Welcome To My ”俺の感性”

音楽のレビューというか感想をてけとーに書き殴るブログです。

2014年06月

パスピエ 『幕の内ISM』

Artist パスピエ
パスピエ

Album 『幕の内ISM』
幕の内ISM

Tracklist
01. YES/NO
02. トーキョーシティ・アンダーグラウンド
03. 七色の少年
04. あの青と青と青
05. ノルマンディー
06. 世紀末ガール
07. とおりゃんせ
08. MATATABISTEP
09. アジアン
10. 誰?
11. わすれもの
12. 瞑想

【うまい】・・・今の邦楽界に一矢を報いるような、昨年のデビュー・アルバム演出家出演で初めてパスピエを知って、僕が真っ先に感じた事といえば→”うまい”だ。古き良き時代のJ-Popやプログレなどの数ある要素を一つにする事への”うまさ”だ。そして今回、約一年ぶりにリリースされた2ndアルバム『幕の内ISM』でも、パスピエの心臓部である鍵盤使いの成田ハネダと紅一点ボーカリストの大胡田なつきが織りなす、先人に対するリスペクトやオマージュを織り交ぜた持ち前のポップネスと和風テイストに溢れたオリエンタリズムが、奇妙キテレツなアヴァンギャリズムをもってクロスオーヴァーしていく、その”うまい”パスピエサウンドは何一つ変わっちゃあいない。

【YES!YES!YES!】・・・前作演出家出演のオープニング曲の”S.S”は、”パスピエというバンドがどんなバンドなのか?”を絶妙に表現した、それこそ彼らを代表するアンセム的な楽曲だった。本作『幕の内ISM』のトップバッターを担うのは、まさに邦楽界の風雲児、新世代のニューウェーブ・ポップを自称するに相応しい、まるで「11月のYESとパスピエのライブ、どっちに行くの?YESかNOで答えてよ」的な#1”YES/NO”だ。この曲は、疾走感溢れる爽やかなギター・サウンドが、ニューウェーブな微風とともにあの頃の青春時代を運んでくるかのよう。で、ゆったりとした始まりから大胡田なつきのボーカルをフューチャーした、ほのかに哀愁を漂わせつつ焦燥感を煽るようなスピード感あふれるサビへと繋がる#2”トーキョーシティ・アンダーグラウンド”、前作の名曲”名前のない鳥”を彷彿とさせる、しかしソレよりも全然ポジティヴで前向きなメロディを押し出した力強いポップスを披露する#3”七色の少年”、その勢いのままシングルの#4”あの青と青と青”まで、序盤の流れはパスピエの右腕である大胡田なつきの哀愁を帯びた歌声を軸とした、パスピエの一つのウリである”大衆性”を意識したキャッチーなポップソングが中心で、その中でも往年のJ-Popの香り薫る”七色~”や”あの青~”のような楽曲をサラッと書けちゃう所がパスピエの強みだと改めて再確認したし、特に”あの青~”のラストの大サビへと向かっていく怒涛の展開、ある種の激情的ですらある畳みかけはバンドの今の勢いが音に憑依しているかのよう。

【サブカル界のPerfume】・・・ここまでの曲を聴けば分かるよに、前作と比較すると正直かなり印象が違う。代表曲の”S.S””シネマ”など、前作の演出家出演がバンドの中心人物成田ハネダの鍵盤による音の洪水を表現した作品だとするなら、今作の『幕の内ISM』大胡田なつきの”うたのおねえさん”的なクセのない優しい歌声をフューチャーした作品、そんな印象を受ける。そういった意味では、前作の”フィーバー”で聴けたような声優上坂すみれさん的な、一種の電波系アニソン的なサブカルっぽさや奇をてらったロキノン臭さが消え失せて、いい意味でも悪い意味でもより普遍性が増した、より大衆的な作品と言えるのかもしれない。前作の一つの良さでもあった、デビュー作特有の青臭さというか、独特のクセというのがパスピエの大きな個性に繋がっていたが、そのアンダーグラウンドな感覚が消えた、本当にクセがなくなった。今回、より普遍的あるいは大衆的な方向性に振り切った事で、おいら、前作の時に”サブカル界のPerfume”的な事を思ったんだけど、その信ぴょう性が更に増した気がする。
 
幕の内ISM

【パスピエ流のオリエンタリズム】・・・前作同様、大胡田なつきが手がけたアートワークや飛び出す絵本仕様の立体的なパッケージをはじめ、前作でいう所の”はいからさん”みたいな、パスピエの持ち味の一つとして”オリエンタル”な要素があって、これはシングルの”あの青と青と青”のイントロからして顕著なんだけど、今作ではその”オリエンタル”な要素を著しく強めている。不協和音を駆使した、ドリーム・ポップ/サイケ・ポップ風の奇妙キテレツな#5”ノルマンディー”、ギターの三澤勝洸がその限りなく空気に近い存在感を発揮しているアニソン風の#6”世紀末ガール”を絶妙なアクセントとして間に挟んで、次の#7”とおりゃんせ”は要所で相対性理論をリスペクトしながらも、というより実はハナエっぽいムズ痒いボーカルとリズム感にブヒれる名曲だ。再びアッパーなシングル曲の#8”MATATABISTEP”を挟んで、そのえらく正直なタイトルをはじめ、レトロな鍵盤やスピッツの”空も飛べるはず”のワンフレーズをオマージュしながら、童謡”はないちもんめ””いろはにほへと”からの引用を交えたパスピエ節全開のユニークな歌詞をフューチャーした#9”アジアン”、これまでのパスピエにはなかったようなプログレッシブかつアヴァンギャルドな冒険活劇っぽい大胆不敵な展開を見せる#10”誰?”まで、中盤以降は序盤の流れとは打って変わって、今作のコンセプトとして掲げられたパスピエ流の”オリエンタリズム”と”アヴァンギャリズム”を発揮した楽曲が中心で、その中でも新機軸とも取れる”ノルマンディー””誰?”、パスピエらしい”うまさ””オリエンタリズム”が融合した”とおりゃんせ”は今作のハイライトだ。

大胡田なつきVSやくしまるえつこ(小保方晴子)

【エアギター】・・・おいら、前作の『演出家出演』を聴いた時に→「ギターが面白くなればパスピエは更に化ける、だから頑張れ!頑張れ!頑張れ!」と願った。でも、ここまでの曲を聴いてもやっぱギターがパッとしないくて、しかし#11”わすれもの”を聴いて驚きとともに嬉しくなった。この曲は前作の”カーニバル”的なトリップ系の曲調に奥華子ライクな懐かしい情緒感と切ない哀愁を兼ね備えた楽曲で、そもそもナニが驚いたって→まるで全盛期Opeth、まるで中期ANATHEMAのように幽玄でアトモスフェリックなギターが形成する【ATMSフィールド】にドギモ抜かれたんだ。ここまで”ほぼ空気”・・・”ほぼ空気”と同じ存在感を発揮していたギターが主役と言っていいこの曲は、本当の意味でパスピエの新たなる一面(新境地)を感じさせた。しっかし・・・やればできるやんけ!よっしゃ!ギタリストの三澤勝洸クンはアナセマあるいはフロイド流の【ATMS】をもっと勉強して、このパスピエの音楽に積極的に取り入れれば間違いなく邦楽界の天下取れる!!・・・で、ラストを飾る#12”瞑想”は、綺羅びやかなキーボードに始まって大正ロマンを思わせる妖艶なボーカルと往年のJ-popを彷彿とさせるBメロがポイント。

