「仕組み」の群像

粗にして野だが卑ではない仕組みクリエーターが、日常のなかに潜む仕組みについて、時評、書評、旅評、映評、展評、劇評等々を通じて徒然に語ります。

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ブログ執筆者 仕組みクリエーター  

懐かしのグループサウンド

昨日(2010年7月24日)、中野サンプラザホールで17:00から行われた「グループサウンズ・カーニバル2010 〜あの青春をもう一度〜」に行ってきた。

出演者は、加橋かつみ(タイガース)、真木ひでと(オックス)、三原綱木(ブルーコメッツ)、今井久(パープルシャドウズ)、マモル・マヌー(ゴールデンカップス)、湯原昌幸(スイングウェスト)、黒沢博(バニーズ)、鈴木義之(バニーズ)、トメ北川(ハプニングス・フォー) であった。

彼ら出演者の概略プロフィールはこちらに載っている。これをみて、改めてああそうだったと、当時を思い出す。若年層にとっては、すでにGSという言葉自体がわからないようであるが。

このステージをみて、人間、50歳ましてや還暦を過ぎるとものすごく個体差がでることを再確認した。それは、肉体的個体差だけでなく、精神的個体差というか、人間の持って生まれた資質の違い、そしてその後のキャリア、生き様の違いが歴然と見えてくる。

加橋かつみは62歳であれだけのハイキーの音が出るということはまだ相当歌い込んでいる証であろう。真木ひでとはあと4ヶ月で還暦とステージ上で言っていたが、とてもそのような年には見えない声と動きであった。これもまた、日常的にハードなステージをこなしているのであろう。三原綱木は親分肌の雰囲気が出ている。バンドマスターという現在の職もなるほどと納得する。一方で、ようようのことでステージに立っている出演者もいた。40年前に若々しく輝いていたスターも様々である。

総じて、みんな、人に優しくなっている。こういう雰囲気の演者を見ていると、いい年の取り方をしてきたのが分かる。

一方で、彼らにキャーキャー騒いでいたファンもまたいい年になっている。おなじ仲間という感じでプレゼントを演者に渡している。生のステージの良さは、こうしたプレゼント渡しの時間がしっかり組み込まれている。ひとつの演出であろう。

そして、最後には係員の制止を振りきり、ステージに詰めより一緒に踊っている。ステージ近くに行けない者は通路や椅子席で立ち上がって踊っている。なんとなく、盆踊りのように見えなくもなかったが。何歳になってもファンもまたかってのイメージを持つファンのようである。プレーヤーにとって、ファンは本当にありがたい存在だろうなと感じずにはいられない。

昨今、楽曲販売からの収益を期待するのではなく、こうしたコンサートからの収益をベースとするのが最近のビジネスモデルと聞いていたが、確かに、ファンが高い入場料を払って何歳になっても駆けつけ、プレゼントを渡す光景を見ると、そのことを実感する。

そして、あのサウンド音と最後の盛り上がりを聞き見ていると、阿波踊りの強烈な「よしこの」を思い出した。人は音により、そして音楽により、動かされるのだ。ステージ周辺の喧騒を見ながら、いろいろ思いを馳せた3時間であった。できれば、2階席ではなく1階席で見たかった。

イノベーションについて想ふ

グローバル経済化が加速する中で、総人口減少(すなわち市場縮小)・超高齢社会(すなわちリスクテイク能力縮小)が確実に進展する日本社会が今後とも持続的に活力を維持していくためには、グローバルレベルで通用する「知」と「ビジネス」のイノベーションを継続的に励起していくことが不可欠であり、その効果的な推進には、主要なプレイヤーたる大学(群)と企業(群)の自律分散協調型の連携が不可避である。

日本経団連の「イノベーション立国に向けた今後の知財政策・制度のあり方」(2010年年3月16日)においても次のように記されている。

シュンペーターの著書「経済発展の理論」において、イノベーションは「新結合」であるとされ、担い手が企業家であること、技術革新のみに限定せず市場や組織等、広い範囲で新機軸が発生するものであること等が説かれていることを、われわれは改めて想起する必要がある。従来、わが国においては、科学技術政策の文脈でイノベーションが語られることが多かったが、市場創造・市場展開までを意識した一貫した取り組みは稀であり、成果も限定的であった。わが国がこれまで以上に意識すべきは、知の発見や技術の革新に止まらない、市場創造・市場展開までを意識したイノベーションである。企業はこうしたイノベーションによって国民生活の向上に主体的役割を果たせる存在である。よって今後は、従来の「知の創造」という入口を重視した政策・制度とともに、「市場創造・市場展開」という出口を明確に意識した、企業のイノベーションに関わる潜在力を高めるための政策・制度に溢れた国づくりが不可欠である。

そして、「イノベーション・ハブ構想」を提案している。その実現には、「産業界のイニシアチブと政府の政策」が重要であり、「官民が協働する場」が必要であり、「府省横断的な全体構想の下での国を挙げての戦略的な展開が期待される」としている。さらに、日本知的財産協会が提案している「Green Technology Package Program」の考え方に賛同している。

しかし、果たしてそうであろうか。確かに、国家的なインフラプロジェクト(宇宙・交通・防災・防衛等)は政・官主導型の産学官によるイノベーションを起こしうるが、マーケット主導のライフスタイルに関するイノベーションにマーケットリスクを取れない官が関与する必然性は薄い。産学官ではなく、産学である。さらに言えば、公助ではなく、共助・自助である。

昨日(2010年7月5日)のカンブリア宮殿(ゲスト:セーレンの川田社長)の編集後記で村上龍氏が下記のように述べていたが、これこそがイノベーションの原点ではなかろうか。

川田さんが目指したのは「下請けからの脱却」だった。高度成長の時代まで、ほとんどの会社は国家もしくは大資本の下請けだったが、旺盛な需要のせいで利益は上がった。サバイバルなど考える必要がなかった。今だにその余韻が残り、国全体が下請け状態から脱し切れていない。自立は簡単ではないが、他に方法はないことを、川田さんは実証した。 

そもそも、イノベーションを惹起するのは誰か。それは個々の突破者あるいはベンチャーが従来の常識・枠組みを超え、リスクを取ってチャレンジしたためではなかろうか。決して、国の政策・制度によるものではない。

いまやWEB社会である。知のイノベーションやビジネスイノベーションにおいて、もはや国境は関係ない。イノベーターの居場所、グローバル展開のしやすさが問題であり、大掛かりな組織が不可欠というわけではない。情報・知が流通し、それらが刺激しあうIT環境(プラットフォーム)があり、リスクテイクを支えるリスクマネーが供給される環境があれば、リスクを取るイノベイターが出現し、恊働しイノベーションを引き起こせる。

突き詰めて考えてみると、技術的な問題もさることながら、結局はリスクマネーの供給がいかにできるか、これに尽きるのではなかろうか。先程のカンブリア宮殿に登場していた川田社長の言によると「投資とは夢」と言い、積極的に投資をしていたが、日本の一般的な企業は「夢」には投資しきれないであろう。投資とはまさにリスクを取りに行く行為ではなかろうか。例えば、次の記事に見られるような事案が日本国内であった時、果たしてリスクマネーが投じられたであろうか。

エンジェル投資家が米国経済を救う:日経ビジネスオンライン(2010/06/14 04:46)

 カナダのトロント大学ロットマン経営大学院マーティン繁栄研究所のリチャード・フロリダ所長は著書『The Great Reset: How New Ways of Living and Working Drive Post-Crash Prosperity(仮訳:抜本的立て直し―金融危機後の繁栄をもたらす新たな生き方・働き方)』の中で、「リスクが極めて高い、高レバレッジの投機的な分野に資金が流れるような、現在の金融システムを改革する必要がある。金融市場は投機の助長ではなく、イノベーションと実体経済の成長を促進するという、本来の理念と目的に立ち戻るべきだ」と述べている。

 金融の役割を原点に戻すための1つの手段は、エンジェル投資家による投資の促進だ。エンジェル投資家とは、主に起業家や元起業家から成り、ベンチャー投資会社の出資対象となるにはまだ創業から日が浅く、十分な事業実績がない新興企業に出資する個人投資家のことだ。主に年金基金などの機関投資家から集めた資金を運用するベンチャー投資会社とは異なり、エンジェル投資家は自己資金を個人のリスクで投資する。

 起業やイノベーションを支援する投資を誰よりも先に行うのがエンジェル投資家だ。エンジェル投資家の投資が成果を上げてきた頃にベンチャー投資会社が現れ、エンジェル投資家が育てた企業の事業強化にあたる。

 エンジェル投資家の投資対象は実在する企業であり、債権資産を証券化したCDO(債務担保証券)などではない(CDOのような複雑な金融商品は“悪魔の創造物”だという人もいる)。

 現在の著名企業も、その多くはエンジェル投資家の出資を受けて開業している。創業当初の米電子機器大手アップル(AAPL)は、米半導体最大手インテル(INTC)の幹部で株主の1人から9万1000ドル(約850万円)の出資を受けた。

