Welcome To My ”俺の感性”

音楽のレビューというか感想をてけとーに書き殴るブログです。

Acid Black Cherryの『L -エル-』映画化決定!主演はCHVRCHESのローレン・メイベリー!

・・・じゃねーのかよ!

L=ローレン・メイベリー説
 

相対性理論 『天声ジングル』

Artist 相対性理論
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Album 『天声ジングル』
2016041100199_1

Tracklist

01. 天地創造SOS
02. ケルベロス
03. ウルトラソーダ
04. わたしがわたし
05. 13番目の彼女
06. 弁天様はスピリチュア
07. 夏至
08. ベルリン天使
09. とあるAround
10. おやすみ地球
11. FLASHBACK

「相対性理論は死んだ」

未だにあれは『夢』だったんじゃねーかと疑ってるくらい、ANATHEMAの奇跡の来日公演が実現していなければ、昨年の1月に行われた相対性理論初の名古屋公演『回折II』は、間違いなく年間BESTライブの一つだった。そんなやくしまるえつこ率いる相対性理論が2013年に発表した4thアルバムTOWN AGEは、従来の理論フアンの間で賛否両論を巻き起こした問題作となった。その中には「相対性理論は死んだ」と嘆くも者もあった。確かに、中心人物である真部脩一の脱退が大きく内容に影響していたのは紛れもない事実だし、その音楽性もトクマルシューゴの影響下にある相対性理論流のチェンバー・ポップ、それこそ”ヤクマルシューゴ”と言わんばかりの”上海an”、ポストロック/ミニマル/アコースティックに傾倒した”ほうき星”、そして『TOWN AGE』が「えつこのソロっぽい」と評される所以であるシンセ・ポップ風の”YOU & IDOL”をはじめ、いわゆるバンド・サウンドというよりもチェンバーちっくな音の傾向というか、ソロ化が著しいやくしまるえつこの趣味嗜好に相対性理論本体が引っ張られた感は否めなかった。とは言え、それだけで『TOWN AGE』を酷評するなんて事は愚の骨頂で、何故この日本における「Post-Progressive」なるジャンルが「女性的」なジャンルであるのか?その根拠を裏付けるような”キッズ・ノーリターン”の圧倒的なソングライティングを正当に評価できない時点で、その批評家の意見はたかが知れている。

「相対性理論 is BACK...」

『天声ジングル』の幕開けを飾る”天地創造SOS”から、それこそ「相対性理論 is BACK...」を宣言するかのような、永井きゅんによるめくるめくギターのリフレインと往年の相対性理論をフラッシュバックさせるえつこの歌声、まるで新海誠監督の処女作『ほしのこえ』をイメージさせるSF的な世界観と近未来ちっくなアレンジ(中にはクラップ)を駆使しながら、セーラームーンをはじめえつこが近年お得意様としているアニソン特有の大サビの半音上げを効かせてベッタベタに展開する曲で、とにかく前作の"アンチバンド・サウンド"的な潮流から一転して、相対性理論の原点である"ギター・ロック回帰"を強く印象づける、もはやえつこの歌と永井きゅんのギター以外必要ないという『真実』に気づいたかのような、一ミリの煩悩や邪念すらないシンプルでストレートな相対性理論ナンバーだ。

この地獄の番犬”ケロベロス”が伊集院光のラジオから聞こえてきた時は、番組のゲスい内容と可愛くてポップな曲調のギャップが凄すぎて笑った、と同時に「どっちかっつーと伊集院は犬じゃなくてブタだろwww」ってツッコんだ曲だ。この曲では、菅野よう子とコラボしたX次元へようこそで「ニャンニャンニャンにゃにゃん♪」とネコ化したえつこが今度は「輪廻転生したい!」と願った結果、本家の相対性理論では「わんわんお!」とばかりワンコ化する。その一種の”素”に近いえつこのワンワンボイスをはじめ、3rdアルバム『シンクロニシティーン』を彷彿とさせるトロピカルフルーツ味のギター・リフレインの応酬と2ndアルバム『ハイファイ新書』を彷彿とさせるAOR的でアンニュイなムードがシンクロする。ここまでくると「相対性理論回帰」というより、もはや彼らの”原点”である90年代の「UKミュージック回帰」と呼ぶべきほどのキラーチューンだ。・・・ハッ!?この曲が伊集院のラジオで流れたのは、将来えつこがブタ化する伏線だった・・・?借りにもしこの曲のタイトルを『伊集院光』とするならば、例の歌詞が「地獄のブタさ~ん ブゥ!ブゥーッ!」みたいな替え歌になるってこと?めちゃ聴きてぇ・・・。

