Welcome To My ”俺の感性”

音楽のレビューというか感想をてけとーに書き殴るブログです。

レビュー (A)

℃-ute解散がショック過ぎるので更新停止します

AURORA 『All My Demons Greeting Me As A Friend』

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Tracklist
01. Runaway
04. Lucky
05. Winter Bird
07. Through The Eyes Of A Child
08. Warrior
10. Home
11. Under The Water
12. Black Water Lilies

北欧
のシンガー・ソングライター事情といえば、スウェーデンはiamamiwhoami、ノルウェーはSusanne Sundførがシーンのトップに君臨している状況で、その北欧SSWの遺伝子を受け継ぐ、北欧SSWの『未来』を託されたのが、ノルウェーはベルゲン出身で若干ハタチのAurora Aksnes、あらためAURORAだ。そんな彼女の1stフルアルバム『All My Demons Greeting Me As A Friend』は、既に本国ノルウェーでチャート一位を獲得しており、ティーンを中心に急激な速度でその人気を世界に拡大している。



その音楽性は、同郷の大先輩であるSusanne Sundførの傑作『The Brothel』『The Silicone Veil』を全力でリスペクトしたような、つまりチェンバー・ポップ的な音使いやシンセ・ポップ的な綺羅びやかなサウンドを駆使したアート・ポップで、さすがにスザンヌみたいな唯一無二で崇高な世界観やザ・オルタナティブなセンスには及ばないが、時としてオーロラのような輝きと神秘的な存在感を放つ、その若さ溢れるエネルギッシュなポップ・センスと北欧のレジェンドABBAをはじめとした北欧のムード歌謡や北欧民謡/フォーク・ミュージックを経由した優美なメロディセンスは、彼女がSusanne Sundførの妹分であり正統な後継者である事実を物語っている。とにかく、北欧出身ならではの奇抜な才能とChvrchesみたいなイマドキのエレクトロ・ポップを紡ぎ合わせる積極性と柔軟性、そして無類の”若さ”を兼ね備えた、まさに『新世代』のディーヴァと呼ぶに相応しい、これぞハイブリットなスーパー北欧ガールの誕生だ。


USのWarpaintを彷彿とさせる仄暗いアンビエント・ポップ風の始まりから、シンセを使った神秘的なサビへと繋がるオープニング曲の#1”Runaway”、一転してチャーチズ顔負けのアップテンポなイマドキのエレクトロ・ポップを展開する、まるで気分は「北欧のローレン・メイベリー」な#2”Conqueror”、もはやSusanne Sundførも羨むレベルの北欧然としたメロディセンスが爆発する#3”Running With The Wolves”、ここまでの冒頭の三曲を耳にするだけで、つい最近まで10代の少女だったなんて到底思えない、驚くほど成熟した音楽的才能とその全てを魅了するかのような堂々たる歌声にド肝を抜かれる。北欧の白夜を繊細に描き出すような#4”Lucky”Susanne SundførM83が組んで映画『オブリビオン』に書き下ろされた曲に匹敵するスケール感と宇宙空間的なアレンジが際立った#5”Winter Bird”、そのアトモスフェリックな流れを引き継いで、再びSusanne Sundførを凌駕する極上のメロディが炸裂する#6”I Went Too Far”は、あらためて彼女がタダモノじゃあないことを、ただの「若干ハタチ」ってレベルじゃねぇぞって事を証明するかのような曲だ。



北欧の純白の雪景色が一面に広がるようなATMS空間とピアノ、そしてJulianna Barwick顔負けのコーラスが壮観に演出する#7”Through The Eyes Of A Child”、戦いに赴く北欧ヴァイキングを鼓舞するかのような民族音楽風のけたたましいトラックとAURORAの力強い歌声が広大な大地に響き渡る#8”Warrior”、そして今作のハイライトとを飾る#9”Murder Song (5, 4, 3, 2, 1)”は、その「若さ」ゆえの危うさと心の不安定さが不規則で不可解な化学反応を起こす曲で、このMVをはじめ各MVで垣間見せるAURORAの迫真の演技はもはや「北欧のクロエ・モレッツ」だ。で、このまま終わるのかと思いきや、カナダのElsianeを彷彿とさせるエスニックな調味料を加えた”Under The Water”の存在感ったらない。
 

とりま「最近のSSWでキテるの誰?」っていう質問の答え、その解答の一つがAURORAであり、この『All My Demons Greeting Me As A Friend』は、北欧SSWの『未来』をオーロラのように明るく虹色に照らし出すような、聡明かつ純粋、そして『幸福』なメロディに満ち溢れている。とにかく、根拠に裏付けられた自信と天才的な才能が凝縮されたデビュー作だ。
 
All My Demons Greeting Me As a
Aurora
Imports (2016-03-18)
売り上げランキング: 3,556

Amorphis 『Under the Red Cloud』

Artist Amorphis
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Producer/Engineer/Mixing/Mastering Jens Bogren
Jens Bogren
Engineer(#5) David Castillo
David Castillo

Album 『Under the Red Cloud』
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Tracklist
01. Under The Red Cloud
02. The Four Wise Ones
03. Bad Blood
04. The Skull
07. Dark Path
08. Enemy At The Gates
09. Tree Of Ages
10. White Night
11. Come The Spring
12. The Wind

「No Jens No Life」 ・・・今やあのBABYMETAL凛として時雨すらライブ作品などでイェンス・ボグレンと絡んでるくらい、今のメタル界隈には「No Jens No Life」みたいな風潮あって、これは別に自慢じゃあなんだが、おいら、初めてベビメタの記事を書いた時、偶然にも「イェンス・ボグレン」の名前を一緒に出していて、恐らくあの時点でベビメタとイェンスの邂逅を予知していたのは世界でも自分だけだと思う。しかし、ベビメタを【アイドル界のDIR EN GREY】と解釈している者ならば、あの程度の予測は容易に可能で、勿論プロデューサーのコバメタルが当ブログを読んでいるなんて自意識過剰なことを言うわけじゃあないが、兎も角それぐらいイェンス・ボグレンは今のメタル界にとって欠かすことのできない最重要人物なんだ。

