2008年01月02日

ネバダレポートはどうしても超えなければならない日本社会の壁

私は今60歳と半年で、既に10月から年金をもらい始めている。厚生年金と企業年金をあわせると月35万円程度だ。その他に親の残してくれたアパートの賃貸収入が10万円、自分のアパートの収入が7万円と算盤をはじいていたのだが、こちらは目算が狂ってしまった。そこで、小さな商売をして働いている。

けれどどうだ、65歳を超えた先輩方は年金は同じようにもらっている人もいようが、毎日を日曜日でくらしている方も多い。

この毎日が日曜世代が2015年には3000万人に達するようになる。こんなことで世の中もつはずないでしょというのが年金問題の根源だ。

サラリーマンを終えてからどう生きるかという大問題が2012年から大量に発生するんでしょ。そして津波のように襲う年金ぶらさがり集団が年金財政を貪り食ってしまうのが2015年から数年。

年金問題は年金制度の「5つの悲劇」も即刻直さなければならないが、「3つの犯罪」にも東京裁判を実施しなければ戦後の戦後は始まらない。

年金問題は年金問題が解決すれば解決する問題でなく、国家財政の問題なのである。年金の制度を確立するのに40年かかる間、積みあがる期間に余るように見えるお金をじゃぶじゃぶ使ってしまえというのがグリーンピアや事務費問題、ゴルフボール問題長妻さんがぎゃんぎゃん言っている問題だが、同時に150兆円にものぼる積立金を財政投融資ということで高速道路、ダム、新幹線、地方にばらまいてしまったということに本当の問題がある。

国は、郵貯・簡保、年金の金を国債800兆円と国の保証をつけて政府保証債300兆円あわせて1100兆円ぐらい使っちまったんでしょ。

年金にとってみれば、国債だったり、政府保証債だったりだから必ず還って来るという役人のうそぶきはその通りだ。

しかし、年金に還ってきたって、国の借金が減るわけではない。国の借金が減らなければ国民はどっかで負担していることになる。年金の金があったからちょっとつかっちゃったですまされることでなく、返すあてのないところに使っちまったことに責任取れよということですよ。

だから年金問題は年金問題として解決しなければならないのだけれど、年金問題が解決したからと言って国家財政の問題が解決しないということが年金問題の難解なところだ。

要は、これまで50年間霞ヶ関の役人がやってきたばらまき800兆円の体質をそのままにして少子高齢化の国の運営はできないということです。

民間がここ20年やってきたリストラは体力ある会社とそうでないという格差を生んだが、トヨタのように絞っても絞ってもまた絞る経営をしなければ生きていけない。

さすがの銀行もリストラされちゃった。しかし政府部門は全くリストラ手付かずなんだ。しかも金が独立行政法人に流れ半分に減り、3分の1に減り、実際の事業にまわる3分の1は渡り鳥の役人の給与・退職金、3分の1は政治家、あとは業者がしゃぶるような金の流れでいいんですか。このままじゃ税金は、いくらあっても足りないでしょ。

IMF2001年9月のネバダレポートの実施はどうしても乗り越えなければならない壁だと思うけどね。

トラックバックURL

この記事へのトラックバック

1. 消えた年金(3)??年金は“助け合い”のため  [ IT屋もりたの今時パソコン日記 ]   2008年01月03日 18:42
 昨年暮れから書いている“消えた年金”シリーズ、第3弾は56歳で退職した団塊サラ...
2. 消えた年金(4)??年金問題の背後は国の借金問題  [ IT屋もりたの今時パソコン日記 ]   2008年01月03日 18:44
 正月早々、あまり詳しくない問題を書きたくないのですが、私自身の今後に最も大きく...

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Archives