妊娠/出産ー泰生

February 27, 2012

ご無沙汰してます

珍しく、予告ナシで2週間もブログを放置してしまいました。ブログ歴7年(先日13日でブログ開始から丸7年になりました)でこんなことは初めてかも?

というのも、現在、諸事情により身辺が滅茶苦茶慌ただしいのです。まだここに詳しいことは書けないながら、日常生活を維持しつつ、やっつけなければならない課題(?)にひとつずつ対処してゆかねばならない現状、なかなかブログにまで手が回りません。
とは言え、家族揃って風邪ひとつひかずに元気に暮らしておりますので、その点はご安心くださいね

◆◇◆子供たちも元気です◆◇◆
だんご3兄弟

先週末にひと山越え、また、3月に入れば大分落ち着くと思われるため、すっぽりと抜け落ちてしまった2月下旬の出来事については、後日遡って書き記したいと思っています。

Grand Central Stationちなみに…。
今日は先日申請した泰生のパスポートを受領すべく、兄ちゃんs不在の午前中、泰生とふたりでマンハッタンの日本国総領事館へ。
泰生は行きの電車内で陥落、そのままベビーカーの中でひたすら眠り続け、目が覚めたのは地元の駅に帰り立った時ーというおりこうちゃんぶり。ええ、自分がマンハッタンに行ったことすら知りません(笑)。
上の写真は、我が家からはマンハッタンの玄関口となるグランド・セントラル駅中央コンコース。生後4ヶ月の乳児を連れ、何の躊躇いもなくマンハッタンに繰り出せるようになったのだもの、今や私も立派なニューヨーカー?(笑)

パスポート用写真日米パスポート1月半ばに申請したU.S.パスポートも既に受領済みだし、これでもう、いつでもどこへでも出かけることができると思うと一安心。差し当たっては、来月半ばに予定しているバハマ旅行で、早速U.S.パスポートが役に立ちます。
←左の一枚は、日本のパスポート用に撮影した写真。

ちなみに、泰生のミドルネームは「Michael(マイケル)」。これ、U.S.パスポートにはちゃーんと記載されています(ミドルネームは別につけなくても構いません)。
なぜこのミドルネームをつけたのかと言うと…。
長男は逸生、愛称はイッツ(1)。
じゃあ…というワケで、次男の悠生は愛称がニック(2)になるように、ミドルネームはNicholas(ニコラス)。
そうときたら、三男の泰生は愛称がミッキー(3)になるように、ミドルネームはMichael。
アハ〜、本当にそんな理由で適当につけました
とは言え、将来これらのミドルネームが役に立つくらいInternationalに育ってくれれば良いのですが…。

さてさて、今週も大忙しの一週間。今日のマンハッタン行きに始まり、泰生の4ヶ月検診、悠生の保育参観、お友達の送別会等、連日予定がギッシリです。もちろん、上記の課題(?)も山積みなのですが、ひとつひとつ、頑張ろうっと。

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January 17, 2012

U.S.パスポート申請(泰生編)

旅行直前に悠生のパスポートを取得しようとしてエラい目に遭ったのが3年前(詳細はコチラコチラ)。
今回はその時の反省から、旅行の予定も帰国の予定も定かでないうちから泰生のパスポート取得に向けて動き始めました。

11月末にマンハッタンの日本国総領事館に出生届を提出したのに続き、今日は隣町ハーツデール(Hartsdale)の郵便局に出向いて泰生のU.S.パスポートを申請。
前回、悠生のパスポートを申請した際には、非協力的な悠生(当たり前だけど)を相手にパスポート用写真を撮るのに苦労したものですが、実は郵便局内に写真撮影サービスがあると知り、今回はそちらを利用。白いボードを背に、横から主人に支えられて椅子に座った泰生サン、グズることなく一発で決めてくれましたよ(係員に満面の笑みを向ける余裕アリ)。

で、できあがったパスポート用写真がコチラ。
ついでに逸生、悠生のパスポート写真と並べてみました(月齢はほぼ同じ)。
わざわざ同じ服を着せているところがヒマ人でしょ(笑)?

だんご3兄弟

周囲のお友達からは「悠生くんに似てる」と言われることの多い泰生ですが、こうして見てみると、むしろ逸生に似ているような…?
(逸生は既にパスポートを更新しており、この写真のパスポートからは卒業していますが、悠生は今もこの写真のパスポートを使っています。誰よ、コレ。笑)

ちなみに、3年前には60ドルだった取得費用が何と80ドルに値上げされており、申請手数料25ドルと合わせると、それだけで105ドル。プラス、我が家は前回同様「安心・確実」を狙って特急仕上げ(Expedite)で申請したため、別途追加料金60ドルがかかり、写真撮影料15ドルや出来上がったパスポートの郵送料等を合わせると、全部で200ドル近い費用を支払う羽目になりました。高ッ…。

とは言え、これで3月に(一応)予定しているバハマへの旅行、そして日本への帰国(辞令はまだですが)について、準備の第一段階をクリア(二重国籍者の場合、アメリカに出入国する際にはU.S.パスポートが必要なのです)。
お次は肝心の日本国パスポートの申請ですが、こちらは戸籍に泰生の出生情報が記載されるのを待たねばならず、未だ申請するには至っていません。もう間もなく記載されると思われるため、確認を急がねば。

さてさて、Expediteで申請したU.S.パスポート、一体何日で届くかな?