 米インターネット通販最大手アマゾン・ドット・コム(AMZN)の創業者ジェフ・ベゾスCEO(最高経営責任者)はベンチャーキャピタル数社から出資を断られた後、十数人のエンジェル投資家から総額120万ドル(約1億1000万円)の出資を受けた。

 近年で最も有名な例は、米コンピューター大手サン・マイクロシステムズの共同創業者アンディ・ベクトルシャイム氏が米インターネット検索最大手グーグル(GOOG)に10万ドル(約930万円)出資したことだろう。その資金のおかげで、グーグル共同創業者のラリー・ペイジ氏とセルゲイ・ブリン氏は米スタンフォード大学の学生寮から出て、検索エンジンを本格的に売り込めるようになった。グーグルで富を築いた幹部の多くは、今度はエンジェル投資家として出資する側に回ろうとしている。

 米ミネソタ州ミネアポリスのベンチャー投資会社の幹部で、エンジェル投資家でもあるゲイリー・スメイビー氏は、「起業家は自己資金を投じてほかの起業家を支援し、同時に利益も上げようとしている」と語る。

 米ニューハンプシャー大学ベンチャー研究センター(CVR)によれば、昨年、25万9480人のエンジェル投資家が5万7225社のベンチャー企業に出資した総額は176億ドル(約1兆6000億円)だったという。出資先のベンチャー企業数は前年比で横ばい、出資額は前年比で8.3%減少した。しかし、米国が1930年代以来の不況にあえいでいたことを考えれば、心強い数字だ。

このエンジェルに対する日本の流れを示す一つのニュースがTechCrunchで流れている。

[jp]まずはひと安心。日本証券業協会はエンジェル投資規制の可能性があった会則改定を延期した
by 西田 隆一 on 2010年7月5日

日本証券業協会の会則の改定によって、個人投資家から出資を受けた未上場企業が上場できなくなるかもという記事を以前に書いたが、起業家も個人のエンジェル投資家もひとまずは安心してほしい。

7月2日に日本証券業協会は、大多数の反対意見によってこの規則の改正を延期したと発表している。Twitter上でなどでも数多くの議論を巻き起こしたこの件、ウワサによれば日本証券業協会のパブリックコメントで過去最大と異例の数の応募があったようで、例外規定を設けて対応しようとしていたようだが、今回の改定案については延期というかたちで見送った。

ただ、今回の件は一般の個人投資家を対象にした詐欺行為を取り締まるためのものとして提案された改定案で、エンジェル投資家の規制を対象としたものではなかったことは付記しておこう。

以下が日本証券業協会の発表資料からの引用。

ここでいう個人投資家とは、発行会社やベンチャービジネスと全く関係のない一般の個人の方であり、経営者の知人・友人の方や会社の内容を十分承知した上で投資をされるエンジェル投資家と呼ばれる方を含めることは当初から予定しておらず、こうした考え方に ついて、規則改正に関する Q&A やパブリック・コメントへの回答といった形により明らかにする予定でありました。

本協会といたしましては、今回提示した規則改正案に対し非常に多くの意見が寄せられ たということを踏まえ、改正規則の施行日を7月20日と予定しておりましたがこれを延期することとし、本案の取扱いも含め、適切な未公開株詐欺の未然防止に向けた対応につい てあらためて議論することといたしました。

そもそも、イノベーションは尖った世界で起きるものであり、尖り部分を研磨し丸くするような従来の日本型の発想では難しい。産官学あるいは産学連携はなんのためか。もともと尖ったものをさらにより尖らせイノベーションを実現しうるように産学(官)で押し上げるなら大いに意味がある。

こうした視点で、2010年5月21日に開催された「知的財産戦略本部会合」において配布された「知的財産推進計画2010(案)」を読むとなかなか興味深い。重点戦略の3本柱の一つに挙げられている「コンテンツ強化」であるが、これこそ尖った個人の世界が幅を利かす世界であり、よってたかっていじる世界では無さそうに思えるがいかがであろうか。さらに細かい工程表が書かれているが、この工程表の真のプレヤーはだれか。

イノベーションは自立心の強い個の世界である。そうした強い意志を持つ個を輩出し、そうした個の足を引っ張らない仕組みをどうやって日本の中に社会システムとして組み込むか。これが日本の今後を左右することになる。そうした仕組みを創っていきたい。

梅と漬物

昨日(2010年6月22日)、ベルクという埼玉県秩父市発祥のスーパーが主催する食育活動の一環である「漬物工場見学&梅もぎと懐かしい昔ながらの梅干しづくり体験」なるものに参加した。

当日配布されたベルクの資料によると、こうした食育体験イベントは去年の実績だと31回実施し、1356人が参加したとのこと。すべて応募による抽選であるが、5〜15倍の倍率らしい。

朝8:15にベルクのベスタ狭山店の駐車場に集合し、8:30にバスで出発。参加者29人(ほとんどが女性陣)。主催者のベルクの担当者2名、共催者の(株)新進の担当者1名が同行。現地で1名合流するので、運転手さんも入れて総勢34名ということになる。全員にペットボトルが配られる。

関越道を経由して、「箕郷梅林」につく。ここは、榛名山の南麗、標高140mから390mの関東平野を一望する丘陵にあり、東関東随一の規模を誇り、その規模は300ha、10万本の梅の木が植えられてるとのこと。梅の花を鑑賞する梅まつりもすごいらしいが、その後の梅干づくりでも全国有数らしい。梅づくり体験をした箕郷特産物研究センターの壁に貼ってあった地元新聞を読むといわゆる梅農家は300戸、1日約30万トンの出荷と書いてあった。

さて、現地の梅林の駐車場に着くと、梅もぎ体験ツアーの観光バスが数台来ている。結構な観光場所であるであることを初めて知る。そうしたなか、我々一同の面倒を見てくれたのは地元の農協JAはぐくみ(はぐくみ農業協同組合)の方々であった。

駐車場から程無いところにある梅林に歩いて行き、収穫した梅を入れるコンテナを各人1箱づつ手に、梅林に入っていく。雨でのぬかるみを心配していたが雨もなく足場に問題はなかった。初めて,梅もぎの経験をした。梅は結構な大きさで良い梅である。「白加賀」という種類の梅らしい。1kg600〜1000円程度するとのこと。簡単に梅の実が取れる。触るだけで取れる。長年、「すだち」をとって者から見ると信じられない。一人当たり6キロの収穫目標があっという間に取れる。

箕郷梅林1箕郷梅林2箕郷梅林3箕郷梅林4





そして、次に、自分でとった梅を使った梅干づくりの場所に移る。箕郷特産物研究センターである。ここで、これまた初めての梅干づくりを体験する。すでに、先に車で運ばれていた梅を農協関係者の皆さんが水洗いし、乾かしていてくれていた。その梅を一人ひとり樽に漬け込む。この樽の容量が6kgなのである。昔に比べて塩分の量が減ったようだ。なんとか説明を聞きながら漬け込む。このあと、最終的に食べる梅になるまで天日干しを含めて約2ヶ月かかるとのこと。質疑応答を聞いていると、参加者の皆さん、なかなかの経験者がいる。

漬け込んだ樽漬け込みに用いた塩1日後の梅






お土産にもらった梅干ここで、昼食の弁当をいただく。なめこ汁もつく。農協から、おみやげ用に商品名「織姫」という小粒の梅干をいただく。







2:40頃、箕郷を後に共催者の(株)新進の利根川工場に向かう。14:00頃工場につき、会社紹介のビデオを見る。この会社は福神漬で有名らしい。売上のほとんどが福神漬である。漬物だけでこの規模の会社を維持してるのは素晴らしい。利根川工場も約54億円ほど掛けてつくっただけあって、素晴らしい工場であった。漬物作りの特に袋詰め工程を見せていただいたが、大したものだ。漬物というモノづくりの会社だけあって、社員の皆さん。きまじめである。

お土産にもらった漬物セット帰りがけにはこの会社でつくっている漬物パックまで頂いた。帰ってみてみると、福神漬を始め6種類の漬物におおきな沢庵の一本漬けまで入っていた。ありがたい。




15:00過ぎに工場を後にして、ノンストップでベルクのベスタ狭山店まで帰ってきた。なかなかできない貴重な体験ができた。チャラチャラしたところがなく、変に迎合するでもなく、いい企画であった。食品素材生産者、食品製造メーカー、そして食品流通業者の三者によるコラボレーションという仕組みで実現している今回の企画には感じるところがあった。JAはぐくみ、(株)新進、(株)ベルクに感謝である。

「マネー」について

リーマン・ショック、ギリシャ・ショック、そして次は・・・。
世界の至る所でマネーが暴れている。
4月16日には、米証券取引委員会(SEC)が米金融大手ゴールドマン・サックス(GS)を詐欺の疑いで提訴した。

