シアトル日々是好日

シアトル在住、宮古島出身の勤労中年おばさんの日記。愚痴、書評、映画評、料理、日々考えていることを本音で綴りたいと考えています。

日曜日。
あんまりお天気がいいので、外出しなければ損だというような気分になった。ダウンタウンに行くか、それとも思いきいて遠出するかなどと話し合った結果、バラードにあるFisharmans Terminal(漁師さんの港)に行ってみようかということになった。
この港には小型漁船が所狭しと停泊している。大方の船は、アラスカ近くまでサケを追って北上するのだと思う。ターミナルにはお魚、美味しいFish & Chipsを食べさせてくれるレストランもある。このところ、かなり観光地されてきたので、レストランの値段が結構高くなったと思うけれど、ここで漁船やカモメを眺めながらFish & Chipsを食べるのは楽しい。何しろ、魚が新鮮である。
それから、バラードの街を少しぶらついて、バラードロックへ。ここは完全な観光地ではあるが、運河を通って、沢山のヨットや漁船が行き来するのを見物することができる。

オットと並んで芝生に腰を下ろし、娘にVideo Lineをした。
「娘?元気か?」
「元気だよ」
「来週から沖縄に行くけれど、何か買ってこようか?」
「別に何もないけど、アッ、そうだユニクロのサマードレスが欲しいなー。中にブラのはいっているやつ。私も一緒に行きたいなー」
「まあ、それは私が引退して、家を売ったらお父さんも一緒に家族で旅行しよう。秋のニッポン、きっといいよ。奈良で遊んで温泉に入ろう。それまで、頑張って働け。」
「うん、うん」
とのどかな会話をする。お日様のおかげで、優しい気分になったのだろう。天気というのはこうもひとの気分を変えるものか。
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土曜日。
いつものごとく朝寝坊。
午後から日系人老夫婦のもとで食事作り。
メニューは、

玄米ご飯
白菜と鶏肉の団子スープ
かぼちゃの煮物
コロッケ
豆腐とヒジキの白ごまあえ
デザートにイチゴのソーイミルクかけ

豆腐とひじきの白ごま和えは始めて作ったが、結構美味しくできた。絹ごし豆腐の水をきって、ぐちゃぐちゃにつぶし、ヒジキ、ニンジン、キュウリなどを加えて、ペースト状の胡麻と和える。醤油、みりん、だしで味付けをする。白ごまのかわりにピーナツバターを使っても大丈夫だと思う。簡単な料理だけれど、豆腐の水切りはキチンとしないといけない。

夕方からオットと近所の映画館へ「Zookeeper's Wife」を見に行く。戦争中のポーランドのワルシャワが舞台。実話に基づいた映画だそうだ。
戦争で爆撃を受けた動物園の地下室に、その動物園の所有者の夫妻が大勢のユダヤ人を匿うという話。
いい映画だと思うが、主演女優がちょっと綺麗すぎ、可愛すぎ。いつも涙目で、あれだけのことを成し遂げた女性としての気迫があんまり感じられない。美人女優でももう少し個性的なヒトを起用したほうが良かったのではないかと思った。オットに言うと、
「そーかなー。いい女優だとおもうけど」
との返事。男はあんまり女優の演技には厳しくないというのが良く分かった。

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5月15日は沖縄人にとっては、忘れられない日である。沖縄が日本復帰した日が今から45年前の5月15日。あの頃のことは今でも鮮明に覚えている。日本からの政治家に日の丸を振っていた私は13歳。小学校の六年生。

あれから沖縄は目まぐるしいほどの変化を見せた。あの日を境に日本という国がぐんと近づいた気がした。あの時代の変化を体験したことが、私の国家というものを考える”核”になったような気がする。人間は目まぐるしく状況に合わせて変化するということ。順応力のすごさ、物忘れの激しさ。権力というもの。金の力。そして、失われたものへの哀惜。沖縄の人間にとっては、日本復帰したことで、日本国平和憲法のもと、平和な暮らしが訪れるという夢物語を信じた人間もいたが、現実は、米軍基地の負担は減らず、アメリカの子分としての性格を強める日本政府の手駒となって翻弄され続けている。