【サブカル界のSEKAI NO OWARI】・・・前作同様に、各方面からの影響を東京藝術大卒の知能を駆使してパスピエの音に昇華しつつ、(前作からその傾向はあったが)今作はパスピエ流の”オリエンタリズム”を爆発させた作品となっている。確かに、前作を初めて聴いた時に受けた→「なんだ!このバンドすげえ!」みたいな衝動や意外性は皆無だし、”S.S”並に個性が突出した楽曲もないけれど、中盤から後半にかけての馬力の強さや作品のバランス感は前作以上かも。しかし、パスピエの総合演出家である成田ハネダはあくまでも脇役に徹している印象で、事実『演出家出演』ほど耳に残るキーボードのフレーズが少ない。これは前作で危惧していた”ネタ切れ”でなければいいんだけれど...一抹の不安が過ったのは確か。要するに→今作はキーボード主体ではなく、あくまでも大胡田なつきのボーカル・メロディを主役としながらも、その中でギターとキーボードの掛け合い、インストバトルもキモにした”バンド感”を強めている。事実、本作を聴き終えた後は只ならぬ”なつき感”が凄い。まるで”椎名林檎やYUKIっぽい”と言われる事に対する反抗、脱却を狙ったかのような、それくらいボーカルの充実感は前作以上と言える。これらの微妙な変化は、前作のような突き抜けた個性よりもパスピエならではのオリジナリティに重きを置いた結果なのか、それとも。なんにせよ、ここまで普遍性あるいは大衆性が増したとなると、チンカスロキノン系男子からの人気は間違いなく頭打ちになるだろうから、今後のパスピエの命運はどれだけ良いタイアップを持ってくるかに、その命運がかかっている気がしないでもない。例えばNHK教育や大衆アニメに楽曲提供を積極的に行って、最終的に目指すは”サブカル界のSEKAI NO OWARI”といった所か。正直、これ以上のステップアップを望むにはex相対性理論Vampillia真部デトックス脩一をプロデューサーに迎えるしかないと思う。そして、このまま和風路線を極めれば、その先にsukekiyoとの対バンワンチャンある!ワンチャン!ワンワン!

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パスピエ
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ANATHEMA 『Distant Satellites』

Artist ANATHEMA
ANATHEMA

Album 『Distant Satellites』
Distant Satellites

Tracklist
01. THE LOST SONG part 1
02. THE LOST SONG part 2
03. DUSK (dark is descending)
04. ARIEL
05. THE LOST SONG part 3
06. ANATHEMA
07. YOU'RE NOT ALONE
08. FIRELIGHT
09. DISTANT SATELLITES
10. TAKE SHELTER

    -これは呪い(ANATHEMA)を解く物語-

【解散願望】・・・解散して欲しかった。約二年前、2012年にリリースされた9thアルバムWeather Systemsを数千回聴き込んだ末、遂に”俺の感性”が導き出した答えこそ→ANATHEMAは『ジョジョ』だということ、つまりANATHEMAの『Weather Systems』黄金の精神』であり、『Weather Systems』X JAPANのバラード・コレクションだということ、そして”俺の感性”一巡させた事である。そんな、10年に一度の歴史的名盤となった『Weather Systems』を超えるなんて事はもはや不可能、万が一の可能性を見い出すとすれば→それは”俺の界隈”代表取締役社長兼CEOであり8thアルバムWe're Here Because We're Hereを手がけたスティーヴン・ウィルソン氏、あの『Weather Systems』をプロデュースした張本人であるChrister André Cederberg、そして俺の界隈の裏方で知られるイェンス・ボグレンという、いわゆる”俺の界隈の三銃士”の力が必要不可欠、でもそんなこと・・・「できるわけがない!できるわけがない!できるわけがない!できるわけがない!」と四回叫び、半ば諦めかけていたその時ッ!今作『Distant Satellites』のエンジニアとしてSW氏がミックス(2曲)を、前作同様にノルウェイ人のChrister André Cederbergがプロデュース&ミックスを、そして5.1chサラウンドのミキシングに俺たちのイェンス・ボグレンが参加しているとの情報を得た僕は→あの『Weather Systems』『神の領域』すなわち『メイド・イン・ヘブン』に到達し、名実ともに”アンタッチャブル”な存在となったANATHEMAは、この『Distant Satellites』で自分自身を乗り超える、つまり【神殺しのANATHEMA】を襲名する覚悟ッを決めたんだ...そんなダイアモンドのように硬い意志を感じ取った。要するに→「神を超える」ための条件は全て整った、というわけだ。

               『ザ・ロスト・ソング パート1』

                       今夜
                   僕は解放された
                    とても自由だ

                   生まれて初めて
                     僕は目にした
                     新たな人生を
                     新たな人生を

                    呼吸を始めよう

                    そして君が現れた
                    どこからともなく
                     僕の人生は
                 すっかり変わってしまった

    (いつの日か、あなたは私を感じるわ 微風に運ばれる囁きの中に)

                   そして、あの夜
                    僕は夢の中で
                   静かに立ち去った

                  もう一つの場所へと
               そこで君は僕に話をしてくれた
                    この日のこと
                    この日のこと

                    そして君が現れた
                    どこからともなく
                      僕の人生は
                 すっかり変わってしまった

               というのも、君は僕のものであり
                   僕は君のものだから
                     死ぬまでずっと
                     死ぬまでずっと
                恐怖なんて幻想に過ぎないんだ


【THE LOST SONG=THE LAST SONG】・・・僕は涙した。まるで僕が『Weather Systems』はX JAPANのバラード・コレクションだと言った事を証明するかのような、今作『Distant Satellites』の心臓部を担う”THE LOST SONG”、その幕開けを飾る”THE LOST SONG part 1”に涙した。ハッと息を呑む壮麗かつ荘厳なストリングスから、まるで英国貴族の社交界のようにエレガンスなピアノの旋律と新メンバーのダニエル・カルドーゾによる5拍子を効かせたドラミングが織りなす、それこそソフト&ウェット(柔らかくて、そして濡れている)な黄金のリズム&血液のビートが、鼓動が魂が、山吹き色の輝きを放ちながら激しく高らかにオーバードライブしていき、前作の『Weather Systems』を堺に”ボーカリスト”としてのリミッターが解除された暴走モードのヴィンセント・カヴァナーリー・ダグラス姐さんが織りなす、まるで『幸福』についてを語り合うかのような黄金のハーモニー、そしてこの歌詞に涙したんだ。驚いた、まるでジョジョ8部『ジョジョリオン』の主人公東方定助の壮絶な運命を歌っているようではないか。そう、この歌詞に登場する”僕”とは東方定助であり、”そして君が現れた”の”君”とは広瀬康穂ではなかろうか。それこそ『ジョジョリオン』の一話と同じように、どこからともなく現れた康穂と出会った定助の人生、その運命は”すっかり変わってしまった”わけだ。では、”解放された”や”新たな人生を”は一体何を意味し、”もう一つの場所”とは一体何処なのだろうか。そして、広瀬康穂役のリー・ダグラス姐さんによる(いつの日か、あなたは私を感じるわ 微風に運ばれる囁きの中に)という意味深な歌詞は一体何を意味しているのだろうか?これらは壁の目で目覚めたジョジョリオン一話の東方定助なのか、はたまたジョジョリオン最終話での”帰るべき場所”を見つけた東方定助=Xなのか、とにかく複数の解釈が持てる謎に満ち溢れた歌詞だが、少なくともこの曲で流した僕の涙は、『ジョジョリオン』の最終話を読んで流す涙と全く同じ涙であると確信した。そもそも、この”THE LOST SONG”というタイトルは、自分の記憶を”失った”東方定助自身であり、これこそ『ジョジョリオン』のテーマソングと呼べるだろう。