そもそも「マネー」とは何か。きちんと、その歴史と本質について、学校で教わったことはない。そこで、今回、あらためて、「マネー崩壊」という本を読んでみた。

マネー崩壊―新しいコミュニティ通貨の誕生
著者:ベルナルド リエター
販売元:日本経済評論社
発売日:2000-08
おすすめ度:4.0
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本書の著者である「Bernard A.Lietaer べルナルド・リエター」は欧州通貨「ユーロ」の創設に携わった実務者であるが、きちんとしたプロフィールが訳書にはどこにも記載がなく、詳細は不明。訳者・解説者はちゃんとあるのにおかしい。一方で、霞が関の官僚(当時、関東通産局総務企画部長)で、エコマネー・ネットワーク代表という立場での解説者による我田引水的な冒頭の紹介と巻末にかなりなボリュームの解説がある。こんなものは不要である。解説者が提唱するエコマネーの便乗PR本的で、訳本のつくり方がおかしい。

訳本のつくり方の問題はさておき、本書のオリジナル本は1999年刊、訳本は2000年9月刊で約10年前であるが、「Whole Systems approach」の考えに則り記載されているマネーの歴史的事実、本質論は現在においても十分参考になる。

本書に記載されているマネーの歴史や本質論、さらには日常生活におけるマネーの働き、さらには会計・税務等を資本主義社会に活きる基礎的教養として、高校か大学時代にきちんと学んでおきたいものだ。そういう教育体系があってしかるべきである。従って、税に対する認識も薄い。結果、行政や政治に対する関心が薄い。衆愚政治ではなく、群衆智を活かす社会の仕組みづくりが不可欠である。そうしないと、個人力が問われる今後の世界で日本はその活力を失い続けていくことになるであろう。大いなるリスクである。

さて、そもそも、「お金の始まりは銀行への債務である。そして、債務を返すことによってお金は元々の無の中に消えていく」。換言すれば、お金とは誰かが借金(負債)することにより創造され、利子によってさらにお金が増える(信用創造される)。従って、「負債がすべて返済されればお金は消えてなくなる」ということになる。「信用創造機能(お金の錬金術)は、銀行がその保持する預金より多くのお金を創り出すことからそのように呼ばれることになった」ということである。つまり、常に誰かが借金し、元本に加え金利(信用創造)を払い続ける構造が現在のマネーシステム、銀行を支えている。住宅ローンを借りて返済している一般人はもっと銀行から感謝されていい。

本書で、5000年にわたるお金の歴史を研究したグリン・デービスの言葉として、「現在にいたるまで、お金には二回の重大な変化があった。一つ目は硬貨鋳造から紙幣を印刷するようになった中世末期で、二つ目は電子マネーが発明された私たちの時代である」と紹介しているが、著者はこれに加えて「一つ目の転換は、銀行に当時の統治層にお金を発行する主役の座をもたらした。二つ目の転換は、新たな電子マネーシステムの覇権を得たものが究極的にお金の発行権を握ることになるだろう」と指摘している。要するに、技術が変われば主役のプレーヤーが変わるのはどの分野でも同じだということだ。

さらに、デリバティブ(金融商品から金融上のリスクを一つ一つ取り外し、リスクレベルが違う商品を別々に取引できるようにすること)を例に、「リスクを移し替える金融商品は、そのリスクを扱えない人に移す」という言葉を紹介している。金融機関の本質は、リスクをテイクするのではなく、トランスファーすることにある。要するに、知識のないものにババを押し付けるということである。グローバル金融に於いて日本の金融機関がどればババをひかされたことか。

そして、現在の銀行には、一般商業銀行、中央銀行、そして国際機関(国際通貨基金IMF、国際決済銀行BIS)があることは誰でも知っているが、中央銀行に3つの形態があることを知っている人がどれだけいるだろうか。本書によれば、次のようになっている。

1.私立中央銀行:スイス連邦国立銀行、アメリカ連保準備銀行、イタリア銀行、・・・
2.政府所有の中央銀行:英国、フランス、中国、・・・
3.私公混合型の中央銀行:ベルギー、日本、・・・

IMF:世界中の中央銀行の監察(グローバルな経済警察)
BIS:中央銀行の中央銀行(10の中央銀行+ホスト国スイスによるプライベートクラブ)

このような国家的なマネーシステムによる通貨を「国家通貨」と呼ぶが、著者は現在の国家通貨は次のような特徴を持つと指摘している。
・国家が発行する通貨は、自国民同士での経済的関係を円滑化するので国家意識を高める効果を有する。
・使用者間で競争を促進するように設計されている。
・永続的な経済成長を可能にしたエンジンである。
・個人が財産の貯蓄をすることを奨励し、従わない人は懲らしめる。

そして、この国家通貨は「価値の貯蓄としては全く適していない」ため、価値を守るには運用する必要があるが、いまやこの「通貨そのものを運用する通貨市場すなわち外国為替市場の殆どが投機的取引となり、実体的取引はほんの僅かな位置づけに過ぎなく」、「もはや、外為取引額が大きすぎて、中央銀行の外貨準備高でもカバーしきれない」という。

国家通貨すなわちグローバル通貨は実態の取引(交換の媒体)機能ではなく、通貨そのものが商品として取引されているということであり、商品(お金)を持たないさらには新たな負債(信用)を生み出さない人々、事業体、地域コミュニティはそうした経済下においては切り捨てられる運命にある。

しかし、こうした切り捨てられる世界においても、生きるため、事業のための行為・仕事はいくらでもあり、交換の媒体としての通貨は不可欠である。この意味での通貨がグローバルに通用する国家通貨である必要はなく、当該コミュニティが交換の価値を認め、信用すれば足りる。これが本書のいうところの「補完通貨」である。マイレージやカードポイントも特定のコミュニティ内で通用するりっぱな交換媒体(通貨)である。VIRヴィア(ヴァイ銀行)のように、補完通貨は中小企業というコミュニティにも有効である。著者は、「補助金や税金に頼り切っていた多くの社会問題対策を完全に自立したメカニズムに変えることができる」と指摘している。

この補完通貨と通常の国家通貨との違いの最たる点は利子の有無である。著者の言によれば「銀行への債務によるお金の創造プロセス(フィアット・マネー)システムが機能(お金の価値の維持)するためには、欠乏状態を人為的、制度的に導入し、維持しなければならない」。欠乏状態は自ずと当事者間の競争状態を惹起する。こうした競争経済の循環の仕掛けが「利子」である。「現在の金融システム(利子)は私たちに借金を負わせ、お互いに競争させるようになっている」のである。利子があれば、当然ながら利子率以上に経済成長(儲け)しなければ破綻する。利子率が必要な成長基準をを決めることになる。さらに、当然ながら、利子のつく資産を有する富裕層に、利子を払う層から富が移動する。個人の能力は関係なく、これは仕組みがもたらす事実である。この国家的是正策が所得再配分の仕組みである。

さて、時代は、現在のマネーシステムを生み出した”工業化社会”とは全く異なる”WEB社会”の本格的な到来を迎えている。当然、通貨の概念、そしてマネーシステムも変化して然るべきであろう。そもそも、”情報”はこれまでの経済物とはかなり様相を異にする。本著では、それを次のように紹介している。「情報は知識を創造するための原料である」、「情報は共有されるものであり、交換するものではない。非競合製品である」、「情報は膨張する。不足には陥らない」、「収益逓増の法則が当てはまる」等々。然りである。要するに、情報には”稀少性”が働かないのである。「少数の人だけが持ち、多くの人々が持てない、というのがこれまでの物の本質であり、それに起因してヒエラルキーが形成されていたが、もはや所有権、特権、地理的要素は情報や知恵の入手・分析・使用において、それほど重要ではない」ということになる。

WEB社会の進展は、マネーシステムの根幹をなす通貨の電子化を加速させている。通貨の現物を見ることなく、消費社会を過ごせるし、投資社会に参画できるのである。著者は、「一般投資層に拡がったオープンファイナンスの世界で勝利者となるのは、国家通貨だけではなく、価値そのものをネット上で移動することに成功する企業」であり、「国家通貨だけを扱おうとする決済システムは構造的に不利になる」と指摘する。「資本主義とは、市場においてお金の流れを利用して、社会における参加者全員で資源を配分するシステム」であり、今や、その参加者、そしてお金が劇的に変化している。それは、金融業の業態そのもののイノベーションを惹起するであろう。こうした流れを、政策・制度で抑えることは許されない。

ここにおいて、過剰な競争性・成長性をグローバルレベルで引き起こしている現在のグローバル通貨システムのみに頼ることなく、そうした弊害を抑制し、地域社会や高齢社会、さらには環境社会を併存させる多様な補完通貨(持続可能性)を組み込んだ総合的なマネーシステムを組み上げることの必要性が認識できる。

そもそも、持続可能性とは、「未来世代の前途を損なうことなくニーズを満たす」ことであり、豊かさとは「できるだけ多くの人が物質的に十分な選択の自由を提供され、それによって、できるだけ多くの人に情熱と創造性を表現する機会が与えられる」ことであり、「持続可能な資本主義を発展させる重要な鍵はその目的を支援するマネーシステムを実施することである」と著者も主張する。