時折、検索から辿り着く方がいらっしゃるので、以下、ご参考までに

★U.S.パスポート申請に必要な書類、手続き等について…『U.S.パスポート申請(悠生編)』(2009年6月20日の記事)
★U.S.パスポート申請に必要な出生証明書、ソーシャル・セキュリティー・ナンバー(SSN)取得の方法について…『晴れて日本国民』(2009年1月23日の記事)

とは言え、詳細は変更されている可能性もありますので、その点、ご承知おきくださいね。

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January 08, 2012

残り4ヶ月が勝負

スクスク成長中♪昨年10月25日の出産から早くも2ヶ月半。11月末の産後1ヶ月検診に続き、昨日、私の産後2ヶ月検診でかかりつけの産婦人科医Dr. Park Sonoda(@Hartsdale)の診療所を訪れました(日本では産後2ヶ月目の検診ってないですよね?)。

実は今回、3回の産後経過の中で最も悪露が長引き、通常は産後1ヶ月頃までには終わると言われているにも関わらず、ダラダラと出血が続くことひと月以上。まぁ退院直後から怪獣二匹を追いかけ回す生活ゆえ、どうしたって母体の回復は遅れるよね…とあまり気にしないようにしていたのですが、一方で産後の経過に何か問題があるのではないかと気掛かりだったのも事実です。
が、産後2ヶ月を目前にして、無事悪露も止まった様子。昨日の検診では、子宮も卵巣も妊娠前の状態に戻り、妊娠中にできた外陰部の静脈瘤も解消、悪露も完全に止まっているとのことで、もう大丈夫とのお墨付きをいただきました。ホッ。
体重についても、出産の時点で妊娠前+11.4ポンド(約5.1kg)増という軽量級産婦だったこともあり、授乳で栄養を吸い取られている今はお釣りがくるほど。うんうん、いいぞいいぞ(笑)。
とは言え、これは悠生を産んだ後にも感じたことですが、「体重」が戻ることと「体型」が戻ることとはまったくの別問題。これまでは、骨盤矯正用のコルセットを着けたり、腹筋などの運動をすると悪露の量が増えるという状態だったため、「体型戻し」についてはまったくの手つかずでしたが、体型を元に戻すには産後半年間が勝負の時。これを逃すと一気にオバサン体型化が進みそうなので(まぁ年齢的には既にオバサンなワケですが…)、残された4ヶ月間、気合いを入れて「体型戻し」に取り組もうと思っています。
それにしても、Dr. Park Sonodaからは「あなたの身体なら、あと一人や二人は産めますよ。女の子が欲しかったら頑張ってみては?」と勧められましたが…。
そこまで子供の性別にこだわりがあるワケでもないし、だんご3兄弟でもうお腹いっぱいです(笑)。

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November 19, 2011

3回目の授乳生活

タプタプほっぺ←本文とは関係ありませんが、泰生のこのほっぺ、すごいボリュームでしょ?

今年3月まで悠生に授乳していたことから、あまり久し振りという感じがしないのですが、泰生の誕生により、人生3度目の授乳生活に突入しました。

逸生の時には母乳育児が軌道に乗るまでに4ヶ月弱かかり、その間は常に母乳不足“感”や乳腺炎、乳首の裂傷等に悩まされたものですが、悠生の時には授乳のコツや自分自身のおっぱいのクセなども分かっていたため、出産直後から母乳育児を満喫。もちろん今回も何の苦もなく授乳生活を楽しんでいますーと言いたいところですが、実は今、右乳首にできた白斑に悩まされている私。
乳管が詰まることでできるこの白斑、原因は恐らくチョコレート。産後、無性に甘いものが食べたくなり、おっぱいに悪いと分かりつつも相当量のチョコレートを食べたところ、見事にしっぺ返しを喰らってしまいました…(涙)。

白斑があると授乳の度に乳首が痛むのが辛いところですが、桶谷式のような乳房マッサージを受けることができないここニューヨーク郊外では、自力で何とかするしかありません。
そんなワケで、今は脂っこい食べ物を避けて母乳の質を向上させ、頻回授乳を心がけることで泰生に詰まったカスを吸い出してもらおうと奮闘中。幸い、白斑の大きさは当初の半分以下になりつつあるので、詰まった乳腺の完全開通まであとちょっと。出の悪い乳首を吸わされ続ける泰生には申し訳ないのですが、頑張ってもらわねば。

それにしても、つい数ヶ月前まで悠生に授乳していたお陰で乳首は十分な柔軟性を備えており、授乳初期にありがちな乳首の裂傷等に悩まされることなく快適に授乳生活をスタートできたというのに、チョコレートひとつで(ひとつじゃないけど)自ら苦労を背負い込んでしまうとは。
過去2回の授乳生活において、軽い乳腺炎を患った意外はあまり苦もなく完全母乳で断乳・卒乳までいけたことから、つい油断をしてしまいました。反省。

逸生については1歳2ヶ月時に断乳を敢行、悠生は2歳4ヶ月で自ら卒乳しましたが、さて、泰生はいつまでおっぱいのお世話になるつもりかしら。早いところ乳腺の詰まりを解消して、母乳育児をエンジョイしたいものです。

(ロングアイランドには、乳房マッサージをしてくれる日本人助産師さんがいるそうです。手に負えなくなったら駆け込もう…。→Rumiko Mommy & Baby care service)

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October 29, 2011

はじめまして

はじめましてすっかりご無沙汰してしまいましたが、出産のご報告です。

去る10月25日(火)、悠生が産まれたのと同じローレンス病院(Lawrence Hospital Center @ Bronxville)にて、我が家の第三子「泰生(たいき)」が元気な産声をあげました。

23日の予定日を過ぎた時点でかかりつけ医のDr. Park Sonodaと相談、総合的な判断から誘発分娩を勧めるというドクターの言葉に従い、25日の16時過ぎに計画入院。促進剤を投与して陣痛を誘発し、前回同様硬膜外麻酔(Epidural anesthesia)の恩恵に与りつつ、入院から約6時間後の22時10分、3,430g(7ポンド9オンス)の元気な男児を出産しました。