国家とは何か?自立するとはどういうことか?ということをしっかりと思考する人間が求められている。

29日にバンクーバーから東京に向けて出発する。今回はANAのチケットがとれた。東京に一泊だけして、翌日、宮古島に羽田から出発。羽田から宮古島行の直行便があるというと驚くヒトが’いるが、あるんですね。一日一便。約3時間かかる。ソウルに行くよりも距離的には多分遠い。

飛行機が南へ南へ向かい、沖縄に近づくとコバルトブルーの海が見える。さらに宮古島に近づくと、高度が下がり、サンゴ礁のリーフが鮮明に見える。あの碧色の海を見るたびに高揚を抑えることができない。そして、飛行機はサトウキビ畑の中の空港に吸い込まれていく。日差しの強さを感じて、私はようやく帰ったぞーという気持ちになる。もしかしたら、その気分を味わいがたいために、あんなにも遠くのアメリカなんぞに住んでいるのかも知れないと思ったりもする。

そう、
「故郷は遠きにありて思うもの そして 悲しくうたふもの よしや うらぶれて 異国の乞食となるとても 帰るところにあるまじや」

とう室生犀星の詩がなぜか心に沁みる。

日曜日。
日本からの留学生二人を連れて、ポートタウンゼントへ。大抵、留学生たちは車を持っていないので、なかなか遠出できない。留学生二人はフェリーやポートタウンゼントの小さな街をとても楽しんでくれたようだった。帰宅して、二人にビーフシチューを作ってあげる。いつも寮で味気ない料理を食べているので、家庭料理に感動してくれた。
オット、「とってもいい子たちだねー」
と感心することしきり。二人は日本で育ったが、親は中国人である。二人の会話を聞いていると、中国語、英語、日本語が混じり合ってとても面白い。

私はこれまでにも留学生たちをあちこちに連れて行ったけれど、いつも喜んで車を運転してくれるオットに感謝。私が人付き合いの輪を広げることができたのも、一重にオットの寛容さによるものだと思う。

母の日。娘からカードが届く。私は自分の母親にも電話していない。ちょっと、胸が痛んだ。帰ったら、顔のマッサージなんかでもしてやろうと考えている。母は私とべるといつもキチンと化粧をしたり、身繕いをしているおしゃれなヒトである。私は時々、この彼女から何を受け継いだのかと疑問に思うことがある。綺麗好きで器用な母が得意なことが、私はまったくできない。困ったことであるが、娘は割合に綺麗好きで器用な質なので、隔世遺伝したのだろう。

火曜日。仕事を終えていつものようにヨガのクラスにでたが、気力が続かず、途中でリタイア。お腹がすきすぎていたのかもしれない。
クラスを抜け出して、休憩室のソファで休んでいたら、向かいのソファには若い二人のアジア系女性。一人は、周りに気を使いながら、生後間もないと思われる赤ちゃんにお乳を含ませている。あまり聞きなれない言語だが、私にはモンゴル語だと思われたので、
「話しているのはモンゴル語?」
と思い切って聞いてみた。二人は、ちょっとびっくりしたようだったけれど、
「どーして分かったの?あなたはコリアン?」
と聞いてきたので、
「日本人だけれど、モンゴルの映画が好きで、新しいのが出ると必ず見るようにしているの」
というと、とても珍しいというような顔をした。色々な国から来た人たちに出会ったが、モンゴルからのヒトに出会うというのはこれまでなかった。モンゴルは、私にとっては憧れの一度は行ってみたい国である。
つまらない質問かもしれないと躊躇したが、思い切って
「モンゴルのヒトって、今でもジンギスカンを英雄として崇めているの?」
と尋ねると、即座に
「勿論!。国のシンボルです」
と答えた。モンゴル語はかなり日本語と近い構成や文法だと聞くが、日本人とは全く気質が違う人たちなのだろう。よく言えばおおらかで、悪く言えば繊細さに欠ける。あんまり忖度なんかしない人たちだというような気がする。

