October 24, 2012

★ご来訪、ありがとうございます★

『NEW YORKの空の下』にご来訪いただきありがとうございます。

当ブログは、2007年12月から2012年3月までの4年数ヶ月に渡る我が家のニューヨーク郊外(ウエストチェスター郡スカースデール村/Scarsdale, Westchester NY)での暮らしぶりを記録したものです。
記事の大半は3人の息子たちの親バカ混じりの成長記録、かつ子供たちは日系幼稚園、日本人学校のお世話になったため、現地の教育事情などの情報は記載していません。
また、ニューヨーク郊外での妊婦生活や出産の記録、アメリカ国内外の旅行の情報、ちょっとした観光案内など、今後同じような環境で生活される方の参考になりそうな情報も多少はあるかと思いますが、あくまでも内容は2007年〜2012年当時のもので、記事の中にはリンク切れしている情報、古い情報も混在しています。どうぞご注意くださいね。

我が家の帰国後の暮らしぶり@東京(2012年3月〜) はコチラ→
だんご3兄弟デコボコ日記』(http://itsuyutai.blog.fc2.com/)
 子供たちの安全を確保するため閲覧制限を設けています。
 パスワードは、私のメールアドレス(Googleメール)の@より前の文字列です。
 
なお、子供たちの安全に差し障りのない一部の記事については、旧ブログ『Wonderful Life!』(http://blog.livedoor.jp/wonderfullife0813/)に同時掲載しています。
こちらには閲覧制限を設けていませんので、良かったら遊びにいらしてくださいね。

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June 25, 2012

★お知らせ★

帰国後早3ヶ月。
相変わらず毎日の暮らしに追われ、ニューヨーク生活最後の日々を綴るペースは超スロー。このままでは『NEW YORKの空の下』ならぬ『TOKYOの空の下』のままダラダラと続けてしまいそう…というワケで、現在の暮らしを綴るためのブログを新たに立ち上げました。

だんご3兄弟デコボコ日記』(http://itsuyutai.blog.fc2.com/)

なお、これまでの歴代3ブログについては、当時の暮らしは“所詮は仮暮らし”という認識から、子供たちの名前や写真も気にせずバンバン出しまくっていましたが、現在暮らしている場所は持ち家であり長く住むつもりでいるため、不特定多数の人にエリア等を特定されるのは何かと不都合。
というワケで、新しいブログには閲覧制限を設けることにしました。

パスワードは、いちいち問い合わせていただかなくても親しい方であれば分かるよう、私のメールアドレス(Googleメール)の@より前の文字列(英数9文字)に設定。
これまで以上に親バカ一直線なブログになりそうですが、読んでくださるという方は、お手数ですがパスワードの入力をお願いいたします。
(一度パスワードをcookieに登録すると、次回はログインフォームが省略されるそうです。)

それにしても、FC2ブログを利用するのは初めてで、操作に不慣れな私は記事の投稿に四苦八苦。帰国後から現在までの記事については何とか引っ越すことができましたが、いやはや、前途多難です…

今後は、この『NEW YORKの空の下』にニューヨーク生活最後の日々を綴りつつ、同時並行で『だんご3兄弟デコボコ日記』に現在の暮らしと子供たちの成長を書き記していく予定。
そして願わくば、『NEW YORKの空の下』、早く幕引きしたいものです…。

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May 14, 2012

in Tokyoですが…

逸生が生後6ヶ月を迎えたその日に書き始めたこのブログ(正確には、初代『ロンドン子育て日記』、2代目『Wonderful Life!』に続き、この『NEW YORKの空の下』は3代目)。
7年以上ほぼ毎日更新で綴ってきましたが、この春にアメリカから本帰国し、「離れて暮らす日本の家族や友人に、我が家の日常、子供たちの成長ぶり、そして海外暮らしのアレコレを伝える」という当初の目的を果たしたため、今後はペースダウン&これまで以上に内輪向けの内容で我が家の家族史(?)をのんびりと綴っていきたいと思っています。

だんご3兄弟♪おだんご3つ♪

一時は帰国を機に完全に幕引きするつもりでいたのですが、日常の些細な出来事も後になって読み返してみると大切な思い出になっていることも多く、やはりスッパリと止めてしまうのは惜しい。泰生だけ成長記録がほとんど残らないのも可哀想という思いもあり、細々とでも継続していくことにしました。

そんなワケで、ロンドン暮らしとニューヨーク暮らしの狭間の一年間、日本(横浜)を舞台に逸生の成長を綴っていた『Wonderful Life!』に再度のお引っ越しをしようと思っているのですが、今はあちらの環境(?)を整える時間を持てずにいるため、もう暫くの間、この『NEW YORKの空の下』に我が家の日常を綴り続ける予定。ええ、既に『TOKYOの空の下』なんですけどね…。
しかも、ぽっかりと空いてしまった帰国前の怒濤の日々について、そして海やプールを満喫したバハマ旅行について、自分のための覚え書きとして書き残しておきたいという気持ちはあるのですが、そちらも当然手つかずの状態。
そんなこんなで、この『NEW YORKの空の下』、まだまだ当分幕引きできそうにありません…。

newyork_life at 00:24|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 自己紹介 

May 12, 2012

帰国後の日々〜泰生編

ハーイ♪Michaelというミドルネームはどこへやら、アメリカで生まれて僅か5ヶ月で日本に「本」帰国することになった泰生(アメリカ国籍持ってマス。笑)。
帰国後暫くの間、ニューヨークでは軌道に乗っていた生活リズムが時差ボケのお陰で大幅に乱れ、その影響なのか一時はグズグズの抱っこ星人と化して引っ越し疲れのママを更にヘロヘロにさせてくれていましたが、帰国後ひと月以上が経過した今は元のペースを取り戻し、平和な毎日を過ごしています。
(渡英を機に逸生が夜泣き小僧になったという前例があるため、ヒヤヒヤものでした…)

