妊娠/出産ー悠生

July 01, 2009

U.S.パスポート入手

6月20日(土)に特急仕上げ(Expedite)で申請した悠生のU.S.パスポート。28日(日)にアトランティック・シティ旅行から帰宅したところ、早くも届いていました。
さすがは特急仕上げ、お役所仕事とは思えない素早い対応。だてに60ドルも余計にとるワケじゃないのねぇ。

さて、まじまじとは見たことがなかったアメリカのパスポートはこんな感じ。
じゃじゃーん。

表紙個人情報ページ

査証ページ査証ページ

国歌の歌詞の一部やA.リンカーンによるかの有名なゲティスバーグ演説の一説「…And
that goverment of the people, by the people, for the people, shall not perish from
the Earth」が掲載されている他、査証欄の各ページには背景に自由の女神像やラシュモア山の4人の大統領の彫像などが印刷されていて、まぁカッコイイの何のって(全ページ、異なるデザインです)。そして裏表紙の裏側には、地球と月の間に浮かぶアポロの姿が。ク〜、ニクイ演出!
常々感心していることですが、アメリカ人って、このテの「モノの魅せ方」が最高に巧い。真面目一辺倒の日本のパスポートとはひと味もふた味も違うなぁ。
(日本のパスポートに「君が代」の歌詞などを掲載したら、何かと厄介な問題が起こるのでしょうね)

さて、これで悠生のアメリカ人としての証明はバッチリ。今夏の一時帰国の際には、アメリカの出入国はアメリカのパスポートで(=アメリカ人として)行い、日本の出入国は日本のパスポートで(=日本人として)行います。理由は、もしも悠生が日本のパスポートを利用して日本人としてアメリカ出入国を行った場合、査証がないため“一般旅行者”として無査証でアメリカに入国することになり、その場合、無査証での米国滞在が認められている期間は90日間であるため、アメリカ再入国後90日以内にアメリカから出国しなければならなくなるから。では査証を取得すれば良いのかと言えば、悠生はアメリカ国籍を持っているため、そもそもが査証の必要がない=査証が発行されない身分。となると、アメリカの国籍を持っていることを証明するためには、アメリカのパスポートで出入国を行わなければならない…という、まぁ何とも複雑な事情なのです。
日本滞在期間は約ひと月なので、逆のパターン、つまりアメリカ人としてアメリカのパスポートを利用して無査証で日本出入国を行うことは問題がないと思う(ハーフちゃんはこの方法を取ることが多いもよう)のですが、血統(?)的には100%日本人の悠生、やはり母国への初上陸は日本人として行いたいものね。
一番の懸念事項だった悠生のU.S.パスポートが無事に手に入り、夏の一時帰国へ向けて準備は万端。日本の家族や親族、そしてお友達との再会&悠生のお披露目、今からとっても楽しみです。

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June 20, 2009

U.S.パスポート申請(悠生編)

3月下旬、クルーズ旅行に出発する直前、悠生のアメリカのパスポートを取得していなかったことで冷や汗をかいた私(理由は過去記事参照)。その際、すっかり懲りて、すぐにアメリカのパスポートを申請しようと心に誓ったのですが、喉元過ぎれば熱さ忘れる(?)ダメ母、旅行後は頭の片隅で常に気にしつつも、つい面倒臭さが勝って今日の今日まで放置してしまいました。
が、8月に日本への一時帰国を予定している我が家。パスポートの申請から受領まで通常5〜6週間かかるため、さすがに手続きを始めなければ前回の二の舞になりそうです。…と言うか、受領までに10週間以上かかったというケースや、いつまで経っても届かないのでパスポートセンターに直接乗り込んだら申請書類一式が放置されていた…なーんていう洒落にならない話もチラホラと耳にするので、既に手遅れかも
ところで、16歳未満の子供がパスポートを申請する際には、その申請が両親の同意の下で行われることを確認するため、父親と母親が揃って窓口に出向かなければなりません。となると、我が家が申請に出向くことができるのは土曜日のみ(土曜日は午前中の数時間のみ受付。日曜日は窓口がクローズ)。そんな不便さも、悠生のパスポート申請が遅れた理由のひとつです(言い訳?)。
なぜ両親双方の意思確認が必要かと言うと、夫婦の片方がパートナーに無断で子供のパスポートを勝手に取得し、これまた無断で子供を国外に連れ出すケースが後を絶たないからなのだとか。さすが離婚大国アメリカというか何というか…。
(ちなみに、どうしても窓口に出向くことができない場合、パスポート取得に同意している旨を記した書類を公証役場で作成してもらい、その書類を添付することで同意を証明することも可能だそうです。)

さて、アメリカで出生した子供のパスポートの新規取得に必要な書類は下記の通り。

1. 申請用紙(DS-11)1通
   −郵便局の申請窓口などでもらうことができます。
   −サイン欄にはサインをせずに提出します(申請時に窓口でサイン)。
   −本人のソーシャル・セキュリティーナンバーを記入する欄があるため、事前にSSNを取得している必要があります。
2. Birth Certificateの原本
   −後日返却されます。
3. 写真2枚(2インチ×2インチ)
   −郵便局によっては、その場で撮ってくれるところもあるようです。
4. 両親の米国運転免許証
5. 取得費用60ドル+手数料25ドル(2012年現在、取得費用は80ドルに)
※詳細はコチラ→U.S.Department of State/Passports

