Welcome To My ”俺の感性”

音楽のレビューというか感想をてけとーに書き殴るブログです。

Jambinai 『ONDA』

Artist Jambinai
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Album 『ONDA』

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Tracklist
02. Square Wave
03. Event Horizon
04. Sun. Tears. Red
05. In The Woods
06. Small Consolation
07. ONDA Prelude
08. ONDA

これは前にも書いたけど、自分の記憶の中にある“韓国の音楽”っつーと、もう十数年前に高校生の頃にクォン・サンウ主演の韓流ドラマ『悲しき恋歌』をたまたま観たらハマって主題歌入りのサントラを買ったのがなり染めで(この主題歌はマジ名曲)、そんな過去を持つ自分からしたら現代の“韓国の音楽”を代表するBTSTWICE、そしてIZ*ONEをはじめとする“K-POP”が初めての“韓国の音楽”という人はニワカ以外のナニモノでもないんですけど、そんな僕と同じように「K-POPはFAKE(LOVE)だ!」と、まるで「本物の韓国音楽を見せてやる!」と豪語する勢いのバンドがいる、それが2010年に韓国ソウルで結成されたJambinaiだ。


このジャバンノリもといジャムビナイといえば、3年前にThey Keep Silence”のパフォーマンスビデオがアップされるや否や、朝鮮の伝統楽器として知られる管楽器のピリ(觱篥)や擦弦楽器のへグム(奚琴)、中国の琴を改造して生まれたコムンゴ(玄琴)を駆使した、そのエクスペリメンタルでアヴァンギャルドな音楽性が瞬く間に巷で話題を呼んだ。これまでにもフランスのヘルフェスを皮切りに、グラストンベリーやSXSWなどの世界的なフェスにもジャンル問わず招待され、更に2016年にはイギリスのインディー・レーベル=ベラ・ユニオンと契約し2ndアルバム『a Hermitage』を発表すると、2018年の平昌オリンピックの閉会式では圧巻のパフォーマンスを披露、今年2019年のコーチェラではK-POPのBLACKPINKとともに韓国音楽の“今”と“伝統”を代表して自国の音楽文化を世界に轟かす事に成功する(日本的にはtricotの韓国ツアーの前座に招待されたのが記憶に新しい)。そして、これまでライブ・サポートだったリズム隊を新たに正式メンバーとして迎え入れ5人組となったJambinaiは、全世界待望の3rdアルバム『ONDA』を(日本ではSWデンゼル・カリーでお馴染みのHostessから)リリースするに至る。

この『ONDA』の幕開けを飾る#1“Sawtooth”から、スコットランドの伝統楽器であるバグパイプで言うところのピリをはじめ持ち前の伝統楽器がケルティックな装いで、それこそエンヤばりにニューエイジな情景が目の前一面に広がるような民俗音楽と、自らが影響を受けたと公言するポストロック界のレジェンド=モグワイ譲りの湿り気のある寂寥感や全てを飲み込まんとする混沌蠢く轟音ノイズ、その伝統的な東洋の民族楽器と西洋の発明品であるギターが時代と国境を超えてバイブスる“静と動”のコントラスト、静寂と喧騒が交錯する重厚なダイナミズムと壮観なスケール感は、例えるならスコットランドの民俗音楽であるケルト音楽に回帰したモグワイのようでもあり、同時に日本のVampillia的な“破壊の美学”を感じさせる。

このジャバンノリもといジャムビナイ、一見すると#1“Sawtooth”のような王道的なポストロック〜ポストメタルを軸にしたイメージ通りのサウンドが主かと思いきや、へグム奏者のキム・ボミによる耽美的な歌声をフィーチャーした#2“Square Wave”では、一転して歪んだギターのリフを前面に押し出しながら女性ボーカルを中心とした叙情的なメロディを、転調を駆使したプログレスでドラマティックな展開美へと落とし込む、これぞまさにメタラー好みの“動き”のある曲構成と“ドラマティックで叙情的”な“メタルの醍醐味”を知ってる人たちに他ならなくて、つまりステレオタイプのポストロックだけじゃなく、それ以上に“メタル”に精通したバンドなのが分かる。

