松は枯れても 案じなよ


神殿玄関脇の松の木が枯れました。もうしばらくと思っていたのですが、枯れ枝が風に飛ばされるなど危なくなってきたので、先日切りました。

この松は昭和52年10月神殿落成の頃に植えられた松です。40年が経ちました。教会と共に歩んできた松ですから、神様に御礼を申し上げ切りました。

ある方が「神社・仏閣の松が枯れるのは縁起が悪いのです」と仰いました。

天理教祖のお逸話に、こんな話があります。
『「屋敷の松に、お祓いさんが降ったから、あの松は枯れてしまう。あそこの家は、もうあかん、潰れてしまう」と。人の噂を教祖にお伺いすると、教祖は「今日の日、何か見えるやなけれども、先を楽しめ、楽しめ。松は枯れても案じなよ。人が何んと言うても言おうとも、人の言う事、心にかけるやないほどに」と仰せ下された』。

私達はどうしても人の言葉が気になります。そしてもやもやする。縁起よい・悪いも同じ、気にする・気になるのです。

考えてみると、それは自分が決めていることです。つまり、人の思いにとらわれている。教祖はそこを戒められた。「心にかけるやない」と。

心とらわれず、毎日を明るく陽気に通りたいものです。


−2℃はあたたかい


一昨日の朝は−7℃

寒かった!

今朝起きて神殿に行くと あたたかい

温度見ると−2℃

あたたかい・・・

ストーブ焚くことなく 朝勤めを勤めた



−2℃はあたたかい?



若い頃の苦労は買ってでもしろ!

という

苦労も 我慢も 涙も 

全て

−7℃のため




子どもたちは 苦労をしてるだろうか させてるだろうか

−7℃があたたかいと思えるような





2つの一周忌法要


一周忌の法要が続いた。

◎11月26日
その日行かなくてもよかったのだが、なんとなく行く気になって民生委員でお尋ねしたお宅で、本人が倒れているのを発見・通報。すでにお亡くなりになっていたが、「小林さんに見つけて頂いた」と、こちらが恐縮するほど感謝してくださって、御葬儀は勿論、一周忌法要にも声を掛けて下さった。勿体ないほどの御礼の言葉を頂戴しながら、ご縁を結んで下さった故人に、心から御礼申し上げた。

◎12月3日
小さい時からおぢばに足を運んで下さった信者さんの一周忌法要だった。
お出直しのその日、いろいろと用事もあったのだが、やりくりして病院におたすけに伺った。なんと集中治療室におられたのにはびっくりした。知らなかったのだ。

ご本人は酸素マスクを付けて非常に苦しそうだった。付き添っておられた息子さんのお嫁さんと、本人の娘さんにお願いして、おさづけを取り次がせて頂いた。添い願いもお願いした。おふたりは信仰はないが、素直にお願いして下さった。また明日伺いますと病室を後にしたのだが、その数時間後のお出直しだった。

今日法要の前にお宅に伺ったとき、その時付き添っておられた娘さんが「あのおさづけ、頭から足の先まで、こう、すうっとおたすけくださったあと、父の呼吸が楽になって、苦しそうだった父は穏やかになりました。すごいなぁと思って、安心してしばらく病室を離れた後、誰もいないときに眠るように亡くなったんです。今もあの時のことを思い出します。おさづけはすごいですね。本当に有り難かったです」。

故人が自分のお出直しまでも、信仰を遺して伝えて下さったのだと思う。僕は嬉しくて、涙がこぼれた。





おさづけはすごい、ありがたい。心が震える。そしてこのおふたりを通して思う事は、旬の大切さだ。旬は、言い換えると神様のご意志のあらわれだと思う。

こういうことはよくあることだ。勿論後から思う事なんだけれど。

このおふたりの他にも、教区からの帰り道、せっかくだからと教会を飛ばして病院へおたすけに伺ったところ、病室は臨終の場だった。おさづけ取り次がせて頂いて、この方が最後に口にしたのは、私がおぢばから持ち帰った、御本部の水だったと聞かされた。他の物は一切駄目だったけれど、あのお水だけは本人が喜んで口にしたと。その方も病室を後にして数時間後、お出直しの連絡を頂戴した。「あれから穏やかに呼吸も楽になって、亡くなりました」と。