更に、我が家は特急仕上げ(Expedite)で申請したため、別途追加料金60ドルがかかり、出来上がったパスポートの郵送料等を合わせると、全部で174ドルの費用を支払うことになりました。高ッ…。
でも、Expediteで申請すれば、2週間ほどで確実に手元に届くということなので、安心確実のための必要経費と割り切ることにします。

申請時に両親が揃って窓口に出向かなければならない点は不便ですが、最寄の郵便局の窓口で手続きができるし、土曜日にも申請を受け付けているし(受け付けてない郵便局もあります)、受領に出向く必要もなし。出来上がったパスポートは、郵送で直接自宅へ届けてもらえるので、赤ん坊といえども必ず本人が受領に出向かなければならない日本のパスポート取得手続きに比べると、遥かに簡便に感じらます。

さて、これで日本への一時帰国の準備、第一関門をクリア。
まじまじとは見たことがないアメリカのパスポート、どんなものが届くのか、ちょっぴり楽しみ。今回は、悠生のミドルネームNicholasも記載されるようにしてみたし…。
(日本のパスポートにはミドルネームは入れませんでした)

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June 06, 2009

チョコよりスウィートな赤ちゃん

日本でもお馴染み、HERSHEY'S(ハーシーズ)のチョコレート。
でも、写真のHERSHEY'Sのチョコレート・バー、パッケージをよ〜くご覧ください。
何か変だと思いませんか?

Here He Is!

そうなんです、実はHERSHEY'Sではなく、

HERE HE IS
(彼はここだよ)

って書いてあるんです

ちなみにホンモノのHERSHEY'Sのチョコレート・バーはこんな↓感じ。
これがホンモノ

この面白いチョコレートは、我が子の誕生を周囲にアナウンスするためのギフトで、「彼はここだよ」というのは、即ち「生まれてここにいるよ」の意味。女の子用にはHERESHEISで、中身はもちろんホンモノのHERSHEY'Sのミルクチョコレートです。
このユーモアセンス、アメリカらしくてイケてるでしょう?
裏面には、誕生日時や出生時の身長・体重、出生地、両親・兄弟の名前が
Vital Statistics(生命情報?良い訳が思い付きません)として記載されています。

(クリックで拡大)
裏面

Ingredients(原材料)は、Ships and Sails and Sand Pails(女の子の場合には、Suger
and Spice and Everything Nice)、Contains(成分)が100% Baby Boyというのも面白い(女の子は100% Baby Girl)。

実は、悠生誕生後、幼稚園のお友達や主人の勤務先の方から出産祝いをいただき、内祝いを何にするかで悩んだ私。アメリカ在住の方にアメリカのものを贈るのも何だかな〜と思い、あれこれと迷った末、日系スーパーで入浴剤のセットを購入し、Thank Youカードを添えて贈ることにしました(こちらはお風呂事情が良くないことに加え、季節が冬だったこともあり、なかなか好評でした。ホッ)。
そんな内祝いの手配も終わって暫くの後、ばぁば(主人の母)から「こんな面白いものがあるんですって」と教えてもらったのが、このHEREHEISチョコレート。ばぁばのお友達の息子さん夫婦が数年前にニューヨークでご出産、その際このHERESHEISチョコを作ったそうで、ばぁばに新しい孫が誕生したことを知ったその方が、このチョコの存在を教えてくださったのだとか。早速ばぁばが知らせてくれたのですが、内祝いは済ませてしまった後。惜しかった、あと数ヶ月早く知っていれば内祝いに添えることができたのになぁ。
そんなワケで、もう配る相手も思いつかない状況でしたが、折角なので作ってみたいという欲望に駆られ、とうとう作っちゃいましたよ。さすがにチョコレートは保存できませんが、このパッケージは良い記念になりそうです。
という事情なので、最近お祝いをくださった方々、内祝いにもれなくこのHEREHEISチョコレートが付いてきますが、どうぞご笑納くださいね

★HEREHEIS/HERESHEISチョコレート★
CARSON Wrapped Hershey's Chocolatesから注文することができます。
パッケージの種類もチョコレートの大きさも色々あり、面白いですよ。

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February 05, 2009

やっぱりキタ!乳腺炎

おっぱい足りないッ!3週間前に熱を出して寝込んだばかりですが、目下またまた体調崩し気味の私。最近、自分の体力のなさを痛感しています。
でも、これだけ寒いとどうしたって家に篭りがち、そりゃあ体力も低下するというものです。
昨年、入隊直後に妊娠が発覚し、以後お蔵入りとなってしまったBilly's Boot Camp、遅まきながら再入隊しようかしら…。

さて、体調を崩すと決まって一緒に調子を崩す私のおっぱい。前回(3週間前の発熱時)には左、今回は右の乳房が乳腺炎に見舞われています。
が、逸生の時にも何度も経験している乳腺炎、慌てない慌てない。
幸いなことに、私の乳腺炎はそれほどこじれるタイプではないため、キャベツ湿布で穏やかに冷やしつつ頻回授乳を心がけていれば、4〜5日ほどで全快します。