表題の『ONDA(オンダ)』は韓国語で“来る”を意味していて、(これはちょっとタイムリーな話なのだけど)“来る”といえば個人的につい最近邦画ホラーの『来る』を観たんだけど、その映画の終盤のクライマックスに日本全国から霊媒師や朝鮮の祈祷師が集結してドンチキドンチキと悪霊退散するシーンがあって、その場面が國村隼主演の韓国映画『哭声/コクソン』の祈祷シーンを思い出した人も少なくないと思うのだけど(自分もその1人)、その映画哭声/コクソンに登場する似非祈祷師のダンサブルな祈祷シーンのバックで流れていそうな、朝鮮の伝統楽器がお祭り気分の焦燥感を伴いながらカオティックに狂喜乱舞する#3“Event Horizon”。最近では、国民の三分の一がキリスト教を信仰している韓国の映画にしては珍しく、言うなれば“キリスト教徒から見た仏教観”をテーマにしたNetflixオリジナル映画『サバハ』が邦画の『来る』とは比べものにならないくらいの傑作ホラーなのでオヌヌメです(間違いなく2019年のBEST映画の一つ)。

このJambinaiっていうバンド名、実はtoolの曲名=“Jambi”から取ったんじゃねぇか説あって、俄然そう思わざるを得ないのが今作のハイライトを飾る#4“Sun. Tears. Red”で、まず初っ端からtoolの3rdアルバム『Lateralus』から“The Grudge”のウネウネウネる呪術リフを彷彿とさせるGリフと、同曲のメイナード・キーナンオマージュの歌い回しからもう確信犯で(これで確信犯じゃなかったら何)、そのtool的密教ライクな世界観をより妖しく彩る民族楽器とともに、曲が進むにつれてコアっぽい激しさを伴いながら、そして来るクライマックスではまるで日本統治時代の朝鮮独立における“日本帝国主義”に対する“怒り”バンドの中心人物でありギタリスト兼ピリ奏者のイ・イルに憑依したかのような、それこそフランスのポスト・ブラックレジェンド=Alcestのネージュ顔負けの激情的な咆哮から、初期のネ・バブリシャスに匹敵する超絶epicッ!!な怒涛の展開からのカタルシスを見せるあたり、こいつらダテに五輪で演奏してないなというか、toolAlcestが共存するバンドとか今までありそうでなかったというか、なんだろう、伝統だなんだポストロックだなんだって言うけど、むしろ“イマドキのメタル”のド真ん中やってるバンド、その証明以外のナニモノでもないです。あと2018年に発刊された“韓国のメタル”が詳細に記された『デスメタルコリア』を読んでもわかるように、韓国のメタルバンドの“日帝ディス”は韓国のメタルを象徴するアイデンティティの一つでもあって、このジャンビナイはその“韓国のメタル”のド真ん中の王道を貫いているという事実は、(イ・イルによれば)この曲のインスパイア元が“日帝時代の朝鮮独立についてのドキュメンタリー”である事からも明らかだ。

約13分にも及ぶ#5“In The Woods”は、環境汚染に晒された自然、大地、海、日々受け続ける地球の悲痛な叫びを、朝鮮の土着風土に息づく伝統楽器ならではの繊細緻密な表現力をもって、それこそ韓国映画にも通じるエモーショナルな感情表現の豊かさに溢れた“心技体”に染み渡るような美しくも力強いメロディが、“自然災害vs環境汚染”という形で互いに傷つけ合う地球と人間の心をリリカルに優しく紡ぎ出していく、まさに“再生の音楽”である。今度は“ヨンシーinコリア”みたいな、モグワイとともに自らが影響を受けたと公言するアイスランドのポストロックレジェンド=シガーロスをはじめ、北欧ポストロックばりのリリカルな叙情詩を描き出す#6“Small Consolation”は、中国〜朝鮮半島から伝わった日本の雅楽的な雰囲気が味わえる(和楽器バンド笑)。

