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■NY写真展「永続する瞬間--沖縄と韓国 内なる光景」メールマガジン■
<<第5号>>
2004年11月30日
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今週号は先週号に引き続き石川真生さんのエッセーを掲載します。
今回は開催が決定してからの様子や、オープニングとシンポジウムをどのように
受け止めたのかを書き綴ってもらいました。
またNY発、前嵩西一馬さんによる連載「遍在する肉声」No.2もお届けします。
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■ニューヨークで写真展を! その2
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以前はよく外食していたけど懐具合が心配になってきたので、今は家で
料理することが多い。ずっと昔、居酒屋を経営していたことがあって、
その時の習慣かしら、料理したら一度にたくさん作っちゃうのよね。
作ったら作ったで目の前にあると食べないと気がすまない食いしん坊
なので、最近の私、鏡を見るのが怖い。「ゲッ!また太ったぜ」
10月14日、沖縄からやって来た私と比嘉豊光さん、それに韓国から
やって来たアンヘリョンさんの写真家3人と、東京からやって来たPS1
の客員キューレーターの木幡和枝さん、それにPS1のデザイナーの
トニーさんとで、それぞれの写真家が持ち寄った作品を見ながらお互い
ケンケンガクガク。
事前に東京で私と木幡さんとアンさんの三人で、「だいたいこれで行き
ましょう」と、参加写真家6人全員の写真を調整して選んだはずなのに、
実際に大きくした写真を会場に持ち込んでみたら違いが出てきた。
写真家は全部の作品を見せたいし、PS1側は会場の広さと全体のバラ
ンスを考えて減らそうとするしで大攻防戦。どうにかこうにか収まって
決まったのが写真展オープンの前日。はー、しんどい作業だったわ・・・。
10月17日は写真展のオープンの日。まだPS1の他の展示会場は
オープンしてないところもあるので、観客の出足はチョボチョボ。
10月19日はコロンビア大学でシンポジウム。大学内にある「平和教育
センター」が主催してくれ約80人が集まった。司会は元センター長の
ベティー・リアドンさん。75歳だというのにとってもおしゃれでチャーミング。
私と比嘉さんとアンヘリョンさんにはそれぞれボランティアの通訳が付いて
くれた。秋林こずえさんと、ニューヨーク在住の沖縄人(うちなーんちゅ)
の池原えり子さん、それに韓国人留学生の女の子。アンさんが用意してくれた
スライドを見ながらPS1での各写真家の展示作品の説明。みんな、熱心に
見てたわ。
その後、フロアーを交えての「沖縄と韓国における米軍基地問題」の話し
合いに入った。「アメリカの支配者階級の白人にもっと来てほしかった」
と、私は率直にフロアーに感想を言った。この日は日本人や韓国系及び
アジア系アメリカ人が多かった。
聴衆の大方は「安保」も「米軍による事件事故」も何もしらない。だい
いち、沖縄がどこにあるかさえ分からない人もいる。「アジアにある米軍
基地で何が起こっているのか、人々はそれをどう見ているのか」をアメリ
カ人に知らせる旅は今始ったばかりなんだ、とつくづく思い知らされた。
前日の18日、沖縄国際大学の学生、安達菜子さんと仲尾美希さんがこの
シンポジウムに参加するために急遽、沖縄から駆けつけた。私もその行動
力には、オウ・マイ・ガット!
最後に2人が、8月に起こった同大学での米軍のヘリコプター墜落事件を
報告。「真っ黒に焼けただれた壁の保存の署名集めをしてます」。緊張しな
がらも報告すると、会場から暖かい拍手。終了後、2人が持ってきた墜落
事件の新聞記事をみんなが興味深く見て、彼女達にいろいろと話しかけて
いた。よかったね。
(次号へ続く)
【石川真生】
写真家
HP:http://w1.nirai.ne.jp/mao-i/
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■遍在する肉声2 「わかる」ということ
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マンハッタンはイーストハーレム南端にあるアパートをあとにして、
アッパーウェストサイドにある親戚宅へ向かう、今宵は感謝祭。17
世紀初頭、飢えに苦しむ開拓者らが、ある実りの秋に、作物の育てかたを
教えて助けてくれたインディアンたちを食事に招いたのが、その起こりと
される。アメリカという国が 「他者」の記憶を刻印する祭日、サンクス
ギビング。マンハッタンの東から西へと街を横断するバスの車内は客も
まばらで、セントラルパーク内のトンネルにちょうどさしかかる。おそらく
走行車両の高さを制限する標識かなにかだと思われるが、9’−11’と
記されているサインが車窓からちらりとのぞく。9、11。決して軽くは
ないその「偶然の一致」に対してとくに深い考えを思いつくわけでもなく、
クロスタウンのバスはいつものようにするりとトンネルを抜け、次の
停留所へと向かう。
複数の展示が行われているPS1において、この写真展の持つ緊迫感は
異彩を放つ。6人の写真家達による作品群が、最小限のキャプションと
ともに整然と四方の白壁に掲げられている。それぞれの作品に一瞥をくれる
やいなや足早にその前を通り過ぎ、そそくさと別の部屋の展示を見に行く者
もいれば、ひとつひとつの写真の前で立ち止まり、じっくりと食い入るよう
にそれらを見つめる者もいる。
会場に訪れた多くの観客から、もっとこれらの作品に関する背景の説明が
ほしい、わかりにくい、という声が聞かれる。たしかに僕が初めてこの展示
会に足を運んだときも、「ひょっとしたら沖縄や韓国の事情を知らないアメ
リカ人が見たら、わかりにくいかもしれないな」、そう思ったことを覚えて
いる。
