小学校生活

March 12, 2012

ありがとう、日本人学校

昨年4月にニューヨーク日本人学校(Greenwich Japanese School/GJS)に入学して早一年。とうとうこの素晴らしい学校、先生、お友達とお別れする日が来てしまいました…。

先日行われたクラス送別会の日に担任の先生や職員室へのご挨拶は済ませておいたため、当初は今日の終業日には学校へ足を運ぶつもりはなかったのですが(午前中にはムービングセールを開催するし、何より日本人学校は遠い)、同じく今日限りでアトランタの現地校へ転出するAちゃんのママから「最終日は感動モノなんだって。行かなくちゃダメよ〜」と言われ、急遽予定を変更。
ムービングセールの後片付けもそこそこに、まーちゃん同伴で高速道路を素っ飛ばし、一路日本人学校へと向かったのでした。

スクールバスさて、終業式を終え、大きな荷物を抱えて玄関口から出てきた逸生と合流し、まずはスクールバスのお見送り。逸生が一年間お世話になったWestchester B Lineのバスをはじめ、子供たちを乗せて次々と走り去るバスを、今日限りで転出する先生方や子供たちが手を振って見送るのです。
バスに乗っている子供たちも窓を開け、「さようなら〜!」「バイバ〜イ!」「またいつか会おうね〜!」の大合唱。逸生も名残惜しそうに、小さくなっていくバスの後ろ姿にいつまでも手を振っています。

上級生と今日でお別れ








それから、バスに乗らなかった子供たち(転出する子や先生に改めてお別れを言いたい子など)と先生方で写真撮影大会。逸生も担任の先生やクラスメイト、上級生と一緒に何枚もの写真を撮りましたが…。
逸生、笑顔なのに、鼻は赤いし目はウルウル…。
(上の2枚の写真は、先生や他のお子さんも写っているため拡大できません。赤い服を着ているのが逸生。)

写真左:上級生と一緒に。初等部・中等部合わせても200人未満、かつスクールバスは学年入り乱れての乗車ゆえ、上級生とも仲良しでした。
写真右:担任のT先生&同時期に転出するクラスメイト3人と。同じクラスから一時に4人も転出するなんて、在外学校ならでは。でも、「ボクだけじゃないんだ」と思うと心強い?
ちなみに、逸生が敬愛していた担任のT先生も3年間の派遣期間を終え、この春帰任。帰国後は、出身地の青森の公立小学校に赴任されるのだそうです。そんな先生の目も真っ赤でした。

通学路?中央奥の方にかすかに見える黄色い物体はスクールバス。そこがスクールバスの駐車場で、子供たちは下車後、左手の舗道を歩いて校舎に向かいます。
逸生は毎朝バスを降りると、別のバスラインで登校してくる仲良しのお友達Sくんと一緒に駐車場で担任のT先生の出勤を待ち、3人でおしゃべりをしながら校舎に向かうことを日課にしていました。

登校風景最後のGJS
こんな風に、スクールバス駐車場から緩い坂道を上って校舎へ。
昨年の誕生日プレゼントだったハンドル&キャスター付き通学リュックは、日本では出番がなくなりそうです。

初等部玄関児童ひとりひとりの個性を重んじ、良いところを認め、褒め、伸ばしてくださった先生方。
24人で力を合わせ、一年間様々なことに挑戦し続けたクラスのお友達。
青々とした芝生のグラウンド、蛙を捕まえて遊んだ小川、秋になると愛らしい果実をつけるリンゴや洋梨の木々。
素晴らしい先生方とお友達に恵まれ、美しい自然に囲まれ、元気いっぱいに遊んで学んだ日々は既に過去のものとなってしまいましたが、この一年間の様々な出来事は、逸生の記憶の思い出の1ページに大切に刻まれたはず。これから先、日本でどんな小学校生活が待っているのかは分かりませんが、ここで学んだたくさんのことを胸に、自信を持って新しい学校生活に飛び込んでいってほしいと願っています。

小学校生活のスタートを、ここニューヨーク日本人学校できることができて本当に良かった。
ありがとう、そしてさようなら、GJS!