より具体的に、著者は、「国が運営するマネー(国家通貨)システムは競争の原理を社会の隅々まで浸透させ、私たちは経済生活のあらゆる場面で競争することが当たり前のようになっている」が、それを補完する「協働の原理に基づくマネーシステムを作り上げることができたなら、私たちはこれまでのような煩雑な手続きを伴う機制や税制に頼らずとも社会的に望ましい結果を達成することができる」と主張する。これを「マネーイノベーション」と著者は呼ぶ。これこそが著者が本書を書いた理由でもある。

「国家通貨が不足していて、雇用が提供できないなら、それを補うに十分な量のお金を生み出し、より多くの仕事にお金を支払うようにすればいい。世界中の多くのコミュニティで実際に行われている」。一方で、「あなたのコミュニティには全員が一生をかけても終わらないほどの仕事がある」。そこの応えが「国家通貨が果たさない、あるいは果たすことができない社会的役割を果たせるように設計した補完通貨を創ることである」と著者は主張する。その通りである。グローバルな金融資本に富が収斂していく通貨だけでなく、別の価値観に基づく通貨をそうした価値観を共有する社会で発行すればいいということだ。

著者は、歴史的にみても「補完通貨、地域通貨システムは経済が困難になった時、失業率が異常に上がってしまった場所に現れてくる」と喝破している。「バーター(物々交換)とは、通貨を全く使わない交換であり、バーターが成立する条件はお互いのニーズとモノがマッチしなければならない」。一方、「補完通貨は、コミュニティ内で、あるモノを交換の媒体として使うという取り決め」である。さらに言えば、バーターを三者間以上で行うときに補完通貨が必要となる。そして、「フィアットマネーとは、何らかの権威的存在によって無からつくられた通貨である。国家通貨はすべてフィアットマネーである。利子があり、競争をメカニズムを内在する。これに対して、相互信用マネーは、ある人とある人が交換をしようと決めたときに、マイナス(debit)とプラス(credit)の形でつくられる。利子はなく、相互扶助によるコミュニティを活性化させ、協働をもたらす」と定義している。

ところで、「現在、世界で最も多い補完通貨は、LETS(Local Exchange Trading System)」とのこと。これも含めて、地域通貨については次のURLにも詳しく書いてある。
「地域通貨・エコマネーの現状と問題点」

そもそも、人類学によると、「コミュニティ創造の鍵は、お互いに与え合うことにある」とのこと。”community”のラテン語の語源は「お互いに贈り物を与え合うこと」。そして、著者は「お互いの贈り物を敬い、いつか何らかの方法で自分の贈り物に対して報いが得られることを信じることのできる人間同士のグループ・集まり」と定義する。歴史的事実として、「コミュニティは、ご酬性のない”お金による交換”が”贈り物の交換”に取って代わると一気に衰退する」と言っているがたしかにその通りである。

WEB社会の進展により、価値観の多様性がより重視される時代に、グローバルに唯一の価値観に基づく国家通貨のみに振り回されることなく、多様なコミュニティに適した補完通貨が併存できる仕組みづくりが今まさに必要とされている。そして、その実現には特段の権威もコストも必要なく、WEB社会流に創造できるのである。私たち自身のマネーシステムに対する覚醒がまずは必要なのかもしれない。

[書評]アイデアのちから

本書の原題は ”Made to stick 〜Why Some Ideas Survive and Others Die〜”である。アイデアを「記憶に焼き付く」よう手助けするために執筆したとのこと。”stick”とは、〔心に〕とどまる、こびり付く、という意味で使われている。

この「記憶に焼き付く」とは、マルコム・グラッドウェルの「The Tipping Point ティッピング・ポイント」(文庫本:急に売れ始めるにはワケがある)で示された社会現象を一気に引き起こす3原則
 1.少数者の法則:少数の目利きに浸透すること
 2.粘りの要素:記憶に粘る(焼き付く)こと
 3.背景の力:背景が味方すること
の中の、第2原則の表現に気づかされ、それを特徴づけるものは明らかにしたのが本書であり、「The Tipping Point」を補完するものであると著者自ら明らかにしている。

アイデアのちからアイデアのちから
著者:チップ・ハース
販売元:日経BP社
発売日:2008-11-06
おすすめ度:4.5
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ティッピング・ポイント―いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すかティッピング・ポイント―いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか
著者:マルコム グラッドウェル
販売元:飛鳥新社
発売日:2000-02
おすすめ度:4.0
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急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則 (SB文庫 ク 2-1)急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則 (SB文庫 ク 2-1)
著者:マルコム・グラッドウェル
販売元:ソフトバンククリエイティブ
発売日:2007-06-23
おすすめ度:4.0
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本書で提案している「記憶に焼き付くアイデアの6原則」(SUCCESs)は次の通りである。

原則1:単純明快である
     *核となるアイデアを見つけ、その核となる部分を簡潔に伝える。
     *三つ言うのは何も言わないのに等しい。
     *腕利きの庭師の技。
     *明確なコンセプト。創造的比喩 ⇒ 創造的類推。
     *理想は「ことわざ」。ことわざは「智恵の固まり」。
原則2:意外性がある
     *相手の「関心をつかむ」基本はパターン(常識)を破ること。驚きが関心を引き寄せる。
     *「関心を持続させる」には、知識の隙間(=苦痛)をつくりだし、曖昧なままにしておき、好奇心・興味を持たせ続ける。(知識の隙間理論)
     *知識がないときは、穴を埋めて隙間程度になるように知識を与える。
     *「どんな情報を伝えるべきか」から、「どんな疑問を抱かせたいか」に切り替える。
原則3:具体的である
     *理解と記憶を促す。
     *具体的であると目標をわかりやすくし、協調を促す。
     *五感で検証できるものは具体的である。シミュレーション、イベント、展示物、小道具等。
     *ことわざの多くは、抽象的な真実を具体的な言葉に置き換えたもの。
     *既存のイメージと関連づける。
原則4:信頼性がある
     *外部からの信頼性:権威者、反権威者。
     *内在的信頼性:細部の利用、統計に実感を湧かせる、事例
     *統計は判断材料のインプットとして用いるのは良いが、アウトプットとしては用いない。     
     *検証可能な信頼性:相手に検証してもらう。 
原則5:感情に訴える
     *抽象概念よりも、個人。
     *行動を起こさせるには感情を掻き立て心にかけてもらう。
     *そのためには、関連づけ、自己利益に訴える、アイデンティティに訴える
     *自己利益を受ける本人を主語にする。
     *商品の特徴ではなく、消費者へのメリットを訴える/実感させる。
     *自己利益はマズローの欲求段階の底辺部だけではない。自己利益の訴求はフラットかつ重畳的。
原則6:物語性がある
     *(予防的)シミュレーション物語と励まし物語。記憶のマジックテープ理論と同じ。
     *人を励ます物語の3つの筋書き:挑戦、絆、創造性
     *頭の中で練習しただけで、体を動かす練習の2/3の効果が得られる。

そして、これを妨げるのが「知の呪縛」であると指摘する。「知の呪縛」とは、「いったん何かを知ってしまったら、それを知らない状態がどんなものか、うまく創造できなくなり、自分の知識を他人と共有するのが難しくなる」ことを意味する。役立たずの正確さは「知の呪縛」の症状の一つ。この「知の呪縛」を打破するには、何も学ばないか、自分のアイデアをつくり変えるしかない。このアイデアをつくり変える最強の武器が上記の6原則というわけである。

筆者が明らかにした6原則は全て腑に落ちる。そして、「知の呪縛」もよく分かる。しかし、単純明快に本質を外さず余分なものをそぎ落とすことがいかに難しいか。しかし、本書を読んで、「正確さ」よりも「記憶に焼き付くメッセージ」の大切さがよく分かった。

これからは、知の呪縛に捕らわれることなく、記憶に焼き付くアイデアを世に問いたい。

「FREE」について考える

GWを利用して、クリス・アンダーソン著「FREE 無料からお金を生み出す新戦略」を読んだ。著者のクリス・アンダーソンは「ロングテール」という言葉を知らしめた人でもある。そして、今回の本著では「フリーミアム」なる言葉を世に出している。ロングテールはamazon.comを、そしてFreeはGoogleを基軸に置いているものと思われる。

フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略
著者:クリス・アンダーソン
販売元:日本放送出版協会
発売日:2009-11-21
おすすめ度:4.0
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ロングテール(アップデート版)―「売れない商品」を宝の山に変える新戦略 (ハヤカワ新書juice)ロングテール(アップデート版)―「売れない商品」を宝の山に変える新戦略 (ハヤカワ新書juice)
著者:クリス アンダーソン
販売元:早川書房
発売日:2009-07
おすすめ度:3.0
クチコミを見る