ところで、乳腺炎を患って改めて思うのは、母乳育児に関しても、やはり第二子の場合には余裕があるということ。
逸生の時には母乳育児が軌道に乗るまでに4ヶ月弱かかり、その間は常に母乳不足“感”や乳腺炎、乳首の裂傷等に悩まされ、何度も「母乳で育てるのって辛い…」と思ったものですが、今回は授乳のコツや自分自身のおっぱいのクセなども分かっているため、悠生誕生直後から順調に母乳育児を楽しんでいます。今回のように乳腺炎に見舞われた時に慌てずに済むのも、二度目の経験だからこそ。
とは言え、目下乳腺炎を患っているのは、ワタクシご自慢(?)の黄金の(??)右パイ。
実は私の母乳生産量には左右の乳房でかなりの差があり、左はとにかく出が悪く、逆に右は授乳中に悠生が何度もむせ返るほどの分泌量なのです。つまり、左の不足分を右で補っている状態なので、右の乳房にダメージを喰らうと大ピンチ。目下、乳腺が詰まって右の乳房も出が悪くなっているため、悠生は飲みたい量を飲めず、乳首を引っ張りながらウーウー文句を垂れています。量の不足分は授乳回数を増やしてカバーしていますが、乳首を引っ張られるのはやはりイタイ…。
まぁこれも4〜5日の辛抱。まずは一刻も早く体調を元に戻さなくちゃ。

そんなワケで、写真はご機嫌ナナメの悠生サン。こんなブサイク顔でも、これはこれでと〜っても可愛く思えちゃう親バカな私です。それにしても人相悪いなぁ…。

★余談ですが…★
授乳中でも安心して飲める風邪薬と言えば葛根湯。我が家の薬箱にも常備されているのですが、今回の発熱に際してふと使用期限を見てみたら、何と2005年9月…さすがに品質劣化も甚だしいと思われるため、主人にお願いし、市販の風邪薬を買ってきてもらうことにしました。
さて、主人が薬剤師さんに相談してくれたところ、「TYLENOL(タイレノール)」であれば授乳中でも服用可能とのこと。そう言えば、出産入院中にドクターから「退院後に会陰切開の傷が痛んだ時には市販のTYLENOLを購入して服用するように」と言われたことを思い出し、ドクターが認めているのであれば問題ないだろうと考えた私、安心してTYLENOLを服用することにしました。
一応大事をとって、記載用量の「半量」を「授乳の直後」に服用するに止めましたが、それでも効果は覿面。TYLENOL、さすがはこちらで最もポピュラーな解熱鎮痛剤です。

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January 23, 2009

晴れて日本国民

Big Smile!悠生が生まれて間もなく3ヶ月。ようやく提出してきました、出生届。
日本で生まれた赤ちゃんの場合、生後14日以内に出生届を提出しなければなりませんが、国外出生の場合は生後3ヶ月が期限。提出先はマンハッタンにある日本国総領事館ゆえ、この寒い中、首の据わっていない悠生を連れてマンハッタンまで遠征する気力が湧かず、これまで延ばし延ばしにしてきたのですが、イカン、間もなく生後3ヶ月、このままじゃ悠生は日本国籍を失っちゃう…と重い腰を上げかけたところ、たまたま一昨日、主人にマンハッタンでの仕事が入ったため、書類を託して一安心。無事に受理され、悠生も晴れて日本国民となりました(今まで日本の戸籍上は悠生は存在していなかったのよね…。ごめん)。
とは言え、アメリカは国籍に関して生地主義を採用しているため、アメリカで生まれた悠生はアメリカ国籍も持っています。現行の日本の国籍法では、二重国籍を持つ国民は、
22歳の誕生日までにどちらかの国籍を選択しなければならないということですが、目下、二重国籍を容認する法案が国によって検討されているもよう、この先どうなることやら?(実際のところは、アメリカは国として二重国籍を容認しており、仮に日本サイドで国籍選択の際に日本国籍を選択したとしても、アメリカの国内法に基づいてアメリカ国籍離脱の手続きを行わない限りはアメリカの国籍を喪失することはないため、結果的に二重国籍の状態が続くのだそうです)。

さて、こちらニューヨーク州に於ける出生に関する届け出手続きについて簡単にご紹介。

NY州出生届まずは州への届け出ですが、これは病院側に書類が用意されていることが殆どだそう。実際、私が出産入院した
Lawrence Hospital Centerでも、入院時に「New York
State Birth Certificate and Statewide Perinatal Data
System Work Booklet(左の写真)」という日本の出生届にあたる書類を渡され、退院時までに記入し提出するようにとの指示を受けました。
この書類には、新生児の名前はもちろんのこと、両親の名前やソーシャル・セキュリティ番号(SSN)、両親の学歴(ナゼ?)、職業などを記入するのですが、出産入院は2泊3日ゆえ、退院時までに提出=生後3日以内に名前を決めなければならないということで、誕生時点ではまだ我が子の名前を決めかねていた私たち夫婦、大慌てでいくつかの候補の中から「悠生」に決定しました。

Birth Certificateこうして無事に記入済みの書類を病院に提出すると、今度は病院側の記入欄に立会い医師等関係者が必要事項を記入、病院から直接役所に提出してくれるという仕組み。自分で役所に出向く必要がないため、とても簡単です。
その後、退院後約10日ほどでBirth Certificate(出生証明書/左の写真)とソーシャル・セキュリティ・カードが郵送で送られてきて、予想外の素早い仕事ぶりにビックリ(一説では、書類発行までに最低6週間はかかると言われていたので)。これで悠生のアメリカ国民(?)としての届け出は完了です。

