Welcome To My ”俺の感性”

音楽のレビューというか感想をてけとーに書き殴るブログです。

レビュー (D)

DIR EN GREYの新曲『詩踏み』を聴いた

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はじめに、急な思いつきによる「レビューは売れるのか?」という実験がてら、noteに書き記したアルバムそんなわけARCHEのワンコイン二万文字レビューをお買い上げ頂いた10名様に感謝の言葉を申し上げます。

そんなそんなわけ『アルケー』から約1年7ヶ月ぶりとなる新曲『詩踏み』は、DIR EN GREYの存在をと無の境地へと導いた8thアルバム『DUM SPIRO SPERO』とかいう魑魅魍魎奇々怪々な作風から一転して、いわゆる「中期Dir en greyへの回帰」を予感させるシンプルな作風となったそんなわけ『アルケー』の路線や音像を素直に踏襲した楽曲で、それは俄然中期のDir en greyを彷彿とさせるフロントマン京によるナントカボイスやナントカボイスを駆使したボイス・パフォーマンスを筆頭に、”咀嚼”系のまとわり付くようなギターのグルーヴ&ヘヴィネスを乗せて疾走する、約3分間でできるカップラーメンのようにシンプルでアグレッシヴな曲だ。

そもそも、DIR EN GREYがシン・アルバムを出した後の新曲って、例えば『UROBOROS』だと”激しさと、この胸の中で絡み付いた灼熱の闇”、その”ハゲ闇”が収録された次作の『DUM SPIRO SPERO』だと”輪郭”がそれに当たる曲で、これを見ると新譜の直後の新曲って直前に出たアルバムの影響が依然色濃く出ていることに気づく。この”詩踏み”も例外はなく、直前のアルバムとなるそんなわけ『アルケー』の音像や楽曲のシンプルさを押し出した曲となっている。つまり、”ハゲ闇””輪郭”なら前者に近いイメージだ。しかし、この話が面白いのはここからで、そのいわゆる「新譜直後のシングル」「次のアルバム」を司る一つの指標とは全くならないのがDIR EN GREYとかいうバンドの面白さでもあって、なぜなら”ハゲ闇””輪郭”も実際にパッケージされた新アルバムの世界観とは真逆、とまでは言わないが、少なくとも「新譜直後のシングル」はそれ以降のシングルとでは「次のアルバム」との「距離感」がまるで違う。更に面白いのは、その距離感が一番遠いシングルが「次のアルバム」の曲として何食わぬ顔で違和感なく馴染んでいるところ。これぞDIR EN GREYマジックとでも言うのか、とにかく今この”詩踏み”でしか味わえない「新譜直後のシングル」の味を噛みしめれば噛みしめるほど、恐らくそう遠くない未来にドロップされるであろう「次のアルバム」に対して特別な想いを寄せる事ができるんじゃあないだろうか。

結論として、この”詩踏み”を聴く限りでは、DIR EN GREYの「次のアルバム」が一体どるなるかなんて想像すらつかない。一つだけ言えることは、「次のアルバム」はこの”詩踏み”からは到底イメージする事のできない、いつも通りのDIR EN GREYらしい『想定外』のアルバムとなるに違いない、ということ。

Deftones 『Gore』

Artist Deftones
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Album 『Gore』
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Tracklist
01. Prayers/Triangles
02. Acid Hologram
03. Doomed User
04. Geometric Headdress
05. Hearts and Wires
06. Pittura Infamante
07. Xenon
08. (L)MIRL
09. Gore
10. Phantom Bride
11. Rubicon

欧州最大の怪獣であり、現在エクストリーム・ミュージック界の頂点に君臨するGojira『MAGMA』は、Lamb of GodMastodonをはじめとした、いわゆる「アメリカのメタル」を喰らい尽くした末、遂に『シン・ゴジラ』へと突然変異を遂げた。そのゴジラが喰らった「アメリカのメタル」の中には、90年代から現代アメリカのモダン・ヘヴィネス界隈の繁栄に大きく貢献してきた「デブ豚」ことDeftonesの姿があった事を、あの日の僕達はまだ知らない。

デブ豚がアメリカの現代ヘヴィネスを更新し続ける一方で、遠い北欧スウェーデンの魔神Meshuggahが独自の解釈で新時代のモダン・ヘヴィネスを創り上げ、そして遂にDjentとかいうメタルの新しいサブジャンルが確立、辺境界隈の中で小規模ながらも爆発的なムーブメントを起こしていた。そのシーンの変化に危機感を覚えたデブ豚は、「アメリカのメタル」を代表してメシュガーへの回答として、ベーシストチ・チェンの悲劇を乗り越えた末に誕生した6thアルバムのDiamond Eyesをドロップした。その二年後、デブ豚は7thアルバムの『恋の予感』とかいう謎アルバムをリリースする。今作の『Gore』は、その前作から約4年ぶりとなるフルアルバムだ。