本書のテーマは、「フリーの周辺でお金を稼ぐことがビジネスの未来になる」と著者本人が語っている。インターネットは「無制限の商品棚(ロングテール市場)」を可能としたが、それを可能ならしめたのがその商品棚のコストが「無料」であることであり、著者は20世紀型のフリーとは異なるインターネットによりもたらされる21世紀型の「フリー(無料で自由)」に興味を持ち、歴史を紐解き、未来を論じ、執筆し、本書自体の出版もフリー実験している。

本書では、語義的には「Free」とは「費用からの自由」という意味で用いている。そして、「Free」に関して次のような整理をしている。ここに本書のエッセンスがある。

●無料のルール〜潤沢さに根ざした思考法の10原則〜
 1. デジタルのものは、遅かれ早かれ無料になる
 2. アトムも無料になりたがるが、力強い足取りではない
 3. フリーは止まらない
 4. フリーからもお金儲けはできる
 5. 市場を再評価する
 6. ゼロにする
 7. 遅かれ早かれフリーと競いあうことになる
 8. ムダを受け入れよう
 9. フリーは別のものの価値を高める
 10.希少なものではなく、潤沢なものを管理しよう 

●内部相互補助の方法
 1. 有料商品で無料商品をカバーする。 代表例:特売品
 2. 将来の支払いで現在の無料をカバーする。 代表例:2年間の契約をすれば携帯電話機が無料
 3. 有料利用者が無料利用者をカバーする。 代表例:入場料が男性は有料で、女性は無料

●Freeのビジネスモデルの4類型
 1. 直接的内部相互補助:あるものやサービスを売るために、他の商品を無料にする。無料体験等
 2. 三者間市場:通常のメディアの基本(広告主が費用負担)
 3. フリーミアム:WEB上のビジネスの一般型。無料(95%)と有料(5%)のハイブリッド(5%ルール)
  ※フリーミアムの4モデル
   (1)時間制限(○日間無料、その後は有料)
   (2)機能制限(基本機能版は無料、機能拡張版は有料)
   (3)人数制限(一定人数以下は無料、それ以上は有料)
   (4)顧客のタイプによる分類(小規模で創業間もない起業は無料、それ以外は有料)
 4. 非貨幣市場:無料の対価が非貨幣(注目、評判、満足感等)
 補足)海賊版<不正コピー>:フリーの強制
 参考)巻末にはフリーを利用した50のビジネスモデルが掲載されている。

●有料、無料に次ぐ第三の価格(マイナスの価格)
 ・キャッシュバック、カード割引/ポイント、マイレージカード等
 ・逆さまにできるビジネスモデル

著者は、20世紀がモノの経済=「アトム(原子)経済」であったのに対し、21世紀は情報通信の経済=「ビット経済」/「デジタル経済」で、「インターネットの世界のコストは年50%近いデフレ率で、1年後には半分になる」、「毎年価格が半分になるものは、必ず無料になる」、そして「コストだけでなく、価格も無料にしてしまう」という。つまり、「20世紀のフリーは強力なマーケティング手法にすぎなかったが、21世紀のフリーは全く新しい経済モデルをもたらす」ものであり、「新しいフリーを理解する者が、今日の市場を粉砕し、明日の市場を支配する」と説く。要するに、お金と情報は逆に流れるものであり、通常のお金の流れを逆にしたり、価格について創造的に考えろ、ということだ。

確かに、インターネットは従来のビジネスモデル、リーディングカンパニー、さらには業態に創造的破壊を迫っている。従来型の経済理論、経営学理論、起業理論、マーケティング理論、価格理論、コミュニケーション理論、・・・は脱皮が求められている。事実が理論のはるか先を言っているといった方がいいかもしれない。

例えば、「今日、市場に参入する最も破壊的方法は、既存ビジネスが収益源としている商品をタダにすること」だとして、一例として、新聞広告に大きな影響を与えたクラシファイド広告(Creigslist等)をあげている。

無料と有料の間には大きな差があり、それは「心理的取引コスト」の問題であると指摘している。「無料にすれば、バイラルマーケティング(いわゆるクチコミを利用するマーケティング戦略)になりうる。1セントでも請求すれば、それは全く別で、苦労して顧客をかき集めるビジネスの一つになってしまう」。「フリーは、決断を早めて、試してみようかと思う人(潜在顧客)を増やす。コンテンツ制作者は自分の提供するものから料金を取ろうとする夢を諦めるのが賢明だ」という意見も紹介している。

さらに、著者は、「無料と有料」に関連する対比概念として、「希少と潤沢」、「時間とお金」をあげている。潤沢になったものはコモディティ化し価格は低下し、希少なものの価値は上がっていく。金がなくて時間がある人は時間をかける。お金がある人は時間を買う、リスクヘッジを買う。機械化され、デジタル化されたサービス・商品は無料化に近づくが、人間の限られた時間を消費する例えば講演は有料となる。つまり、この3つの対比概念を組み合わせれば、いろんな消費者のニーズに対応できることを示している。今や、「有料と無料が混在するハイブリッドの世界」ということだ。

本著で紹介されているミード教授の「複合学習曲線」はイノベーションが起こるごとに、それまでの希少なものが潤沢化され、学習曲線自体が一気にシフトするというものである。これは技術革新が起こるごとに市場が代わり、市場でのプレイヤーが変化するということにつながる。要するに、下手に予測/マーケティングするよりも「新しいものをどう使うかはユーザーが決めればいい」ということだ。想定外の使われ方、利用者が出てくることはよくあることで、特に素材系はそうだという話を先だっても小宮山弘前東大総長からも伺ったばかりだ。

さて、著者は、フリー時代の主役であるGoogleを引き合いに21世紀型経済モデルの誕生と称している。まず、Googleの新しいサービスは、「これはクールだろうか?」「みんなはほしがるかな?」「このやり方は僕らのテクノロジーをうまく使えるだろうか?」という問い掛けから始め、「これは儲かるか?」という質問からは始めない、と紹介している。つまり、現在は「WEBで起業した企業は、オンライン上のサービスを驚くほど安く提供できるので、ビジネスモデルを持つ前に、まずたくさんの観客を集めることから始めることは筋が通っている」という。

いまや「起業家は大きな金銭的リスクを負うことなく、またどのよにしてお金を稼ぐのかをはっきりわかっていなくても、大きな望みを抱いて大きく始められるのだ」と著者は主張する。そして、「人々が欲しがるものをつくりなさい」というベンチャーキャピタルのアドバイスも紹介している。しかし一方で、著者は「フリーを追求することは、正しい計算が出来ていない者には過酷な商売」とも言っている。とにかくやればいいということではない。著者は、フリーの周辺でお金を稼ぐメルクマールとして「100万人単位のユーザー数」という重要な数字を掲げている。

「Googleが『分配の最大化戦略』(なにをするにもしても、分配が最大になるようにする。分配の限界費用はゼロなのでどこにでもものを配れる)と呼ぶ戦略が情報市場の特徴になる」と、Googleのシュミットは考えているとのこと。Googleのサービスはすべてインターネット広告(コアビジネス)の「補完財」であり、インターネット利用が増えれ増えるほどGoogle の収益につながる構造になっている。従って、Google は無料サービスを提供し続けるのである。本書の日本語版解説者は「Googleは他社のコンテンツを自身のビジネスに用いてきた訳で、フリーはユーザーに取ってのフリーあると同時に、Google にとってのフリーでもある」、「Creigslistも含め、コンテンツの仕入れはほぼゼロ」と喝破している。

シュミットは「すべてはユーザーをGoogle に関わらせることにかかっていて、それを実現してユーザーを獲得できれば、最後には収益化に繋がり、全体としてうまく回る」と語っている。Google では、「マネージャーは決して、儲からないからダメとは言わない」とのこと。ここにインターネットをベースとする事業活動の要諦がある。膨大なインターネットサイトに埋もれることなく注目を集め、サイトの価値が高まれば収益化の道は自ずと開けてくるというものだ。著者も「殆どの会社は収益化ではなく、注目を集めることに苦労している。それを解決しない限り、最大化の見返りは乏しい」と説く。WEB社会は、宇宙と同じように膨張し続けている。そのような膨張する世界で注目を集めるには、並外れて尖ったものが不可欠である。GoogleもTwitterも、無料で、非常にシャープに絞ったシンプル機能で尖った提案をして注目を集めてきた。

著者は、無料化は有料提供者にとっては「非収益化」で破壊的であるが、「市場の効率性、流動性を高め、ひいては市場の機能を高める」無料化の効果を謳っている。事例として上げられているCreigslistは無料で毎月3000万件(最大手の新聞の1万倍)の広告を載せ、毎月5000万人が利用している。Creigslist自身にはほとんどお金が残らないが、クラシファイド広告市場の価値は飛躍的に上がっているという。フリーがひとつの産業を縮小させる一方で他の産業の可能性を切り開く。その理由が圧倒的な効率性であり、それゆえにフリーであることにあると理解できる。