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March 07, 2012

間もなくお別れ…

逸生が通うニューヨーク日本人学校(Greenwich Japanese School/GJS)では、毎年3月は別れの季節。例年、父親の帰任に伴い転出する児童・生徒が一定数いるうえ、任期を終えた一部の派遣教員も帰国となるため、学内にはお別れムードが漂っています。
そんな中、今日は逸生たち1年A組から転出する児童4人(逸生を含む)のお別れ会が開催されるということで、折角の機会なので主人と私(&泰生)も出席させてもらうことに。どんな会になるのかと楽しみに出かけてきました。

…とその前に、お世話になったクラスメイトに渡すサンキュー・カードとギフトの用意。実は、お別れ会の日時が決まったのが直前(5日前)だったため、逸生は大慌てでカードを書かなければならなくなってしまったのですが、休みの日に1日をかけて、ひとりひとりへのメッセージを一生懸命に書き込み、その傍らで母はギフトの用意(余談ですが、こういう時、ありきたりの文面で一律のメッセージを書くことを良しとしないのが逸生の偉いところ。ひとりひとりとのエピソードを思い出し、一生懸命にメッセージを綴っていました)。
ギフトについては、受け取った側の負担にならない程度の低予算で喜んでもらえるものをと思うとなかなか難しかったのですが、あれこれ悩んだ末、やっぱり小学生には文具でしょ…というワケで、懐かしの(?)マルチカラー・クレヨン(商品名:Multicolored Transparent Glitter Stacking Point Crayons)&スマイル・デザインの鉛筆削りをチョイス。逸生のクラスは逸生を除いて24人、1ダースパックを2パック注文すればピッタリ♪と悦に入っていたら、直前に転入生があり、1個不足するという緊急事態が発生したものの、何とか間に合わせることができました。ふ〜。

送別の言葉そして迎えた今日のお別れ会。
先に職員室への挨拶を済ませてお教室に向かったところ、黒板は送別の言葉で埋め尽くされており、母はいきなりしんみり。が、当の逸生は、お教室の中央に設けられた主賓席(?)に座って楽しそうにはしゃいでいましたが…。

そして、クラスのしっかり者女子2人の司会でお別れ会はスタート。内容は、「思い出コーナー」「ぴかぴかコーナー」「ミニ学発(学習発表会)コーナー」「ゲームコーナー」の4つです。
思い出コーナーは、クラスメイトがお別れする4人との思い出を語るという内容で、逸生については「一緒にポケモンの話をしたのが楽しかった」「(通学)バスの中でCCレモン(ジャンケンの一種)をやったのが楽しかった」等の話が出てきて、逸生がお友達と楽しい毎日を送っていたことが分かる逸話に思わず頬が綻びます。

賑やかなお別れ会次のぴかぴかコーナーは、各人が餞別代わりに自分のぴかぴか(素敵なところ)を披露するというもので、ピアノを弾いてくれたり、井上陽水の『少年時代』(国語の音読の課題)を歌ってくれたり、お手玉を披露してくれたり。
ミニ学発コーナーでは、昨年秋に行われた学発の名場面を皆で演じ(好評だった逸生たち3つ子の名場面も再演)、その後のゲームコーナーでは、フルーツバスケットで大盛り上がり。
あっという間の楽しい1コマ45分でした。

先生のお話では、今日のお別れ会の内容を決めるにあたっては先生は一切関与しておらず、会の内容から担当まで、すべてを子供たちが自分たちで決めたとのこと。
逸生たち転出するお友達を楽しませたいというクラスメイトの暖かな気持ちが伝わってくる内容に、母は嬉しく、そしてしんみり。1年A組の皆、一年間仲良くしてくれて本当にありがとう。

そして最後は、転出する4人の子供たちからのお礼の言葉。最初の子が発言し、次に逸生が述べようとしたところ、先生から「いっちゃん(逸生のことです)は最後にしようよ。きっと最後にいいこと言ってくれるから」との難しい注文が…。
オイオイ、大丈夫か?との母の心配をよそに、逸生、ちゃーんと最後になかなかの名スピーチ(お礼の言葉とGJSで2年生になる皆へのエール)を述べて会をシメておりましたよ。へ〜、学校では優等生(?)なのね(笑)。

