って小柄なかぁさんの小さな背中。
その背中越しに見えた大きな夜空。

今でもわたくしの心を暖かくしてくれます。  
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2005年12月16日

案山子

わたくしにはもう両親はいません。
故郷といってもわたくしが生まれた土地は
かぁさんが逃げ出した父の実家でその父も亡くなってて
かぁさんと子どもの頃から暮らしてた町は
わたくしの身内など誰もいませんから
たまに仕事で行くことありますが
確かに友達はいても”行く”・・という感覚で
わたくしが”帰る”といったら今暮らしてるこのアパートです。


元気でいるか 街には慣れたか 友達出来たか
寂しかないか お金はあるか  今度いつ帰る 

暖かい歌詞です。
かぁさんが生きている時はこんな言葉を聴かなくても
わたくしの心がかぁさんの声にならない言葉を
きっと聴いていたのだと今は思います。
なぜなら別にかぁさんに経済的に助けてもらったり
元気かと優しい言葉をかけてもらわなくても
離れていてもかぁさんがいるというだけで
安心して無茶もできていたのだと思うからです。
だけど・・もういません。


手紙が無理なら電話でもいい ”金頼む”の一言でいい
お前の笑顔を待ちわびる   おふくろに聴かせてやってくれ

親って子どもからすると何だか不死身な気がする。
順番からして先に逝くのは当たり前なのに
ずっといてくれそうな気がして・・存在に甘えてしまう。
重い病気になったり・・いなくなられて初めて・・
自分にとってどれだけ支えになっていたのかに気づいて・・
もっとそばにいたかった。
もっと・・・もっと・・・悔やむ気持ちでいっぱいになる。
それでは遅いのだけれど・・

どうか・・大切にしてあげてください。  
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2005年12月15日

わかってください


・・・時おり手紙を書きます。
   涙で文字が滲んでいたなら
       わかってください
 (因幡晃 唄 わかってください)



ふたたび手紙の話になります
今回は恋文(ラブレター)ってことで・・

中学、高校の頃はよく代筆を頼まれました。
高校の同級生の男子に頼まれて
ちょっとの間、その子のお兄さんと付き合った時、
明るく自宅の部屋に呼ばれてお邪魔したら
机の上にわたくしがある女友達に頼まれて
書いたはずの恋文が・・
あの子はこのひとが好きだったのかと
初めて知りました。

恋文とはまた別になるかなぁー。
元夫とはずっと交換日記を交わしていました
毎日会ってるくせに面と向かって言えない事や
言いそびれたこと・・
たまには涙で文字が滲むことも・・
何しろ若いふたりのこと・・いろいろありましたから・・

だけど考えてたら今みたいに携帯もなくPCだって・・
だから会えるまでの楽しみももどかしさも
好きだと思う気持ちを燃え上がらせるばかりでしたね。
出来るだけ一緒の時間を大切にと思ったし・・
失敗してしまった時はおろおろと交換日記に
反省文を綴って・・

今時のメールでは涙は滲みません。
絵文字で涙マークにしますか?
何だか情緒がありませんよね。

そういえば代筆だけでなく
恥ずかしいから相手に渡してきてほしいなんて
配達まで頼まれてしまって・・手渡しながら
本人でもないわたくしが緊張したりしました。
あのドキドキっていいドキドキですよ。
過ぎてしまえば快感に変わります。

まだまだ若い方にはなおさらですが
恋文は手書きをお勧めします。

もちろん他の手紙もそうですが・・
素敵な記念切手や絵葉書も溢れていますから
是非・・活用してくださいな!  
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2005年12月14日

あなた

小坂明子・・”あなた”
いつもコメントを頂いている+あいさんの
旦那様との想い出の唄でしたね?


もしもわたしが家を建てたなら
小さな家を建てたでしょう〜

・・・・・・・・

わたしの横にはわたしの横には
あなた あなた あなたがいてほしい・・

子供心にこの唄を聞きながら
結婚生活というものに夢と希望を感じたりして・・
小さな家に大きな窓。
旦那様と・・なぜか男の子と・・そして子犬。
女の夢ですよねー。いつの世も・・・

でもそう言いながらわたくしはとっくにバツイチですし
根無し草みたいなわたくしには
借家暮らしが性に合ってるみたい・・??