同様の例として、百科事典があげられている。紙の百科事典のブルタニカがマイクロソフトの電子辞書エンカルタに市場を縮小され、そしいまや無料のWikipediaが席巻している。しかし、Wikipediaは集合知と言う計測できない価値を大きく増やした。要するに「貨幣的価値が別の非貨幣的価値に再配分された」というわけである。

著者は「この戦略を採用する企業は、人々が欲するものをタダであげて、彼らがどうしても必要とするときにだけ有料で売るビジネスモデルをつくることだ。フリー(非収益化)は破壊的だが、その嵐が通った後に、より効率的な市場を残すことが多い」、「フリーと競争するには潤沢なものの近くで希少なものを見つけること」、「個別の解決策を必要とする人は、より高い料金を喜んで払う」、「無料で差し出すだけでは金持ちにはなれない。フリーによって得た、どのように金銭に変えられるかを創造的に考えなければならない」、さらに「テクノロジーにバブルはなく、確実にフリー化を押し進める。そして、不景気の時こそ、フリーの魅力は増す。お金が無いときにはゼロはすばらしい価格なのだ」、「不況の現在は、WEB上で企業した会社は、起業してすぐにお金が入ってくるビジネスモデルを考えなくてはならない。古くからあるモノやサービスを受ける当人から料金をとることだ。不景気の時こそ、ここにイノベーションの花が咲く。こんにちのWEBの起業家は、消費者が好きになる製品を開発するだけでは足りず、それにお金を払いたいと思わせなければならない」と説く。

つまり、非効率な市場で流動性が極めて低い市場ほど、このモデルは効果的だということになる。ここにフリービジネスのチャンスが潜んでいる。どこにそのような市場があるか。日本における最大の非効率市場は、官が規制している産業(業法がある産業)あるいは官業(独法、公益法人等)が肥大化している産業ではなかろうか。ちなみに行政、官業は税金を介した『内部相互補助』である。この分野を民間主導のフリーミアムによるイノベーションを図ることは時代の流れにかなっている。

著者は面白い事実を紹介している。
・WEBに掲載される広告は、コンテンツの一部とみなされている。
・無料コンテンツはそれを再生する機器の価値を高める。
・フリー世代は著作権に無関心だったり、反発する。
・Googleが売っているのは従来のメディアのようなスペース売りではなく、ユーザーの意志(検索という行動で表明したユーザー自身が表明した興味)そのものを売っている。広告の再定義(表明された欲求と製品を結びつける)をしている。企業は結果に対して料金を払う。マーケティング費用に応じて稼ぐことが確実ならばいくらでもマーケティング費用を出す。
・あなたのサービスに注目しているユーザーさえいればその注目を利用しようとする企業や個人がお金を払ってくれる。

本書では、フリーの世界を先導する業界としてオンラインゲームの世界を取り上げている。そこには驚くべき流れが紹介されている。プロダクト・プレイスメント、エスクロー・サービス、サイト内で通用する仮想ポイント/通貨の発行、仮想世界の不動産取引ビジネス、オンラインとオフラインのハイブリッドモデル等々。そして、その真逆の業界として音楽業界を取り上げ、「業界はコンサートとグッズ販売の収入を最大化すべき」と提言している。

さらに、著者は重要な指摘をしている。すなわち、WEB社会は、「注目(トラフィック)や評判(リンク)を計測可能ならしめ、実体経済化してきている」という。要するに、従来の貨幣価値以外にインセンティブ価値(注目や評判)とも呼ぶべき「非貨幣価値」、そしてそれに基づく「非貨幣市場」が大きなウェイトを占め始めつつあるということだ。サイト内仮想ポイント/通貨、WEB「トラフィック」、Googleのページランキング、Facebookの「友達」、twitterの「フォロワー」等々。

ところで、「無料」によく似た概念に「贈与」がある。これはユーザー側が積極的に無料で提供するものである。本書では、その理由として、第一に「コミュニティ」、第二に「個人の成長」、第三に「助け合い」であるという調査結果を紹介している。そして、このように答えた人の多くは「熟練者」と呼ばれる人であり、仕事だけでは活かしきれないエネルギーや知識という「思考の余剰」という新しい概念を紹介している。「自己実現は仕事でかなえられることは少なく、自分が重要だと思う領域で無償労働することにによって、尊敬や注目や表現の機会や観客を得ることができる」「WEBがこうした非貨幣的な生産経済のツールを提供すると、突然に無料で交換される市場が生まれた)」等々。このような考え方は、まさしく、日本の超高齢社会を説明するに相応しい。

結局、無料の廻りにどれだけ希少なもの(思い出に残る経験、時間、・・・)を生み出しそこから有料対価を獲得するか、これがフリーミアムビジネスの要諦と言える。本書での「潤沢さ」と「希少さ」の対比表を下記に示す。この中で特に、利益プランの違いは20世紀型の思考の人にとっては理解し難いであろうし、資金調達も従前型の枠組みでは成しえない。しかし、アメリカではこうしたタイプの起業(資金調達)が成立し、日本ではなかなか成立しない。アメリカ生まれのコピービジネスしか担保にならない。ちなみに、著者は「中国とブラジルは、フリーの最先端を進んでいる」として紹介している。「中国は不正コピーに支配された国だ。不正コピーはコストのかからないマーケティング手法と考えている」「中国では模造品は別の価格帯の別の商品であって、市場が求めたバージョン化の一つなのだ」とも言っている。欧米型の知財権概念を超えた論理がそこにはある。

-----------------------------------------------------------------------------
                希少          潤沢
-----------------------------------------------------------------------------
ルール        許されているもの   禁止されているもの
            以外はすべて禁止   以外は何でも許される
-----------------------------------------------------------------------------
社会モデル       父親主義      平等主義
-----------------------------------------------------------------------------
利益プラン       ビジネスモデル   これから考える
-----------------------------------------------------------------------------

意思決定プロセス   トップダウン     ボトムアップ
-----------------------------------------------------------------------------
マネジメント方法    指揮統制      制御しない
-----------------------------------------------------------------------------

何れにしても、インターネットがもたらしたビット経済は、フリーを基軸とした新しいビジネスモデルの到来をもたらしており、それに相応しい事業、組織のあり方、ひいては社会的な仕組みのあり方の見直しを要請している。傍観者ではなく、当事者としてその流れの中に身を置きたい。

ビジネス・インサイト

半年ほど前、大学の同窓会の講師にこられた先生<徳島大学医学部卒で、現在は東京大学政策ビジョン研究センター教授(医学博士)>の講演は、アメリカ帰りのMBAホルダーらしく、医師らしくないマーケティングの話が中心で、興味ある内容が満載であった。そのなかで、未だに記憶に残っているのが次のような言葉である。

 ・売れる商品=商品力×マーケティング力
 ・満足度・重要度は消費者が決める
 ・“Perception”を起こさせるのは“Unmet Needs”
 ・重要な2つのキーワードは”Relevance”と”Insight”
 ・これからは、“技術”よりも“感性”
 ・“Trust”とは人に頼らないこと
 ・チャンピオンデータだけでなくすべてを見せる

 参考までに、「英辞郎 on the WEB」で英語の和訳を下記に示しておく。

 relevance  〔検討中の課題などとの〕関連(性)、妥当性
 insight    物事の実態[真相]を見抜く力、洞察力、眼識、見識、識見、物事の本質を見抜くこと
 unmet need   満たされていない欲求
 perception  〔感覚器官による〕知覚、認知

これらの中でも特に印象に残ったのが「インサイト」という言葉である。その後、いろんなところで使われていることに気がつき、いつか、この言葉についてじっくり考えてみたいと思いつつ、半年が立ち、ようやく今般、石井淳蔵著「ビジネス・インサイト」という文庫本を読むことができた。

本書はマイケル・ポランニー(ハンガリーの物理化学者・社会科学者・科学哲学者)の「暗黙的認識」を骨格として書かれている。マイケル・ポランニーについては、「松岡正剛の千夜一夜」第千四十二話(2005年5月30日)を読めばよくわかる。

著者は、「学者のクライアントは実務家ではなく学者なのである。クライアントが実務家だという人は、コンサルタントであって学者ではない」、「人類が誕生以来、営々と築いてきた『知の伝統』に対して、それへの批判も含め、いかなる貢献ができるのか、これが学者の一番の関心事なのである」と明確に主張する。最も重要な成果が同業学者が認める論文であり、最も重要な場が同業学者が集う学会ということからして、まことにもってそのとおりである。近年、大学に対する近視眼的あるいは短期的評価軸による研究成果を求める声が強いが、それに媚びることなくこうした主張を聞くと心地よい。

ビジネス・インサイト―創造の知とは何か (岩波新書)ビジネス・インサイト―創造の知とは何か (岩波新書)
著者:石井 淳蔵
販売元:岩波書店
発売日:2009-04
おすすめ度:4.0
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この本の最初に出てくるのが松下電工会長(当時)であった三好俊夫氏の「強み伝いの経営は破綻する」という言葉である。これは、自分あるいは自社が保有するリソースを有効活用して、尺取虫みたいに一歩一歩伸ばしていくやり方(実証型/仮説検証型)であるが、三好氏は「このやり方は、管理者がいれば十分で、経営者不在でもやっていけます」と言う。しかし、時代はそれよりも早く動くので置いていかれる、斜陽になる。だから「経営者は跳ばなければいけない」ということになる。いい言葉である。

