2006年06月30日

お知らせ

このところずっとご迷惑かけています。
今夜も遅くなりました。
これから更新に入りますのでしばらくお待ちください。
ごめんなさい。  

Posted by net_i5750 at 23:26Comments(7)TrackBack(0)

犬と月

この記事を読む前に10月2日の交尾・・?
11月29日の愛と死を見つめてを先に読んでください。
よろしくお願いします。


わたくしの記事は文章の緑色の文字の部分をクリックすると
関連ホームページや過去の記事にリンク出来るように
設定していますのでお手間ですが覗いてくださった方が
記事への理解が深まります。


前回の記事、微笑みのひとで予告しましたが
今日(29日の昼間)はある理由でママとデートでした。
ママとは・・・
佐賀龍登園ホテル内のクラブドラゴンのママです。
ママはわたくしの仕事のひとつである携帯電話販売での
10年来のお客様です。
すでに両親もなく、一人っ子だったので兄弟もなく
この土地に身内さえいないわたくしにとってのお客様は
大切な友達でもあり家族のような存在なのです。




震えた犬が
月の下をとぼとぼ歩いて来た
怯えた瞳で
月の下 忍び足 歩いて来た♪
 (Bonnie Pink  唄  犬と月)



ママとのデートの「・・ある理由」とは・・・
ママお待ちかねの可愛いわんこの引渡し日だったのです。
先月の23日に生まれた黒柴の赤ちゃんです。
交尾・・? で紹介しました、まりちゃんとぶんたの赤ちゃんです。
あの時は失敗の巻きで終わっていたのですが
その後に再び挑戦しまして無事に生まれて来ました。

まりちゃんは実はほぼ・・1歳の時にわたくしがお世話して
ブリーダーをやってる福岡の友達のところから
愛と死を見つめてのSさんのお宅に里子に出していたのです。
Sさんもわたくしの携帯電話販売の仕事でのお客様です。
彼とも7〜8年のお付き合いにはなると思います。

そんな彼から先月の24日に電話をもらって
3匹生まれた中の1匹であるメスのわんこの里親を
探してもらえないかと頼まれましたので犬好きのママを思い出し
今日という日を迎えたのでした。




淋しがりやの
バカでどうしようもない犬と月は
見上げることと
照らすことを覚えた・・・・♪



初めのうちははブリーダーのわたくしの友達のところに行くにも
わたくしが同伴していましたがそのうち彼も(Sさん)慣れたのか
福岡のガンセンターに定期健診に行くついでに
ひとりでそこを訪れ・・・
いつのまにかぶんたも彼の知り合いのお宅にいるようです。
こうやってわたくしのまわりで人間同士のお付き合いの輪が
広がっていくのも喜ばしいことですが
それと同時にわんこの輪も広がっていっています。
この2年ほどでわたくしがお世話したわんこは5匹になりました。
それぞれに優しい飼い主に恵まれて幸せに暮らしています。


今日のわんこも命名「ナナ」ちゃんと名づけられ
きっと幸せに暮らしていくのでしょう。

手放すと決めてはいたものの可愛くて別れるのが辛くなった彼。
まっすぐ見つめて手を振ることが出来ずに
半分だけ背中を向けて手を振っていました。  
Posted by net_i5750 at 00:13Comments(72)TrackBack(0)

2006年06月29日

お知らせ

今夜はサーバーのせいではありません。
わたくしの帰宅が遅かったので
ただ今・・記事の更新途中です。
出来次第アップ致しますのでお待ちください。
ごめんなさい。  
Posted by net_i5750 at 23:00Comments(4)TrackBack(0)

微笑みのひと

今夜は佐賀龍登園ホテル内のクラブドラゴンのママが
携帯電話の充電器を無くして困っていると言うので
代わりの充電器を持参して龍登園へ久々出かけました。
わたくしの仕事のひとつは携帯電話の販売です。
気がつくともう11年になります。


わたくしの記事は文章の緑色の文字の部分をクリックすると
関連ホームページや過去の記事にリンク出来るように
設定していますのでどうぞ覗いてみてください。


龍登園で過ごした思い出のひとつを2月27日の記事で
愛燦燦に書いていますので読んでみてください。
よろしくお願いします。


龍登園にたどり着きはしたもののママの携帯に電話をかけても
応答がないので珈琲でも飲んでいようと思い・・・
ロビーで外の景色が一望出来る場所に座り珈琲を注文しました。
このホテルは高台に建っているので素晴らしい見晴らしです。
毎年開催される川上峡の花火大会はこのホテルで
花火が見える部屋を取れば最高のひとときを過ごせます。
わたくしは去年はそれを実現しました。
彼とふたりで・・・・
なかなか取れない部屋が取れたのはママのおかげです。


ママと連絡がつくまでと珈琲を飲みながら下を眺める。
嘉瀬川にかかった赤い橋と川の向こうの与止日女神社
ライトアップされて何とも言えない癒される風景。


珈琲を運んでくださった女性がとても興味をそそるお話を
聞かせてくださいました。




微笑みを絶やさぬ人は
ときめきを絶やさぬ人
どんな苦しみも乗り越えて
幸せを掴むでしょう  ♪
 (今井美樹  唄  微笑のひと)



この辺りの特産物で白玉饅頭というのがあるのですが

”白玉饅頭って名前の由来知ってますか?”

”いや〜 知らんねぇ〜・・?”

この付近の守り神でいらしゃる与止日女様は文字通り女性で
ある時、結婚もしてらっしゃないのに子供を産み落されて
その子供が白い玉のようだったと・・・
その言い伝えから白玉饅頭という名前がつけられたとのことでした。


そんな話を聞きながらあらためて外の景色に目をやると
なんだかわたくしの目の奥でタイムスリップして
大昔の光景が現れたような気になり
見たこともない与止日女様の姿が見えるようでした。
それも優しいお顔で微笑んでいらっしゃる・・・
なぜ、結婚もしないのに子供を・・・?
いや・・その前に与止日女様って神様?
神様って結婚するの?
そういう方面にはまったくうといわたくしは
その謎がわからないのでよけいに神秘的です。
問いかけても与止日女様は応えてはくださいませんでした。



争いに満ちた世界も
微笑みを交わすだけで
きっと優しさを取り戻す
難しいことじゃないわ ♪



そうしてる間にやっとわたくしを見つけてくれたママ。
無事に充電器は渡すことが出来て
明日(日付が変わってるので今日)の昼間に
ある理由でデートをする約束をしてお別れしました
  
Posted by net_i5750 at 00:39Comments(56)TrackBack(0)

2006年06月28日

お知らせ

サーバーがおかしいのかPCからの投稿が出来ない状態です。
コメント返しもPCから出来ません。
これも携帯から入れてます。
正常になり次第に更新しますのでどうかお待ちください。
ごめんなさい。  
Posted by net_i5750 at 22:25Comments(12)TrackBack(0)

2006年06月27日

愛という名の花

わたしが暮らす佐賀市には佐賀市エコプラザ
という施設があります。
佐賀市高木瀬のゴミ処理場の敷地内にある施設です。


わたくしの記事は文章の緑色の部分をクリックすると
関連ホームページや過去の記事にリンクすることが出来るように
設定していますので覗いてみてください。


この施設では市民の家庭から出たゴミの中でも再生可能な家具や
自転車、衣服、小物などをボランティアの方々の協力で
立派に再生したり・・廃材を利用して便利グッズを作成し
安価で販売しています。ちなみに・・・
古着は大人ものは100円〜
幼児、子供ものは 50円〜
自転車は月に1度の抽選で当選者に無料で引き渡されます。
くじ運の悪いわたくしはまだ一度も当選したことはありません。




愛という名の花を咲かせて
想いは届く 望む限り  ♪
 (岡本真夜  唄  愛という名の花)



わたくしも度々着ることのなくなった服や
壊れた傘、なかなか使わないタオルなどを寄付というか・・・
引き取ってもらいに持ってゆきます。
服はちゃんと洗濯済みで持ってゆくのでそのまま販売され
壊れた傘は布の部分を利用してバックや自転車カゴカバーに
ボランティアさん方の手によって生まれ変わり
タオルは雑巾やキッチンマット、バスマットに・・・・
これらも50円〜300円ほどで売られています。

何しろ不器用なわたくしはここにいったんタオルや傘を預けて
いろんな物に作り変えていただいてお手間賃を支払って
また引き取りに行ってるって感じで
自分が持参したタオルや傘で出来た物を買って帰ることもあります。

”お手間賃と思えば安いやん!”と言うと

”そう言われてみればそうやね^^”って

スタッフのみなさんも笑っています。
そのみなさんも実はボランティアの方々なんです。
ほんと、ご苦労さまです。
感謝しないといけません。




傷つくたびに
大切なもの
見失いがちになるよね♪



それとここでは第一と第三日曜日に館内でエコマーケットと名づけて
フリーマーケットが開催されています。
出店料は無料です。
館内で・・ですので天候には左右されず開催されます。
わたくしの知り合いがメンバーとして登録してらっしゃって
何事もなければ毎回、出店されるので
わたくしもブログを始める前までは頻繁にお手伝いに
行っていたのですがこのところ行けなくて
ちょっとさびしく思っています。

指定された場所に陣取って品物を並べ、にわか店主になり
少しでも安くいい物を手に入れようと目を輝かせて
かけ引きをしてくるお客さんとのかけ合い・・・
いろんな人間性の見える瞬間・・・
温かさもわびしさも・・ずるさも・・・
ほんの短時間の会話の中で見え隠れする見知らぬひとの生活も
なぜかすべてが愛しいものに感じられたりするのは
どうしてなんだろうと思います。
気がつくと常連さんなんかもいたりして
お互いに元気だったことを確認し合ったりして
田舎だからでしょうか?




