2012年07月29日

中学校の同級生のN先生に報告にいきました。

父が自力でブログを更新することが大変になったため、息子が代筆しています。
母が父の様子がおかしいので、N先生に相談したところ長谷川式認知症診断テストをして頂いたようです。
その結果20点以上であれば異常なしのところ17点で認知症の疑いがあるとのことでした。
以下は父が話した内容をタイピングしています。

私が三年前肺がん4期の宣告を受けた時、指示してくれたのはN先生でした。
彼は中学校1年生の時の同級生で治療の方針をイレッサに絞り込み3年間寿命を延ばしてくれました。
その先生に7月29日に会いに行きました。今までありがとうございましたと申し上げました。

三年間、生きのびてイレッサの薬の耐性にぶつかり始めました。
この三年間奇跡ですが、元々肺がん4期は私が最初に呼びかけられたころは10か月でした。
私は当時、自分が死ぬのは10カ月だと思っていました。
しかしイレッサは今や3年になっています。
人生残り10カ月を過ごすのを大変なことだと思っていました。
人間は一人一人死ぬ時期というのを定めていると思いました。
その結果私は10カ月の残りしかないと言うことがわかったのです。
この三年間は人生残り10カ月から素晴らしい三年間に伸びる期間だったのです。

三年経ってその治療が切れることを解ったのは最近です。
患者が全員三年経つと死んでいきます。
寿命が変わって、あと10何年間生きるかもしれません。
しかしあと7カ月で死んでいく私なのかもしれません。

2012年07月21日

40日も記事を書いてなかったなんて反省です。

40日も記事を書いてなかったなんて反省です。ほんとうにひどかったです。

7月20日に病院に行って来ましたのでお話しておきましょう。この間7月の6日にも病院に行ってました。悩んでいるのはこれからの治療がどうなるか検討がつかないからです。

7月6日には骨の治療をスタートしました。ゾメタの点滴でした。そして7月20日にはランマークの注射にかわりました。これはアストラゼネカの分子標的剤です。だからこの医局はアストラゼネカが中心にあるということです。イレッサが切れてもその流れを追いきる、そういう意味で正解だと分かりました。

2012年06月08日

30カ月を超えたところで全員イレッサの耐性に向き合うのです

本日は先週のPetの結果をききました。なんともいいようのない状態です。

訊いたのは主治医です。主治医の年4回の指示により新小岩の病院が1日かけてPetとMRIを調べてくれるのです。検診業者さんは「5回目ですね」とおっしゃっておられたので3カ月に1回ですから1年半は来たのでしょう。

最初の肺がん4期診断から2年8カ月がすぎたのです。前にもお話しましたが当時は肺がん4期の平均余命は10か月でしたから、そのときは10カ月で俺もこの世におさらばだと打ちひしがれました。

それが2年8カ月過ぎたのですから好運の絶頂です。イレッサの裁判は見事にがん対策の命運を変えたのです。

今は他の抗がん剤の平均余命は15カ月までのびておりますから、いい方向へ伸びております。

イレッサは30カ月を超えたようですから素晴らしいです。しかしわれわれイレッサ患者は大変なとこにゆきつくのです。30カ月を超えたところでイレッサの耐性に全員向き合うのです。

「今まで30カ月ありがとうございました、だけどイレッサが耐性になったらどうすればいいの!」です。

普通の患者と同じたたかいに入るのです。主治医の先生ははっきりいいます。「他の治療法でこれはというのはない。もしあなたが、イレッサ以外の治療法がうまくいかないとすれば治療はうけずに緩和ケアで治療することもありですよと」おっしゃります。

Petの結果ですが複雑です。「悪くなっていないですね」と言うのですが、「前と同じで肺に腫瘍があるとか、骨の腫瘍があるとか言うのです。」

「えぇ今までそんなこと言われてなかったな」と思うのですが、毎回表現方法が違うのです。2週間後に検診を入れ、血液検査もいれましたので、そこでもうすこし話をすんでしょう。

2012年05月30日

治療の今後

先週の土曜日5月26日、定例の毎月検診日がありました。

先週はこれからの治療が気になっていてこれからどうするか3人の医師に聞いていました。

私がブログをオープンして5年は過ぎているので、3人の方から「どうだったんだ」と問い合わせをいただきました。

5月25日の大阪イレッサ高裁判決があったので24日に判決予測記事を書きました。「原告完全敗訴」はあたりでしたね。

イレッサ患者は裁判を提起され10年間苦しんできました。それも昨年東京の高裁判決でイレッサ認可は正当と評価され原告は全面敗訴となりました。

私は2009年10月に肺がん4期が判明し、当時平均余命10カ月と診断されました。

危ない裁判の大騒ぎの中、私はイレッサを選択、2年7ヵ月生きのびて来ました。だからイレッサの裁判は全人類的成果と認めています。

私のように肺がん4期と判明した人間には素晴らしい道です。

だけど医療の問題としては巨大な問題を残しています。イレッサは遺伝子の形に依り、男の6%、女の20%という少数にだけしか効かないのです。

ただし、あたった人の70%が助かるのです。しかし問題があるのです。

イレッサで成功した患者の全てが耐性にぶつかるのです。折角効いた肺がん4期の患者が2年から3年すると耐性にぶつかるのです。

私も耐性の限界に近付いています。私も2年7カ月前、「癌の治療が成功したよ」と言われイレッサの薬に助かったと感謝しました。しかし2年7カ月を経て耐性の時期にたどり着いたのです。先週3人の先生にそれぞれ聞いてみました。

第一の先生は「イレッサを続けます。」と言われました。「今まで医療界ではイレッサが切れたと言ってたがそれは違う」と言いました。

イレッサが切れた場所もある。効いている場所もある。だから続けることが大事なんだと言いました。

二人目、私が2年7カ月イレッサの治療で助けていただいた主治医です。「先生、耐性になったら私はどうするのですか?」先生は答えました。「今ある抗癌剤の治療は、ちょっと効くけど癌がまた増えてくると7カ月ぐらいで死んでしまうのです。慶応病院でも、有名な医師は抗癌剤の治療はしないと言っているのです。」

第三の先生「先生、イレッサで2〜3年肺癌が治ったとしますよね。だけど必ず耐性にぶつかりますよね。その時患者はどうしたらいいんですか?と聞きますよね。」先生「どこかの病院でうちはこうしてるんだ。というところはない。」と言っていました。

私の結論です。「今の医学においては肺癌4期を治す薬は無いとわかりました。だから私は「今の医学の最高の位置にある場所に行って、その医師が決める抗癌剤を受けて早く死んでしまう覚悟をするしかない」という結論に達しました。

2012年05月24日

イレッサ高裁判決予想

イレッサ高裁判決が大阪で25日行われます。

これは、明解です。

原告の敗訴です。

前回の東京高裁で明らかになりました。

イレッサで私は2年7カ月命をいただいております。

イレッサで助かっている患者は年間1000人は超えているでしょう。

これから問題は「折角助かったわれわれが次どうすんの」ということです。
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