2011年04月16日

ということで基本通常モードに

まだまだ予断は許しませんが、色々と整理したので、日記は通常モードに戻します。
もちろん、なにかあれば、また書くので周りの状況を無視する訳ではあリません。

朝、いつもより一時間早く起きて、ニュースを新聞各社見て、ご飯を食べて、そこから仕事です。

東北と東京と名古屋の、それぞれの違いを感じています。

東北は福島や宮城が問題になりますが、他の県も被害を受けています。親戚は連絡しても「大丈夫」としか返って来ませんが、「他に比べれば」「生きてるよ、怪我無いよ」という気持ちで聞いてます。
お互いの県に住む親戚や知り合い達で、融通し合っています。
義父は秋田に住んでいて、何度も停電しているのですが宮古の知り合いに会いに物資を届けたり、被災地で煙草がとても不足してるらしく、東京からも送りました。…買い占めになるのかなと思いながら、禁煙のご時世ですが、一服吸って落ち着いて欲しいなと思います。


東京は揺れながらも、原発や電力、そして経済の冷え込み具合が一番です。
職種によっては、仕事自体がありません。
人の帰りが早いので、飲食はかなりのダメージです。
でもパン屋さんや牛丼屋は人が足りなくて大変そうです。
知り合いと話すと、これからどうやって生活するかという事が一番最初にあがります。僕の周りでは一番は経済的なこと、次に安全の話になります。

名古屋は変わっていなさそうで、やはり変容しているように思えます。
明るさと暗さの両極端が混在している印象です。
自分の知らない場所の問題が、否応無く飛び込んでしまうからでしょうか。
例えば揺れてないのに、地震速報が連続で流れたり、東北や関東の問題が耳に入ったり。
「大丈夫だよ」と「普通に暮しちゃいけないのかな…」と心が板挟みになってる若者が多い気がします。


そんな中、僕は作家で演出家なので、個人的に自分のルーツや置かれている創作環境に目を配りながら、東北と、関東と、東海と、三つの地域の色々な差を、いったいどのように受け取りながら、発信していくのか毎日生きています。

表現者として生きるならば、この状況を真っ正面から経験しなければ嘘だろ?と思っています。
どんな表現であれ、発信側と受け側に大きな変容が産まれています。

ほのぼのした家族ドラマを見ても、家族を亡くした人は泣くかも知れません。
殺人や強盗のシーンで「現実は違うよ」と笑うかも知れません。
昨日ディズニーランドが営業再開しましたが、喜ぶ子供とそれを見る親の気持ちは違ったことでしょう。

でもそんなこと、表現行為の本質においては、本当は今までとなにも変わっていません。
しかし、台詞一つ、ト書き一つでどんな人達がどう受け取るのかという思考や想像力が、以前よりも作家や演出、俳優にとって重要になったのは確かです。

新しい芸術の形が産まれるのだとしたら、きっと次は東北からだと確信しています。
今、現地で耐えている若者から、世界で通用する人物が沢山育って来る事でしょう。
そのまだ見ぬ人達を相手に、僕は自分の仕事で戦うのです。

時には復興に向けて手を取り、時には意見をぶつけ合い、時には共に涙を流し、
全ては美味い酒を酌み交わす為にです。  
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2011年04月05日

3/19〜 備忘録

「名古屋について一番最初に耳に入った言葉「はい、キャバクラいかがっすか」 via ついっぷる/twipple 2011.03.19 16:22]

イヤミではなく元気だなと思う。停電と電車のため関東の風俗は壊滅的だ。
街の明るさと人の生活に少なからずショックを受ける。素直な人達が多い印象を受ける。殺伐としていないということだ。

七ツ寺に『アイスクリームマン』を観る為に受付の前を通るが、不快な思いをいくつかする。マックでご飯を食べながら妻が夕暮れを見て泣く。
客入れ時の照明の数を見ながら、今まで自分達が行って来たことを確認する。

観劇後挨拶をして、俳優の山形家へ。
とちゅうコンビニの棚に並べられたパンやカップラーメンを二つ欲しくなる。
人は浅ましい。
話しながら夜中にそれを食べる。泣きそうになりながら食べる。
今日はなぜか傷ついている。