いつも心に希望の花を
いつも心に抱こう  ♪


エコプラザは近くにありすぎて見えていない・・・
あたりまえな気がしてつい見ようとしてない・・・
忘れそうになっている・・そんな「愛」を
再生して販売している場所なのかもしれません。  
Posted by net_i5750 at 23:14Comments(74)TrackBack(0)

異邦人

日付が変わったので昨日ということになりましたが
わたくしは月曜日の夜は週に1度のアルバイトで
ずっと以前に勤めていたスナックに出ていまして
昨日がその夜でした。
約束通りの2時間だけのアルバイトを終えて
少しばかりの安らぎを求めて寄り道をすることにしました。


ここでちょっと5月7日の記事でもう少しを先に読んでください。
文章の緑色の文字の部分をクリックするとリンク出来ますので
よろしくお願いします。



わたくしが寄り道することにした場所は深夜に度々利用している
佐賀の飲み屋街の入り口、愛敬町にある喫茶ミール珈屋凪
佐賀駅から県庁に向う中央大通りというメイン通りと並行して
東側にある一本の道筋(愛敬町、白山町、呉服町など)に
飲み屋さん関係の建物は建ち並び夜の歓楽街を創りあげています。
その中にあるミール珈屋凪は開店から30年を越える古いお店で
AM2時まで開いていることもあって
夜ともなるといろんなお客様の層で賑わうお店です。




子供たちが空に向かい 両手をひろげ
鳥や雲や夢までも つかもうとしている♪
 (久保田早紀  唄  異邦人)



お客様すべてにそうなのでしょうけれど
お店のドアを開けて中に入るとほんとに嬉しそうに
にっこり笑みを浮かべて

”お〜 いらっしゃい!!”と

駆け寄って来てくれるマスターに癒やされたくて
つい足を運んでいるわたくしがいます。
今夜もそんな気分でした。


珈琲を一杯だけで早めに帰るつもりでした。
ブログの更新が気になっていましたので・・・
ところがふっと最近は会っていないひとの顔が浮かんで
それもまた気になって仕方なくなり思わず携帯に手が・・・・

”社長ー! お元気ですか?”

”お〜・・お前ーひさしぶりやっかー
        なんしよっとかぁー?”

”ミール珈屋凪におるよ ちょっと社長の顔が浮かんだけん
                気になってかけてみたさ”

”はぁ〜 ? そんならすぐ近くにおるばい”


わたくしが気になった時にすぐ近くにいる・・・?
・・・で結局は彼がそれまでいた居酒屋を出てこちらへ・・
彼とはわたくしが27歳の時に勤めていた夜のお店で知り合い
もう18年のお付き合いになるのですが
一時期、わたくしが経営していたスナックのビルのオーナー。
大家さんだった頃もあるのです。
要するに彼は酒房ビルのオーナーです。




あなたにとって私 ただの通りすがり
ちょっとふり向いてみただけの 異邦人♪



ひさしぶりに会った彼は相変わらずの饒舌で元気いっぱいでした。
あらためていくつになったのかと尋ねたらまもなく60歳だそうで
ひさしぶりと言ってもほんの数ヶ月ぶりなのですが
その間に大きな変化が彼には起こっていました。
再婚していたのです。
それも異国のひとと・・・です。
お相手は26歳のモルドヴァって国の女性。
結婚しようと思っているとは聞いてはいましたが
現実のことになるとは正直言って思っていませんでしたので
びっくりしましたがおめでたいことなので
彼の希望通りに事が進んでよかったとわたくしも安心しました。


ただモルドヴァはとても貧しい国で
そこからやって来てたお嫁さんは日本の洗濯機も冷蔵庫も掃除機も・・・
文明の利器は何ひとつ知らないものですから
使い方がめちゃくちゃで大騒動だそうです。
出来たら近いうちの昼間に彼の家に行ってそういう器具の使い方や
せめて現代の日本の家庭の習わしみたいなことを
軽くでいいから教えてやって欲しいと頼まれました。


愚痴は言いつつ・・なんだかんだ言っても新婚さん。
モルドヴァは丘はあるけれども山はなく海もない国。
広さは九州くらい。
人口は福岡県くらい。
特産物はぶどうで・・だからワインが有名で
でも国民の月収が8000円くらいの貧しい国なんだと
目をくりくりさせながらわたくしに話して聞かせてくれました。
お嫁さんに海や山やいろんな物を見せてあげたくて
あちこちと連れてまわっているらしい。
それなりにハプニングはあるようですが楽しそうです。


新婚さんなのになぜ今夜はお嫁さんを放って
こんなに遅くまでうろうろしてるのかと聞いてみたら
昼間にちょっとした喧嘩をしたらしくて
お嫁さんに反省を促すためにビルのオーナーとしての
営業活動も含めて歓楽街に出て来たってことでした。




私を置き去りに 過ぎてゆく白い朝
時間旅行が心の傷を
なぜかしら埋めてゆく 不思議な道♪



喧嘩するほど仲がいい・・・ですね^^
彼はわたくしが無事に送り届けました。  
Posted by net_i5750 at 03:32Comments(65)TrackBack(0)

2006年06月26日

お知らせ

連続して今夜も遅くなります。
帰り次第に更新に取り掛かりますので
いつものことながらお待ちくださいね。
申し訳ありません。
こんな「お知らせ」にさえコメント残してくださる・・・
みなさんの温かさがわたくしのエネルギー源になっています。
ほんとにありがとうございます。  
Posted by net_i5750 at 23:05Comments(20)TrackBack(0)

わたくしは今日は暴雨の中、運転免許の更新に行きました。
恥ずかしながらわたくしの免許証は「ゴールド」ではなく
「青」ですので2時間ばかりの講習がありました。



更新手続きが行われる佐賀の運転免許センターは
田んぼの中に建っていると言っても過言ではない
そんなところにあるセンターです。
午後1時から2時の受付と葉書に記載がありましたので
ちょうど1時頃にたどり着くように行きました。
午前の部もあるのですが寝不足状態のわたくしには無理があるので
午後からの部を選びました。



センターの中に入った途端に3年前とは違う光景がそこにありました。
いきなり男性の警察さんが2人立っていて
そのそばには番号札を取る機械が置いてあって
入って来たわたくしを確認すると即座に

 
”はい・・・葉書は?”


”えっ! もう受付せんばですか?”


”いや・・あんたの好きによかよ ゆっくりしたかならして
   おれたちはな〜んもあんたに悪かごとはせんけん^^”


”うん・・あんまりはよー 受付したら前の方の席になるやろ?”


”あ〜 そんならもうすでに4列目くらいにはなっとるよ”


”あっそうー・・じゃぁもうよかね”


3年前はこんなことはなくてまっすぐ受付の窓口に並んだので
ゆっくり様子を伺って後の方で受付してもらうつもりでした。



講習が行われる部屋に入るとわたくしがもらった「18番」は
4列目ではなく3列目の2人席の内側ではありますが
窓際の席になっていました。
センターに向う時はあれほどひどかった雨が止んでいましたが
窓から見える田植えの終わったばかりの稲が雨に濡れて
ひときわきれいな緑色に輝いていました。
センターのまわりの風景だけは3年前とほぼ変わりません。



流暢な佐賀弁で話してくれる講義を聞いていると
内容は堅いのに何とも穏やかな気持ちになれて
素直に受け入れられるわたくしでした。





この子の人生を 見届けられるなら
最後まで見守って
あげたいと思うね       ♪
 (松山千春  唄  命)




余談として話してくださったことですが
とても考えさせられた話でしたのでここに書きます。



去る平成11年11月28日。
東名高速道路での普通乗用車と大型トラックの追突事故。
その追突により普通乗用車は炎上して
親御さん2人は重傷は負ったものの生存。
ただ後ろの座席にいた幼い子供さん2人が死亡しました。
大型トラックの運転手は飲酒運転をしていました。



交通事故を起こした時に発生する4つの責任。

刑事上の責任
民事上の責任
行政上の責任
社会上の責任

刑事上の責任としてはそのトラックの運転手は実刑7年となり
民事上の責任としては遺族側からの要求の3億5千万に対して
2億5千万の判決が出たそうです。


その2億5千万・・・・
遺族である親御さんの必死の想いの要望でしょう。
一度に受け取るのではなく年に一回・・500万ずつ
11月28日の子供さん達の命日に加害者である運転手と
管理会社である運送会社の代表のひととで持参してくださいと・・・





微笑みも涙も
全てをこの胸に
あざやかにやきつけて
しまっておきたいね ♪



親御さんの悲痛の叫びが聞こえるような要望です。
自分の起こした事故が招いた事の重大さと
2人のお子さんの命の重みをせめて毎年の命日に感じて欲しい。
・・・というか
2億5千万を500万づつで支払うと50年かかります。
きっと・・一生かけて償って欲しかったのでしょう。
きっと・・一生忘れて欲しくなかったのでしょう。



帰り道・・・
ハンドルを握った手が汗ばんでいるのに気がつきました。




頬寄せて 頬よせて
どうかすこやかな
毎日を 毎日を 与えてくださいね♪  
Posted by net_i5750 at 01:26Comments(80)TrackBack(0)

2006年06月25日

お知らせ

ただ今・・・帰宅しました。
遅くなりましたがこれから更新にかかりますので
出来次第アップ致します。
申し訳ありませんがしばらくお待ちください。  
Posted by net_i5750 at 23:01Comments(11)TrackBack(0)

2006年06月24日

ひだまり

わたくしは今夜もこの記事を書き終えたら
佐賀県古湯温泉の旅館清川に行きます。


初めての方はら6月22日の記事で
旅の途中を先に読んでくださった方が理解が深まると思います。
わたくしの記事も文章の中で緑色の文字の部分はクリックすると
関連のホームページや過去の記事にリンク出来るように
設定してますので含めて楽しんでくださいね。
よろしくお願いします。