また天理に生活していたとき、自教会の月次祭に帰り、おぢばへの帰り道、峠を越えて30分も走った後、入院しておられた信者さんのことを思い出し、逡巡した結果、病院に戻って面会。また来月来ますからと失礼したが、その日を待たず、数週間後お出直しになった。


もちろん「明日でいいや!」と失敗したこともあって、今も心にしこりのように残っている。

神様ちゃんと教えて下さっているんだよなぁ。それをちゃんと受け止めて、その通り勤めればいいんだ。旬を逃すなよ。神様のご意志を受け止めろよ!


そう、教えて頂いた、2つの法要でした。






セールスの電話来る


先日の夕方、一本の電話

この時間はセールスか・・・

やはり

「ご主人様でいらっしゃいますか」

「はい」

「ご主人様がお集めになり、現在ご不要になった物を買わせて頂きたいとお電話したのですが」

「はぁ、どういったものですか」

「切手とか、コインとか、カードとか、金プラチナなどです」

「ないですねぇ」

「なんでもいいんです」

「うーん、出せるとしたら、嫁さんくらいですかね」

「皆さん、そう仰るんですよ(笑)」

「いくらになりますか?」

「ガチャッ」

切れた・・・




うーん、このくらいで切ってもらっては困る

せめて

「年式・走行距離さえ分かれば、値段が出せるのですが!」

くらいの、受け答えは欲しかった


残念<(_ _)>








教会報版「漱石に会いに行く」


先日拙ブログに「天理ぶらぶら-漱石に会いに行く-」記事をアップしたが、今月号の教会報に天理図書館の紹介をしたくて、記事を転載した。

ただし、教会報は7割一般の方を想定してつくっていることと、限られた誌面で文字数に制限があるので、手を入れた。

次に挙げる文章が、教会報の「漱石に会いに行く」である。



□天理図書館-探訪記

  漱石に会いに行く
 
夏目漱石に会いたくて、天理図書館に足を運んだ。天理図書館は天理大学付属施設であるが一般の方ももちろん利用できる。蔵書は二百万冊、国宝・重要文化財・重要美術品を含む和漢洋の貴重書、古典籍も多数収蔵する日本有数の図書館である。企画展も多く開催され、現在生誕百五十年を記念して「漱石展」が開催(無料)されており、おぢば帰りに楽しみにしていたのだ。

久しぶりに天理図書館まで歩いた。高校の頃、寮を出発し天理大学を抜けて、あの頃あった天理高校野球場の隣を歩き、天理図書館前を通って学校へ通った。懐かしい風景だ。天理図書館に到着。学生時代に入って以来、30年数年振りか。

天理図書館は素晴らしい。本物の図書館だ。2階の漱石展会場に入った途端、時を忘れた。漱石の自筆原稿・複製原稿・書簡・初版本など、多くの資料が並べられている。

教会報「本川西便り」を発行して29年目になるが、巻頭言は会長の役目。父から継いで、現在は私。短い文章だけれど校正に校正を重ねて発行する。しかし印刷した教会報巻頭言を読み返す度に、自分の未熟を感じ恥ずかしい。だから今回、夏目漱石という大文豪の原稿を見られること。特に生の原稿を見られることは本当に嬉しい。なぜなら漱石の校正が見れるからだ。校正は漱石の思考の具現。発行された本では知る事は出来ない。

例えば、展示物に「坊っちゃん」の自筆原稿の複製があった。その中の一節。生まれつき無鉄砲の坊っちゃんがナイフを自慢したとき、友達にはやし立てられ、自分の親指にナイフを突き立てたときの一文、そこの校正がおもしろい。