日本国出生届そしてお次は、このBirth Certificateを添えての日本国総領事館への出生届の提出。私の場合、出産前に予め郵送で領事館から出生届一式を取り寄せておいたため、あとは必要事項を記入するのみです。
用紙の右半分は医師が記入する「出生証明書」欄になっていますが、Birth Certificateを添える場合には、この欄は記入せずとも良いのだそう。逆に、何らかの理由で生後3ヶ月以内に
Birth Certificateを入手できない場合には、医師に右欄を記入してもらうことによって出生届を受理してもらえるそうです。
が、私はこの辺りの仕組みが良く分からず、Birth Certificateがあるにも関わらず、この「出生証明書」欄にも記入をしてもらっていたため、記入があるのならBirth Certificateは必要ないということで、Birth Certificateについてはその場で返却されました。

ところで、出生届に記入をしていて苦笑してしまったのが、「生まれたところ」の記入欄。
悠生の場合はこうなります。
「アメリカ合衆国ニューヨーク州ウェストチェスター郡ブロンクスビル村パルマ通り55番地(Lawrence Hospital Centerの住所)」
これが日本の我が家の戸籍に載るんですって。カタカナで書くと何だかマヌケな感じ…。
そして肝心なのが「日本国籍を留保する」という欄。ここに法定代理人(通常両親)が署名・捺印をすると、その子は22歳の誕生日まで日本とアメリカの二重国籍が認められることになります。

生後3ヶ月さて、お次の仕事は悠生の日本国パスポートの取得。今年の夏には一時帰国を予定しているので、暖かくなったら早め早めに手続きをしなくちゃ。
悠生のパスポート用写真、上手に撮れるかしら?
そうそう、逸生のパスポートも今年の11月で有効期限切れ。もはや本人確認不能となった赤ちゃん時代の写真(↑こんなの)のパスポートからようやく卒業できます。

それにしても、お役所関係の手続きって良く分からないし面倒臭い。一昨日提出した出生届にしても、主人は訂正印を持参、総領事館の受付窓口で何箇所か訂正をされたとか。お疲れ様でした…。

★オマケの動画★
晴れて日本国民となったのを記念して(?)、悠生の動画を初公開。
朝のご機嫌タイムのひとコマです。富士山型の口が私のお気に入り



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January 08, 2009

お産のお値段

先日、今回の出産に要した諸費用に対する病院からの請求書が送られてきました。
幸い、我が家の場合は主人の勤務先が契約している医療保険で妊娠・出産に関する費用のすべてがカバーされるため、今回の出産に関して個人的な出費はないのですが、それでも封を開けるのに何だかドキドキ。
さて、アメリカ・ニューヨーク州での2泊3日、無痛分娩の費用(@ Lawrence Hospital
Center
)、おいくらでしょーか?

 私の入院・分娩費用:6,867.25ドル
 無痛分娩麻酔技術料:1,320ドル
 悠生の新生児室利用費用・検査費用:2,641ドル

という訳で、合計10,828.25ドル。
内、最も高いのは病室(2人部屋/食事付)利用代の2,932ドル。次いで分娩費用の1,721ドル。その他、点滴代だの薬代だの検査代だの、実に事細かに内訳が記されています。
麻酔に関する費用としては、上記の入院・分娩費用の中に麻酔代として238ドルが計上されていたのですが、それとは別に、麻酔医の名前で技術料の請求書が直接送られてきたのでビックリ。更には悠生宛てに私とは別の請求書が届き、いやはや、子供を産むのって何てお金がかかるのだろうと改めて驚かされました。
もちろん、これらはあくまでも入院・分娩費用であって、妊婦検診にかかる費用は別。
私がお世話になったDr. Park Sonodaの診療所での妊婦検診費用は1回200ドルで、私は出産までに14回の検診を受けているので、それだけで2,800ドル。その他、2回の血液検査代が、それぞれ823.15ドルと448ドル。
分かっているだけで、合計4,071.15ドルになり、上記の入院・分娩費用と合わせると、
合計14,899.4ドル
保険会社に直接請求書が回ったために金額が分からなかった超音波検査費用やその他の検査(GBS検査や子宮頸癌検査等)費用まで合わせたら、一体いくらになるのやら…。
入院中、「困っている方はご相談ください」と書かれた保険関係のチラシをやたらともらいましたが、請求書の金額を見て納得。日本でも、入院・分娩費用を支払わずに勝手に退院してしまう所謂「産み逃げ」が問題になっているようですが、きっとこちらでも似たようなことが起こっているのだろうなぁ。

