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1978(C) Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved.
 

 
 
その人が死んだから、それで私たちの愛情が衰えるのではない。
本当は私たち自身が死ぬからなのだ。
マルセル・ブルースト 「死んだアルベチーヌ」
 
 
 

緑色の部屋』(1978・仏)
LA CHAMBRE VERTE

フランソワ・トリュフォーが自ら監督して出演した
野生の少年』(1970)、『アメリカの夜』(1973)についで3本目の作品。
原作はヘンリー・ジェームズの短編「死者の祭壇」だが、それだけでは
1時間未満の中篇になってしまうので、登場人物を増やして
同じくヘンリー・ジェームズの「友人の友人」(こよなき友ら)という短編から
エッセンスを貰ってきて、ジャン・グリュオーによる第一稿が完成した。
ヘンリー・ジェームズの原作は19世紀が舞台になっているが、
『緑色の部屋』の舞台となるのは20世紀の前半、
第一次世界大戦が終了した後のフランスが映画の時代背景になっている。
これはトリュフォーの意向で戦争で友人が多数死んだ主人公の
死に対する強迫観念を強調するには、大きな戦争の傷跡が残っている
この時代を選んだということだった。
当初はシャルル・デネを主人公のジュリアンに起用しようとしたが
恋愛日記』(1977)で彼の主演で撮った直後の作品だったので、
彼を起用せず、自らが主演と演出を担うことになる。
おそらく主演することは、前の年にアメリカへS・スピルバーグ
未知との遭遇』(1977)に呼ばれて演じた科学者の評価が良かったので
トリュフォーの背中を押したものと捉えてもいいのじゃなかろうか。
事実この『未知との遭遇』に出てトリュフォー自身が俳優の演技を
見直すターニング・ポイントとなったことだ。
ただカメラの向こう側と前では演出が変わってくる。
だからトリュフォーの右腕でまさに相棒であるシュザンヌ・シフマン女史が
事実上演出をしてトリュフォーの出演部分のカットを見極めるという方法で
撮影された。トリュフォー自身も彼女を共同監督と思っている。
この作品は1970年頃に企画され、それからやっと8年後に撮影が開始した。
当初のタイトルは「死んだ女」とされ、どれから『緑色の部屋』になった。
トリュフォーは知らなかったのが、英語の ”THE GREEN ROOM "は芝居で
役者たちが使う「楽屋」のことで、それを後で聞かされ、一層このタイトルが気に入ったとか。
 

そしてトリュフオーが最も気に入っていたのは、モーリス・ジョーベール
音楽であり、パトリス・メストラルの指揮で演奏されたオーケストラの録音は
映画のクランク・イン前に既に出来上がっていて、撮影現場でこの曲を流して
ミュージカル映画のように、音楽に沿って役者の動きも合わされたものだったとか
そして映像は最大の効果を出しているのは撮影監督ネストール・アルマンドロス
よる祭壇の「火の森」何百本というロウソクが燭台の上で灯され、
照明は間接照明だけを使ってロウソクの光だけで捉えられた映像は神秘的かつ
幻想的な絵作りとなっている。またそれ以外の場面でもこの作品は屋外場面も
一切陽光は入らす、青空もない。墓地のシーンも夕暮れ時や曇天で今にも
雨が降りそぐ直前のような陰気なカラーの使いかたを徹底している。
(『黒衣の花嫁』(1967)で失敗した色彩設計を見直したということか・・・)
 
特に素晴らしいのはナタリー・バイの起用で、
彼女は『アメリカの夜』でスクリプターの役で出ていた女優だが
『恋愛日記』にも顔を出し、ゴダールの映画にも常連になっている。
彼女は当時30歳、役のセシリアとほぼ同じ年齢で、初恋の男性に憧れる少女のような清楚さと
過去の情に翻弄される女としてのニ面を見事に演じて『愛しきは、女/ラ・バランス』(1983)
と共に『緑色の部屋』は彼女にとっての代表作といえるのではないか。