jojo1

【プログレ界のART OF LIFE】・・・それはまるで『ジョジョの奇妙な冒険』の初代主人公ジョナサン・ジョースターエリナ・ペンドルトン、もしくはジョジョ8部『ジョジョリオン』の主人公東方定助広瀬康穂黄金の関係性、その関係性を黄金のハーモニーへと変えて、血液のビートを刻みながら雄大な抒情詩を宇宙という名の無限∞に広がるキャンパスに静かに、しかし深裂に描き映し、そして瞬く間に天空を駆け巡るストリングスや艶美なキーボードとニュータイプ的なプログラミング、音圧(ダイナミズム)重視のギターの轟音ヘヴィネス、俄然タイトなリズムを刻みこむドラム&ベースが互いに高め合い狂喜乱舞しながら、それら全ての音をハリケーンの如く巻き込んでいき、遂には黄金の回転エネルギー』の力が働いた巨大な音の塊、すなわち宇宙規模のサウンドスケープとなって全人類をカタルシスの渦に飲み込んでいく。その曲調としては、前作の名曲”Untouchable, Part 1”を踏襲した超絶epicッ!!ナンバーと言っていいが、当然のようにドラマティックでありながらも崇高かつ荘厳、そして神妙な雰囲気を漂わせながら、一定のリズムからなるシンプルなミニマリズムによって体内に蓄積された小さな音エネルギーを一気に爆発させるような、2012年の『ウェザー・リポート』のスタンド能力により生じた暗雲たち込める空模様に太陽の光が差しこむような、まるで【3.11】を堺に漆黒に染まった日出づる国に『愛(Love)』『勇気(Pluck)』『希望(Hope)』という生命エネルギーをズキュウウウン!!と注入するかのような、クライマックスを飾る終盤のオーケストラが解き放つ『清らかさ』は鳥肌モノってレベルじゃないし、それと同時にthe fear is just an illusionという歌詞に込められた、まるで「勇気とは怖さを知ることッ!恐怖を我が物とすることじゃあッ!」と言い放ったウィル・A・ツェペリの如く、それこそ『人間の魂』をアツく焦がすような『灼熱の魂』に、もはや”感情の限界突破”に限りなく近い胸の昂ぶりを抑止することが出来なかった。そして僕は、今にも張り裂けそうな胸の高鳴りを沈めながら閃いた→「もはやTHE LOST SONG part 1はプログレ界のART OF LIFEだッ!」ってね。

                『ザ・ロスト・ソング パート2』

                     人生には
                     必ず訪れる
                   目覚める瞬間が

                    着実に刻まれる
             あなたの心臓の鼓動の音を耳にして

                 今やあなたは解放された
                   そして私はこのまま
                   ずっと夢見ていよう 

                生きている、気づいている
                  かつて信じていた愛

             いつの日か、あなたは私を感じるわ
                微風に運ばれる囁きの中に
               そして私はあたなを見つめる
                堂々と立っているあなたを

                      戻ってきて
                    どうか信じて

                 こんな気持ちは初めてよ

            あれが幻想だったんなんて信じられない 

【東方定助×広瀬康穂】・・・幕開けを飾る”THE LOST SONG part 1”東方定助視点で描かれた曲ならば、この”THE LOST SONG part 2”はヒロインである広瀬康穂視点で描かれた曲だ。この曲は、恋人を想うあまりにも純粋なキモチが込められた歌詞を、いい意味でポップに歌い上げるリー・ダグラス姐さんの母性あふれる歌声と壮麗優美なストリングスをフューチャーした、と同時に艶かしいまでのL O V E!L O V E!L O V E!なエモーションがとめどなく溢れ出す、真珠のドローン系バラードだ。これは前作の”Untouchable Part 2”に相当する楽曲と言っていいだろう。まるで”あの頃”の思い出を懐かしむかのような、ある種のフェチズムを刺激する息遣いにブヒれるリー姐さんのコーラスと情緒感あふれる繊麗なサウンドが織りなす、儚くも美しいダイナミズムと切ないラブストーリー性には”感動”という二文字以外の他に例えようがない。そして、この歌詞にも『ジョジョリオン』の謎を紐解く鍵が隠されている気がして→まず一体何が誰が”目覚める瞬間”なのか、それは東方定助を司るもう一人の人物=Xなのか、ここでも”解放された”という意味深なフレーズをはじめ、パート1と同じ”and one day you'll feel me a whisper upon the breeze(いつの日か、あなたは私を感じるわ 微風に運ばれる囁きの中に)”という”THE LOST SONG”の核心部分に触れるような黄金のフレーズが、そして”戻ってきて”とは?”あれが幻想だった”とは?こんな風にこの歌詞を考察していたら、気づくと僕は涙を流していた。『ジョジョリオン』の東方定助と広瀬康穂が巡る数奇な運命、その黄金の軌跡』を辿るかのような歌詞に涙したんだ。

                『ザ・ロスト・ソング パート3』

                  君を見つけたからには
                   もう放すつもりはない
                    世界は回り続ける
                    魂が映し出される
              僕の心臓は君のために鼓動を鳴らす
                  身体の外へと伝えるんだ
                    今夜、心の中では
                 君に頑張って欲しいと願う

                     なぜなら愛とは
                     我々そのもの
                    どんなに近くても
                    どんなに遠くても
                       そして命は
                     真実をもたらす
                       夢の中に

