2004年11月30日

第4号

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■NY写真展「永続する瞬間--沖縄と韓国 内なる光景」メールマガジン■
               
             <<第4号>>

           2004年11月23日

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今週号も2本立てでお送りします。まずは当写真展に出展している石川
真生さんより、今週号から3号連続で写真展の企画から現在までを語って
もらいます。そして、ニューヨーク在住のキュレーターで、当写真展の
運営ボランティアをされている渡辺真也さんのエッセーを掲載します。


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■ニューヨークで写真展を!  その1
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ここニューヨークは日に日に寒さが増して南国沖縄育ちの私は震えてい
る。最近は昼間でも外は寒くて吐く息が、はぁ〜、と白い。

私の日課は、写真展会場のPS1に観客の様子を見に行くか、「ビフォー
andアフター海兵隊」(米軍入隊希望者、軍を辞めたばかりの元米兵、
イラクに行く前の、あるいは帰ってきたばかりの米兵など)の取材をして
いるか、残りの日は家でゴロゴロしたり、友達と遊んでいる。

昨年10月にオーストリアで開催された写真展に出品し、シンポジウムに
招待された。そこで同じくパネリストとして招待されていた、東京芸術
大学教授の木幡和枝さんに出会った。今日はこれから日本に帰ります、
という最後の日、ホテルのロビーで私は彼女に声を掛けた。

「テロのあったニューヨークで沖縄と韓国の米軍基地の写真展をしたい。
 どこか心当たりはありませんか?」
「私、ニューヨークの美術館、PS1のキューレーターよ」
「えっ!そうなんですか、ぜひ検討してください」

PS1がどういう美術館かも分からなかったが、「この出会いは運命だ
わ」と勝手に思って、すがるような気持ちで沖縄から持ってきた、昨年
日韓合同写真展を開催した時に作った図録を木幡さんに参考にと
手渡した。

そしてPS1側が正式に「企画展としてやりましょう」と、OKを出し
てくれたのが今年の1月。それから私と木幡さんと韓国の写真家のアン
ヘリョンさんの三人の間で数え切れないほどのメールのやり取りがあった。

「アメリカ人と話す場、シンポジウムをやりたい」。その願いをニュー
ヨークのコロンビア大学院出身で、現在は東京のお茶の水女子大学
ジェンダー研究センターの研究者、秋林こずえさんがかなえてくれた。
コロンビア大学教育学部大学院の中にある「平和教育センター」が
主催してくれることになったのだ。

昨年の合同展の時にカンパを集めてくれた沖縄、東京、大阪の写真展
実行委員会のメンバーに再びニューヨーク展のカンパ集めをお願いしたら、
「ニューヨークで写真展が開かれるなんてすごい!夢が実現するのね」
と、喜んでくれた。

沖縄出身でニューヨーク在住のアーティストの照屋勇賢さんとそのお友達
の、同じく沖縄出身でコロンビア大学院生の前嵩西一馬さん、アーティス
トの秋好恩さん、キューレーターの渡辺真也さんが現地ニューヨークでの
協力者になってくれた。

私の名台詞(?)がある。「私は金脈は全然ないけど、人脈だけはある。
これが私の財産だ」。31年間の写真人生の中でどれほどの人と出会い、
どれほどの人に助けられたことか。今回のニューヨーク展もしかり。
どれほど大勢の人がこの写真展に関わっていることか。私の知らない
ところできっと助けてくれている人もいるはずだ。

「アジアの米軍基地で何が起こっているのか、アメリカ人に見せつけ
よう。アメリカの人達と会って話しをしてこよう、ニューヨークに乗
り込もう!」。そう意気込んで10月、ニューヨークへ渡った。

(次号へ続く)

【石川真生】
写真家
HP:http://w1.nirai.ne.jp/mao-i/


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■畜生、前進だ!
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イラク戦争の直前の1月の寒い冬の日のこと、当時ニューヨーク大学の大
学院生であった私は、コロンビア大学・ニューヨーク大学の学生と共に国
連ビルの前にある1stアベニューを封鎖した。イラク戦争の開始を狙うア
メリカに対して圧力をかける為の実力行使である。私達は狭い檻の様に
与えられたスペースで1000人以上がぎゅうぎゅう詰めになりながら反対
運動をしており、デモ隊を分断してふんぞりかえっている警察のやり方には
皆相当頭に来ていた。