次の日は少年王者舘を観に千種へ、会場前に何人かと話す。
王者舘の出演者には関東から来た人達が多い。
そのうちの1人、いけりょうと抱き合う。他の人はワカラナイかも知れ無いけど、お互いに頑張ろうねと励ます。
たまたま観ていた知り合いが妻に「名古屋でしたけど私の方が揺れましたよ」と張り合っていたのを聞いて、この人は何を考えているのかと思いながらも、なにか共通の傷を確認したいのだと思った。失礼には違いないけれど。

その後はトライフル会議、俳優の二人が東京で震災に会ったので二人の話を聞きながら、目標を明確に夜まで話す。その後は妻を送る。

大須で朝まで飲んで寝る。揺れない夜になれない自分がいる。

次の日は一日動けず、水曜木曜は人形劇とクラウンのワークショップ。
この座組ならかなり素敵なことができるだろうと確信を持ちながら、二日間を楽しく過ごす。作家としての両分だが、16年も何も考えず座付きの作家をしていた訳ではないので、誘ってくれた方々にはとても感謝しいる。
なにより、皆が心配してくれていた。一義として、復興先に回れる作品をつくろうというところでお開きになった。

金〜日はトライフルのワークショップ。
技術ではなく、お互いの発祥と、体感を元にしながら、震災後、原発が爆発した日に東京で行った「人と人が触れ合うことが演劇だ」ということを基準に組み立てて行く。「何が違くて、何が同じか」最後はトライフルの自主稽古と軽く懇親会。たくさんの人達が集まってくれて非情に感謝しています。

この頃になると、節電よりも、明るく派手で、お祭り好きな名古屋人気質をもっとこれから出して行って欲しいと思う様になる。

一週間の滞在で身体を壊していまに至る。

東京に戻ってからは、不眠と、あいかわらず放射性物質の広がりと、ガイガーカウンター(子供が産めるのか解らないからね)駅の運行状況と停電にならない為節電の毎日だ。
そして稽古場が東京から消えた。

一ヶ月が経って、何も終わらない日々が続くけれど、この一週間は、生涯で一番花を見ようと考えている。

慈しみと、修羅の位相が襲って来る毎日だ。

それでもあさから「おはよう」とかける。
仙台の人、福島の人  
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2011年03月19日

3/18〜19

震災から一週間が経った。
この状況にとうとう僕らは慣れてきたのか、それとも吐き出さずに耐えているのかわからないが。鈍らせず、尖らせず生きたい。

夜、献杯をして飲んだが、やはりそんなには飲めなかった。そして寝ずにこの日記を書いた。

ただの備忘録だが、東京から家族から離れるのがやはり辛いのだ。

ただ、僕の集団トライフルは、名古屋が活動拠点なんだ。

だから今から行って来ます。
しばらくはこうして机に向かえないと思いますが、お互い無事にまた会いましょう。
行ってきます。
これからも戻って来て思った自分の言葉の通りに。
そして人と触れ合う大切さを確かめに。

「@trifle1975 何度でも言うよ、東京近郊はこれからは輪番停電、風評被害、そして募金や水道点検とかを装った火事場泥棒や、悪徳業者との闘いだよ。特にネット環境に無い 人、一人暮らしの人に気を配って、自分達の周りに被害が及ばないよう協力し合おう。行動する前に深呼吸。 via ついっぷる/twipple
2011.03.13 20:53」  
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続々 3/16、17日 救助要請

夕方、要請完了の報告が来ていた。後輩にも連絡をする。
ボランティアの人はとても良い人だった。新潟地震の時も現地でボランティアをやり、Twitterでは仙台で被災している人が、被災した自宅で有志を募って情報を整理し行政に伝えている。それを応援している弁護士が、それを行政に陳情してくれているとのこと。
救援要請を出したので、要請完了のツイートを出す。
そして他の人にも。


「現地に連絡、官邸にも上げてもらう予定。現地は来週半ばまでは薬が持つ。連絡してくれたかたからは切羽詰まった感じは無かったと励ましの言葉をもらう。 via ついっぷる/twipple 2011.03.17 16:36」