それから最後に先生と少し立ち話。
先生の目から見た逸生の良いところは、周囲の人の話を良く聞き、自分なりに考えを深め、最後に的確な意見を述べることができることなのだそう。
曰く、「逸生くんの発言を文字で表すと“ズドン!”なんですよ。皆が困っている時に、すごく良いことを言ってくれる。だから、ボクは逸生くんを最後に指名することが多いんです。何を言ってくれるかな?って楽しみで」。
そんな風に思ってくださる先生に出会えたことは、逸生の宝。先生にも一年間本当にお世話になりました(ちなみに、担任の先生も任期を終えてこの春本帰国)。

さて、逸生の日本人学校生活も、残すところあと3日間。この素晴らしい学校、仲間と間もなくサヨナラだなんて寂しい限りですが、逸生には最後の最後まで元気に楽しく通学してもらいたいと思っています。

★オマケの小話★

逸生たち1年A組の年間目標は「ぴかぴか」。
お教室の壁には「ぴかぴかの木」なる枝のイラストが貼り出してあり、子供たちはお友達のぴかぴか<素敵なところ>を見つけたら、葉っぱ型のカードに書き込んで枝の周りに貼り付け、ぴかぴかの木を繁らせるのです。

1年A組ぴかぴかの木

ぴかぴかの木

そして、お友達が見つけてくれた逸生の「ぴかぴか」は…

「ないものを いっしょうけんめい あきらめないで さがした」
「せんせいに ちゅういをされたあと すごくしゅうちゅうして はなしをきいていた」
「せんせいから いわれたそのひに おどうぐばこを もってかえった」
「おへんじを はいって いう」
「ともだちのことを じっくりしゅざい(取材)して さいごには ちゃんといえた」

こんな風に、お友達の良いところを積極的に見つけようとする姿勢って素晴らしい。1年A組のぴかぴかの木は、1年間で見事な大木に育ちました
転校先の日本の公立小学校では、恐らく1クラスの人数も多いであろうし、日本独特の横並び文化からしても、クラスの個々人に意識を傾けるような活動はないと思いますが、逸生には、日本人学校で学んだ視点を活かして、お友達の良いところを積極的に見出すことのできる子供に育ってほしいと願っています。

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February 01, 2012

授業参観、道徳編

今日はニューヨーク日本人学校一年生最後の授業参観の日。科目は道徳ということで、何をやるのだろう?と楽しみに出かけてきました。

ところで、在外日本人学校に派遣されている教職員の任期は通常2〜3年。逸生の担任の先生は今年度が任期3年目ゆえ、この3月末をもって日本人学校を離職、帰国後は日本の公立校で教壇に立つことになるのだそうです。
そして、今日の道徳の授業は、二年生になった教え子の姿を見ることができない先生からの贈り物。「ぴかぴかの一年生」から「ぴっかぴっかの二年生」になるためにはどうすれば良いかを、江本勝氏の著書『水からの伝言』を題材に皆で考えるーという内容でした。

『水からの伝言』は、世界75ヶ国で250万部以上が発行されたというベストセラーゆえ、ご存知の方も多いでしょうし、事実、私も図書館で借りて読んだことがあるのですが、その内容は「水に言葉をかけると、その言葉が(水の)結晶の形に影響を与える」というもの。
授業は、水に「ありがとう」などの良い言葉をかけた結果できた美しい結晶と、「ばかやろう」などの悪い言葉をかけた結果できた醜い結晶のスライドを見せるところからスタート。逸生はもちろん、子供たちは皆興味津々で、身を乗り出すようにしてスクリーンを見詰めています。
続いて、どんな言葉をかけられたら嬉しいか、どんな言葉をかけられたら嫌かを話し合うと、「ありがとうって言われたら嬉しい」「一緒に遊ばないって言われたら悲しい」などの意見が続々と出てきます。
そして最後に先生が、人体は70%近くが水でできている、だから良い言葉を使えば身体の中の水は美しい結晶になるかもしれない、逆に、悪い言葉を使えば身体の中の水は醜い結晶になるかもしれない、だから相手が嬉しくなるような言葉をかけたら、自分の身体の中の水も、相手の身体の中の水も美しい結晶になって、ひいては互いの心までがぴかぴかになるのではないかーとまとめると、子供たちはなるほど〜と感心した様子です。
嗚呼、日頃逸生相手に怒鳴り散らしている私としては、甚だ耳が痛い話です(笑)。