今夜は深夜12時になれば女将さんの仕事が落ち着くということで
その時間に合わせて向います。
少々、お疲れのようなのでマッサージでほぐして来ようと思います。




なんでもない一日の なんでもない話して
聞いてくれるひとがいるの すごいことなんだよね♪
 (つきよみ  唄  ひだまり)




ここの女将さんと大将はわたくしと同じで昭和36年生まれ。
美人女将とイケメン大将・・・!!
面食いのわたくしが言いますから間違いありません。
ホームページに載ってるテレビ番組に出た時の写真は
イマイチで本物の方がぐんといいのです。
大将は「さんまのからくりテレビ」に出て
さんまさんから


”大将・・・いい男やのー!”・・って



言われてしまったほどなのです。
隠居のじいちゃんは湯原昌幸に似ているのですが
80歳という年令から考えるととんでもなく若くていい男です。



かっちゃん(大将)はわたくしを

”ばっきー(おばさん)”・・だの ”姉御ー”だの呼びます。

同じ年なのにまるでわたくしがずっと上みたいです。
でも兄弟が欲しかったわたくしにすれば文句を言いながらも
ほんとは心地よくて嬉しいのです。





午後の光の中はあなたの優しさのも似て
こんなただのわたしも「幸せ」だと思えた♪




じいちゃんや従業員の仲居さんたちはわたくしを

”電話屋さん!”・・と呼びます。

娘さんたちもそうかなぁー?
上から21歳、20歳、11歳の3人の娘さんです。
・・・で女将さんは・・・・??
今夜行ったらどう呼ぶのかちょっと観察してみましょう。
何だかお互いにまるで夫婦みたいに


”ねぇ〜” とか ”ちょっとー” なんて


そんなふうに呼んでた気がするのは気のせい?



いろいろとそれなりに苦労はある様子ですがとても温かい場所です。
仲居さんたちを含めて大家族という感じで
家庭的な旅館を作りあげています。
高台に建っているので部屋からは下を流れる嘉瀬川を望む事が出来て
古湯の町並みも一望出来ます。
田舎は田舎なりのほんわかとした灯りが散らばって
都会の夜景とはまた違った美しさが楽しめます。



来月の7月9日は古湯の花火大会
ここの露天風呂から見る予定です。



午後の光の中であなたの声を思い出す
こんなただの時間が安らぎだと気付いた♪




ここのちょっと可愛い問題児。
20歳の娘の説教係り・・・
女金八先生(わたくし)はこれから出動です。
  
Posted by net_i5750 at 23:07Comments(56)TrackBack(0)

2006年06月23日

この空を飛べたら

この記事を読む前に10月13日の記事で
いけいけー!!を先に読んでください。
文章の緑色の文字の部分をクリックするとリンク出来ます。
よろしくお願いします。


昨日、6月22日は息子殿の25歳の誕生日でもありました。
ということは25年前の6月21日は
亡きかぁさんとふたりで唐津競艇場の特観席にいたわけで
あれからもう25年になるのかと時の流れを感じます。


25年前の6月22日の朝も雨でした。


昨日の記事で書いた彼との唐津へのドライブの道すがら・・
県道40号線を通ると競艇場の近くを過ぎてゆきます。
田舎道ですのでそれほど25年前と変わらない風景に
かぁさんと歩いた思い出が静かによみがえって来ます。
あの頃のかぁさんこそがちょうど今のわたくしと
同じような年頃だったのだと考えると少しばかり切なくなります。



空を飛ぼうなんて 悲しい話を
いつまで考えているのさ
あの人が突然 戻ったらなんて
いつまで考えているのさ   ♪
 (中島みゆき  唄  この空を飛べたら)



自分はいつ死んだっていいのだと言っていたかぁさんが
彼女にとって孫であるわたくしの息子殿が生まれた途端に

”ケンスケが大人になるまで・・”と

急に欲を出してきたことが何とも微笑ましかった。



そんなかぁさんは息子殿が9歳の時に亡くなったけれど

”あんたの時には子育て失敗したけど
            今度は失敗しないよ”って

そう言って立派に親代わりを果たして教育してくれた息子殿の
25歳になった姿を空の上から見ていてくれているでしょうか?


息子殿が大人になったら競艇選手になるのだと言っていた頃。
その頃の息子殿しかかぁさんは知りません。
かぁさんがお得意だった「お洒落」に関する仕事。
それも女性物の服を作る仕事につくなんて思いもしないで・・・
きっと知ったら大喜びするんでしょう。

11月27日の記事。
ファッションショーがあります。
息子殿の話です。読んでみてください。




ああ人は昔々鳥だったのかもしれないね
こんなにもこんなにも空が恋しい   ♪



あの日、助産院の窓から見た空。
雨風に揺れていた木々を今でもしっかり覚えています。
  
Posted by net_i5750 at 22:51Comments(65)TrackBack(0)

2006年06月22日

はじまりはいつも雨

今日は実はデートでした。
明け方になってから横になってほぼ2時間後。
彼は予定通りにやって来ました。
わたくしが徹夜明けだってこと彼は知りません。
後でこの記事を読んでやっと気がつくでしょう。




君に逢う日は 不思議なくらい
雨が多くて
水のトンネル くぐるみたいで
しあわせになる      ♪
 (ASKA 唄  はじまりはいつも雨)



このところ彼と出かける日は決まって雨です。
今日もやっぱり雨でした。
さすがに午前中はすっきりと頭が冴えないわたくしでしたので
ふたりでテレビでも見ながら時間を費やし・・・
午後になって行動を始めました。



まず、最初はランチです。
佐賀市呉服町のカフェ印路語へ行くことにしました。
ここは茶系のコンクリートの床や壁に有田焼きの破片が埋め込まれ
カウンターやトイレやいたるところに有田焼きが使われていて
希望すればコーヒーカップも好みの物を選べます。



彼はここでコーヒーは頂いたことはありますが
食事をするのは初めてでした。
そのコーヒーもずいぶん前にわたくしと飲んだのが最初で最後。
今日が2度目の来店でした。
わたくしはそれから度々先生と来ていました。




君を愛する度に 愛じゃ足りない気がしてた
君を連れ出す度に 雨が包んだ     ♪




ここのお勧めの食事は「マグロとアボガドの丼」です。
少しだけ深さのある白地に藍色の柄をあしらった中皿に
こんもり丸くご飯を盛り・・刻み海苔、しらがネギ、
マグロ刺身、小さめにカットしたアボガドをのせて
わさび醤油をかけたものです。
サラダ、スープ、ドリンク付きで 1200円です。
アフターのドリンクはわたくしは抹茶カプチーノと決めています。
ママさんに


”飲み物は?”と聞かれ


”あれ・・を”と言えば通じます。



マグロとアボガドの丼も抹茶カプチーノもよそでは味わえない
きっとオンリーワンの味です。
彼はシンプルにコーヒーでしめましたが大満足の様子でした。


”ひさびさのヒットやろ?”


”うん! ”



食後は雨の中・・・
最初はあてもなく車を走らせましたが
結局、「イカのげそのてんぷら」を目当てに唐津のおさかな村
めざすことになりました。



佐賀市内から一般道路で片道1時間ちょっとのドライブです。
佐賀を出て小城市と多久市を通りぬけ国道203号線を行きます。
目に優しい緑多き長閑な道筋にアジサイの花があちらこちらで
色鮮やかに目立っていました。
右手にJR唐津線と厳木川の姿が見え始めてからしばらく行くと
山崎橋という信号を右に折れ橋を渡って県道40号線を
道なりにまっすぐ進むと唐津バイパスにぶつかります。
それをまた右へ二丈、浜玉方向に向うと間もなく左側。
おさかな村に到着です。



たくさんの観光バスに運ばれて来たひとたちでお店は大賑わい。
巷の不景気を忘れてしまいそうな雰囲気の中で
わたくしのたったひとつのお目当ての「イカのげそのてんぷら」を
1パックだけ大事に抱えてレジに並ぶ・・・500円也。



お店を出て同じ敷地内のプレハブの建物に目をやると
「さざえのつぼ焼き」と書かれた旗の向こう。
店内でおばさんがさざえを焼いている姿に誘惑され
カウンターに座ってしまいました。
一皿3個・・・これも500円也。
ふたりでちょうど1000円でした。




わけもなく君が 消えそうな気持ちになる
失くした恋達の 足跡をつけて    ♪



唐津で「さざえのつぼ焼き」と言えば波戸岬が有名ですが
波戸岬まではさらに車で30分はかかるのでここで我慢です。
ちなみにこれまで波戸岬で食べた「さざえのつぼ焼き」
一皿5個を5皿たいらげたのがわたくしの最高記録です。
大好きなのです。



帰りの車の中ではとうとうふたりで
「イカのげそのてんぷら」1パック・・
それさえも見事に完食なのでした。  
Posted by net_i5750 at 22:50Comments(90)TrackBack(0)

宿はなし 

この記事を読む前に旅の途中宿はなし
先に読んでください。
文章の緑色の文字の部分をクリックするとリンク出来ますので
よろしくお願いします。



ゆうべのわたくしは少しばかりハードでした。
いつもなら週に1度ですが月曜日の夜に
夜の世界で言うゴールデンタイムのPM9時から11時の2時間ばかり
ずっと以前に働いていたスナックのママに頼まれて
わたくしはアルバイトをしています。
ところがゆうべは急に団体のお客様の予約が入ったとかで
夕方になってママから携帯に電話がかかり、
PM8時から2時間のバイトをすることになりました。




べんがら格子の街を背に
暮れゆく日々にただ悔やむだけ♪
 (くるり  唄  宿はなし)