実質プロデューサー ・・・北欧フィンランドの重鎮で知られるAmorphisの近況といえば、00年代を締めくくる傑作となった9thアルバムSkyforger以降イマイチパッとしない作品が続き、前作のCircleに至ってはどんな作風どんな内容だったかすらも記憶になくて、辛うじて「デスメタル回帰」したんじゃね~?的なイメージが残ってるくらい。で、近年のアモルフィスは中期の作品と比べると深刻なライティング不足、つまりベテランメタルバンドにありがちなスランプに陥っていた。そんなアモルフィスが約二年ぶりとなる12thアルバム『Under the Red Cloud』を制作するにあたって、プロデューサーすなわち【復活請負人】として任命したのが、他でもないイェンス・ボグレンだ。ここ最近はイェンス関連の記事ばかりで、まるであたかも「全ての作品をイェンス・ボグレンがプロデュースしている」みたいな勢いで書いてしまっているのも事実で、読者に誤解を与えかねないので一応訂正したいんだが、イェンスが"プロデューサー"として関わっている作品はほんの一部で、彼がメインとする仕事は主にミキシングをはじめとしたエンジニアワークである。しかし、例えばDark TranquillityConstructBTBAMComa Eclipticのように、"プロデューサー"ではなくあくまでもミキシング/マスタリング・エンジニアとしてクレジットされているのにも関わらず、確信的にバンド側がイェンスの嗜好に合わせて曲を書き上げてくるパターン、このような現象を僕は"実質プロデューサー"と表現している。
 

『怒りのデスロード』 ・・・しかし、この『Under the Red Cloud』では"実質プロデューサー"ではなく、MoonspellExtinctと同様に"プロデューサー"名義でイェンス・ボグレンが深く作品に関わっている、という事を念頭に置いて話を進めたい。先行シングルの”Death of a King”は、まるでアフガンのように情熱的に燃えたぎる赤鯉魂が描かれた、Orphaned Landの作品でもお馴染みのMetastazisValnoirによるオリエンタルラグ(アラビア絨毯)をモチーフにした今作のアートワークを象徴するかのような一曲だ。そのアラビックな中東的メロディをフューチャーしたイントロのリフから、EluveitieChrigel Glanzmannによるフィンランドの民族叙情詩カレワラを司るようなフルート&ティン・ホイッスルとex-Opethマーティン・ロペスによるドーフ・ウォリアー顔負けのリズミカルなパーカッションが、ギタリストホロパイネンによるグルーヴを乗せたモダンなヘヴィネスとともに"音"で士気高揚させる姿は、まるで魔改造されたドーフ・ワゴンさながら、そしてチャームポイントのドレッドヘアを捨てたフロントマントミ「Death of a King!! Death of a King!!」と野太く咆哮する姿は、まさしく『マッドマックス 怒りのデスロード』イモータン・ジョーそのもの、すなわち本作の『王=キング』だ。要するに→日本のゲーム界屈指のクリエイター小島秀夫監督が『MGSV』の中で表現したように、この曲...いや今作は映画『マッドマックス 怒りのデスロード』の世界観を音楽で表現したかのような、まるで五人のワイブスを奪われ、その中でも"オキニ"のスプレンディドとお腹の中の子供(息子)を亡くしたイモータン・ジョー『復讐心』『報復心』という名の『怒り』をアフガニスタンの広大な大地に轟かせるような名曲なのだ。
 
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【勝利の方程式】 ・・・この『Death of a King』すなわち『死の王』がいかに凄い曲なのか?それについて、まずは本作が「打倒Opeth」を謳った作品である事を理解しなければならない。今作は、いわゆる「イェンスと組んだ一作目は名作になる」というメタル界の迷信を裏付けるような、Opethの8thアルバム『Ghost Reveries』からの影響が強く垣間見れる一枚でもあって、中でもそれを顕著に象徴するのが#4”The Skull”と#8”Enemy at the Gates”、そしてボートラの#12”The Wind”だ。#4はメロトロンをフューチャーした叙情性からリフ回し、そしてプログレ然とした転調から何から何まで『Ghost Reveries』リスペクトで、#8はホモバンド化した後期Opethの"Prog-Rock"な俄然エスニックな芳ばしい香りを漂わせる。まるで「打倒Opeth」を実現させるには、あの名盤『Ghost Reveries』を超えるには、対抗して「イェンスと組んだ一作目は名作になる」というメタル界の迷信に賭けるしかない・・・そのアモルフィスの「勝ちたいんや!」精神、その答えこそ『Death of a King』の中に凝縮されていて、それこそex-Opethマーティン・ロペスを、全盛期のOpethを支えた裏の立役者であるマーティン・ロペスという「打倒Opeth」の最終メンヘラ兵器を援軍に迎え、そしてマーティンのパーカッションを手がけた張本人こそ、他でもないイェンスの相棒であり【勝利の方程式】を紐解く鍵となるデイビッド・カスティロなのだ。

マッドマックス 怒りのデス・ロード

「外に開かれている」 ・・・話は変わるが→おいら、数年前に「DIR EN GREYデイビッド・カスティロと一緒に仕事するべきだ」と書いたんだが、まるでそれを合図にしたように、ここ最近ではSoilworkMoonspellをはじめ、今やエクストリーム・メタル界の帝王に成り上がったLeprousまでも、立て続けにデイビッドと組むメタル界の重鎮が増えてきている。しかし、肝心のDIR EN GREYと言えば、KATATONIA『死の王』からの影響も垣間見れた最新作の『ARCHE』以降何も音沙汰なしで、今やEarthsideとかいう無名バンドですら【勝利の方程式】を解き明かしているというのに、流石の薫も審美眼に衰えが生じ始めているんじゃあないかと少し心配になった。確かに、僕は『ARCHE』二万文字レビューの時に→「今のDIR EN GREYは外に開かれている」と某赤いバンドのギタリスト津野米咲の言葉を一部引用したんだが、その予想どおりシンヤの有吉反省会出演やパーソナリティ薫のラジオ番組が始まったりして、メロディア露出という意味では確かに今のDIR EN GREYは「外に開かれている」。その流れで今度は音楽面にも開かれた『説得力』が欲しいところだ。少なくとも、このアモルフィスは前作で長年連れ添ったフィンランドの大物エンジニアミッコ・カルミラとの決別を宣言している。そう、比較的地元愛の強い保守的な国のバンドですら音楽的に開国されつつあるのだ。つまり前作でワンクッションを置いてから、今作で満を持してメタル界の最大勢力であるイェンス組に入門してきた、というわけ。