どっと疲れた。そして今週末に名古屋に行くか決めなければならない。
落ち着く暇もないまま、節電へ。
大規模停電の可能性があるという事。昨日、京浜第一国道は街灯を間引いていた。停電時に事故も起っている。しかし冷え込みのため需要が増えているとの事。
起きたばかりだが、また布団へ。


「恐ろしい速度で日々が進んで行く。深呼吸して、落ち着いて、ただ粛々と、日常を。 via ついっぷる/twipple 2011.03.17 17:06」

「ひとしきり連絡が着いたので、節電タイム。 via ついっぷる/twipple 2011.03.17 17:31」

「自分以外のツイートがTLで見えない。。。停電回避対策か。お手洗いをすませておこう。 via ついっぷる/twipple 2011.03.17 17:47」

「帰宅途中の方、電車から見ると停電に思えるようですが節電です。自発的に電気を皆で消してるのですよ。 via ついっぷる/twipple 2011.03.17 18:26」


大西さんは随分停電で疲れている。朝起きて停電、職場で停電、帰って停電と最高9時間の人もいるという。みんなとても疲れている。だれがでは無く、日本中が。
疲れていると、やはり変なことを言いたくなる。特に大規模停電の恐怖を静めるため。


「TLで今、演劇人は家に蓄光テープ貼れば良くね?との意見が急激に広まっている。がしかし、暗転が苦手な俳優もいるので、そういう方々は稽古をしてくれ。 via ついっぷる/twipple 2011.03.17 19:47」

「いま友人から「蓄光テープは発光テープではありません。長時間の停電には実は使えません。停電開始の数分の危険防止にしか役立ちません。」との意見が。ありがとう!和んだ! via ついっぷる/twipple 2011.03.17 19:55」

「よし、これで蓄光と発光の違いを知った人が、蓄光テープの買い占めに走らずに済む。 via ついっぷる/twipple 2011.03.17 19:58」

「すみません、俳優の皆さん、僕に「暗転が苦手なんです」と大量に相談しないで下さい(笑) via ついっぷる/twipple 2011.03.17 20:00」

「先程の演劇人なら暗転大丈夫じゃないか?という話は現在、俳優達の暗転でどんな失敗をしたか自慢に変わっています。「ハケ切れなかった」「流血 した」「音響倒した」「次のシーンになってた」「壁をすり抜けた」「そもそもハケれない」僕は「次のシーンで襖に人の形の穴が空いてた」のを目撃しまし た。 via ついっぷる/twipple 2011.03.17 20:31」


なんとか冗談を言いながら、東電から大規模停電回避の情報が来て暗闇の恐怖から逃れたが、その後も原発の写真や、諸々があった。もう、本当に諸々。
考えて、なにか出来ないかと思い、知り合いに教えて貰った情報を流す。


「【東京から物資を送れます】フードバンク団体「セカンドハーベストジャパン」4tトラック1台ですが、毎日輸送のルート確保しました。【協力者必読】HPは http://bit.ly/gvzjrz 【現地の声】http://bit.ly/f6RdMk via ついっぷる/twipple
2011.03.18 00:27」


しかし、あまり拡散はしてくれなかた。協力してくれた友人の遠藤君も同じ意見だった。
理由は大体分っていた、僕らは疲れてる。
あれほど「なにかできないか」と考えてた人の思考が、疲れてしまっている。
それより先に生活や、日々の食事、停電、電車の運行、放射性物質のことなど
問題だ。僕だってそうだ。
そして色々と考え決断した。そのところどころで整理をした。


「色んな人達。特に東北、関東の親戚と家族、仲間。ごめん、俺、ワークショップやりに行くね。ごめんなさい。俺の現場、いま名古屋なんだ。ごめん。 via ついっぷる/twipple 2011.03.18 05:48」

「やらない善より、やった偽善と人に言ったのだから、自分がどうかと問われればそれはできた気がする。こんな時だけツテを頼ったりね。でも災害後 一週間が勝負だと思ったんだ。さて仕事をしなければいけないが…この状況で書くにはキツい。現在、作家は何が書けるのか。いや書いてやっと名乗れるのか。 via ついっぷる/twipple 2011.03.18 08:44」