わたくしはそれを終えてその足で古湯の旅館清川へ・・・
先日、先生と清川に立ち寄った時にじいちゃんが
先生にプレゼントしてくれたもみじの盆栽のお礼にと
今度は先生が木目込み人形の犬を作ったから
じいちゃんに渡しておいて欲しいとのことで
早めにと思い・・・出かけたのでした。



それはそれはじいちゃんは大喜びでした。
早速、先生に電話をかけて興奮ぎみの声で

”かえってすまんなぁー”を連発していました。


電話の向こうの先生の言葉もわたくしは想像がつきます。
きっとお互いに恐縮し合っているのです。


じいちゃんはもう実年令はまもなく80歳ですが
とてもそんなふうには見えないシャキッとしたひとです。
いつもわたくしは本人には言ったことはありませんが
女将さんの耳もとに囁きます。


”じいちゃんてさ 湯原昌幸ににとるよねぇ〜”

その度に女将さんは笑っています。




見つめ合う事に飽きたらば
慕情の落ち穂拾い集め  ♪




実はここの旅館のホームページはわたくしがお世話して
わたくしにブログを始めることを勧めてくれたM氏に
作成してもらいました。
ありがたいことにそのホームページを見ましたとか・・・
もっと驚くことにはわたくしのブログの記事を見て
予約を入れて来てくださるお客様があるのだと言って
じいちゃんも女将さんも喜んでくれています。



そのせっかくのホームページもブログも
このわたくし以上にPC音痴のじいちゃんや女将さんや
おまけに大将さえもわたくしが画面を出してあげないと
見ることさえ出来ません。
ちゃ〜んと立派なパソコンが机の上に座っているのに・・・



じいちゃんへのお届け物配達のおかげで
わたくしは毎度のまかない料理をご馳走になりました。
ゆうべはかつおのたたき、イカやマグロのお刺身に
なぜか・・・カレーライス。
その後はこれもまたお決まりのコースで露天風呂入浴。
空を見上げて・・ありがたやありがたや先生・・です。





燃やそうか ほら流そうか
遊ぶ幼子の目に問うか ♪




次回、わたくしが旅館清川にやってくるのは
7月9日に開催される古湯の花火大会の夜でしょう。  
Posted by net_i5750 at 03:24Comments(55)TrackBack(0)

2006年06月21日

ごめんなさい!

今夜、急な仕事が入りましたので帰宅が遅くなります。
帰り次第、記事の更新に取り掛かりますので
申し訳ありませんがお待ちください。
よろしくお願いします。  
Posted by net_i5750 at 22:00Comments(9)TrackBack(0)

2006年06月20日

明日 

この記事を読む前に明日明日を先に読んでください。
文章の緑色の文字の部分をクリックするとリンク出来ますので
よろしくお願いします。



実は続かせる予定ではなかったのですが・・・



「花の木」のかなちゃんは小学4年生。
ごくごく普通の・・・というか少しばかり気が利いたおませさんです。
おませというのは変な色気の意味ではありません。
喫茶店というお客様商売をしているママのお孫さんてこともあって
物怖じしないでしっかりしているって感じです。





明日 きっと またここで その笑顔に会いたいから
透きとおる 日射しの中で この坂の上 君を待っている♪
 (小田和正  唄  明日)




そういうわたくしは子供が苦手です。
うちの息子殿は幼い頃から託児所や亡きかぁさんに託していたので
わたくしは小さな子供と遊ぶって経験があまりありませんし
もともと子供の目線に自分の目線を合わせて
上手に赤ちゃん言葉で会話をするなんて保母さんみたいな器用なことが
さっぱり出来ないわたくしなのです。



だからわたくしは息子殿にもよそのお宅の子供さんにも
相手が幼くても話しかける時には友だちに話すのと同じ調子です。
言葉はいくらかは選びますが大人の自分と対等に扱います。
その意味ではちょっとだけおませなかなちゃんは
わたくしにとって扱いやすい子供です。



かなちゃんはお勉強が「良く出来る」おりこうさんです。
ピアノも習いに行っています。
でも学習塾には行きません。
塾に行かなくても「良く出来る」から必要ないのです。
本人も行かなくていいと言っています。
わたくしはかなちゃんのそこが好きです。



わたくしは息子殿に

”学校はあんたに時間内に勉強を教えるのが仕事
 学校の時間内に勉強を覚えるのがあんたの仕事
 そして家はあんたという人間をつくる場所
 だけん家に帰ってまで勉強する必要はなかよ ”


そんなふうに言い聞かせてましたので・・・




かなちゃんの唯一の弱点は運動音痴だということで
ある日、かけっこが遅いのだとぼやいていました。
リレーのメンバーにかなちゃんが入ったチームは負けるから
みんながかなちゃんと一緒になるのを嫌がるのだと・・・
でもそれを暗い顔して打ち明けるのではなく
さらっと言ってのけるのがかなちゃんはかなちゃんなりの
運動以外で誰にも負けないものを持ってるという自信が
しっかりとあるからで・・





でも 世界中の君たちよ 気づかないうちに いつからか
大切なことが僕らの 心の外へ こぼれていないか  ♪





☆ かなちゃん! 足のはようーなる方法教えてやろうか^^
                      (わたくし)


★ えっ! ほんと〜 はよーなると? (かなちゃん)



☆ なるよ^^ どっか輪ゴムなかね?探してきてんしゃい!
                    (わたくし)




かなちゃんはママも巻き込んであちこち引き出しをあさって
輪ゴムを探し出して来ました。




☆ はだしになって・・足首に輪ゴムば通して・・
  足の甲の上でクロスさせて・・親指に引っ掛けてんしゃい
                      (わたくし)


★ これでいいとー?    (かなちゃん)



☆ そうそう・・・それで走ったらはよーなるとばい
  走る前にこそーっと誰にもみられんごとして両足ゴム掛けてさ
  すま〜して靴履いて走りんしゃい! みんなびっくりするばい
                       (わたくし)


★ うん! わかったー 練習しとく  (かなちゃん)



☆ ばってんさー はっきり言うてかけっこなんかどがんでんよかさ
  結局は大人になったらかけっこよいか頭のよかとがよかとやけん
                      (わたくし)



★ うん??      (かなちゃん)





明日 きっと またここで その笑顔に会いたいから♪




実はこの方法はテレビ番組の「伊藤家の食卓」で実験済みです。
かなちゃんは9月開催される運動会を楽しみにしています。   
Posted by net_i5750 at 23:30Comments(84)TrackBack(0)

2006年06月19日

明日 

この記事を読む前に1月7日の記事で明日
先に読んでください。
文章の緑色の文字の部分をクリックすればリンク出来ます。
よろしくお願いします。



わたくしの行きつけである喫茶店のひとつ「花の木」
佐賀駅から県庁に続く中央大通りの道筋。
佐賀中央郵便局の手前、大通り駐車場の向かい側にあたる
西側のビルの2階にそのお店はあります。



10坪ほどのこじんまりしたお店で階段を上がりドアを開けると
正面のカウンターには5人分の椅子が設置してあり
後はカウンターの手前に4人がけのテーブルがひとつと
右・・道路側の総ガラス張りの窓際には2人がけのテーブルが
前後して窓に沿って2つ並んでいます。



カウンターの右端や窓際のテーブルに座って視線を下に向けると
道行く車の流れや歩く人の姿。
信号待ちでたたずんでいる人の姿が見えて
気がつくと長い時間ボーっと人間観察にはまってしまっています。





いつもあの店で二人 街ゆく人を見てた
なにげない毎日が 手の届かない 思い出にならないように♪
 (小田和正  唄  明日)





今日はそこで遅めの昼食を取りました。
目をやるとカウンターの側ににある棚の上の小さな時計は
もう午後4時を刻んでいました。



今日の日替わりの食事の献立は

いわしのフライ
胡瓜とラディッシュの酢の物
つけもの
味噌汁
ご飯
バナナのヨーグルト添え
アフターコーヒー

ここの日替わりの食事はランチタイムなどという時間帯には
とらわれずに目安として用意してある30食がある限り
お客様の注文に応えてくれています。




午後3時半くらいまではママの娘さんとパートの女性。
それ以降は70歳になるママがひとりで頑張っています。
その時間帯になればお店もいくらかは落ち着くし
小学4年生になるお孫さんも学校が終わって
まっすぐお店の方へ帰ってきますからお母さんである娘さんも
その子(かなちゃん)を連れて帰宅するからです。





君のために ありふれた 明日だけを願う
あの交差点で 交わし慣れた さよならを聞きたい♪




食事が終わってわたくしがコーヒーを飲みだした時に
突然、かなちゃんがわたくしに質問をしました。
最初はわたくしはその声がよく聞きとれずに確認をしました。



☆ はぁ〜・・なんか言うたと?  (わたくし)


★ うん・・あのね ピアスってさ してもよかと思う?
                       (かなちゃん)


☆ なん? ピアス? ピアスって・・あのピアス?
                        (わたくし)


★ うん・・・ピアス (かなちゃん)


☆ そがんとはせんがよかさー (しない方がいい)
                       (わたくし)
             


★ なんでー?       (かなちゃん)



☆ みたんなかろーもん!”(みっともない)
                     (わたくし)




★ そうかぁー わかった じゃあ やめとく! (かなちゃん)



☆ そうそう わかったね そがんとしたらさ
          遊び女みたいやろうが・・・?(わたくし)


★ うん!  (かなちゃん)



☆ 耳になんか飾りつけたかったらイヤリングくらいにしんしゃい
      耳に穴なんか開けたらいかんばい わかったね!
                         (わたくし)


★ うん!      (かなちゃん)




なぜか質問の結論はわたくしの

「みたんなかろーもん!」の鶴の一声で終わったようでした。



そしてこの会話を聞きながらかなちゃんのお母さんは
笑いすぎて涙が出たとのことでした。
小学4年生のかなちゃんがなぜ急にあんな質問を・・・
それもわたくしに投げかけたのか不思議だったので
後でお母さんに話を聞いてみたら
数日前に大人になったらピアスをしてもいいものかと
かなちゃんがおばぁちゃんであるママとお母さんに相談をして
ママはダメだと反対しお母さんはどうもいいよって答えたらしい。



・・・でなぜ・・わたくしに質問?
かなちゃん曰く・・・
なぜかっていう理由をどう答えたらいいか言葉が浮かばない。
ただ他のお客さんには聞けない・・・って??