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黄金のヘヴィネス ・・・まぁ、それはともかくとして→今作を象徴する『Death of a King』はアモルフィスのポテンシャルの全てが引き出された、それと同時に、欧州最後の砦だったMoonspellが名曲”Medusalem”の中で80年代のUKミュージックと中東音楽の邂逅を実現させたように、この曲は民族叙情詩カワレラと中東音楽を邂逅させた歴史的瞬間でもあるのだ。それこそ欧州は元より北欧全土に蔓延る中東問題を痛烈に皮肉るかのような、まるで今の時代、この先のメタル界で生き残っていくには中東要素との共存が不可欠であること物語るようだ。それと並んで本作を象徴する一曲で、幕開けを飾る表題曲の”Under The Red Cloud”では、名盤『Skyforger』の再来を予感させるイントロのピアノや同作のシングル”Silver Bride”の傑作リフから更に低音を盛って洗練を施したようなモダンなヘヴィネスを聴かせる。他にも『Eclipse』『Silent Waters』、そして『Skyforger』という中期アモルフィスの黄金を連想させる、まるでワイブスを奪われたイモータン・ジョーの如く、自慢のドレッドヘアを奪われたVoトミのボーカリストとしてのポテンシャルを極限まで引き出されたボーカル・パフォーマンスを筆頭に、同郷のSwallow The Sun界隈でもお馴染みのAleah Stanbridge【王=キング】の妾、すなわちワイブスとして迎え入れた所も俄然『マッドマックス 怒りのデスロード』の裏コンセプトであるフェミニズムの世界観とリンクさせられるし、特に今作の基礎的な部分を担うアモルフィス屈指の名リフである”Silver Bride”黄金比』で形成されたキザミリフを再解釈したような黄金のヘヴィネスには、並々ならぬセンスの塊を感じる。

【真・勝利の方程式】 ・・・またしてもイェンス・ボグレンという男は、界隈のベテランをNEXT-ステージへとブチ上げる事に成功し、ここ最近の二作で感じた「ライティング不足」が嘘のように、ソングライティングの幅が広がったのは言わずもがな、とにかく全てにおいて著しく音の洗練化が進んでいる。メロデスやらサブジャンルとして以前に、そのバンドの根幹にある「メタル」としてのポテンシャルを限界まで引き出し、それと同時にバンドが持つ"Progressive"な側面を具現化するイェンスのプロデュース能力が顕著に表れた、そしてポッと出の新人バンドに対してベテランならではの凄みを見せつけるような、まさしく【真・勝利の方程式】を解き明かすような大傑作だ。
 

ANATHEMA 『Fine Days 1999 - 2004』

Artist ANATHEMA
ANATHEMA

Album 『Fine Days 1999 - 2004』
Fine Days 1999 - 2004

Music for Nations ・・・今年驚いたニュースの一つに、90年代のメタルシーンを支えた偉大なインディ・レーベルとしてその名を馳せたMusic for Nationsの復活で、過去にはOpethParadise Lost、そしてANATHEMAをはじめ著名なメタルバンドが数多く在籍していた事で知られるMFNだが、そのMFNが2004年に消滅してしまい路頭に迷ったANATHEMAKscopeと契約し、すると間もなく人気に火がついたこのタイミングで→ここぞとばかりに「ANATHEMAのオルタナ期(全盛期)を支えたのは他でもないワイらや!」という"したたか"な主張とともに、ANATHEMAMFNに在籍していた1999年から2004年までの間に発表されたアルバムおよびライブ作品、要するにANATHEMAが最も"オルタナティブ"していた中期の名作、つまり『Judgement』『A Fine Day to Exit』『A Natural Disaster』の三作品の音源にリマスターを施し、そこにライブ作品『Were You There?』をプラスして再発したのが、今作の『Fine Days 1999 - 2004』というわけ。正直、1999年発の『Judgement』はまだしも、2001年発の『A Fine Day to Exit』『A Natural Disaster』あたりはリマスターするほど悪いプロダクションじゃあないのだが、とは言いながらも今回のリマスター&再発はファンとして素直に嬉しい限りだし、そして何よりもMFNの復活を素直に祝福したい。

アナセマ×ジョジョ

『Judgement』 ・・・初期の絶望と破滅を描いたデス/ドゥーム・メタルから現在のラブ&ピースなオルタナティブ路線に至るまで、音楽性の振り幅が世界で最も大きいバンドとして有名なアナセマだが、そもそもアナセマの"オルタナ化"というのは、いわゆる"UKゴシックメタル御三家"として名を馳せていた3rdアルバム『Eternity』、そして4thアルバム『Alternative 4』の頃から既に"オルタナバンド"としての素質やその片鱗を音から垣間見せていて、その"オルタナ化"がより顕著に表面化する事になったのが、1999年にリリースされた名盤と名高い5thアルバム『Judgement』だ。このアルバムは、まだ90年代特有の垢抜けないアングラな雰囲気やギター・サウンドもメタル然とした歪んだ音作りではあるが、しかしバンドは新たにキーボードによるPink Floydばりのアトモスフェリックな浮遊感を身に付け、それこそ現在のPost-Progressiveなサウンドの先駆け的な変化を呼んでいる。幕開けを飾る"Deep"のアルペジオは、近年のアナセマを代表する傑作Weather Systemsの名曲”Untouchable, Part 1”を彷彿とさせるし、それこそWeather Systemsはこの『Judgement』の世界を一巡させたアルバム、という俺の解釈がシックリくる。今回リマスターされた三作の中で最もリマスターの恩恵を受けているアルバムでもあって、今作が一番のウリとする荘厳な世界観と『デビルマン』のラストシーンばりに慈悲深きコンセプトが、輪郭のクッキリハッキリした音と相まってより鮮明に、かつ深裂に浮かび上がってくる。