さて、前回成長記録を書き記したのは生後満4ヶ月の時。その後帰国でバタバタしている間に、あっという間に生後半年を迎えてしまいました。
成長著しい時期だからこそ、その成長ぶりを逐一書き留めておきたいと思いつつも、この2ヶ月ほどの間はそれどころではなく、気が付けば寝返りはしているし、いつの間にやら歯まで生えている始末。間違いなく私にとっては最後の赤ちゃん、もうちょっとゆっくり観察(?)したかったなぁと思うと残念ですが、親の都合とは関係なく日々スクスクと成長しているのは嬉しいこと。泰生にとってはニューヨークも東京も関係ナシ。学校のことも幼稚園のことも気にしなくて良い分、実は一番気が楽かも知れません。

逸生の乳児期はロンドン、悠生の乳児期はニューヨークで暮らしており、実は日本で赤ん坊を育てるのはこれが初めての私。日本の社会は乳幼児連れに厳しいと聞いており(そして既に肌で感じています)、若干ビビっていますが、日本の少子化防止に貢献している(?)三児の母だもの(笑)、ママチャリ漕いで逞しく頑張ろうと思っています。

泰生6ヶ月
写真左上:生後満5ヶ月の始め頃に下の前歯2本(乳中切歯)が生えてきました。歯の生え始めとしては早いかも?
写真左下:最近のお決まりポーズは飛行機ブーン。飽きもせずに飛んでます(笑)。
写真右上:パパのiPadにじわりと延びる泰生の魔の手。赤ちゃんにとって、家電はやっぱり魅力的(ちなみに左側に写っているのは悠生の手。iPad、すっかりオモチャと化しています…)。
写真右下:お座りも大分上手になりました。でもまだ猫背になっちゃう、その後ろ姿が妙に哀愁を誘います…(笑)。

さて、記憶にある範囲内で、5ヶ月、6ヶ月の成長記録を。
(この間、定期検診は受けていないため、身長・体重は不明)

【4〜5ヶ月】
・両手を宙にあげてジーッと観察。
・両足を発見、自分の足で遊ぶ。
・寝返り成功(3月22日/生後149日目) 数日後には、身体の下敷きになった腕を抜くことができるようになる。帰国後本格化。
※逸生は生後103日で、悠生は同150日で寝返り初成功。やっぱり逸生が断トツのせっかち(?)、弟ふたりはのんびり屋さんのようです。

【5〜6ヶ月】
・歯(下の乳中切歯)が生えてきた!←授乳中、乳首を噛まれます。痛い…(涙)。
・自分の足での遊びが更に盛んになり、両手で両足を持って動かしたり足の指をしゃぶったり。
・寝返りは左右両回りをマスター。「左右寝返り&お腹を軸にした方向転換」の組み合わせでどこへでも移動する(←逸生は“抱っこ星人”だったため常に抱っこされており、悠生は寝返りマスター後すぐにずり這いを始めたため、泰生のように寝返りと回転だけで長距離移動をする赤ん坊を見るのは初めて。面白い♪)。
・満5ヶ月を迎えた直後、寝返りから仰向けに戻る技を覚える(寝返り成功からすぐに「戻り方」を覚えてくれたため、「仰向けに戻して〜」泣きはほとんどなかった。親孝行)。
・飛行機ブーン、始まる。そのまま手足を上下させ、床にバンバン叩き付け、音を立てて遊んでいることも。
・うつ伏せの体勢のまま手足を活発に動かすため、お腹を軸に方向転換していることも多い。初めのうちは偶然だったが、最近では自分の意志で手足を使って方向転換することも。
・カーシートから反り返って脱出する。ハーネス着用必須。
・お腹が空いている時や眠い時は、ママの抱っこしか受け付けない。どんなに泣いていてもママが抱っこするとピタリと泣き止む様は、母冥利に尽きる。
・軽い人見知りが始まる。以前は知らない人相手でも目が合うと満面の笑みで応じていたが、今は硬い表情で凝視(泣くことはない)。
・抱っこでの寝かし付けはパパが一番上手。寝かし付けテーマソングはナゼかLove Me Tender。
・意思を持って目の前の物に手を伸ばすように。親指も含め、手がパーの形によく開くようになり、オモチャをしっかりと握ることができる。手にした物はもれなく口へ運ぶ。
・手に持ったオモチャを右手から左手に、左手から右手に持ち替えることができるように。
・プレイマットでの遊びが活発に。ぶら下がっているオモチャを引っ張って楽しげに遊んでいる。
・「いない、いない、ばぁ」を喜ぶように。逸生や悠生の派手なアクションも大好き。兄ちゃんsがあやすと引き笑いで大喜び。
・食事に興味が出てきたようで、家族の食事風景を穴の空くほど見詰めている。ただしヨダレは少なく、スタイはほとんど出番がない。
・指しゃぶり沈静化。おしゃぶりも嫌われ出番がなくなる…(涙)。

さて、生後半年を迎えたのを機にそろそろ離乳食をスタートしなければ。
…と思いつつ、既に生後6ヶ月半となる本日現在、未だ初めの一歩を踏み出せていません。
だってだって、一度始めたら(一応)後戻りはできないのが離乳食。すっかり生活が落ち着いたというにはほど遠い現状、まだまだやらなければいけないこと、気にかかっている事案が多数あり、どうにも腰が上がらないのです。
それに、ピーナツ・アレルギー持ちの悠生の弟ということは、泰生も何らかのアレルギーを持っている可能性大(アレルギーを持つ兄弟がいる子供の場合、いない子供の10倍の確率でアレルギーを持っているのだそうです by Dr. Maloney@NY)。アレルギー対策として離乳食の開始時期を遅らせることもひとつの手ゆえ、泰生の離乳食についてはスローペースで進めていこうと思っています。

