Number796号より転載

天理ラグビー【検証・大学選手権準優勝】
「小さな黒衣軍団の衝撃」村上晃一・文
今冬の大学ラグビー選手権で、王者帝京と緊迫の攻防を繰り広げた天理。体格で劣るはずのチームがいったいなぜ。日本ラグビーの未来への光明がここにある。


 漆黒のジャージにボールが渡ると、何かが起きる予感に胸が高鳴った。
 2012年1月8日、国立競技場の観客席とテレビ画面の前に陣取った人々は、ラグビーというボールゲームの面白さの一端を垣間見たはずだ。帝京大の強力FWに対し、平均身長で約10センチ、平均体重で約74キロも劣る天理FWが低いタックルと、リアクションの速さで対抗し、スピーディーなBKが何度も防御を破った。最終スコアは、15:12。帝京の3連覇は成し遂げられたが、縦横無尽にボールを動かし、王者に迫った天理大学に称賛の声がやまない。
 なぜ天理は、帝京の鉄壁ディフェンスをいとも筒単に抜き去ることができたのか。
 日本A代表の立川理道、アイセア・ハベア、20歳以下日本代表のトニシオ・ハイフの3人に目が行きがちだが、それ以外の選手は高校時代まったくの無名である。プレースタイルも、帝京対策として出てきたものではない。長い歳月をかけて、熟成してきたものだ。
 そこには、チームの指揮をとって19年目になる小松節夫監督のラグ’ビー哲学が凝縮されていた。
 小松節夫は奈良県天理市で生まれ育った。天理高校時代は、CTBとして高校日本代表入り。高校代表同期には、のちに日本代表キャプテンとなる平尾誠二(現・神戸製鋼コベルコスティーラーズGM兼総監督)がいた。卒業後、2年間フランスに留学し、パリのラシンクラブに所属。帰国後、同志社大学、日新製鋼と主にCTBとしてプレーした。天理大学にコーチとしてやってきたのは、1993年春のことだ。
 かつて関西大学Aリーグの強豪として同志社大学としのぎを削ったチームは、Cリーグにまで転落していた。練習の強度も低く、練習直前まで部室に持ち込んだテレビを楽しみ、パンをほおばる選手の姿があった。
 小松は、それが習慣化してしまった選手がかわいそうでならなかった。感情的に叱ることなく、一般常識を説いて聞かせ、ラグビーの仕組みを教えるために、なぜトライができたのか、なぜトライを獲られたのかを問い続けた。すべてに理由を求めるのが小松流なのだ。
 当時から小松が徹底して繰り返したのが、俗に「2対1」と言われる練習である。攻撃2人、防御I人。ボールを持った選手が防御側の選手を引き付けてパス、2人目の選手はスピードをつけてこれを受け、走り抜ける。
 「ラグビーはボールを前に投げられません。でも、真横(フラット)ならOKです。ディフェンスラインが前に出てくると、ぶつからずにパスを回したいから、ラインを深くしてボールを後ろに投げたくなる。でも、何もなければフラットが一番いいわけです。しかも、パスを受けた瞬間に前に出れば、パスは横でも前に出られる。まっすぐ走って相手を引き付けてパス、そしてサポート。誰で知っている、基本ですよね」
 他校が手を焼く天理の「フラットライン」は、シンプルな反復練習によって支えられている。フランス、同志社と、自由奔放なラグビーを楽しんだ小松に決定的な影響を与えたのは、7連覇の神戸製鋼だった。
 小松が日新製鋼でプレーしていた頃、神戸製鋼は黄金時代を謳歌していた。その中心選手であり、リーダーだった平尾誠二は、3年遅れで大学に進学した小松にとって、同志社大学の先輩でもあった。
 「あの頃、神戸製鋼が『スペース』という言葉を使い始めた。それまでの日本ラグビーは、選手に向かってパスし、ボールを持った選手が空いたスペースに走っていくというものです。『ボールを空いたスペースに放れ、そこに次の選手が走り込め』、『パスが通らないのは、走り込まない選手が悪い』という考え方は新鮮でした。当時の社会人ラグビーの中で、かなり進んでいたと思います。逆に、どうして他の社会人チームが同じようにしないのか、なぜ手をこまねいて神戸製鋼に勝たせているのか、不思議でした」