初めて見る世界出産入院は2泊3日、その後退院。
現在は自宅でのんびりと産後の養生を…といきたいところですが、兄ふたりがいると現実的には「のんびり」というワケにもゆかず、早速日々のお弁当作りや幼稚園の送迎、泰生の検診(黄疸の検査)等、母や主人に助けてもらいつつ、無理のない程度に動き回っています。
とは言え、私の場合、妊娠前+11.4ポンド(約5.1kg)増で出産に臨んだため、体重はお産直後に元通り。今は会陰切開の傷跡こそ痛むものの、お腹も凹み、不快な耳詰まり感からも解放され、きゃ〜身軽、絶好調!(なのか?)と調子に乗って動き回り過ぎないようセーブする方が大変なのですが(笑)。

さて、兄ちゃんsの反応はというと…。

恐る恐る悠生お兄ちゃん

だんご3兄弟小さな足

日頃、自分勝手2歳児との兄弟バトルに明け暮れている逸生は、「害のない(=自分のテリトリーを侵さない)」赤ちゃんという存在は純粋に可愛くて仕方のない様子。とは言え、ライバル(?)が一人から二人に増えたことについては無意識のうちに脅威を感じているようで、今は自分の存在を誇示するかのように、声や動作が必要以上に大きくなり、元々おしゃべりなのが異様なほどにしゃべりまくってウルサいことこのうえなし(苦笑)。
他方、私の妊娠中、自分が兄の立場になるということを良く分かっていない様子だった悠生は、弟の誕生を冷静に、かつ嬉しい出来事として受け止めているもよう。分娩後、病院から自宅に電話をかけ、弟誕生の報告をした際には大興奮、受話器の向こうから「ベビちゃん、ママのお腹からポーン!って出てきたって!」とはしゃぐ悠生の声が聞こえてきて、意外に思ったものです。訊けば、幼稚園でも「ボク、"ゆうきお兄ちゃん”になったの!」と言って自慢しているとか(ちなみに、泰生誕生後も幼稚園には毎日楽しく通っています。ホッ)。
とは言え、こちらもやはり無意識下では危機感を覚えているのでしょう。切り替えの早いあっさりタイプの悠生にしては珍しく、些細なことにこだわってはやたらと癇癪玉を破裂させ、ママやまーちゃんを手こずらせています(これ、単なる2歳児特有のイヤイヤのような気もしますが)。
ま、両者とも、暫くの間は仕方がありませんね。

そして、我が家のニューフェイス、泰生サン。
さすがは三男坊、お腹の中にいる時から兄ちゃんsの騒々しさ、ママの怒鳴り声(笑)には慣らされていたようで、多少の騒音にはビクともしません。
兄ちゃんsがお相撲ごっこで暴れていようが、楽器のオモチャを叩き鳴らそうが、はたまた兄弟喧嘩で大騒ぎ、そこにママの特大雷が落ちようが、そんなことにはお構いなく、気持ち良さそうにスヤスヤと眠っています。
とは言え、今は昼夜が逆転しているようで、夜になるにつれて覚醒。一晩中、おっぱい→ウンチ→グズグズ→おっぱい→ウンチ→グズグズ…を繰り返し、ママを睡眠不足にさせてくれています。
太陽光をたくさん浴びさせて、早く昼夜の感覚を正してもらわなくっちゃ。

さてさて、これから先、逸生、悠生、泰生の「だんご3兄弟」の間にどんな「社会」が生まれるのやら。楽しみです♪

それにしても、約3年ぶりの新生児ちゃんのお世話は本当に楽しい。
天使のような寝顔はもちろんのこと、おっぱいに吸い付く姿も、顔を真っ赤にして泣く姿も、頼りなげな身体つきも、か細い手足も、歯のない口元も、何もかもが本当に愛おしく、眠っていても思わずちょっかいを出したくなっちゃうような可愛さに、今は家族揃ってメロメロです。三男坊って、お得だなぁ(笑)。
そんな僅か1ヶ月しかない新生児の期間、泰生との蜜月を存分に楽しまなくっちゃ。

…という訳で、引き続きブログの更新は滞りがちになると思いますが、家族揃って元気に暮らしていますので、どうぞご心配なく
以上、ご報告でした。

出産時の様子と入院生活については、自分のための覚え書きも兼ねて、後日ぼちぼちアップしたいと思っています。

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October 27, 2011

出産記録その4〜リベンジ!入院生活

生後2日目私が泰生を産んだローレンス・ホスピタル(Lawrence Hospital Center)では、出産入院の期間は初産/経産問わず2泊3日(帝王切開で出産した場合でも4泊5日)。
ーというワケで、私は10月25日(火)に入院し、27日(木)に退院しました。
←写真は生後2日目の泰生。入院中は常に大判のおくるみでグルグル巻きにされていました。

入院生活の詳細については、悠生出産時に記した(出産記録その4〜入院生活/2008年11月5日の記事)ため割愛しますが、前回と今回で異なるのが、入院生活を送った場所。2008年11月の悠生出産時には、事前の病院見学の際に10月下旬に完成すると聞いていた新産科病棟がまだオープンしておらず、私はギリギリで古い旧病棟を利用せざるを得なかった(そして相部屋でヒドい目に遭った)のですが、今回は念願叶って(?)その新産科病棟に入院することができたのです(3年経って、もう「新」でもないけれど)。
ええ、前回利用した旧病棟とは雲泥の差で素晴らしかったです!