ただ・・そばにあなたは必要ですが・・
いくつになっても恋焦がれる気持ちが大事です。

男はいつも待たせるでけで
   女はいつも待ちくたびれて・・(松山千春・恋)

今ではそんな強い男性も少なく奥ゆかしい女も少ないけれど
時代は流れて愛の形は変わっても
きっといい恋愛は不思議な力で
わたくしを成長させると信じています。

ところであの・・マンション事件!
一世一代の夢の買い物をして夢破れ・・
なんと言っていいやら・・
  
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2005年12月13日

旅の宿

何だかずっと生活に追われて・・
まぁー・・余裕のお金もないけれど
ゆっくり ”旅の宿”ってわけにもなかなか・・
でも想像するだけでもにやけますねー・・笑
しなびた温泉町かなんかに出かけて・・

わたくしは飲めるけれどお酒は嫌いなんで
飲んでる誰かさんを横目においしい物をいただいて
頭の中を空っぽにして・・・
そういうのを命の洗濯って言うのかなぁー?

20代の頃は5月がわたくしの誕生月なので
元彼が連休をはずしてわたくしの大好きな場所。
宮崎の高千穂の町に連れて行ってくれてました。
なぜか行くたびに雨で雨女でしたが・・
めげずに夜の町を歩くと山間の町のパチンコ屋さん・・
ちらっと見ると数えられる程度のお客さん。
思わず笑みがこぼれます。
何度行っても心休まるとこでした。

僕はすっかり酔っちまって・・
    君のひざまくらにうっとり

いい唄だけれど・・
できたら、わたくしがひざまくらにあやかりたいものです。

たまには ”命の洗濯 ”してますか  
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2005年12月12日

ありがとう

もう今はないのだけれど・・
わたくしが以前にフィリピンクラブの雇われママ時代に通った店。



お客さまの紹介で知ったスナック(スタッフは男性のみ)ですが
ここのマスターはわたくしにとって
”ぬかるみの女”同様に師匠です。


わたくしはこうして文章にすれば自分の想いを
存分に表現できるのですが(それでもたまには言葉足らず?)
実際に自分の声で自分の言葉で想いを伝えるのが
とても下手なのです。


喜怒哀楽の怒と哀はともかく喜と楽は精一杯に
相手に伝えなければとわかっているのですが
何だかテレが入るのか・・うまくできません。


”あなたに会えてよかった〜”とか・・


”来てくれてありがとう〜” とか・・



お客さま商売には絶対に必要なリアクションです。
もちろん普段の人間関係をうまく丸めていくのにもです。



その点、マスターは素晴らしいひとでした。
”ありがとう”の天才でした。


最初は紹介してくれたお客さまの顔を立てるために
別のお客さまを連れて出かけました。


その時のマスターの喜びようといったら
こちらが恐縮するほどのもので・・なのにいやらしくなく・・
顔いっぱいを笑みで輝かせて・・・・


★ ママー!
  ありがとうございまーす!!


そしてすかさず連れのお客さまにも同じように・・・



わたくしはあの ”ありがとう”を聞きたくて
それから3ヵ月毎日通いました。


払いはみな・・その時々の連れのお客さまですが・・
自分のお店が夜中の3時に閉店してからの毎日ですから
ほんとにすごいことです。


しかもひとりでは行きません。
必ず、売り上げ協力になるようにスポンサー付き。
誤解のないように補足しておきますが
当時もちゃんと彼はいましたので
マスターに女として特別な感情などありません。



ただただ・・”ありがとう”を聞きたいばかりです。


わたくしも何とかあれを盗んで身につけようと
努力はするものの正直・・未だにダメです。


心ではいつも叫んでいます。
わたくしをとりまくすべてのひとに精一杯の


    ありがとう!!

  
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2005年12月11日

サタデーナイトフィーバー

そう言えばこの曲はなぜか・・
わたくしの高校の時の体育祭でフォークダンス。
巷ではディスコが流行ってた時期ではあったけど
なんでこれでフォークダンス・・?
今になって考えてみても理解できないですね。
思わず笑えてきます・・笑
どんな振り付けだったかも覚えていないので
想像してみるのですが見当もつきません。
3曲あったのですが2曲はディスコソングでした。
この曲は・・ジョン・トラボルタでしたっけ??