明日 きっと またここで その笑顔に会いたいから♪  
Posted by net_i5750 at 23:44Comments(83)TrackBack(0)

2006年06月18日

故郷未だ忘れ難く 

この記事を読む前に2月28日の記事で故郷未だ忘れ難く
先に読んでください。文章の緑色の文字の部分をクリックすると
リンクすることが出来ますのでよろしくお願いします。


わたくしのもうひとつの故郷。
大好きな街・・博多は今年も山笠の季節がやって来ます。
23年ほど前はわたくしはその山笠の祭りのスタート地点になる
櫛田神社のそばの小さなアパートに住んでいました。



心の中まで吹き込む風が
思い出の風鈴ゆらします
故郷未だ忘れ難く   ♪
 (海援隊  唄  故郷未だ忘れ難く)


その頃のわたくしはまだまだ若いこともあって(今でもそうですが)
山笠に参加している男性の特有の格好が正直言って好きになれず
出来れば短パンくらいは身につけて欲しいなぁと思っていました。
何しろ本番の時は仕方ないにしても7月1日〜15日の追い山が終わるまで
いつでも近所をあのふんどし姿でうろうろされるものだから・・・


詳しいことは知らないのですが・・福岡の友だちに聞いたところ
山笠の間の7月1日〜15日は行動する時はいつでも
わたくしの苦手なあの格好で行動することが原則。
それと「女と胡瓜」は絶つこと。
山笠は男性の祭りなので女は絶つ・・・
胡瓜は櫛田神社の紋が胡瓜の輪切りのような柄になっているので
それを食べるなんてことはもっての外・・・?
この約束事を破ると祭り中に怪我をすると言われているそうです。
「女と胡瓜」がダメだという話は聞いた」ことがありましたが
あの格好で行動するのが決まりというのは
ついさっき友だちに電話して聞くまで知りませんでした。



東へ走る夜汽車の音に
ついつい誘われ 家を出て
気付いてみたら 一人ぼっちで
見知らぬ街にいた    ♪


わたくしが勤めていた夜の中洲の街にも彼らはやって来ました。
上半身はシャツとはっぴを着てはいますがやっぱりふんどし姿です。
さも楽しそうに・・そして幸せそうにお酒を飲む顔を見ていると
いやなふんどし姿にも文句も言えずに逆に可愛く見えたものでした。

日頃は現実の世界でいろんな波にのまれながら
男性として頑張って生きているひとたちに
「博多」という街がくれた大きなプレゼント(晴れ舞台)
山笠とはそんなものではないかとわたくしなりに思っています。


追い山が開始される7月15日の午前4時59分(一番山)
その時は前夜から櫛田神社周辺の町は眠りませんでした。
川端の商店街も暗くなることもなくあちらこちらに露店も並び
わたくしは勤めてたお店が退けてもアパートに戻ることもなく
まるで子供のようにお祭り気分に酔って歩きまわりました。


今年・・・
もしもわたくしの体力と時間が調整出来たら
久しぶりに出かけてみたいと考えています。



雨の降る日にとどいた手紙
久し振りのあなたから
忘れかけた人だからと
なつかしさだけで読み出すと
三年たったら帰って来てね
インクの文字がにじんでいます♪



この街でお世話になった方についての記事がもうひとつ。
3月29日の記事で涙がらがらも読んでください。  
Posted by net_i5750 at 22:51Comments(72)TrackBack(0)

2006年06月17日

星の光

温泉好きのわたくしは度々温泉のお話をしますが
今夜は大分県の湯坪温泉のお話をします。



ここもわたくしの温泉仲間である代行運転会社の社長さんたちと
数回、訪れた温泉町です。
この小さな町には17軒の民宿があって町全体が民宿のような
錯覚を起こさせる不思議な雰囲気があります。




どうかどうか覚えていてください
今日見上げた星屑の夜空を
大切なことを教えるため
光を届けてくれた星空を    ♪
 (槇原敬之  唄   星の光)



数軒の民宿を利用してみましたが中でも
お宿泉水はわたくしのお勧めです。
(わたくしの記事は文章の緑色の文字の部分をクリックすると
 ホームページや過去の記事にリンク出来ますのでお手数ですが
       リンクして見ていただいた方がぐっと楽しめます)


お宿泉水は民宿でありながら旅館の離れを思わせるような
落ち着いた高級感のあるお部屋になっていて
わたくしたちが泊まったお部屋はプライベート露天風呂付き。
それでいて料金は基本の8800円に150円の入湯税と消費税。
一泊二食でこのお値段は驚きです。


食事は一応は民宿ですので部屋食ではなく母屋の大広間で
みなさんで頂くのですがテーブルは各部屋別になっています。
十朱幸代さん似の品のいい美人の女将さんが丁寧な挨拶と
十数種類の(夕食)料理の説明に来てくださって
女であるわたくしでさえ嬉しいのに男性はなおさらではと思います。


料理の味も器の使い方も・・・諸々の心づくしが見え隠れして
決して旅館のサービスに引けを取りません。
朝食の後は別棟の「茶房 蔵」で珈琲のサービスもあって
知らずに


”珈琲代を・・・”と小銭入れを浴衣の袖から出そうとして


”いえ・・あの・・サービスになってます”



謙虚そうな優しい笑顔で応えてくれた従業員さんの男性の一言に
朝から元気をもらったわたくしでした。




この世界に星の数ほど
居る人の中で
美しいものを同じように
美しいと言える僕らが出会えた♪



お宿泉水の敷地内には露天風呂になってる家族風呂が5つ。
24時間いつでも入浴可能ですのでわたくしも数回・・・
ひとりで入って内側から鍵をかけましたら
絶景の露天風呂をしっかりとひとりじめすることが出来ました。



町には湯坪川に沿った道筋に4箇所の無人の温泉?
入浴料を入れる料金箱(缶)が置いてあり
それにお金を入れて利用させてもらう露天風呂がありますので
散歩気分でお宿から一番近いお風呂にも行きました。


こんな時はなぜか夜空を見上げながら歩いています。
意識的に下駄の音をカタカタ鳴らして・・・
気がつくと鼻唄を歌って・・・
それがまたとってつけたような童謡だったりして・・・
そして決まってこれまでの自分を振り返って


”あ〜・・頑張って生きてきてよかったー!”って


心底から想いが湧き出てくるのを感じます。




そんな大事な事を僕らに
教えるために
何万光年も前に星は
光を届けてくれたのでしょう

みんなで幸せになろう   ♪



そう・・・みんなで幸せになりましょうー!  
Posted by net_i5750 at 22:56Comments(81)TrackBack(0)

2006年06月16日

名もない魚

初めての方は前回の記事で夏休みから読んでください。


今日は先日・・携帯電話の機種交換をしてくださったお客様に
領収書を届ける用事もありましたのでそのお客様でもある
和食のお店でついでに遅めの夕食を取ることに決めて
ひとりで出かけました。

そこは佐賀市唐人町。
佐賀駅から県庁に続く中央大通り、駅から800メートル。
土橋という小さな橋の手前にあります。
店名は「むつごろう」有明海の珍魚むつごろうからとった名前です。



名もない魚が海にいた
名もない魚が恋をした
月の明るい夜だから
月の明るい夜だから ♪
 (小椋佳  唄  名もない魚)



普段はランチタイムの時間帯(AM11時半からPM2時)に
時々、ひとりで来ています。
日替わりランチの630円から低価格で本格的な板前料理が頂けます。
息子殿も小学生の頃の夏休みや冬休みにはお世話になりました。
彼はここに来ると決まってハンバーグを食べていました。

60代後半の肝っ玉かぁさんって感じの元気のいいママが
ホールを走りまわってお店を切り盛りしています。
今夜は夜のお勤めの女性なのかフィリピーナが

”オカァサン・・オイシカッタヨ アリガトウ
 ワタシ チョット オサキニイクカラ   ”

片言の日本語でそう言ってお連れの男性を残して出て行きました。
ママも元気な大きな声で

”はぁーい! ありがとうねー!! 、またねー!”

相変わらずの微笑ましい光景です。




名もない魚は手紙になった
自分の体に字を書いた
恋しい 恋しい 恋しいと ♪



わたくしはほとんどここではひとりで食事しますが
隙を見てママが必ずわたくしのテーブルへ寄って来て

”腹いっぱい食べんばよ たらんならご飯持ってくるけんね!”