原文「今だに親指は健全である」の健全に線が引かれて消され「今だに親指は手に付いて居る」と書き込まれている。「今だに親指は手に付いて居る」の方が、ずっと坊っちゃんらしい。

展示物に「三四郎」の生原稿があった。目の前のガラスケースに、1頁と2頁が展示されている。興味深く拝見したが、ふと疑問に思って近くに座っておられる係員の方に尋ねた。

「本物の三四郎の原稿が天理図書館にあるのですか」。すると係員の方は「ちょっと待って下さい」と、廊下におられた漱石展関係者の学芸員(多分)の方を呼んで下さった。「三四郎の生原稿は天理図書館にあるのですか」と伺うと、「ご存じないですか」と1枚の栞(教会報表の写真)を係員カウンターから渡して下さった。「仰る通り、三四郎の原稿は天理図書館にあるのです」。

それから30分ほど、漱石と天理について話を聞かせて頂いた。これが最高におもしろかった。なぜ天理図書館に「三四郎」が来ることになったのか。「ちょうど先ほど、中山正善二代真柱様50年祭記念展に行ってきたのです」と申し上げると、「実は二代真柱様は・・・」と。

他にも三四郎のこんな話をお聞きした。実は三四郎の生原稿は和綴じされた状態で図書館に。時立ちデジタル化の話が出て、和綴じを解いて一枚一枚ばらしたところ、一枚目に興味深い事が発見された。その一枚目の原稿が左記の写真である。

普通原稿はまずタイトルを書く。ところがこの原稿の一行目は「一の一第一面」である。実は当初三四郎はタイトルが決まっていなかったらしい。書き進めるその内「三四郎」とタイトルが決まり、それを聞かされた多分編集子が、後から「三四郎」「漱石」と原稿右空白部分に書き入れた。和綴じで見えなかった部分がばらしたことによって初めて見えて、この事がはっきりしたそうだ。これも本物の原稿だから知り得る事。

素晴らしい時間を頂いた。次の天理図書館企画展は、来春『怪談』の著者「小泉八雲・ラフカディオ・ハーン展」とのこと。詳細が分かればご案内するが、漱石展と同じく東京の天理ギャラリーから開催されるらしい。

そういえば、私が「東京生まれの漱石ですから、地元東京で行われた漱石展、天理ギャラリーはさぞかしにぎやかだったでしょう」と申し上げると、「それがさっぱりでして、寂しい限りでした」と係員。天理図書館という世界に名だたる図書館を持ちながら、天理教関係者が知らないでは勿体ない。

「小泉八雲・ラフカディオ・ハーン展」、ぜひ大勢ご覧下さい。

◎父は天理図書館や参考館の企画展には、欠かすことなく足を運んでいた。その頃の私はそんな事どうでもよかったから話す機会はなかったが、父が今生きていれば、いろいろな話に花が咲いたに違いない。申し訳なかったと思う。







教会報345号「朝起き・正直・働きは」


朝6時半から7時半、交差点に立ち子どもの登校を見守ります。冬の交差点はまだ山の陰、おお寒い。ところが7時過ぎ背中に太陽が当たり始めると、途端に温かくなります。お日様の温かさは心まで温かくなりますね。


先日子供に交じって顔見知りの奥さんが通られました。信号の待ち時間に立ち話。奥さんは最後に「夜眠れない人は、朝日をあびるとよく寝れるようになるそうですよ」と、信号変わった横断歩道を渡って行かれました。

「朝日をあびると、体内時計がリセットされるのかな」と思います。しかしよく考えてみると、朝日をあびるには、早起きが必要です。早起きすると、必然的に夜は眠くなりよく眠れる。そういう事ではないでしょうか。

近年子どもの成育に必要なキー ワードとして「早寝・早起き・朝ご飯」と教えられます。子どもが心も体も健康に成長するための、必要な大切な事です。

天理教では人の歩む角目として「朝起き・正直・働き」と教えられます。人として、同じく心も体も健康に過ごすためのポイントです。体調の悪い方は「朝起き・正直・働き」の再確認を。