ここでも「聞けば聞くほどスゲーVampilliaっぽい」という答えに行き着くのだけど、というのも日本のVampilliaもアイスランドと縁のあるバンドだし、同時にAlcestとも深い縁のあるバンドだしで、だからといって“韓国版Vampillia”って表現したらめちゃめちゃチープに感じるからやめた方がいいと思うけど、こうやってポストロック界の2大レジェンドをフォローしつつ、一方で叙情的なメタルの醍醐味だったり、13年ぶりに新作を発表するtoolだったり、Alcestdeafheavenにも精通するイマドキのメタルだったり、そして“韓国のメタル”の王道を行ったりと、音楽的な面でも思想的な面でも出自のバックグラウンドをJambinaiの民俗音楽を介して奏でられるアイデンティティとオリジナリティは説得力に溢れすぎている。捨て曲ないのは当然として、いわゆるK-POPよりも韓国の伝統や真の美意識が感じられる傑作です。勿論、伝統楽器が1番のウリなのだけど、要所で入るギターのフレーズが一々センスフルなのが、このジャムビナイをメタルバンドとして本物たらしめている所以のように思う。

これもう日本のMonoVampilliaあるいtricotとのスリーマンツアー期待していいですか?もし来日公演がないなら、ユーチューバーのあゆたびに頼んでジャムビナイの国内ライブを観に韓国に連れてってもらおっかな?だからあゆたびーーーー!!僕を韓国に連れてってーーーーー!!

Onda
Onda
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Jambinai
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ローレン・メイベリーはメタル

チャーチズはメタル

デブ豚主催のフェスにチャーチズ出演というわけで、(パワー系繋がりという意味で)デブ豚チャーチズはまだしもGojiraチャーチズの並びは流石にシュール過ぎて笑う(これメシュガーじゃなくてゴジラってのがキモなのかも)(このメンツの中にsukekiyoが入っても全然違和感ない)。つまり、これはもう“チャーチズはメタル”=“ローレン・メイベリーはメタル”だな!


しかし案の定、この(メタル/ラップ/ポップス/オルタナ/エレクトロごちゃ混ぜの)ラインナップに噛み付く奴=メタル界一の問題児ことHateBreedのフロントマン=ジェイミー・ジャスタローレン・メイベリーのレスバトルがツイッター上で始まって、まずジェイミーなんでゴジラの上にチャーチズおんねん・・・今の音楽業界マジクソとつぶやくと、そのイキリツイートに対してすかさずローレンデブ豚が決めたラインナップやから音楽業界云々はウチ知らんし、そもそもジャンル論争は時代遅れの化石やし、そういったジャンル間のギャップを埋めていく事の方が大事やと思うし、ウチ過去に地元グラスゴーでゴジラ観てるし、デブ豚にいたっては3回も観てるし(というリアル“ローレン・メイベリーはメタル”発言からの)、“ポップ・ミュージック”やってるからって他のジャンルに理解がないわけじゃないでという火の玉ツイートぶん投げてて、なんだろう、やっぱローレン・メイベリーには敵わねぇなって。・・・そうなんだよね、僕はローレンの超可愛いルックスなんかよりも、このカッコ良すぎる内面的な部分をリスペクトしているんだよね(嘘こけ)。

でも、今回の件でローレンがツイートで言ってることって真理に近くて、このラインナップに象徴されるようなジャンルの垣根を超えたジャンルレスな“未来志向”の音楽こそ、BMTHが最新作の『amo』でやってる事そのものなんだよね。そうなんだよね、全ては『amo』に繋がっているんだよね。世はまさに“amo時代”なんだよね。でもちょっと待って、改めてローレンゴジラのライブ観てる姿を想像したらクソ萌えたんだけど・・・ローレンすき。好きすぎてもう100回くらいライブ観てる気分なのに実際は一度も生で観れてないという・・・。ダメだ、これ一生観れない奴だ・・・。ともあれ、そんなチャーチズBMTHがラインナップされている日本のサマソニすごい・・・(アツい掌返し)。

sukekiyo 『INFINITUM』

Artist sukekiyo
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Album 『INFINITUM』
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Tracklist
01. 偶像モラトリアム
02. 猥雑
03. 沙羅螺
04. kisses
05. dorothy
06. アナタヨリウエ
07. 君は剥き出し
08. 本能お断り
09. こうも違うモノなのか、要するに
10. 濡羽色
11. ただ、まだ、私。
12. 憂染
13. 漂白フレーバー