昨年のライブで初めて聴いた時は→「良くも悪くも相対性理論っぽい」←こんなイメージを持った”ウルトラソーダ”は、少し気だるくオラついたえつこの歌い方を筆頭に、その甘酸っぱい曲調からリフ回しまで、まだ椎名林檎の影響下にあった最初期の名作『シフォン主義』”LOVEズキュウウウン!!”を、今の相対性理論流の解釈で再構築したかのような、アルバム序盤の「相対性理論 is BACK」の流れをダメ押しするかのような、つまり往年の「相対性理論回帰」を確信的なものへと近づけるような曲で、もはや前作の『TOWN AGE』がボロカスに酷評されて日和った結果生まれた曲なのでは?と勘ぐりたくなるほどだった。

某ゲスの極みZ女の曲タイトルを思わせる”わたしがわたし”は、ジョジョ8部『ジョジョリオン』の主人公東方定助の「オレはいったい誰なんだッ!?」的な、世にも奇妙な状況をコンビニを舞台に繰り広げられる所謂ループモノのSFナンバーで、Pink Floydあるいは初期Porcupine Tree、そして坂本教授をはじめとした70年代のプログレ/ジャズ/サイケなUKサウンドとメルヘンでラブリーなえつこワールドが邂逅する曲で、特に間奏部のインストはワームホールを漂うかのような浮遊感とスピリチュアルな世界観、そして超ド級のバンド・アンサンブルを発揮する。

一転して”13番目の彼女”は、まるで「DAOKOとかいう若い芽は早いうちに潰す」とばかり、意図的に舌っ足らずな歌い方でロリBBA化するうえつこの幼女ラップが一番のフュチャー・ポイントで、もはや三十路女が幼女化するなどという”媚び”や”ブリっ子”とかいう概念を超越した先にある女の『狂気』、サブカルクソ野郎にアイドル視されて勘違いしちゃった三十路女のドス黒い『闇』に恐怖すること請け合いの曲だ。しかし、それ以上に永井きゅんおギターがイキイキしてる曲でもあって、アルバム序盤の”ギター・ロック回帰”を俄然肯定していくかのように、アマチュア無線みたいなノイズ混じりの電磁波で宇宙と交信しながらシンプルなギター・ロックを奏でる。つうか、曲の終わり際のさり気ない音響がWarpaintっぽくてマジ怖ぇ・・・。

アルバム前半は、前作の『TOWN AGE』で消失した「俺たちの相対性理論」をトリモロスかのような、相対性理論のキモである永井きゅんのギターとえつこの歌以外いらねぇ!という「気づき」を得たかのような、特に永井きゅんが「うはぁ!これ楽しい!めっちゃ楽しい!」と言わんばかりの、もはや開き直りすら感じるギター・ロック回帰とともに、往年の相対性理論に回帰する事に成功していた。それくらい永井きゅんのギターが宇宙を駆けめぐるように巡り巡っていた。しかしこの後、彼の存在そのものがアラサー女の『闇』という名のブラックホールにガオンされてしまう事を、この頃の永井きゅんはまだ知らない。

「相対性理論 is DEAD...」

ところで、近頃はラップバトル番組の『フリースタイルダンジョン』や高校生ラップをはじめ、先日Mステに出演したことでも話題を呼んだ水曜日のカンパネラや某動画サイト出身のDAOKOを代表とする、新世代の日本語ラップが一大ムーブメントを起こしている。実のところ、おいらも『私を鬼ヶ島に連れてって』でカンパネラデビューをしたクチだ。フロントマンのコムアイ擁する三人組ユニットの水曜日のカンパネラは、ヒップホップ化した相対性理論と称されるDAOKOとともに今や日本語ラップの最先端を行く渋谷系アーティストの一つで、何を隠そう、その”渋谷系”および”サブカル界の女王”として過去に一世を風靡したのが、他ならぬやくしまるえつこ率いる相対性理論だ。しかし、今やサブカル界および言葉遊び界の新女王といえばやくしまるえつこではなくコムアイ、今や相対性理論も懐メロ、完全に過去の人扱いだ。そういった意味では、相対性理論が2013年に発表した『TOWN AGE』以降、そして2016年となる現在、サブカル界の勢力/相関図は大きな転換期を迎えつつあるのかもしれない。