いやはや、保険の助けがなかったら、支払いが怖くてとてもじゃないけれど妊娠できませんね…。

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November 23, 2008

授乳でダイエット♪

朝はご機嫌♪逸生を出産した4年前、授乳の度に異様なまでにお腹が空き、毎日ひとりで3合のご飯を平らげ周囲を驚かせていた私。
悠生を産んで3週間、授乳量が増えるにつれ、今回もやってきましたヨ、脅威の食欲!そりゃあもう、白米の美味しいことと言ったら♪
日本でいただく日本米と比べ、水分が少なくパサつきが気になるこちらのお米(アメリカで栽培されている日本米)に日頃は不満を抱いている私ですが、今なら魚沼産こしひかり並に美味しく感じちゃう♪♪
朝からせっせとご飯を炊き、まずは朝ご飯。お茶碗に2膳をペロリ。お昼にも2膳。夜にも2膳。ついでに3時のおやつにも夜食にも1膳ずつ。これに具沢山のお味噌汁、焼き魚、納豆、海苔があれば、もう最高に幸せ〜♪♪♪
逸生の新生児期に比べて明らかに哺乳量の多い悠生に対応すべく、母乳製造元の身体が欲しているのだから仕方がない―と言い訳を付けつつ、朝から晩までひたすらモグモグ。主人は「見ていて面白いからどんどん食べて」と言い、母は常に炊飯器の中身を気にかけ、せっせとご飯を炊いてくれています。
とは言え、摂取カロリーよりも悠生の哺乳量が上回っているようで、有難いことに私の体重はみるみるうちに減少。もともと妊娠前の体重+4.5kgで出産を迎えたこともあり、産後5日目には早くも元の体重に戻り、3週間後の現在ではお釣りがくるほど。夜間でも2時間おきにおっぱいを欲しがる食いしん坊の悠生のお陰で、私は美味しく食べて楽しくダイエット。離乳食を始めて哺乳量が減るまでの半年間が勝負の時(?)、今のうちにバッチリと痩せさせてもらわなきゃ。
でもね、「体重」が戻ることと「体型」が戻ることはまったくの別問題。たるんたるんに緩んだ悲しきお腹の皮を引き締めるべく、そろそろ本格的に腹筋でも始めなくては…。

写真は生後19日目の悠生。まだまだ「あやすと笑う」という段階ではないものの、朝のお目覚め時など機嫌の良い時には、ニコォと柔らかい笑顔を見せてくれるようになりました。

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November 10, 2008

はじめまして

はじめましてすっかりご無沙汰してしまいましたが、出産のご報告です。
去る11月3日(月)、我が家の次男坊「悠生(ゆうき)」が元気な産声をあげました。
破水から始まったため即入院となり、陣痛促進剤を投与して分娩にこぎつけましたが、お陰で無痛の麻酔も間に合い、逸生を出産した4年前とは比較にならないほど落ち着いて分娩に臨むことができました。
分娩も後半、悠生の頭が見え始めた時、「Oh, lots of hair!」と言うドクターに対し、主人が「Good news!」と応じるそのやりとりに笑う余裕があるほど。無痛分娩、素晴らしいです。もう二度と自然分娩では産めないわ…。
出産入院は2泊3日、その後退院。現在は実家の母(1日に到着したばかり。素晴らしいタイミングでした)のヘルプを得て、自宅でのんびりと産後の養生をしているところです。
分娩時の様子と入院生活については、自分のための覚え書きも兼ねて、後日ぼちぼちアップしたいと思っています。

誇らしげな顔私の妊娠中、そして出産直後は「ボク、お兄ちゃんになるの(なったの)!」とハイテンションで張り切っていた逸生ですが、いざ弟が生まれてみたら、寝てばかりいてつまらないし遊び相手になるワケでもなし。肩透かしを喰らってすっかり興味を失ったらしく、今や眼中にない様子ですが、それでも悠生が泣いていると、「ママ、悠生が泣いてるよ」と教えてくれたり、汚れたオムツをゴミ箱まで運んでくれたり。少しずつ本当の“お兄ちゃん”に成長していってくれることを楽しみにしています。
赤ちゃん返りらしき現象としては、元来の怒りっぽさに拍車がかかっていること。些細なことにもやたらに絡んで突っかかってくる(チンピラの因縁風)ので、対応にホトホト手を焼いています。ま、暫くの間は仕方がないのかな…。

似てる?
上の写真は、左が逸生、右が悠生。生後5日目前後に撮影をしたものです。
悠生の方が若干下膨れでふてぶてしい顔つきをしているものの、さすがは兄弟、同じ
DNAを共有しているだけのことはあって、顔立ちは良く似ています。が、未だに滅法手のかかる兄に比べ、弟の悠生は現状「良く飲み良く寝る」孝行息子。
逸生は誕生直後から寝るのが下手で、背中にセンサーが付いているのでは?と思うほど、ベッドに寝かせた瞬間にパチリと覚醒するタイプの赤ん坊でしたが、悠生は授乳後にポイッとベッドに転がしても微動だにせず。逸生兄ちゃんの凄まじい喚き声にも電車の騒音(我が家は線路の真横)にも掃除機や洗濯機の音にも負けず、グースカと気持ち良さそうに(しかも長時間)眠っています。素晴らしい!
母乳の飲みっぷりも良く、二度目ゆえに私自身が慣れていることもありますが、逸生の時には散々苦労をした母乳育児も産後数日であっさりと軌道に乗り、以後は順調快適(ただし、現在黄疸症状が強く出ているため、ドクターの指示で授乳の後に適宜少量のミルクも与えています。哺乳瓶拒否もなく、ついでにおしゃぶりもマスター。どこまでも孝行息子です)。
逸生が新生児だった頃の記憶と言えば、「大変だった」以外の何物でもありませんが、今回は「あ〜、赤ちゃんって可愛いなぁ」としみじみと鑑賞する(?)余裕あり。もちろん、新生児期を過ぎ、覚醒している時間が増えるにつれ、そう呑気なことを言ってもいられなくなると思われるため(いかんせん“あの”逸生の弟だし、そうそう楽に育てられるとは思っていません)、僅か1ヶ月しかない新生児の期間、悠生との蜜月を存分に楽しみたいと思っています。