双方に語られる「朝起き」。寒くなる季節ですが、皆様いかがですか。

子ども達は今朝も元気に登校しています。 


架空請求葉書 届く

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この葉書が母宛に送られてきました。

私などは架空請求と分かっているので相手にしませんが、とりあえず住所と電話番号を検索してみました。この住所に総合庁舎などなく、電話番号は架空請求番号だとネットに挙げられておりました。

「民事訴訟」「財産差し押さえ」「最終期日」、高齢者に不安と恐怖のワードを並べ、挙げ句の果てに「消費者トラブル総合センター」とは、ちゃんちゃらおかしい。

こんな事ない事は分かっているのに、それでも不安で心配だったと母。

家族が居れば相談も出来ますが、一人暮らしの老人などは、恐怖から電話をしてしまうのではないでしょうか。


今でもオレオレ詐欺が後を絶ちませんが、その原因が不安と恐怖。許せない!


ぜひ周りの方に声を掛け、いつでも誰からでも相談できる間柄の構築、困ったときの相談場所として、勤めさせて頂きたいと思います。


皆様も是非<(_ _)>




天理ぶらぶら-漱石に会いに行く-


息子の高校懇談会の前に時間があったので、天理ぶらぶら。


まず「中山正善二代真柱様50年祭記念展」。

心に残ったのは、二代真柱様の笑顔と、その笑顔が伝播した家族の、周りの方の笑顔。

そして、幅広い人脈。

二代真柱様の笑顔は、人を魅了する。

山田耕筰ご夫妻とのお玄関の1枚は、引き込まれた。



次はどこに行こうかと考えて、隣参考館の特別展「天理図書館 古典の至宝 ―新善本叢書刊行記念―」と思ったが、漱石に会いたくて、天理図書館に足を向けた。

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久しぶりに天理図書館まで歩いた。

高校の頃、寮から、天理大学を抜けて、あの頃あった野球場の隣、天理図書館前を歩いて学校へ通った、懐かしい風景だ。

天理図書館に到着。学生時代に入って以来、33年振りか。

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夏目漱石。中学の頃読んで以来、ご無沙汰でした。

天理図書館は素晴らしい。本物の図書館だ。

2階会場に入った途端、時間を忘れた。

Screenshot_20171028-150956


うちの教会は毎月教会報を出していて、巻頭言は会長の私の役目。短い文章だけれど校正に校正を重ねて発行。しかし発行された教会報の巻頭言を読み返す度に、自分の未熟を感じ恥ずかしい。

だから夏目漱石という大文豪の生原稿の校正を見れたことは、本当に嬉しい。校正は漱石の考えの具現だ。発行された本では、これは知るよしもない。

例えば、展示物に「坊っちゃん」の自筆全原稿の複製があった。その1部に、生まれつき無鉄砲の坊っちゃんがナイフを自慢したとき、友達にはやし立てられて、自分の親指にナイフを突き立てたときの一文があり、そこの校正。


原文「今だに親指は健全である 」

の健全に線が引かれて消され、

→「今だに親指は手に付いて居る」

と書き込まれている。

おもしろいなぁ。「今だに親指は手に付いて居る」の方がずっと、坊っちゃんらしい。


展示物の最後に「三四郎」の、複製ではない本物の生原稿があった。目の前のガラスケースには、1頁2頁が展示してある。興味深く拝見したが、ふと疑問が浮かんで、近くに座っている係員の方に「三四郎の本物の原稿は、天理図書館にあるのですか?」と尋ねた。するとその係員の方は「ちょっと待って下さい」と廊下におられた、漱石展関係者の学芸員(多分)の方を呼んで下さった。