封鎖、と言っても20人ほどの学生が反戦の横断幕を広げ、交通を5分ほど
完全に遮断しただけであったが、私達は真剣であった。戦争が止められる
のなら、どんな事でもやってやろう、という気迫が私達の中にはあった。
私は横断幕の右端を押さえていたのだが、警察はその学生たちの映像を
ビデオで撮影後、左側の学生から順に逮捕して行った。

一番左側の学生はまるで見せしめの様に警察達に囲まれ、警棒で殴られ、
護送車の中に放り込まれた。警棒で殴る、と言っても想像つかないかも
しれないが、かなり強烈なものであり、おそらくあばら骨数本は折れて
いたであろう。しかし、警察官はそれからも無抵抗の学生を、次々と
逮捕していった。

「みんな、逃げよう、やばいせ!」私は周りの学生に言ったのだが、彼ら
は聞く耳をもたない。「People, United, We Never Be Defeated!」の
大合唱だ。私の左隣にいる人達はどんどん捕まって行き、ついに私の
番が来た。ここで捕まったら俺は日本へ強制送還だ。(この20人にいた
中で、おそらく私が唯一の外国人であった)俺の人生はどうなる?!

私は一目散に逃げ出した。一方通行の1stアベニューを車をかき分け
逆走し、全速力で走り続けた。3人の警察官が血相を変えて追いかけて
きたが、5ブロックほど走った所で彼らも諦め、私は脱走に成功した。

しかし、私が他の学生が逮捕されたにも関わらず、自分だけ逃げてしまった
事に関して、非常に申し訳ないという気持ちに苛まれ、非常に落ち込んだ。
しかし、私があそこで逮捕されても、それには何の意味もなかった事だ、
と自分を正当化しようと努めている自分がいた。

ニューヨークで行われたデモにほぼ全て参加してきた私は、アメリカの
リベラルな人達の考えが分かる様になった。しかしそんな彼らでも、
沖縄や済州島で何が起こったか、そして起こっているのかを知っている
人たちは少ない。またその表裏の問題として、日本ではグァンタナモや
ニカラグア、ソマリア、セルビアでアメリカが何をして来たか知っている
人たちは少ないし、さらに日本が中国、マレーシア、シンガポール等で
何をして来たかを知らないし、知ろうとしない。


PS1staff
ちなみにこの写真展の展示会場であるPS1は更生施設としても機能して
おり、ここで働いているガードマンは元犯罪人であり、社会復帰の一歩
として働いている。美術館が厚生施設としても機能しているというのは、
アメリカの懐の深さではなかろうか。写真展の会場でガードマンとして
働いている彼女にこう私は話しかけられた。

「これ、ぜんぶ中国なんでしょ?中国にアメリカ人がいるんだねー」

その後、私は本当に何も知らない彼女に丁寧に説明をした。沖縄が日本
の南部にある美しい島である事。第二次世界大戦以降、沖縄がアメリカ
の一部であった事。72年の本土復帰以降も、沖縄に米軍基地が残って
いる事、そして沖縄の経済が基地に依存している事や、本土と沖縄で
基地問題に対して温度差がある事など、かみくだいて説明した。

突然初めて聞く話ばかりで、彼女は驚き、目を丸くしていたが、それでも
話は真剣に聞いてくれた。しかし、この彼女の反応はアメリカ人の普通の
反応として十分あり得るものだ。アメリカは若い国だ。まだ彼らが知らな
ければならない事は沢山あるし、彼らにも学ぶ姿勢は残っている。こんな
小さな一歩でも、考え方に変化が起こるのであれば、やっていくしかない。