ちなみに先述の通り、逸生の乳児期はロンドン、悠生の乳児期はニューヨークで暮らしていたため、日本の美味しそうなレトルト離乳食の恩恵にほとんど与ることなくきている私(和食中心で育てようと思うと、海外での離乳食作りは結構面倒です)。今度こそフル活用してやる〜!と楽しみにしているのですが、はてさて、小食兄ちゃんsの弟だけに、モリモリ食べてくれるかな?
(離乳食期には「食べるの大好き」だった悠生も今や小食クン…。)

★オマケの写真★
左は逸生の、右は悠生の生後6ヶ月時。髪の量が…(苦笑)。
逸生6ヶ月悠生6ヶ月

newyork_life at 22:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 泰生の成長 

May 10, 2012

帰国後の日々〜悠生編

ニューヨーク生まれの悠生は、日本で暮らすのはこれが初めて。しかも前回の一時帰国は2010年6月のことで、当時の悠生は1歳7ヶ月。当然「日本」がどこなのか、「日本に帰る」ということがどういうことなのか、良く理解できないまま帰国のフライトに搭乗し、悠生にとっては単なる「流れ」で日本での新生活がスタートしました。

実は帰国が決まった際、真っ先に懸念したのが悠生の幼稚園のこと。日本では、もし3年保育を希望するのであれば、2008年4月〜2009年3月生まれの子供はこの4月に新入園となるのですが(悠生は2008年11月生まれ)、大多数の園においては入園考査は昨年の11月頃に実施済みのため、我が家のような海外転入組が横からポッと割り込むのは道義上(?)難しいと聞いていたからです。

そんなワケで、日本での新居から通えそうな幼稚園に国際電話をかけまくって「空き状況」を確認したのが2月の末のこと。結果、ホームページやネット上の評判から目星を付けていた園はことごとく定員に達しており、空きがあるのは園バスの運行がない遠くの園や、バスはあってもバス停が遠い園ばかり。この際贅沢は言っていられませんが、とは言え、0歳の泰生を抱えての毎日の送り迎えー雨の日も風の日も雪の日も猛暑の日もーを思うと、やはりご近所の園か、園バスが自宅近くまで迎えに来てくれる園が理想的。いずれにせよ、どこの園でも「見学」を願書提出の前提条件としており、海外からでは何の手続きもできなかったため、4月の入園式に間に合わせることは諦め、帰国後、生活の立ち上げが一段落した頃に改めて幼稚園探しをするという方向性で落ち着きました。

そして現在、幼稚園浪人中の悠生。
我が家から無理なく通える園は実質4箇所程度で、うち1つは全員が小学校受験を目指すような園ゆえ我が家には無縁(近いのですが…)。また、もう1箇所は男女比が3:7というカトリック系の園で、ワンパク男子の悠生には少々そぐわない感じ。残り2箇所は条件的には良いのですが、生憎定員オーバー。
そんなワケで、目下空きが出るのを気長に待っているような状況です(願書提出済み)。この先、秋の異動シーズンに向けて空きが出ると良いのですが、はてさて、どうなることやら。

お家で時間を持て余し気味の悠生サン、洗濯物干し(写真右上)やお料理(写真右下)、掃除など、良くお手伝いをしてくれます。ええ、洗濯物はすべて洗濯バサミで1点吊し干しですが…(笑)。

悠生の日常

…なーんて書いてみましたが、今は考えが変わり、来年4月に自宅近くの区立幼稚園(2年保育のみですが、評判が良い)に入れようか…と思うことも。
というのも、やはり区立の園は広々としているし、先生方もベテラン揃い、変に宗教色もなく、質実剛健な印象を受けるから。保護者に「あっさりタイプ」が多いと聞くのもポイント高し(何しろ前述のお受験幼稚園などは、大多数の保護者がスカート&ハイヒールで子供を送り迎えしているんだそう。もしも選択ミスでそんな園に入園してしまったら、親子共々浮きまくること必至…)。

唯一の問題は、悠生自身が幼稚園通い再開を心待ちにしており、毎日のように「ボクの幼稚園はいつ始まるの〜?」とボヤいていること。幼稚園に通ったことがなければ、来年4月まで待っての2年保育でも何の問題もないのですが、既に先生やお友達と一緒に遊ぶ楽しさを知っている悠生にとっては、もはや日がな一日お家でママ(&泰生)と過ごすだけでは物足りなくなってしまっているのです。
自分は幼稚園生という自負(?)もあるようで、「パパは会社、ちった(相変わらず逸生のことは“ちった”です)は学校、ボクは幼稚園、泰ちゃんはお家でお留守番」が悠生にとっての「日常」ゆえ、パパを会社に、逸生を学校に見送りながら、「何でボクだけ幼稚園ないのよぅ〜」と文句を言っています。そして、会う人会う人に「ボクは幼稚園が春休みなんですー!」と言っている悠生。嗚呼、このままじゃ来年4月まで永遠の春休みになってしまう…。
もしもあのままニューヨークにいたら、今頃は先生やお友達と一緒にこどもの日パーティーの準備や運動会の練習などに楽しく取り組んでいたのだろうなと思うと何だか不憫に感じてしまうのですが、ここはひとつ考え方を変え、再び悠生と一緒に過ごす時間が増えたことを良い機会として、いずれかの園に入園が決まるまで、親子教室や習い事など、母子で楽しい時間を共有したいと思っています。

newyork_life at 23:00|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 悠生の成長 

May 08, 2012

帰国後の日々〜逸生編

2年生♪寝るのが大ッ嫌いなことが功を奏し、帰国当日、ニューヨーク時間の夜になっても寝ずに頑張り続けたお陰で、僅か1日で時差ボケを撃退した逸生。宿題のないユル〜い春休みを満喫した後、6日(金)より地元の区立小学校に転入、晴れて日本の小学2年生になりました。