「何かできるかなんて、考え抜いても大した事しか出て来ない。だけどさほど考えないで出て来た事よりマシなはずだ。震災から今日で一週間。「ま だ」なのか「もう」なのか。考え続けた量は人それぞれ。でもその量がこれからの動きを変えると思っている。 via ついっぷる/twipple 2011.03.18 08:49」

「昭和一桁生まれの叔母が来た。帰りのガソリンが無い…。しかし顔見れて良かった、会えて良かった。叔母は俺の顔を見るといつも祖母が可愛がっていた事を思い出し泣いてしまうので、本当に少しだけ言葉を交わした。 via ついっぷる/twipple
2011.03.18 10:32」

「先程、予定通り名古屋行きのチケットを手配。今週末名古屋に行きます。残念ながら京都行きは諦めました。来週名古屋でワークショップが2件ありますが、両方とも開催します。 via ついっぷる/twipple 2011.03.18 10:45」  
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続 3/16、17日 救助要請

そんな状況で、そのまま昨日と同じくらいに過ごせるかと思っていたが、後輩が悲痛な書込みをしていた。
母親の務めている病院では、損害が他と比べて軽微な為多数の患者が運び込まれ、薬が足りないらしい。

電気の復旧が始まり、当初は連絡がついたことで安心していたが、ようやく被災した家族達も、状況を話してくれるようになってきたのだろう。
が、どうしたらいいのか分らず困っている。
後輩とmixiのつぶやきで連絡を取りながら、救援要請の連絡ができないかTwitterに流す。震災時には相当数が流れていたが、それは安否確認だった。
見よう見まねでなんとか試してみる。
運良くボランティアの人達から連絡があった。
後輩のお母さんが務めている病院がグーグルで見つかったので、住所と連絡先を調べて送ったのが良かったのだろう。
聞くと情報が足りないので色々と連絡の橋渡しをする。


「先程の救助要請、なんとか連絡が着きました。朝方に連絡をして対応をお願いしました。あとは祈るだけ。以下は救援の際に必要な事柄。「場所・住 所が把握出来ている。連絡担当者が居る・連絡出来る。状況・要求が把握出来ている。物資は救助隊と話せば間に合います。向かって貰う為の情報が先決で す。」 via ついっぷる/twipple 2011.03.17 02:13」

「岩手県一関市(気仙沼から車で30分)周辺、被害が比較的軽微ですが出身の友人が連絡を受けた状況「気仙沼の親戚の家に行ったら津波はぎりぎり 届かなかった所でも、悪臭が酷く、物を盗もうとしている人がウロウロしているそうです/被災地では盗難や放火もあるそうです。」救助要請はしました。 via ついっぷる/twipple 2011.03.17 02:25」

「一関市では「被災者が被災者を助けている」そうです。そして救難信号が広まっていません。頼むから救助を要請して下さい。【世界共通救難信号】 食料と水『F』 医者『━』 医療品『〓』 着陸可能『△』 燃料『L』 『 』内のマークを空からわかるように示して下さい。海外の支援隊にも通じます。 via ついっぷる/twipple 2011.03.17 02:28」


東北は山間部も多い。軽微なところは後回にされる。そして僕は避難所の被災者は見ているが、家の有る被災者や車中泊の被災者の映像をまだ見ていない。避難所はやはり、家を失った人や身体の弱い人が優先される。
幸い日付が変わった頃に自衛隊が被災状況を確認したと報道が入っていた。
【世界共通救難信号】は物資投下が禁止されている日本では意味が無いという意見も有るだろうが、何が足りないか分るかでずいぶんと現場はスムーズに動けると思うのだ。
後輩を電話で落ち着かせ、とにかく明朝の救援要請を待つ。
連絡が終わった後の疲労感。そして、これはちょっと良くないなという気持ち。手伝える事は手伝いたいが、出来ないことはある。
後輩だからなんとかしたいと思ったが、これで他の人から同じことを頼まれても対応出来ないと、ボランティアの人達とやりとりしながら思った。
緊急時の医療や救援は、非情な判断をすることがでてくる。
僕にはできない。
ボランティアには色々な考えの人達がいるのも知っている。色々嫌な事を考えて後輩に伝える。例えば神戸に救助に来た自衛隊から食物を貰っちゃ駄目だと妨害する人とかね。
自戒を込めて色々と、色々と考える。