幕開けを飾る#1”Prayers / Triangles”からして、前作の恋の予感を踏襲した「男のフェミニズム」全開の色気ムンムンなシンプルなロックナンバーで、しかしかき鳴らし系のギターや全体的な音使いは、ダイヤモンドのように硬いガッチガチなヘヴィネスを鳴らした過去二作と比べると軽めだ。 一転して『Diamond Eyes』を彷彿とさせるスラッジーな轟音ヘヴィネスやGojira顔負けのクジラのように「キュルルゥゥ!!」と鳴くギターをフューチャーした#2”Acid Hologram”、今度はMastodon顔負けの動きがアクティブなリフ回しを披露したかと思えば、転調してプログレッシブなアプローチを垣間見せる#3”Doomed User”、Post-Djentなリズムで攻める#4”Geometric Headdress”、正直ここまでは現代ヘヴィネス勢の影響を感じさせる曲が続く印象で、過去二作と比べても存外アッサリした感じ。 某”U, U, D, D, L, R, L, R, A, B, Select, Start”のポストロック系譜にある、ここにきてようやくデブ豚らしいセンセーショナルなメロディセンスを発揮する#5”Hearts / Wires”だが、しかし如何せんイントロがクライマックス感は否めない。

中盤もパッとしない、そんな中で今作が如何にイマドキのモダン・ヘヴィネスから影響を受けているのかを証明するのが、他ならぬ表題曲の#9”Gore”で、この曲ではDjent然とした軽快なグルーヴを存分に取り入れている。シューゲイザーかじってた5thアルバム『Saturday Night Wrist』の頃を彷彿とさせる曲構成と、これまでセンセーショナルな感情を押し殺していたチノがここにきてようやく本気を出し始める#10”Phantom Bride”、そしてDIR EN GREYが大喜びしそうな音響アレンジが際立ったラストの#11”Rubicon”まで、中盤までの曲と違って終盤の三曲は明らかに本気度というか、気の入りようが違う。つうか、本気出すのおせぇ・・・。

基本的なバンドの音使い自体は近年のデブ豚を踏襲つつも、曲の雰囲気的には5thアルバム『Saturday Night Wrist』への回帰を予感させる、つまり脱力感のある”Alternative”なロックへの回帰を予感させるノリというか、過去二作にあった張り詰めたような独特の緊張感みたいなのは薄くなって、良くも悪くも聴きやすくはなった。これは別に過去二作と比べて地味だとか、手抜きだとか決してそういうわけじゃあないが、しかしどこか徹底したナニかに欠けて聴こえてしまうのも事実。例えば『Diamond Eyes』のように 徹底してゴリゴリのモダン・ヘヴィネス貫くわけでもなし、前作のように『恋の予感...!』不可避なエッチなフェロモンを色気ムンムンに醸し出すわけでもなく、となると今作の『Gore』にはどこか一貫した”コア”の部分がゴッソリと抜け落ちている気がしてならない。それはフロントマンチノ・モレノの歌メロを筆頭に、アレンジ含むメロディや肝心のリフに関しても、極端に突出しないどっちつかずな、悪く言えば中途半端な、良く言えば変に取り繕ってない自然体で素直な”Alternative”やってた本来のデブ豚への回帰、いわゆるシューゲイザーかじった掻き鳴らし系ロックバンドへの回帰と捉えることも出来なくもない。一貫した”ナニか”がない分、逆に アレンジやリフの種類が豊富に楽しめる利点もあるし、完成度という点ではそこまで過去作に引けを取っているわけではない。例えるなら、『Diamond Eyes』が脂ギットギトの豚骨ラーメンだとすると、今作は脂控えめなアッサリ系の豚骨ラーメンみたいな。

ゴジラの『MAGMA』もそうだったけど、今作はそのゴジラや「アメリカのメタル」の象徴であるマストドンをはじめ、現代モダン・ヘヴィネスの最先端であるDjentからの影響が著しい作品でもあって、そういった側面から分析すると、この『Gore』はかなりパンピーやキッズ向けのアルバムと言えるのかもしれない。当然、それはイマドキのモダン・ヘヴィネスをベテランなりに解釈した結果でもあるし、常に「最先端の音楽」を臆せず自分たちの音楽に取り入れてきた、実にデブ豚らしい好奇心旺盛な作品でもある。しかしそれ故に、精神面での弱さが目立つというか、これまでのメンタルエグってくるような音のギミックは稀少。ウリである「存在の耐えられないエモさ」ではなく「存在の耐えられない(音の)軽さ」、むしろデブ豚がカモメのように空を飛べるくらいの「軽さ」がキモになっている。フアンの中には、四年かけてこの内容は正直キツいと難色を示す人も少なからず居るはず。しかしこれだけは言えるのは、過去二作の中ではDIR EN GREYが一番のオキニにしそうなアルバムだということ。あとやっぱ丼スゲーなみたいな話。

Gore
Gore
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Deftones
Repri (2016-04-08)
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Deafheaven 『新しいバミューダ海峡』

Artist Deafheaven
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Album 『New Bermuda』
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Tracklist