初日の始業式(転入生は親同伴)では、「前へ倣え」「休め」等の指示が意味する動作が分からず、いきなりカルチャーショック(?)を受けていましたが(笑)、主に日本人社会の中で育ってきたとは言え、文化や言語が異なる国での暮らしは逸生をひと回り逞しく成長させてくれたもよう。「分からないことはあるけど大丈夫。分かる人に訊けばいいし、周りの人の真似をすればいいんでしょ」と良い意味で開き直っています。
これ、恐らくはアメリカ時代に通ったテニス・スクールやサマーキャンプでの経験ー文化や言語の異なる人々の中でどのように立ち居振る舞えば良いかーから身に付けた処世術なのでしょう。クラス替えナシ、担任の先生も一年生からの持ち上がりという、ある意味「できあがっている」クラスの中に入っていくのはそれなりに勇気がいることだと思うのですが、逸生はさほど気負う素振りもなく淡々と通学し、今、少しずつ自分の居場所を確保しつつあるようです。
転入直後は学用品も揃わず、他のクラスメイトとは仕様が異なる物を持たせざるを得ないことも多かったのですが、逸生はまったく気にする様子もなく、人は人、自分は自分、だってボクは転入生なんだからしょーがないでしょといった風情。そんな逸生の様子に、本当に逞しく(図太く?)なったなぁとただただ感心しています。

とは言え、日本人学校では転入生の編入があると「仲良くなるには一緒にたくさん遊ぶべし!」を合言葉にクラス総出で(?)歓迎していたようなのですが、現在籍校では転入生の編入も日常のひとコマ的扱い。「日本人学校的熱烈歓迎」を期待していたであろう逸生は、あまりにもあっさりとした受け入れられ方に、アレッ?と拍子抜けしたに違いありません。
何しろ逸生サン、始業式の数日前には自ら自己紹介のセリフまで考えていたんですよ。その内容は、「ボクの名前は◯◯逸生です。ニューヨーク日本人学校から来ました。△△小学校で頑張りたいことは、ボクは泳ぐのが苦手なので水泳です。よろしくお願いします」というもの。私が提案したワケでもないのに、自らこんな自己紹介文を考えていたことに、母はもうビックリです。
そして転入初日、新しいクラスメイトの前で、それはそれは大きな声で「ボクの名前は◯◯逸生です!」と自己紹介をした逸生。残念ながら時間の関係で名前しか言わせてもらえませんでしたが、大勢の前で堂々と自己紹介をする姿に、母は頼もしさを感じ、ホッと安堵の溜め息。いやはや、4年強の海外生活を経て、逸生は本当に逞しくなりました。

そんな逸生も心情的にはニューヨークが恋しいようで、時折「明日の朝目が覚めたらニューヨークだったらいいのに」とか、「GJS(Greenwich Japanese School/日本人学校の略称)の皆は今頃どうしてるかな」などと呟くこともありますが、これについても「気持ちは気持ち、現実は現実」として割り切りができているらしく、新しい学校や先生、お友達に溶け込めるよう、逸生なりに努力をしているもよう。特に体育の授業は逸生にとっては絶好のチャンス、自慢の運動神経で目立ちまくり、その存在をアピールしているようです。

日本人学校時代はバス通学往復1時間、毎日6時間授業、宿題盛り沢山と、小学校低学年の子供にはかなり厳しいスケジュールでしたが、今は通学は徒歩10分、5時間授業、宿題の量も減り、その点は嬉しい様子。
心配していたひとりでの登下校も、逸生が通う通学路はこのあたりのメインストリートのようになっているため、多くの児童が利用しており、まずまず安心。
転入後約3週間、最近はお友達の名前も出てくるようになってきたので、最初のひと山は越えたかなと思っています。

ちなみにランドセルは、転入の1週間前に慌ててネットで購入したもの(単に忘れていたのです)。アメリカで小学生になった逸生はランドセルには何の思い入れもない様子だったため、特に希望を聞くこともなく、「軽くて丈夫」を最重視、2011年モデル(=型落ち)の商品をお手頃価格で購入しました。
あんまり似合っていませんが…(苦笑)。

ところで、日本での小学校生活は初体験となる逸生が一番ショックを受けているらしいのが、お友達に苗字を呼び捨てにされること。これまでは、どこへ出ても「イツキくん」、或いは「いっつー」「いっちゃん」「いっちー」などの愛称で呼ばれており、本人もそれを当然と思っていたのですが、日本の小学生は苗字を呼び捨てにするんですねぇ(もちろん、全員がそうというワケではありません)。
いや、私も子供時代には確かに苗字を呼び捨てにされていました(し、男子の苗字を呼び捨てにしていたような?)が、我が子が苗字を呼び捨てにされているのを聞いて、軽くビックリ。
いやはや、親も子もすっかり温室育ちです(苦笑)。

そんなこんなで、日々小さなカルチャーショックを受けつつ始まった逸生の小学校生活第2章。主人の再度の海外赴任がなければ、このまま6年生まで通うことになる小学校だもの、良いお友達を見つけ、楽しい小学校生活を送ってほしいと願っています。

newyork_life at 00:19|PermalinkComments(6)TrackBack(0) 逸生の成長 

March 26, 2012

さようなら、ニューヨーク

ニューヨーク生活最後の1日を終えて…。

帰国を明日に控え、これでもう思い残すことは何もなしと言いたいところですが、実際にはここに行きたかった、あそこにも行ってみたかったという場所はたくさんあり、思い残すことありまくりの私(笑)。