フォークダンスと言えば・・
中には自分の好きな相手がめぐって来るのを
ウキウキして目で順番を数えながら待ってたりしてる。
そんな子もいましたねー。
ほのぼのしてきます。



しかし・・当然のことながら
学校はディスコ出入りなんかもっての外・・
確かサタデーナイトフィーバーの映画を見るのも禁止。
なのに選曲されたのも不思議でした。
ちなみに中学3年の時は”岬めぐり”がありました。



今時の高校生からすれば可愛いものですが
それなりに一生懸命でいい季節でしたね。
・・と綴りながら
”太陽がくれた季節”も思い出しました。  
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2005年12月10日

上を向いて歩こう

1985年8月12日、520人の命が奪われた、
日本航空・東京-大阪123便墜落事故。


その事故で坂本九さんも亡くなりましたが・・
事故の報道が流された時は福岡にいて
テレビをつけっぱなしで眠る習慣のわたくしは
夢か現実かと・・疑いたくなる映像で目が覚めました。
雨の朝でした。確か・・・



それから3日後に1度・・
現在、生存しています土地に越してきましたので
記憶がとても鮮明で忘れられません。


雨の中を荷物を運び・・
雨の中をとりあえず働くお店を探して歩きました。
1度・・というのは途中また福岡のネオンが恋しくて
戻った時期があったからです。


もちろん、あの事故はとんでもなく悲惨で
今でも語り継がれるたいへんな事件ですが
あの頃はわたくしの中でもたいへんな時期で
自分のことで精一杯でした。



坂本九さんを偲んで流れる・・

♪ 上を向いて歩こう〜
  涙がこぼれないように ♪



わたくしもだいぶん励まされ・・救われました。



今年はあれから20年ということで
特別番組がたくさんありましたので見るたびに記憶がさかのぼり、
あの頃のことをやっと懐かしい思い出と流すことの出来る、
そんな自分になれたことに気がつきました。
それこそ ”時の流れに身をまかせ”た結果ですか・・?




数年前にたまたま・・あの事故で両親を亡くしたという
青年に福岡で会いました。
親戚にひきとられ・・事故の補償金で大学も出て・・etc
ぽつぽつと話して聞かせてくれました。
あの青年も元気でいるのでしょうか・・?




どんなことがあってもできるだけ頭をうな垂れることなく
上を向いて歩いていけたらと思います。  
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2005年12月09日

瞳をとじて

瞳をとじたら・・何が見えますか?
・・というか・・誰かの顔が見えませんか?



わたくしは右目の奥にはTさん・・
     左目の奥にはかぁさんの顔が見えます。


ふたりとも亡くなっていますがわたくしにとって
このふたりの死はこの上なくショックでしした(>_<)



Tさんについては過去の記事で
”今は亡きTさんへ”に綴っています



内容を見るとわたくしの彼ではないかと
誤解されてもおかしくないほどに
強い想いが入ってしまったようですが
それだけ男性に対する恋愛的感情と違う・・
特別な想いだったんだとどうか解釈してください。


実は目をとじなくても見えてたりします。
Tさんは今年の7月でしたからなお更です。



時々、思うのです。
ひとって・・死を迎える瞬間に瞳の奥に
自分にとってのいい思い出・・いいひとの顔が
きっと走馬灯のように駆け巡るのではないか・・
幸いに経験がないので想像の世界ですが・・


かぁさんは当然のこととして・・
Tさんの瞳の奥にわたくしは・・?


身内は別として・・
誰かの死の瞬間の瞳の奥・・



そしてもしもこのわたくしが死んだ後にも
誰かの瞳の奥に生き続けられる・・
そんなわたくしになりたいです。  
Posted by net_i5750 at 18:38Comments(51)TrackBack(1)

2005年12月08日

中央フリーウェイ


・・・片手でハンドル
片手で肩を抱いてー



わたくしの場合は肩というより膝の上でして・・
よほど置き心地がいいのか・・?
今彼はなんとも出不精でおまけに方向オンチときていて
もう11年にもなるのにまともなドライブは
両手の指は使わなくてもいいかも・・?


まぁー・・あまりの方向オンチなので
乗っていても安心できなくて精神安定しないので
喧嘩しないためにはドライブは避けた方が無難だけれど
たまには意識して連れ出して欲しいですよねー
それが ”愛”ってものです。



元夫も元彼もその点は惜しみなく時間を使ってくれた。
わたくしはある離島の生まれのわりには
なぜかかなづちで泳げない。


だから海そのもので遊ぶのは苦手だし・・
あまりにそばは好きではないけれど・・
海の見える道筋を車で走るのが大好きです。



いとしのエリー
ムーンライトサーファー
バスルームから愛をこめて
その時々のシーンを思い出す曲です。
そんな唄ってあるでしょうー?
この曲を聴きながらあのひとと・・なんて・・



・・で不思議とみんな片手はわたくしの膝の上。
だから成長したのでしょうか?
膝が成長・・?? ・・てなわけないですねっ!