tamapiyoもといsukekiyoといえば、DIR EN GREYのボーカリスト=のサイドプロジェクトであり、個人的に2014年に発表されたデビュー作の『IMMORTALIS』と2015年作の『VITIUM』を聴いて以降の作品は、何かライブ会場限定?の映像音源集というこのネット時代に時代錯誤な流通方式で販売されたらしく、意地になって聴かなかったというか必然的に聴けなかったわけなんだけど、しかし一方でSpotifyでは配信されている(らしい)という現代的な側面もあったりと(と思ったらフルちゃうんかいw)、世はまさに映画/ドラマならびに音楽までもが“大ストリーミング時代”、それに伴うCDという時代遅れの化石円盤は、地球環境に悪影響を与えるプラスチックゴミを増やすだけという“イマドキ”の環境意識高い系の思想の持ち主なのかは知らんけど(海外の紙ジャケってそういう配慮もあるの?)、ともあれ“いつでもSpotifyで聴ける状態だと結局いつまで経っても聴かない説”という“Spotifyあるある”の話。しかしこの度、2017年作の3rdアルバム『ADORATIO』から約2年ぶりとなる4thアルバム『INFINITUM』をリリースするタイミングで、これまで会場限定だったEPの『ANIMA』と前作の『ADORATIO』が一般流通盤として3枚同時リリースされた。勿論、個人的に意地になってSpotifyでも聴いてこなかった過去作(結局フルで配信してなかったよくあるオチ)、そして待望の最新作である『INFINITUM』“今のsukekiyo”がどうなっているのか?そういった個人的な事情からも、とても楽しみにしていた。

まずsukekiyoの音楽性をおさらいすると、Kscope主導のPost-ProgressiveをはじめいわゆるPost-系にも精通するATMS系およびアートロック志向の強い洋風な音作りに、日本のヴィジュアル系ならではの、それこそ日本を代表する久石譲ばりの“和”の叙情性を抱き合わせた歌モノのV系オルタナで、それこそ衝撃的なデビューを飾った『IMMORTALIS』はその特異なサウンド・スタイルと、怖いもの見たさの和製ホラー映画に精通する怪奇な世界観を極めし名盤だった。

今作の幕開けを飾る#1“偶像モラトリアム”から、繰り返し鳴り響く奇々怪界の怪奇音を奏でるオルタナギター、ギターベース、打ち込み、そして江戸川乱歩の怪作『孤島の鬼』並みに“アンタッチャブル”な物語の始まりを宣言するかのような、“声”を一つの“楽器”として捉えたのボイスが一つ一つ折り重なって、sukekiyoにしか描けないsukekiyoならではの極上のミニマリズムをもって、まるで気分は『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』ばりの洋風モダンホラーの世界を繰り広げる。これはずっと前から、それこそデビュー当時から思ってた事なのだけど、sukekiyoの音楽性および音楽的な変化および変遷は、Riversideのフロントマン=マリウス・デューダくんのソロプロジェクト=Lunatic Soulに近いものがあって、この洗練されたミニマルな曲構成にしてみても後期Lunatic SoulすなわちKscope系=Post-Progressiveの王道中の王道を目抜くソレで、(元々そのキライはあったけど)ここにきてインダストリアル/エクスペリメンタルなスタイルが本格化している。