ちなみに、「水に言葉をかけると、その言葉が(水の)結晶の形に影響を与える」という江本勝氏の説には科学的根拠がなく、今ではエセ科学、オカルトの代表(?)として多方面から批判されているーということは、後日談として知っていたのですが、今改めてWikipediaの『水からの伝言』のページを見てみたら、「この書籍が小学校などの道徳教材に使われ問題となった」との記述があり、まさに今日の授業のことじゃないのとビックリ。
私個人の感想としては、確かに科学的根拠はないのかも知れないけれど、「言葉の持つ力」を子供たちに考えさせるきっかけとしては、この素材は悪くはないと思うのですが(そもそも小学一年生なんて、まだ半分はファンタジーの世界に生きているようなものだし)。とは言え、学校でエセ科学を教材にし、それを子供たちが信じてしまうというのは、やっぱりマズイような気もするし…。うーん。
(一応先生からは、「人体内部の水が言葉の影響を受けるかどうか、本当のところは分からない」とのエクスキューズがありましたが、『水からの伝言』の内容そのものについては“事実”として扱っていました。)

そんなこんなで、本日の授業参観、ちょっと「ん?」と思う点もなきにしもあらずでしたが、ぴっかぴっかの二年生になってほしいという先生の願いは私にもよく分かるし、子供たちにもきっと伝わったハズ。逸生たち一年生25人、春にはぴっかぴっかの二年生になっていることでしょう。

そして逸生サン、今日の先生の話に感銘を受けたのなら、汚い言葉で悠生と喧嘩をするのは止めてちょーだいな(笑)。

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January 30, 2012

嗚呼小学一年男子

7歳児小学校入学直後から、毎日の宿題となっている日記。日々の積み重ねの成果なのか、ここ最近の逸生、以前と比べて内容に広がりのある文章を書くようになっています。

例えば…。
(読み易いように漢字を交えて記します)

〓1月26日(木)〓
今度は、こどものくに幼稚園の子たちが来ました(※注:4月に入学予定の幼稚園生の体験入学があったのです。「今度は」というのは、先日、別の幼稚園からの体験入学を受け入れたことを受けて)。最初はアートをやるのに、スモックを忘れて先生に怒られました。だからぼくは、アートと国語で挽回しました。どうやって挽回したかというと、アートの時は前(※注:別の幼稚園の体験入学)より褒めてあげました。でも、(相手の)顔を見るのを忘れました。次は国語です。国語で挽回したことは、もっと音読を分かり易いように教えました。

〓1月28日(土)〓
今日ぼくの家の近くの川に行きました。最初小さな滝を見た後、橋を渡って、道を歩いていたら、鴨のフンがありました。だからママに「こっち(は大丈夫)」と言いました。どんどん歩いて最後のへんまで来たら鴨がいました。ぼくは鴨にパンをあげました。でもフンがあったのが嫌だったです。

少し前までは、「今日ぼくは、◯◯でした。なぜかというと××だったからです」という流れ一辺倒の日記しか書けなかったのに、いやはや成長したもんだ。

そんな逸生ですが、実は国語の授業が大嫌いなのだそう。
曰く、好きな科目は、体育、生活、アート(図工)。嫌いな科目は、国語、英語、道徳。算数は、どちらでもない、普通とのこと。
うーむ、小学一年男子っていう感じ?
3歳の悠生に向かって、「いいな〜、悠生は。幼稚園で遊んでいられて。ボクなんかお勉強ばっかだよ」とボヤいている勉強嫌いの逸生サン。嗚呼、今からこんな調子では、先々が思い遣られる…(?)