【THE LOST SONG=『黄金の精神・・・ここまで、フロントマンのヴィンセントがメインのパート1とリー・ダグラスがメインのパート2の流れを見れば、前作の名曲”Untouchable”の再来、少なくともそれを素直に踏襲している事がわかる。しかし、前作の”アンタッチャブル”なANATHEMA=自分自身の存在を超えるためには、最後のワンピースが必要だ・・・でもその前に→ギラついたアルペジオ・ギターに合わせてヴィンセント&リーが大胆な掛け合いを披露する”Dusk (Dark Is Descending)”、この曲の歌詞は今作の中で最も『ジョジョリオン』の物語にリンクする歌詞で、初めてこの歌詞を読んだ時は少し恐怖を覚えるくらい、前半部の歌詞には『ジョジョリオン』第一話を、そして後半部には、まるで『ジョジョリオン』最終話を予知するかのような歌詞が記されている。続く”Ariel”は、パーカッションや電子ドラムなどのチルアウト効果を織り交ぜながら、まるでアリエールで洗った洋服のように柔らかな肌触りで優しく包み込むピアノと壮大なオーケストラをバックに、リー姐さんの天使の囁きの如しウィスパーボイスとヴィンセントの情熱的なゴッドボイスが劇的に交錯する、この世の全てのカタストロフィを浄化する黄金のハーモニーが至高の感動を呼び起こすラヴバラードで、アウトロではカヴァナー三兄弟の長兄ダニエルがその優しい歌声を披露している。この”人間愛”に満ち溢れた歌詞は、”THE LOST SONG”のフィーリングを感じさせるし、曲としてはデヴィン・タウンゼンド総裁『Ghost』を思わせるほどの透明感がある。そして遂に来たる、今作の核を担う”THE LOST SONG”の最後のワンピースこと”THE LOST SONG part 3”は、序盤のパート1&2の中で描いてきたそれぞれの想いが運命的に引かれ合い、そしてその想いが一つに重なる瞬間だ。8thアルバム『We're Here Because We're Here』”Get Off, Get Out”を彷彿とさせると同時に、着実に”THE LOST SONG part 1”の流れを汲んだ、まるで波紋使いの呼吸法のように俄然タイトなリズム&ビートからなるミニマリズムが極上のグルーヴ感およびトリップ感を生成し、まるで夜空を見上げた星の煌めきと淡い揺らめきがこだまする静寂の中で、しなやかな恍惚感を発しながら”永遠の美”を求めて優雅に舞い踊る、東方定助役のヴィンセント・カヴァナーの想いと広瀬康穂役のリー・ダグラスの想いがシャボン玉のように融け合って共鳴し合うその瞬間ッ、シルクのように繊細な焦燥感と激情的なエモーションを解き放つハーモニーが、静かに、しかし美しく魂を揺さぶる。この組曲”THE LOST SONG”を構成する3つのピースに共通するのは→まさしくLovePeaceの精神すなわち黄金の精神』であり、それこそパート3の”My Haert Beats for You (僕の灼熱のビートを君にッ!)”や”なぜなら愛とは 我々そのもの”とかいう一種の聖書的なリリックが示すように、Love即ち『愛』こそ、Love即ち『引力こそ我々人類が憧憬し崇拝すべき唯一『神』であり、それこそ『天国への階段』を登った先に啓かれた『メイド・イン・ヘヴン』なのである。これはもう恐ろしいほど純粋なラブストーリーであり、それこそ究極の『愛』の物語すなわち『愛のむきだし』、もはや音楽界の『失楽園』と言っていいレベルのセカイだ。

jojorion


-これは「呪いを解く物語-
この呪いを解くためには、ANATHEMAという過去の自分自身を乗り超えなければならない。そんな願いが込められた曲が、このバンド名を冠した”ANATHEMA”だ。感情を押し殺したヴィンセントの無慈悲な歌声と荘厳かつ重厚なオーケストラ、そして流麗なピアノがクラシカルかつシアトリカルに交錯する、それこそ初期ANATHEMAの荒寥たる世界観を持った、まさに「人間の尊厳とはナニかを具現化したような楽曲だ。音楽性の変化に伴うメンバーとの対立そして別れ、しかしその幾多の試練を乗り越えて新たなる境地に辿り着いたANATHEMA、そんな今のANATHEMAと過去のANATHEMAを約20年の時を経て再び繋ぎ合わせるかのような、それこそ今作の裏テーマである”ANATHEMA”という名の”呪い”を解く大きな鍵であり、そして導き出されたその答えこそ→『LOVE』...即ち『愛』だった・・・。その呪縛(ANATHEMA)から自らを”解放する”かのような、過去のANATHEMAとの決別を宣言するかのようなヴィンセントの魂の叫びから、まるで映画のクライマックスを飾るようなギター・ソロという名のレクイエム(鎮魂歌)を奏でる時、真の意味でANATHEMAは呪縛(ANATHEMA)から解放され、晴れて究極のカタルシスを得たのである。ちなみに、ヴィンセントのインタビューによると→自らの意志で”ANATHEMA”という曲を書こうとしたのではなくて、完成した楽曲が自然と”ANATHEMA”そのものになったらしい。そう言われると確かに、曲全体を支配する荘厳かつ無慈悲な雰囲気をはじめ一種の破滅的な、この地球この大地を轟かす”DOOM”なギターの重厚感は初期ANATHEMAをフラッシュバック!!させる。しかし、こうやっていともたやすく過去の自分自身と向き合えるのは、(音そのものは違えど)やっぱりアナセマの音の根幹にある音楽的理念がデビュー当時から現在まで一貫しているからであって、それはデビューから今まで一貫して『人間賛歌』をテーマとして描いている荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』だって同じだ。しかも、過去にANATHEMA=呪いというバンド名を改めようとしたが、かのスティーヴン・ウィルソン氏の助言によって結局改名しなかった所も、ジョジョ7部『スティール・ボール・ラン』でジョジョをやめようとしたけど、なんだかんだで結局『ジョジョ』になってしまうという、そんな荒木飛呂彦が歩んできた漫画人生とまるで同じではないか。そういった意味では、近年ANATHEMAの楽曲の中では最も特異な曲であり、過去の自分自身を乗り超えるために必然的、いや運命的に生まれた楽曲と言えるのかもしれない。こうして、ANATHEMAは”ANATHEMAの中にある、もう一人のANATHEMA”を自らの手で葬ったが、はたして『ジョジョリオン』の主人公東方定助は”もう一人の自分”を解放し、そして自らを『祝福』する事ができるのか?

アナセマ×ジョジョ

【アナセマ≒荒木飛呂彦】・・・スウェーデンの重鎮OPETHや皇帝KATATONIA、そしてフランスの貴公子ALCESTでも、それなりの地位に位置するバンドが音楽的な”変化”を起こすと、大抵は従来のファンから批判される。初期のデス/ドゥームやってた頃から今まで、音楽史上最も大きな音楽遍歴を巡りしこのANATHEMAも決して例外ではない。まず、一つ目の大きな”変化”が起こったのは4thアルバムの『Alternative 4』だろう。その”オルタナティブ”というタイトルをはじめ、これまでのスタイルと違って呪術感あふれる通称ゴシック・メタルと呼ばれるサウンドへと”変化”したのだ。続く5th『Judgement』こそ4thと差ほど変わりはしないが、しかし21世紀にさしかかると6th『A Fine Day to Exit』と7th『A Natural Disaster』を立て続けにリリースし、それこそ今のANATHEMAの”原点”と言えなくもないような、レディへリスペクトなATMOS系の浮遊感やポスト-感を内包した、実にUKミュージック然とした路線へとシフトしていった。しかし驚いたのは、いずれも批判より賞賛の声の方が大きかった事だ。これはヴィンセントがインタビューで→「”テクニック”ではなく、あくまでも”ソングライティング”に重きを置いている」と語っているが、まさに彼らの曲作りに対する信念や執念を裏付けるような話だ。同じく海外のインタビューで→ヴィンセント「批判を恐れていては真のクリエイティブな音楽は生まれない」と答えているが、まさしくそのとおりだと思う。このように”変化”に対する”批判”を恐れず、常に”変化”と”進化”を求めて前進し続ける通称クリエイティヴ・ヒューマンとしての意識の高さ、そのまさしく”オルタナティブ”な精神性こそ、現在連載中の『ジョジョリオン』で絵柄をはじめ本格派サスペンスを謳ったストーリーやコマ割りなど...今や大ベテランであるにも関わらず新たなる境地に挑み続けている漫画家荒木飛呂彦という名の吸血鬼に直結する、とどまることを知らない創作意欲およびクリエイティブ精神と言えるのではないか。僕はこれまでに”アナセマとジョジョ”の親和性、その類似点をクドイくらいに説いてきたつもりだが、その双方に対する漠然とした考察は、この『Distant Satellites』で遂に確信へと変わった。それと同時に、僕はスティーヴン・ウィルソン氏が提唱する創作精神こそ、荒木飛呂彦が持つ創作精神だと確信していて、やはり、こうやって今のANATHEMAが存在していられるのも、Kscope主宰のスティーヴン・ウィルソン氏による功績が大きいのかもしれない。ご存知のとおり、SW氏は7th以降スヤァ...っと深い眠りについていたアナセマを覚醒させるキッカケとなった8thアルバム『We're Here Because We're Here』を手がけた人物である。そんな彼は、今作でも2曲ミキシングで参加している。それが”You're Not Alone””Take Shelter”だ。

