1 名前:φφマザーグースφφ◆FdDsU0B5ivx5[sage] 投稿日:2014/10/26(日)11:59:07 ID:???
江戸幕府を開き、250年以上にも及ぶ「太平の世」の礎を築いた徳川家康。日本史での最重要人物のひとりだけに、本人が主役として扱われるのはもちろん、同じ時代を生きた戦国武将を描いたドラマや歴史小説にも、数えきれないほど登場している。

ライバルが主人公の物語には、しばしばこんなフレーズを見かける。「家康が最も恐れた男」。だが、これがひとりやふたりではない。家康ビビリ過ぎ――こんな声が聞こえてきそうだ。

■独眼竜政宗に直江兼続、「震え上がらせた男」も登場

「徳川家康が最も恐れた男って、いったい何人いるんだ」。
インターネット上では、今まで何度か「議論」されてきた話題だ。確かに歴史小説で「家康が恐れた」との「枕詞」を使っているものは、

「伊達政宗 秀吉・家康が一番恐れた男」(星亮一著、さくら舎)
「家康が最も恐れた男 直江兼続」(加来耕三著、グラフ社)
「真田一族―家康が恐れた最強軍団」(相川司著、新紀元社)
と割と簡単に見つかる。東北の雄「独眼竜政宗」、上杉家の家老で、関ヶ原の戦いでは家康に対抗して西軍についた兼続、家康と渡り合った真田昌幸に、その子で大坂夏の陣では家康をあと一歩まで追いつめた真田幸村。いずれも強敵だったことは間違いない。真田昌幸の場合は単独で、「家康が怖れた機略縦横の智将」(竜崎攻著、PHP文庫)とも紹介されていた。

検索すると、ほかにも出てくる。「江戸三〇〇年 大名たちの興亡」(江宮隆之著、学研M文庫)では、目次で、家康の重臣だった大久保長安を「家康が恐れた異能の出頭人」と取り上げている。さらに上智大学が運営するキリシタン文庫の定期刊行物「キリシタン研究,・第 17 巻」には、「関ヶ原」で家康に味方し、後に安芸(広島)を治めた福島正則を「日本の諸大名の中で、(豊臣)秀頼が最も希望をかけ、一方、家康が最も恐れていた」としている。少し表現が異なるが、「戦国闘将伝 慈悲深き鬼 島津義弘」(戦国歴史研究会著、PHP研究所)の表紙には、「家康を震え上がらせた男」の記述が見られる。

確かにこうして見る限り、敵だけでなく味方や重臣まで周りには「恐れた男」だらけとなる。

■寺尾聰さんは「タヌキの皮をかぶったオオカミ」と評す

広く知られているように、家康は順調に天下人への階段を上ったわけではない。三方ヶ原の戦いでは武田信玄の軍勢に叩きのめされ、命からがら居城に逃げ帰った。織田信長亡き後、天下統一を果たしたのは豊臣秀吉だった。信玄や信長、秀吉も家康が「恐れた男たち」だったに違いない。

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http://www.j-cast.com/s/2014/10/26219138.html?p=2

2 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2014/10/26(日)12:04:37 ID:qE8Hj0j99
そのうち一兵卒ですら恐ろしくなる

3 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2014/10/26(日)12:11:33 ID:Yhh7wxMAE
ビビリだったから天下が取れたのでは

6 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2014/10/26(日)12:18:05 ID:pooxhhn2k
>>3
それ多分当たってる。ビビリ、ってのは、逆に言えば用心に用心を重ねるという
慎重さだ。
…でも、何度も何度も、死を覚悟してるんだよね…だから、しぶとさと運だろうかね。
あと、政治的手腕の凄みは色々ある。身内ももろもろ手にかけて、死に物狂いで生き抜いたんだね。

関西生まれな自分は、かつては豊臣や真田に肩入れしていたが、今となると、
家康の凄みもぞっとするほどの重みで感じ入る。


4 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2014/10/26(日)12:11:40 ID:q5t6YLAha
家康って、あまり武将っぽくないもんな

5 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2014/10/26(日)12:13:35 ID:WOyu4PVhi
運と長命が2つ揃ったのが何より大きいわな

7 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2014/10/26(日)12:27:49 ID:WOyu4PVhi
家康は戦に突入する前に数的優位を作る権謀術数に長けていたから
戦になった時は磐石の状態になっていて、いまひとつ華が無いことから評価が微妙なのもあるんだろう


9 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2014/10/26(日)12:33:36 ID:pooxhhn2k
>>7
とてもよくわかる。
関ヶ原でも、結局は西方を調略で切り崩してあったからの勝利。

信長の知略で突破だったり、秀吉の臨機応変だったり、真田のゲリラ戦法だったり、
島津の全力突撃だったり、とは全て真逆のベクトルなんだな。
「勝つべき状況を用意して、計算通り勝つ」。

これこそ、最後に天下をまとめた人の実績にふさわしい。


8 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2014/10/26(日)12:31:49 ID:XjvW6RzNj
根が臆病だからこそ慎重になり、用意周到に事を進めたんだろ
あのゴルゴ13も同じタイプの人間だもの


10 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2014/10/26(日)12:37:22 ID:4djWWtytx
恐れを知らなきゃ単なる猪武者
天下なんか取れるはずもない


11 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2014/10/26(日)12:41:47 ID:pooxhhn2k
家康の生涯は、色々と奥深いねぇ。

まずは守りという感じが常にある。「死なない方策」をまず打っておいて、
そこから攻めを考える。

戦国で英雄視される武将は、どっちかってと攻めたがる方が多い感じなんだな。
だが家康は、まず守りから入る印象がある。

…さんざ負け犬な気持ちを味合わされた少年時代がそうさせたのかね…。

「一番遠くから来た者が、一番遠くまで歩いて行ける」ようなものか。


12 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2014/10/26(日)12:45:40 ID:WOyu4PVhi
信長死後と、秀吉死後を経験してるのも大きいんだろうな
あと自分の家臣団の忠節の高さもね
家康一代だけじゃ徳川三百年は無い


13 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2014/10/26(日)12:52:49 ID:pooxhhn2k
>>12
確かに! 
信長死後はまだ、群狼が牙を剥き合ってた。
秀吉の死後は…秀吉のカリスマ性が高すぎて、消えた瞬間
タガが外れた感じか。

朝鮮出兵なんて馬鹿をやらかしたあとだしな…。
その後の、国内の取りまとめあたりが、家康の真骨頂かもね。

そうもちろん、三河武士団の忠節も…なんだ、かなり運かw
まぁここまで来ると、実力のうちな運だけど。関ヶ原では大恥かかされたが、
秀忠も立派だったと思う。


15 名前:名無しさん@おーぷん[sage] 投稿日:2014/10/26(日)16:10:29 ID:DSh8iVUsK
武田信玄は?
三方ヶ原でクソ漏らしながら城に逃げ帰っただろ


16 名前:名無しさん@おーぷん[sage] 投稿日:2014/10/26(日)21:36:21 ID:rVrQydPwO
こういう場合は、天下取った後の話を指すと考えるのが普通。
よって、信玄みたいなのは除外。
>>1にもそういうのは含まれてないだろ?


18 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2014/10/29(水)21:01:30 ID:iGsV4NY89
紆余曲折はあっても、最後に天下を取った奴が最強。




家康の仕事術―徳川家に伝わる徳川四百年の内緒話 (文春文庫)
転載元:【話題】徳川家康が「最も恐れた男」が多すぎる 東北から九州まで全国の武将が怖かった?[10/26]
http://uni.open2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1414292347/



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