01. Brought To The Water
02. Luna
03. Baby Blue
04. Come Back
05. Gifts For The Earth

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BUKKAKE ・・・おいら、あのサンベイザーが発表された時に一つだけやり残したことがあって、それというのも、「日本のAVのジャンルで世界的に有名なBUKKAKE、そのコンピレーション(総集編)のBGMに”ドリーム・ハウス”を編集して某XV◯DEOSにアップする」という謎の背徳行為で、というのも、あの『サンベイザー』というのは、AVで【BUKKAKEられる側】のAV女優の激情的な感情と【BUKKAKEる側】の汁男優の「イカなきゃ」という一種の使命感と刹那的な焦燥感が複雑に混ざり合い、白濁色の音の粒がラブシャワーとなって聴き手を白濁汁の渦に引きずり込むような、それこそ男なら一度は妄想し羨んだであろうBUKKAKE願望、その『男の夢』を擬似的に叶えてくれる歴史的名盤であり、男が射精に至るまでのメカニズムを音楽の世界で解き明かした、言うなれば一種の"セックス・ミュージック"でもあった。その『サンベイザー』がPitchforkをはじめ大手音楽メディアから高く評価された彼らDeafheavenは、俺たち"ファッションホモ"のアイドル(アイコン)として崇められ、その勢いで遂にはiPhoneの広告塔にまで成り上がることに成功した。しかし、その一方で全方位から「Pitchforkに魂を売ったホモバンド」と蔑まれるようになってしまった。

『新しいバミューダ海峡』 ・・・しかし、その傑作『サンベイザー』の翌年にリリースしたシングルの”From the Kettle Onto the Coil”で、彼らは面白い変化を遂げていた。基本的には『サンベイザー』路線を踏襲しながらも、キザミリフをはじめとしたポストメタリックな要素を垣間見せつつあって、その微量な"変化"は伏線として今作の『New Bermuda』に大きく反映されている。シングルのアートワークと油彩画タッチで描かれた新作のアートワークがそれを示唆していると言っても過言じゃなくて、まるで【BUKKAKEられる側】のAV女優の恍惚な表情の裏に潜むドス黒い漆黒の闇、あるいはAV男優吉村卓に顔面を舐め回された後に行方をくらましたレジェンドAV女優桃谷エリカの心の闇を暴き出すッ!そんな彼女が飛んだ『謎』を解き明かしたのが、この『新しいバミューダ海峡』だ・・・ッ!

繋ぎの意識 ・・・彼らD F H V Nが今作で遂げた進化は、一曲目の”Brought To The Water”から顕著だ。荒廃した教会の鐘が神妙に鳴り響く、まるでDIR EN GREY”Un deux”をフラッシュバックさせるエキセントリックな幕開けから、まるでBUKKAKEられるAV女優の白濁色に染まった顔の裏に潜む闇、あるいはバミューダ海峡に引きずり込まれる瞬間の焦燥感と絶望感が込められた、ドロドロにまとわり付くドゥーミーなヘヴィネスとともに、シングルと同じBPMでブラストを刻み始め、スラッシュ・メタル然としたソリッドなリフをはじめMogwai直系の美メロ、サンバイザー日和の燦々とした陽射し照りつける西海岸の風を運んでくるGソロ、後半からはポスト・ハードコア然としたキッズライクなリフを主体に、あの恍惚感に満ち溢れた『サンベイザー』とは一線を画したドス黒い世界観を繰り広げていく。もはや粒状(シューゲイザー)と言うより固形状(メタリック)のリフ回し、もはやポスト・メタルというよりスラッシュ・メタル特有のキザミをメインリフに曲を構築している事実にまず驚かされる。とにかく、中盤のブルージーなGソロからMogwai譲りの美メロパートへと移行する"繋ぎ"のセンスが俄然増してるし、『サンベイザー』では一つの曲として独立していた”Irresistible”を彷彿とさせるアウトロのピアノも、今作では一曲の中に組み込まれている。この曲で明らかなのは、基本的なスタイルは『サンベイザー』以降の流れにありながも、一方で『サンベイザー』とは一線を画した暗黒的で対極的な要素を内包している、ということ。

「イカなきゃ(使命感)」 ・・・そんな汁男優のはやるキモチを表したかのような、Mastodonブラン・デイラー顔負けのドラミングとメタリカばりのキザミリフで始まる二曲目の”Luna”は、まるで子供が「オモチャ カッテ...カッテクレナキャ...イヤア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」と聖夜の夜に泣き叫ぶような、フロントマンジョージ・クラークによる『サンベイザー』譲りの通称ダダコネボイスを乗せて、随所にポスト・ハードコア的な要素を散りばめながらブラストで突っ走り、一旦フィニッシュしたと思ったら中盤から再びグラインドコア顔負けの破天荒な怒音を合図に、ドス黒い暗黒物質を周囲にBUKKAKEながら高速ピストン、終盤は徐々にBPMを落としてバンド・アンサンブルを活かしたポストメタリックな轟音を響かせる、という怒涛の展開を見せる。一曲目と同様に、この曲のポイントに"キザミ"ともう一つ”繋ぎ”の要素があって、この曲ではBPMの落差を最小限に抑えつつ、あくまでも段階的に激情パートから美メロパートへと"繋ぐ"意識、在りし日のマシンガン打線ばりに"繋ぐ"意識の高さを垣間見せる。例えるなら→あの『サンベイザー』が【急転直下型BPM】だとするなら、今作は【可変型BPM】というか、それこそのコントラストを効かせた油絵テイストのアートワークのような、もしくはアヘ顔デフヘヴン状態(動)からの賢者タイム(性)みたいな、とにかく【静()↔動(黒)】"繋ぎ"が自然体になったことで、より曲の世界観に入り込みやすくなった。