                  『ディスタント・サテライツ』

                君は自分自身を売り払った
             それでいいんだと自分に言い聞かせた
                 状態が状態を生み出し
                 高水準を乗り越えていく

                 そして僕は泣きたくなる
                  漂いながら君を捕まえた
                 そして僕は泣きたくなる
             遠く離れた人工衛星に過ぎないんだ

                だから僕を救い出しておくれ
                  僕は生きているんだ
                  僕は生きているんだ
                 この中で生きているんだ


【新境地】・・・確かに、中期アナセマの『A Natural Disaster』に収録された”Closer”ではレディへリスペクトなエレクトロニカを、前作の『Weather Systems』に収録された”The Storm Before The Calm”では、今はなき同郷のPure Reason Revolutionを彷彿とさせるダンサンブルな電子音を積極的に取り入れ、かつアナセマの音へと巧みに昇華していた。では、本作『Distant Satellites』における”新機軸”と呼べる楽曲を挙げるとすれば、それはSW氏が手がけた”You're Not Alone”や表題曲の”Distant Satellites”だろう。まず、前者の”You're Not Alone”では、遂にダニエル・カヴァナースティーヴン・ウィルソンの奇跡の共演が実現ッ!・・・と言いたい所だが、SWじゃなくてヴィンセントの声だった。初めて聴いた時はヴィンセントの声がSWに聴こえたくらい、SWを意識した少年風の歌い方だ。とにかく、そのSWとも交流のあるPendulumばりにバッキバキな打ち込みを擁したインダストリアルなドラムンベースを展開している。で、先述の”Closer””The Storm Before The Calm”における”新機軸”は、あくまでも数ある要素の一つとして取り入れられたものだったが、しかし今回ばかりは”ガチ”な感じで、完全に向こう側のジャンルの立ち位置からモダンな音を鳴らしている。これは先ほどの”批判”に繋がることだが→当然「別にアナセマがやらなくてもいい」なんて思う人も居るだろうけど、むしろ今のアナセマだからこそというか、それよか単純に曲がカッコイイというか、批判という恐怖を克服し、自らの手で未来を切り拓き、そして遂に辿り着いた”アナセマなりの新境地”に直に触れているような気がして、もはや批判とか賛否両論とかどーでもよくなるくらい、素直に楽しい気分にさせてくれた。なんつーかこの曲、ほとばしるスティーヴン・ウィルソンの影が一種の”免罪符”となってる気がしないでもない。もう次作でダブステップやり始めても全然驚かないくらいにはなってる。

ゼロ・グラビティ

【ANATHEMA=輪廻転生説】
・・・その”You're Not Alone”だけじゃあない、それ以上に”実験的”な要素を感じさせる曲こそ、ゴースト名ソングライターことジョン・ダグラスとヴィンセントが共同プロデュースした曲であり、今作のコンセプトを担う表題曲の”Distant Satellites”だ。まるで大聖堂が目の前に立ちはだかるような、”Firelight”とかいうインストの神聖なる『清らか』な風を受け継いで始まるこの曲も、打ち込み系のエレクトロニカを大胆に取り入れた、言うなれば65daysofstatic meet ANATHEMA的な楽曲で、まるで人工衛星から地球を見下ろしたような無限大の世界が目の前に広がり、その壮観さは北欧ノルウェイの上空に現れる色鮮やかなオーロラのように『清らか』で神秘的だ。しかし、一言で”エレクトロニカ”と言ってみても、あくまでも繊細で浮遊感のあるヴィンセント・カヴァナーの歌声を軸としながら、その夢心地なボーカルのメロディと心躍る上品なピアノが極楽なトリップ感を生成しながら、高鳴る心臓の鼓動のように小気味よいダンサンブルなビートを打ち込んでいく、まるで子守唄の如くフロイド感あふれるアトモスフェリックな曲調なので、逆に驚くほど違和感というものはなかった。まるで気分は映画『ゼロ・グラビティ』「あたしサンドラ・ブロック、ガチで宇宙空間を漂流中」だ。ここで、その映画『ゼロ・グラビティ』を例に出すと→前々作の8th『We're Here Because We're Here』が地上(浜辺)からの目線で地球を描いた作品ならば、リメイク作品のFalling Deeperが水中から地球を描いた作品で、前作の9th『Weather Systems』が『空から地球を見てみよう』的な作品だとすると、本作の10th『Distant Satellites』では更に遠く離れた大気圏外にある宇宙衛星の視点から地球を描いた作品だという風に解釈すると、ある一つの流れが出来上がっているのがわかる。まさか、その映画『ゼロ・グラビティ』の物語に隠された『輪廻転生』を音楽という手法を使って描き出しているんだとしたら...このアナセマというバンドは、実はとんでもない事をやろうとしてるんじゃあないか?って、そう思うと僕は少し恐怖した。事実、前々作の8th『We're Here Because We're Here』では臨死体験という名の黄金体験』を音で表現しているし、あながちそれは間違いじゃないかもしれない。もしそうだとしたら、それこそ『人間賛歌』の極みだと思うし、ジョジョ6部でプッチ神父のスタンド能力『メイド・イン・ヘヴン』によって生じた一巡した世界、すなわちパラレルワールドもある種の『輪廻転生』と言えるのではないか、それこそ初期の『破滅の音楽』から現在の『幸福の音楽』に至るまでのアナセマの音楽遍歴ですら、『ジョジョの奇妙な冒険』の初期(暗黒面)~中期(オルタナ期)~後期(黄金期)の作風および時代背景、その精神性と全く同じ道を辿っているようではないか。つまり、全てにおいて『アナセマ』と『ジョジョ』は一心同体となったのだ。このように、【ANATHEMA=輪廻転生】という説から考察してみれば、現在のアナセマは初期のアナセマが”一巡”しただけの存在すなわち同一人物でしかないと理解ッできるし、初期から現在までの音楽性の変化すらも必然的、いや運命的な出来事だったのかもしれない。

