鯉太郎の 心 ころころ

 


少し前の話、童謡続きです。


朝にこどもたちの登校見守りを終えての帰り道。

きれいな白いアーチをくぐります。

花は「卯の花」です。

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卯の花で思い出すのは、おからと、童謡「夏は来ぬ」

1.卯の花の 匂う垣根に
 時鳥(ほととぎす) 早も来鳴きて
 忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ

2.さみだれの そそぐ山田に
 早乙女が 裳裾(もすそ)ぬらして
 玉苗(たまなえ)植うる 夏は来ぬ

3.橘の 薫るのきばの
 窓近く 蛍飛びかい
 おこたり諌むる 夏は来ぬ

4.楝(おうち)ちる 川べの宿の
 門(かど)遠く 水鶏(くいな)声して
 夕月すずしき 夏は来ぬ

5.五月(さつき)やみ 蛍飛びかい
 水鶏(くいな)鳴き 卯の花咲きて
 早苗植えわたす 夏は来ぬ


「夏は来ぬ」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
『夏は来ぬ』(なつはきぬ)は、佐佐木信綱作詞、小山作之助作曲の日本の唱歌である。1896年5月、『新編教育唱歌集(第五集)』にて発表。2007年に日本の歌百選に選出されている。
卯の花(ウツギの花)、ホトトギス、五月雨、田植えの早乙女、橘、蛍、楝(おうち)、水鶏(くいな)といった初夏を彩る風物を歌い込んでいる。
「夏は来ぬ」は文語で、「来」(き)はカ行変格活用動詞「来」(く)の連用形、「ぬ」は完了の助動詞「ぬ」の終止形で、全体では「夏が来た」という意味になる。
2015年3月14日に開業した北陸新幹線の上越妙高駅で発車メロディとして使用されている。




私はこの「夏は来ぬ」が大好きで、この後しばらく、口ずさみました。

この時期が来ると、必ず(^_^;)



もう、夏が来ます。




雨が降る前に、山の畑に

草がしこりて道知れず、状態


まずビーバーで道の草刈り

続いて、ジャガイモとネギの畝の間の除草

耕耘機で、おこします

ジャガイモの土寄せ

ネギの間の草抜き。手作業

ネギの土寄せ

なんと言っても、土寄せが一番きついですね

ネギを植えるとき、小さくて植えられなかった苗を固めて土に伏せておいたのが、ぐんぐん大きくなって、きつきつになったので、植え替え

全て終わるのに、2日かかりました。





ここ山の畑の隅に、桑の木があります。当地方は昔は養蚕が盛んで、蚕のえさに桑が沢山植えられていました。今はしている方はおられませんが、昔の名残に桑の木はあちらこちらに残っています。
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桑の実がなっています
桑の実で思い浮かぶのは、童謡「赤とんぼ」

『ウィキペディア(Wikipedia)』より
「赤とんぼ」(赤蜻蛉、あかとんぼ)は、三木露風の作詞、山田耕筰の作曲による、日本の代表的な童謡の一つである。夕暮れ時に赤とんぼを見て、昔を懐かしく思い出すという、郷愁にあふれた歌詞である。




夕焼け小焼けの赤とんぼ おわれてみたのはいつの日か

山の畑の桑の実を 小かごに摘んだはまぼろしか

十五で姐(ねえ)やは嫁にいき お里の便りも絶えはてた

夕焼け小焼けの赤とんぼ とまっているよ竿の先



歌詞の地方も、養蚕をやっていたのでしょう
ねえやが摘んだ桑の実が、びっしりです
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この桑の実は、特に大きい。こんなに大きければ、ねえやも喜んだでしょう。
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小さいときともだちと争って摘んだものです。学校の行き帰りポケットや帽子にいれて、つぶれて紫になり、母に怒られたのを思い出します。

今の子ども達は、食べるのでしょうか。昔を思いだし食べてみましたが、思い出ほど、甘くはありませんでした。




今夜から、雨だそうです








この珈琲ご存じですか。

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ご存じの方は、さぞかし珈琲好きの方かと。もちろん知識としてご存じの方も。しかし、飲まれたことがある方は、そうはいないと思います。

なんと先日、こちら珈琲豆を頂戴しまして、飲ませて頂く機会に恵まれました。

感想の前にこのコピルアックの説明を。



毎月部内教会後継者君に珈琲豆を頂戴します。本当に申し訳なく思うのですが、珈琲好きな私としては、ただただ有り難く、大喜びで頂戴します。

彼は珈琲豆を「Rin」という知人のお店で求められます。なぜRinというのか。実はその店主、元は競輪選手で有名な選手だったとか。選手を辞められて後、大好きな珈琲で生活をと、知識・経験を活かし珈琲豆屋さんに。

後継者君の精力的な協力強力宣伝活動もあり、最近は有名となり、何もない田んぼの中の一軒家珈琲店には、お客さんがいっぱいです。

私も何回か連れて行って頂いたのですが、喫茶店ではないので珈琲は飲めませんが、置いてある豆の試飲は、「どうぞどうぞ」とさせて下さいます。しかしあれですね。なんでもそうですが、試飲とか試食とか、なんであんなにおいしいのでしょうね。そう思いません?

