2017年12月30日

1:44

テストテスト。

実にメンタルは世相なのかカレンダーなのかあるいは季節なのか、つまり外の気温なのか、影響を受けやすく年末なら年末らしい気持ちになったりそれらしいことを書きたくなる。

NHKでは昨年もやっていたはずだが『ドキュメント72時間』の振り返りを一晩中やっている。

自分は明日の業務への支障を多少なりとも気にしながら飲みすぎている。

来年の展望を見通すには酔いすぎたか、あるいは素面でもそんなことは全然思い当たらないのか、そのどちらでもあり、久しぶりにキーボードをたたいても大したことは思いつかない。

それが「老い」なのか、指向の変化なのかもわからない。
いや、酒を飲んだらダメかな。

世の中にテキストを放出する歳でもないのか。

(01:55)

2016年02月08日

久しぶりにキーボードを叩いてみる。
いちいちながらChromeCastでYouTubeの『明日への手紙』をテレビで流して酒を飲んでいたところ、最近漫然と毎日を暮らしてきたところ30代がいよいよ終わることに思い至る。

こんなことはめったにない。
そしてずいぶん時間が流れたと思う。

若いころ、20代の頃の記憶は遠い。

30代に入ってからの記憶が乏しいように思えるのはそれだけ記憶力が衰えたのか、もしくはいちいちあれこれと昔を思い出さなくなったからだろうか。どうしてそうなったのだろうか、もう少し若いころは 自分のしたことを思い出したり、反省したり悦に入ったりして忙しくしていたように思う。それを今さら口惜しく思うくらいにそういうことがなくなってしまった。こうしてテキストを書くのは苦になかった時代があるが今はそうではなくなった。

人生には「例え」が必要だ。
それは自分にとって分かりやすい、もしくは分かりにくい、いくら考えても到達できない理解できるようで理解できないものであったりするようなものでよい。自分について深く考えること、あるいは出会った人に対して深く思いを巡らし、想定して次の相手の言葉を予測したり、言うべきことを吟味すること。

例えば村上春樹の「鼠シリーズ」つまり、『風の歌を聴け』、『ノルウェイの森』、『1973年のピンボール』、『羊をめぐる冒険』、『ダンス、ダンス、ダンス』、が自分勝手ながら自分には一番例えやすく例えにくいがそれだけ印象が強い。

それらのシリーズで冒険する主人公は、自分にはリアルな物語に生きる主人公だったが、最後の『ダンス、ダンス、ダンス』で34歳くらいで物語は止まってしまった。本作の発刊が1980年代末であるので当時は自分はずっと若かったのに、あるいは本作を読んだ時も20代前半だったのに、主人公の物語は時を止め、自分はその主人公の歳を遠く超えてしまい、その先に物語は用意されていなく物語は止まってしまう。
その後のあるべき、比較すべき生活や人生はない。

その引き金は突然目の前に現れ、そして引き金は引かれてしまうのか。『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』なんていうクサいドラマを見るようになったからだろか。
そうかもしれないが多少安易でもある。

人生の半分を生きてしまったと、昨年よく口にしていたけれども、それは単純に年の数を観て揶揄していただけだったのだけれども本当にそう思えてきた。半分どころがもう3分の2くらい生きてしまったかもしれない。

たまには昔を思い出してみてもいいかもしれない。
そういう歳になった。

昔考えていたこと、昔出会った人たち。


(20:24)

2015年04月14日

10:05 2015/04/14

久しぶりにタイピングしてみる。
文章を書いてみる、というより「タイピングしてみる」というところが、「走ってみる」ではなく「ジョグする」といった感じだろうか。もうほとんど書きたいことはないのだがキーボードをポチポチやってみたいのである。

先日も紹介した、昨年購入した5万円弱のLenovoの安いノートでも、また中の上クラスのスペックな本端末、つまりDELLのノートでもキーボードの静穏性は20年や10年の間に飛躍的に静かになった。そのうえ「光る」キーボードは中クラス以上のマシンではトレンドらしく、暗闇での視認性向上を図っているのである。まあでもこれは法人向けにはないのかもしれないが。

そんな昨今のノートマシンのキーボードであるが、だが自分の好みからは離れているかもしれない。列挙するならば、

①Enter、Esc、Delete、Backspaceキーが小さい
②ファンクションキーが小さい
③上下左右の矢印キーが小さい
④ファンクションキーがデフォルトで「機能キー」扱い

 この辺が致命的に不便だったりする。

世のトレンドとして、パタパタポチポチの超高速なタイピングはしないし、誤変換もしないということなのだろうか。そもそもそんなにキーボードは使い倒さない、好みはないというか、効率よく文章作成するという時間、それだけでなくキーボードで(を補足的に使用して)windowsをオペレーションするという機会はこの15年くらいで著しく少なくなってしまったのだろう、そんな気さえする。

自分としては文章作成だけでなくwindowsそのものの操作運用にあたってアルファベットキーなんかよりも Enter、Esc、Delete、Backspaceや矢印はかなり重要なのである。

まぁ、だいたいタッチパネル全盛のこのご時世、キーボードのキー一つ一つが、各アプリ(ソフト)やシチュエーションでどのような動作に当たるかを覚えながらパチパチやる時代はすでに過去のノウハウになってしまったのだろうと想像できるのは容易である。

大学生が卒論の下書きをiPhoneで作業する時代なのである。 

(10:20)