『A Fine Day to Exit』 ・・・21世紀に差しかかると、2001年にアナセマは6thアルバムとなる『A Fine Day to Exit』をリリースする。かのトラヴィス・スミスが手がけたアートワークをはじめ、そのサウンド的にも一気に垢抜け始めるとともに、少し湿り気のあるUKロック的なアンニュイな色気とグランジにも通じるダウナーな気だるさが融合した、ほのかにアート・ロック的な側面を持つオルタナへと大きく変化し、完全にメタルからの脱皮に成功する。もはや90年代の不毛のメタルシーンを生き抜いたアナセマの面影はなく、そこには"オルタナティブ・バンド"としてのアナセマが存在しているだけだった。このアルバム、今回のリマスター版とオリジナル版では少し異なる所があって、まずリマスター版の一曲目には”A Fine Day”というインストが新曲として追加されていて、それによりオリジナル版の一曲目を飾る”Pressure”がリマスター版では6曲目に、オリジナル三曲目の”Looking Outside Inside”がリマスターでは8曲目になってたり、”Barriers”にいたっては(Breaking Over The)の部分が取り払われて”Breaking Down The Barriers”に改名されたりと、もの凄い曲順に違和感あるけど逆に言えば新鮮な気持ちで聴ける利点もある。このアルバムは、とにかくイギリスの空模様のように不機嫌な空気感と憂鬱な雰囲気がたまらなく魅力的で、音使い的には中期アナセマの中では最も今のアナセマに近い、存外ソフト&ウェットなアトモスフェリック・ロックを展開している。しかし、このアルバムも結構特殊なアルバムで、ラストの大作がほぼSEメインだったり、色々と個性的なアルバムではあるが、持ち前のコンセプティブな世界観は不変である。イメージ的には、このアルバムの世界を一巡させたのがWe're Here Because We're Hereみたいな、ちょっと強引な解釈もできなくもない。

『A Natural Disaster』 ・・・前作で完全に脱メタル化したアナセマは、その二年後、更に"オルタナティブ・バンド"としての真価を発揮し始める。2003年にリリースされた7thアルバム『A Natural Disaster』は、Post-系のヘヴィネスや俄然幽玄さを増した音響的な意識を高めると同時に、UKオルタナ界の長であるRadiohead顔負けのエレクトロな要素を積極的かつ大胆に取り入れた、これまでで最も実験的かつ賛否両論を呼んだ作品と知られていて、それこそ『Judgement』から本格化したオルタナ路線の一つの終着点であり、名実ともにオルタナバンドとしての音を極め尽くした、中期アナセマの集大成と位置づけられる一枚だ。今聴いても、やはり最新作の10thアルバムDistant Satellitesには、この『A Natural Disaster』からのエレクトロな要素やミニマリズムを意識した作曲面における実験的な部分からも、ソレと限りなく近いフィーリングが感じ取れる。それこそ映画『インターステラー』の深宇宙(ワームホール)の中を彷徨うかの如し、『A Natural Disaster』の狂気的なコンセプトと五次元的な世界観を一巡すなわち『メイド・イン・ヘブン』にブチ上げたのが『Distant Satellites』、という俺の解釈に説得力が生まれるんじゃねー的な。また表題曲に(まだ正式加入する前の)リー・ダグラスをメイン・ボーカルに携える所も、リー姐さんが未来のアナセマのキーパーソンとなる重要な存在である事を示唆している。あと約10分を超えるラストナンバーの”Violence”は、現代ポストブラックの先駆けと言っても過言じゃあない。全てにおいて、声を大にして傑作と呼べる一枚だ。

黄金の道』 ・・・惜しまれながら2004年にMFNが消滅し、数年間の空白期間を経て、2008年にスティーヴン・ウィルソン主宰のKscopeと契約したアナセマは、今回の三作を含む過去作の名曲をアコースティック・リメイクした『Hindsight』をリリースする。そして、2010年にはSWのプロデュースにより晴れて"Post-Progressive"界の仲間入りを果たす8thアルバムWe're Here Because We're Hereをドロップし、2012年には近年アナセマの最高傑作と名高い9thアルバム『Weather Systems』を、その二年後には最新作の10thアルバム『Distant Satellites』を、まるで水を得た魚の如くコンスタントに作品を発表し、今現在の黄金期』に至る。正直なところ近年のアナセマは、細部の所では微妙な違いはあるものの、広義で見れば"Post-Progressive"という一つのジャンルに定義することは容易に可能で、しかし今回リマスターされた三枚のアルバムというのは、それぞれ音使いも音色も世界観もコンセプトもライティングも何一つとして同じ要素がなくて、それだけで如何に中期のアナセマが豊富なアイデアと創作者としてのポテンシャル/インスピレーションを多感に切り拓いていった時期であったか、それすなわちアナセマの"全盛期"だったのかが分かるし、と同時に如何に彼らが"真のオルタナティブ・バンド"であったのか、その証明でもある。時の流れ(流行り)を巧みに咀嚼すると共に、その時代その時代の音に合わせてその姿を変え、常に"オルタナティブ"な存在であり続けたアナセマは、こうしている今も自らの黄金の道』を突き進んでいる事だろう。そう遠くない未来、アナセマはワームホールを抜けた先にある五次元世界、すなわち人類未達の地に辿り着き、そして遂にアナセマは黄金界隈の神(未来人)となるッ!