今の日本を見ていると、管理者はいるが、責任を取る覚悟を持ってリスクテイクし「跳ぶ」経営者は少ない。跳ばずにコーポレート・ガバナンス/内部統制にばかり目が行っている。当然、イノベーションは起きない。世界に置いていかれる。日本全体が斜陽化する。経営者(「組織」)が跳ばないのであれば、「個人」が跳ばなければいけないが、個人がリスクを取って跳ぼうとすると、よってたかって叩かれる。結果して、誰も跳ばなくなる。

日本社会の構造的問題はさておき、著者は、この「経営者が跳ぶ、そこには経営者が将来の事業についてもつインサイトの存在がある」と考え、それを「ビジネス・インサイト」と名づけ、そのキーワードは「暗黙に認識する」ことと「対象に棲み込む」ことであると言う。これは前述したマイケル・ポランニーの概念である。

著者曰くマーケティングのコンセプトは「作ったものを売るのではなく、売れるものを作る」ことにあり、そのコア手法/市場分析手法としてのSTPがあると説く。経営/マーケティングコンサルタントが商売道具として使っているものである。

 Segmentation 市場細分化
 Targeting 市場での目標設定
 Positioning 市場での位置取り

このSTPから導かれるのは、顕在化しているニーズであり、当然、他社も同様の結論に達する可能性が大である。一方で、前提条件が変われば結論が変わる。著者はこれを先述した「強み伝い」の戦略のひとつの帰結と言う。

市場という常に変化する社会を対象にする場合、その社会条件の普遍性/再現性は乏しい。再現実験が可能な物理的な境界条件とは異なる。従って、マーケティングの調査結果なるものは、その前提条件、被験者集団に左右されるものであり、一つの事例結果に過ぎないことを十分認識しておく必要がある。ユーザ/市場の評価がダイレクトにすぐわかるWEB2.0時代は、スモールスタートし、市場の反応を見ながら軌道修正していくほうが確かである。

強み伝いによる先細りを避けるために必要になるのが、断片的事実から全体を見通す力、将来を見通す力=「インサイト」であると著者は説く。つまり、今は存在しないが将来のビジネス(モデル)になる創造的なヒラメキあるいは確信を得た創造的瞬間がビジネス・インサイトである。冒頭に紹介した”unmet needs”の 掘り起こし/顕在化/獲得ということではなかろうか。

本書では、このビジネス・インサイトの事例として、次の3つをあげている。

(1)宅配便を起こした小倉がニューヨークのマンハッタンの四つ角でみた4台の集配車をみて「集配密度」という概念が閃き、宅配便の事業化に踏み切れたこと
(2)ダイエー創業者の中内が駄菓子をプリパッケージしてセルフサービスで販売する「商品化」(生産者の論理で作られた商品を消費者のために仕立て直すこと)という概念への昇華・発見
(3)セブンイレブンが店を絶えず訪問して気づいた「小分け配送」と「集中エリア出店」策(現在で言えば、多頻度小口配送/ミルクラン方式)

確かにこれらは「強み伝い」の発想では出てこない。こうしたインサイトを得るには、常日頃そのことに関して考え続けていなければ生じないであろう。それが「対象への棲み込み」と表現されているものである。「棲み込んで初めてインサイトが現れてくる」のである。

さらに、マーケティングにおけるインサイトの事例として、あるスーパーから上がってきた要望がきっかけで生まれた「きっと勝つ」(ストレス・リリース)という「キットカット」の新しいコンセプト、そしてそれをきっかけに媒体との共生価値創造や消費者の経験の中で生まれる価値に焦点をおいた新しいマーケティングモデルが生まれた事例をあげている。これもまた、従来のSTP志向からは生まれない。

こうしたインサイトを得た瞬間すなわち閃いた瞬間、「今までの自分を縛り付けていたフレームの力が弱まり、逆に新しい何かに向けての創造力や連想力が活性化してきた瞬間」となる。これは別の表現をすれば、石井威望風に言えば「スコープの拡大」ではなかろうか。何れにしても、このような活性化を引き起こす新しい概念/知の革新性こそがイノベーションの大きさを規定すると思われる。

暗黙知の次元 (ちくま学芸文庫)暗黙知の次元 (ちくま学芸文庫)
著者:マイケル ポランニー
販売元:筑摩書房
発売日:2003-12
おすすめ度:4.5
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このインサイトは、マイケル・ポランニーが「知の暗黙の次元」で主張したことと同じメカニズム(機制)を持っていると著者はいう。「知の暗黙の次元」=暗黙の認識tacit knouwing、「それとしらないうちに知ってしまう」力であり、よく言われる「暗黙知」とは異なる。「暗黙知tacit knouwledge」は「すでに存在する知識の実態」でうまく行けば「見える化/形式知化」できる。「暗黙の認識」は今はないものを感じとる力であり、そのような知の方法/プロセスである。

マイケル・ポランニーはこの暗黙の認識には次の3つの機制(メカニズム)があるとしている。
(1)問題を適切に認識する。
(2)その解決に迫りつつあることを感知する自らの感覚に依拠して(=解の存在を確信して)、問題を追求する。
(3)最後に到達される発見(=解)について、未だ定かならぬ暗示=含意(インプリケーション)を妥当に予期する。
そして、この機制が働く力が存在すること、その力は本人自身の認識プロセスの中に隠れ潜んで摘出(再現)が難しい。

ところで、この「問題設定」あるいは「課題設定」が実は一番難しい。これができれば「解」は自ずと見えてくる。しかし、問題は与えられるものと思い込まされて育った者にとって、自ら問題設定、条件設定することは難しい。

著者は、「ビジネスインサイト(成功の鍵となる構図をいち早く発見し、その可能性と意味を確信し、現実の変革に向けて努力や資源を傾注すること)は暗黙の認識と似ている。未来に向けての意味ある全体の存在を確信するプロセスは存在する。それは実証的/検証的プロセスとは異なる創造的プロセスである」と主張する。

ポランニーは、「暗黙の認識には対象に棲み込む契機が不可欠である」と指摘しているが、それはビジネスインサイトを考える上で中核となる考えであると、著者は指摘する。そして、「眼前にある手がかりあるいは対象(つまり近位項)に棲み込むという契機を経て、そこからその背後にある『意味ある全体』(遠隔項)を見通す」という。

「対象に棲み込む」とは次の三つの態様があるという。、
(1)人に棲み込む(=文化人類学の「共感的理解」)
(2)知識に棲み込む(知識を使い込み、知識のあらゆる可能性を探ること)
(3)事物に棲み込む(事物のあらゆる可能性に考えをめぐらすこと)

要するに、対象に棲み込むとは、表層的/表面的な理解、あるいは既存視点での理解ではなく、対象物になりきって深いところで自ら体感するあるいはあらゆる可能性を探るということではなかろうか。著者の言葉を借りれば、「近移項である対象物に棲み込むことを通じて初めて、その向う側にある包括的意味(遠隔項)を把握できる」、「近位項と遠隔項の強力によって立ち現れる存在こそが(ビジネス)インサイトに他ならない。包括存在が新たに立ち現れると、それを構成する人も知識も事物もそれまでにはない新たな意味を帯びてくる」ということになる。

筆者は、こうしたビジネスインサイトの学問的観点から、「偶有性」(必然でもなく不可能でもない様相)という概念が経営学研究の課題になることにも言及しているが、研究者向けなのでここでは割愛する。ただし、次の問題設定の考え方は役に立つ。

 × the study of X ⇒ この設定では無限の時間が必要になる
 ○ the study of X in Y ⇒ X:ケース対象、Y:視点(関心を限定する上で不可欠)

イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすときイノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき
著者:クレイトン クリステンセン
販売元:翔泳社
発売日:2000-02
おすすめ度:5.0
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最後に筆者は、新しい経営の実践のヒントとして、二つの研究をあげている。一つのはクリステンセン「イノベーションのジレンマ」である。「リーダー企業の交代は、技術世代が変わるごとに顧客(=市場)が変わる点にある」「いくら想像を巡らせても、その想像内に未来の顧客、未来の市場が入ってこない」「価値は、技術や製品の中にアプリオリに存在するわけではなく、技術と欲望のマッチングの中で生まれる」「何が起こるか分からないこの未来の市場に対して、最初の機会にすべて投資してしまうべきではない。ある市場機会に過剰に思い込むな」