第一次世界大戦の終結から10年後のフランス東部にある小さな田舎町。
ここに古くからある雑誌「グローヴ」の編集者であるジュリアン・ダヴェンヌ(F・トリュフォー)
は友人マゼの夫人の葬儀に参列していた。愛する妻の亡骸にすがりつき棺の蓋をさせないマゼに
困り果てた神父が神の教えを説く。それに反論したのがジュリアンでえらい剣幕で
他の参列者や神父を礼拝堂から追い出してしまう。
実はジュリアンは過去に新婚間もなく妻のジュリーを亡くして以来、再婚もせず
自宅の二階にある「緑色のドアの部屋」に妻の写真や遺品を飾っては妻と「語り合って」いた。
ジュリアンの自宅には家政婦のランボー夫人と彼女の甥で戦争孤児で
聾唖の12歳の少年ジョルジュと暮らしていた。ジュリアンは戦争に砲兵として従軍したが
友人の多くが戦闘で犠牲となり、死への脅迫観念が彼の心の中に深く根付いていたのだ。
ある日、亡き妻ヴァランス家の家財が競売に出される事を知ったジュリアンは
開催前の競売場へ出向き、亡き妻の思い出の指輪を探す。そこで応対してくれたのが
競売場の秘書であるセシリア・マンデル(N・バイ)で、ジュリアンが依頼した
指輪を探す事を引き受ける。実はセシリアにとってジュリアンはシャイな少女時代に
唯一やさしくしてくれた男性で、初恋の対象でもあった。そんなセシリアをジュリアンは
全く忘れていた。ある日、あのマゼが新しい妻を連れて職場に現れた。まだ先妻が亡くなって
半年しか経たないとジュリアンは憤慨して、その愚痴を聞いてくれる相手がセシリアだった。
そんなきっかけで、ジュリアンとセシリアは互いに親しくなっていく。
またお互いに自分の妻や彼女の父の死の際に霊的な体験をしていたというのも
なにか運命を感じさせるところがあったのだろう。
我々は愛する者の死に関して同じ体験をしている
死者は決して裏切らない 私たちは一緒だ
「いいえ、違います。 死者を愛するのは事実だけど、生きている人も愛します」
翌日、一本の電話で編集部が慌しくなった。この町の出身で政界にも出た
名士であるポール・マシニーが事故で亡くなったという。編集長は
ジュリアンにマシニーの追悼記事を書けという。ジュリアンは資料も見ずして
マシニーの追悼記事をさっと書き上げ、編集長に渡す。
そして帰り支度をして編集部を出た。そこへ編集長が赤い顔で追いかけて来た。
「何だね、この記事は。死者をもう一度殺すひどい記事だぞ!」
「彼が君の親友だと思って書かせたのに」
「編集長 彼は確かに親友でしたが、今は忌々しい裏切り者で醜い人間です」
君は彼を憎んでいたのか・・・
そしてマシニーの亡骸は町へ戻され、多くの参列客が墓地を取り囲んだ。
その中に人目を避けるようにセシリアの姿もあった。
ある雷雨の夜、ジュリアンの緑色の部屋は、火事になり、ボヤで済んだが
部屋は使えなくなってしまった。亡き妻ジュリーの墓前で嘆くジュリアン・・・
墓地の奥にさびれて廃墟となった礼拝堂があった。戦禍によってこうなったのだ。
ジュリアンは司教に会い、この礼拝堂を再建して「自分の死者たち」を
祀る祭壇にしたいと説得する。ジュリアンの情熱は教会を納得させ、
彼は自費で礼拝堂を建て直して、新しい「緑色の部屋」を作る。
そうして疎遠になっていたセシリアを招いて彼女に礼拝堂を案内する。
セシリア 私と一緒にこの祭壇の管理人になってほしいのだ
死者たちを見守ってやりたい。私の死者もあなたのものになる
もちろん君の死者もここにおきなさい
わたしの死者はひとりだけなのよ
北欧へ出かけていたジュリアンが戻ってきて
初めてセシリアの部屋に訪ねる。少女をセシリアはピアノのレッスン中だった。
ジュリアンはある部屋を見て愕然としてしまう。そこはポール・マシニーの写真で
埋め尽くされていたのだ。セシリアの部屋を飛び出すジュリアン・・・
その夜にセシリアが礼拝堂に現れた。
まさか、マシニーの愛人が君だったなんて
お互い共通項があるわ、私も彼に苦しめられたの
死者は許さないの?」
いや 彼はもう許したよ
じゃポールのロウソクはどれ?」
ポールのロウソク?そんなものはここには存在しない
彼はあなたの死者であって 私の死者ではない
絶望したセシリアは礼拝堂を飛び出していった・・・
だがその日を境に絶望したジュリアンは倒れて、医者にもかかろうとしない。
セシリアは出向いても会ってくれないジュリアンに手紙を書いた。
あなたは死んだ人間しか愛さない 死者には寛大です
イメージの中の死者たちは優しい あなたに愛されるには私は死んだ女になるしかない
手紙を受け取ったジュリアンは力を振り絞って礼拝堂に赴く。
そこにはセシリアが待っていた。
私は毎日ここに来ます 死者のためよ
死者たちも君のために集まっている マシニーの居場所もある
だが、ジュリアンはセシリアの目の前で伏せた・・・
セシリア お願いだ もう一本 ロウソクを
その一本でこの祭壇は完成するのだ
セシリア 私たちに起こった事は・・・何もなかった・・・」
と言いながら彼は息を引き取った。
遺されたセシリアは真新しいロウソクに火を灯した。
ジュリアン・ダヴェンヌ」と死者の名を告げて・・・・
(日本公開1980年2月9日 東宝東和配給)

トリュフォーは自ら演じたジュリアン・ダヴェンヌをこう語った。
彼は死の強迫観念に魅入られた半狂人なのです。」
確かにこの主人公は頑固な上で、人付き合いの悪い変人に違いない。
礼拝堂にはジャン・コクトー、ジャック・オーディベルティ、ジャック・ベッケル、
モーリス・ジョーベールなど「トリュフォーの死者たち」の写真が飾られてあった。
 
 

レ・アルティステ・アソシエーツ提供
ユナイテッド・アーチスツ(UA)

監督: フランソワ・トリュフォー 
製作: マルセル・ベルベール 
    ローラン・トゥノー 
原作: ヘンリー・ジェームズ 
脚本: フランソワ・トリュフォー 
    ジャン・グリュオー 
撮影: ネストール・アルメンドロス 
音楽: モーリス・ジョーベール

 フランソワ・トリュフォー 
 ナタリー・バイ 
 ジャン・ダステ 
 アントワーヌ・ビデス
 
 
イーストマンカラー
ヨーロッパヴィスタ(1:1.66)
フランス語
モノラル・94分
日本語字幕(劇場公開時):山田宏一
 
 

 
 

国内ではDVD化されていない唯一のフランソワ・トリュフォー作品。

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