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December 14, 2011

気分は聖歌隊

チャペル内部今日は逸生が通うニューヨーク日本人学校の1・2年生によるチャペル・コンサートの日。
学校の敷地内にある教会で合唱や楽器演奏の発表を行うということで、悠生と泰生を連れ、楽しみに出かけてきました。

逸生たち1年生の発表は、間もなくクリスマスということで、「ジングルベル」のピアニカ演奏と「We wish you a Merry Christmas」の合唱、それに先日行われた学習発表会で歌った歌の合唱。

聖歌隊気分♪つい先日幼稚園のクリスマス会を観たばかりですが、そこでの6歳児クラスの子供たちの歌と比べると、たった1歳の違いにも関わらず、今日聴いた1年生の歌声は遥かに「合唱」らしい。この時期(幼児期/学童期)の子供たちの一年間の成長ぶりには目覚ましいものがあるのだなぁ…と改めて感心させられました。

美しいステンドグラスを背にクリスマス・ソングを歌う子供たちは、さながら聖歌隊のよう。クリスマスを前に素敵なひと時となりました。

→逸生は前列右から2番目(ピンク色のシャツ)。写真は拡大できません。

ところで、悠生の降園時刻を待っているとコンサートに間に合わなくなるため、今日は悠生は幼稚園を30分ほど早退。
自宅→幼稚園で悠生をピックアップ→チャペル・コンサート@日本人学校(お隣コネチカット州)→(ニューヨーク州に戻り)冷蔵庫に卵がなかったことを思い出して買い物→スクールバスのバス停へ直行→バス到着まで15分ほどあったため、空腹の泰生に車の中で授乳→逸生をピックアップ→帰宅
ーとこなしたら、ワタクシ、もうグッタリ
でも一番大変なのは、毎日兄ちゃんsの予定に付き合わされまくっている泰生サン@まだ生後50日。三男坊の宿命とはいえ、おちおち寝ていることもできず、ちょっぴり可哀想です。

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December 06, 2011

我が子、見直し

今月末には二学期が終わり、その後10日間ほどの冬休みに入る日本人学校。
そんなワケで、今日は二学期の総括となる保護者面談があり、悠生を幼稚園、泰生をベビーシッターさんに預け、ひとり身軽に出かけてきました。

一学期は、初めての小学校生活ということでそれなりの緊張感を持って毎日を過ごしていた逸生ですが、二学期に入ったあたりからは慣れも出て、すべてがユル〜くテキト〜に。
例えば、宿題の日記は原稿用紙の半分すら埋めず、かつ字が汚い(解読不能)。誤字についても消しゴムで消すのを面倒臭がって上から無理矢理書き直す。朝はいつまでもベッドから出てこない、忘れ物は多い、お弁当は残してくる、着終わった体操服をいつまでも通学リュックに保存(?)している等々、ママのお小言は尽きません。
まあね、小学校一年男子なんてこんなものだというのは分かっています。でも、親としてはやっぱりイライラするじゃあないですか

そんなこんなで、学校でもさぞかしユル〜くテキト〜にやっているのだろうと想像、若干ブルーな気持ちで臨んだ保護者面談だったのですが…。

担任の先生、逸生を褒めまくり。
まぁ日本人学校とはいえここはアメリカ、褒めて褒めて褒めまくるのがアメリカ式教育法ゆえ、話半分くらいで受け止めておけば丁度良いと思うのですが、それにしても随分とお褒めいただき、私は何だか居心地が悪いほど。

先生からのお話の内容は、ざっと下記のようなものでした。

先日の学習発表会前、三つ子役の練習をとても頑張っていた。「お調子者の三つ子の長男」という設定の通り、次男、三男役の子を先導して校内を回り、「他学年の児童や先生方を笑わせる」という武者修行(?)に励んでいた。そして、本番でお客さんが笑ってくれたこと、クラスメイトが「三つ子のお陰で劇が盛り上がった」と評価してくれたことが自信となったようで、その頃から色々なことに興味を持ち、何事にも非常に前向きに取り組んでいる。
・クラスメイトの発表にも良く耳を傾け、他者の考え方を自分の中に取り入れようという姿勢が見られる。そうすることで、自分の考え方の幅を広げていっている。
・発言は、真っ先に手を挙げるタイプではないものの、言いたいことがある時には手を挙げ、自分の考えや思いをきちんと話すことができる(要所要所で良いことを言う)。
・音読や読解、計算、運動など、何をやらせても即90(100を完璧とした時)のラインへ到達する。だからこそ、91、92と、より高みを目指してクラス全体を引っ張ってもらいたい。これについては、最近では逸生本人が自分の可能性を自覚し、「もっとできるんじゃないか、もっと頑張ってみよう」という気概を見せている。
・運動神経、特に敏捷性については舌を巻くほど(「ご家族のどなたかが運動神経が良いのですか?」と訊かれたのですが、主人も私も運動神経は至って普通…)。