黄金のキザミ』 ・・・序盤の二曲とは一転して、ミニマルに揺らめくポストロッキンな美メロで始まる三曲目の”Baby Blue”は、持ち前のブラストは封印してBlackgaze然とした轟音とクライマックスへの伏線を忍ばせたエモーショナルなGソロで中盤を繋ぎ、そして今作のハイライトと言っても過言じゃあない、キザミ界の皇帝Toolが提唱する黄金比』で形成された黄金のキザミ』を継承するかのような、ある一定のBPMを保って刻まれる低速キザミリフをタメにタメてから、そしてBUKKAKEられたAV女優の恍惚な表情の裏に潜むドス黒い漆黒の狂気、あるいは吉村卓に顔面ベロチューされまくった桃谷エリカの心の叫びを代弁するかのようなジョージのスクリームと魑魅魍魎の如し悲痛に歪んだギターが今世紀最大のエモーションとなって聴き手に襲いかかり、その今にも胸が張り裂けそうな"存在の耐えられないエモさ"に、僕は「あゝ激情...あゝ激情...」という言葉とともに溢れだす涙を堪えることができなかった。これが、これがバミューダ海峡を超える人類最大の『謎』ッ!これが桃谷エリカが飛んだ真相ッ!これが桃谷エリカの漆黒の闇だッ!

 この”Baby Blue”には更に面白い伏線が仕込んであって、それというのは、終盤まで黄金のキザミ』のままフェードアウトさせてからCAのアナウンスを使ったSEがフェードインしてくるアウトロで、それこそ1stアルバムユダ王国への道の名曲”Violet”のイントロをはじめ、ex-Deafheavenニック・バセット君率いるWhirr桃尻女とシューゲイザーを連想させ、それはまるで高速道路から眺める街のネオンがホログラム状に映し出されるような、それこそトム・ハーディ主演の映画『オン・ザ・ハイウェイ』の世界観とリンクさせる、初期デッへ界隈のシューゲイザー然としたモノクロームでフェミニンなアンビエント空間を形成し、その懐かしい匂いを漂わせながら「あの頃のデフヘヴンが帰ってくる」をウリ文句に、ドラマの次回予告風に言うと→Episode#5「D F H V N is Come Back...」

「Come Back ・・・文字通りカムバック。あの『サンベイザー』のようなメジャー感は微塵も感じさせない、まさしくアンダーグランドな混沌と蠢く雰囲気をまとった、「グワアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」っと地獄の底から血肉が湧き上がるようなBlackgaze然としたサウンドと初期を彷彿とさせるジョージの極悪ボイス、この時点で在りし日のD F H V Nにカムバックした事を各界隈に知らしめる。と同時に、この曲にも今作のキーワードの一つである”キザミ”が取り入れられていて、ここまで【メタリカ→マストドン→トゥール】という黄金リレーでバトンを繋いできたが、この流れで最後のアンカーに任されたのがエクストリーム・メタル界の帝王ゴジラだ。そのゴジラばりのデッヘボン史上最も”ヘヴィ”なキザミを最大の見せ場にしつつ、後半からは一転して初期デフヘヴンを彷彿とさせるアコースティックな音使いをもって、まるで真夜中の淫夢を彷徨うかの如しドリーミーな音世界を繰り広げ、その淫夢から朝目覚めてふと鏡を見たら吉村卓の姿になっていた。他にカムバックした所では、全5曲トータル約46分という潔さも1stアルバムをフラッシュバックさせる。しかし「安心してください、どの曲も10分近くある長尺ですよ」とばかり、無駄な贅肉を削ぎ落とした隙のない展開や構成は過去最高にシンプルながらも、音のスケール感を損なわないダイナミクスと音の説得力に溢れている。