ともあれ大好きな珈琲ですので、店主と珈琲の話が楽しく、本当に素敵なお店です。


その毎月頂く珈琲豆ですが、先月頂戴した豆の中に、写真の珈琲豆「コピルアック」がありました。後継者君が、今回希少な豆があったで、1つ入れておきましたと。

その時はちょうど当教会の祭典であり、さほど気にしていなかったのです。

先日親方に会った後、Rinに行きましょうと後継者君が仰ってくれますので、是非と連れて行って頂きました。

そのカウンターに「世界一の珈琲-コピルアック-」と。


その時初めてこの珈琲の凄さを知りました。

以下を見て頂ければ、その凄さが分かると思います。

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いかがでしょう。

体調を整えて、ベストの飲みたい感を待っていましたが、今朝朝食後、「ああ、珈琲がのみたい」と。この世界一高い(希少な)珈琲を飲むことを決心致しました。

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ついに、開封・・・

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こんな珈琲豆。他の豆と変わらない。この豆はジャコウネコの糞の中にあったのか・・・。せっかくだからこのまま1つかじってみました。う〜ん、味の芯にかちっとしたものがあるような気が。

では、淹れましょう。

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うまい。

嫁さんも一口飲みました。感想は「美味しいね。このうんこーひー!」と言ってましたが・・・。




正直世界一高い値段に見合った味かといえば、私には分かりません。美味しい珈琲でしたが、初めて「ゲイシャ」を飲んだ時ほどの衝撃は感じませんでした。それほどあのゲイシャは感動的です。機会あれば皆様も是非。あの香りは一香の価値有りです。



しかし、私は、本当に、あの世界一のコピルアックを飲んだのです。


知識として知っていたコピルアック。まさか実際に飲めるとは思いませんでした。珈琲好きにとって、一生に一度の貴重な体験、感動でした。後継者君ありがとう。感謝<(_ _)>





*実はもう一袋あるのです。いつ飲もうかな・・・










部内教会信者さんの、親方が出直された

畳屋の親方だから、通称「親方」

名字で呼ぶ人はいない。みんな親方と呼んだ


親方は心の身上から引きこもっていたところを、

部内会長さん(女性)が声を掛けられ面倒を見られ、家を出るようになった

続いて修養科へ。すっかり元気になられ戻る。

ここから、四方ににをいがかかる



それからは毎月信州の当教会へも欠かさず参拝、勤めて下さった。

高校野球が好きで、相撲が好きで、朝暗いうちから教会の犬を散歩に歩かれた


一度信州の当教会へ来られたとき、教会のワゴンに自転車を積んできて、帰りは埼玉まで自転車で帰られたことがあった。途中一泊して、それは楽しかったと話されたことを思い出す


長いこと当教会に、そして所属教会に、一生懸命勤めて下さった。


それが体調を崩され、また引きこもられるようになった。いっさい外に出られなくなった

それからというもの、十数年もの長きに渡り、会長さんは、毎朝昼晩と食事を運ばれた。信州の教会に来ても、帰ってから食事を運ばれた。夏には冷たい水を、冬は温かいお茶を。本当に心を込めて、一生懸命お世話をされたのだ

教義・信仰話・尽くし運び、いっさい話されたことはない。ただ一生懸命お世話を、真実を運ばれたのだ。

危篤の知らせから病院に。誰にも親族にも反応しなかった親方が、最後に会長さんの声に目をあけ、顔を見られたのだという。

教会の祭典が終わり、教会横を流れる川の向こうのお寺・霊安室に親方が置かれているので、皆さんで参拝させて頂きましょうと、4拍手をしたその時、会長さんの携帯が鳴った。どきっとした。親方が最後のお別れに来られたと思った。

その後会長さんは携帯をとられ、電話を掛けてきた親戚に折り返したところ、祭典と分かっているときに電話をするわけないだろう!と一喝され、結局誰の電話か分からなかった。