「でも僕は演劇人なのだよ。 via ついっぷる/twipple 2011.03.17 03:26」

「自分が何かしたなんて思っちゃ駄目だ。まだ何も変わってないのだから、関わった分、ちゃんと最後まで判断して、責任を取らないといけない。むう。 via ついっぷる/twipple 2011.03.17 04:34」

「僕には直接助けに行く、あるいは救助をその場所に頼む力が無い。当たり前だ、求めて来なかったどころか避けて来た。でもそのことはあまり気にし ていない。その代わりに他の力を、人に頼る力を得た気がする。 via ついっぷる/twipple 2011.03.17 04:59」

朝が来て、挨拶をして、原発と電車と停電と風向きを調べて、寝た。  
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3/16、17日 救助要請

夕方起きて、第七劇場の鳴海君が岡山に移動したのを知る。岡山で公演があるのだが、この時期に東京を離れることの辛さが、痛いほど良く解る。
大きな地震があったらしいが気が付かなかった。
今日の原発などを調べ、また買い占めが進んでいる事を知る。色々なことを考える。


「疑い出すと切りがなく、信じすぎると思考停止。なんだ、ふだんの生活と一緒じゃないか。だから粛々と、いつもの作業。 via ついっぷる/twipple 2011.03.16 17:09」


そう思いながらPCの前に座るが、この状況でいったい何を書けばいいのか。やはり、うんうんと書けない。
この状態で既にストレスが溜まっている人もいる。停電している人達がいるので自分も節電しながら布団に包まる。
東京から出ていく人で混雑が起っているらしい。空港と駅が混雑してるとTVでニュースが報道される度に、自分の周りの事をつぶやく。会社務めをし ている人達は、携帯を職場に持ち込めず情報がない人も多い。はたして善意かと問われればそうでは無く、周りの知り合いに伝えたいだけだ。そしてイライラし ているからだ。僕の知っている人達はとても我慢しながら耐えているのに、膨らんだ風船のようになったストレスを破裂するのは見たくない。
そして、離れたところにいる人に、特に被災地の人に、こっちはまだ元気だよって思ってもらいたかったのかも知れない。
東京から人が出ていくのを報道しながら、片方で「安全です」という国で暮すにはどうすればいいのだろう。

なにより、言葉にすることで自分が落ち着きたかった。すでに両親は覚悟を決めていたから。でもそれでも心配するのが家族ってものだ。父は意識的に明るく振る舞って、家族をまとめている。
月曜から来ていたが、心配した知り合いから「逃げて」という連絡が多くなる。
だけど一体どこに逃げればいいんだ?食料も買い出せず、ガソリンもあまり無い。
そして一部連絡が取れた親戚はまだ東北にいる。
でも僕は週末から来週にかけて名古屋で仕事がある。ずっとそのことで悩んでいる。西にも親戚がいて、行くところは有るが、しかし僕らは選択して東京にいる。
TVでは3号機に放水していると報道が。いい加減何号機がどうなのか分らなくなって来た。
仕事で他の都市にいる知り合いは東京から来ていると「避難ですか?」と言われていた。色々と憤る。


「コンビニには物が補充されてきて、石油精製施設も動き始めた。新幹線も明日の指定席に空きがある。街に出れば分かるが、調べに出かけるのもねえ。僕には街の様子をつぶやくことしか出来ないだよ。 via ついっぷる/twipple 2011.03.16 18:06」

「混雑と混乱を一緒にしては行けない。東京に初めて来たときを思い出してみよう「人が多い」ではなかったのでは無いか。不安で買物に行く人達を我 が家では「年末の買い出しじゃねえんだから」と評している。 via ついっぷる/twipple 2011.03.16 18:11」

「「避難して」と言ってくれるのは非常にありがたい。だが今回の震災被害は短期では収まらない。なので一緒に過ごした際に嫁と小姑のように、まず 味噌汁の味で喧嘩が始まるのは目に見えている。であるから相手の両親と同居経験者からの連絡を待つ。そして僕や家族に仕事をくれるのを大いに期待してい る。 via ついっぷる/twipple 2011.03.16 18:30」