 スペースは後ろではなく、前にある。そこを攻め落とす考え方は、神戸製鋼から小松監督率いる天理に受け継がれているわけだ。ただし、それはコピーではなく、天理ラグビーとの融合によって実現している。
 選手獲得の面で首都圏の有名私立学校に太刀打ちできない天理は、中学、高校、大学ともに、小さな体格でいかに勝つかという戦い方を伝統としている。
 「走り回って大きなチームを倒すラグビーです。我々のような小さなチームは、きめ細かく、たくさんの約束事を作って無駄のない動きをするしかないのです」

知恵と工夫をこらすから、
相手の良さがわかる。

 Bリーグ、Aリーグと階段を上がっても、有望選手の獲得は進まなかった。
 「僕らコーチが、天理に来てくれた選手に最低限与えられるのは、『弱かったけど、天理に来て面白かった』と思わせることでした。そう考えてチーム作りをしていく中で、戦力が充実すれば勝てるラグビーができ上がった。人材によって戦い方を変えるのではなく、人材を得れば勝てるスタイルです」
 個人技の優れた選手であれば、一人でタックラーをかわせるが、それが無理なら、2人でかわせばいい。そのために、ボールを持っている選手がどれくらいボールを持てばいいか、どう動けばタックラーをかわせるか、そのコツを指導した。天理のフラットラインは、ただ防御に接近するのではなく、一人一人がパスのタイミングと、走り込む角度を細かく調節している。筒単に抜けているようで、その奥は深い。ただし、これもすぐにできるようになったわけではない。
 「数年前、FW陣に試合でフラットパスをするよう指示したら、プレッシャーを感じてボールを落としてばかり。そこでパスを後ろに下げて、スピードをつけて走り込むようにさせた。ミスは減りましたが、いいコンタクトができなくなりました。パスを下げたのは間違いだったのです。だから、全員でフラットパスの練習をするようにしました」
 前に出ているからこそ、いいコンタクトができるし、タックルされても半身前に出てボールを活かせる。全員のフラットパスと、それをミスなくキャッチする技能を習得させるのは、時間のかかる作業だった。
 グラウンドでの指導と並行して、環境面の整備も一歩ずつ進めた。ほんの数年前まで、天理大学はサッカー部と共用の土のグラウンドで練習していた。天理市と奈良市の境にある白川グラウンドに野球場、サッカー場、ラグビー場、が完成したのは5年前だ。その後、ラグビー場が人工芝になり、更衣室なども完備され、常時、夜間の照明を使った練習ができるようになっていく。Aリーグ昇格、優勝と結果を残すたび環境はひとつずつ改善された。自宅から通えない選手のために合宿所ができたのは、2005年。栄養管理も始めた。すべて揃ったのは2年前である。
 コーチ陣も少しずつ増えた。小松監督の教え子である天理大出身の比見広一、八ッ橋修身が大学職員としてのコーチとなり、5年前には、明治大学OBで、社会人のワールドでプレーした岡田明久FWコーチを招請。小さくても粘り強いFWの強化が加速した。
 早朝練習での厳しい走り込みで、どこにも走り負けないスタミナを身に着け、リアクションスピードを上げることも徹底した。
 「いいチームは、ミスのときボールに群がります。チャンスならすぐにボールが出てくるし、自分たちのミスは相手ボールにさせない。危機管理能力を高めるには、練習でクセになるまで、指摘し続けるしかありません」