「あたしサンドラ・ブロック、ガチで宇宙空間を漂流中」

【アートとは「光るウンコ」だ】・・・そして、SW氏がミックスを手がけた”Take Shelter”のレディへ(Kid A)ライクな音響や、まるで生まれたての赤子のように生命エネルギーに満ち溢れた、シガーロス直系の神々しく純粋無垢なストリングスを耳にすれば分かるように、その90年代と00年代のオルタナティブシーンを牽引してきた二組のレジェンドを融け合わせ、それぞれの時代と時代を繋ぎ合わせるかのような、それこそ”キング・オブ・オルタナティブ”と呼べる曲であり、それすなわち”オルタナティブ・ミュージック”に傾倒していた頃の『A Natural Disaster』をはじめとした中期アナセマと、前作の『Weather Systems』を筆頭とした近年の黄金アナセマを引き合わせるかのような、もはやアナセマ自身の約20年にも及ぶ音楽人生を総括するかのような楽曲だ。それらを踏まえて→前作の『Weather Systems』が5thの『Judgement』”一巡”した結果だとすると、今作の『Distant Satellites』は7thの『A Natural Disaster』”一巡”した先のパラレルワールドなんだって、僕はそう解釈し、そう結論づけた。そして、この聖なる遺体が眠るとされる地下シェルターの扉を開くと、そこには新たなる黄金の輝きを放ちながら元気に走り回るアナセマの姿が・・・ッ! 話を戻して→要するに、常に”変化”と”深化”を求めてきたアナセマが本格的なエレクトロニカを擁する必然性、常に自らの手で過酷な未来を切り拓いていく創造者としての飽くなき探究心、そのクリエイティヴ!!に対する貪欲な姿勢こそ正真正銘の”オルタナティブ・バンド”と呼べるんじゃあないか、その創作精神こそ真の意味で”Progressive”と呼べるんじゃあないか、ってね。また、ニューヨークで活動する新星コリアン・メディア・アーティストの作品を本作のアートワーク/デザインに採用している所からも、フロントマンヴィンセント・カヴァナーの視覚面に対するアンテナの鋭さ、異文化に対する寛容の精神、懐の広さを伺わせる。それこそアレハンドロ・ホドロフスキーの名言で知られる→「アートとは「光るウンコ」だ」と言わんばかりの創作精神、その覚悟に僕は一人の音楽好きとして敬意を表したい。

                     『テイク・シェルター』
 
                     僕らは永遠
                      子どもたちが
                    駆け抜けていく...

                 君を思って自分を見失った
                 真実の中に自分を見出した
                    僕らはこの先道に迷う

                 君を思って自分を見失った
                 真実の中に自分を見出した
                 僕らはこの先自分を見失う
              そして再び時の中に自分を見い出す

 
【至ってシンプルな答え】・・・再びッ話は振り出しに戻るが→ある種の”解散願望”を持っていた僕は、アナセマの次のアルバムがどうなるかなんて全く考えてなかったし、想像すらしてなかった、というかできなかった。確かに、「最高に『ハイ!』ってやつだ!」とかいう”人間をやめちゃった人”みたいなハイテンションで、まるでドカーン!バーン!キャー!を特徴としたB級ハリウッド映画の如く、つまり”バンドサウンド”を全面に押し出した大仰かつ大胆かつド派手な展開力の高さを一番の魅力としていた前作『Weather Systems』のような、いわゆるガッシャンガッシャンしたギター・ミュージックではなくて、この『Distant Satellites』におけるギターの役割といえば、それは主に組曲”THE LOST SONG”で聴けるような極限までエッジを削ぎ落したギター・サウンドからして明白で、持ち味とする耽美なクリーン・ギターも大きく影を潜め、あくまでも重厚感(ドローン系ヘヴィネス)やポストメタリックなスケール感および重低音(ダイナミズム)を加えるだけの一つのオトでしかなくて、そういった意味では今作はかなり”メタルっぽい”と言えるのかもしれない。要するに→かのデイヴ・スチュワートがアレンジを施したオーケストラのストリングスを中心としながら、ドラムとキーボードによる”ある一定のリズム感”を大事にしたシンプルなリズム&ビート、そして英国貴族のように気高い歌詞を繊細かつ大胆に歌い上げるボーカルの反復運動に意識を向けた、ある種の”ミニマル・ミュージック”的な側面が強い作風となっている。そしてヴィンセントがインタビューで→「これまで以上にインプロヴィゼーションの要素を取り入れている」と語るように、その即興演奏で生まれた結果であろう至ってシンプルなリズム&ビートに対する感覚を研ぎ澄ますことで、より音の生々しさというか、より古風のProgressive-Rock感や独特のライヴ感が生まれている。これは彼らが”ライヴバンド”であるからこそ、なのかもしれない。同時にその”シンプルさ”は、ギター&ドラムのミニマルなリズム主導の”THE LOST SONG Part 3”をはじめ、それはアルバム後半の”新機軸”と呼べる曲に対しても「複雑になることを嫌った」と語るように、実際に複雑なことは何一つなくて、あくまでもボーカルやピアノやストリングスによる”メロディ”の反復運動を軸としており、最初から最後まで一貫して”シンプル”な分かりやすさが貫かれている。一見、音が複雑に重なり合っているように見えて、それらを一つとして聴くと驚くほど”シンプル”な音である事がわかるハズ。その俄然タイトでシンプルなリズムが、”イキ過ぎ”を抑制するために絶妙な”寸止め感”を作品に与えている。そして、これはアルバム前半の楽曲の全てに共通することだが、気のせいかポップな歌いまわしというか、”歌う”ことに対して本能の赴くまま自由に楽しんでいるヴィンセント・カヴァナーとリー・ダグラスの力強い歌にも、先ほどのインプロヴィゼーションやライブ感というのが発揮されている。この一貫した”シンプルさ”を理解ッすると、「二週間でレコーディングを終えた」というのにも納得せざるを得なかった。

    ※訴えないでください!

【Distant Satellites=内田真礼説】・・・2008年作のアコースティク作品『Hindsight』に始まって、2011年作の『Falling Deeper』からの流れを引き継いで、本格的なオーケストラとの共演を果たした昨年のライブ映像作品Universal、それらの経験から得た影響を伺わせる”THE LOST SONG”を心臓部としたクラシカルな前半部、初期のANATHEMAと現在のANATHEMAを継ぎ合わせるかのような”ANATHEMA”を挟んで、正真正銘の”オルタナティブ・バンド”としてあるべき姿...その信念を貫いた現代的かつ実験的な後半部、このように大きく2つのテーマに分かれている。この2つのテーマの狭間で生じるギャップ...それはまるで声優内田真礼「この顔からこの足」という一種のギャップ萌えのようだ。この『Distant Satellites』という名のシェルターを紐解く鍵、そのヒントはこの”まれーたそ”が握っていると言っても決して過言じゃあない。もはや俺レベルになると→黄金比』で形成された内田真礼の体型から、アナセマの壮絶なる音楽遍歴を紐解くことができる。そして僕は、あらためて”アナセマ””アイドル(2.5次元)”の親和性を再確認するのであった。まぁ、それは冗談として→ここ最近の作品の中ではキャッチーなツカミや作品の統一感は希薄だが、逆にその決して完璧ではない粗さやいい意味でアンバランスな感覚が絶妙な味となっている気がしないでもなくて、少なくとも即効性の高いここ最近の二作とは違って妙なスルメ感はある。確かに、前二作のように豊富な音数を繊細かつ緻密にリリカルに積み重ね、クライマックスに解放感のあるド派手な展開を見せるわけでもなく、(ミックス&マスターの影響もあるのか)いい意味でも悪い意味でも平坦で起伏の乏しい展開とシンプルな音使いをもって、比較的緩やかなバラード風の展開を主体にシットリと聴かせる印象。その辺りは、ギンギラギンにさり気なかった『Weather Systems』とは確実に一線を画していて、蒼天のようにカラッとした空気感ではなく、どちらかと言えばアートワークのイメージを含めて7thの頃の妖艶なオーラ、それこそ英国の変わりやすい空模様のように少し湿り気のある陰鬱な色気を纏った音で、その静謐さ溢れるアトモスフェリックな音響空間の中で、静かなる叙情と激情を冷静と情熱の狭間で爆発させている。結論からすれば→なんだかんだ、歴史的名盤だった前作に勝るとも劣らない、音楽的な面でも20年を越えるキャリア的な面でも、本当の意味で集大成と呼べる名作なんじゃあないかって。しっかし、これを聴く直前まで”解散願望”を持っていた自分が恥ずかしい。アナセマだけに...セマいアナがあったら今すぐにでも入りたい気分だ(テヘペロ///)