「ファッ◯ンピッチ!」 ・・・その昔、デフヘヴンの中心人物であるケリージョージには親友がいた。その友の名はニック・バセット。元デフヘヴンでもある彼は、WhirrNothingを率いてデフヘヴン包囲網を指揮する先駆者だ。親友だった三人の友情に大きな亀裂が生じる事となったのが、他でもないあの『サンベイザー』だ。ニックはアンダーグランド・シーンで地道に音楽を楽しみたかった。しかしケリーとジョージにはメインストリーム・シーンに自分たちの音楽を認めさせる大きな野望があった。念願叶って、2ndアルバムの『サンベイザー』は大手音楽メディアPitchforkから高い評価を得ることに成功した。【Deafheaven>>>Whirr,Nothing】という現実を突きつけられたニックは「ファッ◯ンピッチ!」と罵った。こうなると三人の関係はもう修復不可能だ。『野望』を叶えた一方で、全方位から「Pitchforkに魂を売ったホモバンド」と蔑まれたデッヘボンは、ただ独り孤独を叫んでいた。そのデブヘブンがカムバックしたのだ。カムバックした彼らが”原点”に立ち返って導き出した答え、それが五曲目の”Gifts For The Earth”だ。この曲では、まだ三人の友情に亀裂が生じる前、ジョージとケリー、そしてニックが夢見た「もう一つの未来」を描き出すような、「もしニックがダボヘブンを脱退していなかったら」という"もしも"すなわちifの世界を実現させている。現在のWhirrNothingを連想させるオルタナティブの感性と初期デッヘのサウンドがクロスオーバーしたような、それこそジョージとケリーが旧友ニックに贈る、紛れもなく"カムバック"した今のデフヘヴンの姿だった。あの『サンベイザー』で、第一次ポストブラックブームの仕掛け人であるAlcestのネージュを引き連れて、「安心してください、ブチ上げますよ」とばかりPost-Black/Blackgazeとかいう"アンダーグラウンド"なジャンルを"メインストリーム"に引き上げるという『野望』、その使命を果たした彼らは、今度はこの『新しいバミューダ海峡』の中で仲違いした旧友ニックの想いを表舞台に引き上げている。最高にエモい、エモすぎる・・・。まるで深い絆で結ばれた三人が長い年月を経て運命の再開を果たしたみたいな...それこそ『栄光と挫折』の物語みたいな...なんだこの漫画みたいな展開...こんなん映画化決定ですやん。なんつーか、まるでメタル界の『デビルマン』、あるいはメタル界のダークヒーローってくらいかっこ良すぎる。・・・で、まるで聖夜を彩るピアノやタンブリンやマラカスを交えた、Alcest顔負けのアコースティックなエンディングでは、遊牧民と化した吉村卓と桃谷エリカが、ニックとネージュが、ケリーとジョージが手を取り合って、一面に広がるお花畑の中で恍惚な表情を浮かべながら仲睦まじくピクニックを楽しむ様子が描かれる。まるで気分は「生きてるって素晴らしい」。

【ピッチ度高>>>>>>>>>>>>>ピッチ度低
【メタリカ>>>マストドン>>>トゥール>>>ゴジラ

媚び ・・・あの『サンベイザー』が、子供の頃にあらゆる煩悩を経て初めて精通に至った時の"ファースト・インパクト"だとするなら、この『新しいバミューダ海峡』は大人になって初めて童貞を卒業した時の"セカンド・インパクト"と言える。あらためて、今作のポイントには”繋ぎ””キザミ”の2つの要素があって、まず前者の"繋ぎ"は静(白)から動(黒)へのコントラスト(対比)と【可変型BPM】による緩急の操り方が格段に向上したことで、より音のギャップやメリハリが鮮明となり、ドラマティックな展開力が体感的に増したように感じる。それと同時に、曲構成が過去最高に様式的というか、メタル耳にも馴染みやすいザックリとしたメリハリのある展開美とでも言うのか、しかしそれによって必然的にシューゲっぽさやオシャンティな感覚は薄れている。一方で後者の"キザミ"は、アンダーグラウンド・シーンで名を馳せたLudicraなどのブラック・メタルをはじめ、スラッシュ・メタル界のレジェンドメタリカ、新世代メタル界の雄マストドン、キザミ界の皇帝トゥール、そしてポスト・スラッシュ界の破壊神ゴジラ、それらのキザミ界の頂点に君臨するモンスターバンドに決して引けを取らない圧倒的なキザミ意識、それすなわちスラッシュ・メタルへの意識、全編に渡って繰り広げられる"キザミ"に対する意識、"キザミ"に対する『愛』が込められている。俄然面白いと思ったのは、一言でキザミと言っても同じキザミは一つもないところで、#1ではオールド・スクール・スラッシュ・メタル流のソリッドな"キザミ"、#2ではポスト・スラッシュ流の"キザミ"、#3では黄金比』で形成された黄金のキザミ』、#4ではエクストリーム・スラッシュ流の"キザミ"まで、その"キザミ"のバリエーションの豊富さは元より、とにかく一つ一つの"キザミ"に感動させられる。この"キザミ"に関する要素から重大な情報を得ることができる。デフヘヴンというバンドは決して普通のいわゆる"メタルバンド"ではない。しかし、今作の"キザミ""メタル"と称する他に例えようがなくて、このアルバム自体過去最高にヘヴィでメタラーにも十分アピールできる要素を持っている。しかし、いわゆる"メタル"に歩み寄るにしてもピッチフォーク贔屓のメタルとでも言うのか、つまりピッチフォークの機嫌を損なわない程度のメタルとはナニか?を、オタクならではの審美眼で見極めている。その答えはピッチ度が最も低いバンドでもメタリカフォロワーのゴジラって時点で察し。その"キザミ"主導の中、時おり顔を覗かせるポップなポスト・ハードコアリフが今作を華やかに彩る絶妙な調味料となっているのも事実。つまり、ピッチフォークへの"媚び"とメタラーへの"媚び"、そしてコアキッズへの"媚び"を絶妙なバランスで均衡させており、あの『サンベイザー』で一気にキッズ・ミュージックに振り切って、つまりメタラーを切ってキッズやピッチ厨を引き寄せてから、このタイミングで一気にメタル路線に手のひら返しする彼らの勇気と度胸、音楽的な柔軟性と器用さは、まるで「大事なのはソングライティング」だけじゃあないとばかり、現代の音楽シーンで生き残るために必要な知恵と地頭の良さ、そして彼らの"したたかさ"を証明している。まるであの『サンベイザー』の次にどこへ行けばいいのか?その落とし所を熟知していたかのよう。いわゆる「分かる人だけに分かればいい」の方向性へと進んだLiturgyとは裏腹に、この『新しいバミューダ海峡』で全方位にあからさまな"媚び"を振りまいたデッヘ、僕は考える間もなくデッへを支持する。あの『サンベイザー』で全方位からディスられて日和った結果、とは僕は微塵も思わない。むしろ「ディスれるもんならディスってみろや」感っつーか、あの『サンベイザー』を批判したピッチ以外の全方位のシーンに真っ向から喧嘩売ってます。