 こうして土台を築き上げたところに、立川理道(天理高校)、トンガの留学生アイセア・ハベア(日本航空石川高校)という高校日本代表クラスの選手が入学してきた。チーム力が飛躍するのは当然だった。
 しかし、体格差はいかんともしがたく、関東の強豪チームには力負けしてしまう。選手の意識を劇的に変えたのは、2009年度の全国大学選手権での東海大戦だった。
 2回戦で対戦し、結果は、12:53。どんなにスピードを磨いても、最低限のパワーはつけなければ勝負にならないことを痛感する完敗だった。以降、選手の意識が変わり、練習の前後に筋力トレーニングに自主的に取り組むようになった。副将のLO田村玲一は当時90キロほどだったが、98キロまで体重を上げた。刺激を受けたのは、パワー面だけではない。当時2年生だったNO8山路和希は、東海大のFLマイケル・リーチ(現・東芝)の献身的な動きに感銘を受けた。
 「カバーに走るスピードが異常に速かった。カバーディフェンスに一生懸命走ることは誰だってできる。それを高いレベルでしっかりやっているのがすごいと思いました」
 自分たちがとことん考え抜き、知恵と工夫をこらして戦っているからこそ、相手の良さがわかる。そんな意識の高まりが、2010年度の関西大学Aリーグ優勝、2011年度の同リーグ連覇、そして、全国大学選手権決勝進出に結びついたのである。
 帝京大学に惜敗したあとも、小松監督はいつもの冷静な姿勢を崩さなかった。
 「持ち昧を出しあったいい試合でした。小さいながら頑張ったFW、少ないチャンスでトライを獲ったBK。選手はよくやりましか」
 清々しかったのは、小松監督、立川キャプテンとも、体格差を敗因に挙げなかったことだ。ラインアウトがとれなかったのは、身長差ではなく工夫不足。トライが獲りきれなかった理由も細かなミスをあげた。
 数日後、再度決勝戦についての感想を求めると、小松監督はこう答えた。
 「なかなか大した試合でしたよ。普通のチームはディフェンスで前に出てきたら、後ろがいなくなる。あれだけ綺麗にフラットパスで抜けば普通はトライです。でも帝京は全員が一生懸命戻ってきた。よく帰ってくるなと思った。両方のディフェンスには見応えがありました。いやあ、楽しかったですよ」
 キャプテン立川理道の言葉は、天理ラグビーの思想を端的に表現していた。
 「誰だって、どのチームだって、知恵を絞ればやれますよ」
 天理のスピーディーなラグビーを見ると、どうしても世界では体格差に苦しむ日本代表に重ねてしまう。天理のラグビーこそ、日本が勝つスタイルではないか、と。だが、小松監督は軽やかな口調で否定した。
 「そんな大それたことは考えていません。だって、日本代表はもっとボールの獲得率が高いでしょう? 僕は、あえて小さなチームを作っているわけではありません。大きな選手が来てくれるなら嬉しいし、そしたらスクラムも安定させて、モールも押して、がんがんボールも動かせる。本当の意味で強いチームを作れますよ。ただ、どんなに大きな選手が集まっても、テンポアップして、タックラーを振り切るようなラグビーはすると思いますけどね」
 この春には、立川理道、アイセア・ハベアに加え、副将のLO田村均一、FWリーダーのPR藤原丈宏、突破役のN08山路和希ら、主力選手がごっそりと卒業する。戦力ダウンは必至だが、小松監督の声は明るかった。
 「コーチとして、やりがいありますよね。少なくとも立川の卒業は戦力的にマイナスでしょう。でも、選手が残るポジションも多い。そこをプラスに変えて、どうイーブンに持っていくか。学生たちは決勝戦で負けて悔しい思いをし、来年こそはと思っている。本当の意味で日本一を狙えると考えれば、準優勝のタイトルを獲れたのは良かった。どんなチームになるのか、楽しみですよ」
 小松節夫は、いつだって前向きにラグビーを楽しんでいる。だからこそ、観る者を魅了するのだろう。