我が家に停電はないが体験している人に、できるだけ連絡する。「がんばれ」とか「どうせ劇場でも電力使えないから、そういう公演体形を考えよう」 とか。それはもう、絶対に疲弊するから。特に一人暮らしの人は。そして子供には恐怖体験になって貰いたくない。演劇でシーン転換の際、場面を暗転させる が、それができなくなることだってでてくるだろう。対処はできるが、できるが、そうやって暗転を無くすのは違う。表現を変えるのは違う。

いろいろと東北や関東から遠いところでの風評が入ってくる。
こちらとしてはただ、いつも通りに日常を暮して欲しいだけなのに。
酷い噂がたくさん伝わってくる。
しかし僕は今まで画面の向こう側での戦争や災害を、こうやって見ていたのだ。

駅まで行き近くのコンビニやスーパーを見て回るが、酒だけは残っている。震災後は酔っ払うまで飲まない。いざという時避難出来ないからだ。レジの 横のFAXをめざとく見ると、配送が注文から一日遅れると読めた。東京だけでなく各地で買い占めが問題になって来た。物が無く家で作れなければ外食すれば いい。作るより安い食べ物は沢山ある。
冷え込みが厳しく、猫が布団に入って来てくれるので一緒に温まる。猫でさえ気を使ってくれる。節電で暖房も電気も必要最小限しか使わない。そして余震。停電中の人は、被災者の人は、暗闇の中地震なのだ。

被災者受入の発表と同時に、電気復旧し始めた被災地の状況が分り始める。
蜷川幸雄さんが二日前に韓国から「演劇人としてちゃんとこの状況を体験しておかないなんて耐えられない」と帰国した事を知る。そして外国人が、色々理由はあるだろうが東京から出ていき始めた事も。
当然だろう。海外で何かあった時に、僕らはその邦人の安否を心配し帰国を歓迎したんだ。
その後も友人から名古屋の買い占めの状況を聞いたり、冗談をいいあったり、色々。


「名古屋でも棚からレトルトカレー・シチュー、お米、水、缶詰、レトルトご飯が消えてました。「これは入荷が少なかったん?」店員さんに聞くと、「や、たくさん売れたから」との事。ほへぇ。」
「と、思ったら、レジの近くに無洗米が山積み。すごい量。 店員さんに「これは売れんかったの?」と聞いてみたら、さっき入りましたって。 ほら、やっぱり、物はあるんだよ。 」

「@dave_spector明日、シンディ・ローパーのコンサートがあります。こんな時期に日本にアメリカ人の歌手がいるなんて、ボクも一都民としてうれしいです。 via web 2011.03.17 00:01」
  
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3/15 横浜演劇サロン

mixiは僕の中でかなり放置していたのだけれど、震災時に使用出来たのがmixiとTwitterだったので、この一週間は重宝した。
なので日記はこちらにも一応書いている。

計画停電と交通機関の麻痺、食料の買い占めによる不安、原発の水素爆発などによる被爆の危険の中、しかしそれでも会社や仕事場に行かなければならない人達がいて闘っている。

まだ日が変わっても、余震や、僕のつぶやきが気に入らなかったのか傷つけたのか、マイミクを外されたりして、自分だけ心配し過ぎなのかと悩んでいた。
僕はどうなるかをある程度まで調べ「選んで」東京に戻って来ている。
しかし「知らない」のはどうかな…と思い余計な事をして心配を煽っているのだろうか、悩んだ。
15日の風は原発から関東へ吹いている。

「震災時に東京いなかったのに、次の日戻ってから数百回の余震。さっきは東京湾で震度3、原発のこともあるし寝れない。昼は停電に電車の問題があ る。東北すげえ。僕はちょっと耐えられなくてさっきから変な行動繰り返してる。mixiでつぶやき気になるなら、最新のつぶやきの×を押して非表示して ね。 via ついっぷる/twipple 2011.03.15 05:51」

停電と電気で早起きした人達に、Twitter上で挨拶。仙台で被災しながら地元の演劇人の安否を確かめている人、電車が動いてるかどうか解らな い人、停電が心配な人の為に、情報を色々と伝えて寝る。節電と、また大きな地震が来た時の家族を心配して、完全な夜型に切り替える。