結局のところ、ここまでの「相対性理論回帰」は一時の『夢』だったのかもしれない。その『夢』から目覚めたやくしまるえつこは、とある『実験』にとりかかる。えつことtricotヒロミ・ヒロヒロと並んで「世界三大ロリBBA」で知られるローレン・メイベリー擁するUKのChvrchesJustin K. Broadrickなど、その手のエレクトロニカ/インダストリアルやリミックス界隈の常套手段であるチチチチ電チ音と水曜日のカンパネラに対抗意識を燃やすようなヒップホップ然としたミニマルなトラックにド肝を抜かれる”弁天様はスピリチュア”は、そのミニマルなトラックと『ハイファイ新書』の頃を彷彿とさせるえつこの萌ボイスとの分離感/距離感/立ち位置が、いわゆる”バンド・サウンド”とは一線を画した、それこそヒップホップ然としたトラック重視の構成及び(音の)重ね方そのもので、しかし「ただのヒップホップ風の音楽」で終わらない所が流石の相対性理論だと唸ったのは、前半のミニマルな曲調から転調して後半のバンド・サウンドへと繋ぐ、それこそCult of Lunaを代表とするPost-系のダイナミズム/展開力と宇宙規模の超絶epicッ!!なサウンドスケープで聴く者全てを圧倒する。なんつーか、渋谷系の若いフォロワーどもに格の違いを見せるような一種の”凄み”すらあるし、前作の”キッズ・ノーリターン”に匹敵するソングライティングを発揮している。

これまでの相対性理論にはなかった新機軸的かつ実験的な曲から一転して、”ウルトラソーダ”と同じく良くも悪くも相対性理論らしい曲で、”(恋は)百年戦争”のギター・メロディを再解釈したような”夏至”、クラップを全面にフューチャーした”ベルリン天使”、アルバム後半の実験的な要素とギターロック然とした荻野目洋子ばりのクサメロギターが奇跡的な邂逅を果たす”とあるAround”、まるでえつこが「#日本のローレン・メイベリーなの私だ」とハッシュタグつけてツイッターに連投してそうな、Chvrches”Lungs”を彷彿とさせるミニマルなエレクトロニカとケルティックなフレーズを靡かせるアコギが織りなす”おやすみ地球”まで、従来の理論フアンの顔色をうかがいながらも、着実に実験的な要素を強めていく。

おいら、自分で言うのもなんだが、「日本一のジョジョヲタ」なんだが、そもそも『ジョジョの奇妙な冒険』って一言で言えば『男の少女漫画』なんだが、その『男の漫画』をガールが『理解』できるわけでもないのに、ガールでジョジョ読んでる奴って一体何が目的なのか『理解不能』なんだが、そんな「日本一のジョジョヲタ」である僕が唯一認めるジョジョヲタ界のTO(トップヲタ)こそ、他ならぬやくしまるえつこなんだが。現在連載中のジョジョ8部『ジョジョリオン』に、なぜエイフェックス兄弟とかいう双子(ツイン)の敵キャラが登場したのか?何を隠そう、やくしまるえつこは実験的なNHKのラジオ番組をはじめ、つい最近では『Flying Tentacles』というソロ名義のアルバムで”エイフェックスごっこ”をやっている。エイフェックス・ツインといえば、かのスティーヴン・ウィルソン(荒木飛呂彦)エイフェックス・ツインや坂本教授の影響を受けているアーティストの一人で、もはや音楽好きで知らない人はいないであろうほどの偉大な人物だ。当然、Post-Progressive界の代表取締役兼CEOことSWやくしまるえつこの関係性については、以前からこのブログで考察してきたのだけど、もはや荒木飛呂彦≒スティーヴン・ウィルソン≒やくしまるえつこと結論付ける事ができるんじゃあないか?おいらの妄想の中では、既にやくしまるえつこスティーヴン・ウィルソンは特別な関係にあって、つまり一種の現代のオノ・ヨーコとジョン・レノンみたいな関係性、すなわち”えつこ・ウィルソン”みたいな解釈を持っていて、当然それはやくしまるえつこ荒木飛呂彦との関係性にも通じる話でもあって。要するに、その著しくエレクトロニカに傾倒した「実験的」な要素が、この『天声ジングル』の中に組み込まれている。

   コムアイ
new_cover声が似ているって最初の頃言われていた相対性理論は超えたい 

やくしまるえつこ
new_2016041100199_1「・・・は?お前は二番煎じの出涸らしや!」 

   コムアイ
new_cover「相対性理論の時代はもう終わったんだよっ!」

やくしまるえつこ
new_2016041100199_1「おめーはSEALDsと一緒にリベラルごっこでもしてろっ!」

   コムアイ
new_cover「うるせぇ三十路ババア!」

やくしまるえつこ

new_2016041100199_1・・・(プッツン)

   コムアイ
new_cover「やべっ!(石仮面ハメー)」 

やくしまるえつこ
new_2016041100199_1「!?」

   コムアイ
new_cover「私は『人間』を超越するぞ!ザ・ワールド!時よ止まれっ!」

やくしまるえつこ
new_2016041100199_1すたーぷらちなっ ざ・にゅーわるっ にゅーわるっ にゅーわるっ...