やはり親方だったと、確信した。


その夜がお通夜・明日は本葬、最後のお別れに後継者君とお寺に。そこには小さくなった親方がいた。

悲しくて、寂しくて

親方を前に「親方がここまで長生きできたのは、会長さんの真実のお世話があったからだよ」と後継者君と話したところ、横におられたお坊さんが「本当にその通りです。本当に一生懸命にお世話下さった。そのお陰です」と仰った。

帰り本堂に寄った。お通夜の準備が進められて、遺影が飾られていた。その遺影を見て、胸がいっぱいになった。

その遺影は、私が撮った写真だった。


昔、親方が元気だったとき、仕事場を訪ねたことがある。ちょうど畳の表替えをされていて「親方!」と声を掛けたとき、半身でキッとこちらを見られたときシャッターを押した。これぞ親方。親方が一目で見て取れる写真。私の渾身の1枚だ。

親方も喜んでくれて、枕元にずっと飾ってあった。

喪主を務められる弟さんの奥さんが、頭にタオルをまいた遺影なんて絶対だめだと仰ったらしいが、会長さんが「これほど親方が気に入っていて、親方がこれほど分かる写真の何が悪いの!」という意見と、お寺に相談したところ、それは素晴らしい写真だとお坊さんからも強く進められ、遺影になったそうだ。


最後の1枚に私の写真が。親方への最後のご恩返しだと、感涙した。



会長さんの真実が、親方を救った。

これ以上の、信仰がありますか?

これ以上、教祖がお喜び下される道がありますか?



*酔ってます。
 感傷的になっています
 親方を偲びながら、飲めないアルコールを飲みつつ、この一文を書いています。
 悲しい、寂しい。
 酔って文章がおかしいけれど、このまま。


 親方、本当にありがとう。

 また、そのうち





◎今晩放送です。ぜひ!!


(NHKBS1)
6月13日(土)
午後7:00~午後8:50(110分)


駅や空港、街角に置かれた誰でも自由に弾けるピアノ。世界15の都市を巡り、音楽を愛する人と出会ってきた。今回、視聴者から「もう一度聞きたい名演奏」を募集、700件を超えるリクエストをいただいた。上位にランクインした曲を中心に「熱唱」「映画音楽」「セッション」「ピアノと人生」などテーマ別に一挙ご紹介!番組の大ファンだというさだまさしさん、落語家・立川談笑さん、俳優・森崎ウィンさんからのリクエストも!





風が涼しく感じられるようになりました。冬は冷たい、夏は暑苦しい。しかし風は同じ。受けとる心に、風が変わります。

天理教では「陽気に暮らす様を見て共に楽しみたい」との神様の思いから、人間はつくられたと教えられます。ゆえに人間に与えられた全ての機能は、幸せになるための道具です。

目は景色や人をきれいに見るために。画像としてだけなく、人の心の内も見るためにある。嫌なところを見るのではなく、嫌に見える内にある、悲しさ苦しさを見るため、知るために。

耳は喜びを聞くために。人の悪口を聞くのではなく、喜びを楽しさを聞くために。自分自身が、喜べる音を聞くために。

口は身体のためのみならず、人を喜ばす音を出すために。人に悲しさ・苦しさを与えるためではない、心地よい音を、心地よい風を出すために。

ものを見るにも見せるにも、ものを聞くにも聞かせるにも、ものを言うにも言わせるにも、全てが相手の幸福となり、同時に自分の幸福ともなるような、見方・聞き方・言い方をすることが、「目・耳・口」をあたえられた、幸せへの使い方です。

一言の言葉・一言の文章が、人を殺めることもあります。

自分も周りも、幸せになるための毎日でありたいですね。





□編集後記より
コロナも非常事態宣言が解けて、少しホッとしています。が油断大敵。あちらこちらでクラスターの予兆も。お互い気を引き締めて歩きましょう。

巻頭言「風待ち月」というのは、陰暦6月の異名で『暑くなり風が待ち遠しい月』という意味だそうです。サーッと吹き抜ける風に夏を思います。

教会裏に向かう路地は二輪草が真っ盛り、道が分からなくなるほどです。よろしければご覧にお寄り下さい。





【あの試合をもう一度!神戸製鋼初優勝 V7の序章】


5月14日(木)NHK-BS1 午後7:00〜

1989年ラグビー日本選手権 神戸製鋼対大東文化大
日本選手権7連覇、新日鉄釜石と並びラグビー界に金字塔を打ち立てた神戸製鋼。
爛潺好拭璽薀哀咫次箸噺討个譴進身誠二さん、大八木淳史さん、林敏之さんといった日本ラグビー界をけん引したレジェンドが中心となってチームを進化させました。
その偉業は、創部60年で初めて日本選手権に進んだこの試合から始まりました。
大学王者の大東文化大が先制し、神戸製鋼が追いかける白熱した試合展開。
今は亡き平尾誠二さんを含めた往年のスター選手の懐かしのプレーを振り返ります。