土曜日。近所に住むアレン教授のお庭に行き、トマトとベルペッパーを植え付けた。去年から裏庭の一角を借りて畑を始めた。帰り際に庭の花を頂戴して活けてみる。生け花を正式に教わったことはないが、このところ、私は自己流の生け花を楽しんでいる。

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なんだかんだと忙しい日々。家を売ろうと決めてから、結構、忙しい。不動産屋との打ち合わせや売った後、どこに住むかとか、毎日、オットと二人で相談する。

家を引っ越す前に、膨大な量の本をどうするか、これまで集めた陶器、磁器の類をどうするかなども考えなければならない。

私は貧乏人のくせにいい焼き物を集めていた。日本にいるときから集めていた各地のコーヒーカップ、こちらに来てから集めだしたヨーロッパのティーカップ、それにオットの実家から贈られた銀製のフォークやナイフ。そうしたものをどうするか決めなければならない。本棚だけでも25ほどもある。大きな机が二つ。

こうして考えてみると、私はお金はないが、結構、財産持ちではないかと思う。売るもの、寄付するもの、捨てるものとまず仕分けするところから始めなければならない。

土曜日。
日系人老夫婦のもとで食事作り。メニューは
玄米ご飯
水餃子
鶏肉と夏野菜のトマトソース煮
春雨のサラダ

いいお天気で庭の藤の花を眺めながら料理を作った。いつもぐったりとしている奥さんが、今日は気分がいいのか、ダイニングにきて、私と会話する。信心深い優しいおばあさんなので、私はここで働くのは全く苦にならない。
庭に咲いている菖蒲やらスズランやらを食卓に飾ったらとっても喜ばれた。

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先週から今週にかけて、忙しく過ごした。
日本行きの準備やら不動産屋さんに会ったりしていたら、突然、中国人の友人Jが訪ねてきた。Jは去年の秋、中国にかえったのだけれど、6か月ぶりにシアトルに戻ってきたのだ。基本的に永住権の所持者は6か月に一度は米国に戻ってこなくてはいけない。

中国のお茶やらお菓子やらを持参してきたJはとても元気で幸せそうだった。
「今はあちこち旅行して回っているんだよ。この前は雲南省からラオスまで行ってきた。蘇州にも行った。見て、見てこの写真!」
と携帯に入っている大量の写真をみせてくれる。傍でJのお連れ合いがニコニコと笑っている。
「やっぱり、かえって良かったねー。旦那さん、とっても大事にしてくれてるみたいじゃないの」
「今は主人にすっかり頼っている。実は一度、風邪をこじらせて肺炎になった。それから病院に入院したけどさー、主人が医者なもんで、病院でとても大切にしてくれた。」
「もしアメリカに一人でいると、不安で心配でしょうがなかったと思うよ。お金も相当かかっただろうし。旦那さんの悪口ばっかり言っていたけれど、あなたのことを好きだっていうのが見てて分かるよ」
「そうなんですね。主人は、私のことが好きなんですね。それは分かっているんですけどね。まあ、でも中国人だから、ロマンチックではないです。」
と贅沢を言っている。
そういうわけで、私はJ夫婦を夕食に招いたり、週末、一緒の時間を過ごしたりした。

この「長いお別れ」という小説は、しみじみといい介護小説である。作者は中島京子。この小説は作者が認知症を患った父親を家族とともに介護した経験がベースとなっている。
介護の「大変さ」は伝わってくるが、「悲惨さ」は感じられない。むしろ、この小説の基調はユーモアである。

認知症を患う父親は元は中学の校長先生。娘が3人いて、一番上はアメリカの西海岸に住んでいる。2番目は専業主婦で妊娠中、3番目の末っ子は独身のキャリウーマン。気丈で賢い母親は、認知症が進行してゆく父親を自分で世話したいと奮闘するが、介護というのは一人ではできないので、プロの手を借りたり、時には娘たちに応援を頼んだりしながら、父親の最後の日まで伴走するという物語である。「長いお別れ」というタイトルは、認知症などの患者が少しづつ時間をかけて、現世から離れていくプロセス、少しずつ遠ざかる様子、英語の「Long Goodbye」からきている。