これまでのsukekiyoにはなかった、本家DIR EN GREY『ARCHE』を更に重くしちゃいましたみたいな、それこそオルタナティブ・スラッジみたいな鬼ヘヴィネスをフィーチャーしたヘヴィロックの最高峰となる#2“猥雑”、パーカッションを駆使したオリエンタルな世界観をバックにタイトルの“沙羅螺”を花魁の踊り子が如し口ずさむという構図の#3における、転調から突如メタル化してバチグソにエロいGソロからGojira“Magma”っぽいフレーズに繋がるプログレスな展開は、sukekiyoなりのOpethへの回答なのか、はたまた本家DIR EN GREYへの回答なのか。

sukekiyoって元々、それこそデビュー作から往年の昭和歌謡を現代に蘇らせたような、(そもそもV系自体が古き良き昭和歌謡リバイバルであるという話はさて置き)それこそ2ndアルバムの『VITIUM』では、まるで『はぐれ刑事純情派』堀内孝雄が歌う主題歌あるいは美空ひばりが作詞した松浦亜弥“草原の人”ばりの昭和歌謡リスペクトな、言うなれば『はぐれ刑事変態派』をやってのけた。ギタリスト兼ピアニストのによるクラシカルでありながらジャズみのあるピアノが奏でる艶美な旋律との昭和歌謡リスペクトな歌メロで構成されたシングルの#4“kisses”は、まさにsukekiyoのアイデンティティが凝縮された『IMMORTALIS』の名曲“zephyr”と双璧をなす一曲と言える。

その昭和歌謡ルーツの流れを引き継いで、イントロからゲーム音楽風のシンセをフィーチャーした#5“dorothy”は、それこそTWO-MIXあるいはシティーハンターの“Get Wild”もしくはジャングルの王者ターちゃんのEDじゃないけど、とにかくaccess=浅倉大介界隈の90年代のアニソンを彷彿させる懐かしくもクサい雰囲気のある、あるいは当時アイドル視されていた中森明菜荻野目洋子、そしてテレサ・テンをはじめとする昭和の歌姫が昔の歌番組で歌っていそうなシンセ・ポップで、そのバンド・サウンドと電子音のsukekiyoらしい“オルタナティブ”なまぐわいは、初期のチャーチズばりにダーティなビートを刻むエレクトロ・ポップ風の#6“アナタヨリウエ”で真骨頂を迎える。このJ-POPにも精通するダサさは、ついさっきまで洋風モダンホラーやってたバンドとは思えないほどギャップが凄くて、この和から洋、洋から和へと自由に行き来する音楽性のフレキシブルさ=振り幅もsukekiyoならでは、魅力の一つだ。(もはやローレン・メイベリー大好き芸人からすればチャーチズっぽいシンセ要素があれば何でもいいという風潮)

Post-系はPost-系でも今度はバンド・サウンド中心のPost-Pならではのインテリジェンスとフェミニンな叙情性を発揮する#7“君は剥き出し”から、“インコにコンドーム事件”リスペクトなコンドームの暗喩が込められた歌詞がエッチな#9“こうも違うモノなのか、要するに”まで聴き終えると、僕は今作のテーマがBUCK-TICKリスペクトの“胎内回帰”である事を思い出す。そこで気づいたのが、今作って実は妊婦を模ったアートワークでお馴染みの本家DIR EN GREY『ARCHE』と対になる“裏アルケー”なんじゃねぇか説で、帯に書かれた胎内回帰への憧憬と無限の恋情を求める旋律は、終盤以降の曲に“希望”となって現れる。その中でも、ここまで溜まりに溜まりまくった情欲的な感情が激情的に溢れ出すピアノの旋律をフィーチャーした、歌舞伎で言うところの女形の役になりきる紅一点のがドストレートに“禁断の愛”を叫ぶ#11“ただ、まだ、私。”は今作のハイライトで、もしアートワークの六芒星が“子宮”の暗喩だと解釈するなら、真ん中の白い線がマンピーへと誘う“別次元”の入り口(ド下ネタ)、その線の下で光り輝くのがクリちゃんの暗喩であり(童貞並感)、もう我慢できないくらいヌレヌレでピューピューピヨピヨに鳴いちゃう#12“憂染”で遂に絶頂=オルガスムに達し、その毒毒しい“欲望”が“未来”への“希望”となって“胎内回帰”=“子宮還り”に成功した僕、するとオカンが嬉しそうにこう叫んだ。


「アンター!ひよこクラブ買ってきたわよーーーーー!!」

(お腹の子が“悪魔の子”であることも知らずに)


