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北京オリンピック に参加中!
偽善のマナーは続かない 中国、日中戦で「殺!殺!」応援の連呼

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080813-00000912-san-int

8月13日10時43分配信産経新聞女子ダブルス準々決勝で、コートに倒れこむ潮田玲子。オグシオはベスト4を前に敗れた=北京工大体育館(浅野直哉撮影)どの競技会場でも、中国選手を応援する「チアヨウ(加油=がんばれ)、チアヨウ」の大合唱が起こる。とりわけすさまじかったのが11日夜のバドミントン女子ダブルス準々決勝、「オグシオ」こと小椋久美子・潮田玲子組と于洋・杜●(=女へんに青の月が円)組の日中戦だった。。写真で見る。女子ダブルス準々決勝で中国ペアと対戦するオグシオほとんど絶え間なく「チアヨウ」が会場の北京工業大学体育館を揺るがし、中国チームにシャトルが移ったとたんに「シャー、シャー。」の連呼に変わる。「射」(打ち込め)の意味だが、似た音の「殺」(殺せ)と聞こえた。一方的な大声援に気押されたかのように、オグシオは精彩を欠きイージーミスを連発、大差でストレート負けした。この試合をテレビで見ながら、かつて「卓球ニッポン」を築いた故・荻村伊智朗氏の言葉を思いだした。1950年代半ば以降、日本は卓球王国の名をほしいままにしていた。男子は世界選手権で54年大会から団体戦5連覇、シングルスも荻村氏と田中利明氏が各2回世界チャンピオンに。女子も団体戦4連覇、シングルスも3連覇していた。61年に北京で開かれた第26回世界選手権で、「前陣速攻」の荘則棟氏が日本勢を打ち破ってシングルスで優勝、団体戦も制した(これを含め荘氏は3連覇、男子団体も3連覇)。94年に死去するまで、荻村氏は頻繁に訪中し、しばしば拙宅で食事をした。あるとき、61年の世界選手権を含め、中国で中国チームと対戦した数多くの経験を話した。「中国戦では当初、熱狂的な観客の応援に圧倒された。審判もそれに押され、中国に有利な判定をすることもあった。敵地ではよくあることだが、中国は格別だったね」ところが米中接近のきっかけになった71年のピンポン外交のころから雰囲気が変わったという。周恩来首相が、「友好第一、試合第二」を徹底させ、外国の相手にも公平に拍手するよう指示した結果だった。北京五輪を迎えるにあたって、中国当局は「人文五輪」をスローガンに掲げ、市民のマナー向上運動を呼びかけた。その中には試合の観戦マナーも含まれる。(1)中国チームを一方的に応援せず、相手の好プレーに拍手を送り、相手の失敗を喜ばない(2)とくに中国がリードしている場合は応援を控える(3)仮に期待に反する成績になっても、中国選手を責めない−など。11日夜のバドミントン日中戦では、教育効果はゼロだったようだ。一方的に中国チームがリードしても、観衆の大声援はやまず、オグシオ組のミスにも歓喜した。これには同日午後のもう一つの日中戦が影響していた。中国のナンバーワンペアが、前田美順・末綱聡子組に敗れる「大番狂わせ」のことだ。この試合では第1セットを中国ペアが簡単にとりながら逆転負けした。観客は応援が足らなかったと思ったのか、夜の試合では気合が入ったようだ。この試合に限らず、「チアヨウ」コールは一段と熱を帯びつつある。自国チームを熱烈に応援するのは、どの国の観衆も同じであり、相手にも公平な拍手を送るなど偽善にすぎない。まして相手がライバルの日本となればなおさらだ。スポーツを外交手段にした周恩来時代の「友好第一」は過去になり、国も国民も金メダル獲得に躍起になる。その結果、前田組に敗れた中国ペアをはじめ、メダル獲得に失敗した有力選手はネット上で、罵(ば)倒(とう)の嵐にさらされた。その是非はどうあれ、国の「教育的指導」で国民を統制できなくなっていることだけは確かだろう。(中国総局長 伊藤正)

[引用元:Yahoo[海外総合(産経新聞)]]

北京五輪が終った北京では寂しい感じなんでしょうかね。

日本の応援もけっこう多かったようですが…

何はともあれ無事、閉幕できてよかったですね。

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