…という訳で、引き続きブログの更新は滞りがちになると思いますが、家族揃って元気に暮らしていますので、どうぞご心配なく 以上、ご報告でした。

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November 06, 2008

出産記録その5〜お産のカタチ

おめかし写真私が悠生を産んだ11月3日は、「1103」で「いいお産の日」なのだそう。そしてその通り、今回の出産は、私にとってとても満足のいくものとなりました。
そもそも、何をもって「いいお産」とするか、その基準は人それぞれだと思うのですが、私にとっての基準は、何より母子共に無事に出産を終えられること。
逸生を所謂病院で出産、その際、初産ということもあって、病院スタッフの主導で何が何だか良く分からないうちに産んでいた―という思いが少なからずあった私、逸生出産後暫くの間は漠然と“自然な”お産に憧れ、次回は助産院で産もうなどと考えていました。
が、流産を経験したことをきっかけに、妊娠・出産は奇跡の連続で、無事に我が子をこの腕に抱くまでは何が起こるか分からない―ということを痛感した後は妊娠・出産観が変わり、自然なお産に憧れていたけれど、じゃあ“自然”って何だろう?母子の安全のためには時と場合によっては医療の介入も必要なのではないか、最も優先すべきことは、我が子と我が身にトラブルが発生した際、速やかにその場で万全の対応をしてもらえることではないだろうか―と考えるようになったため、緊急時にも対応可能な救急総合病院での今回の出産は、まさに願い通りのものでした。
とは言え、そう思う一方でやはり気になったのが、総合病院での出産には「過度の」医療行為が介入するのではないかということ。アメリカの医療=すぐに&やたらに強い薬を処方する―というイメージを持っている私、我が子と我が身のために必要、あるいは希望する医療行為であれば喜んで受けるけれど、必ずしも必要ではない医療行為をマニュアルでされちゃうのは嫌だなぁ…との思いがあったため、検診の際、ドクターにその旨を伝えるつもりでいたところ、その矢先に破水、即入院。
何をされるのだろう…と多少の不安を感じつつ分娩に臨むことになりましたが、蓋を開けてみれば、所謂医療行為は無痛の麻酔と陣痛促進剤の投与、そして会陰切開のみ(導尿や剃毛等はナシ)。
無痛分娩は、生まれてくる我が子とお兄ちゃんになる逸生に産後すぐから十分に手をかけたいとの思いから良かれと思って私自身が希望したもの、そして無痛分娩と陣痛促進剤はほぼセットになることは予めドクターから聞かされており、このふたつは想定の範囲内。唯一、会陰切開はできれば受けたくはありませんでしたが、自然裂傷よりはマシだと思っているので、これもまぁ仕方がありません。
陣痛促進剤についても、すぐに投与を開始するのではなく、母体への負担を考慮して入院後3時間は自然な陣痛発来を待ってくれたうえ、有効な陣痛がついたと判断された後はすぐに投与を打ち切り、その使用を必要最小限に止めてくれたことは、とても有難いことでした。
救急総合病院という、万が一の際にも(一応)安心な環境下に身を置いて、(私にとって)必要最小限の医療行為のみを受けて無事に我が子をこの腕に抱くことができたこと。これだけで、今回の出産は私にとっては十分に満足のいくものでした。オマケに、麻酔のリクエストを出すタイミングを間違ったがために、子宮口7cm開大まで“産みの苦しみ”をも味わうことができたし(笑)。
そして、今回の出産を陰ながらサポートしてくれた助産師のLeeさん。マメに様子を覗きに来ては、お産の進み具合や陣痛の状態を詳しく説明、手際も良く、いつも笑顔、冷めた食事を温め直してきてくれるなど、とても親切な助産師さんでした。
逸生を出産した際にも助産師さんの偉大さに感動しましたが、今回も然り。Leeさんをはじめ、妊娠初期の出血が酷かった時期から経過を見守ってくれた検診主治医のDr. Park
Sonoda、悠生を取り上げてくれた主治医のDr. Pan Edwin、そして何より、妊娠期間中を通じていつも私を支えてくれた主人と逸生、じぃじ、ばぁば、まーちゃん、そしてお友達には本当に感謝をしています。
多くの奇跡と多くの人の助けがあって悠生がこの世に生まれてきてくれたことに、今は心から「ありがとう」の気持ちでいっぱいです。

