ここは本心を書くところ。
カッコつけたり、
表面だけのことを言ったり
思ってもいないようなことは口に出さないところ
気をつかいすぎて自分の気持ちに不自然になるところではない。

ほんの少し、相手を思いやるといういみで気を遣うのは仕方ないこと。
だが、過剰な気遣いはいかん。
かえって嘘を生み出す。


今年初めに不倫騒動になった、
あの、ハーフタレントを、私は好きではない。

いや、正直、今は好きでも嫌いでもないが、
あの騒動の前のいいこちゃんぶりっこちゃんの彼女は鼻についた。
そこまでして自分を持ち上げてもらいたいのか?というほど
取り繕っているふうに見えていた。


というお前はなにものじゃい!となるが、
あえての、自分を棚に上げて言っている。


しかし、やがて明るみに出る本性。


いやいや、
彼女がわるいわけではないのだよ。
彼女のウソに気づかず持ち上げていた
周りの責任だよ。
と、私は思う。




「前向き」だとか、「ポジティブ」(おなじことかw)だとか
それを掲げて進むことを私は好まない。
ほんとうにポジティブならいいが、
のっぴきならない場合、表面取り繕うこともあるじゃんか。
取り繕って嘘を塗り固めてしまう、
それが彼女であったと思う。




でもでも、
一方で自分としては
そうやって物事を掘り下げてばかりいると
それこそ後ろ向きになってしまうのだ。
あれ?なんだか後ろばかり向いてるぞ。

と、そういう状況になることがある。


「でも、嘘をついていないんだからいいじゃんか!」





そう、確かに自分の心に正直なのかもしれない。

が、むなしく心に風が吹いてくるのである。


独りぼっちで取り残されてむなしく数年を過ごすのである。


すべて心に正直というのはいかがなものか。

やはり程よいバランスが必要なのであろうと思う。



後ろ1,000年からと前1,000年から引っ張られて
今、立っている。
先祖代々の功績と、
子孫立ちの未来が私をこの場に立たせている。



前向きだけでもバランスが崩れるし
後ろを向きすぎてもいけない。
程よくちょうど前からと後ろから引っ張られて
今、生かされるのが良いのだ。





近頃、本当にいろんな場面でよく聞く。



「生き方が死に方に出てくるよ」




今、このブログで叫びたい。

人は少なくとも必ず死ぬのだということ。
死ぬことだけは確実なのだということ。

死ぬことは避けて通れないことであること。



元気な今、軽々しく言ってるようだが、
元気な今だからこそ、
そして、半分、癌という病気を経験しているからこそ、

言えることもあるのかもしれない。


死までまだ時間があるだろうから
じっくり、味わって生きていこう。

バランスを取りながら。
前からと後ろから、東西南北から、過去から、未来から
すべてのあらゆる方向から引っ張られて自分がいま立っているということを
感じながら生きていこう。


そして、のっぴきならない状況になったとき、
少しでもそう感じたことを思い出せるように、
日頃からバランス感覚を養っておこう。





今まで、なんだかかけなかったことが
今日はかけたかも。

ず~っと、もやもやしてたことが

今日は書けたかも。



さ、自分の日常に戻ろうか。