『桃谷エリカと吉村卓』 ・・・楽曲の曲順からして、”From the Kettle Onto the Coil”『サンベイザー』『Roads to Judah』『桃尻女とシューゲイザー』へと、現在から過去へと徐々にカムバックしながら、最後は旧友ニックの想いまで全てを引っ括めた全デフヘヴンのダークヒーロー物語だ。言わばメインストリームからアンダーグラウンドへの橋渡し的な、アンダーグラウンドからメインストリームへ自由に行き来できるくらい、今の彼らはバンドとして成熟した余裕が音から感じ取れる。ブラストを使ったBPMゴリ押しだけに頼らない、グルーヴ感のあるバンド・サウンドも今作の大きなポイントだ。もはや今のデフヘヴンはケリージョージのツーマンバンドではなく、ダニエルシヴ、そしてステファンを含めた五人組のD F H V N、そのバンドとしてのポテンシャルが開花した結果が本作だ。一言で「いいとこ取り」と言ったら矮小化して聞こえるかもしれないが、でもそれ以外他にシックリくる表現が見当たらないからこれはもうしょうがない。初期のアングラ性と『サンベイザー』で確立したメジャー感溢れるメロディセンスとファッショナブルに垢抜けた展開力、アキバ系ギタリストケリー・マッコイのソングライターとしての才能は元より、『本物のオタク』すなわちクリエイターとしてのバランス感覚、そしてバンドのプロデュース能力に感服すること請け合いだ。あらためて、どこまでも型破りなバンドだと思い知らされた次第で、前作であれだけハードルをブチ上げたにも関わらず、こんなディスる隙間のないアルバム聴かされちゃあもう何も言えねぇ。確かに、衝撃度という点では過去作に分があるかもしれないが、バンドの生い立ちから現在までの歴史と濃厚な人間ドラマに溢れた、「もうイケませェん!」と咽び泣きながら上からも下からも涙ちょちょぎれ不可避な名盤だ。これを聴き終えたあと、何故か僕は吉村卓に「ありがとう...桃谷エリカの笑顔をトリ(レ)モロしてくれてありがとう...」と心から感謝していた。これはもはや『桃尻女とシューゲイザー』ならぬ『桃谷エリカと吉村卓』の物語なのかもしれない。そんなわけで、最後はとっておきの謎かけでお別れ→

「AV女優とかけまして、バミューダ海峡と解きます
その心は、どちらも闇が深いです

お後がよろしいようでw
 
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Deafheaven
Imports (2015-10-09)
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Draconian 『Sovran』

Artist Draconian
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Producer David Castillo
David Castillo
Mixing/Mastering Jens Bogren
Jens Bogren

Album 『Sovran』
_SL1500_

Tracklist

01. Heavy Lies The Crown
02. The Wretched Tide
03. Pale Tortured Blue
04. Stellar Tombs
05. No Lonelier Star
06. Dusk Mariner
07. Dishearten
08. Rivers Between Us
09. The Marriage Of Attaris
10. With Love And Defiance

実質プロデューサー ・・・ゴシック・ドゥーム界を代表するスウェーデンのDraconianも、他に漏れず「イェンスと組んだ一作目は名作になる」という"メタル界の迷信"を、いわゆる"実質プロデューサー"現象を4thアルバムTurning Season Withinという傑作の中で既に証明していて、続く2011年作の5thアルバムA Rose for the Apocalypseでは、念願叶ってイェンス・ボグレンを本当の"プロデューサー"として迎え入れる事に成功していた。しかし、まさかそれが紅一点ボーカルLisa Johanssonの遺作になるなんて想像もしてなかった。正直、このドラコニアンのセールス・ポイントと言ったら、男Voのアンダース・ヤコブソンのデス声とリサ・ヨハンソンの美しすぎる歌声が織りなす、この世の儚くも美しい部分と破滅的な醜い部分の絶妙なコントラスト/コンビネーションで、そのバンドのキモであるリサが脱退したというニュースを聞いた時は、それはもうガチで終わったというか、それこそドラコニアン解散すんじゃねーかくらいの衝撃だった。しかし、新しくドラコニアンの記事を書いているということは、つまりはそういうことで、バンドの希望であったリサを失った彼らは、直ぐさま新しい嬢として南アフリカ出身のSSWで知られるHeike Langhansを迎え入れ、目出度く約4年ぶりとなる6thアルバム『Sovran』をリリースした。