『ダスク(ダーク・イズ・ディセンディング)』

僕の心を光の方へと引き上げておくれ、凍えそうなんだ
僕の目を大空へと引き上げておくれ、探し物をしているんだ

自分の望む気分になろう
自分の望む姿になろう
なぜなら僕は
自分の愛を試しているんだ

僕の手を取って
連れ去っておくれ

この場所から
だってここは僕の居るべき場所じゃないんだ

この場所から、ところで、一体どうやってここに来たんだ?

この場所から
だってここは僕の居るべき場所じゃないんだ

僕の心に語りかけ
連れ去っておくれ

なんとか勇気を振り絞ろうとする
だけど、この場所で凍えるばかり
とても寒いんだ

もはや希望は捨ててしまった

-------------------------------------------------------

あの痛みと共にここに連れ戻されたんだ
どうか家に帰しておくれ

だけど、全て心の中にしまっておこう
心の中に
心の中に
心の中に

涙の向こうに飛び立つ君を見た
飛び立つ君を
飛び立つ君を
遥か遠くへと
遥か遠くへと
遥か遠くへと

歲月を経るにつれ
僕は時の中に微笑む自分を見出した

僕は夢に明かりを灯した
だけど君のことは決して忘れない
ずっと君のために生きる
全ての愛を捧げ

君はそんなに遠く離れていない 

【アナセマ×イェンス・ボグレン=引かれ合い】・・・本作は一言でいうと大人しい 、一言でいうとシンプルな作品であると同時に、過去最高にあざとくてエモくてクサくてダサくてラブい...でも最高にカッコイイ作品だ。そもそも、近年のアナセマが高く評価されている一番の理由って、ポストロックなどのモダンなオルタナティヴ・ミュージックを自身の音に昇華しているからだと思うんだけれど、でも本作にはその”モダン”なイメージは極めて薄くて、これはいい意味でも悪い意味でもオッサンが好きそうなクラシック・ミュージック(クラシカルという意味で)とクラシック音楽(古典的という意味で)に大きく歩み寄っているからなのか、それともマイナーキー主体の楽曲によるものなのか・・・いずれにせよ、ここ最近の作風を嫌味なく素直に踏襲しながらも、シンプルでありながらも実験的な新境地を切り拓くことに成功した作品である事には違いない。確かに、作品としては正直”地味”かもしれないが、しかし今回のエモーショナルな歌詞をどのように解釈するかによって、その評価がガラッと変わってきそう。そして、思春期における感情の暴走によって誕生した、ある種の”キッズ・ミュージック”とも言えなくもなかった『Weather Systems』とは違い、この『Distant Satellites』ではクラシックな大人のプログレ感を著しく強めている。それは”至ってシンプル”という概念に取り憑かれたようなリズムや音使いをはじめ、かのイェンス・ボグレンを迎えた5.1chサラウンドやハイレゾ音源(48kHz/24bit)での配信など、それら音質に対するアナセマの考え方(ポリシー)からも明白な事だ。要するに→この【アナセマ×イェンス・ボグレン】という一種の”引かれ合い”も、過去に俺の界隈の裏方として紹介したのが全ての伏線()だった、というわけです。ちなみに、自分はハイレゾ(48kHz/24bit)と5.1chサラウンド両方とも手に入れたんだけど、さすがに5.1chだけあって、特にストリングスの立ち上がりや音が収束していく部分をはじめとした、ボーカルの細かな息遣いからドラムの正確な再現力、上下左右の空間の広がりや奥行き、音の分離感、とにかく作品全体の生々しさと繊細さを併せ持った表現力とスケール感が段違いな気がする、気がする...。残念ながら、5.1chをまともに鳴らせる再生環境を持ち合わせていないので説得力は皆無だが、ともあれ自分にとってはイェンス・ボグレンアナセマの音源をミックスした、その事実だけで十分です。でも、こうやって高音質と謳われた音源で聴くとCDより音が良いってのが、もはやCDの存在意義とは何ぞや?ってくらいによく分かる。そう遠くない未来(いや、既にか)、CDという媒体はアニメ業界における円盤と同じ扱いになっていくのかなと思うと、少し寂しい気持ちになった。まぁ、そんな話は今更でしかなくて、要するに→アナセマの音楽、特にここ最近の作品は”いい音”で聴けば聴くほど、それ相応の恩恵と感動がジカに得られるハズなんで、できる限り”いい音”で楽しんで欲しい。そうすることが、アナセマの音楽に対する最大の敬意になると思うから。しっかし、『13年ぶりにリリースされた国内盤も買う』『ハイレゾ&5.1chも買う』、更には『メイキング映像付きの限定版も買う』・・・「全部」やらなくっちゃあならないってのが「幹部」のつらいところだな。『破産』の覚悟はいいか? オレはできてる。

【Distant Satellites=『ジョジョリオン最終話説】・・・正直、各音楽メディアが挙って10点中8点つけそうな『無難』な感じは否めない。しかし、僕にとっては『無難』という言葉は間違いだった。『ジョジョ』史上初となる駄作への道を歩んでいるなんて巷で囁かれているジョジョ8部『ジョジョリオン』だが...でも僕はこの『Distant Satellites』という名の『2014年宇宙の旅』が描き映す「音のイリュージョン!愛のレボリューション!」を体験し・・・再びーッ!”俺の感性””一巡”したことによって、『ジョジョリオン』最終話を読んで号泣している未来の自分が予測できた。これらは全て”日本一のジョジョヲタ”であり、”日本一のアナセマヲタ”を自称している僕だから辿りつけた唯一無二の解釈、および考察なのかもしれない。当然、東方定助広瀬康穂の運命をどのように導き定めるかは、それは作者の飛呂彦しか知る由もないこと・・・。しかし飛呂彦よ、俺は『ジョジョリオン』最終話をこの耳で...しかと目撃したぞッ!