起きてニュースとTwitterで原発、停電、電車を確認。その後にTVを見る。
横浜の大西さんが停電が回避できそうなので、相鉄本多劇場で月1恒例の横浜演劇サロンを開催すると知り、横浜へと移動する。

「本日、相鉄本多劇場にて横浜演劇サロンは予定どおり開催。こうした状況下ですから、あまり人が集まるとは思えませんが、場合によってはロビーや 楽屋で極力電気を使わないようにして開催です。震災義援金箱もやります。19時半からです。来られる方は交通状況等無理のない範囲で是非。会費は100 円。」(大西さん)

「昨日稽古して思った、僕らに必要なのは会うこと!もちろん安全第一で交代でツイッター見て原発情報調べたり、地震の際すぐに避難したり節電した り、でも稽古や非日常の空間で会うのって、凄く大事です。 via ついっぷる/twipple 2011.03.15 16:34」(片山)

途中、公演中止による返金作業で助けを求める人や、買い占めの状況、仙台市内で若干電気が復旧して来た事などを知る。家を出る際に家族と少し喧嘩をする。親戚が会津、中通り、仙台にいる。連絡がまだ取れていない。色々反省する。
つくばにいる百景社の志賀君と再び連絡が取れたので一安心、電気や水など大変そうだが自分達の事よりも、もっと大変な人達がいると頑張っている。

僕の住んでいる東京側と、多摩川を挟んだ川崎は、停電のため電車の運行が途切れる可能性がある為、JR川崎まで自転車で。京浜急行で行っても良 かったのだが、昨日Twitterでたった5分の区間を1時間以上かかったと知り合いが教えてくれたのだ。もちろん着替えとチョコや携帯の充電器を持って 行く。
構内は混乱していた。数十分ごとに運行状況が変わる。
移動中は原発に危険が来る度に増える書込みにイライラ。状況が知りたい。
さらに原発の危機よりも責任追及だったり、「被爆差別」などの発言にイライラ。


「原発の話が、いつの間にか原発推進派と反原発派の話になって、何が何やら……。関東でさえ出来るのは励まし合いと笑顔。ましてや東北は…。出来ることを出来るだけ。 via ついっぷる/twipple 2011.03.15 20:02」

「来週再来週の名古屋の仕事予定を決めなくてはならないが、東京から避難?と冗談言われても「大切な家族を東京に残してます」としか返せない。 via ついっぷる/twipple 2011.03.15 20:16」


遅れて相鉄本多劇場に到着。舞台にブルーシートを敷いて、入り口は解放、暗い中最終的に20人近くは集まったのだろうか。
一度公演を行っているため、数人だが知り合いが。実は劇サロは初めてなのだ。
会費(といっても100円だが)を払って、お互いが持ち寄った飲み物とつまみでしばらく談話。家で停電、職場で停電という話を聞く。いくつかのグループに分かれているが、例えば「地震」とか「原発」という言葉で時々黙る人もいる。

頃良い時間に、皆で車座になり、自己紹介をして近況やこれからの公演の宣伝をしようと提案が。自然、それぞれ震災時にどこにいたのか、どれほど怖 かったのかを話す。それぞれ相手に茶々をいれながら、やはり涙ぐむ。公演中止や上演中に震災にあった為にそのまま避難させた話や、ビルでそのまま暗幕やパ ンチカーペットに包まり朝を迎えた話などを聞く。悔しさや、悲しさや、家族や親戚がまだ見つからない事や、押さえていた事、無事に今日知り合えた、顔を合 わせられた事を色々。
最後に大西さんから義援金の提案、思い思いに募金する。
程よいところで解散。皆、一様に「来て良かった」と口を揃える。
横浜駅前のダイエーは、何度もTVで放送されていたが大変だった。しかし横浜の人達はどこか明るく、飲み屋にも人が多くいた。
僕は大事を取ってそのまま駅へ、しかし構内で大きな揺れ。後から静岡での地震と知る。横浜の震度は4だった。


「横浜演劇サロンお開き、献杯、お互いに挨拶しながら震災時の体験、現状、これからの希望を話す。上演中の震災の経験とか。義援金が集まり寄付が決まった。顔が見える距離、大事。 via ついっぷる/twipple 2011.03.15 22:24」