ファッ◯ンソニー ・・・しかしながら、いま聴いても新たな発見があるし、むしろ今だからこそ再評価されるべき名作だと思う。アナセマが如何様にして、これらのクリエイティブ!!deエキサイティング!!な経験を経て今のスタイルに至ったのか、その数奇な音楽遍歴を改めておさらいするという意味でも、バンドのディスコグラフィー的な意味でも大変重要な作品と言える。同時に、この時期のアナセマの面白さ、つまりアナセマが音楽的に最も充実していた時期、それこそ1999年から2004年までの『Fine Days』を追憶する事で、今のアナセマとの違いや面白さというのが浮き彫りになってくる。とにかく、これからアナセマを聴いてみようって人に打って付けの作品だし、むしろ黄金すげぇ!」みたいなノリで今のアナセマを崇拝している人にオススメしたい。ちなみに、ライブDVDの方はPAL方式うんぬんで観れない可能性が高いので注意が必要です。で、個人的に面白いと思ったのは→アナセマのDistant Satellites"Post-JPOP"であるという俺の解釈を、"いま最も評価されるべきバンド"であるねごとの3rdアルバムVISIONが証明してくれた事で、そもそもMusic for NationsソニーBGMとなった2004年にレーベル閉鎖に至るのだが、奇遇にもねごともソニー所属のアーティストだったりと、要するにこの"偶然"めちゃくちゃ面白くね~?しかし当時のアナセマを路頭に迷わせたソニー許すまじ!
 
Fine Days 1999
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Imports (2015-04-21)
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Acid Black Cherry 『L-エル-』

Artist Acid Black Cherry
Acid Black Cherry

Album 『L-エル-』
L-エル-

Tracklist

01. Round & Round
02. liar or LIAR ?
03. エストエム
04. 君がいない、あの日から...
05. Lーエルー
06. Greed Greed Greed
07. 7 colors
08. 〜Le Chat Noir〜
09. 黒猫〜Adult Black Cat〜
10. versus G
11. 眠れぬ夜
12. INCUBUS
13. Loves
14. & you

「Lたそぐうかわ」 ・・・ってなわけで、朝ドラ『マッサン』のヒロインエリーの母親役の役者が”INCUBUS”のMVで主役を演じていたのは少し驚きだったのだけど、そんなエリーならぬエルーの波瀾万丈な人生をテーマにした、林保徳ことJanne Da Arcyasuのソロ・プロジェクトAcid Black Cherryの4thアルバム『L-エル-』は、大まかに言っちゃえば『もう一つのレ・ミゼラブル』だ。

コンセプト・アルバム ・・・およそ100ページにも及ぶストーリーブックからして、ABC史上最も"コンセプト"に力を入れたこの物語『もう一つのレ・ミゼラブル』、いかにも"コンセプト・アルバム"な幕開けを飾る”Round & Round”からこのストーリーは始まる。これから壮絶な人生を歩んでいくLたそを強く想う何者かの暗示(メッセージ)か、ストーリーブックの内容とリンクさせた歌詞と夢のように幻想的なアレンジ、山崎慶君によるex-KATATONIA(現In Mourning)のダニエルくん顔負けの俄然タイトでセクシャルなドラミングを軸としたミドルテンポな力強いリズムと叙情的なメロディを中心に展開していく、前作で言うところの”Fallin' Angel”を彷彿とさせるドラマティックな曲で、それこそ今ツアーの一発目に演ったらちょっとマジで感動しちゃいそうな曲だ。この高音と低音を巧みに使い分けるメロディの組み立て方は実に林らしい。そこから間髪入れずに始まる”liar or LIAR ?”は、このアルバムのリード・トラック的な位置づけにあり、今作の中では最も"ABCらしい"というか、逆に存在が浮いてる曲でもあって、前作で言うところの”Re:birth””CRISIS”系統のyasuらしいフレーズとフックを効かせた疾走感溢れるアッパーな楽曲だ。で、ダメ男に嘘(liar)をつかれ散々裏切られたLたそが遂にメンヘラクソビッチ化してしまう”エストエム”は、まんま前作の”ピストル”をオマージュしたかのような激しいヘドバンチューンで、林のヘラったボーカル・エフェクトがジャンヌっぽいというか、Janne Da Arc”ピストル”っぽい事やってみた感あって、ジャンナー的には懐かしく面白く聴ける。歌詞といい”Wing”みたいな最高にハイ!ってヤツのノリある。そしてシングルバラードの”君がいない、あの日から...”
 
L=ローレン・メイベリー説

L=ローレン・メイベリー説 ・・・ここまでの序盤の流れを聴くだけでは、なんだかんだ3rdアルバム2012を踏襲した楽曲が続くので、それほど"コンセプト・アルバム"という意識は薄い・・・が、次の表題曲である”Lーエルー”の冒頭→「L、おはよう」とかいうフレーズに「!?」っとド肝を抜かれる。さっきまでの荒れ狂ったLとは一転して多幸感溢れる歌詞をはじめ、その曲調としては林なりのクリスマス・ソングみたいな曲で、前作の”その日が来るまで”とはまた違った演劇的なイメージがあって、何よりも今作が"コンセプト・アルバム"であること、そのイメージを半ば強制的に植えつけるような、少なくとも今作の鍵を握る楽曲であるのは確かだ。その夢のように幸福な雰囲気から一転して、「我が人生は金!暴力!SEX!SEX!アンドSEX!」とかいう欲望をむき出しに、Lたそが再びメンヘラクソビッチに目覚めてしまうシングルのGreed Greed Greed、また一転して、それこそLたその人生の如く急転して、主に”チェリーチェリー”に代表される林の専売特許であるシャッフル曲の”7 colors”、ナイトクラブの賑やかなSEを挟んでからの~通称"日南響子ズンドコソング"黒猫、そして神様をも逝かせるレベルの夜の街の嬢王となり、Lたそは人生の絶頂期を迎える・・・が、その幸福な時間もつかの間、Lたその前に過去の"因縁"が襲いかかるッ! 「ハッ!?Lたその正体はローレン・メイベリー(Lauren Mayberry)だった!?」ってなるくらい、俺たちのローレン・メイベリー率いるCHVRCHES”Science/Visions”を彷彿とさせるハウス/エレクトロなイントロから、メタル然としたゴッリゴリなヘヴィネスと共に林のヘロヘロラップを織り交ぜながら、ミステリアスでインダストリアルな雰囲気を醸し出す”versus G”は、2ndアルバムの『Q.E.D.』をイメージさせる。再び人生のドン底まで堕ちて絶望に苛まれたLは、あの頃の”眠れぬ夜”を思い出す。この曲は、カバーアルバム『Recreation』シリーズを彷彿とさせる昭和歌謡チックなノスタルジーと『Q.E.D.』”眠り姫”っぽいサビのフレーズが印象的なバラード。