【勝ち確】 ・・・今のメタル界隈には、イェンス・ボグレンという優勝間違いなしの名将だけじゃあ飽きたらず、その相棒であるデイビッド・カスティロも同時に指名して、いわゆる【勝利の方程式】を解き明かそうと必死で、このドラコニアンもこのビッグウェーブを追従するようにプロデューサーとしてデイビッド・カスティロ、録音エンジニアとしてイェンス・ボグレンを起用するという、まさしく【勝ち確】なメンツで制作されている。だけあって、今作は【勝ち確】と評する以外ナニモノでもない模様。それはイントロからEarthらUSドローン/ドゥーム界隈を彷彿とさせる#1”Heavy Lies The Crown”のメロドゥーム然とした慟哭不可避のメロディから、その#1とシームレスで繋がる#2”The Wretched Tide”のストリングスによる耽美的なメロディと紅一点ヘイケによるWithin Temptationのシャロン顔負けの慈悲なる歌声を聴けば分かるように、ウリである泣きのメロディ・センス、バンドの中心人物であるヨハン・エリクソンのライティング能力は4年経っても不変で、もはやリサ脱退の影響を微塵も感じさせない、むしろ冒頭の三曲でリサの存在を忘れさせるくらいの凄みがある。

【KATATONIA feat.】 ・・・そして今作のハイライトを飾る#7”Dishearten”は、リズムやアレンジ、リフから曲調まで、いわゆる【勝利の方程式】の基礎である『The Great Cold Distance』以降のKATATONIA、中でも『死の王』”Hypnone”リスペクトな一曲で、あの頃のKATATONIAを知り尽くしているデイビッドだからこそ『説得力』が生まれる曲でもあるし、もうなんか【KATATONIA feat. シャロン】みたいになっててウケる。ともあれ、一度は誰もが妄想したであろうこのコラボを擬似的ながらもやってのけた彼らの度胸に僕は敬意を表したい。その流れで本当にUKバンドCrippled Black Phoenixのスウェーデン人シンガーDaniel Änghedeとフィーチャリングしてしまう#9”Rivers Between Us”では、ダニエルの色気ムンムンな男性ボーカルとヘイケの美声がアンニュイなハーモニーを聴かせる。新ボーカルのヘイケは、前任者リサのようなオペラティックなソプラノ歌唱ではなくて、その声質やメロディの作り方からも往年のシャロン・デン・アデルを意識したようにクリソツで、それにより俄然ゴシック℃マシマシな印象を受けるし、より大衆的というか、往年のWTに通じる今のWTが失ったいわゆる"female fronted"なメインストリーム系のメタルへとバンドを昇華させている。少なくとも、いわゆるドゥーム・メタルやゴシック・メタルとかいうサブジャンル以前に、バンドのメタルとしての能力を限界まで引き出すイェンス・プロデュースによる特性が(良くも悪くも)顕著に出ていた前作よりは、まるで教科書通りと言わんばかり、これまでの"ゴシック/ドゥーム・メタル"として本来のドラコニアンらしさへ回帰した佳作だと。
 
Sovran
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Draconian
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Devin Townsend Project 『Z²』

Artist Devin Townsend Project
Devin Townsend Project

Album 『Z²』
Z²

Tracklist
Disc I [Sky Blue]
01. Rejoice
02. Fallout
03. Midnight Sun
04. A New Reign
05. Universal Flame
06. Warrior
07. Sky Blue
08. Silent Militia
09. Rain City
10. Forever
11. Before We Die
12. The Ones Who Love

Disc II [Dark Matters]
01. Z²
02. From Sleep Awake
03. Ziltoidian Empire
04. War Princess
05. Deathray
06. March Of The Poozers
07. Wandering Eye
08. Earth
09. Ziltoid Goes Home
10. Through The Wormhole
11. Dimension Z

『Z²』 ・・・いわゆる”ロックオペラ”と称されるメタル界屈指のプロジェクト/バンドといえば→オランダはアルイエン・アンソニー・ルカッセン主宰のAyreon、ドイツはEdguyトビアス・サメットが主宰するAVANTASIA、スウェーデンはクリストフェル・ユンソンによるTherionなどが挙げられるが、それらに対抗してカナダから奇才デヴィン・タウンゼンド率いるDevin Townsend Projectが”ロックオペラ”を称するアルバム、その名も『Z²』をリリースしてきた。このアルバムは二枚組で、一枚目の『Sky Blue』Devin Townsend Project名義で、二枚目の『Dark Matters』が”プロジェクト”ではないデヴィンのソロ=Ziltoid(ジルトイド)名義で、2007年にリリースされた『Ziltoid The Omniscient』の続編として位置づけられている。

