うちの部署には社費私費問わずMBAを取りに行く人間が多い。


「ハーバードビジネススクール  不幸な人間の製造工場」


読了。

一番すっと胎に落ちたのは、

「同期のうちいったい何人が願書に、MBAが欲しいのはウガンダでマイクロファイナンスがしたいからだと書いておいて、いまでは投資銀行に就職しようとしてる?」

という一節。

別に僕はウガンダでマイクロファイナンスをすることに興味があるわけでもないし、それが殊更価値の高いことだとも思っていない。 

しかし、この文章に凝縮されているのはMBAが内包する一種の自己矛盾だと感じた。

最近は頓に選抜の際にボランティア経験や志の社会性を重視しているようだが、意図してかどうかは別として、結果として卒業生の多くはWallStreetに戻っていく。

ウガンダでマイクロファイナンスに従事することと、WallStreetでファンド業務に従事することの相対的な優劣には興味もないし、そんなことはそもそも計りようがないが、両者が質的に異なることは否定できない。

そこに言い得ぬ胡散臭さを感じてしまった。


また、最近MBA(特にHBSではそうらしいが)で教えるリーダーシップというものに非常に強い違和感を感じざるを得ない。

リーダーたる人材は存在しうるだろうし、必要だと思うが、彼ら彼女ら自身が「自分がリーダー」と高らかに宣言することには閉口してしまう。

自らを律するために、「自分はリーダーになるべき人間だ」と思うのは健全だと思うが、MBAに限らず「私たちはリーダーたりうる人間だ」と言って憚らない集団(特に集団は厄介だ)には、「誰が君たちにリーダーになって欲しいと思うのだろうか?」という視点をもう一度持ち直した方が良いような気がする。

個人的には、
渡辺千賀さんがブログで書かれていたように、

On Off and Beyond: 他人の夢を否定する人
「社会貢献すると貢献した本人もハッピーになれるので、どっちかっというと「達成するゴール」じゃなくて、「させていただくこと」なんじゃないか、と思うからだが、まぁ、貢献しないよりする方が絶対いいのでいいんじゃないでしょうか。


というスタンスが非常にComfortableなんだけどな。

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