・・・今作の中で、この『L-エル-』のコンセプティブな世界観を一曲で表現している楽曲こそ、アルバムにおける最後のシングルとなった”INCUBUS”で、冒頭でも述べたように、朝ドラ『マッサン』のヒロインのオカン役の俳優を起用した、それこそ映画『レ・ミゼラブル』リスペクトなMVを観れば一目瞭然で、アルバムのハイライトを飾るに相応しいダークでドラマティックな展開をウリとする曲だ。そして刑期を終え、数十年の月日が過ぎ、悪夢にうなされる日々を送る老婆のLたそ。目覚めてもなお悪夢の中を亡霊のようにな迷い続け、人々が行き交う路上で永遠に眠りについたLたそは、夢の中で故郷"La vie en rose"へと帰郷する。で、yasuの『L-エル-』に対するなみなみならぬ”こだわり”を感じたのが”Loves”という曲で、この曲の林はまるで舞台役者の如く、それこそ物語の主人公オヴェスとLの運命的な再会を一人二役で演じてみせる美しすぎるハモリと女性的な色気ほとばしるファルセット、からの映画音楽ばりのストリングスまでの展開に涙不可避。そのアウトロ的な存在感を放つ”& you”を最後に、この物語『メンヘラ界の貴公子オヴェス』は盛大に幕を閉じる(センチュリーボーイズ感)。そしてLは、"色のない街"ではなく沢山の花(色)に埋め尽くされた"La vie en rose"の花畑の中で生き続け、その夢の世界の中でLが最後に手にしたのは、身近にあるちょっとした幸せ、それこそ泡のような真実の愛だった・・・(aiko感)。そして遂にLは、自らの名前が花京院典明ばりの"LeroLeroLeroLeroLeroLeroLeroLeroLeroLeroLeroLero"というエロい舌使いに必要な"L"、もといLOVEの頭文字"L"だったという真実に気づくッ!「ガシッ!ボカッ!」アタシは死んだ。スイーツ(笑)

「哀しみより先に子宮が疼きます」

ストーリーブックを読み始めたぼく→「まともな登場人物がキャバレーの
オーナーとアンナとしかおれへん・・・で、次はいつセックスするんだ?」

その直後のぼく→「・・・は?アンナもオーナーもクソやんけ!つうか登場人物全員クソやんけ!」

Lたそ→「いつか私を素敵な王子様が迎えに来てくれると思っていました。でも私を迎えに来たのは王子様ではなく警察官でした。

ぼく→「おっ、そうだな」

ストーリー終盤のぼく→「もうLとかどうでもええねん!もう希望はオヴェス君しかおれへん!リノたそと幸せになるんやで!ファッ!?リノたそはアンナの娘だった!?」←この伏線回収はアツかった。予想した通りだったけど。

クライマックスのぼく→「オヴェスくーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!うわあああああああああああああああああああ!!ハッ、この物語はオヴェスくんの物語だった!?」

・・・この物語を読み終えた僕は、まるでLの呪いにかけられたようにメンヘラクソ野郎と化していたヘラヘラ。Lたそのメンヘラ魂は何時だって僕たちの心の中に眠っているんだヘラヘラ。で、この100ページにも及ぶストーリーブック、序盤は"色のない街"で典型的な不幸少女の生い立ちやオヴェスとの思い出を描き、次の舞台となる大都会セラヴィーでは女をボッコボコにぶん殴った後に優しく接する典型的なDV男や妻子持ちの医者に振り回されながらも夜の嬢王に成り上がっていく中盤、裏の世界の堕ちた人間は二度とカタギの世界には戻れない、という真理を深裂に描き出す終盤、そして子供の頃からの夢だったシンデレラになるクライマックスまで、なかでも「ねえ、エル。君に見せたい未来があるんだよ」からの見開きの絵の演出はグッときた。でも最後の98ページの存在は賛否両論あるかも。当然、それは全て夢オチだったという現実を示すには必要不可欠な場面だけど、前の97ページで終わらせても良かった感はある。そこまで読みづらいような無理くりな展開はないし、絵柄もワールド・ネバーランドみたいな独特の味があって、最後まで一気に読ませる質は保証されている。このストーリーブックを読むと読まないでは、今作の楽曲や歌詞に対する理解度が全然違ってくる。