素敵な個室美しい朝の風景

シャワー完備写真左上:まるでホテルの一室のような個室。テレビは大型のフラットテレビ(見なかったけど)、授乳用のロッキング・チェアを備え、インターネット・アクセスも可能。
写真右上:入院2日目の早朝、窓から見える紅葉の朝焼けに感動。
写真左:部屋にはシャワーも完備。ふらつく産婦に優しい腰掛け付き。出産翌日にはシャワーでスッキリ♪ ちなみにトイレも広々。

ところで、3年前の前回入院時から改善されていたのはハード面(病棟)だけではありませんでした。ソフト面でも、前回の入院で私が不満に思ったことは悉く改善されており、例えば…

前回:看護師さんの間で情報が共有されておらず、病室を訪れる看護師さんが毎回「あなたは母乳育児?それともミルク?」と確認をするのに閉口。
今回:初めに母乳育児を希望する旨を伝えたところ、すべての看護師さんに周知徹底されていた。

入院中の食事前回:選択式の食事のオーダー、種類が多過ぎて口頭で言われても良く分からないうえ、担当者が無愛想。
今回:「チキン or ビーフ」のように単純な選択肢で選び易く、担当者も感じが良い。
右の写真は今回の入院中の食事。お味の方は…まぁ悪くはない(私は母が持ってきてくれたおむすびを主食におかずをいただきました)。

前回:何人もの看護師さんが出入りをし、しかも名乗らずで、誰がメインで私のケアをしてくれる看護師さんなのかも分からない状態。しかも全員無愛想。寝ていても叩き起こされること多数。
今回:LDRから病棟に移った直後に担当の看護師さんが挨拶に訪れ、備品の使い方などを説明してくれた。他の看護師さん、検査技師の方も感じが良く親切。検査なども、私が寝ていると後回しにするなど融通を利かせてくれた。

いくら設備が良くても、そこで働くスタッフがイマイチでは全体の印象はダウンするもの、新産科病棟のオープンに合わせ、スタッフ教育にも力を入れたのかも知れません。
また、私の方も、前回入院時の反省材料「訊かなければ何も教えてくれない」を活かし、分からないことや頼みたいことがあればどんどん質問&リクエスト。
お陰で「快適で静かな個室で」「親切なスタッフのケアを受け」「不明な事項も一切なく」、ストレス・フリーの快適な入院生活を送ることができました。

前回悠生出産時には、同部屋の産婦さんのあまりの騒々しさ、そして看護師さんの出入りの激しさゆえにまったく落ち着かず、従って産後の身体を休めることもままならず、一刻も早く退院したいと思ったものですが、今回は(退院したら怒濤の日々が待っているのだし)「ここに何泊でもしたい〜」という気分。ま、3年前の私の入院・分娩費用が2泊3日で6,867.25ドルだったことを思うと、いくら全額保険でカバーされるとはいえ長居はできませんが…(笑)。

それにしても、3年前の悠生出産時、複数の看護師さんから「あと数日で新しい病棟がオープンするから、3人目の出産でぜひ戻っていらっしゃい」と言われたものですが、まさか本当に第三子の出産でお世話になるとは。そして今回の入院では、我が家が「だんご3兄弟」だと知った看護師さんが皆口を揃えて「じゃあ来年、女の子の出産で戻っていらっしゃい」と言ってくれましたが…。さすがにそれはありません(笑)。

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October 26, 2011

出産記録その3〜だんご3兄弟顔合わせ

兄弟のご対面昨晩22時10分に出産し、産後の処置なども含め、すべてが一段落したのが23時過ぎのこと。逸生と悠生は自宅で寝ずに弟の誕生を待ち詫びていてくれたのですが、さすがにその時間からの面会は無理ということで諦めてもらい、今日が兄ちゃんs×弟の初対面となりました。

ちなみに、逸生は昨晩の就寝時刻が0時を回っていたにも関わらず、今朝はいつも通り7時起床で学校へ。こういう時、体力有り余り息子は便利(?)です(笑)。
(悠生はさすがに幼稚園はお休みし、たっぷりお昼寝をして復活。)

午後4時過ぎ、逸生のスクールバス到着を待って、パパがまーちゃんと兄ちゃんsを病院へ連れてきてくれたところ、静かだった病室は一気に賑やかに。逸生も悠生も入って来るなり弟が寝ている小さなベビーコットに駆け寄り、中を覗き込んで「ちっちゃ〜い!」「可愛い〜!」と大喜びです。
悠生は私の妊娠中、弟が誕生することの意味を良く分かっていない様子だったので、現実に生まれ出てきた弟を見たら戸惑うのではないかと思っていたのですが、何の何の。「ベビちゃん、ママのお腹からポーン!って出てきたの? ママのお腹、もうちっちゃくなっちゃったねぇ」としっかり状況を把握しており頼もしい。戸惑う素振りも見せず、ぎこちない手つきで弟の頭を一生懸命に撫でる悠生の姿に、パパとママ、ホッと一安心です。
そして、弟を迎え入れるのは二度目となる逸生はさすがの貫禄。生まれ出たばかりの小さな命を純粋に愛おしいと思うようで、弟の顔を覗き込む優しい眼差しにママの頬もほころびます。
これにて「だんご3兄弟」完成なり。
逸生兄ちゃん、悠生兄ちゃん、これからどうぞよろしくね。

ところで、3年前の悠生誕生の際、面会のため病室に駆け込んできた逸生の大きさにビックリした私。それまでチビだチビだと思っていた逸生が、生まれたばかりの赤ん坊の前ではもう立派なBig Boyにしか見えず、そのコペルニクス的転回に我ながら驚いたものですが、これ、今回も同様でした。
ママの癒し的存在、おチビちゃんの「ゆうきちん」がデカッ!
頭も顔のパーツも手も足もこんなに大きかったっけ?と目を疑うほどです。
それに、不思議なもので、これまで私の中では悠生は「弟」で「末っ子」だったのですが、三男坊が生まれた途端、急に「お兄ちゃん」に見えてしまうし、兄としての役割を期待してしまう。仕方のないことなのでしょうが、既に以前と同じ目線では悠生を見られなくなっていることに、何となく一抹の寂しさを覚えたのでした。