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November 05, 2008

出産記録その4〜入院生活

ちんまり私が悠生を産んだLawrence Hospital Centerでは、出産入院の期間は初産/経産問わず2泊3日。帝王切開で出産した場合でも4泊5日です。

以下、入院生活の記録です。
【病室と備品】
10月中に完成予定と聞いていた新産科病棟は、その病室の殆どが個室ということで期待をしていたのですが、残念ながら予定が狂って旧病棟に入院することになった私。結果、同日に出産を終えたヒスパニック系の産婦さんとの相部屋になりました。
病室の広さは12畳ほど。中に洗面所とトイレがあり、2台のベッドの間はカーテンで仕切られています。ベッド脇にはテレビが設置されていましたが、残念ながら有料。お金を払ってまで見たい番組があるわけでもなく、私は利用しませんでした。
暖房の効き過ぎ、あるいは冷房の効き過ぎを恐れていたのですが、予想に反して室温は快適。寒かった時のためにカーディガンを、暑かった時のために半袖Tシャツを持参していたのですが、パジャマ一枚で丁度良く、いずれも出番はありませんでした。
備品は、品質はともかくとして、タオルに歯ブラシ、歯磨き粉、石鹸等ひと通り用意されており、私は持参のものを利用しましたが、極端な話、スリッパと授乳ブラ、退院時の服さえ持参すれば何とか過ごせそうなほど。意外にも充実しています。
それにしても、相部屋はキツかった…。
私と同部屋の産婦さん、大声で長電話するわ、見舞い客は大騒ぎをするわ、家族は深夜まで居座って自宅にいるかのように寛いでいるわ、テレビは大音量で一日中付けっ放しだわ。もうワタクシ、途中で堪忍袋の緒が切れて、看護師さんに注意してくれるよう頼んじゃいましたよ。さすがはアメリカと言うか何と言うか。
なお、この手の話はよく聞くので、私のケースが特殊ということではなさそうです。
返す返すも新産科病棟が未完成だったことが残念。

【赤ちゃんのお世話】
基本は母子同室ゆえ、一般病室に移った後はすべてのお世話を母親が行うのですが、我が子を「はい」と渡されただけで、看護師さんからの指導は一切なし。訊ねなければ備品の在り処すら教えてもらえない状態で、いざオムツを換えようと思ったら、オムツやお尻拭きの在り処が分からず、ナースコールで看護師さんを呼び出して教えてもらう始末。いやはや、何とも不親切です。
授乳やオムツ換え等、私の場合は二人目なので戸惑うことなくできましたが、初めてのママは途方に暮れるのではないかしら。それとも、初産の産婦さんには色々と指導があるのかも知れませんが。
唯一、沐浴だけは一日1回看護師さんが新生児室でケアしてくれましたが、日本のようなタブ・バスではなく、スポンジ・バスといって、タオルの上に赤ちゃんを寝かせ、ぬるま湯を含ませたスポンジで軽く拭いて汚れを落とすという方法。タブ・バスでの沐浴は臍の緒が取れてからという指導を受けました。
ところで、沐浴を終えて私の元に戻ってくる悠生、寒くもないのにナゼか必ずニットの帽子を被せられていました。何だかアメリカっぽい…と思うのは私だけかしら。

【褥婦の身体ケア】
出産直後は貧血等で倒れる危険性があるため、産後1回目と2回目にトイレに行く時には必ずナースコールで看護師さんを呼ぶようにとの指示がありました。
産褥パッドや洗浄綿等、産後の身体のケアに必要なものはすべてベッド脇に整えられていましたが、中でも便利だったのが、悪露洗浄用のシャワーボトル。アメリカにはウォシュレット文化がないので、ぬるま湯を入れて悪露を洗い流せるこのシャワーボトルはとても重宝しました。
また、備品として会陰切開の傷口に直接吹き付けるスプレー式の鎮痛剤(麻酔薬)があったのですが、これがもう大活躍。傷口が痛んできたらシューッとひと吹き、それだけで大分痛みが緩和されるため、シューッと吹き付けてはひとり感動していました。
痛みを我慢してしまう日本人とは異なり、痛みはコントロールするものという考え方が主流のアメリカ、回診に来るドクターも看護師さんも口を揃えて「痛いところはない?」と確認、あれば迷うことなく鎮痛剤を処方。典型的日本人の私にとっては、彼らの“とにかく鎮痛剤”という姿勢が新鮮に感じられました。

【授乳指導】
出産直後、母乳で育てるかミルクで育てるかを確認され、私は母乳育児を希望。何か指導があるのかと期待をしていたのですが、「ひたすら吸わせること」「赤ちゃんの口を大きく開かせること」等、逸生を母乳で育てた私にとっては特に目新しい情報はなく拍子抜け。
しかも、「母乳を出すには水分補給が大切よ」と言って、持ってきてくれるのはジュース&スプライト。う〜む、スプライトで母乳を出すアメリカ人の感覚、私には理解不能…(そして持参のお茶を飲む私)。
ところで、2泊目の夜、授乳をすると乳首に激痛が走り、どうしても授乳ができない時間が数時間あった私。悠生が脱水症状を起こさないかと心配だったので、看護師さんを呼んでミルクをあげてくれるよう頼んだところ、ミルクを表す「Formula」が私の発音ではどうしても通じず、「Bottle milk」と言い直してようやく通じる始末。何だか悔しい…。
その際、看護師さんに乳首が痛んで授乳ができないと訴えると、「授乳後に母乳を乳頭に塗っておくと痛みが和らぐわよ」と言われ、試してみたのですが、効果のほどは「?」。こういう場合にも希望をすれば鎮痛剤を処方してもらえるそうですが、鎮痛剤で治まる痛みとも思えなかったため、私は気合(?)で乗り切りました。
ところで、病室を訪れる看護師さんが皆、開口一番「あなたは母乳?それともミルク?」と確認をするのには閉口。ちゃんと情報を共有しておいてよ、何ならベッド・ヘッドにでも書いておいたら?と言いたくなるほどでした。