他にも、最近、休み時間は将棋に熱中していること、毎朝スクールバスのバス停近くで仲良しのSくんと一緒に先生を待ち伏せしていて、先生とSくん、逸生の3人でおしゃべりをしながら校舎に向かうこと、(出産直前で私が参観できなかった)長距離走記録会が行われた日の朝、「今日ママは来れないけど、ボクの頑張るぞっていう気持ちがママに届くように走るんだ」と話していたことなどのエピソードを教えていただきました(最後のエピソードには思わずホロリ)。

一方、私が気になっている字が汚いこと(というか、丁寧に書かないこと)については、「きちんと書こうと思えば書けるので問題ない、今は<名前だけ><日付だけ>等、一箇所だけでも丁寧に書いてみようという指導をしている」のだそう。また、超短文で私には手抜きにしか見えない日記についても、「長さは求めていません。子供たちが何を考えているのか、考えていることを表現できれば良いと思っています」とのことで、うーん、何て子供たちに理解のある先生なのかしら。私も、そういう大らかな気持ちで見守ることができれば良いのでしょうが、やはり我が子が相手となるとそうもゆかないのよねぇ…(ブツブツ)。

寝坊や忘れ物等、生活態度がダメダメなことに変わりはありませんが、それよりも大切であろう「何かに取り組む姿勢」をたくさん褒めていただき、意外だった今日の保護者面談。典型的な日本的母親の私、ついつい我が子のダメなところに目が行ってしまうのですが、今日の先生とのお話で、いかに自分が我が子の良いところに気付けていないかを痛感したため(まぁ学校と家とでは見せている顔が違うということもあると思いますが)、今日からひとつ、改めて逸生を見直してみようと思うのでした。

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November 03, 2011

一年生23人の挑戦

逸生が通うニューヨーク日本人学校の二学期最大の行事「学習発表会」。
この会、児童・生徒が授業を通じて創作したオリジナルの劇を学年毎に発表するというもので、逸生たち初等部一年生が演じるのは『ぴっかぴか〜Thank you, America』という20分ほどの劇。父親の転勤で日本を離れ、アメリカで暮らすことになった主人公の男の子が、初めのうちこそ「アメリカなんて大嫌い」と不貞腐れていたものの、東日本大震災の際、こぞって日本に支援の手を差し伸べてくれたアメリカ人の思い遣りに触れ、最終的にはアメリカとアメリカ人に感謝の気持ちを持つに至るーという、なかなかに高度な内容です。
担任の先生の指導の下、ストーリー、台詞、配役などをクラスの皆で話し合いながら作り上げたのだそうで、子供たちは自らの手で生み出したオリジナルの劇にヤル気満々。もちろん逸生もこの学習発表会の日を指折り数えて心待ちにしており、ここひと月程の間、毎日の宿題の台本読みに精を出していました(この宿題、付き合う親も大変でした…)。

さて、逸生の役柄は、主人公の男の子が通う学校の児童のひとりで、お調子者の三つ子の長男。逸生本人は、地震速報を読み上げるニュースキャスターの役が自分に向いていると思っていたようなのですが、クラスの皆に三つ子役を推薦されたそうで、ププッ、皆の方が逸生のキャラを良く解ってる(笑)?