さて、そんな悠生は昨日、生まれて初めてママのいない夜を過ごすことに。
入院前はまーちゃん(私の母)とママ、悠生の3人で同じ寝室で寝ていたため、その流れで昨晩はまーちゃんと一緒にベッドに入ったのですが、悠生はずっと(それこそ1時間以上)布団の中で「ママに会いたいな…、ママ帰ってこないかな…」と呟いていたのだそう。まーちゃんによれば、寂しさにグッと耐えている様子が窺え、隣で横になっていて切なくなるほどだったとか。
そして、1時間ほど呟き続けているうちに思いが極まってしまったのか、突然ウワーッ!と大きな声で泣き出し、「ママに会いたいよー!」と絶叫。それからは「ママに会いたい!ママに会いたい!」とワンワン泣き続け、最後は力尽きてどうにか眠りに就いたそうです。
退院後にその話をまーちゃんから聞いた私、思わずウルッ。病院に面会に来た時には、そんな素振りは露とも見せなかったのになぁ。物分かりの良い悠生だけに、今後気をつけて見守ってあげなければ…と思わされた一件でした。

一方、幼稚園のお泊まり保育やお友達宅でのSleepover(お泊まり)も経験済みの逸生は、ママのいない夜だってもう大丈夫。それどころか、ママが入院した日の日記(宿題)のテーマが「ぴかぴかな人(身近な人の素敵なところ)」だったことから、こんな嬉しい文章を書いてくれました。

『今日のぴかぴかは ぼくのおかあさんです。なぜかというと、いたいのに あかちゃんを うんだからです。』

逸生、ありがとう。逸生が応援してくれたから、ママは頑張れたんだよ。

まだ幼い悠生はもちろん、一見クールを装っている逸生にだって様々な思いはあると思いますが、ふたりの兄ちゃんsがまずは弟の誕生を喜んでくれたことがとても嬉しい。折角ひとつ屋根の下に家族として、そして兄弟として生まれてきたのだから、これから先の長い人生、3人仲良く助け合って成長していってほしいと願っています。

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October 25, 2011

出産記録その2〜いざ分娩

以下、分娩当日の記録を時間を追って書き記したいと思います(長いです…)。

〓入院まで〓
朝、主人はオフィスに、逸生は学校に、悠生は幼稚園に、いつも通りに出発。
逸生には、16時に出産入院すること、よって16時過ぎのお迎えには行けず、バス停仲間のママにピックアップをお願いしたことなどを予め言い聞かせておきましたが、悠生には特に何も説明せず。ママが病院に行くと言ったら一緒に行くとゴネるに決まっているため、可哀想ですが、悠生のお昼寝中にコッソリと出かける作戦です。14時40分、いつも通りにお迎えに行き→帰路の車中で寝かせ→ベッドに運び→寝ている間に私は病院へ。
逸生が帰宅した後、そして悠生が目覚めた後のフォローをまーちゃん(私の母)にお願いし、私は入院グッズを再点検。それから、“腹が減っては戦はできぬ”、お昼ご飯をお腹に詰め込み準備は万端。いざ、入院です。

〓16時〓
午後半休を取って帰宅してくれた主人の運転で、約15分先のローレンス・ホスピタル(Lawrence Hospital Center@Bronxville)へ向かいます。
病院側には既にかかりつけ医のDr. Park Sonodaから連絡が入っていたようで、ナース・ステーションでは「ウェルカム!」とばかりに迎えられ、16時半頃すんなりとLDR(下の写真)に通されました。

LDR私が利用するLDRは10畳ほどの広さで、テレビや家族用のソファ、流し台、トイレ付(悠生出産時と同様)。
陣痛(Labor)・分娩(Delivery)・回復(Recovery)期までをここで過ごし、その後、悠生出産時にはグランド・オープンが間に合わず、利用し損なったピカピカの新産科病棟(過去記事参照)に移動します。
担当助産師のTerryさんに挨拶をし、病院のガウンに着替えていると、早速分娩担当医のDr. Pan Edwinが登場。前回悠生出産時には、いざ分娩という段になって初めてDr. Panが登場したのですが、今回は誘発分娩ということで予め入院の日時が決まっていたため、Dr. Panもこの時間帯は私のために空けてくれていたのでしょう。ドクター自ら点滴用の血管を確保する傍らで、Terryさんが手際良く分娩監視装置(胎児心拍と陣痛をモニターする装置)と自動血圧計を装着。あっという間に陣痛待ちの態勢が整いました。
その後、処置を始める前に、まずはLDR内で入院のための手続きを行ったのですが、書類の質問事項の中には「意識が無くなった場合、誰があなたの代わりに意思決定をしますか」「万が一、死亡または脳死状態に陥った場合、臓器提供をする意思はありますか」などの設問があり、改めて出産は命がけの行為なのだ…と身が引き締まる思いです。他方、「夫は妊婦のあなたに協力的ですか」「退院後、自宅への帰宅を望みますか(←退院後、帰宅はせずに母子保護施設等に駆け込むケースもあるらしい)」等、DV(家庭内暴力)を想定しているらしい設問もあり、アメリカらしいなぁ…と驚いたり。
さて、分娩監視装置のモニター上は、陣痛の波は完全にフラット。誘発分娩なので当然と言えば当然ですが、お腹の中のおチビさん、この期に及んでも自ら生まれてくる気はないもよう。引っ張り出してゴメン。