どうかすると目の前に座り込んで世話をやいてくれるので
まるで家でかぁさんと食べてるみたいで寂しさを感じません。

今夜もいつもと同じ調子で・・・
わたくしがむつごろうって魚そのものを見たこともないと言ったら
生き造りをして持って来てくれました。
生まれて初めてのむつごろうとのお見合いが生き造りで
わたくしは少々ショックでしたが・・・
お刺身の見かけはうねくじらにちょっと似ていて味は淡白です。
残りの骨の部分はから揚げにしてくださって
思わぬ経験をしてしまいました。

むつごろうさん・・・ごめんなさい!
そう言いたくなるような愛嬌のある風貌のむつごろうさんでした。




名もない魚は海の底
ひとり ひらひら ひらひらと
名もない魚の片思い
名もない恋の物語     ♪
  
Posted by net_i5750 at 23:51Comments(67)TrackBack(0)

夏休み

いつも見に来てくださってる方はご存知かと思いますが
わたくしは元夫との別れを決めた頃からずっと今は亡きかぁさんに
幼かった息子殿を託して昼となく夜となく働いていました。
この記事を読む前に読んでいただきたい過去の記事が
少しばかりあります。
それはたまにしか会えなかったわたくしと息子殿との
親子の会話をおり込んだ記事です。


10月22日  キレイがすき!
10月23日  結婚って人身売買
10月26日  据え膳食わぬは・・
10月31日  がくらん??
11月5日  赤いユーノスロードスター
緑色の文字の部分をクリックしてくださればリンク出来ますので
よろしくお願いします。



麦わら帽子は もうきえた
たんぼの蛙は もうきえた
それでも待ってる 夏休み ♪
 (吉田拓郎  唄  夏休み)



息子殿はもう今年で25歳になるのですが
彼がまだ小学生の頃は日頃は別々に暮らしながらも
夏休みや冬休みのような学校の長期の休みの間は
わたくしがひとりで暮らす部屋に来ていました。
中学に入ってからは部活でサッカーを始めて
それもかなわない事になりましたが・・・
16〜7年前のこと。
当時の彼はどこにでもいる小学生の男の子って感じで
任天堂のゲームボーイを肌身離さず持ち歩いていました。


わたくしは彼が来ているからといって仕事は休めません。
昼間はメンズBIGI、PAPAS、ギャルソンなどを扱う
メンズショップに勤めていました。
そして夜はクラブで雇われママです。
どちらも住んでいたアパートから歩いて5分もかからない距離で
いざとなれば走って戻れるので安心というのもありました。




絵日記つけてた 夏休み
花火を買ってた 夏休み
指おり待ってた 夏休み♪



彼はおりこうさんにテレビと飼っていたマルチーズのモモと
アメリカンショートヘアのタケにおもりされて留守番。
お昼時になるとゲームボーイ片手にショップまで歩いて来るので
わたくしと一緒にお弁当を食べるか近くのお店で食事を済ませます。
事情を知ってくれてたショップのスタッフのお兄さんたちは
彼をそのまま誰もいない部屋に帰す事がしのびなかったのか
お客様接待の合間、合間に代わる代わる彼のゲームボーイの相手をし
まるでお友だち?みたいな温かさをくれました。


夜は夜で交代で公休をとっているボーイさんが都合がつけば
わたくしが仕事を終えて帰って来るまで
彼と一緒に部屋で遊んでいてくれたりしました。
夜のお店の男性スタッフはホステスさんの個人的な問題でも
お店での仕事がスムーズに出来るように協力することも
彼等の仕事の一環だったのは確かですが
わたくしたち親子にとってとてもありがたいことでした。

それにわたくしが住む町から車を使っても
高速で片道2時間という距離に息子殿はわたくしのかぁさんと
かぁさんが再婚していたおっちゃんと3人で暮らしていまして・・
学校の行事である授業参観や体育祭は
その当時、車を持たずペーパードライバーだったわたくしのために
何度もボーイさんがおかかえ運転手をして連れて行ってくれました。
だからわたくしは一度もそういう場には欠席することもなく
必ず彼のもとに行くことが出来ました。



姉さん先生 もういない
きれいな先生 もういない
それでも待ってる 夏休み♪


大変なこともたくさんありましたが
わたくしのまわりの温かいひとたちのおかげで
なんとかここまで生きのびて来れたのだと思います。



メンズショップで一緒に働いていた青年がその後に
若くして亡くなりました。
その事についても記事にしています。
是非・・読んでください。
12月28日の記事でひこうき雲です。  
Posted by net_i5750 at 00:54Comments(85)TrackBack(0)

2006年06月15日

お知らせ

今夜は少々遅めのただ今の帰宅になりました。
これより記事の更新に取り掛かりますので
出来次第アップ致します。
申し訳ありませんがしばらくお待ちください。  
Posted by net_i5750 at 22:30Comments(15)TrackBack(0)

2006年06月14日

わたしの城下町

今日は夕方から降り出した雨の中・・・
眼科の治療を受けに行ってる先生を迎えに出ました。
数日前からのデートのお約束です。



格子戸をくぐりぬけ
見上げる夕焼けの空に
だれが歌うのか子守唄
わたしの城下町   ♪
 (小柳ルミ子  唄  わたしの城下町)


いつも見てくださってる方はもう想像がつきましたよね?
そうです。
今夜もおいしい物を頂くための女ふたりのデートです。
今夜の場所はわたくしは初めてでしたが
先生は常連さんのようでした。

そのお店はSTS(サガテレビ局)の道向かい側。
多布施川の支流を挟んで栄城橋という小さな橋を渡るとそこにあります。
麺処いっせいというお店です。
この辺りではちょっと小洒落た感じのうどん、蕎麦屋さんです。

佐賀市城内・・・まわりはお堀で囲まれた町で
佐賀県立美術館佐賀城本丸歴史館
佐賀県立図書館、県庁などが建ち並ぶ環境のもとにあります。



好きだともいえずに 歩く川のほとり
往きかうひとに
なぜか目をふせながら
心は燃えてゆく         ♪


早朝や夕暮れのほどよい時間になるとジョギングやペットとの散歩。
ウオーキングを楽しむひとの姿で少しばかり賑やかになります。

わたくしたちは先生の特等席・・・
道際の大きなガラス張りの窓の前に座りました。
さすがに今日は雨なので散歩風のひとはなく色鮮やかな傘をさした
若いお嬢さんが数人通り過ぎて行っただけでした。

先生お勧めのメニューは冷やしとろろうどん 750円。
食後のデザートにわらびもち 400円。

冷たいこしのあるしこしこ麺の上にとろろ(山いも)、なめこ
刻み海苔、カイワレ、温泉たまごが乗っていて
特性のたれをぶっかけ・・・薬味のわさびと刻んだ大葉を加えて
温泉たまごを軽くつぶして混ぜこんで食べるのが
先生に言わせると最高においしい食べ方だと指導を受けながら
わたくしもおいしく・・おいしく頂きました。


デザートのわらびもちは口の中でとろけるほどのやわらかさで
わらびもちとしては初めての触感でした。
きな粉をまぶしてあるわらびもちに黒蜜をかけて
そばによそってある小豆も適当にトッピングしながら楽しみます。

そんなわたくしの視界の中にチラチラ入ってくるこのお店のオーナー。
年の頃は50代後半でしょうか・・・?
細面の甘い顔立ちで今でも綺麗な男性なので
若い頃はさぞかしいい男だっただろうねって先生と目配せしながら
これもまた食後の心のデザートになりました。



橋のたもとにともる
灯のように
ゆらゆらゆれる
初恋のもどかしさ
きまずく別れたの♪



  
Posted by net_i5750 at 22:46Comments(68)TrackBack(0)

2006年06月13日

カレーライス

昨日の記事を書く時に昔のことがよみがえり
条件反射のように元夫との生活も思い出しました。


彼のことに関してのこれまでの記事で
2月12日・・・未来予想図
2月26日・・・ナイトドライブ
3月10日・・・ワインレッドの心
6月12日・・・Moonlight Surfarなどがあります。
緑色の文字の部分をクリックすればリンク出来ますので
先に読んでくださった方が理解が深まると思います。
よろしくお願いします。



また君をおこらせた やがて泣き出した
少し寒くなった夕ぐれに 君が出ていく♪
 (KAN  唄  カレーライス)



わたくしが18歳、彼が21歳の時にふたりは夫婦になりました。
身内だけのお披露目の宴会をしただけで結婚式などはせずに
入籍を済ませ・・・ままごとのような生活が始まりました。
目の前をJR(当時は国鉄)の線路が通っていて
陽あたりの悪い古い一軒家の借家でのふたりだけの生活。
それでもその頃のわたくしにとっては大切な場所であり
暗くて陽もささない冷たい部屋なのに温かく感じた部屋でした。

何をさせても器用でセンスのあるかぁさんの手にかかって
日に日に部屋はそれなりに快適で綺麗な部屋に変わってゆく。
もともと古いことがかえって味のある趣を出してゆく。
陽あたりが悪い・・その事だけを除けば言うことはありませんでした。

彼は煙草は吸わない。
お酒も飲めない。
ただ度を越えた車好きで車さえいじっていれば機嫌のいいひと。
結局はそれがふたりの別れの原因を作ったのですが・・・



♪ 
仕方ないから今夜は
冷蔵庫のカレーを温め直して待とう
君が帰るまで静かに      ♪



彼は食べ物の好き嫌いがとても激しいひとでした。
ほとんど好き嫌いのないわたくしからすると不思議なひとでした。

まず、肉という物はいっさい食べれません。
海老が大好きで海老カレーは食べますがシチューは食べません。
たまご焼きは大好きですがオムレツは食べません。
にんじん、ピーマン、しいたけ・・・etc
食べれない物を上げるときりがありません。
自分が食べれないだけならまだいいのですが中には見るのがいや、
匂いがしてくるのもいやなんて物もあって大変でした。

それでもわたくしは毎日のお弁当も作って持たせていました。
今となっては不思議です。
ずいぶん、かぁさんの知恵をいただいて頑張っていたはずです。
ほぼ毎日かぁさんと午後から買い物に行き・・・
かぁさんはある程度の知恵をわたくしにたくしてから帰宅です。




なにがどうあればぼくたちはずっとこの家で
暮らしていくんだよ 何十年先まで そう ♪



それでもここまで好き嫌いが激しいと作れる物も限られて
頻繁に海老カレーや海老フライになるのが実情でした。
わたくしがほんとに食べたい物は彼の目の前では食べれません。
幸い彼は仕事柄帰宅が早い方ではなかったので
時おり、かぁさんがわたくしの好物を作って彼が帰る前にと
しっかり食べさせてくれました。