何しろ渡米直後に悠生を妊娠。慣れない暮らしの中で妊婦生活を送り、その後出産を経て再び「乳児持ち」に。3年ほど子供中心の生活を送り、ようやく悠生から少し手が離れたところで今度は泰生を妊娠、そして出産、三度「乳児持ち」、しかも機動性の低い「だんご3兄弟」を抱える身に。
滞米4年半という年月は、妊娠、出産、乳児のお世話で瞬く間に過ぎて行き、お洒落なお店や美味しいレストラン、夜の観劇といった“大人のニューヨーク”とは見事なまでに無縁の生活を送ることになった私。何しろ、旅行者だって必ず行くであろうメトロポリタン美術館(MET/The Metropolitan Musium of Art)にすら行っていないんですよ。あはは〜
いや、私の計画では、悠生が幼稚園に入園する昨年9月初旬から泰生出産(予定日は10月下旬)までの約1ヶ月半を「自由時間」に充てるつもりでおり、この間にMETにも行こうと思っていたのです。が、蓋を開けてみたら思いがけない悠生の登園渋りに遭い、「夢の自由時間」は夢のままで終わってしまったという次第。
ちなみにワタクシ、世界4大美術館(諸説ありますが)と言われているルーブル美術館(パリ/フランス)、エルミタージュ美術館(サンクトペテルブルグ/ロシア)、プラド美術館(マドリード/スペイン)、そしてメトロポリタン美術館のうち、METを除く3大美術館は既に制覇しているんですけど。
嗚呼、残るMETは近くて遠かった…。

とは言え、渡米前から逸生に兄弟をもうけたいと考えていた私たち夫婦、妊娠・出産には適齢期がある以上、先送りにはできないし(っていうか、既に適齢期オーバー気味?笑)、逆に言えば、観光スポット巡りであれば、後々夫婦ふたりで旅行に訪れれば良いこと。
大人のニューヨークとは無縁の4年半でしたが、以前にも書いたように、親と子の距離が近い今の時期に、緑豊かなアメリカでのびのびと子育てに取り組めたことは本当に幸せで貴重な経験だったと、ニューヨークを去ろうとしている今、改めて感じています。

2月初旬に帰国の辞令が出てからのこの2ヶ月間は本当に慌ただしいものでしたが、やるべきことをやり終えた今は、清々しい気持ちでいっぱい。
セントラルパークでのお花見こそ叶いませんでしたが、例年であればこの時期はまだ寒さに震えている頃。それなのに、今年は春の訪れが早く(印象としては3週間くらい早い)、思いがけずニューヨークの美しい春をもう一度愛でることができ、嬉しい限りです。

私が大好きな豆梨の花も既に満開。
我が家、美しい花々に見送られて、明日日本へ向けて飛び立ちます。

さようなら、スカースデール。
ありがとう、ニューヨーク。

また何時の日か、大きくなった子供たちと一緒にこの地を訪れる日が来ることを願って…。


そして…。
最後になりましたが、これまでお世話になったみなさま、本当にありがとうございました。
4年数ヶ月に渡るニューヨーク生活を家族揃って大過なく過ごすことができましたのは、ひとえにこの地で出会った多くの方々の支えがあってこそと深く感謝しております。この場を借りて改めて御礼申し上げます。
また、長らくこの拙いブログにお付き合いくださったみなさま、本当にありがとうございました。
『NEW YORKの空の下』はこれにて完結ですが、帰国後のだんご3兄弟のドタバタ劇については、新ブログ『だんご3兄弟デコボコ日記』に引き続き綴って参りますので、良かったら覗いてみてくださいね。
(子供たちの安全を確保するため『だんご3兄弟デコボコ日記』には閲覧制限を設けていますが、近日中に、前ブログ『Wonderful Life!』の体裁を改め、子供たちの安全に差し障りのない記事についてはそちらにも同時掲載しようと思っています。良かったらご覧くださいね。)

みなさまのこれからの日々が、健やかで楽しいものでありますように…。

newyork_life at 22:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 暮らし 

ニューヨーク、最後の1日

2007年12月の渡米より早4年数ヶ月、いよいよ我が家のニューヨーク生活も最後の1日を迎えました。
私たち家族、明日のお昼過ぎには日本に向かう機上の人となっている予定です。

ところで、冒頭からいきなり話が脇に逸れますが…。
主人の勤務先の規定では、赴任時のフライト同様、帰任時にもビジネスクラスの利用が認められているのですが、さすがに超が付くほどウルサい怪獣3匹連れでのビジネスクラス利用は気が引けるため、今回はJALのプレミアム・エコノミークラスを利用させてもらうことに(赴任時は子供が逸生ひとりだったこともあり、遠慮なくビジネスクラスを利用しました)。
バシネットはもちろん、泰生分の座席も用意してもらったうえ、まーちゃんとも並びの6席(2-4)を確保できたので、態勢としては万全。それなりに余裕を持って機内での時間を過ごせるとは思うのですが…。
やはり所要13時間弱は恐怖。あ”〜、今から気が重いです

さて、午前中、主人が車の引き渡しと自宅コンドミニアムの退去時チェックに立ち会っている間、まーちゃんと私は明日の帰国に向けて荷造りをしたり不要品を処分したり。ついでにワタクシ、どうしても最後に買っておきたいものがあり、ホテルから徒歩15分ほどで行けるディスカウント・ストアLoehmann'sまで、歩いて買い物にも行っちゃいました。

ところで、余談ですが、退去時チェックはマネジメント会社のマネージャーJoyceと不動産屋会社(我が家は古本不動産の中村さんのお世話になりました)の立ち会いの下で行われる予定だったのですが、何とJoyce、現場に現れなかったのだとか。
まぁ事前の遣り取りで「原状復帰せずとも敷金は全額返金」という約束になっていたため、別に改めてチェックするようなこともなかったのかも知れませんが、それにしてもドタキャン(?)とは驚きです
そして車の売却先ですが、今回は主人がサトーオートガリバー、ディーラーの3社を回って見積もりを取った結果、ガリバーさんが一番の高値を付けてくれたため、主人のホンダ・アコード、私のスバル・インプレッサ、2台まとめてガリバーさんに売却。こちらも敷金の返金同様、バハマ旅行でドル貧乏になった我が家に嬉しい臨時収入をもたらしてくれました♪