〓17時45分〓
陣痛促進剤の投与を開始。量をコントロールしやすいよう点滴で投与するのですが、母体への負担を考慮して、1滴/1分という極少量から始めます(以後、水を除いて飲食は禁止)。
促進剤の効果が現れるまでに30分ほどかかると言われて呑気に構えていたところ、投与後比較的すぐに陣痛の波がやってきました。とは言え、まだ始まったばかり、分娩監視装置のモニターに表示される波形を見ても、強さも間隔もバラバラ…といった状態です。
悠生出産時(破水から始まる)にも促進剤を使いましたが、当時は入院前の時点で弱いながらも陣痛発来していたため、促進剤により陣痛に弾みがつき、投与後は比較的早い展開で分娩に至ったように記憶しているのですが、今回は陣痛「ゼロ」からのスタートのため、先は長そうです。

〓19時15分〓
なかなか陣痛に弾みがつかないため、陣痛促進の目的で、Dr. Panが人工破膜(人工的に羊膜を破って破水させること)を実施。直径5mmほどの長い棒のような器具を産道に通し、グーッと押し込むと、羊膜が破れて羊水が流れ出しました。
内診の結果、子宮口は4cm開大。既に無痛の麻酔を打てる程度(4cm以上)には開いているということで、何となく気が楽になります。
破膜後はみるみるうちに陣痛が強まり、分娩監視装置のモニターに表示される波形も大きく振れるように(10を最大の波とした時、7〜8くらい)。にも関わらず、私の方は余裕余裕。下腹部と腰に鈍痛を感じるものの、深呼吸すら要らない程度の痛みで、「え?今陣痛来てるの?モニターが故障してるんじゃない?」と疑いたくなるほどです。だって、逸生や悠生の出産時には、波形レベル(と勝手に命名)7〜8の頃には「ヒッ、ヒッ、フーッ」の呼吸法(ラマーズ法)で乗り切らなければならないほどの激しい痛みだったんだもの。
日勤帯と夜勤帯の交替時刻ということで、Terryさんから交替したばかりの助産師のRosarioさんも、分娩監視装置のモニターを見ながら「本当に痛くないの?タフね〜」と半ば感心、半ば苦笑。そろそろ無痛の麻酔を…と登場した麻酔医のDr. Leeは、1回の麻酔の持続時間は2時間ということで、今麻酔を打つべきか、もう少し様子を見るか、判断しかねる様子です(できれば麻酔1回2時間の間に分娩まで持ち込みたいので)。

〓20時15分〓
結局、ほとんど陣痛の痛みを感じないまま、麻酔の処置が手遅れにならないうちに(経産婦の場合、急激にお産が進むこともあるので)ということで、麻酔開始(Epidural Anesthesia/硬膜外麻酔)。悠生出産時には激しい陣痛に耐えつつ震える文字で書いた麻酔の同意書のサイン、今回は落ち着いて書くことができました(笑)。
ベッドサイドに足を投げ出すようにして腰掛け、背中を猫のように丸めたところへ、やはり勤務交替でDr. Leeから替わった麻酔医のDr. Smytheがやってきて、最初に注射針と一緒に細いカテーテルのようなものを挿入、そこから麻酔液を流し入れます。最初のカテーテルを挿れる時が痛いと聞いており、実は内心恐れていたのですが、採血の時の「チクッ」程度。挿入の痛みはほとんど感じられませんでした。
ところで、前回悠生出産時、麻酔が効き過ぎたのか、お産後7時間以上も麻酔の効果が持続し、その間まったく動けずに大変だったことから、今回、麻酔を打つ前にその旨を伝えたところ、Dr. PanやDr. Smytheが言うには、通常1回の麻酔の持続時間は2時間だそう。今回も2時間で麻酔が切れるよう量を調整しているとのことで、それを聞いて一安心ですが、逆に2時間以内に分娩に至らなければ、もう一度追加で麻酔を打たなければなりません。
さて、麻酔が効いた下半身の状態を言葉で表すと、長時間正座で座っていた後に足を崩した時のイメージで、自分の足だけど自分の足じゃないようなあの感じ。自分の意思で動かすことはできるし、触れば「触られた」感覚はあるけれど、足全体が痺れた状態で、まったくと言って良いほど痛みを感じないのです(この時点では)。
とは言え、前回と異なるのは、それなりに感覚が残っているという点。前回はまったく分からなかった「内診されている感覚」も今回はハッキリと分かり、これ、麻酔の効きが弱いのか、それとも前回が効き過ぎだったのか、イマイチ良く分かりません。
そして、前回の麻酔時にはほとんど出なかった副作用の「痒み」、今回は大爆発。もう身体のあちこちが痒くて堪らず、私は全身掻き毟りまくり(陣痛の痛みに比べれば、痒いのなんてどうってことないけど)。お産の最中に身体を掻き毟っているなんて、何だか間抜けな光景です…。
そうこうするうち、陣痛はどんどん強さを増し、分娩監視装置のモニターに表示される波形も9(最大を10とした時)くらいに。麻酔が効いているとはいえ、今回は陣痛が来る度に下腹部がギューと締め付けられる感覚があり、ウン、この程度に陣痛の波が分かった方が息みやすいかも?などと呑気なことを考えていたのですが…。