日本における介護の現実がどういうものかかなり勉強になったし、介護の問題は施設や費用よりも、まず介護する側の人間関係がいいかどうかも大きなポイントだと気づかされた。介護を巡っては、必ずと言っていいほど、兄弟姉妹間に揉め事が起こると聞いているからである。
この小説は「日本医療小説大賞」を受賞している。かなりお勧めしたい小説である。

そういえば、この前、父親に姉妹が私の帰島について素っ気なさすぎて冷たいと電話で愚痴ると、父は
「そんなことはない。みんな、心の中では待っている。兄弟同士は喧嘩するなよー。頼むよー。」
と言われて、思わず、胸が詰まりそうになった。
結局、老いた親が願う事は、自分の亡きあと、「みんなが仲良く暮らしてほしい」の一語につきるのではないか、と思い至ったからである。

まだ20代で東京に住んでいるとき、私の双子の妹が私を訪ねて来たことがあった。その時、文字をほとんど書いたことのない祖母(オバア)が、拙いカタカナで手紙をよこしたことがあった。
「姉妹でなかよくしているようで、オバアはウレシク思っています」という内容の手紙だった。あの手紙を今ももっているはずだが、探してみようと思う。

日曜日。
ゆっくり起きて、濃いコーヒーを二杯、トースト2枚、目玉焼き、ウィンナーソーセージの朝食。
 沢山寝たので気分がいい。

お昼過ぎて、YMCAに行き、30分ほど走ったり、歩いたりして200Cal消費した。シャワーに入り、体重計に乗ると、5ポンドほど減っている。あと、10ポンド落とせば、私の目標体重に達成する。10ポンドは、4.5圓曚鼻M想的には20ポンドの減量が望ましいのだろうけど、私はそんなに痩せたいとは思っていない。 これは強がりではなく、アメリカにいるせいで、だれもデブだとは言わないし、中高年はある程度、肉ずきのいいほうが、貫禄がでていいのではないかと思っている。

晩御飯は豚肉の生姜焼きとケイルのバター炒めとトマト。食後にイチゴとバナナのヨーグルト和え。

食事を終えて、近所の映画館へ「Loin」という映画を見に行く。

とっても感動的ないい映画で、私もオットも涙を流しながら見る。
5歳くらいでインドで行方不明になった男の子がオーストラリアに住む白人夫婦のもとに養子に行く。長じて、自分の産みの母親を知りたいと僅かな記憶を頼りに探し当てるという実話に基づいた映画である。
やっぱり、ヒトは自分がオリジンがどこか、実の父母は誰か知りたいという欲求を抑えることはできないのだ。 
この映画で養母を演じているのはニコール・キッドマン。普通のオーストラリア女性を演じている。主役のサルーを演じている青年がとてもいい。インド人の目は本当に美しいなーと思う。

欧米にはよく貧しい国から捨てられた子供たちを養子にして育てているカップルが多いが、生半可な覚悟で一人の人間を育てられるものではない。本当に心底、愛情を注いで育てている姿をみるにつけ、なかなかできないことだと私は思っている。自己満足なヒューマニズムだとか、いろんな理由で批判するヒトもいるが、どんな人助けだって自己満足には違いない。 特に子育ては大きなチャレンジを強いられるし、自分の弱さ、醜さを絶えず突きつけられる行為だと思う。
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土曜日。朝、オットは友人たちとのコーヒー会へ。私は朝寝をむさぼった。

夕方、日系人老夫婦のもとで食事作り。
メニューは、
玄米ご飯
肉じゃが
野菜の天ぷら(茄子、シイタケ、サツマイモ)
豆腐とキャベツのチャンプルー

食事作りを終えて、T先生をお誘いして、ギリシャ料理のレストランへ。
羊肉の串焼きとか、トマトのローストとかいただく。

仕事をしたけれど、とってもリラックスできた一日だった。引退したら、こんな風に自分のペースで仕事ができたらいいなーと思うけど、なかなかそうはいかないだろうなーと感じている。

今晩は読書に精を出そうと思う。
BSの山本周五郎原作の人情時代劇が秀逸である。毎回、泣かされる。
「泥棒と若殿」「あだこ」「武士の魂」どれも良くできていると思う。

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