デヴィン・タウンゼンド・プロジェクトVS.ジルトイド

『デヴィンジャーズ』 ・・・まず一枚目の『Sky Blue』は、とにかくスケールがデカい、無駄にデカすぎる。幕開けを飾る#1”Rejoice”と#2”Fallout”を聴けばわかるように→2009年にリリースされたAddictedでもお馴染みのアネク・ヴァン・ガースヴァーゲン姐さんをヒロインとして迎え入れ、主演男優を務めるデヴィン・タウンゼンド総裁のイケメン・クリーンボイスをはじめ獣性むき出しの咆哮やオペラ歌唱などの多種多様なボーカル・スタイルと至ってシンプルなモダン・ヘヴィネス、そして本作の”ウリ”である約2000人ものプーザーズの声で作成された肉厚の”ファン・クワイア”が一つの大きな地球規模の塊となって、その塊を光の速さを超える勢いで豪速球を耳に投げ込んでくるかのような、それはまるで海馬社長に滅びのバーストストリームをブッ放されたような、それはまるで映画『メランコリア』の壮絶なラストシーンを目の当たりにしているかのような、それはまるでガンダムEz-8の全弾発射を食らったような、それはまるで『マーブルVS.カプコン』のサイクロップスとリュウのコンボ攻撃を食らったような、それはまるでアメコミ界のスーパーヒーローが一挙集結した映画『アベンジャーズ』のアメコミワールドを音楽で表現したような、それはさながらオペラミュージカル『デヴィンジャーズ』の如し空前絶後のスケールで描かれる、今世紀最大のサウンドスケープに只々圧倒され、ツルッツルに禿げ上がるくらい脳が活性化された僕は、ふと気づくとデヴィンと同じ顔になっていたのだ。で、音のイメージとしては→初めてアネクを迎えたkawaii系ポップ・メタル、それこそディズニー・メタルやってた『Addicted』を何十倍もスケールアップさせ、同時に『Ki』Ghostで培ったアンビエント(環境音楽)/オルタナ風のアレンジを加えたような、確かにメロディやソングライティングは『Addicted』と比べて少し劣るかもしれないが、これまでのプロジェクト名義でやってきた実験的な音からポップな音まで全て飲み込んだ、後期のソロ作品を思わせる音の分離感を無視した音圧全開の音の塊、音の波状攻撃を容赦なく僕たちプーザーズにBUKKAKEてくる。中でもクライマックスを飾る#11”Before We Die”の音の核爆発っぷりったらなくて、とにかく、それらのライブ感あふれる楽曲陣、俄然コンセプティヴで俄然スケール感マシマシな作風的にも、スタジオ音源ではなくライブで体験してナンボな作品と言えるのかもしれない。

『大乱闘デヴィンブラザーズ』 ・・・デヴィンソロ=ジルトイド名義の作品となる二枚目の『Dark Matters』は、一転してダークでミステリアスな作風となっていて、DP作品で言うところのDeconstructionを彷彿とさせるアヴァンギャルディなエクストリーム・メタルといった感じで、声劇のようなSEを使って俄然ミュージカルっぽさやコンセプト色を強調したシネマティックな演出を駆使しながら、実にデヴィンらしいコミカルでファンキー、そしてシュールでファニーな奇想天外アメコミワールドを、それこそエイリアンやクリチャーやモンスターやプーザーズがブリュブツチブリリイリブゥゥゥッとかいう汚い擬音とともにクソを垂れ流しながらカオスに入り乱れる、その名も『大乱闘デヴィンブラザーズ』を繰り広げている。さすがにジルトイド名義というだけあって、一枚目の『Sky Blue』よりもメタル感マシマシで、そのサウンド面から演出面もフリーダムになっていて、これはもうデヴィン流の『レ・ミゼラブル』ならぬコメディ映画『レ・ミゼラブブブ』と言っても過言じゃあない、映画さながらのサウンドトラックを展開している。総裁が新たに立ち上げたプロジェクトCasualties of Coolをはじめ、とどまることを知らないデヴィンの創作意欲にあらためて感銘を受けるし、この『Dark Matters』は音楽家/コンポーザーとしてのデヴィン・タウンゼンドというより、もはやコメディアン兼総合演出家としてのデヴィン・タウンゼンドに脱帽するアルバムだ。なんだかんだ、『Sky Blue』にはジルトイドっぽい所があって、この『Dark Matters』には”プロジェクト”っぽい所があるから、なぜ名義別の作品を『Z²』として一つにまとめたのか、その疑問に納得する事ができる。二枚ともそれぞれ違った視点から、まるで映画館の最前列で3D体験しているかのような、濃厚なデヴィンワールドに身震いさせられること請け合いだ。この曲は誰々から影響を受けたとか、例えば”Ziltoid Goes Home”では、Soilworkからinfluenced=影響を受けたと律儀にクレジットする辺りも実にデヴィンらしいというか、この人の面白さだと思った。ちなみに、三枚組仕様のディスク3には『Dark Matters』の声劇SEをオフにした『Dark Matters - Raw』が収録されている。

Z
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Devin Townsend Project
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