そういうわけで最近は好きな海岸通りのドライブはなく
仕方なくユーミン〈荒井由美)のCDで
昔を偲ぶわたくしです。
でも決して ”あの日にかえりたい”わけではありません。
今が大切ですから・・・
  
Posted by net_i5750 at 18:55Comments(49)TrackBack(3)

2005年12月07日

関白宣言

最近は ”関白宣言”どころか・・
びっくりします
主人在宅ストレス症候群・・??
なにそれー!って思いましたよ。
亭主元気で留守がいい・・を超えてます。

何だか情けない限りです。
じゃぁーなぜ結婚生活続けているのでしょう?
結婚する時ってたいがいは一緒にいたいから・・
かたときも離れていられないから・・
女からすると同じ姓に(苗字)なりたいから・・
(夫婦別姓もわたくしは理解に苦しみます)
熟年離婚についても以前の記事に書きましたが
どうなっているのでしょうかー?
この日本!

やっと定年を迎えて・・ゆっくり家でと思ったら
今度は邪魔者扱いですか?
男って何なのーって可愛そうですねー。

うつみ美土里(字が違うかも?)さんがテレビで
普通であることの幸せ・・を語っていました。
五体満足であることはほとんどのひとにとって普通のこと。
でも体の不自由なひとには夢のようなことなんですね。
小さなわたくしだけの世界のことで言えば
夜働かなくてよくなってこうして家にいて
リアルタイムで好きなテレビ番組を見る・・
それが普通であることの幸せのひとつです。

夫婦が一緒にいる・・
定年になったからご主人が家にいる・・
お休みだからご主人が家にいる・・
普通であることの幸せじゃないのでしょうか?

初心をどうか思い出してください。
相手に気に入られたくて発する言葉ひとつにも
一生懸命に気を使っていた頃。
相手の軽い命令形の態度にも腹をたてるどころか・・
なんとなく喜びを感じてた頃。

普通であることの幸せのありがたさ忘れないでください。
もしもご主人がそれを忘れている様子でしたら
思い出させてあげる努力をしてみてください。
せっかくここまで共に生きてきたのでしょうから・・
  
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2005年12月06日

妹よ
ふすま一枚隔てて今
小さな寝息をたててる妹よ(かぐや姫)

とても憧れていました。
わたくしは一人っ子で・・
実質、母子家庭でしたから父親はいない。
かぁさんと女ふたりの生活。
兄さんという存在が欲しかった。
もちろん父親もだけれど・・
何より・・強く優しい兄さんに憧れました。

無い物ねだりがこうじて
今でも強く求める気持ちがあります。
昔堅気で・・無器用で・・
それでいて溢れる包容力で受け止めてくれる。
そんな兄さんがいてくれたらと・・

ある意味・・ファザコン?
男性に求める理想はずっと年上が第一条件です。

わたくしよりもすべてに上をいくひと。
理想高すぎ・・
わたくしの唯一のささやかな希望ですので
許してやってくださいな。

守るより守られたい!!
わたくしの心の叫びです。

女ですもの・・・  
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2005年12月05日

雪の華

わたくしが住む町(九州)にも今日は雪が降った
初雪だったんだろうと思う。
雪を見るとなぜこんなに気持ちだけ子供にかえれるんだろう・・
子供っていうか・・純粋にというか・・
いろんなことに流されて・・
誰かの唄の歌詞にある ”汚れちまった悲しみがー”って感じ?
・・・の今の自分が気恥ずかしくなるようです。

少しは打算的になりましたし、
無償の愛でなければとわかってはいても
相手の想いも求めている自分が確かにいます。
それは恋愛関係に限らずです。

誰かのために何かをしたいと思えるのが愛ということを知った
(雪の華)

・・・してあげた・・のに・・
のに・・が余計なことですね。
それを思うと思いの外・・
自分が考えてるほど相手はそうでもないことに気づかされ
勝手にさびしくなったりして・・
精神衛生上よくありません。

依存心とやらを捨てなくちゃ〜って自分に言い聞かせる。
ううん・・何度もこれまで言い聞かせて・・
まだまだ変わらぬ自分がここにいます。

雪のように白く・・
雪のように柔らかく・・
雪のように・・実は暖かい・・
おばぁちゃんを目指します
なれるでしょうかー?  
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2005年12月04日

花 (すべてのひとの心に花を)

これも歌のタイトルです。

心に花を・・
心に大切な愛という水気が足りなくて・・
からからで・・花さえ咲けずにいるひとがいっぱい?
さびしいひとが増えてるのでしょうか?