”やめときなさい!”
そう言われながらも好きで一緒になったひと。
そんなことを苦に思ったことはありませんでしたが
せっかくの家族としての食卓の団らん・・・
同じ物を同じテーブルで笑って楽しく食事をする・・・
それがなかなか叶わない、儚いわたくしの夢(希望)でした。



作り過ぎたカレーを翌朝食べるように
一度さめて また温めて それでいい
一度さめて また温めて それでいい♪



当時の後遺症なのでしょうか?
あれからカレーライスと海老フライはすすんで食べようとは思いません。  
Posted by net_i5750 at 23:53Comments(86)TrackBack(0)

2006年06月12日

Moonlight Surfar

もうすぐ夏・・・こんな時期になると思い出す。
懐かしい情景と曲があります。




潮の香りに 包まれながら
いつも あなたと
波乗り気取り      ♪
 (石川セリ  唄  Moonnlight Surfer)




情景については2月19日の記事で海色の風にあります。
緑色の文字の部分をクリックしたらリンク出来ますから
読んでみてくださいね。



国道202号線を福岡方面へ車を走らせる。
お気に入りだったメーカーの(ALPAIN)カーステレオで
大好きだったこの曲を何度も巻き戻して聞きながら
目に飛び込んで来る海を見て島生まれのくせに
なぜかかなづちのわたくしが人魚みたいに軽やかに泳げたら
かっこいいだろうなぁーなんて妄想の世界に入ったりしたものです。



運転席にはただただ車好きで運転大好きの元夫。
煙草は吸わない・・・お酒も飲まない・・・
車一筋がいいところでもあり・・・欠点でもありました。




月に抱かれて 渚でひとり
星をさがすの
あなたの星を     ♪




二十数年前。確かこの頃のことだったと思いますが
新しい物好きのふたりがわざわざドライブがてらに出かけたところ。
何処だと思いますか??
それは・・・コンビニのセブンイレブンです。
出来た当時は名前のごとくAM7時からPM11時までの営業時間で
だからセブンイレブンと言ったのでした。
わたくしたちが住んでいた田舎町では考えられないことでした。



セブンイレブンが出来た福岡の端っこのような(唐津よりに・・)
その町には夜中の12時まで開いてるスーパーもあったりして
夜のスーパーはまるで遊園地にでも行くような気分で
ふたりには単純に嬉しかった。
今では24時間営業が珍しくない時代になってしまって
時の流れをつくづく感じます。



それからうどん屋さんのチェーン店で「牧のうどん」は
ローカルなのでしょうか?
わたくし的には肉うどんがとても美味しいお店です。
味が濃く・・・ほどよく甘くてすき焼き風の味付けです。
このお店の弟1号店の開店も同じような時期で
開店した場所も福岡の端っこ・・・前原でした。
肉というものがいっさい食べれない元夫って・・・
そう言えば何を食べてたんでしょうか?




夜の海が好きだった
わたしのために
いつも連れ出してくれた
あなたは月夜の
素敵なサーファー  ♪




この頃からわたくしの美味しい物を求めてドライブするって癖が
しっかり身についてしまったみたいです。
  
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2006年06月11日

君を忘れない

初めての方はこの記事を読む前に5月24日から30日まで
連載しました命の別名を先に読んで頂いたらわかりやすいかと・・・
よろしくお願いします。



今日の夕方はTさんの奥さんから携帯メールが入りました。
夕方といっても4時少し前で中途半端な時間でした。

 お昼食べた?
 うん!  (わたくしは軽く食べていました)
 ラーメン食べに行きたかとけど〜 行かんよねー
 迎えに来る?




君は砕け散った 夢のかけら ひとつひとつ
小さなその手で集め
いいさ やり直すと 笑っていた君の頬に こぼれる涙見たよ♪
 (松山千春  唄  君を忘れない)



彼女は旦那さんだったTさんを癌で亡くしてあと一月ばかりで
もう一年になろうとしています。
最近は一緒に暮らしていた娘さんも看護士の勉強をするために
家を出て独立した様子なので一人になったみたいです。
わたくしも一人ではありますが生き別れですでに離婚してから
20年以上は過ぎていますので一人暮らしには慣れています。



彼女は自分でも言うのですがちょっとだけ”ぼけ”が入ってる?
 (病的な”ぼけ”ではありません。性格です)
天然って感じのひとなので変に明るくて表には出ていないのですが
きっとさびしいのではないかと思うのです。
わたくしが同じ立場に置かれたら後追い自殺でもしかねません。



お互い同じバイパス沿いに住んでいて近い距離ですが
迎えに来てもらって彼女のリクエストのラーメン屋さんに行きました。
Tさんの前妻さんとはまるで違うタイプと思える彼女を見ながら
わたくしの実父の愛人さんだったひとで後に実父が再婚したひと・・・
「おばさん」と彼女を重ねてしまってる自分に気がつきました。


「おばさん」の事は12月24日の」記事で別れの夜明けに書いてます。
緑の文字の部分をクリックするとそこはすべてリンク出来ますから
是非、読んでください。理解が深まると思います。



彼女とTさんはTさんが前妻さんと離婚してから知り合って再婚したし
おばさんと彼女が似ているわけでもないので関係ないのですが
唯一、二人とも再婚した相手と死に別れてしまったということが
共通している哀しい現実です。





”どうして生きてるの?” 君は僕に尋ねたけど
答えを急ぐことはない やがてわかるから  ♪





わたくしはかぁさんと実父を亡くしていますが
まだ恋人(配偶者)を亡くした経験が幸いありません。
だからどうしても自分の物差しでしか感じることが出来ないのですが
彼女たちを見ているとたまらなく辛くなります。


わたくしなら堪えられないと思う現実を乗り越えて
こうして生きている姿が愛しく思えます。



おばさんとは10年前に会って以来は直接には一度も会っていません。
でも・・時おりは見ています。
というのは実父が残したお店で働くおばさんの姿を
わたくしは一般のお客様に混じって見ているからです。


おばさんは気がついていません。
実父と同じ年令でしたのでもう75歳になります。


4年ほど前に実父に死なれた後は子供もいないのですから一人です。
少しばかり派手目な顔立ちの綺麗なひとでしたが
もう年令のせいか・・・?
わたくしがおばさんだと判断したのは
お客さまと話す、独特のハスキーな声を聞いた時でした。



Tさんの奥さんの顔もテーブル越しにしっかり見てみると
一生懸命に頑張ってるけど・・・何だかやつれて見えました。
あんなに笑っているのに・・・?




君から教えられた 自分自身 愛するように
生きたい 人を愛したい 命ある限り  ♪



心残して・・・旅立って逝くひと。
いやでも・・・残されるひと。



どちらも経験したくない・・・・・

  
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2006年06月10日

宿はなし

もう先月ということになりましたが5月31日(水)、
先生の希望で瓦そばを食べに佐賀の古湯に出かけました。
先生のことについては3月19日の記事で地上の星
瓦そば屋さんについては5月15日の記事で風は南から
先に読んでみてください。
緑色の文字の部分をクリックするとリンクできます。



先生とわたくしは食べ物の好みを含めていろんな面が
とてもよく合っています。
それでこうしてお互いの都合がつけば一緒に美味しいものを求めて
軽くドライブに出かけるようにしています。
ほんとはこの日は別の場所に「他人丼」を食べにいく予定でしたが
(他人丼とは親子が卵と鶏なら他人は卵と牛ということです)
そのお店の方に電話で営業の確認をしてみたら
毎週の水曜日は店休日とのことで瓦そばの話を先生にしてみたら
大好きで・・・でももう十数年食べていなく
しかも佐賀では食べたことがないと言うので瓦そばに変更になりました。



宿はなし 今日も川のそば
暮れゆく 夕凪眺めれば
飛び石のほら真ん中で
笑う顔 泣く顔 日も暮れた♪
 (くるり  唄  宿はなし)



佐賀市街地から古湯の温泉町に向う道筋は嘉瀬川沿いの
長閑な山あいの緑と川を流れる水の蒼というより深い緑色まで
一度に堪能出来る贅沢なドライブコースです。



去年の7月にTさんと同じ十二指腸癌で「ねぇちゃん」を亡くした瓦そば屋で
こうしてそばを食べるのはわたくしにとっても久々でした。
ねぇちゃんがいなくても瓦そばももうひとつの名物の刺身蒟蒻も
変わることない・・・いつもの味でした。
先生は満足の笑顔で


”おいしかねぇ〜 おいしかねぇ〜”の連発でした。



ただ違うのはねぇちゃんの元気な明るい笑い声や
カツ・・カツ・・ってサンダルの音がそこにはもうないことだけ・・・
マスターの愛嬌のいい少したれ気味の目尻は幸い健在でした。



いつもならばぁちゃんが新しいお客さんをわたくしが連れてくると
物珍しげに奥の厨房からちゃっかり姿を現して
目を丸くしながら話しかけてくるのにそれがなかったのが
何だか気になったわたくしでした。




鈴の音は抱いた体の腫れた傷だけを
癒やそうぞ          ♪




瓦そば屋田舎を出てちょっと先の赤い小さな橋を渡るとすぐの
坂の上にある旅館清川のことをよく先生に話して聞かせるので
ちょっと外からでも見てみたいという先生の言葉に応えて
ついでに立ち寄ってみることにしました。
ほんとに外から眺めて帰るだけにするつもりだったのですが
縁側に座ってひなたぼっこでもしていたのか・・・
今では隠居して事務と経理だけをしているじいちゃんが
ぼんやりと庭を見つめていて思わず目が合ってしまい・・・


”上がってお茶でも飲んでいかんかい!”