(このレビューは、国内盤の解説を担当した鮎沢氏と歌詞・対訳の石川氏に捧げる)
 
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Woods of Desolation 『As the Stars』

Artist Woods of Desolation
Woods of Desolation

Album 『As the Stars』
As the Stars

Tracklist
01. Like Falling Leaves
02. Unfold
03. And If All The Stars Faded Away
04. This Autumn Light
05. Anamnesis
06. Withering Field
07. Ad Infinitum

ぼく「えぇ!?ラントロス君がポストブラックをやめるだってぇ!?」
廃材君「えぇ!?ラントロス君がポストブラックをやめるだってぇ!?」

ぼく「よっしゃ!NEXT-ALCESTは廃材君に決まりや!」 
廃材君「よっしゃ!ラントロス君に習って俺たちも初期アルセ化や!」

ぼく「えっ」
廃材君「えっ」 

【ブラゲの極み乙女】・・・ポストブラック界の皇帝アルセスト『シェルター』でポストブラックを超越したとなると、じゃあその空いたポストに誰が入るの?という話で、その”ポスト-アルセスト”に最も近い存在こそ、このオーストラリア出身のD.氏によるWoods of Desolationなんだ。2011年作の2ndTorn Beyond Reasonを初めて聴いた時の衝撃ったらなくて、正直あのDEAFHEAVENよりも先に激情系ブラゲ/ポストブラックやってたのがこの廃材君なんだ。そのポストブラック界に名を残す名盤だった前作から約三年ぶり通算三作目となる『As the Stars』なんだけど、その幕開けを飾る#1”Like Falling Leaves”を再生すると同時に、無骨で粗暴なブラストとともに解き放たれるジジジ...ノイジーなギターの音使いから確信犯で、続く#2と#3などのポストロック流れにある気品漂うポジティヴなメロディを聴けば分かるように、まるでアルセが”ポストブラックをやめる”ことを予見していたかのような、まるで「俺たちがアルセだ」と言わんばかりの、それこそ初期アルセの代表作である『Le Secret』の再来を予感させる、これぞまさしく”ブラゲの極み乙女”なポストブラックを展開している。

【スーサイド系男子】・・・ふと胸を掻きむしりたくなるほどの衝動に襲われる、自傷行為イイネ☆系デプレブラックだった前作、それを何倍にもキレた印象を与えていた張本人である→時として激情的、時としてビャアアアアアアアアアアアアアア!!とかいう金切り声を聴かせていたTim "Sorrow" Yatras氏が惜しくも脱退し、今回は初期のデモ音源でボーカルを担当していたThrydwulf(Old)がバンドに出戻りした形となっている。彼は前任者のティムと違って、どちらかと言えば高音ではなく低音を効かせたイヴェ゛アアアアアアアアアアアアアア!!みたいな金切り声を特徴としていて、言うなればスウェーデンのShiningのスーサイド系男子ことNiklas Kvarforthを彷彿とさせ、それによってバンドのキモであるデプレッシヴな激情感およびepicッ!!な勇壮感が著しく減退している。このボーカル交代は、バンドの致命傷になるのではないかと少し心配していたが、その躁鬱感溢れる焦燥感と終末感が入り乱れた『幸福』な音世界に触れてしまうと、あたらめてD.氏の音作りと作曲能力の高さに脱帽させられる。確かに、ここ最近のポストブラック界隈で著しく流行っているシューゲイザー化の煽りを多少なりとも食らってはいるものの、しかしこれはポストブラ特有の儚くも淡いメランコリックな一面が露骨に表面化した結果であり、その音の根幹にある精神性は不変で、その著しく洗練された音使いと楽曲からは、少なくともダッチ産あたりのポストブラとは一線を画した確かな説得力がある。それこそ霧の季節20世紀メディアあたりと契約してもオカシクないレベルだと。

【ポストブラックの先駆け】・・・おいら、以前にも少し書いたが→KATATONIA『Brave Murder Day』はポストブラックの先駆けだと確信していて、今作の『As the Stars』では初期アルセは元より、そのKATATONIAの名盤『Brave Murder Day』を彷彿とさせる、ドゥーム/デプレッシブ・ロックな音を積極的に取り入れている所も大きなポイントだろう。それは#6”Anamnesis”を耳にすれば、いかにしてKATATONIA『Brave Murder Day』が、USのレジェンドAgallochをはじめとしたポストブラック界隈に与えた影響、その大きさを痛感する事になるだろう。そんな印象もあって、よりShining (Swe)っぽい鬱系ブラック感を与えている。

【Post-Black is Love】・・・本人達はこう呼ばれる事に不満を持つかもしれないが、このWoods of Desolationこそ”NEXT-ALCEST”と呼ぶに相応しい、その最もたる存在であることを皮肉にも証明してみせた一枚なんじゃあないか、って。現にラストを飾る#7”Ad Infinitum”は、それを確信的なモノにするくらい、とてつもなくラヴリィ♥な多幸感をまき散らしている。その超絶epicッ!!な光景は・・・まるでAlcestの名盤『Souvenirs d'un autre monde』の幼女が浜辺で戯れているかのような、それこそ「Post-Black is Love」のセカイだ。
 
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ANATHEMAのヴィンセントが日本のTVに登場!

おっ、マサイトゥー!
マサイトー


地上波にANATHEMAキターーーーーー!!
ANATHEMA

俺たちのヴィンセントキターーーーーー!!
ヴィンセント

曲作りは二週間で終えたとか早いな。new_無題

フムフム・・・

new_2

ほう・・・
new_3
 
プロデューサー・・・Christer André Cederbergの事ですね、わかります。
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ですよね~
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それわかる
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ブリティッシュ・ジョーク(そしてこの顔である)
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なん・・・だと?
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テンション上がってきた
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うおおお!
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待ってました!この質問!
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これがマウスサービスってやつか・・・ッ!
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きさま!見ているなッ!
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ヤッダーバァアァァァァアアアアア!!
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あああああああああああああ!!!
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ほんとそれ(Universal参照)
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ジョジョ(英国)×ジョジョ(日本)的な意味で?
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ヴィンセントの口から直に「フジロック」いただきました。
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僕は涙した。
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・・・といった感じのインタビューで、アナセマ来日について、まさかここまで突っ込んだ話が聞けるとは・・・これまで散々アナセマの来日を煽ってきた(伏線()を立ててきた)自分としては、ただただ感激するしかできなくて、しかもヴィンセントのマウスから”フジロック”に対して猛アピールしてくるなんてね・・・。もはやヴィンセントと”俺の感性”は一心同体か?と勘違いしちゃうほどだった。つうか、早かれ遅かれアナセマが来日する未来は、前作のWeather Systemsを聴いて俺のキング・クリムゾンが既に予測していたことだから、正直なところ驚きは少ない。まぁ、それはいつもの冗談だが→是非とも日本のANATHEMAファンにはですね、来週ワードレコーズからリリースされる国内盤を買って頂いてですね、念願のアナセマ初来日ツアー(あわよくばフジロックも)という俺の...いや俺たちの淫夢が少しでも現実に近づいたらいいなぁ...なんて。ちゅーても、既にアナセマ来日は確定しているようなもんで(二年前から)、その正式な発表があるまでは新作の『Distant Satellites』でも聴きこんで大人しく待ちましょう、というわけです。そして・・・フジロック運営の方々、何卒アナセマをよろしくお願い致します。最後に、マサイトゥーありがとう、そしてワードレコーズありがとう。

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アナセマ
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