「三四郎の生原稿は天理図書館にあるのですか?」

と伺うと、

「ご存じないですか?」と1枚の栞を係員カウンターから渡して下さった。

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「仰る通り、三四郎の原稿は天理図書館にあるのです」

そこから30分ほど、漱石と天理についての話をお聞かせ頂いた。これが最高におもしろかった。なぜ天理図書館に「三四郎」が来ることになったのか。ちょうどさっき「中山正善二代真柱様50年祭記念展」に言ってきたのですと申し上げると、

「実は二代真柱様は・・・・・・」と。


他にも三四郎のこんな話。

実は三四郎の生原稿は、和綴じされていた状態で図書館に。そのうちやはりデジタル化の話が出て、和綴じを解いて一枚一枚にばらしたところ、一枚目に興味深い事が発見された。

その一枚目の原稿がこれ。
Screenshot_20171025-113656
    (館内は撮影禁止なので、アップされている写真から)

普通原稿はまずタイトルから書く。ところがこの原稿の一行目は「1の1 第1面」である。

実は三四郎は最初タイトルが決まっていなかったらしい。書き進めるその内に「三四郎」とタイトルが付き、それを聞かされた多分編集子が、後から「三四郎」「漱石」と書き入れた。和綴じで見えなかった部分がばらしたことによって初めて見えて、このことがはっきりしたそうだ。

これも本物の原稿だから知り得る事。

本当に素晴らしい時間で、後で見ようと思っていた参考館の特別展「天理図書館 古典の至宝 ―新善本叢書刊行記念―」は時間がなくなった次第。

本当に楽しかった。天理図書館企画展、次回は「小泉八雲-ラフカディオ・ハーン展-」との事。

漱石展と同じく東京の天理ギャラリーから披露されるらしいが、私が「東京生まれの漱石ですから、地元東京で行われた漱石展、天理ギャラリーはさぞかしにぎやかだったでしょう」との問いに、

「それがさっぱり観覧者がなくて、寂しい限りでした」との事。

天理図書館という世界に名だたる図書館を持ちながら、教友が全く知らないでは勿体ない。

漱石展も11月12日まで行われている。「小泉八雲-ラフカディオ・ハーン展-」も含めて大勢の方にご覧頂きたい。



どうぞ、皆様も是非<(_ _)>



*父は天理図書館や参考館の企画展に、欠かすことなく足を運んでいた。その頃の私は、そんな事どうでもよかったから、楽しそうに話す父の話に耳を向けることはなかったが、今元気であれば、いろいろな話に花が咲いただろう。申し訳なかった。


教会報344号「みんななかよく」


ついにNHK朝ドラ「ひよっこ」が終わってしまいました。ただ今、ひよっこロスです。放送中も終わってからも、友達とひよっこの話をよくしました。どこに魅了されたのでしょう。

・変わった人はいるけれど、嫌な人、悪い人がいない
・人が死なない
・悲しみ苦しみもあるけれど、笑いがある
・ストーリーや時代が懐かしく暖まる
・親子の団欒、友情
・素敵な言葉が紡がれる
・素敵で確かなキャスティング
・気持ちのよい涙
・大きな出来事があるわけではなく、日常の喜び

他にもいろいろ思う事もありますが、岡田恵和さんの脚本は素晴らしかったですね。

神様のお言葉に「皆んな仲好くが神の道(M29年5月20日)」という一言があります。神様が人間を創られたのは「人間が陽気に暮らすのを見て共に楽しみたい」との思いからと聞かせて頂きますが、まさにひよっこは神様が喜ばれる世界ではなかったでしょうか。

この10月26日は天理教立教の日。人間は幸せに暮らすために神様に創られた。ただしその幸せは個人だけのものではなく、全人類の幸せです。

「皆んな仲好く」歩きたいですね。 



信州の秋 で びっくり


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畠の帰り道、ふと発見

車を降りてみると

ネズミをのみ込もうとしてのみきれず、死んだヘビ・・・

バカだなぁと突っついてみると、生きていた

びっくり

しかも、まむしだった

二度びっくり


信州の秋でした



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