紗倉まな「自分の性欲に気づいたとき、あのドロドロのラブソングに救われた」 

ぼく「おいおい初めてモノリスに触れたサルか」

紗倉まな「もしかしてLの正体は私かもしれない(笑)」

ぼく「紗倉まなはヌケない。鈴村あいり最高!松岡ちな最高!北野のぞみ最高!」 

シングルの存在感 ・・・正直なところ、今回のシングル曲をどうアルバムに落とし込むのか若干不安に思っていた所もあったのだけど、フタを開けてみるとむしろ逆にシングル曲をストーリーの軸として置くことで、聴き手によりコンセプティブなイメージを意識づけている。それほど今回はシングル曲がアルバムの重要な役割を担っているし、同時にシングル曲の良さをあらためて再確認させられた。なんだろう、シングルに頼らざるをえない状況は一見悪いことのように思えるけど、そのシングル自体がアルバム曲っぽいお陰で違和感なく他の曲と馴染んでいるという、良いのか悪いのかよく分からない謎の相乗効果を生んでいる。それは"コンセプト・アルバム"だからトータルで聴かせるという意味では間違いじゃないし、逆に”イエス”みたいな良くも悪くも突出した曲があったら作品のパワー・バランスが崩れる懸念もあるし。しかし大きな見せ場がないまま気づいたらラストシーン・・・みたいな感覚はまるでフランス映画のよう。今作は曲順にも大きな意味を持たせていて、ヒロインのオヴェスが夢の中で見たLの未来と現実世界のL、Lの波瀾万丈な人生とオヴェスのひたむきな努力とLに対する想いが複雑に入り乱れるような、つまり『夢と現実』の対比が曲順という演出方法で表現されている。だからこの曲順に文句を言うのはナンセンスだし、むしろこの曲順であるからこそ、ダメ男に翻弄されて堕ちるところまで堕ちて幸せの絶頂から再び転落していく、言わば急転直下な人生模様という意味ではこれ以上ないベストな曲順だと。それは同時に、それぞれの人生模様が音で描かれている事でもあって、例えばLの人生をテーマにした楽曲(#2,3,6,9,10,12)は、その転落人生のようにヘヴィでアグレッシブなナンバーで、これはシングルの”GGG”で示したように、音自体は2ndアルバムの『Q.E.D.』の音を更にソリッドに研ぎ澄ました、俄然メタリックなヘヴィネスをカチ鳴らしている。一方のオヴェスくん視点からは→「君に見せたい未来があるんだ」という言葉のように、Lを想う純粋な恋心と"色のない街"を本当の"La vie en rose"へと変える大きな『夢』が込められた楽曲(#1,4,5,7,13)を中心に展開し、これはコンセプトの部分と林のソングライターとしての幅広い作曲能力の高さを裏付けている。これまでも"コンセプト"を題材にしたアルバムだったが、それはあくまでも上辺だけのテーマであって、しかし今作はストーリーブックや楽曲的な面でも他でもない紛れもなく本物のコンセプトアルバムと言える。

実質3rdアルバム ・・・もう何十年も創作に勤しんでいる人間というのは、 時として『ジョジョリオン』荒木飛呂彦だって、奇才スティーヴン・ウィルソンだって駄作を世に送り出してしまうわけで、少なくともこの『L-エル-』に対して"最高傑作"だなんて言葉を使うTEAM-ABCは誰一人として存在しないだろう。海外のメタルバンドでも"コンセプト・アルバム"=地雷みたいな風潮あって、だからメタルバンド「次のアルバムはコンセプト・アルバムになるで!」 メタラー「あっ・・・(察し)」みたいな風潮あって、どうしても"コンセプト・アルバム"となると、そのストーリーやテーマにエネルギーを注力し過ぎて肝心のライティングは二の次みたいになりがちで、この『L-エル-』にはそんなネガティブなイメージが微塵も浮かばないわけでは決してないのだ。確かに、過去作のフレーズやJanne Da Arcを想起させる様々な要素が詰まったアルバムではあるが、だからといってAcid Black Cherryの集大成と呼べるようなアルバムでもなくて、特に表題曲や”7 colors””眠れぬ夜”と過去作に収録されたこの手の楽曲を比べてみると、いかんせんメロディが煮えきらないというか、あえてそうした可能性もなくはないが、"コンセプト"に注力し過ぎて肝心の曲が蔑ろになっている、つまり林のライティング能力が著しく低下していると言われたら否定できないかもしれない。とはいえ、少なくとも前作の『2012』よりはABCらしさというのはあって、そもそも『2012』は持ち前のヘヴィネスよりキャッチーなポップさ、つまり大衆性を重視した"特殊"なアルバムだったわけで、この『L-エル-』はコンセプトこそ前作寄りかもしれないが、音自体は『Q.E.D.』の頃に回帰しているキライもあるので、本来なら今作が三作目になるハズだった、みたいな感覚もある。結局ナニが言いたいかって、コンセプト・アルバムは逃げ・・・というわけじゃあないが、そろそろ林は”いい曲”とはナニか?を素直に考える時期に来ているんじゃあないかって。

親和性

流行りのDV男 ・・・奇しくも、Janne Da Arcのフロントマンyasu"ソロ・プロジェクト"Acid Black Cherry"4thアルバム"『L -エル-』と同日(2月25日)に、Porcupine Treeのフロントマンの"ソロ・プロジェクト"スティーヴン・ウィルソン"4thアルバム"『Hand. Cannot. Erase.』が、DV男によって命を落としたジョイスという名の一人の女性の悲劇からインスピレーションを受けた"コンセプト・アルバム"をリリースしている。なぜABCDIR EN GREYのフロントマンンギョウのソロ・プロジェクト、sukekiyoVITIUMとの同発を回避してSW『Hand. Cannot. Erase.』と同じ日にズレ込んだのか、それはSWが活動停止中であるPorcupine Treeの復活を匂わしている事にヒントがあるのではないか?と僕は考えた(なお、本人は否定している模様)。つまり・・・もしかしてこの『L -エル-』『救世主』の復活を示唆しているんじゃあないか?って。まぁ、それは冗談としても、しかし奇しくも偶然にしてはなかなか面白い出来事だった。話を戻すと→このアルバムは最高傑作と呼ばれることはないが、難産なりにそれなりにシッカリとまとめてくる、シングルを含めたアルバム作りの巧さは"ソロ・プロジェクト"としての円熟を感じさせた。例えそうでなくても及第点はあるし、コンセプト・アルバムとしては普通に傑作だと思う。しかし気になるのは、今作の曲やコンセプトがライブでどう化けるかで、ライブでの演出面に俄然期待される。なお、アルバムに封入されたライブのシリアル抽選は余裕で落選した模様。これは完全に愚痴だが、ほぼ空売りに近いシリアルをドヤ顔で封入するのだけはダサいからやめて欲しい。なぜなら、前作の『2012』は"売れなきゃいけないアルバム"だったが、このアルバムは特別売れなくてもいいアルバム、というより完全にメンヘラクソビッチもとい従来のABCファンに向けられた作品だからだ。なので心優しきメンヘラクソビッチもといTEAM-ABCの可愛い皆さん、TEAM-ABCメンヘラクソ野郎部の代表である僕にチケットを恵んでくださいヘラヘラ。