今作の裏テーマである“子宮還り”、あるいは“何度でも新しく生まれる”的なある種の“無限地獄”で思い出したのが、Kscope=Post-Pの創始者で知られるスティーヴン・ウィルソン『To the Bone』に他ならなかった。この『INFINITUM』は、ある意味ではSW『To the Bone』と真逆で、ある意味では同じ。生命の誕生、すなわち音楽の誕生、そして子宮を暗喩する“逆さの六芒星”、これが意味するのは“逆再生”の暗喩であり、“始まり”“終わり”の曲タイトルが漢字+カタカナという椎名林檎リスペクトな点も実に示唆的で、その漢字+カタカナシリーズで今作と強く共振しているのが、実は相対性理論『天声ジングル』というよくあるオチ

このアルバムで1番の“マンピーポイント”と呼べるのがその“終わりの曲で、アルバム中盤辺りからこれもうTrap鳴らしにきても全然おかしくない流れだと感じながらも終盤に差し掛かり半ば諦めかけたその時、その“終わりの曲となる#13“漂白フレーバー”のブレイクビーツ的なEDMというか、それこそ2019年を象徴する一枚となったBMTH『アモ』から“Fresh Bruises”を彷彿とさせるamoい打ち込みブッコミに笑った。というか、最後の最後でここ最近の世界的かつ俺的トレンドである“EDM”の伏線回収という想定外の展開。しかし、その予測不可能な“想定外”の存在がsukekiyo、その存在証明でもある。そもそも、“終わりの曲以前に#10“濡羽色”でもPost-Trapっぽい音鳴らしてて、もっと言えば前作の“純朴、無垢であろうが”の時点でTrap的な要素を取り入れた、先見の明のある変態的かつ前衛的な才能の持ち主でもあって、もはや本家よりも前衛的過ぎて薫くん「ちょっとTrapはやめてくださいよ。営業妨害でしょ・・・」って怒られちゃいそうw

もはや自分の知ってるsukekiyoじゃなくなってたってのが本音で、sukekiyoメンバー、特に楽器隊のポテンシャルはデビュー作と比べたら別人説が囁かれそうなくらいの変貌ぶりで、確かに全てが未知数だった1stアルバムとはベクトルはまるで違うけど、とにかく前作までのニッチな界隈向けのB級感あふれるオルタナ風の歌モノV系のイメージ、あくまでもオルタナの範囲内でバンド・サウンド重視だったその1stアルバムとは真逆、同時にのボイスもこれまで以上に楽器の一部としての役割が著しく強調され、つまり“京のサイドプロジェクト”の枠組みを超えた、れっきとした一つの“バンド”として本格化=“sukekiyoとしてのアイデンティティの確立と自覚”に繋がった結果、これもう本家超えちゃってるんじゃねぇかくらい全方位、全音楽ジャンルに向けて尖りまくっている。

しかし“sukekiyoらしさ”も健在で、バンドとして進化するところは着実に深化する一方で、『IMMORTALIS』時代の妖艶さだったり、持ち前の底抜けにポップでキャッチーなメロディはより優雅に、より大きな広がりを与えるチュー・マッドセンによるプロダクションも含めて音のスケール感が過去作と比べて段違い。つまり、ヴィジュアル系としてのアンダーグラウンドなマニア性=エクスペリメンタルな実験性とBMTH『アモ』=K-POPおよびJ-POPにも精通するポップでキャッチーな大衆性の両立、その絶妙なバランス感覚こそsukekiyoの真髄、sukekiyoの特色であると、今回それが極まりまくっててもう言葉にならない。

なんだろう、BMTH『アモ』Welcome To My ”俺の感性”における“ポップス”の再構築、Baroness『Gold & Grey』“俺感”におけるメタル/オルタナ/プログレそしてガルバンの再構築だと強引に解釈するなら、このsukekiyo『INFINITUM』“俺感”におけるV系/Post-系/アニソン系/EDM系の再構築なんじゃあねぇかって。この10年代の終わりを告げる2019年を象徴する3枚のアルバムは、この10年間“俺感”が書き記してきた事の全てが詰まっているといっても過言じゃあない、見事な“俺感”の総括でありマンピー。そんな事より八田エミリかわいい騙されたい(いきなり何の話)。

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