そして迎えた今日の本番。
折角の息子の晴れ舞台ということで、主人も休みを取り、パパとママ、揃って観劇に出かけてきましたよ(泰生のお世話はまーちゃんにお願いしました。感謝)。

学校が舞台逸生が扮するの三つ子の役は、セリフこそ少ないものの、設定通りのお調子者らしい派手な動きで客席の笑いを取ることに成功(振り付けも自分たちで考えたそう)。

←劇の一場面(他のお子さんが写っている関係で、写真は拡大できません)。
逸生はセリフ、タイミングともに間違えることなく無難に役をこなし、プラス、他の子にスポットライトが当たっている間も、頷いたり小首を傾げたり手をポンと打ったりと、場面に合わせた細かな芸(?)もぬかりなく、その一生懸命な様子に客席の私は可愛いなぁとニンマリ。こういうの、意外と真面目に取り組むのよねぇ。

そして、この劇の最大の見せ場が、一年生23人全員で挑戦する「一分長縄(一分間に長縄を何回跳べるか)」。前日までのクラスの最高記録67回を本番で塗り替えるのが目標です。
(なぜ上記のストーリー展開に長縄が登場するのか、説明すると長くなるので割愛)

8月下旬に体育の授業を参観した際には、逸生を含むクラスの大半の子は、前の子が縄に入り→跳び→縄から出た後、暫くの間タイミングを窺わなければ長縄の中に入れなかったのですが、その後、練習に練習を重ねた結果、今ではクラスの全員がリズム良く連続して縄の中に入ることができるようになり…。

新記録達成!見事、劇中で記録更新、一分間で78回の新記録達成です。ヤッタネ!
会場は拍手喝采、舞台上の子供たちもハイタッチで大興奮!(右の写真。一番左、グレーの長ズボンを穿いているのが逸生)

こうして大成功のうちに幕が下りた一年生の劇『ぴっかぴか〜Thank you, America』。
1年A組の皆、良く頑張ったね!

昨年、幼稚園のクリスマス会で『グリーンマントのピーマンマン』という、絵本を題材にした可愛らしい劇を演じていた逸生たちが、僅か一年後にはこんなに難しい内容に取り組めるようになるなんて。
初めて台本を読んだ時には、「これ、一年生が演じるには難しいんじゃないの?」と思ったものですが、私の認識が甘かった。子供の可能性は無限大、その気になってやれば何だってできるんだなぁ。
クラスの全員が一丸となって難しい劇に取り組み、見事に演じ切ったその成長ぶりに、しみじみと感心させられた今日の学習発表会。逸生も頑張ったね。お疲れ様。

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October 17, 2011

逸生のアメリカ人像

3週間ほど前から毎日の宿題として課されている「色日記」。日替わりで渡される色付きの原稿用紙、ピンクの紙には「嘘の出来事」を、黄色の紙には「アメリカ(人)の素敵なところ」を、水色の紙には「身近な人の素敵なところ」を書くのですが、この内、逸生作の「うそ日記」については既に紹介したので、今日は「アメリカ(人)の素敵なところ」日記のことを。

このテーマ、日頃アメリカ人との接点が少ない日本人学校の児童、しかも一年生にとってはやや難しかろうということで、事前に担任の先生から「お子さんの相談にのってあげてください」とのお願いがあり、実際、初回と2回目は私が原案(ヒント)を出してあげたのですが、結果、すっかり私を当てにするようになってしまった逸生。
そこで、3回目にこのテーマが回ってきた際、「自分でよーく考えてごらん」と突き放したところ、逸生、ウンウン唸りながらもひとつのことに気付きました。

それは、「アメリカ人は、誰とでもすぐに友達になること」。

うん、良いところに気が付いたね。

これ、恐らくは、夏休みの間通っていた現地のサマーキャンプで感じていたことなのでしょう。「◯◯くん(アメリカ人の男の子)って、ボクが英語あんまり分かんないのに話しかけてくれるし優しいんだよ。それで仲良くなったんだ〜♪」って嬉しそうに話してくれたもんね。

他国の文化や人々について理解し、その良いところを認めること。
まだ7歳の逸生ですが、海外で暮らしているからこその「気付き」に、嬉しく、そして頼もしく思う母なのでした。

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October 08, 2011

我が家の歩く広告塔

先日の記事で紹介した、日本人学校一年生の宿題「うそ日記」。
数日前に逸生が書いた「うそ日記」がまたまた可愛らしかったので、ここにメモ。毎度親バカでスミマセン…。

原文はオール平仮名ですが、読み易いように、以下、漢字を交えて。

「今日、僕は空を飛びました。そして、宇宙に行きました。その宇宙(に)はすごいお菓子がありました。そ(う)したら隕石の飴が僕に落ちました。そして綿アメの雲がありました。僕は食べました。全部食べたから落っこちました。気付いたら、しりもちをついていました。いててのて。」