わ^るそjj

   コムアイ
new_cover「フハハハハ!・・・なにィ?!(体が動かない)」

jojojoj

やくしまるえつこ
new_2016041100199_1「おらおらおらおらおらおらおらおらおらぁっ!」 

   コムアイ

new_cover・・・(再起不能)

やくしまるえつこ
new_2016041100199_1「てめーの敗因は...たったひとつだぜ...コムアイ...たったひとつの単純な答えだ...『てめーは わたしを怒らせた』」

おいら、ヒップホップって普段は聴かない音楽ジャンルで、しかし2013年にリリースされたUSのラッパーSadistikFlowers for My Fatherは、同年に発表された相対性理論『TOWN AGE』を差し置いて、いわゆる”俺の感性”にとてつもなく大きな衝撃を与えた。で、一体何の話かって、この『天声ジングル』を締めくくる”FLASHBACK”こそ、アルバムの後半でやくしまるえつこが行ってきた「とある実験」、その研究の成果であり、この実験の最終段階をもってえつこは声高らかに「SRAP細胞はありまぁす!」と、母親である小保方晴子の雪辱を果たす。このブラックビッグディックばりにダーティでミニマルなトラックを主体に、えつこ流のフリースタイルダンジョンと言わんばかりのラップボイスやシアトリカルなトラック、そしてこの世の終末に絶望するかのような無慈悲なストリングス、それこそSadistik『Flowers for My Father』FLASHBACKさせるかの如し、Sadistik然とした暗愁なトラックが一曲に凝縮されたような名曲で、なぜアルバム前半のポップでキャッチーな曲を差し置いて、この”FLASHBACK”がMVになったのか?という誰しもが感じる疑問、その疑問に対する答えでもあって、これはもはやエイフェックス・ツイン水曜日のカンパネラ、すなわちサブカル界の新女王=コムアイに対するサブカル界の旧女王=やくしまるえつこからのアンサーソングだ!
 

正直、ギターロック回帰とか往年の相対性理論回帰とかいう話なんざクソどーでもいいんです。このアルバムの「面白さ」はそこじゃあない。チャーチズなどの打ち込み要素マシマシ、すなわちえつこソロ感マシマシ、そしてDAOKO水曜日のカンパネラなどの新世代ヒップホップ勢からの影響マシマシで、とにかくサブカルおよび渋谷系の系譜、その正統後継者と名高い水曜日のカンパネラの影響を直に受けているのが実に面白い(どうやらえつこも『私を鬼ヶ島に~』がオキニらしい笑)。よく「女の趣味は男の影響」と言うけれど、これはまさに「男の影響」ならぬ「俺の感性」の影響!とばかり、極端な話、この『天声ジングル』は2013年以降、SadistikChvrches 、そして水曜日のカンパネラに傾倒していたWelcome To My ”俺の感性”の音楽遍歴を総括するかのような、それらを一つに繋ぎ合わせるかのような、大袈裟じゃなく俺の感性的に歴史的な一枚と言っても決して過言じゃあないかもしれない。なぜ今年に入ってからチャーチズのアー写をブログのトップ絵にしているのか?それは決してローレン・メイベリー『Lたそ』であることを暗示しているだけじゃあない、この『天声ジングル』相対性理論がエレクトロ方面に傾倒することを事前に予測していたからだ(ぜってー嘘だわ)。