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畑の草刈りに出掛けようと教会を出ると、前を知り合いの奥さんが歩いておられる。

ちょっと気になって声を掛けた。

「おはようございます。お母さんはいかがですか?」

在宅で面倒を見ておられるお母さんのことで悩んでおられ、民生委員で声を掛けさせて頂いた方だ。

「ありがとうございます」

ちょっとびっくりされ、お話し下さった。

お母さんは今病院に療養型入院をされていて、近くの病院で何より有り難く思っているとの事。私も気になっていたのでほっとした。

「よかったです。お大事に!」

と失礼しようとすると、

「毎月新聞(教会報)ありがとうございます。本当に読むのが楽しみで、保存して、時々繰り返し読んでいます」と仰った。

「いや読んで頂けることが本当に嬉しいです。こちらこそありがとうございます」

しばらく教会報の話になり、ここまで読んで下さっている方がと感動した。

「あの〜」と奥さん。

「最近あの日めくりが掛かっていませんね。コロナのせいでやめたのですか?」

と聞かれる。

実は教職舎の普請が済んだときに、建築を請け負って下さった大工さんが、同じ支部の教会の会長さんの弟さんで掲示板を献納下さり、外の壁に設置して下さったのだ。今の時期であればこどもおぢば帰りのポスター(残念ながら中止となった今年はなし)とか、行事のポスターなどを掲示するのだが、その一角に天理の日めくりを掛け、毎日めくって通られる皆さんに読んで頂いている。教会前は高校への通学路でもあり、高校生も結構読んでいる。

その日めくりが、実は数枚破れてしまい、治そうと外して数ヶ月になる。それを気にして下さり「日めくりがなくなったのは、コロナのせいですか」とお尋ね下さったのだ。

破れて修理中だけれど、近々復活しますと申し上げた。

「ここを歩くとき見るのが楽しみで、歩いています。お願いします」と帰って行かれた。

自分の怠慢を恥じ、そして見て下さっている感動に、数ヶ月経っても治らなかった日めくりは30分で修理を終え、元の通りに掲示された。

神様が教えて下さったこと。

・教会報がんばります
・日めくり、毎日かえます



*ブログに上げた記事を、教会報用に編集しました。


◇教会雑感 1

 「枝垂れ源平桃」

一昨年秋、教会庭の3本の松が枯れた。松食い虫だった。神殿が落成し、記念に父と信者さんと一緒に求め植えた松だった。

倒れては危ないので、3本とも根元から切り倒し、切り株はそのままにしてあったが、時が経ち、松のあった空間がポカッと空いて寂しいので、何か植えたいと思った。

松のように高くなる木は、今後を考えると大変なので、あまり高くならない木、長野県のあちらこちらに見る「花桃」がいい。


花桃もいろいろな種類がある。植えるなら枝垂れで白と赤の花が混じる花桃がいいな。

先日ホームセンターに行った時、園芸コーナーを眺めていたら、多くの花桃の苗木の中に、1本だけその「枝垂れ源平桃」があった。

どうしようかと迷っていると、横から嫁さんが「買おうよ。1本だけあったのも、なにか意味があるんだよ」と力強く背中を押してくれたので購入、とりあえず教会玄関の屋根の下に置いた。

水はやっていたものの、苗木が気になって気になって、早く早くと気がせいて。門の脇に植えようとは思うけれど、バランスを考えると、どう見ても、松の切り株のところ。しかし切り株を掘り起こすのは、大変そうだ。

2日経ち3日経ち、もう仕方ないと覚悟を決め重い腰を上げて、2日がかりで根を掘り起こした。

直径二十センチ程の松だったけれど、その太さからは考えられないほど、大きく深い切り株だった。そこに花桃を植えた。

しかし根はすごい、根は大切だ。大きく高くなるには、根が大切なのだと感じ入った。

植えた花桃が、大きく枝垂れて見事な花が咲く頃、近所の皆さんが花見に来て下さるような頃、私はまだ生きているだろうか。

できるならば、家族と、大きく満開の花桃を眺めながら
「この花桃を植えた時は、あのコロナが大流行している時だったんだ。この教会の神殿が出来た時にね、記念に隆おじいちゃんと松を植えたんだけど、コロナの数年前に松食い虫で枯れてね、その切り株を必死になって掘り起こして、この花桃を植えたんだよ。掘るとき根が大きくて深くて、大変だったんだ」と話したい。

皆さんもお近くに来られたら、是非ご覧下さい。


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