さて、すべての雑用が済んだ午後ー。
昨晩の時点では、3月だというのに思いがけず満開となった美しい春の花々を拝みに、セントラルパークまでお花見に繰り出そうと話していたのですが、朝になってみたら、折角の快晴なのに、春一番かというような物凄い風。歩いていても吹き飛ばされそうなほどの強風に、無理をしてまで遠出をする必要はないという結論に達し、予定を変更、(車はもうないので)電車で我が街スカースデール(Scarsdale)を訪れ、(3月24日の記事に記した)藤乃屋さん同様、この4年半、幾度となく足を運んだピザ・ショップScarsdale Pizza Stationで早めの夕食をいただくことにしました。

Pizza Stationいつもは車で10分のホワイト・プレインズ(White Plains)から、今日はわざわざ電車(Metro North Railroad)に乗って、2駅でスカースデールへ。見慣れた筈の風景も、電車の車窓から眺めるとまた違ったものに見えるから不思議です。
B級グルメ好き、かつ怪獣3匹連れにはぴったりのScarsdale Pizza Station。イートイン、テイクアウト、デリバリーと、それはもう何度となくお世話になりました(マイナーなお店ですが、美味しいんですよ。あ、パスタは例によって茹で過ぎ気味ですが…)。

店内の様子お世話になりました
写真左:店内の様子。全然お洒落なお店じゃありません(笑)。
写真右:子供たちは、ここのチーズたっぷりのベイクドジッティが大好きでした。フレンチフライも軽い揚げ上がりで美味。コブサラダもボリューム満点でお薦めです。

食後は駅周辺をプラプラと散策。
目の前にスーパーDe Ciccoが建つスカースデール駅までは、自宅コンドミニアムから歩いて5分ほど。逸生が通っていたニューヨーク日本人学校のスクールバスは駅前発着+悠生が“子鉄クン”で電車を見るのが好きだったということもあって、この4年半、駅周辺には毎日のように足を運んでいました。
そうそう、駅前のスターバックス、駅裏手のダンキン・ドーナツにも大変お世話になりましたよ

Scarsdale駅駅前にて

スカースデールは、全米でも屈指の高級住宅街。同じニューヨーク州でも、マンハッタンの喧噪とはかけ離れた落ち着いた雰囲気の静かな村です(表示は「Village」)。
マンハッタンまでは電車で35〜50分程度(時間帯による)という所謂ベッドタウンですが、広大な自然に囲まれ(何しろ毎年花粉症には苦しんだ)、季節の移ろいを感じることができる素敵な街。
色とりどりの花に囲まれる春、木々の深緑が目に染みる夏、艶やかな紅葉に包まれる秋、真っ白な雪に覆われる冬…。季節ごとの「色」の美しさは眩いほどで、この色鮮やかな風景をもう眺めることができないのかと思うと残念でなりません。
都会の便利さがありながらも、美しい自然に囲まれ、治安も良く、子育てをするには最高の環境だったスカースデール。居心地良く暮らすことのできた4年半でした。

ニューヨーク生活の締めとしては、セントラルパークでお花見ができたら最高でしたが、今日のこの強風(暴風?)ではさすがに厳しく、何とも地味〜な、でも我が家らしい過ごし方となった最終日の1日。最後の晩餐がScarsdale Pizza Stationというのも、我が家らしくて良いじゃないの

さぁ、明日の帰国に向けて、これでもう思い残すことは何もなし!と言いたいところですが、最後にもう少々書きたいことがあるので、続きは記事を改めて。

newyork_life at 21:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 暮らし 

March 25, 2012

再び、別れを告げに…

ニューヨーク生活最後のフリータイム、Day2。

今日は幼稚園時代から逸生が仲良くしてもらっているHくんとの公園プレイデート、そして最後のテニス・レッスンと、逸生が主役の予定がふたつ。
帰国の事情を良く理解できていない悠生はともかく、帰国することの意味をしっかりと理解している逸生には、お世話になった人たちにきちんと「ありがとう」の気持ちを伝えてほしいという思いがあるため、今日は家族で逸生にお付き合いです。
(と言いつつ、私は午前中美容院に行かせてもらいました。だって、帰国後暫くは美容院どころではないですもんね。)

Hくんは、6歳児クラスに進級するタイミングで幼稚園を退園し、その後は現地のキンダーガーテン(プレ小学校)からエレメンタリー・スクール(小学校)に進級しているのですが、小柄なのに活発という点が逸生と似ており、そんなところから意気投合したもよう。以来、Hくんが現地校に通うようになってからも、時折はプレイデートを組んだり、一緒にプールに出かけたりと仲良くしてもらっていたのです。
そんなHくんと、今日は最後のプレイデート。
双方の中間地点の公園(Leewood Park)で待ち合わせ、隣接するグラウンドで、パパも一緒にサッカー大会。まだ肌寒い3月だというのに、ふたりとも汗だくになりながら元気に走る走る!(痛恨!写真を撮り損ないました…。)

昨年の夏、Eastchesterのタウン主催のサマーキャンプに参加した際には、偶然Hくんも参加しており、しかも同じグループに振り分けられ、それはもう楽しい時間を過ごした逸生。今年もHくんと一緒にタウンのサマーキャンプに行くんだと張り切っていただけに、その願いを叶えてあげることができず残念ですが、一度仲良くなったお友達は離れていたってずーっとお友達。きっとまた、日本で一緒に遊べる日が来るからね。
(ちなみに昨年春、仲良しだったKくんを日本に見送った際には大号泣だった逸生。今回のお別れでは泣かずに済みました。やはり「見送られる側」よりも「見送る側=残される側」の方が辛いものです…。)

さて、Hくんとお別れをした後、パパと逸生は最後のテニス・レッスンへ(ママは再度洗濯物の回収など)。
ひと通りレッスンを終えた後、お世話になったコーチ陣に挨拶をし、一緒に記念写真を撮ってもらいました(パパ撮影)。