同じ人間でありながら信じられないことをする。
親が子供を殺し・・子供が親を殺し・・
平気で他人を傷つけ・・

"罪を憎んで人を憎まず・・??”

人が罪を犯すのに人を憎むな・・?
何だかわたくしには理解できないんですが・・
まだまだ小さな子が無差別に殺されてしまう事件続きで
残された親の気持ちを考えるとたまりません。

どうしてそんな犯罪者ができあがってしまうんでしょう?
何がきっかけで心を壊してしまうんでしょう?
きっと・・愛が足りなくて渇ききってるんです。

大切なひとにはどうぞ”愛”を忘れないでください。
精一杯の”愛”をこめて適度な水を与えてください。
過剰に与え過ぎてもいけません。
逆に根腐れを起こします。

花を育てる時に”綺麗に咲いてね!”って
ささやきながら世話をしたら効果があると
いつか聞いた記憶があります。
そんな感じで接してください。

大切なひとの心の花を枯らさないでください。
せめて自分にとって大切なひとだけでも・・
  
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2005年12月03日

学生街の喫茶店

最近はほんとの純喫茶と言える喫茶店が
ファミレスや大型チェーン店におされて
どんどん姿を消しました。


缶コーヒーが飲めないわたくしには残念です。
余計なものは言わず・・寡黙で・・
それでいて聞き上手なマスターなんかが
カウンターの中にいてくれて
今の流行の(癒し系)的喫茶店。
おいしいコーヒーの飲めるお店が恋しいです。



本人いわく・・
わたくしのかぁさんは福岡で初めての
女のソフトのバーテンダーだったんだと言って・・
わたくしが子供の頃からノンアルコールの綺麗な色のカクテルや
ミルクシェーキなんかもシェイカーをかっこよく振って
自慢げに作ってくれました。


作ろうと思ったらアイスクリームだってこれで出来るんだと
実演して見せてくれたり・・・
シェイカーの振りもうまいけれどジルバの腰の振りも・・笑
なかなかハイカラなかぁさんはわたくしの自慢でした。
かぁさんにはそれは言わなかったけれど・・



ある日・・ある街の洒落た喫茶店。
もちろんわたくしがまだ子供(小学高学年)の頃かな・・?


”あの・・わたしはモカでこの子にはウインナーコーヒーください”


わたくしは心の中で・・
”えーっ!コーヒーだけだって苦くてあんましおいしくなかとにー
なにー!コーヒーにウインナーなんか入れんでばい。
ウインナーはウインナーだけ食べたかー”



実はウィンナーコーヒーがなんぞや・・知らなかったのです。
あのウインナーって思いましたよ。
お弁当のおかずに使うやつ・・
コーヒーに生クリームがのってる・・それがウインナーとか・・
今となっては笑い話です。


かぁさんは自分で入れるコーヒーにも拘りがあって
布で出来た濃し機を使うのが一番おいしいと言ってました。
わたくしが住む町に一軒そうするお店があって
そこのマスターを見るたびにかぁさんを思い出します。



あー・・おいしいコーヒーが飲みたくなりました。
ちょいと・・行ってきまーす  
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2005年12月02日

時の流れに身をまかせ

そうです。
時の流れに身をまかせて・・
生きてくるほかなかったのです。


逆らう勇気も力もありませんでしたから・・
”苦あれば楽あり”の繰り返し。


死んでしまいたいような辛い時期もあれば
生まれてきてほんとによかったと思える幸せな時期もあり。



ここまで来ると何だか慣れっこになってきて
苦しい時もいつまでもこんなこと続かない。
きっともうすぐいいことがあるに決まってるって思うし
逆に幸せな時はいつまでこれが続くだろうって
終わってしまうことを考えて不安になったりしますが・・・



自分の感情との戦い・・いたちごっこ?
ゲームアウトはいつなんでしょう?



何かあると慰めの言葉・・”時間が解決するよ”
時間はすべてのひとに平等に与えられた唯一のもの。
どんなひとにも・・どんな時でも・・
夜も来れば・・朝も来ます。



どんなに泣きはらした夜でも気が付けば待っているのは
明るい始まりの朝です。
考えてみたら人間なんてちっぽけなものですか?
見えない何か・・時に流されて生きるしかありません。



明日はないものと思って悔いなく生きるってのも大切ですが
場合によっては ”明日があるさ”的の+思考っていうか
怠け者になってみてもいいですよね。



とりあえず・・ゲームアウトのその時までは
わたくしなりにもがきながら・・
時の流れに身をまかせて・・生きましょう!  
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