五月革命のリーダーの言葉を引用して、このエッセイをこう締めくくりたい。

「畜生、前進だ!」


【渡辺真也】 
スパイキーアート・キュレーター。
大学時代から世界28カ国を放浪する過程にて、国民国家と美術をテーマ
とした問題に関心を持つ様になる。経済学を修めた後、ニューヨーク大学
にて美術修士号取得。今回の写真展にはインスタレーションや通訳等
お手伝いさせて頂きました。
現在、ニューヨークの非営利ギャラリー・ホワイトボックスにて沖縄出身の
アーティスト照屋勇賢の作品を含む展示「もう一つの万博 ― ネーション・
ステートの彼方へ」
を企画中。展示は来年の夏、NYにて行われる予定です。
ただ今スポンサーを募集中。
http://spikyart.org/anotherexpo/index.htm


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■メディア情報
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メールマガジン創刊号でプレスリリース文を掲載した
キュレーター・木幡和枝さんの「写真の思い、NY市民に」と題する
エッセーが11月20日『朝日新聞』夕刊・文化欄に載っています。

また、朝日新聞WEB(asahi.com)の沖縄ページには写真展紹介の
記事「撮った基地の傷 NYで伝える」がアップされています。
http://mytown.asahi.com/okinawa/news02.asp?c=18&kiji=379


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■カンパのお願い
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賛同人のカンパにより当写真展は運営されています。
カンパのご協力をお願い致します。
○賛同金:1口1000円
○郵便振り込み 01720−4−105909
「10人の眼展実行委員会」

【連絡先】
○沖 縄:那覇市首里崎山町3−34 喫茶室アルテ崎山店
霜鳥美也子(TEL) 098-884-7522 ,090-9076-1488
○大 阪:河内長野市清見台4−19−1−304
中條佐和子 (TEL) 080 −1404−4324
○東 京:豊島区駒込2-14-7 琉球センター・どぅたっち
島袋陽子(TEL) 03−5974−1333


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■■NY写真展「永続する瞬間--沖縄と韓国 内なる光景」■■■
○会期:2004年10月17日〜12月13日
○会場:PS 1 Contemporary Art Center
 (ニューヨーク近代美術館提携機関) 
 http://www.ps1.org/cut/main.html
 22-25 Jackson Ave. Long Island City, NY 11101
○参加写真家:
 イ・ヨンナム 「坡州の米軍基地と住民の闘い」    
 アン・ヘリョン 「神聖不可侵地域-米軍基地」
 イ・ゼガブ 「韓国のアメラジアン」            
 ノ・スンテック 「米軍による女子中学生死亡事件」
 比嘉豊光 「戦争の傷跡」               
 石川真生 「基地を取り巻く人々」 


■■■■編集後記■■■■

以前、東京・渋谷で行なわれたサウンドデモに参加した際、デモの
最中、思い思いに歩き踊る参加者の間でいつの間にかビールのリレー
が行なわれていたことをふと思い出します。見ず知らずの他人が、
それぞれの思いを抱えて<音>に引き寄せられるように集まる。
そして、「どうですか?」とビールを差し出す手と声がつながって
いく。誰がどうやってビールを持ち込んだのかは分からないけれど、
ビールは口から口へ、手から手へ回されていった。渋谷という無数の
人々が集まる空間に新たにコミュニケーションが生まれる瞬間だった。

写真展を通じて新たな出会いの連鎖が生まれることを願いながら、
これからもメルマガを配信していきます。またメルマガHPでは
配信時にはお送りできない写真などもアップしています。ご訪問を
お待ちしております。

次号も石川真生さんのエッセーを掲載します。乞うご期待。

(編集部・大野光明)


■■NY写真展「永続する瞬間」メールマガジン編集部■■

 HP:http://blog.livedoor.jp/newyorkphoto/
 問い合わせ先E-mail:okinawakoreaphoto@hotmail.com

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*Copyright (c)2004 NY写真展「永続する瞬間」メールマガジン
 編集部.All rights reserved.
*転送・転載は歓迎します。部分的な転送・転載はせず、全文の
 転載・転送をお願いします。合わせて、上記HPへのリンクを
 張ってください。よろしくお願いします。
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Your site is really very interesting.
Posted by http://www.toppichka1.com at 2006年08月24日 18:23