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しかし「面白い」のはそれだけじゃあない。ここからは「日本一のジョジョヲタ」の視点から見る『天声ジングル』の「面白さ」だ。今作のブックレットを見れば一目瞭然だが、まるで漫画『ハンター×ハンター』の王とコムギの黒塗り台詞のみ演出をオマージュした富樫リスペクトのような、最もドス黒い『悪』を超える真っ黒なブックレットのように、この世に絶望してメンヘラ(SICK)化した終末論者の如しリリックが見所の一つで、中でも”おやすみ地球”の歌詞はジョジョ6部のエンリコ・プッチが唱えた「全人類があらゆる悲劇や絶望にも事前に「覚悟」ができる世界」、すなわち『メイド・イン・ヘブン』の世界を萌え擬人化したかのような歌詞で、そして物語の『終わり』であり『始まり』でもある”FLASHBACK”の歌詞は、ジョジョ8部『ジョジョリオン』の主人公東方定助の『謎』であり物語の『始まり』、一人という個人の記憶が消滅し「二人で一人」に融合した人間の「NEW WORLD」を描き出している。そこで日本一のジョジョヲタである僕は、この『天声ジングル』は逆再生することで『ジョジョリオン』の『謎』を解き明かす大きな『鍵』になるのではないかと考えた。物語の『始まり』に最大の謎が隠されている『ジョジョリオン』と同じように、この『天声ジングル』は『終わり』の”FLASHBACK”が実質アルバムの『始まり』と言っていいのかもしれない。それは『人類』の『始まり』であり、『天地創造』の終わりに『神』によって創造された『アダムとイブ』の物語、「夜明け前の一番暗いとき (エデンの園で)もぎたての果実(禁断の果実)を齧った時」、すなわち「善悪の知識の木」の果実を齧ってしまったばかりに、アダム=東方定助は「脳天ハレルヤ!記憶フラッシュバック!」という擬音とともに、ある『呪い』にかかる。その『呪い』を解く物語が他ならぬ『ジョジョリオン』であり、「土」と「人間」の2つの意味を持つ言葉に由来するアダム(東方定助)を、3.11の大震災の時に「土」の中から助けだしたのは、他ならぬべブライ語で「生命」を意味するイブ(広瀬康穂)の存在であり、「あなたは何度も甦る あたしはいつでも呼びかける」という歌詞は、『輪廻転生』して相対性理論はゾンビのように何度でも甦ると自身に投げかけるような歌詞でもあり、同時に『ジョジョリオン』のアダムとイヴ=東方定助と広瀬康穂を廻る数奇な運命を司るとともに、そしてこの『ジョジョリオン』「ループモノ」である説を暗に示唆している。この『ジョジョリオン』最大の『謎』に辿り着いてしまった日本一のジョジョヲタである僕は、この『天声ジングル』の狂気的にまで病んだ新世界(ニュー・ワールド)に心の底から共感し、そして涙していた。やはり唯一、やくしまるえつこにだけは敵わないと悔し涙を流していた。あと面白いのは、本当に面白いのは、逆から再生しても”弁天様はスピリチュア”がアルバムのハイライトを飾るところだと思う。

ギターロックおよび往年の「相対性理論らしさ」への回帰、やくしまるえつこ≒荒木飛呂彦(スティーヴン・ウィルソン)であることや『ジョジョリオン』の『謎』、打倒コムアイはじめ渋谷系の新世代ラッパーへの回答、母である小保方晴子が解き明かせなかった論文『ニュー・理論』の定義、#日本のローレン・メイベリーなの私だ宣言や#日本のエイフェックス・ツインなの私だ宣言、Sadistikばりのダーティなブラックビッグディック、からの2013年以降のWelcome To My ”俺の感性”の総括、そして遂に真部デトックス脩一の亡霊から解放された相対性理論の『天声ジングル』は、間違いなく過去最高に面白くて泣けるアルバムだし、少なくとも前作とは比べものにならないレベルの『求心力』を誇る傑作だ。それらのあらゆる音や実験的な要素の他に、特に水曜日のカンパネラのコムアイに対するアラサー女子の若さへの妬み嫉みが、もはやどっちがディオなのか判別不能なくらい、ありとあらゆる音と感情がグッチャグチャに蠢き合っている。おいら、過去に一時代を築き上げたレジェンド的な存在が時代の煽りに、新世代を担う若手の波に、勢いに日和って触発されてマジになっちゃう展開嫌いじゃなくて、むしろスゲぇエモいし、もうテッド・ジェンセンがマスタリングしてる事すらどうでもよくなるくらい泣ける。コムアイは過去にインタビューで「相対性理論は超えたい」と語っていたが、皮肉にも相対性理論自身がこの『天声ジングル』を通して、コムアイおよびカンパネラの存在を真正面から肯定している。なんつーか、『TOWN AGE』で従来のフアンから総スカン食らって、しまいにはカンパネラにもブチ抜かれ・・・そらえつこも(精神病者が描いたジャケ絵)みたいに病むわw
 
天声ジングル
天声ジングル
posted with amazlet at 16.06.09
相対性理論
みらいrecords (2016-04-27)
売り上げランキング: 336

サマソニにAcid Black Cherryキターーーーーーー11!!

まさかのベビメタにぶつけて来たw

これは行くしか!

TEAM-ABC vs. モッシュッシュメイト



メンヘラクソビッチ vs. ロリコンクソ野郎

ファイ! 
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