Yonkers Tennis Center外観待ち合いスペース
写真左:Yonkers Tennis Center外観。
写真右:待ち合いスペース。

コーチと一緒にコーチと一緒に

お世話になりました5歳の秋にYonkers Tennis Centerでテニスを習い始めて今年で3シーズン目。
最初の年、通い初めの3ヶ月間ほどは、生来のビビリ体質に加えてコーチの英語の指示が理解できないことから完全に腰砕け状態となり、コートの片隅に座りこんで練習風景を眺めていた逸生。その後はパパの励ましもあって徐々に練習に参加するようになり、そうして回数を重ねるうち、主だったコーチ陣の顔と名前を覚え、英語環境に対する抵抗感も薄れ、複数のコーチからその身体能力を褒めていただいたことが励みとなって、2年半を経た今では毎週のレッスンに自信満々で(?)臨むことができるようになりました。ええ、逆にコーチを相手にふざけまくり、後からパパに叱られるほどですよ(笑)

基本的に日本語環境で育ってきた逸生にとって、このテニスのレッスンは、春のリトルリーグ、夏のサマーキャンプと並ぶ、異文化・異言語への「挑戦」。少々背伸びをして頑張りましたが、(良い意味で)人の目なんて気にしなくて良いこと、困った時には助けを求めて良いこと(そして手を差し伸べてくれる人がいるということ)、言葉が分からなくても何とかなることなど、テニスの技術以上に色々なことを学ぶことができた、とても貴重な経験となりました。
逸生、3シーズン、本当に良く頑張ったね。お疲れ様。ここで学んだことは、きっとこれからの逸生の人生に大きな力を与えてくれると思います。

さて、レッスンを終えた逸生とパパと自宅コンドミニアムで待ち合わせ、明日の午前中に行われるマネジメント会社、不動産会社立ち会いの退去時チェックに向けて室内を最終チェック。その際、鍵の引き渡しを行うため、私たちが「我が家」に立ち入ることができるのも今日が最後です。

記念写真屋外駐車場
写真左:コンドミニアム玄関前で記念撮影。
写真右:玄関前のフリースペース(兼屋外駐車場)。逸生はここで自転車の補助輪外しの練習を頑張りました。

かんちゃん、バイバイ!逸生は今日まで大切に残しておいた「三代目カボチャのかんちゃん(別名:ドアストッパー)」と最後のお別れ。明日、退去時チェックに立ち会うパパが最終的に処分する予定でいるのですが、もちろん逸生にはそんな非情な(?)事実を伝えることはせず、かんちゃんはカボチャの国に帰ると信じている逸生はかんちゃんを抱きしめ涙・涙のお別れです(左の写真は、廊下からかんちゃんに手を振る逸生)。
ぷぷぷ、7歳になっても相変わらず脳内メルヘンで可愛いなぁ
今年の秋、四代目かんちゃんと日本で再会できると良いね

ロビースペーススティーブンと
写真左:コンドミニアムの玄関を入ったところにあるロビースペース。朝夕は、幼稚園バスを待つ母子で大賑わいでした。
写真右:フロントデスクのスティーブンにも最後のご挨拶。コンシェルジュのリサと共に、大変お世話になりました。

さぁこれでニューヨークの我が家ともお別れ。
4年半の思い出が詰まった家、しかも悠生や泰生にとっては生まれ育った家だけに、去り難い気持ちでいっぱいですが、日本では、購入後まだ一度も住んだことのない愛しのマイホームちゃんが待っているものね。

ホテル外観ところで、今回の帰国に際して我が家が最後にお世話になってるのが、左の写真、隣町ホワイト・プレインズ(White Plains)にあるアパートメント・ホテルAVE White Plains(旧AKA White Plains)。帰国直前はマンハッタンに宿泊し、最後の観光三昧という方も多いのですが、怪獣3匹(しかも1匹は生後4ヶ月)連れの我が家、到底そんな気は起きず、また、そもそもマンハッタンには大した思い入れもないことから、家族連れに便利な地元のアパートメント・ホテルを利用することにしたのです。

実はこのAVE、じぃじ&ばぁばが遊びに来てくれた時に何度か利用しており、デパートのSearsやショッピング・モールのGalleriaが目の前という立地の良さ、フルキッチン装備(冷蔵庫、ガス台、電子レンジ、オーブン、食器洗浄機あり)で調理器具、食器、カトラリー類がひと通り揃っていること、きちんとしたダイニング・セットがあり食事ができる(し易い)こと、簡単ながら朝食がつき便利なことなどから、帰国の際にはここを利用しようと前々から狙いを定めていたのです(しかも結構リーズナブル)。
引っ越しの日程、物件引き渡しの日程、帰国便の日程の都合から、ホテル暮らしの期間が5泊にもなってしまいましたが、2ベッドルームの広くて快適な客室で、まるで自宅にいるかのように寛いでいた私たち家族。引っ越し後の自宅冷蔵庫から、残っていた食品や調味料を移動させ、滞在最終日まで自炊を続けて、見事、食品をほとんど無駄にすることなく食べ切りました
(さすがに調味料は使い切れませんでしたが…。)

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写真左:リビング・ダイニング。他に、完全に独立したベッドルームが2つ。家族5人+まーちゃんでも、狭いと感じることはありませんでした。

窓からは、今を盛りと咲き誇る、私が大好きな豆梨の花を眺めることができ、言うことナシ。このアパートメント・ホテルのお陰で、最後の最後まで慣れ親しんだ土地での「暮らし」を楽しむことができました。