ああ可愛いなぁ 癒されます。

ところで、おしゃべり男の逸生サン、またまたやってくれましたよ。
火曜日におしるし出血があった際、逸生に「赤ちゃんが産まれる前にはよくあることだから心配は要らないんだけど、ママ、今日の朝、血が出ちゃったの。病院の先生に、無理をしないようにって言われちゃったから、逸生も協力してね」とお願いをしたところ…。
何と、翌日学校で、「ボクのママ、昨日お尻から血が出ちゃって大変だったんだ!」とか何とか言い触らしていたもよう。

この話、上のお子さんが逸生と同級生、下のお子さんが悠生と同じ幼稚園に通っているお友達のママに幼稚園で会い、発覚。訊けば、上のお子さんが帰宅後に「逸生くんちのママ、お尻から血が出ちゃって大変だったんだって!」と話していたのだとか。

まぁ、私が今月出産を控えていることは周知の事実、さすがにおしるしだろうと察していただけるとは思いますが、それにしても「お尻から血」って…痔じゃあるまいし

嗚呼、やっぱり逸生には余計なことは言わないでおこう(苦笑)。

★今更ですが…★
逸生の幼稚園卒園にあたり、1月に書き留めておいた記事が「下書き」のまま保存されていることに今日気付いた私。折角なので、今更ですが「公開」にしました。
卒園に寄せて…」(1月25日の記事)

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September 28, 2011

7歳児のファンタジー

小学校入学直後から、毎日の宿題となっている日記。今週から新ステージ(?)に突入、「色日記」が始まりました。
日替わりで渡される色付きの原稿用紙、ピンクの紙には「嘘の出来事」を、黄色の紙には「アメリカ(人)の素敵なところ」を、水色の紙には「身近な人の素敵なところ」を書くのだそうです。

初めての「うそ日記」で、逸生が書いた初めての「うそ日記」。
親バカですが、可愛かったのでご紹介。

「きょう ぼくは そらをとんで りょこうをしました。ほてるについたら ごはんを100かいたべたあとに ぷうるにいって つぎに うみにはいって おぼれそうになりました。ちょっと やだったです。」

以下、読み易いように漢字を交えて。

「今日、僕は空を飛んで旅行をしました。ホテルに着いたらご飯を100回食べた後にプールに行って、次に海に入って溺れそうになりました。ちょっと嫌だったです。」

嘘の内容の日記を書かせる狙いは定かではないのですが、想像力を養い、物語を構築する力を身に付ける訓練なのかしら。
ちなみに、嘘は嘘でも、他人が傷付くような嘘は書いてはいけない約束になっているのだそうです。

それにしても、7歳児のファンタジーの世界は可愛いなぁ
他のお子さんが書いた「うそ日記」もぜひ読んでみたいものです。

そしてもうひとつ…。

2学期に入り、宿題として課されている古典名文の音読。短歌や古文、漢文など、いずれも小学一年生が理解するには難しい内容ですが、(内容理解はさておき)「良い文章には良いリズムがある」「幼い頃から良い文章に触れることが大切」という担任の先生の考えのもと、主に『声に出して読みたい日本語(草思社/齋藤孝著)』に掲載されている古典の名文を中心に、日々ちんぷんかんぷんの音読、頑張っています。

で、先日の課題は杜甫の律詩『春望』だったのですが、その出だしの一節、「国破れて山河在り」の意味を知りたがる逸生に、「<国破れて>は、<国が戦争で負けてグチャグチャになっちゃった>っていう意味でね…」と解説を始めたところ、逸生サン、「分かった!<さんが>は<ミサンガ(※注)>のことだね。で、戦争に負けちゃったから、ミサンガに<次は勝たせてください>ってお願いするんだ!」ですって。
ププーッ。杜甫もビックリの新解釈。
7歳児、まだまだ本当に可愛いです
※注:組紐の一種。手首や足首に巻き付け、紐が自然に切れたら願い事が叶うと言われている。


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