〓21時15分〓
Dr. Panによる内診。子宮口は9.5cm開大。
麻酔下でも胎児の頭が産道を下がっていく感覚があり、その度に骨盤がギシギシと痛みます。
この頃には陣痛の波形レベルは最大の10、陣痛の最中には深呼吸をしたり、関係のないことを考えたりして痛みを逃さなければならないほど。幸い(?)、陣痛待ちの間に見ていたテレビのニュース番組がいつの間にやらおデブさんのダイエット番組に変わっていて、その内容が面白く、気を紛らわすのにピッタリです(余談ですが、この番組、分娩で息んでいる最中もずっと流れていました。緊張感を損なう…)。
それにしても、麻酔、やっぱり弱過ぎる?
前回が効き過ぎだったと申告したから、麻酔薬の量を減らされちゃったとか?
…って今更言っても、もう産まれちゃうしなぁ。
それに、通常の陣痛の痛みを考えたら、その程度の痛みくらい我慢しろ!とツッコミが入りそうです(笑)。

〓21時45分〓
子宮口全開(10cm開大)。Rosarioさんがベッドの下半身の部分を外して分娩台に変形させ、さぁいよいよ娩出です。
前回悠生分娩時には、麻酔下でいつ陣痛が来ているかがまったく分からなかったのですが、今回はハッキリと陣痛の波を感じるため、タイミングは合わせ易い。Dr. PanとRosarioさんの「Deep breath…and push!1,2,3,4,5,6,7,8,9,10!」という掛け声に合わせ、私は自分の太腿に手を回し(サイドバーがなかった)、お腹に力を入れて全力でプッシュ。1回の陣痛の間に3回息みます。麻酔下でも下半身の感覚が残っているため息み易く、下腹部に全神経を集中させて息む息む!
前回は、息みと息みの間には、笑って主人と話ができるほどでしたが、今回はそうもゆかずに深呼吸。腰がズキズキと痛む中、これは無痛というより和痛だね…などと考えつつ、次の陣痛の波に備えます。

〓22時10分〓
3回目の陣痛の波が来て、再びプッシュ。
この時、3度目のお産にして初めて胎児が産道を通り抜けて行く感覚がハッキリと分かりました。そして、ドクターの指示で息むのを止めた後、胎児が抜け出るツルリという感触が。と同時に、両脚の向こうから「ほぎゃ」という弱々しい声が聞こえ、次の瞬間、Dr. Panの手には血と羊水にまみれた我が子が取り上げられていました。

泰生、誕生!★2011年10月25日(火) 22時10分誕生★

体重:7ポンド9オンス(3,430g)
身長:20インチ(50.8cm)
頭囲:34.5cm
胸囲:34cm

産声はどんどん大きくなり、顔を真っ赤にして泣く我が子の元気な姿に思わず胸が熱くなります。
その間、Dr. PanとRosarioさんが手際良く臍の緒を2箇所クリップで挟み、主人にハサミを手渡して2つのクリップの間を切るようにと指示。悠生誕生時に続き、臍の緒を切るのは2回目の主人でしたが、今回も恐る恐るといった様子で臍の緒を切断しました。
それから我が子は同じLDR内に設置されている保温器に連れて行かれ、そこで羊水の吸引や感染予防の目薬の投与など必要な処置を受けます。その間、私はDr. Panの手で会陰縫合の処置。麻酔のお陰でほとんど痛みを感じません。
そうこうするうち、22時25分頃、後産で胎盤を娩出(あっさり出ました)。前回は主人だけが見た(見せられた)胎盤、今回は私も見せてもらうことができました(グロいけど興味深いのです)。
さぁ、これですべて終了、約6時間ぶりに分娩監視装置や血圧計を外してもらい、わ〜い、終わった〜!と解放感いっぱいです。
そして、必要な処置が済んだ我が子はタオルでざっと汚れを拭き取られ(産湯を使わないドライケア)、おくるみできっちりと巻かれた後、私の腕の中にやってきました。
既に泣き止み、照明が眩しいのか、薄目を開けて迷惑そうな顔をしている我が子。
腕に感じる小さな我が子の確かな重さに、幸福感で胸がいっぱいになります。

はじめまして。ようこそ我が家へ。
あなたがママのお腹に宿った日から、パパもママも逸生兄ちゃんも悠生兄ちゃんも、あなたに会えるこの瞬間を待ち望んでいたんだよ。
無事に元気に生まれてきてくれて本当に良かった。
良く頑張ったね。ありがとう。
(誘発分娩で引っ張り出してゴメン。)

それから早速初乳を飲ませることに。生まれたばかりの我が子は乳首に吸い付くのがあまり上手ではないようでしたが、それでも何とか口に含ませたところ、一生懸命に吸い始め、その力強さに「命」を感じた私、またもや胸がいっぱいに。ああ、とうとう生まれてきてくれたんだなぁ。
そうして初乳を飲み終えた我が子は、計測のため、看護師さんに連れられて新生児室(Nursery)へ。私は麻酔が切れるまでの時間(回復期)をLDRで過ごします。
とは言え、悠生出産時とは異なり、分娩直後に麻酔が切れ、私はすぐに自力歩行ができるほど。前回はなかなか麻酔が切れず、分娩後5時間以上もLDRに足止めされ、最後は見かねた看護師さんが車椅子で病室まで運んでくれましたが(その後も更に2時間以上麻酔が持続)、今回は分娩後早い段階で病室に移ることができました。

そして、すべてが一段落したのを見計らい、自宅に電話をかけて出産の報告。逸生も悠生も大喜びで、すぐにでもベビちゃんに会いに行きたいと駄々をこねましたが、時刻は既に23時過ぎ。さすがに今からの面会は無理ということで、翌日、改めて病院に遊びに来るということで納得してもらいました。

さて、逸生は第二の弟の誕生にどんな反応を示すのかしら?
そして、この度初めて兄となる悠生の反応は?
うふふ、兄弟の初対面の瞬間が楽しみです。

★2013年1月23日追記★
妊娠・出産・育児・子育て支援サイト「すくパラ倶楽部」に無痛分娩体験記を投稿しました。
無痛分娩特集ページはコチラ→http://sukupara.jp/exsp/shussan/mutubunben/

newyork_life at 23:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

October 24, 2011

出産記録その1〜入院前夜

去る22日(土)、出産予定日前日の検診の際、かかりつけ医のDr. Park Sonodaから「この週末に出産に至らなければ月曜日に今後のことを相談しましょう」と言われていたのですが、結局何事もなく土日が過ぎたため、今日の夕刻、ドクターから自宅に電話がかかってきました。