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Animals as Leaders 『The Joy of Motion』

Artist Animals as Leaders
Animals as Leaders

Album 『The Joy of Motion』
The Joy of Motion

Tracklist

01. Ka$cade
02. Lippincott
03. Air Chrysalis
04. Another Year
05. Physical Education
06. Tooth And Claw
07. Crescent
08. The Future That Awaited Me
09. Para Mexer
10. The Woven Web
11. Mind-Spun
12. Nephele

【スーパー中学生バンドの親玉】・・・Djent界の第一人者ことミーシャ・マンソーすなわち”Bulb”の盟友であり、ソニーと一億円で大型契約したスーパー現役中学生バンドの親玉こと、インテリ系ギタリストトシン・アバシ率いるAnimals as Leadersの約三年ぶりとなる3rdアルバム『The Joy of Motion』は、今最もイケイケな新鋭レーベルとして知られるSumerian Recordsへ移籍しての第一弾。

【二作目のジンクス】・・・何やら昨今のDjent界には”二作目のジンクス”という言葉が流行っているらしく(当ブログ調べ)、2009年にセルフタイトルの『Animals as Leaders』で鮮烈なデビューを飾った彼らも例外でなく、2011年にリリースした2ndアルバムWeightlessがミニマルでエレクトロニックなアプローチを強めた”Post-Djent”な作風で、ジェント大好き通称Djentlmenの間で賛否両論を呼んだ。最近では、そのジェント界に蔓延る呪いを乗り超えたTesseracTの傑作Altered Stateが記憶に新しい。そのTesseracTAnimals as Leadersは一緒にツアーを回るほどの親友であり、一方で良きライバルでもある。

【原点回帰】・・・そんなわけで、かのスメリアンに移籍しての3rdアルバム『The Joy of Motion』はどうだろう。本作の幕開けを飾る”Ka$cade”から、脳幹を活性化させるようなキレ味鋭いスリリングで知的な高速リフ回しやトシン・アバシによるオシャンティなソロワークを中心に、展開力というよりスケール感のある複雑かつ緻密な構成力で聴かせる実にAaLらしいバカテクナンバーで、その強烈な幕開けからスウェーデンのVildhjartaを彷彿とさせるミステリアスなキーボードと沈み込むような極悪ヘヴィネスに圧倒される”Lippincott”GTA5の舞台でもあるアメリカ西海岸から朗らかで爽やかな風を運んでくるかのような癒し系メロディをフューチャーした、と同時にスラッジーな轟音ヘヴィネスをも取り込んだミニマリズム主体の#3”Air Chrysalis”や続く#4”Another Year”では、『Carbon-Based Anatomy』CynicCloudkickerリスペクトなジャズ/フュージョン・パワー全開のチルいインストゥルメンタルを、まるで”ビッグブリッヂの死闘”ばりの勢いで繰り広げている。ここまで序盤の流れを聴けば、今作は1stアルバムを踏襲した作風だという事が理解できる。今回、その1stへ原点回帰した主な要因としては、やはりその1stを手がけたPeripheryミーシャ・マンソーが作曲に大きく関わっている所だろう。それ以降も→まるでTesseracT顔負けのブッリブリなベースラインのウネりを効かせた#5”Physical Education”、ゲーム音楽にも精通するエレクトロニックなテクノ・ミュージックを介した#7”Crescent”、1stアルバム屈指の名曲”On Impulse”をルーツとする#8”The Future That Awaited Me”、【アコースティック×ジェント】という新機軸的な側面を垣間みせる#9”Para Mexer”、再びスケール感あふれるダーティな鬼グルーヴを見せつける#10”The Woven Web”、再びトシン・アバシの超絶ピッキングを披露する#11”Mind-Spun”、ゴッリゴリに鬼ヘヴィなリフの応酬とアバシの流麗なソロワークとチルいメロディが大胆に交錯するラストの#12”Nephele”まで、1stへの原点回帰と新機軸的な要素を組み込んだバラエティに富んだアルバムで、曲それぞれのアレンジが凝ってて最後まで飽きさせないポテンシャルの高さは前作の比じゃない。そして、ミーシャ兄貴が関わりを持つ持たないでこうも変わるもんなのかと、あらためて彼が”Djent界の第一人者”たる所以を痛感した。まるで”二作目のジンクス”なんて存在しなかったような最高傑作だ!

【ジェジェジェント!!】・・・あらためて、ペリフェリー”Bulb”VolumesDiego Fariasが作曲に携わっているだけあって、そして何よりもスメリアンに移籍した影響か、レーベルメイトのBorn Of OsirisVeil Of Maya、レジェンドCynicやスウェーデンのVildhjartaを連想させる、時にミステリアスに、時にアトモスフェリックに、時にチャラい近未来感あふれるピコピコキラキラテケテケ系キーボードのメロディに、そこはかとないキッズ感とキャッチーな色気を出してきた大衆性の強い作品だ。ところで・・・人間の脳ミソは約10%しか使われていないと言うが、このアルバムは人間の脳のリミッターを解除し、一時的に脳ミソのCPU使用率を100%にアップコンバートするかのような、その奇跡体験アンビリーバブルなジェント沼にハマったら最後・・・

「ジェジェ!?ジェジェジェジェジェ~~~ッ!?」


Joy of Motion
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