ネット資本主義の企業戦略―ついに始まったビジネス・デコンストラクションネット資本主義の企業戦略―ついに始まったビジネス・デコンストラクション
著者:フィリップ エバンス
販売元:ダイヤモンド社
発売日:1999-11
おすすめ度:4.5
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二つ目は、エバンス/ウースター「ネット資本主義の企業戦略」。「ITが引き起こすデコンストラクション(従来の事業定義が破綻し再編成されること)」の理論的意義は次の3つである。」
(1)事業を構成する要素はすべてが変数
(2)戦略が現実を創り出す
(3)アイデンティティは目的のみ(共同への意志)

最終的に筆者は、「従来の啓蒙型マーケティングは通用せず、これからの企業にとっては、『顧客との共同制作物をつくる』という感覚、『共生的価値』、『共同への意志』が重要」と締めくくっている。

本書を読んでわかったことは、常に「高みに跳ぶ」ことなくして持続的成長はありえないこと、イノベーションを起こすには「対象物に棲み込み」、考え続け、体で感じ、熟成していると、何かのちょっとしたきっかけでそれらが一瞬に新しい概念・体系に昇華する瞬間が得られる、それこそがインサイトであるということである。

このインサイトの出発点は、自ら「高みに跳ぶ」という自覚である。自覚なくしてインサイトは得られない。こうした自覚を持ち、自律した個人をめざす人々が大宗となる社会の現出を期待したい。そうした社会的プラットフォームづくりに貢献したい。

もうひとつの「高齢化」に思ふ

高齢者活用連絡協議会のリレー執筆によるブログ「群像シルバーカラー」に「もうひとつの『高齢化』に思ふ」というタイトルで投稿した。(シニア社会ではまだ『ガキ』なので、ニックネーム『ガキ』)。ご笑覧いただければ幸いである。

***以下、群像シルバーカラー「もうひとつの『高齢化』に思ふ」の再掲***

一般社会における「高齢者」とは年齢層を異にする若き『高齢者』がいる。「ポスドク(postdoctoral fellow 博士研究員)」のことである。

博士研究員 概要 (ウィキペディア)
欧米では博士号取得後の若手研究者にとって一般的なキャリアパスであり、1カ所あるいは2カ所の研究室でポスドクを経験し様々な技術を習得した後、自分で研究室を主催して研究を継続する、あるいは企業に移って研究をしたりマネージメントの職種に就くことになる。しかし継続的に研究を続ける事が出来る人は限られており、競争的研究費を獲得できないと離職せざるを得ない場合も生ずる。

一方、日本ではポスドク制度が本格的に運用されるようになってから日が浅く、キャリアパスが十分に整備されているとは云えない状態が続いている。「高齢ポスドク」問題など、深刻な混乱が生じているのが現状である。

ウィキペディアの「博士研究員」のページにも、、ちゃんと「高齢ポスドク問題」なる項目が設けられているのである。

このポスドク問題について、2010年4月27日のYOMIURI ONLINEに下記のような記事が掲載された。

ポスドク3分の1が35歳超…高齢化進む  YOMIURI ONLINE 
 博士課程修了後、任期付きの不安定な立場で研究を続ける「ポストドクター(ポスドク)」が2008年度は1万7945人(前年度比1%増)に上り、04年度から4年連続で増えたことが、文部科学省の調査でわかった。

 34歳以下の若手が初めて減少に転じる一方、民間などへの就職が難しくなるとされる35歳以上の「高齢ポスドク」は07年度より約7%増えて5825人に上り、全体の3人に1人を占めた。文科省は、ポスドクの企業実習を支援して民間就職につなげる施策などを展開しているが、厳しい現状が改めて浮き彫りになった。

 調査は全国の大学など1176機関を対象に行った。高齢ポスドクの増加について、筑波大学の小林信一教授(科学技術政策)は「深刻な状況だ。ポスドク自身が視野を広げて進路を探すとともに、大学側でもポスドクの将来を考えた指導をすべきだ」と話す。

(2010年4月27日 読売新聞)

ポスドクの身分の悲哀さを綴っているブログ等はいくらでもある。例えば、「ポスドク(博士研究員)の悲哀」なるサイトもそのひとつ。この悲哀さを書いている本人すら、自分たちの身分を正確に把握出来ていないところに本当の悲哀を感じる。

そして、「ポスドク妻のなげき」をみると、ポスドクの奥さんも当然ながら辛い状況におかれていることがわかる。

このようなポスドク問題は、旧文科省の出口戦略のない大学院重点化政策に起因するものであり、いわゆる制度の狭間の問題である。制度設計に翻弄され、制度の狭間に落ち込んだ当事者をどうするのか。制度設計者の責任は重い。似たような問題に「ゆとり教育」で育った世代の教育レベルの劣化問題がある。

今後の知の中核を担うポスドクの居場所もままならないようでは、意欲あるポスドクが海外に流出しても仕方がない。逆に意欲あるポスドクには積極的に海外に出張って欲しい。いまや、知に国境はない。知のイノベーションはグローバルに励起する。

資源のない日本が今後とも持続的に成長していくためのエンジンが「知」であるが、日本という国は総じて知に対するリスペクト(respect 尊敬、敬意)が低い。そして、その知を体現する専門家に対するリスペクトも当然ながら低い。かって、知の先達は「師」と呼ばれ、まさにリスペクトされていた。そして、その教えを受けた知の承継者がさらにそれを発展させた。知の連鎖である。

若きポスドクから練達のシニアまで、知の追求者・体現者、専門家がリスペクトされ、居場所を確保できるようにしたいものである。(ガキ)

GW前半 近場の散策

GWの前半が終わった。近場を散策した。

4月29日は小江戸と言われる「川越」を散策した。川越には3線3駅がある。JR川越線の川越駅、東武東上線の川越市駅、そして西部新宿線の本川越駅。何れも離れていて乗り継ぎは不便である。

駅から少し歩くと、「蔵通り」に出る。かっての蔵があった建物が残されている。そして、「菓子屋横丁」を抜ける。以前来た時ほどの感動を覚えない。以前より心なしか散策者も減った感じがする。

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昼食を取ろうとして食事の店を覗くがどこも高い。観光地価格である。食べる気にならない。しかたなく、我慢して、「大正浪漫夢通り」を歩くことにする。ここは、かつて「銀座商店街」と呼ばれ川越一の繁華街だったようで、平成7年以後商店街あげての街づくりにより、古き良き大正時代を思わせる大正浪漫夢通りに生まれ変わったとのことであるが、それは自己満足的で、感動を覚えることはない。人通りがまばらなことがそれを物語っている。

そして、新しい商店街「クレアモール」に行き、とある店でようやく食事をした。こちらの商店街の食事の店は一般的な価格である。

川越には何度か訪れているが、来る度にこんなものかと思うのはなぜだろう。小江戸らしい歴史の深さをしっとりと感じることができない。日本の都市政策・都市計画/まちづくりの貧困さを感じる。

5月2日は東大、根津神社、六義園、そして巣鴨地蔵通り商店街を散策した。東大の赤門から入り、安田講堂をみて、三四郎池に行く。結構、散策者がいる。大学の構内とは思えない。そして、あちこちで新しい施設が工事中である。日本の大学の予算の半分が東大に落ちるがその空間、施設の贅沢さを再認識する。

東大の工学部側の門から出て、農学部の廻りを抜けて、根津神社につく。意外と近い。根津神社は1706年に完成した権現造りの本殿・幣殿・拝殿・唐門・透塀・楼門の全てが欠けずに現存し、国の重要文化財に指定されているとのことでなかなか立派である。この境内の外縁部につつじ苑があり、ちょうどつつじ祭りが開催されている。盛りが過ぎたつつじも見られたが全体としてはなかなかのものである。

そして、つつじ苑の端の方に狐の石像がたくさんあった。後で調べると、これは根津神社の境内外社である「駒込稲荷神社」と「乙女稲荷神社」のものであった。

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根津神社を後に六義園に向かう。途中歩き疲れて地下鉄南北線で本駒込駅から駒込駅まで一駅区間乗車する。駒込駅を降りてすぐ、六義園の入り口(染井門)がある。この六義園は初めてきたが素晴らしい空間である。都内にこんな空間があることを初めて知った。この六義園は柳沢吉保がつくった「回遊式筑山泉水」の大名庭園であるが、明治には岩崎弥太郎の別邸になり、昭和13年に東京市に寄付されたという経歴を持つ。岩崎家が購入し、その後東京市に寄贈されたものが都内にあちこちあるがこの六義園もそのひとつであることを知り、改めてその財力を再認識。

こちらもつつじ祭りがあるが、つつじ以上にその庭園全体としての空間が素晴らしい。絵葉書そのものの日本人の原風景的な庭園美である。おむすびをもって1日かけてゆったりと散策したいと思わずにいられない。

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六義園を出て、六義園に沿った通りを白山通りまで歩く。この通りの両サイドの民家がまたなかなか立派な家が多い。きちんとした門構えと塀がある。白山通りを巣鴨駅方面に歩き、その先にある巣鴨地蔵商店街を散策する。やはり、おばあちゃんが多い。途中で名物の豆入り塩大福をおみやげに買う。

さすがに1日じゅう歩いて足が疲れた。これで少しはやせるだろう。

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