ついつい誘われてしまいました。



先生はお雛様に興味のある人なら誰でも知っているような
全国でも有名なひとです。
じいちゃんは喜んで接待をしていました。
不器用で人見知りするというじいちゃんがなぜかとても饒舌になり
いつのまにやら先生と趣味の盆栽の話で盛り上がり
帰りには先生に立派なもみじの盆栽をプレゼントしてくれました。
きっとじいちゃんが何年も愛情を注いで育てあげた盆栽です。
先生も大喜びで・・・こうして二人を引き合わせることが出来たこと、
この出会いにわたくしも感謝しました。  
Posted by net_i5750 at 22:43Comments(64)TrackBack(0)

2006年06月09日

花のように鳥のように 

この記事を読む前に2月1日に載せた記事の
花のように鳥のようにを先に読んでください。
緑色の文字の部分をクリックすればリンクします。



実は社長さんのことを記事にした2月1日以来・・・
ずっと彼とは会っていませんでした。



ヨーロッパ家具と小物のお店をしている彼に会うのは
わたくしの携帯電話販売の仕事で呼ばれるか・・・
彼のお店で買い物をする必要がわたくしにある時、
それと彼のお店で買い物をしたいから着いて来てと
友だちに頼まれて同伴する時かに相場が決まっていて
あれ以来、そういう機会がなかったのでした。





そこにあるから 追いかけて
行けば はかない 逃げ水の
それが しあわせ あるよでなくて
だけど 夢見る 願かける    ♪
 (桂銀淑  唄  花のように鳥のように)




2月1日のあの日・・・
わたくしと一緒に彼に会いに行った「風さん」は
命の別名のTさんの奥さんでした。



先日のわたくしの誕生日だった5月27日に彼女と会って
食事をふたりで楽しんだ時に以前から気になっていた彼のことが
自然と話題になりました。



彼は元気でいるのでしょうかと・・・?
胃癌の手術をして再発の心配はないのだと言っていた彼。
だけどわたくしは先月あたりから妙に彼を思い出して
近いうちに様子を見に行かないと・・と考えていました。





指の間を さらさらと
いつの間にやら こぼれ落ち♪




ところがこの前の日曜日(4日)携帯の呼び出し音・・・
すかさず画面に出た発信者の名前をチェックすると
そこにはわたくしが気にしていた彼の名前がありました。
ほんとは彼はわたくしに電話をかけるつもりだったわけではなく
誰か他のひとの番号と間違えてかけてきたのでした。



☆ はい! もしもし〜 社長〜・・^^  (わたくし)



★ うん・・・? あれ・・・?      (社長)



☆ あれってー?
  社長・・誰かとまちごーてかけたと?   (わたくし)



★  う〜ん・・・?            (社長)



☆ もう〜!
  こちらはね〜   ○○さんよ・・・   (わたくし)



★ あ〜! ○○くんね 
   ごめんまちごうたよ
   あんた元気しとるね?       (社長)



☆  それはこっちがききたかことよ!  (わたくし)




話を聞いてみると彼はまた入院しているとのことでした。
でももうすぐに退院すると・・・




★ 2〜3日したら事務所の方に出とるけん 
   遊びにきんしゃい^^         (社長)




☆  わかったよ 出ていくけんね^^  (わたくし)






誰がわたしを 捨てるでしょう
いつもこんなに 一筋に
こころ捧げて なさけをかけて
愛をいっぱい あげたのに ♪





間違ったからとはいえ彼からの電話を偶然とは思えませんでした。
これもまた虫の知らせのようで不思議に感じたのでした。
手術して1年以内の再発・・・
希望は薄いと聞いています。
わたくしは去年は大切な知り合いをふたり癌で失いました。
あの想いは出来たら味わいたくない・・・そう願います。
きっと誰もがそうなんでしょうけれど・・・





やけに彼の元気そうで明るい声が耳についています。
まだ彼に会いに出かけていません。
しっかりと心の深呼吸を済ませて「よし!」というところで
必ず会いに行きたいと思っています。






花のように 鳥のように 晴れの日も風の日も人生
そんなふうに思えたら しあわせに近い    ♪


  
Posted by net_i5750 at 23:34Comments(72)TrackBack(0)

2006年06月08日

想い出がいっぱい 

初めての方は想い出がいっぱい想い出がいっぱい
想い出がいっぱい掘想い出がいっぱい検想い出がいっぱい
想い出がいっぱいを先に読んでください。


Oはごくごく自然にリビングのサッシの向こうにある
露天風呂に消えて行きました。
実はOとはある仲間うちだけで夏になるとキャンプをする
そのメンバーにもわたくしは入れてもらって参加していた・・・
そんな時期がありましたが、Oはいつもまわりによく気を使って
面白おかしく場を明るくしてくれる存在だったのです。
Kとはまた少し違った雰囲気の少年のような大人でした。




古いアルバムの中に
隠れて想い出がいっぱい♪
 (H2O  唄  想い出がいっぱい)



お祭りが去った後の静けさのような中・・・
それぞれにくつろいだり、これでもかって感じでまだ飲んでいたり
早いひとはすでに眠る体制に入ってるひともいたりして・・
競馬好きのH委員長は翌日の地方競馬の予想紙を床に置き
耳には赤えんぴつをひっかけて横になったまま寝ていました。

”委員長! 寝るなら毛布くらい着らんと風邪ひくよ
      風邪ひいたら競馬どころじゃなくなるやろ?”

”う〜ん・・・そうなぁー・・”

そんなH委員長は朝になると朝食もそこそこに競馬場に向かいました。
委員長は自分の車で個別に別荘まで来ていましたので・・・




キラり木洩れ陽のような
まぶしい想い出がいっぱい♪



いつのまにやらちゃんとジャージー姿になったOは
ロフト部分の廊下の手すりに摑まり下を眺めるわたくしを見つけると

”○○さん! 今のうちに毛布持って来て自分の寝床ば
        つくっとった方がよかよ はよーせんね”

ひょんなところにOの隠された優しさが出てきます。
いい大人の団体がまるで修学旅行の子供たちみたいに
あちこちにバラバラとざこ寝状態になりました。
わたくしはロフトの広めの廊下のところに寝ました。

基本的には毎晩ひとりの部屋でひとり寝のわたくしにとっては
こうしてみんなで寝ていられるのはとても楽しくて
落ち着いて眠れる温かい空間でした。
出来るならずっとこういう生活が出来ないものかと願ってしまいますが
無情にも一晩だけのささやかな夢です。



大人の階段昇る 君はまだシンデレラさ
しあわせは誰かがきっと
運んでくれると信じてるね      ♪



即席大家族の朝・・・
自然の中で迎えた朝はいつも以上にすっきりな目覚めでした。
Kが作ったしょっぱい味噌汁も無条件でおいしく感じ・・・
それぞれににぎったふぞろいのおにぎりにもありがたみを感じ・・
ドタバタの一泊宴会旅行も哀しいかな・・・終わり。
後は現実の生活へと帰っていきました。

単身赴任のG部長も毎週帰るという病弱の実家のお母様のもとに・・・




時は無限のつながりで
終わりを思いもしないね
手に届く宇宙は 限りなく澄んで♪  
Posted by net_i5750 at 23:00Comments(59)TrackBack(0)

2006年06月07日

想い出がいっぱい 

初めての方は想い出がいっぱい想い出がいっぱい
想い出がいっぱい掘想い出がいっぱい検想い出がいっぱい
先に読んでください。



やっとわたくしが落ち着いて座り込んだ場所には
この課の解散・・お別れ会兼ねた一泊の宴会旅行に
ゲストとして呼ばれたG部長とH委員長もいました。



大人の階段昇る 君はまだシンデレラさ
しあわせは誰かがきっと
運んでくれると信じてるね     ♪
 (H2O  唄  想い出がいっぱい)



実はわたくしはG部長の大ファンでした。
見た目もいい男で人柄も良く仕事も出来て・・・
しかも真面目というところが最高のひとでした。
年頃もわたくしより一回りは上で大人の男性です。
時おり会社で見かけるとわたくしが面と向かって

”たまには相手してよー”

なんて・・・言うものですから
真面目なG部長はちょっとわたくしを恐がっていました。
わたくにはちゃんと彼氏はいるのですから別に大意はなく
たまに食事でも・・お茶でもいいから付き合ってくれるだけで
それだけでよかったのですがG部長は深く考えたみたいでした・・・?
それを彼氏に話すと笑っていました。



少女だったといつの日か
想う時がくるのさ  ♪



この場には他に数人が集まっていて中にOがいました。
OはKよりも更に若手でどちらかというと根が真面目すぎて
堅く・・ぶっきらぼうで不器用な人間です。
奥に優しい心を持っているのに表現が下手でした。
そんなOがしでかした「ハプニング」
わたくしが思うにはOの意を決したゲストに対する接待だったかも?


それは突然のことでした。
どんな会話をしながらその場で時を過ごしていたのか
正直なところあまり覚えてません。
なにしろ10年前のことですから・・・
ただ気がつくとOの裸踊りが始まっていました。
洗面器だったと思いますが男性の大事な部分はそれで隠して
少々、遠慮がちに踊っていたような気がします。
でもみんなには大うけでした。
それなりに落ち着いて静かな雰囲気だったテーブルが
一挙にお祭り騒ぎになりました。

”ひゅー ひゅーっ!!”

茶化すだけで同じ事をやらかす勇気のないギャラリーは
せめて盛り上げるのに一生懸命です。


まさかこういう「ハプニング」を起こすとは思えない
Oの行動にビックリはしたものの・・・・
多分、Oのことだからと考えてみると何だか可愛い行動に思えました。



キラり木洩れ陽のような
まぶしい想い出がいっぱい
ひとりだけ横向く 記念写真だね♪


           つづく
  
Posted by net_i5750 at 20:47Comments(58)TrackBack(0)