「横浜から帰ろうかとしたら構内で地震。みなで注意を呼びかけ、頭上の確認。劇サロでは「働こう」「日常を取り戻そう」「東北のが大変」と励まし合った。駅前は一部陥没してるのに。凄い! via ついっぷる/twipple 2011.03.15 22:37」

「地震から数分で復旧。川崎着。目をつぶって帰れるので先ずはご飯!そのあと自転車で帰る。 via ついっぷる/twipple 2011.03.15 22:53」

「横浜は震度4か。平気、飯を食う。川崎アゼリアは工事してる。電力気にして夜中の工事か、がんばろう。駅前のタクシーも実はガソリン無くなる恐怖と戦ってるんだぜ。 via ついっぷる/twipple 2011.03.15 22:58」


外食するつもりだったが、家に連絡、また静岡や長野の友人達の安否を確認。名古屋と連絡を取っていたら地元についてしまったので、家の近くの「す き屋」で牛丼を買って帰宅。地震が震度6強だと知る、同時に静岡の防災意識の高さに感心する。明日の名古屋周辺は東海地震の恐怖に襲われるのだろうかと心 配する。
うちの俳優達は名古屋にいるのだ。


「東北関東に続き山梨静岡。停電地帯は今日は眠れないだろう…がんばろう、お互いがんばろう。 via ついっぷる/twipple 2011.03.16 00:31」


ウクライナの女性活動家たちがおっぱい丸出しで「地球揺らすな、乳揺らせ」というプラカード掲げてパフォーマンスしたというニュースを知ったり、 静岡のSPACから無事だという連絡がきたり、深夜まで色々な人と連絡をとる。ニュースで知っていた中近東の緊張感はこんな感じだったのか。被爆者か隔離 された写真
、東海地震の話、新たな公演中止の話など、色々。それが嫌な人もいるだろうとも分っている。でも朝になったらまた、出かけなければならない家族を見送る辛さもある。余震と悲しみで泣く。
そのまま朝を迎える、取り戻したい日常はすぐには手に入らなくなった事が悔しいが、けっして今の状況に「慣れすぎる」ことだけはやめたいと誓う。
そんな中、今年もSENTIVALが開催される情報がリリースされた。来年、必ず参加しようと思った。
原発でまた事故。4号機火災の映像が出て来ないので、不信感。枝野官房長官が総理とイタリアで間違えられたり、毎日不穏なニュース。なんとか寝たのは昼だった。そろそろ仕事が溜って来た。しかし、しかし書けない。


「僕は今、悲しみに目を背けたくないからつぶやいています。情報ひとつ油断ひとつで命が無くなる可能性があります。もっと苦しい人を思って泣き止 むよりも、僕は泣くだけ泣いてから苦しい人を助けたいんです。不快な人もそれだけは分かって欲しい。快も不快も情報なんだ。受け取り方で変わるんだ。 via ついっぷる/twipple 2011.03.16 03:24」

「余震が来る度泣きそうに、そして頭にくる。日常を取り戻そうとしているが、その日常そのものが、すでに変容しているからだ。偽物の日常が本物の 非日常に変わっていくからだ。非日常が日常になり始めている。朝起きて停電と原発と電車の運行、ガイガーカウンタと風向きの確認。それが朝の風景。くそ う。 via ついっぷる/twipple 2011.03.16 05:37」

「SENTIVAL!2011、開催します。こういうときだからこそ、表現のエネルギーが誰かの心を強くする時間が、そして誰かが誰かを支える場が、鮮やかな豊かさを帯びると感じています。ぜひみなさん、お越しください。http://thurly.net/122x 詳細は近日公表します。」

「梅が咲いています。もう少しすれば桜も咲き始めるでしょう。月明かりと桜があれば、停電が来ても寂しくない。しかも公然と夜に皆で集まって酒盛 りができる。それができればまたしばらく耐えられるだろう。もうすぐ春が来るんだ、そしたら花見をするんだ。 via ついっぷる/twipple 2011.03.16 10:15」  
Posted by neverlose at 07:54Comments(0)TrackBack(0)