さて、この「わかりにくい」というのは、そもそもどういうことなの
だろうか。あるいはこれらの作品を「わかる」ということは何を意味
するのだろうか。 「わかりにくい」ということは、「わかる」という
コミュニケーションの(一般的な意味においての)最終形態を想定した
うえで、それが遂行されることの困難さを示しているのだろうか。
写真家6人の伝えたいメッセージがそれぞれあって、それらがひとり
ひとりの観客に正確に伝わるということ、これが「わかる」ということ
なのだろうか。韓国と沖縄における「基地反対」の声をアメリカ市民に
伝える、ということと、韓国と沖縄の米軍基地を取り巻く現実に対峙した
写真家たちの作品をニューヨークの美術館で「わかる」ということの間に、
裂け目はないのだろうか。
「もっと多くのアメリカ人がこの写真展を見るべきだ」、「こういう草の根
的な活動を続けていくことは本当に大切なことだと思う」。本写真展に対して、そのように肯定的な意見を伝えてくるアメリカ人が大勢いる一方で、否定
的な意見を持つ者も存在する。「どうしてこんなひどい写真を展示するんだ」、という声が、たとえば会場であるPS1の工事現場で働いているひとたちの一部から聞こえてくる。「俺たちの払った税金ちゃんと使われてんじゃん!」という皮肉まじりのメッセージをコメント帳のなかに見たこともあった。星条旗とともに米軍に対する侮蔑的な文句を写したある作品を見て、激怒
したアメリカ人もいたという。彼は、わかったから激怒したのか、わかって
いないから激怒したのか。彼の直覚は「わかる」ことからもっとも遠い反応
だったのか。それともその直裁的な営為は、「わかる」ことへの始まりだった
のか。
親戚宅でのサンクスギビングの宴もたけなわ、元米兵のおじさんから、
30数年前の沖縄でのおばさんとの馴れ初めをはじめて聴く。今夜の七面鳥
はやけに旨い。海兵隊にいた頃経験した訓練の過酷さについても、ボジョレ・
ヌーボーを片手に語ってくれた。「もしあたしがそんなひどい仕打ちを受け
たら弁護士雇って訴えてやるわ!」軍隊が持つ暴力的な性質に真剣に怒る娘
に対して、おじさんは呵々と笑って応える。「それが戦士を育てる訓練って
もんなんだ。」愛すべきおじさんの傍ら、僕の喉元にあったこのうえなく
美味な七面鳥の肉片は、ごくりと飲み込んだワインとともにゆっくりと
どこかに落ちていった。そのとき、石川真生さんの写真を見つめる僕を
見つめ返す「眼差し」が、どこかしら優しさと壊れやすさを秘めていた
のをふと思い出した。米兵とともに写っている沖縄の女たちの顔。家族。
作品とその作品が提供されている環境との間にある種の緊張関係をもたら
す。これは優れた芸術がなし得ることのひとつと言っていいだろう。この
写真展で経験されるもののなかに、すくなくとも僕が必要とするアートが
あるようだ。ひょっとして、あのひとかけらの七面鳥の肉は、その「裂け
目」に落ちていったのではないだろうか。
【前嵩西一馬 Kazuma MAETAKENISHI】
那覇市生まれ。コロンビア大学人類学部博士課程在籍。本写真展運営
ボランティア。沖縄県与勝半島でのフィールドワークを終え、現在
博士論文執筆中。写真という媒体のなかに文化と政治のプリズムを
読み込む作業を通して、自らの視点をそこに織り込んでいきたい。
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■カンパのお願い
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賛同人のカンパにより当写真展は運営されています。
カンパのご協力をお願い致します。
○賛同金:1口1000円
○郵便振り込み 01720−4−105909
「10人の眼展実行委員会」
【連絡先】
○沖 縄:那覇市首里崎山町3−34 喫茶室アルテ崎山店
霜鳥美也子(TEL) 098-884-7522 ,090-9076-1488
○大 阪:河内長野市清見台4−19−1−304
中條佐和子 (TEL) 080 −1404−4324
○東 京:豊島区駒込2-14-7 琉球センター・どぅたっち
島袋陽子(TEL) 03−5974−1333
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■■NY写真展「永続する瞬間--沖縄と韓国 内なる光景」■■■
○会期:2004年10月17日〜12月13日
○会場:PS 1 Contemporary Art Center
(ニューヨーク近代美術館提携機関)
http://www.ps1.org/cut/main.html
22-25 Jackson Ave. Long Island City, NY 11101
○参加写真家:
イ・ヨンナム 「坡州の米軍基地と住民の闘い」
アン・ヘリョン 「神聖不可侵地域-米軍基地」
イ・ゼガブ 「韓国のアメラジアン」
ノ・スンテック 「米軍による女子中学生死亡事件」
比嘉豊光 「戦争の傷跡」
石川真生 「基地を取り巻く人々」
■■■■編集後記■■■■
アート、とりわけドキュメント写真における「わかる」ということを
どのように捉えたら良いのか。このような問いにつながるエッセーを
2本お届けしたのかもしれない今号。「『アジアにある米軍基地で何が
起こっているのか、人々はそれをどう見ているのか』をアメリカ人に
知らせる旅は今始ったばかりなんだ」と語る石川真生さん。コミュニ
ケーションという「旅」。一方、前嵩西さんを乗せたバスは「9’−11’」
という標識を通り、次の停留所へと向かう。この先に何が生まれるのか。
いよいよ写真展の会期も終盤へ突入します。
次号も石川真生さんのエッセーなどをお届けします。
(編集部・大野光明)
■■NY写真展「永続する瞬間」メールマガジン編集部■■
HP:http://blog.livedoor.jp/newyorkphoto/
問い合わせ先E-mail:okinawakoreaphoto@hotmail.com
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