曰く、4日朝のおしるし出血の後、3週間近くが経過しているにも関わらずお産に至らないこと、かつ、その間少量ながらも出血が続いていることが気になる、ついては総合的に判断して、陣痛促進剤を使用して誘発分娩に持ち込み、早めに胎児を出してあげた方が良いのではないかと考えている、もちろん自然な陣痛発来を待ちたいということであれば待つことは可能だが、その場合は頻繁に超音波検査を受け、胎児と子宮環境を絶えず確認しなければならないーとのこと。
私としては、どうせ(というと言葉は悪いけれど)無痛分娩と陣痛促進剤はセットになるのだから(この辺りの事情は過去記事参照)促進剤を使うことに対する抵抗感はないし、子供ふたりを抱えての頻繁な超音波検査受診は負担増。総合的な判断からドクターが誘発分娩を勧めるということであれば、異存はありません。

…ということで、主人との相談は必要ながら、誘発分娩で出産するーという方向性で一応話がまとまったのですが、驚いたのは、ドクターが提案した出産入院の日時。何と、「今日これからでも良いし、明日でも良いですよ」ですって。
今日これからって、今、既に17時過ぎですが?
まだ夕食前だった私、思わず「あの〜、もし今日入院する場合、これから夕食を食べても大丈夫でしょうか?」と訊ねたところ、ドクター、「促進剤を使うし、(無痛の)麻酔もするから、お産が済むまでは食事はできませんねぇ」。
やっぱり?でも、腹が減っては戦はできないもんなぁ。
しかも、今日の夕食は奮発して海鮮丼。あとは主人の帰りを待って食べるだけの状態なのに、これを食べずして入院するのは何とも惜しい(←懸念事項はそこかっ!と自らツッコミ(笑)。でも、ここはアメリカ、お刺身を食べる機会は少ないんですもの)。

そんなこんなで、誘発分娩にする件も含めて一旦主人と相談しますーと電話を置いたのが18時前。直後に帰宅した主人とあれやこれやと相談し、やはり今日の入院は急過ぎて逸生や悠生の扱いに困るため、出産入院は明日にするということに決定。再度Dr. Park Sonodaと連絡を取り、その旨を伝え、分娩担当医のDr. Pan Edwinの受け入れ態勢を確認していただいたところ、16時入院がベストということだったので、明日25日(火)の16時に出産入院することになりました。

いや〜、驚きの展開。今さっきまで、明日誘発分娩するなんて思ってもいなかったんだもの。
あまりの展開の早さに、正直なところ、明日出産するという実感が湧かず、従って覚悟も定まらないのですが、そうと決まった以上は腹を括って臨まねば。

明日の夜には我が子をこの腕に抱けることを信じ、いざ、出陣。

newyork_life at 00:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

October 23, 2011

妊婦生活その16〜とうとう出産予定日

今月4日のおしるし出血事件(?)から早19日。今日で妊娠40週と0日、あれれ〜?と予想外に出産予定日を迎えてしまいました(笑)。

もうね、会う方会う方に「まだなの?」と言われ、おしるしアリの報に焦りつつ駆け付けてくれた母には「暇だわ〜」とボヤかれ、主人は挨拶代わりに「産まれそう?」。
ま、まだです。
スミマセン…

ちなみに、昨日は臨月4回目の検診でかかりつけのDr. Park Sonodaの診療所(@Hartsdale)を訪問。
いつもの通り、血圧測定、体重測定、胎児心音と子宮底長のチェック、尿検査を行い、胎児は元気いっぱい、今のところは特に問題ナシとのことで一安心。
とは言え、予定日を境に徐々に胎盤の機能が低下していくことから、この週末に出産に至らなければ、週明けに専門機関で精密な超音波検査を受けるようにーとの指示がありました。

で、只今出産予定日の23時過ぎ。
逸生は「悠生が3日生まれでボクが13日生まれだから、赤ちゃんも予定通り23日に生まれたらいいのに」と言って期待していましたが、今日も一日何事もなく終わりそうです…。
お〜い、お腹の中のおチビさーん、そろそろ出ておいで〜。

★余談ですが…★
今回の妊娠期間中、初期に偶然見つけて登録し、以後、毎日楽しみに読んでいるメールマガジン「そのママ」。産科医の竹内正人氏が発行するこのメルマガ、胎児の成長の様子と妊婦さんへのメッセージを毎日メールで配信してくれるのですが、その内容が温かみに溢れていて、何ともホッとするのです。日々の胎児の成長ぶりについても詳細に記され、第三子妊娠中の私でも勉強になることがいっぱい。
もし、当ブログを読んでくださっている方の中で妊婦さん(特に第一子)がいらしたら、ぜひ登録(無料)してみてください。お腹の中の我が子がより身近な存在に感じられ、妊婦生活が一層楽しくなること請け合いです♪
ちなみに、今日(40週0日)の「そのママ」からのメッセージはこんな感じ。
『予定日とは、赤ちゃんが生まれてくる予定日ではありません。その絶妙の「いつ?」を決めるのは、医師でも、あなたでもなく、赤ちゃん自身です。遅ければ難産ではないのです。必ず赤ちゃんはあなたに会いにきてくれる。周囲からの「まだなの」コールに惑わされず、ゆっくりとその時がくるを待ちましょう』。

newyork_life at 23:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)