さぁ、明日はニューヨークで過ごす最後の日。午前中に車の引き渡し(売却)があるため遠出はできませんが、家族全員特に予定もないので、ゆっくりと過ごす1日にできたら良いなと思っています。

newyork_life at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 暮らし | 逸生の成長

March 24, 2012

別れを告げに…

昨日、最後の引っ越し荷物を無事送り出し、今日から帰国の日までは晴れて自由の身となりました。ヒャッホ〜
なのになのに、今日は主人がこの期に及んで(?)ゴルフに行くというので、私とまーちゃんでだんご3兄弟の相手をしなければならず、となると一番手っ取り早いのは、毎度お馴染みブロンクス動物園(Bronx Zoo)。あと数日でニューヨークを去るのだから、行ったことのない場所に行くという選択肢もありましたが、それよりもむしろ、慣れ親しんだ場所にサヨナラをしに行くという方が我が家の性にあっているため、気負わず、日常の延長としてフラリと出かけることにしました。

…とその前に、悠生と泰生、二度の出産でお世話になった産婦人科医Dr. Park Sonodaに帰国の挨拶をしようと、電話連絡のうえ診療所を訪問。生憎、診療所の事務員で逸生が何度か通った「こども絵画教室」の講師でもあるKさんはお休みでしたが、ドクターと看護師のIさんには大きくなった悠生&泰生に会っていただくことができました。

診療所にて御歳79歳、産婦人科歴50年近いDr. Park Sonoda。数年前から分娩は取り扱っていませんが、泰生の出産入院の際には、Lawrence Hospital Centerの複数のナースから「Dr. Sonodaは元気?彼女は素晴らしい産科医。彼女が赤ちゃんを取り上げなくなってしまって寂しいわ」というような話を聞き、人望の厚さを感じたものです。
看護師のIさんもテキパキと手際良く、妊婦さんの頼もしい味方。泰生がおしるし出血後もなかなか産まれないのを心配して、わざわざご自宅から電話をかけてきてくださるなど、色々とお心遣いをいただきました。
Dr. Sonoda、Iさん、本当にお世話になりました。これからもどうぞお元気でご活躍ください。

さて、診療所を後にして向かうは、本日二番目の目的地、ブロンクス動物園。
毎年年間パス(我が家はFamily Premium会員)を更新し、一年を通して足繁く通っていた我が家、今や園内マップがなくても自在に歩き回れるほどの通(?)になりました(最後の訪問だったというのに、気付けば写真を殆ど撮らなかったなぁ…。残念)。

広々園内いつもの通り、双眼鏡を片手にライオンやキリン、シマウマ等を観察したり、兄弟のお気に入り、昆虫を模したメリーゴーランド「Bug Carousel」に乗ったり、4-D映画「Dora & Diego's 4-D Adventure」を鑑賞したり。
親がさほど苦労をせずに元気爆発息子sを楽しませ、疲れさせる(←重要。笑)ことができる場所として重宝したブロンクス動物園。4年間、本当にお世話になりました。

そうして16時の閉園時刻までめいっぱい遊んだ後、今宵の食事はハーツデール(Hartsdale)にある日本食レストラン藤乃家さんで。

藤乃屋さんあと数日で帰国だというのに、今更日本食レストランに行く必要はないのでは?と問われそうですが、実は昨日も一昨日も引っ越し準備のためまともな食事ができておらず(何しろ冷蔵庫の中が空っぽ)、そもそも引っ越し前はバハマ旅行に出ていたため洋食(というかファストフード)続きで、ニューヨーク生活も最後にきてやけに胃腸がお疲れ気味だったのです。
しかも、昨年秋に悠生のピーナツ・アレルギーが発覚して以来、レストラン選びも慎重にならざるを得ず、結果、安全性が確認できたレストランに通い詰めるという状態に。で、数少ない「悠生OK」のレストランのうちのひとつが藤乃屋さんだったため、それはもう、2週間に1回は足を運ぶ常連客になってしまったという次第です。
そんなこんなで、お世話になった藤乃屋さんで、引っ越しの打ち上げ。気に掛かることが何もない状態でいただくビールは格別に美味しいなぁ

さぁ、忙しかった一日もいよいよ大詰め。
最後は自宅に立ち寄り、朝のうちに乾燥機に突っ込んでおいた洗濯物の回収です。
一昨日の晩からホテル暮らしの我が家、一応ホテル内にもコインランドリーがあるのですが、やはり気分的には自宅の洗濯機の方が気持ちが良いので、ちょこちょこと自宅に立ち寄っては洗濯物を洗っているのです。
そして、引っ越し後の「我が家」に初めて入った兄弟は…。

広〜い(?)我が家

うわ〜広〜いと走り回って大喜び(笑)。
余談ですが、もう靴のまま入っていいよと言われ、言われた通りに靴を履いたまま入室する悠生と、それでもやはり玄関で靴を脱ぐ律儀な逸生。性格の違いが端的に表れていて面白いと思ったひとコマでした(ふたりともA型なんですけどね)。

犯人は…こちらの写真は、悠生画伯とその作品。
「ここに落書きした人、誰〜だ?」と訊くと、悠生サン、エヘエヘ照れ笑いしながら「ボク〜(テヘッ)」。
左下の、やけに落書きが集中している箇所は、元々子供机を置いていた場所。悠生サン、机の下に隠れて、コッソリ(?)落書きを楽しんでいたのです。

柱の傷も〜♪三代目かんちゃんと
左の写真は、兄弟の背を測っていた壁の一角。
この家に入居した時には、逸生は100cmにも満たない3歳ちょっとのおチビちゃんだったし、悠生や泰生にいたっては生まれてすらいない。そう思うと、この4年半の間に随分と大きく育ったものだ…と感慨深く、この成長の軌跡が消されてしまうのが惜しくて、思わず写真を撮ってしまいました。
右の写真は、引っ越し作業終了後もドア・ストッパーとして残しておいた「三代目カボチャのかんちゃん(かんちゃんについてのエピソードは、コチラをご参照ください)」。

そんなこんなで、平凡ではあるけれど、最後に会いたかった人に会い、行きたかった場所を訪れることのできた、そんな貴重な1日となったフリータイム初日。ニューヨークで迎える夜も、あと三夜。明日も忙しい1日になりそうです。

newyork_life at 23:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 暮らし