【母子の身体検査】
一日に数回、看護師さんが病室にやってきて、褥婦の子宮の戻り具合や悪露のチェック、検温と血圧測定等を行います。
退院前には主治医の回診があり、口頭で経過を確認。その際、会陰の切開痕の痛みが酷いようであれば鎮痛剤を処方すると言われましたが、私の場合はそれほど酷くはなかったので、薬はもらいませんでした(退院後にもし痛みが酷くなった場合には、TYLENOL=薬局で購入できる一般的な鎮痛剤を服用するようにとの指示がありました)。
一方、赤ちゃんの検査は一日に1回、新生児室にて。この時に、検温など一般的な検査の他、スクリーニングテスト用の採血や聴力検査、黄疸の検査など、特別な検査も併せて行われていたようです。
ところで、こちらでは生まれてくる赤ちゃんのかかりつけ医となる小児科医を出産前にあらかじめ指定しておくシステムなのですが、どの先生の評判が良いのかが分からない私は、妊婦検診でお世話になったDr. Park Sonodaの薦めるドクターを指定。産後、入院2日目と3日目にそのドクターが病室まで出張来院、悠生の健康状態をチェックしてくれました(病院で受けた黄疸検査やスクリーニングテストの結果も、すべて担当の小児科医を通じて知らされます)。
余談ですが、検査を行う担当者は検査項目によって異なるようで、朝から晩まで何人もの看護師さんが入れ替わり立ち代わりやってくるのには閉口。一番驚いたのは、朝の5時に看護師さんが採血にきた時で、寝ているところを叩き起こされ、まだ寝惚けている私の腕に無言で採血用の注射針をブスッ。おまけに下手。一瞬で眠気が吹き飛びました。

【食事】
一日3度の食事はすべて選択式。食事の数時間前になると担当者がオーダーを取りにきます。その際、口頭でメニューを教えてくれるのですが、種類が多過ぎて一度聞いたくらいでは判断できず。が、担当者のオバチャンが急いでいるのかやたらとピリピリしており、「もう一度言って」と頼めるような雰囲気ではなかったため、毎度パッと美味しそうだと思ったメニューをリクエストしていました。
それにしても、母乳に悪そうな献立ばかり…。

カロリー高そう…

同じ病院で昨年出産したお友達から食事がとんでもなく不味いと聞いていましたが、私の味覚がおかしいのか、それとも予め覚悟をしていたので合格ラインが低くなっていたのか、それほど酷いとは思わず。それでも、母に頼んで作ってきてもらったおむすびは格別の味でした。日本人にはやっぱりお米!小麦粉だけじゃ母乳を出せませんって。
それにしても、一日に3回もオーダーを取りにこられるのは、正直なところかなり面倒な感じ。寝ていても容赦なく叩き起こされるので、「もう、何でもいいから寝かせておいて」と言いたくなるほどでした。フレキシビリティも度が過ぎると鬱陶しいだけのような気が…。

そんなこんなの入院生活でしたが、入院中に感じた全体的な印象は、「とにかく忙しい」というもの。僅か2泊3日の間にすべての検査や処置を終えなければならないので仕方のないことだとは思いますが、ひっきりなしにドクターや看護師さん、その他のスタッフが病室に出入りをし、まったくと言って良いほど落ち着きませんでした。
当然、悠生も寝たと思ったら起こされるの繰り返しで、親子揃ってかなりの寝不足状態に。退院し、帰宅してようやくホッと一息つくといった状態でした。
そして、もうひとつ印象的だったのが、「訊かなければ何も教えてくれない」ということ。日本的サービスに慣れ切っている私は、入院中も基本的に「待ち」の姿勢でいたのですが、こちらから質問をしなければ「Everything is OK」とみなされ、誰も何もアドバイスをしてくれないのです。
例えば、2日目の夜にはシャワーを浴びることができたそうなのですが、それを知ったのは退院の時。シャワーを浴びたいと思いつつも、浴びても良い状態になったら看護師さんが教えてくれるだろうと訊かずにいたら、結局は誰も教えてはくれず、結果的に機会を逃してしまいました。
私の方には英語というハンデがあり、いちいち質問をするのが煩わしかったのは事実ですが、そこは多種多様な人々が暮らすニューヨーク、非英語圏の入院患者も多いようで、ドクターにしても看護師さんにしてもこちらの英語レベルに合わせようという姿勢が徹底されていたので、もう少し積極的に色々なことを質問すれば、より快適な入院生活を送ることができたのかも知れません。
それにしても、もし今後アメリカの病院に入院しなければならない事態に陥ることがあったとしても、相部屋だけは二度と御免。無痛分娩を選択し、十分に体力を温存して出産を終えたハズが、同部屋の産婦さんのお陰で疲労度は200%増し。新産科病棟に入院できなかったことがつくづく残念です。看護師さんからは、「あと数日で新しい病棟がオープンするから、3人目の出産でぜひ戻っていらっしゃい」と言われましたが、こうなったら本当にそうしたい気分かも…。
<「出産記録その5〜お産のカタチ」に続く…>

newyork_life at 23:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)